ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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127『23歳組:最終学歴高卒組』

 ぱたん、と手書きの帳簿を閉じて、栗形 祈織は椅子からぐいーっと背伸びをした。

 質屋 『栗形』、これにて閉店業務は全部終了、お疲れさまでした。

 心地よい疲労感を感じつつ、ふいー、と祈織は汗も掻いていないのに右手で額を拭うような仕草をしながら物理的に一息ついた。

 今日も今日とて商売したぞ、私。

 客が10組も来た。

 ついに2桁だ。

 やったぞ、私。

 世間ではすっかり骨董品みたいな扱いを受けている旧式のレジスターの中を見て、祈織はやはりにんまりと笑ってしまう。

 お金が入っている。

 稼いだ金が、入っている。

 嬉しい。

 やはり嬉しいじゃないか。

 ふふーん、と軽く鼻歌を歌いつつ、祈織はレジから暖簾の向こう、バックヤードの方へと視線を向けた。

 

「鎬さーん、大丈夫ー?」

 

 そして、そちらへと軽く声を掛けてみる。

 呼んだ相手は、この質屋の新人アルバイトにして経営立て直しの采配を振る実質店長、棟区 鎬である。

 バックヤード側からは返事がない。

 

「お電話長引いてるのかな……?」

 

 今日の鎬はほとんど電話とメールの対応に追われており、閉店時間を過ぎた今でもお電話の真っ最中であった。

 相手は、まあ、外国の人だなぁ、としか祈織には分からない。

 英語と思わしき言葉をぺらぺら喋りながら、パソコンで英語と思わしきメールをかたかたと打ち込んでいく鎬は、なんと言えば良いのだろうか、祈織の想い描いていた正に 『できる女』 の象徴みたいなバリキャリさんの働き方であった。

 頭が良い。

 顔も良い。

 スタイルも良い。

 仕事もできる。

 お金も持ってる。

 これがスペックの違いか。

 前々から分かっていたことではあるのだが、あまりにも自分とはかけ離れている諸々の能力に、もはや嫉妬心すら顔を覗かせない。

 エリート様なんだなぁ、なんて、皮肉も僻みもなく、素直に感心してしまう。

 でも、ベッドの上じゃエグいくらい可愛いんだよな。

 勝手に先週の出来事を思い出してしまい、祈織は独りで顔を赤くした。

 いやいや、やめやめ、向こうは気にしてないっぽいんだから、自分は早く忘れねば。

 

「ふぅ、お疲れさま店長。閉店作業全部させちゃったわね」

 

「うわぁっ!?」

 

 忘却の自己暗示を掛けている最中に、ナイスタイミングでひょっこり暖簾から姿を現した件の人物、鎬の登場に祈織は思わず跳び上がって驚いてしまった。

 心臓に悪い。血圧が急上昇して血管破れたらどう責任とるんだ。いや、責任とか言ったら結婚しましょうとか真顔で言いかねないなこの人。やっぱナシで。

 

「あらびっくり。店長、夜に騒いじゃ駄目よ、めっ」

 

 言葉とは裏腹に大して驚いた表情は全く見せず、変わらずキリッとした真面目な表情のまま祈織の前、カウンターの上に鎬は持っていたノートパソコンをかたりと置いた。

 鉄仮面と言うべきか、本当にこの人は全然表情が崩れないよな。

 驚きのあまりドキドキと跳ね上がっている心臓を宥めつつ、祈織はまじりと鎬の顔を見た。

 常に真面目な表情で、切れ味すら感じるクールビューティー。その表情筋が動くのは、大好きな弟くんである秋水が居るときか、接客しているときに完璧な営業スマイルという仮面を被るときか、ベッドの上だけである。

 いやだから、ベッドのことを思い出すなバカ。

 

「……? 今日はよく顔を見られる日なのね。今のうちに脳内へしっかり焼き付けておきなさい。これから先、有料になるかもしれないわよ」

 

