ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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121『新元素という明らかにヤバいワード』

 甚大なる精神的ダメージにより少しだけソファーで横になってから、よろよろと質屋 『栗形』 の店内に戻ると、ほわっとコーヒーの香りが出迎えてくれた。

 店内には2人。

 この質屋の店主である祈織は、店内の様子を手にしているスマホで、パシャリ、パシャリ、と写真撮影をしていた。

 そして雇われアルバイトである鎬は、カウンターで優雅にコーヒーを飲みながら、ノートパソコンに向かってカタカタと何かを操作している。

 客はいない。

 案の定だが、暇そうである。

 

「すみません、復帰しました」

 

「あら秋水、元気そうで良かったわ」

 

「元気じゃねぇよ、誰かさんのせいで精神的にはまだグロッキーだわこの野郎」

 

「肉を切らせて骨を断ったわ。ありがとう秋水」

 

「なんで俺の肉が切られてんの?」

 

「私も思い出したせいでちょっぴり気分がヘコんじゃったわ。慰めて秋水」

 

「自分で自分の頭でも撫でてろ」

 

「撫でりこ撫でりこ」

 

 開店直前に過去のトラウマを急に抉られて撃沈していた秋水は、店長である祈織に一声掛けたのだが、それを拾い上げたのはトラウマを掘り返した主犯の鎬であった。

 真顔で自分の頭を撫で始めた鎬から目を逸らせば、祈織が丁度ぱたぱたと秋水へと駆け寄ってきていた。

 

「大丈夫ですか秋水くん?」

 

「はい、ご心配をおかけしました」

 

「いえ、心配と言うか……その……」

 

 秋水の近くまで近寄ってきた祈織は、心配そうに秋水の顔を見上げたのだが、その言葉の途中で、ぶわっ、と顔が赤くなる。

 なにを想像したのか。

 急に顔を赤くした祈織は、ギギギ、と油の切れた人形のように、不自然な動きで秋水から顔を逸らした。

 あー、うん、これはもう完全にバレたな。ナニがとは言わないが。

 

「なんか、色々聞いちゃって……ごめんなさい……」

 

「……いえ、鎬姉さんが勝手に喋っただけなので、栗形さんが悪いわけではないですよ…………」

 

 祈織と鎬の関係が拗れた次は、祈織と秋水の関係が妙な感じになってしまった。もう一回ソファーで横になりたくなってきた。

 真っ赤な顔でもごもご言ってる祈織を慰めながら、ぎろり、と主犯である鎬の方を睨んでみれば、鎬はこちらを気にすることなくパソコンと対峙してカタカタとなにかやっていた。

 表情が真面目そのものなのはいつもと同じだが、目つきは細く鋭く、集中しているようである。

 真面目に仕事中なのだろうか。

 いや仕事大好きだからな、あの叔母。

 

「そう言えば、栗形さんは写真を撮ってなにを?」

 

 暇なのか忙しいのか分からない鎬から、再び祈織の方へと視線を戻す。

 祈織の手にはスマホ。シンプルな手帳型カバーを取り付けてある、青を基調としたスマホである。

 

「え? あ、ああ、うん、SNS用に店の写真を色々撮ってるんですけどね、なんか上手くいかなくて難航中ですよ」

 

「ああ、宣伝用ですか?」

 

「はい。鎬さんから宣伝には力を入れよう、って言われててですね……」

 

 言いつつ、祈織はちらりと鎬の方へと視線を飛ばす。

 宣伝写真とは、やはり地道な努力も必要なのだなと思いつつ、その計画立役者へと秋水も再度視線を向けた。

 丁度なにかの作業に一区切りがついたのだろうか、キーボードを叩いていた指を止め、ふむ、と唸りながら鎬は考えるかのように指で自分の唇を撫でている。仕草だけ見れば随分と色っぽいのだが、その人間性をよく知っている身からすれば、詐欺だ、という感情しか芽生えない。

 2人からの視線が注がれ、それに気がついたのか鎬の顔がふと上がる。

 

