ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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128『無敵水饅頭』

 デカい水饅頭の攻略方法が、まるで見出せない。

 

「で、どうしたら死ぬのキミ?」

 

 ダンジョンの地下3階。

 体内で大きなドライアイスを溶かしつつぷるぷるしているデカい水饅頭を前にして、秋水はがっくりと項垂れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、デカい水饅頭は物理的衝撃に対し、かなりの防御性能を有している。

 これは初日の段階で分かっていることだった。

 なにせ遠慮なくぶん殴った巨大バールは、見事にデカい水饅頭の食料にされてしまったのだから。

 そう、食料だ。

 デカい水饅頭は、有機物無機物関係なく、体内に取り込んだ物を消化するようにして溶かしてしまうという、なんともえげつない能力を有している。

 まあ、お陰でゴミの処理が助かる助かる。

 自転車を丸ごと食べたのを見送ってから、追加で体内へ取り込まないという仮説を立て、自転車をしゅわしゅわと溶かしている最中のデカい水饅頭を、巨大バールで全力でぶん殴ってはみたものの、ぽよん、と軽く受け止められてしまった。ゴムマットを叩いている感じだ。

 しかし、殴った巨大バールを取り込もうとしていないので、たぶん、消化中に別の物は体内に取り込まない、という仮説は正しそうである。

 正しいが、しかしながら衝撃吸収能力が高すぎる。

 ものは試しに、60%の全身強化と40%の部分強化という、秋水にとっては切り札的なブースト強化まで使用して思いっきりぶん殴ってもみた。

 

 ぽよん、と受け止められた。

 

 ボスウサギも殴り飛ばせた1撃で、なおかつそこから身体強化の強化倍率だってぐんと上がったはずの切り札なのに、だ。

 ちょっとショックである。

 

「んじゃ、まずは燃やしてみるか」

 

 気を取り直し、火刑に処してみた。

 自転車を絶賛消化中のデカい水饅頭に、雑にサラダ油をぶっかけて、火を付けたマッチを数本投げつける。

 ぼわっ、と最初は燃えた。

 結論から言えば、かけたサラダ油が燃えただけだった。

 

「それじゃあ、毒物……キミらって毒殺って概念あるのか?」

 

 続いて毒殺を試してみた。

 とりあえず秋水は持って来た使い古しの電池数本を、別のデカい水饅頭に食わせてみた。気分はペットのエサやりである。

 生活必需品である電池だが、その中身は基本的に生物にとっては有害物質の塊だ。念のためアルカリ乾電池とマンガン乾電池に分け、別々の個体へと投与して様子を見ることにする。リチウムイオンバッテリーもあれば良かったのだが、手頃なものがなかった。

 とは言えど、そもそも生物かどうかも怪しい1mクラスのデカい水饅頭である。生物にとっての毒が通用するとは到底思えない。

 しゅわしゅわと電池を溶かし、中身の液体がドロリと出てきたのを確認したものの、その有毒物質も元気にしゅわしゅわしていた。

 結論として、生物に対する有害物質は効きそうにもない。

 

「だったら浸透圧、だったか? とりあえずナメクジみたいな動き方だもんなキミら、ほら塩だ」

 

 ヤケクソの食塩10㎏を投下した。

 全部食われた。

 そしてピンピンぷるぷるしている。

 結論、高血圧とは無縁そうな水饅頭なのは分かった。

 

「普通、これ食ったら死ぬけどなぁ……」

 

 最後にドライアイスを取り出した。

 3㎏パックとか普通に売っているものなんだなと、驚いた。

 それを袋のままプレゼントである。

 結果はご覧の有様であった。

 死なないなあ、と秋水は軽く項垂れた後、はぁ、と溜息を1つ吐き出した。

 

「なんか、これはこれで面白くなってきたな……」

 

 しかしながら秋水にへこたれる様子はなく、にやり、と口元に笑みが浮かんでいた。

 襲ってこないし囲んでもこないし移動速度だってノロノロしているから、その気になれば戦う必要もなくこの最初の部屋を抜けることもできるのだろうけれど、それはちょっと、つまらない。