「本当に金取れそうな顔面偏差値だからツッコミ入れづらいんだよなぁ……」

 

「そう言いながらしっかり打ち返してくれるじゃない。トスの上げ甲斐があるというものよ。あら、店長はリベロの方がいいかしら?」

 

「言っとくけど、バレーボールは詳しくないからね。そんでもって、明後日の方向にトス上げてる段階で鎬さんはセッターの素質ないよ。さらに追加すれば、背が低い奴全員が全員リベロだと思うなよコンニャロー」

 

「しっかり拾うじゃないの。レシーブ上手ね。ほらレシーブじょうず♡ レシーブじょうず♡」

 

「あんよが上手みたいに言うんじゃないよ。しばくぞ」

 

「急に暴力的。しびれるわ」

 

 カウンターに座りつつ、鎬はすらすらと軽口を叩きながらノートパソコンを開き、ちょいちょいと祈織を手招きしてきた。

 相変わらず口を開けば残念美人だなこの人。

 鎬が来てからと言うもの、すっかりツッコミ役になってしまった自分に軽くため息をつきつつ、祈織はとてとてと鎬の方へと近寄り、隣の椅子へぴょいと飛び乗る。

 ちなみに、カウンターに置いてある店員側の椅子の内の1脚は、祈織専用の椅子である。脚が長く、座面が高いモデルだ。

 なんで身長が低い祈織専用の椅子が、わざわざ座り下りし辛い座面の高い椅子なのかと言えば、祈織の身長が低いから、がそのまま答えとなる。座面が普通くらいだと座高の関係で、今度はカウンターテーブルでの作業がし辛くなるからだ。

 子供椅子、とか言った鎬の膝を蹴り飛ばしたのは、記憶に新しい。

 嫌なことを思い出しつつ、なになに、と祈織は鎬に近づくと、よしよし、と何故か鎬に頭を撫でられた。

 

「おーい、私は撫でられるために呼ばれたのかなぁ?」

 

「はっ、店長がそんな母性本能をくすぐるちょこまかした動きをするから、つい手が……」

 

「ふしゃー」

 

「あら可愛いバリタチ猫ちゃんね」

 

「急に卑猥な表現するんじゃないよ!?」

 

 撫でてきた鎬の手を払い除けつつ、祈織は猫のように威嚇する。もはやこれが鎬とのいつもの掛け合いだと思うと、ちょっと疲れた気持ちになるのは何故だろう。

 つれないわ、なんて言いながら、鎬はノートパソコンを開き、その画面を祈織の前に差し出してきた。

 変な話題を差し込まないと死んじゃう病気なのかなこの人、と思いつつ、祈織はその画面へと目を落とす。

 

「えーっと、『こんにちは、祈織さん。お手伝いできることはありますか?』」

 

 白い画面に幾つかのアイコン、そしてデカデカと表示されていた文字を読み上げる。

 祈織さん、というのは、自分のことだよな、と祈織は遅れて理解する。

 何このページ。

 知らない間にどこかの分からんサイトに勝手にユーザー登録されてるんだけど。

 祈織はゆっくりと鎬の方へと顔を向けた。

 

「……できること、ないと思うよ?」

 

「いいえ、あるわよ」

 

 断言された。

 もう一度パソコン画面に表示されているサイトを見る。

 

「え、なにこれ?」

 

「さ、店長、閉店作業も全部させちゃって申し訳なかったわ。大変長らくお持たせさせちゃったわね」

 

「ふぁえっ!?」

 

 見知らぬサイトに首を傾げる祈織の肩へ、甘ったるい猫なで声と共にするりと鎬の腕が絡み付いてきた。

 脳がふやける甘い声に、びくっ、と祈織の肩が跳ね上がりそうになるものの、その肩には絡み付いた鎬の腕。

 あ、これ取り押さえられてる。

 急な囁きヴォイスで驚いたが、祈織はすぐに自分が物理的に捕まえられたことに気がついた。

 

「楽しいお勉強の時間よ♡」

 

