ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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122『ウチは質屋営業兼古物営業です』

 

「確かに夢があるね鎬さん! よーしっ、これは私でもやる気出てきたー!」

 

 白銀のアンクレットから新元素などという明らかにヤバい物が検出されたなんてバッドニュースを耳にしたにもかかわらず、質屋 『栗形』 の店主である祈織は弾んだ声を上げながら、小さくガッツポーズをとっていた。

 え、と思わず秋水は隣に居る祈織を見下ろす。

 は、と鎬も驚いたような顔になった。

 

「あ、秋水くん、今日はあのアンクレットの納品ってありますか? もちろん全部買い取り……は、未成年だと無理なので、鎬さん経由で引き受けますね! 私はアクセサリーケースを調達してきて、あ、もっと豪華なの買おうかな。ちょっと調べてきますね!」

 

 ワクワクで眠れない小学生みたいな感じで、テンション高く祈織が張り切っている。本当に小学生みたいな背格好に童顔なので例えが洒落にならない。

 いや、なんでそんなに元気なのか。

 気軽に販売しようとしていた商品の中から、新しい元素なんて地雷ワードの代物が発見され、しかも既に世界的にバレてしまっているなんて明らかに詰んでいる状況にもかかわらず、祈織は目をキラキラさせながら元気そうである。

 朝から畳み掛けられるヤバい情報の嵐に、秋水なんてグロッキーなのに。

 えーっと、と言葉を詰まらせたのは鎬。

 もしかして、ちゃんと理解出来てないのかしら、と首を捻った。

 

「えー……店長、元気があるのは素敵で可愛いわ。でもね、少し落ち着きましょうか」

 

「え? あ、はい」

 

 待ったを掛ける鎬の言葉に、祈織は一瞬だけ疑問符を浮かべたものの、すん、としてすぐに大人しくなり、カウンターの椅子によいしょと腰を掛けた。

 そう言えば立ちっぱなしだった。

 座った祈織を見てから、秋水も恐る恐るといった風に隣の椅子へと腰を下ろす。

 その秋水の頭の中は、未だに混乱している、と言うか絶望の淵に突っ立っている状況であった。

 ダンジョンがバレそう。

 と言うかダンジョンの痕跡が既にバレている。

 そして鎬にもがっつり怪しまれている。

 突然訪れたダンジョンアタックが出来なくなるかもしれないという危機に、秋水は顔面蒼白のままだった。

 

「あのね店長、確かに私も回りくどい話をしてしまって悪かったわ。一応確認しておきたいのだけれど、私の言った良い話と悪い話、どれくらい理解出来たかしら?」

 

 そんな秋水を一先ず横に置き、鎬は優しい声色で祈織に質問を飛ばした。まるで幼稚園児を相手にする先生のようである。流石に祈織に失礼か。

 しかし、それを聞かれた祈織は、ぽかん、とした表情だ。

 

「えっと、今まで発見されなかった物があのアンクレットに含まれてる、って話だよね?」

 

「そうね。本当だとしたら世紀の大発見ね。素晴らしいニュースだわ」

 

「しかも有名大学とかからのお墨付き」

 

「もちろん検査の不具合とか、よく調べたら全然既知の元素のちょっと配列変わっただけだとか、ただの合金だとか、その可能性も大いにあるけれど」

 

 釘を刺すように鎬は言うが、恐らくその可能性は低いのだろう。

 間違いの可能性も大いにある、そんな明らかな不確定要素をたっぷり残したままで、こんな話は出て来ないだろう。

 鎬から、ではない。

 研究所から、である。

 良い話じゃない、完全に悪い話だ。

 秋水は改めてそれを認識し、頭がくらっとした。

 が、祈織の反応は、秋水のそれとは全く別の反応であった。

 

 

 

「つまり、希少価値だね!」

 

 

 

「え?」

 

 思わず呟いたのは、鎬だったか、それとも秋水だったか。

 再び目を爛々と輝かせ、両手で小さいガッツポーズも再度繰り出し、祈織のテンションが再び上昇した。

 

「希少価値のものは、希少なうちに高く売る! そして流通量はこっちで操作可能! 夢があるね!」

 

「あらやだ凄いポジティブ」

 

 新元素発見などという事柄を、祈織は全く面倒事とは捉えることなく、むしろ商売の大チャンスだと捉えていた。

 収支は大赤字。

 半ば潰れかけ。

 客は来ないし物は売れない。

 最悪なる悪循環に、この質屋 『栗形』 は陥っている。

 いや、陥っていた。

 鎬がアルバイトに入り、急激なる経営改善を図ろうとしているのは実感出来ているのだが、それが間に合うかどうかは別の問題だ。

 金を儲けるためには、まず先に自分の金に火をつけるのが商売の鉄則である。経営資金というのは、常にタイムリミットがあるのだ。

 そんな中でこの話。

 なんで2人が暗い表情になっていたのか、祈織の頭では全く分からないが、とりあえず 『新元素とかスゲぇ』 ということは分かっていた。

 新元素。

 つまり未知の物。

 つまり希少価値。

 つまり高く売れる。

 鎬だってそれが分かっていて、良い話、として新元素の発見とかいったんじゃないのだろうか。

 頭の良い人が考えていることは良く分からない。

 