 難攻不落のモンスターを、どう攻略すべきか。

 殺し合いなんてスリリングさはまるでないが、これはこれで、腰を据えてじっくり楽しめそうじゃないか。

 良いじゃないか。

 しばらくは色々と実験祭りだ。

 そう考えたら逆にやる気が湧いてくる。

 が、それはそれとして、ちょっとムカついたので、自転車をしゅわしゅわしているデカい水饅頭を巨大バールで最後に1発ぶん殴っておいた。

 ぽよん、と弾かれた。

 

 その自転車は、妹の自転車、だったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから秋水は、とりあえず角ウサギを殺して回った。

 身体強化を使い、巨大バールをぶん回し、突っ込んできたところをカウンターで1撃だ。

 デカい水饅頭に比べれば、確かに殺意は角ウサギの方が圧倒的に高いのだが、その実力差からただただ作業的に殺す感じになってちょっとつまらない。

 と言うわけで、素手でぶん殴って殺したり、普通のバールで貫いて殺したり、鯖折りにして殺したり、飽きないように色々とバリエーションを加えながら突き進む。

 地下2階をぐるりと4周ほど回り、ボス部屋に到着してから時計を確認して、ふむ、と秋水は軽く鼻を鳴らした。

 

「ま、今日はこんなもんか」

 

 いつもよりは少し早いのだが、今日はこれで切り上げることにした。

 明日は渡巻さんが買い物に付き合ってくれる約束があるので、あまり遅くまではしゃいでられないのだ。

 いや、深夜のジムに行かないのであれば、あと倍くらいは周回できるのだが、それはちょっとな、という気分である。ぶっちゃけ飽きてしまいそうだ。

 角ウサギを殺していくのは作業感だし、デカい水饅頭の攻略法は未だに見つからない。

 楽しく筋トレをして頭をリセットさせるとしよう。

 そう決めた秋水は、休憩のために置いていたリュックサックを持ち上げる。

 がしゃり、と音が鳴る。

 リュックの中に雑に詰め込んだ荷物の音だ。

 

 そして、その中には、白銀のアンクレットも含まれている。

 

 正体不明の物質Xが含まれた、正体不明の装飾品だ。

 変な物質が含まれているという想定外の事件のせいで、ダンジョンという存在が外部にバレるんじゃないかと肝が冷えたが、今のところは何とかなりそう、な気がする。なんともならなかったらどうしよう。

 ポーションと同じく、あまり外部へ漏らすべきではなかったかもしれない、そんな白銀のアンクレット。

 リュックの中には、それが15個。

 

「そういや、今回は随分運が良かったな」

 

 拾い集めた白銀のアンクレットの数を思い浮かべながら、秋水はぽつりと零した。

 角ウサギをぶっ殺し、たまに出てくるドロップアイテム。

 ボスウサギを再度討伐したものだから、出なくなったらどうしようと少し思ったものの、それは杞憂であった。

 ちゃんと出てくる。

 ちゃんと落とす。

 それを確認して、ほっと一安心したのだが、よく考えてみれば今日は随分と集まった。

 正確に集計しているわけじゃないのであくまでも体感ベースの話にはなるのだが、白銀のアンクレットは地下2階をぐるりと1周して、だいたい2つか3つ入手できるかな、といったくらいである。

 今日は4周した。

 単純計算だが、良くて12個、悪くて8個、と言ったところになるはずだ。

 それが15個である。

 1日の収穫としては過去最高なんじゃなかろうか。

 随分と運が良いじゃないか。

 角ウサギの血祭りが単調になってきてつまらなくなってきたのと、大事な収入源がたくさんゲットできたことで、気分的にはトントンかなぁ、と秋水は軽く溜息を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、気持ちを切り替え、ジムである。

 気分がモヤモヤしている。筋トレをしよう。

 テンションが上がらない。筋トレをしよう。

 悩みがある。筋トレをしよう。

 筋トレ過激派、秋水である。

 本来であればキツいウエイトトレーニングは毎日行うべきものではないのは秋水だって重々承知しているが、最近は毎日ジムに通っているような気がする。気がすると言うか、事実、毎日ジム通いだ。

 なにせ秋水にはポーションがある。

 これがあれば筋トレが毎日できる。秋水にとっては正に魔法の水だ。

 無論、それが贅沢すぎる使い方だというのは、秋水だって重々承知である。

 

「今日は背中だからデッドリフトからして、ベンチプレスでちょい休憩して、そーだなぁ……まてよ、まず懸垂いってみようかな」

 