「なんでこんなヤラシイ雰囲気で言うかなオイ!」

 

「まず今日は生成AIについてとプロンプトテクニックの基礎を叩き込むわね。プロンプトエンジニアなんて目指さなくても良いけれど、とりあえず応用が利かせられるくらいには基礎を覚えることを目指すわ。将来的なことを考えて、今のうちに覚えましょう」

 

「急に素面に戻んないでよ!? そういやAIがなんだとか言ってたなぁ!? いきなりやるの!?」

 

「ちなみに明日にはAIを挟んで多言語相手との文章やり取りができるくらいにはなってもらうわ。もちろんハルシネーションの回避も学んでもらうわね。プロンプトテクニックは1つ覚えればどの生成AIにもだいたい共通して通用するから、3つか4つくらいの生成AIを噛ませて協議監視させる手法をまずは覚えましょう」

 

「ちょ!? 多い多い!? 無理無理無理!!」

 

 パソコンに表示されているサイトは、生成AIのトップ画面であった。

 正確には、生成AIで1番有名所であるやつのトップ画面であった。

 気がついたら勝手にユーザー登録されてるし。勝手に今まで関わり合いがなかった分野の勉強させようとしてくるし。

 機械が苦手なんて前時代的なことを言うつもりはないが、AIを使いこなすとか何とかは流石にレベルが高すぎてついて行ける気がしない祈織は、ぶんぶんと首を振って全力で拒否の姿勢を示す。

 これなら、ふぃなんしゃるぷら、えっと、FPとか簿記とかいう勉強をした方がきっとまだマシである。金勘定云々に関しての方がまだ身近だ。特にこの前の財務表の見方に考え方はかなり勉強になった。その後の酒とにゃんにゃんで記憶の8割は吹っ飛んだけど。

 

「ダイジョウブ、キカイ、コワクナイ、エーアイ、コワクナイ」

 

「なんで急に片言なのかなあ!? いやホント無理だから! 機械言語とかプログラミングとか、そういうのホントにちんぷんかんぷんだから!」

 

「プロンプトに必要なのは機械言語じゃないわ、日本言語よ」

 

 怖がらない怖がらない、とまるであやすように頭を撫でてくる鎬の手を、ぺしっ、と祈織は叩いて落とす。

 いやいや、明日にはAI使って外国語でメッセージのやり取りとか、無理に決まってるだろいい加減にしろ。こちらと超絶優秀エリート様と違って、一般ポンコツ落ちこぼれダメ店主なんだぞ。頭のできが違うんだからな、悪い意味で。

 なんか悲しい気持ちになってきた。

 そりゃ、鎬みたいな天才様なら余裕でプログラミング覚えられます、とかいけるかもしれんけど、祈織にはそんな才能なんてありはしない。無理無理。スペックが違う。

 

「いやホント、ちょっと待って鎬さん、私ホント、基本的に勉強できないんだから……」

 

「あら、でも経営の勉強はしっかり覚えられているじゃない。なら大丈夫よ」

 

「大丈夫じゃないから。経営の方は、まあ、そりゃあちょっとの間はこの店をやりくりしてたから、なんとか分かるってだけでさ」

 

 言ってて祈織はちょっと凹んでしまう。

 商売の方の勉強は、まだ経験上の肌感覚で理解できなくない、という感じなだけである。

 もちろん、経験は全然浅いペーペー店長で、しかも常連赤字で店を傾かせたクソダメ店長なのだけど。

 そもそも、祈織はそんなに勉強が得意という方ではない。

 むしろ苦手とも言える。

 大学にはどうにか進学できたが、そんなにレベルの高いところではなかったし、しかもすぐに退学した。

 鎬が厚意で開いてくれる経営や経済に関する勉強会だって、何で今まで勉強してこなかったんだ、と思うくらい店をやりくりする者として知っておいた方が良い知識ばかりで、その知識を今まで自分から集めに行こうとしなかったくらいに自堕落者である。