「……あら、どうしたの2人とも。あまり見つめられると照れちゃうわ、うふ」

 

「かわいいっ!」

 

「しっかりして下さい栗形さん。相手がどんな奴なのかをちゃんと思い出して下さい」

 

「さて丁度良いわ。秋水も戻ったことだし、作戦会議の時間よ2人とも」

 

 茶番を1つ挟んでから、鎬は2人に対してカウンターから手招きをしてきた。

 なんとなく、嫌な予感である。

 いや、予感というか、嫌なことなのはほぼ確定しているであろう。

 

 なにせ鎬は、出勤してきて早々に 「良い話」 と 「悪い話」 がある、とはっきり言っていたのだ。

 

 経験則ではあるが、鎬の言う悪い話というのは、基本的には本当に悪い話である場合が多い。

 そして、秋水がソファーでダウンしていた間に祈織に言っていないということは、それは秋水に関係する話なのだろう。

 さらに言えば、祈織と揃って聞かされるということは、この店に関係する話ということで、そうなってしまえば話の内容はともかくとして、何についての話かは想像出来るというわけで。

 

「さて2人とも、良い話と悪い話があるわ」

 

 なぜ洋画風の言い回しなのか。

 揃って嫌な予感を抱えつつカウンターへと近寄れば、鎬はノートパソコンをカウンターの上でくるりと半回転させて秋水と祈織にも画面が見えるように置き直す。

 その画面には、もろ英語。

 読めない。

 

「悪い話なんだけど、ざっくりと見ての通りよ。これに近いデートのお誘いがだいたい1時間ごとに来るレベルね」

 

「え、ごめん、読めないんだけど……」

 

「嘘でしょ店長、かなり丁寧な普通の英文よ。義務教育は全部受けたのだからしっかりしなさい」

 

「うぎぎ……このバリキャリ天才ウーマンがマウントとってくるぅ……」

 

「いえ、マウントではなく……秋水はどうかしら?」

 

 普通に読めるという前提で鎬は見せてきたものの、英語という時点で祈織は脱落した。

 なるほど、勉強しないと人生の選択肢が狭まると言うが、こういうことか。納得。

 しかし残念ながら、秋水もこの文章を読むことは出来なかった。

 カウンターに置かれたノートパソコンの画面を、うーん、と眺めてから、参ったとばかりに秋水は両手を挙げて降参のポーズをとる。

 

「ごめん、俺も読めない」

 

「ほら見ろ鎬さん! 誰も彼もが英語読めて当然だなんて思うなよ!」

 

「知らない単語が多すぎる。ホニャララとホニャララのホニャララを調べる、いや調査か、調査をするためにホニャララの運ぶ、運送の協力、いや送って欲しいってお願いしたいとかなんとか」

 

「嘘でしょ秋水くん!? それはほとんど読めてるって言うと思うよ!?」

 

「もしかしてこれ、結構専門的な内容が書かれてないか? だとしたら使われてる英単語が理解出来ないから、全然読めない。ごめん」

 

「そこで謝っちゃうと私の立場ボロボロなんだけどなぁっ!?」

 

 確かに英文としては省略やスラングを使用せず、日本人でも理解出来るくらいに丁寧な文章である。文章の流れそのものは、ざっと目を通しただけでもかなり分かり易い流れなのは確かだ。

 しかし、そもそも秋水は中学生である。

 一般的な英単語は確かに習得してはいるものの、専門的な単語に関しては流石に学習範囲外である。

 そして、不明な単語がぽんぽんと文章中に出てくる以上、全体としてこの英文は全く読むことが出来なかった。

 困ったように秋水が白旗を上げると、あら、と鎬が身を乗り出してパソコンの画面を覗き込む。

 ちなみに、秋水の隣では何故か酷くショックを受けている祈織が愕然とした表情で突っ立っていた。

 