「ちょっと待ちなさい店長、たぶんだけどあなた、事態が把握出来ていないみたいだわ」

 

「え、そう? 儲け話じゃないの?」

 

「あらやだ凄い商売根性」

 

 褒められた。

 それほどでも、と祈織は照れながら自分の頭を撫でてみたが、褒められてないです、と低く腹の底に響く声が頭上から振ってきた。秋水である。

 見上げてみれば未だに顔色は悪く、何故か心配そうな目で祈織を見下ろしている。

 どうしたのだろう、顔色的に心配するのはこっち側だろうに。

 

「新元素が発見された、と言ったでしょう? それを名だたる研究所から連日で嬉し恥ずかし鬱陶しいのラブレターを貰いまくっているのよ?」

 

「モテモテだね」

 

「嬉しいわね。でもね店長、新元素が発見されるって、どういうことだと思う?」

 

「すごいねー、よかったねー、としか……」

 

「いえね、新しい元素が発見されました、良かったですね、で終われば良いのだけど」

 

「え、終わるでしょ?」

 

 あっけらかん、と祈織は答える。

 だって、祈織の中では既に単純明快な答えが既に出ているからだ。

 これはチャンスだ。

 大チャンスだ。

 商売センスも何もない小娘ではあるのだが、店の1つも切り盛り出来ない未熟者ではあるのだが、秋水が持ち込んだ白銀のアンクレットが、この質屋 『栗形』 を経営危機を救う、起死回生の大勝負なのはヒシヒシと感じていた。

 

 しかも、その大勝負、勝率がめちゃめちゃ高い、というお墨付き。

 

 なんで鎬も秋水もこれで興奮しないのだろう、と祈織は逆に疑問に思うレベルのビッグチャンスなのだ。

 宝くじの一等当選なんて目じゃないくらいだ。

 祈織からすれば、あまりにも条件が良すぎるレベルの儲け話なのである。

 

「あのね店長、長年見つかってこなかった新元素が、こんな場末の質屋で売り始めた装飾品からぽろりと見つかるわけないじゃないの。どんな状況よ。これの製造方法とか素材の割合とかを徹底的に洗われる立場になるのよ?」

 

 

 

「ウチは質屋なんで、物作りは分かりません、じゃ駄目なの?」

 

 

 

 う、と珍しく鎬が言葉に詰まった。

 だって、そうだろう、こちらは販売業だ。製造業じゃない。

 製造方法なんて質問されても、畑違い甚だしいことである。

 商品のことを熟知してこそ販売人、なんて風潮も確かにあるかもしれないが、それこそ知ったことか、である。

 こちらは質屋である。

 そして古物商である。

 新品の商品を企業から卸してもらい、それを売っているわけじゃないのだ。

 あくまでも質流れや買い取りした商品を、中古品ですよ、と売っている店なのである。

 製造方法、知るか。

 素材の割合、知るか。

 それは確かに、ある程度の鑑定はするし調べもするが、大前提としてここは現品買い取りからの現品売りである中古屋さんだ。間違えた、質屋さんだ。

 

「……えっと、なら仕入れ先についてを滅茶苦茶詰められるわ」

 

 

 

「企業間取引じゃなくて普通に個人からの買い取りなので個人情報保護法に引っ掛かってお教えすることが出来ません、としか」

 

 

 

 再び鎬が言葉に詰まった。

 まあ、警察から情報開示の令状が出されたら、売買リストとかの情報は公開するけれど、それなしで個人情報ぶちまけたら祈織の方が警察のお世話になること待ったなしである。

 と言うか、そもそも白銀のアンクレットに関しては、正確には買い取り自体をしていない。

 基本的には秋水が持ち込んだ品物を、鎬が預かり、それをそのまま販売し、仕入れ代金として鎬に流し、そこから秋水に渡す、という面倒な商品とお金の流れになっているのだ。

 いや、まだ販売ルートなどが未開拓状態だったので、とりあえずはそういう形にしようね、という取り決めになっているだけだ。

 つまるところ、売買リストを開示したところで、その内容は今のところ、鎬がどっかから持って来ました、という意味不明な情報しかないのである。

 

「…………確かに。それじゃあ店長、向こうが頑張って仕入れ仲買人である秋水の存在を嗅ぎつけて、それで秋水に迷惑が掛かったとしたらどうするの?」

 

 

 

「え、実害が出る迷惑だったら普通に警察でしょ? それでこっちの仕入れに問題が出るなら、証拠の写真や動画を逆に撮り返してSNSに晒してから営業妨害で警察に持ってくよ?」

 

 

 

 警察に令状とられて情報開示を迫られるのをリスクとして多少は捉えているものの、そもそも警察は市民の味方である。

 祈織はそう思っているし、営業許可証を取得するために何度もお世話になっているし、それ以前に祈織自身は警察に何度も助けられているのだ。助けてもらった内容が、迷子だと思って、というのは思うところが確かにあるが、祈織としては警察という組織はそれなりに信用しているのである。