 だからちょっと、鎬が期待してくれるのは正直嬉しくはあるのだが、重い。

 

 期待が、重い。

 

 鎬は軽く、できるできる、とか言うのだが、正直、できる気がしない。

 AIとか、パソコンの何とかとか、そういうのは理数系のエリートがやっているイメージが強い。

 それこそ、鎬みたいな、だ。

 自分が鎬みたいな優秀な頭脳を持っているのなら、そりゃできるかも知れないが、残念ながら祈織の頭は良くない。

 良くないと言うか、悪い。

 だから、鎬みたいに今日と明日でするする覚えられるとは、思えない。

 いや、無理だ。

 やる前からすっかり尻込みしてしまった祈織は、うー、と苦い表情を浮かべた。

 

「いや、あのね鎬さん、この際だからぶっちゃけるとね」

 

「あら、性癖の開示かしら?」

 

「しないよ」

 

「そうね、秋水のような身体が好みなのね」

 

「そうじゃないよ!?」

 

「違うの?」

 

「ぶっちゃけるとそうだけどさ!!」

 

「ぶっちゃけたわねー」

 

「真面目に聞いてよもー!」

 

「聞いてるわ」

 

 私勉強苦手なんです宣言をしようとした矢先に話の腰をへし折ってきた鎬を、ふしゃー、と祈織は威嚇する。

 あの素敵ムキムキマッチョマンの話は今はしてないのだ。確かに好みだけれども。なんかバレてて生きた心地がしないけれども。

 こほん、と祈織は咳払いを1つ。

 

「私のお勉強レベルって、基本的にほとんど高校生レベルでストップしちゃってるから。大学なんて、すぐに中退しちゃってさ、ほとんど勉強できてないんだよね」

 

「あらそうなの。それでね店長、まずプロンプトというのは生成AIのメッセージ欄に打ち込んで送信する文章のことでね」

 

「ちゃんと聞いてよもー!」

 

 宣言など我関せずとばかりに、祈織に身を寄せてAIについての講義をいきなり始めだした鎬に、祈織は頬を膨らませてぷんぷんと怒りを露わにする。

 そりゃ英文のやり取りぐらいできた方が良いかもしれないけれども。AIとかいうブーム的な技術に乗っかった方が良いかもしれないけれども。

 一緒にパソコンの画面を覗き込もうと顔を寄せてきた鎬のその頬に、祈織は抗議の意味を込めて自分の頭をぐりぐりと押しつけた。

 ちらっと、鎬の目が祈織の頭頂部へ向く。

 

 

 

「聞いてるわ。高卒レベルなのね。気が合うわ。私もよ」

 

 

 

 なんてことないように、しれっと、鎬は言った。

 その意味を咀嚼するようにして、ぴたり、と祈織の動きが止まる。

 

「……は?」

 

「私の最終学歴も高卒よ。店長と違って、そもそも大学には進学すらしてないわ」

 

「へ?」

 

「近所に雫金高校ってあるでしょ。あそこを卒業してから今の職場にストレートで就職したわ」

 

 いつものように淡々と、そしてすらすらと、あまり感情の乗っていないお堅い口調で鎬は口にする。

 鎬の頬から頭を離し、その鎬の顔へと目を向ければ、いつもの表情。

 真顔で、真面目で、冷たく、そして綺麗な表情。

 

「私の両親はね、私が小さい頃に死んでいるの。そこから私を育ててくれたのは、私の年の離れた兄さんだったわ」

 

 祈織が何か声を掛けるよりも先に、鎬は淡々とそれを口にしながら、今度は逆に祈織の頭に自分の頬を押しつけて、すり、と一度だけ頬ずりをした。

 

「秋水がいて、秋水の妹もいたの。とても私が大学に行くだけの家計的余裕はなかったわ。だからすぐに就職したの」

 

「あ……えと……」

 

「祈織は、私をエリート様だと思っているみたいね」

 