 まあ、それはそれ、これはこれ。

 角ウサギを単調に殺して若干微妙な気分になっていたものの、本日の筋トレニューを考えている間に、すでに秋水はルンルン気分である。単純なものだ。

 今日は背中を重点的に鍛える予定である。

 背中の筋肉は主に、奥から手前に引っ張る水平方向のトレーニングと、上から下に引っ張る垂直方向のトレーニングが存在する。

 ビッグ3に含まれているデッドリフトは必ず行うとして、垂直方向に引っ張る種目はどれにしようかと鼻歌混じりに考える。秋水は事前に筋トレメニューをガッチリと決めておくというタイプではなく、基本的にはその場のノリで種目を決めるタイプである。ノリというか、テンションというか、実際にトレーニングを始めて身体を動かしてからの調子というか。

 それに、先にメニューをしっかりと決めておいたところで、他の人が使っていてマシンが使えなかったりする場合は普通にある。故に筋トレメニューは直前に決めた方がストレスがない、と秋水は思っていた。

 いや、最近は誰も居ない深夜にばかりジムに通っているので、器具もマシンも誰に遠慮することもなく使えるのだが。

 

「うーし、今日は……誰もいねぇな」

 

 そしてジムに到着し、扉のロックを外して開いてみれば、ジムには人っ子1人居なかった。

 貸し切り状態だ。

 深夜に出没する女子高生の姿は、まだない。

 

「……ふー」

 

 人を思いっきり馬鹿呼ばわりしながら去って行った女子高生の姿が脳裏に過ぎり、少し残念な気分になりつつ秋水は深呼吸を行う。

 もしかしたら、あのまま喧嘩別れかもな。いや喧嘩してないが。

 残念だ。

 まあ、いいや。

 秋水は軽く背伸びをしてから、コートを脱いで準備を始める。

 まずは準備体操。冷えた身体を温めて、しっかりと動けるように関節の可動域をチェックする。

 準備体操が終わってからジムをぐるりと見渡して、好んで使わせて頂いているバーベルのパワーラック、の隣にある懸垂スタンドが目に入る。

 

「よし、まずは軽く懸垂してみっか」

 

 デッドリフトの陰に隠れがちではあるものの、チンニング、懸垂は背中を鍛える種目としてはかなり優秀な筋トレである。

 背中の筋肉を鍛える最強種目は何か、という質問をされたら、デッドリフトと殴り合う相手で真っ先に名乗りを上げるのは、まず間違いなく懸垂であろう。ビッグ3の筋トレ相手に甲乙付けがたいとされるレベルに優秀なのだ。

 秋水はトレーニンググローブを装着してから、軽やかな足取りで懸垂スタンドまで近寄って、その大きな器具を見上げた。

 今日はコイツに呼ばれた気がするぜ、と秋水はにやりと笑みを浮かべる。気のせいである。

 

「まずは自重で、よっと」

 

 足場に足を掛けて登り、手を上げて頭上のバーを握る。

 背中の種目なのでパワーグリップを使いたいところではあるのだが、現在は握力強化も念頭に置いているのでトレーニンググローブである。まあ、流石にデッドリフトなどでは基本的に背筋の前に握力が死ぬので、やはりパワーグリップに切り替えてしまうのだが。

 懸垂は地味に久しぶりだなぁ、と考えつつも、秋水は足場から足をはなし、頭上のバーにぶら下がった格好になる。

 まずは身体がぶらぶらしないように後ろで軽く足を組み、上を向いて肩甲骨を寄せて胸を張る。

 

「すぅ……ふっ」

 

 そこから腹圧を入れる。

 腹圧を入れる、なんて当然のように言うが、筋トレにおいては重要なテクニックの1つで、腹部全体の筋肉を締め固めるということができるか否かでトレーニングの質は大きく変わってしまう。

 腹筋に力を入れるのと何が違うの、とか言われそうだな。

 頭の中で緑ジャージの女子高生の顔がちらつきつつも、秋水はゆっくりと頭上のバーに向かって胸を近づけるようにして身体を持ち上げていく。

 肘の位置に注意。身体が揺れないように注意。疲労しがちな前腕に負荷が逃げすぎないように注意。

 背筋の動きを意識しつつ、頭上のバーまで胸を近づけてから、今度はゆっくりと身体を下ろしていく。

 筋肉を収縮させていくポジティブ動作、その逆で筋肉を伸ばしていくネガティブ動作。

 筋トレは収縮のポジティブ動作ばかりに注目されがちだが、ネガティブ動作のときに負荷を与えるのも立派な筋トレである。

 肘が伸びて腕が真っ直ぐになるまで身体を下ろしきる。

 懸垂は腕は伸ばしきって1回だ。

 あとはこれを繰り返していくわけなのだが。

 