「……そうね、ごめんなさい。確かにこの辺りはオタク用語が羅列されてる感じだったわ。そう言えばこいつら、一般人相手でもこんな感じだったわね。相手に合わせて言葉の内容を変えなさい、って今度伝えておくわ」

 

「いやそれは良いんだけど、これってもしかして、あの装飾品についての話だよな? 確か前に素材の鑑定依頼してたって言ってたけど、日本企業じゃなかったのか?」

 

「わー、どうしよ、私だけ話しについてけない……」

 

 義務教育レベルの英語力では読めないことに気がついたのか、鎬は少しばかりしゅんとした様子であったが、秋水は気にすることなく話を次に押し進めることにした。

 秋水と祈織が同時に呼ばれている時点で、何についての話か、は既に予想が出来ているのだ。

 と言うか、秋水と祈織が同時に関係していて、かつ鎬から切り出される話など1つしかない。

 

 白銀のアンクレットについて、である。

 

 角ウサギをぶっ殺したらたまに出てくるご褒美、ドロップアイテムである白銀のアンクレットを、何だか良く分からない気難しい偏屈職人のダン・ジョンさんの作品ということにして、この質屋 『栗形』 から売りだそう、という話だ。

 特になんの考えもなく、リサイクルショップで売れたら良いなぁ、くらいのノリでこの質屋に持ち込んだのが始まりである。

 最初は未成年だから買い取り出来ませんと断られ、続いて鎬を巻き込んで複数個の買い取りをお願いしたら、ウチでは売り捌くことが出来ないから無理です、と泣かれ、気がついたらその鎬が質屋のアルバイトになって売れるようにすると張り切って、僅か2週間で日本国内ではなくまさかの海外向けに鎬が売り捌くという、今考えてみてもどうしてこうなった案件の、白銀のアンクレットの話なのだろう。

 いや、ほんと、どうしてこんなことになったのだろう。

 そして、その白銀のアンクレットは、素材が不明、という装飾品の売り物としては致命的な欠点があった。

 秋水としては銀とかそれっぽいポピュラーな金属だとすっかり思い込んでいたのだが、祈織のようにある程度以上の鑑定眼がある人からすればたったの一目で、銀ではないことだけは分かる、となるそうなのだ。

 素材が不明だと商品価値が大幅に下がる、とのことにより、鎬が素材調査の依頼をどこかにかけていた。

 確か先週の時点では、結果待ち、と言っていたのだが、この文章がその結果とやらなのだろうか。

 

「ええそうよ、国内でお願いしたわ。まあ、企業じゃなくて大学の研究所なのだけど」

 

 予想通り、鎬は大きく頷いた。

 白銀のアンクレットだとは言っていないものの、それの素材調査を依頼したのが大学の研究所、ということなのだろう。

 なるほど、国内の大学に素材調査の依頼をしてたのか。

 国内の、か。

 ふつり、と秋水は肌が粟立つような感覚を僅かに覚えた。

 

「えー、日本の大学だったら日本語で返事して欲しいなー。それで鎬さん、これって結局、書いてあるの?」

 

「店長、もう一度言うわ。これは、悪い話、よ」

 

 英語が読めずにブー垂れる祈織に、鎬はゆっくりと言葉を句切って、諭すように言い含める。

 そう、鎬はしれっと前置きしていたが、これは悪い話なのである。

 ざっくりと見ての通り、英語だ。

 日本の大学研究所に依頼したにも関わらず。

 知らない単語が所狭しとダンスをしている英文を見ながら、秋水は恐る恐る手を上げた。

 

「ちょっと待った鎬姉さん、これ、どこから送られてきた文章だ?」

 

 

 

「MIT」

 

 

 

 ぶっ、と秋水と祈織が同時に噴き出した。

 たった3文字の爆弾発言を即答で切り返した鎬は、何でもないように変わらぬ真顔のままである。

 理解した。

 最悪だ。

 粟立った肌の毛穴が逆に一気に開き、冷や汗が噴き出すのがはっきりと分かる。

 全く想像もしていなかった最悪な事態が発生したことが、たった3文字で秋水は理解出来てしまった。

 そうか。

 そうだった。

 