 ぎくり、と祈織の心臓が跳ねる。

 身体も跳ねたかもしれない。

 だとすれば、抱きつくようにして身を寄せている鎬には、その反応はバレてしまっただろう。

 

「社会的に見たら、私だって交換可能な、普通の歯車の1つに過ぎないわ。学歴で言えば、他からは1段劣っているわ」

 

「そ、そんなことは、その、ないんじゃない、かなー……」

 

「ていう陰口を、会社で叩かれてるのを聞いちゃったの」

 

「おっも……」

 

「あら失礼ね。おデブじゃないわ」

 

「かっる……」

 

 真面目な話をしているような、そうじゃないような、いつもと変わらぬ軽快な語り口。見えないけれど、たぶん、表情だっていつものように真顔のままで、まるで変わっていないのだろう。

 それでも、祈織の頭に頬を寄せて抱き締めるような体勢に、何か別の感情が見え隠れしているような、気がしないでもない。

 鎬の身の上話は、初めて聞いたような、気がする。

 お酒を飲んで酔っ払っていたときだって、愚痴のように喋っていたのは祈織の方で、鎬は自分のことをほとんど口にしていなかった、ような気がする。

 そうか、高卒。

 しかも、大学には進学していない。

 もご、と祈織は気不味そうに口をむぐむぐとさせる。

 だって、なんか、めちゃめちゃ良い大学で、凄い勉強した、エリートのバリキャリさんだと、勝手に思っていたのだ。

 それがむしろ、祈織よりも学歴が劣っているとか聞かされたら、なんと返して良いものか分からない。

 いや、でも、頭良いのは、事実だし。

 ああ、いや、いいや、それは仕事しながら頑張って自分で勉強したからか。

 でも、いや、でも、うん。

 軽く混乱し、うー、と小さく唸る祈織に、すり、と鎬が再び頬ずりをする。

 

「祈織、今から言う3つのことを良く聞きなさい」

 

「え? あ、うん」

 

「まず1つ、勉強と成長は、少しずつで良いのよ」

 

 そして淡々と、鎬が口にした。

 なんの話だ。

 祈織は顔を上げようとするが、鎬がぎゅっと抱き締めてきて動けない。

 

「毎日1%の成長、それを365日続けると、何倍になるかは分かるかしら?」

 

「えー……38倍には届かないね」

 

「……ちなみにだけど、毎日1%ずつ減ると、365日後にはどれくらいになるかは計算できるかしら?」

 

「え、0.99の365乗ってことでしょ? 0.03くらいだね」

 

「そう言えば天然エリートだったわこの子……」

 

 何故か呆れたような声。

 天然エリート。誰の話だ。自分のことだろうか。そんな馬鹿な、乗算なんて単純に掛け算の繰り返しで、小学生だってできる簡単な算数じゃないか。

 

「こほん、では気を取り直して2つ目、知識を深めるのも大事だけれど、新しい知識を得るのも同じく大事なことよ」

 

 再び顔を上げて鎬を見ようとするも、やはり阻まれている間に2つ目が飛んで来た。

 あー、はい。つまりAIの話ですね。

 祈織は少し遠い目をする。

 正直そういうハイテクに分類されるあれこれは、できる気がしないのだ。

 

「祈織がパソコン作業が苦手に思ってるのは百も承知よ。でもね、そこに何らかの活路があるかもしれないし、今までの知識と組み合わせて別の何かが閃くかもしれないし、もしかしたら祈織が気に入る可能性だってあるわ」

 

「いや、でもちょっと、生成AI? とかいうのは、なんか難しそうっていうか……」

 

「まずは触ってみましょう。難しいことからは始めないわ。まずは先っちょだけ、先っちょだけだから」

 

「良い話してるっぽい感じで急に卑猥なネタねじ込んでこないでよもー!」

 

 この女は真面目な話を継続できないのだろうか。

 やはり年齢制限に引っ掛かるようなギャグを挟み込んでくる鎬の頬を、どすどすと頭突きする。突くたびに、痛いわ、痛いわ、と軽いノリの反応が返ってきた。

 