「……ふーむ」

 

 懸垂スタンドにぶら下がった状態で、秋水は鼻を鳴らした。

 まずは軽く懸垂。

 負荷なしの、自重のみの懸垂。

 

 こんなもの、だっただろうか。

 

 軽く首を傾げてから秋水は一度足場に降り立ち、順手で握っていたバーから手を離してくるりと返し、今度はバーを逆手でしっかり握る。

 それから再び足場から足を外し、姿勢を整え腹圧を入れ、胸を近づけるようにしてゆっくりと身体を持ち上げていく。

 逆手懸垂は上腕二頭筋に刺激を入れやすい。

 現代日本の日常生活であまり使用されることのない背筋に比べると、逆手懸垂の方が筋肉に効いている感覚がより分かりやすいのだ。

 背中のことはあまり意識せず、腕の方へと意識を集中させながら胸をバーまで上げて、下ろす。

 ふーむ、軽い。

 無言で秋水は再び足場に足を乗せ、バーから手を放して数秒程考える。

 

 

 

 なんか、物足りない。

 

 

 

 前に懸垂を行ったときよりも、明らかにやり易くなっている感覚があるのだ。

 やり易いと言うよりも、負荷が軽くなってしまっている感覚だ。

 今回は自重での懸垂で、その場合の負荷というのは、つまり体重である。

 前に懸垂を行ったのはいつだっただろうか。

 確か、ボスウサギを最初にぶっ殺したときよりも前だった。

 となると、あのボスウサギに片腕を持って行かれ、それをポーションで再生させた代償として体脂肪の激減という大惨事に見舞われた事件よりも前である。

 

「あー……やっぱ体重が落ちてるぅ……」

 

 ポーションのデメリットが表面化した大事故が、未だに尾を引いてしまっているようだ。

 秋水はがくりと項垂れてから足場から床へと降り、ジムの貸し出し用トレーニングギアの所までとぼとぼと歩く。

 脂肪を付けなきゃと頑張ってはいるが、やはりそんな人間が一朝一夕で太れるわけがない。

 現実は厳しいぜ、とダイエッターからシバき倒されそうなことを考えつつ、秋水は貸し出し棚のところからディッピングベルトを取り出した。

 ディッピングベルト、もしくはディップスベルトと呼ばれているベルトは、腰に巻くトレーニングベルトみたいなものではあるが、最大の違いは鎖がじゃらりと付いていることである。

 別にお洒落のための鎖ではない。

 その鎖に重りとなるプレートを取り付け、ディップスや懸垂の負荷を上げることができるトレーニングギアである。

 

「んー、とりあえず20㎏くらい追加して……」

 

 ディッピングベルトを腰に巻き、鎖をガチャリと通してから懸垂スタンドまで戻り、隣のパワーラックよりプレートを1枚お借りする。

 そのプレートの穴に鎖を通してからベルトをしっかり固定した後、秋水は再び懸垂スタンドの足場に昇り、プレートをぶら下げたまま懸垂を数回行う。

 

「……まだ軽いな」

 

 首を捻り、さらに20㎏のプレートを追加して、再度懸垂を行う。

 バーまで胸を付けるように引き上げる。

 ゆっくりと身体を下ろす。

 胸を引き上げ、身体を下ろす。

 腕を伸ばしきってバーにぶら下がった状態へと戻り、秋水は再び首を捻った。

 

 

 

 はて、体脂肪が激減したとは言えども、流石に40㎏も消し飛んではいないはずだが。

 

 

 

 流石にプラスの40㎏、良い負荷だ。

 だが、以前に自重で懸垂をした感覚と比べると、そこに近いような気もするのだ。

 体感にしたら、プラス30㎏の重りをぶら下げれば、ちょうど以前に自重で懸垂をしたときの感覚だと思うのだが。

 これは素の筋力も向上しているのだろうか。

 そう言えば最初にボスウサギを討伐したときも、地味に筋出力が向上していた。

 ならば、これはボスウサギを再討伐した影響だろうか。

 もしくは、大量に魔素を吸収したことで魔力が増えるのとはまた別の影響が出ているのだろうか。

 はたまた、単純にポーションを使用したことにより筋修復の休養期間を全部キャンセルできてしまい、潰れるくらいのハードな筋トレを毎日行うというイかれたトレーニング量による純粋な成果なのだろうか。