 あの白銀のアンクレットは、不思議なことが普通に起きる、あのダンジョン産の代物なのだ。

 

 完全に失念していた。

 当たり前のことなのに、ポーションと違って何の恩恵も受けてこなかったから、その可能性を一切考えていなかった。

 今日は厄日だ。

 最悪だ。

 冷や汗これで何度目だ畜生。

 

「いやちょっと待ってよ鎬さん!?」

 

「なによ2人揃って待って待ってって。私はお預けされてる犬じゃないのよ?」

 

「いやいや! 日本の大学って言ったよね!? 日本のって言ったよね!?」

 

「日本のとは言ってないのだけど……そうね、日本の大学よ。とは言ってもここから近い地方大学で、そんなに有名でもないところなんだけど」

 

「いや有名! 今めちゃくちゃ有名な略語出てきた! それってイギリスの超一流大学だよね!?」

 

「いえ店長、オックスフォードと混ざってるわそれ。MITはアメリカよ」

 

「日本じゃないじゃん!?」

 

「だから悪い話って言っているのよ、ねぇ、秋水?」

 

 流し目で鎬がちらりと秋水の顔を見れば、青い顔をした優秀な甥っ子の姿。

 なんてこった。

 これは確かに悪い話だ。

 しかも特大、特上、最高級の悪い話である。

 日本の大学に依頼した調査の結果が、海外の大学から送られてきている。それも世界に名を轟かせるレベルの大学研究所からだ。

 それは情報が漏れてしまっているということ。

 いや、漏らさざるを得なかったということ。

 それは何故か。

 そして鎬が言っていた 「これに近いデートのお誘いがだいたい1時間ごとに来るレベル」 というのが現状であるということ。

 それはつまり。

 

「あの、鎬姉さん、単刀直入に聞いても良いか?」

 

「単刀直入ってウエディングケーキの入刀式みたいな文字並びよね」

 

「あのアンクレット、なんの素材で出来てるか、分かったのか?」

 

「あら余裕がないわね。結果としては、分からない、となったわ。ああ、ちょっと違うわね」

 

 青い顔のままで質問をする秋水に、鎬は肩を竦めてさらりと答える。

 残念だが、今はジョークに付き合っている精神的余裕がない。

 

 

 

「分からない成分がある、というのが分かったわ」

 

 

 

 天井を仰ぎ見た。

 終わった。

 ライフプラン総崩れのレベルで終わった。

 マジモンで悪い話を持って来やがった。

 

「これは別の研究所、しかも今をときめく巨大企業サマの研究所からのラブレターよ。これなら店長でも素敵な文言が書かれているのが一目で分かるわ」

 

 そう言いながらカタカタとパソコンを操作してから、はい、と鎬は更なる絶望を秋水に叩きつけてきた。

 画面にはなにかのグラフと、それぞれのパーセンテージが書かれているいかにもな研究資料。

 おー、と祈織は興味深そうに画面を覗き込み、秋水は恐る恐るというように視線を向けた。

 知らない単語が幾つもある。

 たぶん、これは成分表なのだろう。

 あの白銀のアンクレットには、どんな成分の物質がどれくらいの割合入っているのか、を一覧で出してくれているようである。

 個人のお願いでわざわざこんなきっちりした資料を仕上げてくるとか、しかも秋水でも聞いたことのある世界的巨大企業が時間を割いているとか、もはや絶望的な状況に拍車を掛けてきて気絶しそうであった。

 その成分表のようなものには、秋水の知らない英単語がたくさんあったが、そんなものを無視して一際目立つ、いや目立たせるように赤字かつ太字かつご丁寧に下線を付けた大きな文字がある。

 

 

 

『Unknown : 7.18%』

 

 

 

「悪い話の次は、良い話でもしましょう」

 

「いや、ちょっと待って、もうお腹いっぱいなんだけどコレ……」

 

 

 