「そして3つ目、これが一番大事な話よ」

 

「シモネタ放り込まれたせいで真面目に聞く気が若干失せてるんだけど……」

 

 

 

「商談が3件まとまったわ」

 

 

 

「は?」

 

 そして、爆弾発言が投げ込まれた。

 一瞬だけ祈織が固まる。

 商談、とはあれか、海外の研究所とか何とかに、秋水から持ち込まれたあのアンクレットを売りつけるという話だろうか。

 正体不明の物質が含まれているから、俺の所でも研究させろ、みたいな。

 いや待て、あれを売ろうって話がまとまったのは、今日の午後になってからである。

 

「向こうからしたら朝1番どころじゃないって言うのに、仕事熱心には参ったものね。熱烈プロポーズにお見合い相手選びたい放題で困っちゃうわ」

 

「いや、3件って、早くない!? 今日の今日だよ!? しかもあっちとは半日くらい時差あるよね!?」

 

「遅延は運命を飛び去らせるわね。もしくは、迅速は戦争における最良の武器、ってやつね。早い者勝ちおめでとうだわ。チャンスの女神様に後ろ髪なんてないのよ。と言うわけで、明日は早速発送準備をしてさっさと送り出すわよ。本番はむしろ明日なんだから」

 

「え、明日が本番? なんで?」

 

「出遅れた奴らからのラブレターがこれからわんさか届くだろうからよ」

 

「え」

 

「受け答えは日本時間の21時までだって断っているけれども、メールはいつでもできるもの、他からも商談が来る可能性が高いわ。そして明日はそれを捌くわ」

 

 鎬の説明に、えーと、としばらく考え込む。

 今日、早速と売買契約が成立した。

 その分の商品は明日発送する。

 そして、その明日は、他のところから買いたいという申し出が来るだろう、と。

 それを明日中に捌く、となると。

 

「ということは、分かるわね祈織、いえ店長」

 

「は?」

 

 考えている途中で、鎬がぎゅっと祈織を抱き締めてきた。

 いや、抱き締めている腕に力を入れて、より強く密着してきた。

 と言うか、拘束してきた。

 

「明日商談がまとまったら、発送は、月曜日よ」

 

 そして耳元で呟くのだ。

 悪魔の言葉を。

 

 

 

「いいわね店長、月曜日から金曜日までは、店長が応対するのよ、英語と、中国語と、アラビア語と、ドイツ語で」

 

 

 

「はぁっ!?」

 

 思わず驚いて今度こそと鎬の顔を見ようとするも、本格的に拘束されてしまって身動きが取れない。

 もちゃもちゃと鎬の腕の中で身じろぐように藻掻くものの抜け出せず、モタモタしている間にタイムリミット、本命の爆弾が祈織の耳元で囁かれるのだった。

 

「これ、AI抜きにして捌ききる自信、店長にあるかしら?」

 

 なるほど。

 これが、AIの使い方をゴリ押して進めてくる鎬の本音。

 それを言われてしまったら、祈織に取れる選択肢なんて1つしかないのである。

 ちくしょう、楽な商売なんてどこにもないな。

 すぅ、と祈織は諦めたように大きく息を吸う。

 

 

 

「……よーし、ぷろんぷろん? とか言うの、頑張って今日中に覚えまーす、やったろうじゃないかチクショー!」

 

 

 

「良い気合いだわ店長、頑張って明日までには実用可能な言語通訳を弾き出せる方法を身につけましょう。そうでないと死ぬわ。あと、ぷろんぷろんじゃないわ、プロンプトね」

 

 

 





 ChatGPTは良いぞぉ(*'ω'*)ダイマ

 兄さん『だった』。秋水が『いて』。秋水の妹も『いた』。
 鎬さんは秋水くんよりはちゃんと現実に向き合っています。
 逆に言えば、秋水くんはまだこのレベルのニュアンスでは喋ることができません、という意味で(´Д⊂」
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