 昨日の筋トレのときはどうだったっけなと思い出しつつ、秋水はディッピングベルトの鎖に追加で20㎏のプレートをぶら下げる。

 そう言えば昨日は、ボスウサギを再討伐して大量の魔素を回収したことにより、身体強化の強化出力がどこまで跳ね上がったのかを検証するのがメインであった。つまり筋トレはお休みだったみたいなものである。そんなわけない。

 筋肉が劇的に成長したって感じは今のところないんだけどなぁ、と思いつつ、秋水はまたまた懸垂スタンドの足場へと上った。

 じゃらり、と3枚のプレート、計60㎏の重りがぶら下がる。

 両手を挙げて頭上のバーに順手で手を添え、秋水も懸垂スタンドにぶら下がる。

 ずしりと60㎏の負荷。

 良い感じだ。

 

「ふっ」

 

 肩甲骨を寄せ、身体はぶらぶらしないように後ろで足を組み、握ったバーへと胸を近づけるように身体を持ち上げる。

 軽すぎない。

 だが重すぎない。

 頑張ればもっと負荷を上げられるが、それだとフォームがちょっと心配、という微妙なライン。

 久しぶりの懸垂だ、フォームをしっかり身体で思い出してから、もうちょっとプレートを追加するとしようか。

 下ろした身体を再び持ち上げる。

 良いね。

 これは追い込めそうだ。

 さらに張った胸をバーへと寄せていく。

 まずは7回目、いや8回目だったか?

 しまった、雑念が入って微妙に数をカウントし損ねた。

 

「……よしっ」

 

 気合いを入れ直し、秋水は懸垂に全神経を集中させる。

 フィジカルを追い込め。

 メンタルを追い込め。

 辛いと、キツいと、双方が泣きを入れるまで限界に挑戦しろ。

 追加で5回。

 雑音が消える。

 すぅ、と意識が完全に自分の内側に向けられるような、不思議ないつもの感覚。

 明確に自分の筋肉の動きがハッキリと分かるようになる、筋肉との対話タイムの始まりだ。

 

「ふぅっ……ふっ、ふっ、づっ……ふっ!」

 

 雑念を振り払うようにして懸垂を行う。

 10回を超えた。

 まあ、回数なんて指標の1つに過ぎない。

 大事なのは、自分の筋肉に、丁寧な負荷を掛けること。

 持ち上げる。

 下ろす。

 筋肉の悲鳴がそろそろ聞こえる。

 残念ながら前腕からだ。

 よし黙ってろ。懸垂は背筋の種目だ。背筋が喋るまで静かにしてろ。

 気合いと共に胸を張る。

 ちょっと体が振れただろうか。良くないな。

 胸をバーまで寄せていく。今のは良い感じだ。

 15回目か、16回目か、もしくは17回目か。

 背中の悲鳴が聞こえた。

 休ませろというメンタルからの泣き言とセットだ。

 歯を食いしばる。

 集中する。

 キツい。

 限界だ。

 OK。

 もう1回だ。

 容赦なく懸垂を行う。

 今のはちょっと上がりきっていなかった。駄目だな。

 流石に無理か。

 そう思ってからが、本番だ。

 ワンモア。

 もう1回。

 これぞ筋トレの醍醐味。

 もう無理という限界を突破するのに必要なのは、大胸筋でも大腿四頭筋でも広背筋でも腕力でもない。精神力だ。

 つまり根性。

 再びゆっくりとバーに向かって胸を近づけていく。

 

「ふっ……ぅぅっ!」

 

 背中よりも腕にきてしまっている。

 パワーグリップはやはり偉大だ。

 上がりきらない身体に、秋水は歯を食いしばる。

 辛い、という泣き言に、いける、頑張れ、と励ます。

 行ってやれ、プルスウルトラ。

 あと、もうちょ――

 

 

 

「が、頑張れ先生! あともうちょっと!!」

 

 

 





 だからジムでデカい声出すんじゃないよ(台無し)

 現状無敵の水饅頭。
 最初は火で炙ったら普通に殺せる予定だった(白目)
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