 なので、実害出されるなら、助けて、と警察に何の遠慮もなく駆け込むつもり満々だ。

 困ったときは警察へ。

 それが当然のこととして、祈織の中にはあったのだ。

 

「………………え、強い。でも、あの、店長、それでも新元素の発見というのはとてもとても凄いことなのよ。極めて特定の条件下でしか発生しないならともかく、現物として安定した状態でしれっと商品として売られているレベルの物質から無視出来ない割合で検出されるとなったら、研究のために向こうも黙ってないわ。私もそちらの学問には明るくないのだけれど、物質研究の世界じゃかなりのインパクトなのは間違いないし、素人から見ても夢のある話なのは理解出来るくらいよ。これが知れ渡ったら争奪戦になるのは目に見えているわ」

 

 

 

「て言うことは研究用にどうですか、って売り捌くチャンスなんだよね? めちゃくちゃ太い販売ルートが確保出来るってことだよね?」

 

 

 

 祈織の中で既に出ている単純明快な答えは、これである。

 販売ルートの確保が出来た、だ。

 しかも争奪戦になるのが目に見えているということは、めちゃめちゃ売れるということだ。

 値段設定どうしよう。

 これは適正価格がどうのこうのではなく、相手の言い値を聞いてからでも遅くはないんじゃなかろうか。

 むしろこっちが売る相手を選ぶ立場になれたりするのだろうか。

 適度に顧客を争わせるとか。

 商売に携わる人間として、これほど夢がある話が他にあるだろうか。

 あまりにも突然降って湧いた大チャンス。

 なるほど、鎬の言った良い話というのは、確かに極上の良い話じゃないか。悪良い話の方は上手く理解できていないが。

 

「えー、早く公表してくれないかなー。あ、いっそこっちから色んな研究所に売り込みかけてみる? あなたのライバルが一歩先に研究してますよ、買わないと出遅れちゃいますよ、って」

 

「凄いわ秋水、ウチの店長の肝は太い上に座り込みをしているわ」

 

 降参とばかりに今度は鎬が両手を挙げた。

 あまりにもポジティブな祈織の発言に、鎬は音まで上げてしまったようである。

 そして助けるように秋水の方を見上げれば、秋水は秋水で非常に真面目な顔をしながら考え込んでいる様子。

 あ、孤立無援。

 可愛い甥の表情を見て、鎬は反射的にそれを悟った。

 

「そうか、向こうが満足するぐらいに売れば良いのか」

 

「ええぇ、ちょっと待ちなさい秋水、なんでそんな力業の極みみたいな解決方法に辿り着いちゃうの?」

 

「そうですよ秋水くん! 是非職人の方にはじゃんじゃん作ってもらえるように説得をお願いします! 相手は研究機関なんですから金払いは良いに決まってすよ!」

 

「なんていう風評被害。どこも資金はカツカツなのよ。そうじゃなくて店長、少し落ち着いて」

 

「分かりました栗形さん。とりあえず今日は30個程持って来ているのです。家にまだもう少しあるのですが、まずは今日の分をさくっと鑑定してもらって良いですか」

 

「え、30個? まだある? ちょっと秋水も落ち着きなさい、その職人さんは1日5個とかのペースであの正体不明の物体を作ることが出来るの?」

 

「秋水くんの持って来たものだからたぶん大丈夫ですよ! とにかく私は見栄えが良くなるようなちゃんとした箱探しますね! 鎬さんパソコン代わってください!」

 

「びっくりするわ店長。まさかベッドの上以外でもこんなに押しが強くなるなんて思っても見なかったわ。助けて秋水」

 

「それじゃあ残りの分をぱっと行ってぱっと取ってきますね。増産の件はなんとかしてみせます、任せて下さい」

 

「あら頼もしくて素敵。いえそうじゃないわ。待って秋水、明らかに暴走した店長を置いていかないで。ちょっと待って、あ、ちょっと待ってちょうだい秋水、待―――」

 

 それでは、と秋水は荷物を取りに店の裏へと引っ込んで、祈織は勝手に鎬のパソコンを触り始めていた。

 パソコンの画面右下には、なにかの通知をお知らせするマークが見える。たぶん、色々なところからの、現物を研究用に渡せ、とか、もっと詳しい情報を知りたいから連絡しろ、とか、そんな素敵なラブレターがたくさん来ていることなのだろう。

 実に面倒な事態。

 だが、売り手である祈織はとてもポジティブで、なにか隠し事をしながら品物を持ち込んでくる秋水もそれに乗る気だ。

 あ、この面倒事の窓口、このまま自分になるのか。

 あっさりと押し負けてしまった鎬は、遠い目をして小さく溜息を吐くのだった。

 

 

 





 ちなみに、という話になりますが、鎬さんは秋水くんが 「なにか変なことに首を突っ込んで、それを隠している」 ということには早い段階から気がついています。
 具体的には、ポーションの効果を知った瞬間には気がついています。
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