「地球上で新しい元素が発見されそうよ」

 

 

 

「おぇ……」

 

 全く良い話ではない。

 なにが良い話と悪い話だ。悪い話と悪い話だよコレ。

 悪い情報のオンパレードに、吐き気までもようしてきた秋水を見てから、はぁ、と真顔のまま鎬が溜息を吐いた。

 新元素って、ここ20年以上発見されてないんじゃなかっただろうか。

 いや、逐次情報が公開されているわけでもないので、もしかしたら別の新元素が発見されているのかもしれないが、それでも新しい元素なんてものはそんな簡単にポンポンと見つかるものではないのは、中学生である秋水でも容易に想像がつくことである。

 

 つまり、ダンジョン産のドロップアイテムは、ガチで未知の物質が含まれていた、ということで。

 

 それが、すでに色々な研究所に知れ渡ってしまったということで。

 

 そして、そのドロップアイテムの調査依頼をした鎬の存在が、すでにバレてしまっているということで。

 

 最悪だ。

 最悪の状況である。

 なおかつ、秋水が最も避けたかった状況だ。

 ダンジョン産のヤバい代物が、世間に広くバレてしまう。

 

 それを良しとするのであれば、そもそもとして秋水は手っ取り早くポーションを売り捌いて大金を得ているだろう。

 

 秋水が最も避けたいのは、ダンジョンの存在がバレるということである。

 それを忌避していたがために、ポーションを売って金を稼ぐ、という最も手っ取り早い荒技を封印していたのだ。

 しかし、残念ながら金は必要だ。

 なにせ、ダンジョンアタックには色々と金が掛かるからである。

 武器やら防具やらもそうだ。最初の頃よりもグレードが上がっているため、当然ながら金額も上がっている。

 そしてダンジョンのセーフティエリアでの睡眠や、ポーションによる回復のデメリットでもある、食費の爆増についても頭が痛い問題となっている。家計簿はアプリで付けているが、正直今月のエンゲル係数が怖い。

 だから、金策として白銀のアンクレットを売ることにした。

 特に何も考えてなかった。

 そのツケが、今になって回ってきやがった。

 まさかの未知の物質。

 まさかの新元素。

 そりゃそうだ。不思議なことが平然と起こるダンジョンから出てきた装飾品だ。地球上に存在していなかった元素が含まれていても、それこそ不思議じゃない。

 

 ヤバい。

 

 これはヤバい。

 

 見つかってしまった。

 

 ダンジョンの痕跡を、変な奴らに嗅ぎつけられてしまった。

 

 今のところダンジョンの入口は、秋水しか認識出来ないから大丈夫だろうか。

 いや、それはどうだろう。

 ダンジョンの入口は秋水しか認識出来ない、ではなく、正確には鎬はダンジョンの入口を認識出来ない、である。

 もしかしたら、他の人には見えてしまう可能性は十分にあるのだ。

 それに認識出来なかったとして、ダンジョンの入口から出入りしている秋水自身は観測出来るだろう。どのように観測出来るか分からないが、それは間違いなく認識出来ないところから出入りしている不思議な現象として捉えられる可能性が高い。より悪い感じになってるじゃないか畜生。

 と言うか、鎬の存在に辿り着かれているということは、既にこの質屋も嗅ぎつけられていると考えた方が良いだろう。

 なんてこった。

 これでは、秋水が納品していることだって既にバレている可能性だってある。

 マジで最悪だ。

 

「えーっと、新しい元素の発見、って、あのアンクレットの話?」

 

「そうね、凄く夢のあるとんでもない良い話よね。特定の条件下じゃなくて、手に触って持つことが出来る、安定した状態の、しかもそこらの質屋で普通に売り出されていた商品の中から、7%以上含まれているなんて、これが研究の末に本当だと確定したら、世界に激震が走る世紀の大発見だわきっと」

 

 走馬燈の如く高速で自分の置かれた状況を整理し始めていた秋水を余所に、祈織はぽかんとした感じで鎬に質問していた。

 いや世紀の大発見どころの話じゃない。

 明らかなる異常事態の大発見だよ。主にダンジョンという異常事態のな。

 祈織の質問に答えるようにしながら、鎬は秋水に向かって流し目を送ってきた。

 これは、明らかに嫌みだ。

 凄いチクチク言葉である。

 それはそうだろう、色々なところから新元素の含まれた物質についての問い合わせ受付口になってしまった鎬としても、思うところは多々あるハズだ。

 鎬は白銀のアンクレットが、ダンジョンのドロップアイテムであるということは当然知らないが、それでも幾つかの情報を既に得ている。

 

 そのアンクレットの制作者は、気難しい偏屈職人であるということ。

 

 さらに、その職人の家には、ポーションがあるということ。

 

 そう、鎬はポーションの存在を知っている。

 身を持ってポーションの効果も知っている。

 気合いを入れて即金で秋水からポーションを買い上げるくらいに、そのポーションが異質な存在であるということを、鎬は知っているのだ。

 色々と紆余曲折があり、ダン・ジョンさんとかいう架空の職人を秋水がでっち上げたとき、ポーションはその職人のところで汲んできた不思議な水なのだと適当に説明してしまった。

 

 

 

 そして、その職人が作ったアンクレットは、地球上で今まで発見されていなかった未知の元素をふんだんに使用されている代物であったのだ。

 

 

 

 真顔のまま表情変化の乏しい鎬でも、その目は雄弁に語っているのが気のせいだと思いたい。

 おい、その職人、何者だ。

 鎬の目が、ギラギラとしている。

 これは、ヤバい。

 そもそもダン・ジョンさんなんて存在しない。

 かと言って、ダンジョンに連れて行って角ウサギをぶっ殺して、はいドロップアイテムでーす、なんて説明も出来ない。ダンジョンの存在が鎬にバレるのも、秋水にとっては御免被りたいことなのだ。

 角ウサギとか、そしてデカい水饅頭とか。

 あんな危険な生物を鎬が見た日には、即日即時で鎬はダンジョンの入口を封鎖して、然るべき所に即行で通報することだろう。一瞬で世間バレ間違いなしである。

 ダンジョンアタックが出来なくなる。

 それは、勘弁して欲しい。

 本気で勘弁して欲しい。

 

 死んだような灰色の生活には、戻りたく、ない。

 

 目の前の鎬から問い詰めるような雰囲気を感じて、ヤバい。

 そうじゃなくても、研究所だとか研究機関にダンジョンの痕跡を嗅ぎつけられていて、ヤバい。

 四面楚歌。

 そんな言葉がふと浮かぶ。

 

「世紀の大発見、あのアンクレットが!?」

 

「そうね、凄い話よ。何十年も発見されなかった新元素が見つかるとか、色んな意味で忙しくなるわね。困ったわ……」

 

 あれよあれよと絶望的な状況に追い込まれている秋水の隣で、祈織がようやく事態を飲み込めたかのように声を弾ませていた。

 それに対して鎬は、やはり嫌み混じりのチクチク言葉で溜息をハッピーセットしてくれるものの、それに気がつくことなく祈織は、へー、と軽く返した。

 その語調は、明るい。

 と言うか、非常にワクワクとしたもので。

 

 

 

「確かに忙しくなるけど、それってつまり、大チャンスってことだよねっ!!」

 

 

 





 ピンチはチャンス。
 鎬さんの本職は明言していませんが、基本的には開発側の人間です。商売の実地経験自体は、今のところ変態合法ロリ店長の方が一歩リードしています。

 57話とかで軽く話していたその裏では、実はかなりヤバい話が進行していて、かつ今更になって表面化しました。
 秋水くんがドロップアイテムを売り払おうと考えたのはかなり初期、鎬さんが登場前というレベルなので、実に100話以上前に発動した毒がロングパスとなって回ってきております。こういう詰めの甘さは中学生ですね、愉悦。
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