ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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132『(写真とかが欲しいだけです!)』

 筋トレの方向性を遅筋狙いに切り替え、その日のメニューを一通り終えてみれば、時間はいつもよりも大分遅くなってしまった。

 遅筋を狙った低負荷高回転のトレーニングは回数を多くする分だけそもそも時間がかかり、さらには教える側の秋水も教えることに関しては初心者ということもあって、ペース配分が至らなかったせいもある。

 メニューとしては膝つきの腕立て伏せを終えた後、自重のスクワット、プランク、ヒップリフト、バックエクステンション、の計5種目を終え、最後に有酸素運動としてエアロバイクを漕いでもらった。

 

「やはり美寧さんは飲み込みが早いですね、素晴らしいです。素質がありますよ」

 

「ぜぇ、はぁ……あ、ありがとう……ひぃ……」

 

「しかし、凄いですね。低負荷高回転の筋トレは結構精神的に辛いものなのですが、全て完了です」

 

 全ての種目をしっかりと行うことができていた美寧へ素直に称賛の言葉を贈れば、エアロバイクのハンドルにもたれ掛かって撃沈していた美寧はへろりと顔を上げ、にへ、とぎこちない笑みを浮かべるのだった。

 美寧は、とても根性がある。

 女性に対して根性があるという表現もどうなのだろう、とは思うものの、美寧の最大の武器はとにもかくにも根性がある点、ということを、今日は改めて知ることができた。

 軽い負荷のトレーニングで、回数を積み上げていく高回転型の筋トレというのは、普通であればとにかくメンタルが削れるものである。

 10回と40回では、回数のゴールが遠い分、高回転の方がシンプルにしんどい。いくら負荷が軽いとは言え、だいたいは途中で音を上げるものだ。

 今回提案した筋トレメニューも、秋水の想定では途中でキツい、無理、ギブアップ、と美寧の泣きが入る前提であった。

 別に秋水にSな気が生えてきたわけではない。泣きが入ったところから逆算して、次のメニューを考えようとしたのである。

 しかし、美寧はそれをやりきった。

 すっかり疲労困憊ではあるものの、見事にクリアしたのである。

 

「へへ……へぇ、ふぅ……先生は、できもしない、はぁ、レベルのは言わない、ふぅ、でしょ?」

 

「まあ、それはそうですが、それでも何処かで泣きが入るかなとは思っていたのです」

 

「泣きは……」

 

 肩で息をしつつ、美寧はきゅっと顔を顰めた。

 あ、機嫌が斜めになるだろうか。

 思わず秋水は身構える。

 

「……物理的にこの前入れちゃいましたよねー……ごめんなさい」

 

 しかし不機嫌な様子になることもなく、がくり、と美寧はエアロバイクのハンドルに崩れ落ちた。

 何故だろうか、今日の美寧はどことなくピリピリしていたいつもの雰囲気が薄らいでいるような気がする。全体的に機嫌が良さそうと言うか、柔らかい感じがすると言うか、上手く表現できないが秋水からはそのように感じられた。

 そんな美寧が、再びむくりと顔を上げる。顰めっ面は継続中だ。

 その表情のまま、ドリンクホルダーに掛けていたタオルを手に取って、もふ、とタオルを顔に押し当てる。

 

「うわー、汗が凄い……気合い入れてお化粧しなくて良かった……」

 

「ああ、美寧さんはジャージの体操着ですからね。発熱量が高くなると暑くなりますね」

 

「あー、やっぱりこの服って、筋トレにはあんまり向かない感じかー……あ、先生、ちょっと質問」

 

 タオルから顔を離し、美寧が秋水の方へと顔を向ける。

 少し顔が赤く見えるのは、有酸素運動の後だからだろう。

 どうしました、と秋水は姿勢を正す。

 ちなみに、秋水もまたエアロバイクに跨がっていた。美寧と並んで仲良く漕いでいたのである。

 その秋水へと顔を向けた美寧は、ふい、と視線が逸れた。

 

「先生のそのウエアって、どこで買ったの?」

 

 そして視線が逸れたまま、少しだけ平坦な声色でそう尋ねてくる。どこか緊張している様子である。

 そんな美寧の様子を気にすることなく、秋水は自分の格好を見下ろした。

 ジムで筋トレするときに秋水が着ている服は、そう特別なものではない。あえて言うならば、体にフィットするタイプの服がやや珍しいか、といった程度である。

 野郎共が筋トレでムキムキになってくると、筋肉の動きを確認しやすく、汗も拭き取りやすく、そして育てた筋肉を見せびらかすナルシシスト的自己満足で、何故かタンクトップの着用率が高くなっていく。その中では、秋水のように肌を隠しているのは珍しいと言えなくもない。

 それに、トレーニングウエアとして着用してはいるものの、正確には秋水が着ている服はトレーニングウエアではない。

 どちらかと言えば、作業服なのである。

 最近は一般向けの服も販売するようになったのだが、元は肉体労働の現場仕事をしている人御用達の衣料品店で買った安物なのだ。

 汗は吸うし早く乾くし、動きやすくて着心地も良く、さらには値段も安いから遠慮なく酷使できるので、秋水としてはとても気に入っている。

 いるのだが、はて、これは美寧にお勧めしても良いのだろうか。

 少しだけ秋水は迷ってしまい、言葉に詰まる。

 返答が少し遅くなったことに不安を感じたのだろうか、視線を秋水の方へと戻した美寧が、ぎょ、と目を見開いた。

 

「……いやほら、トレーニングウエアとか何とかって、どこで買えば良いのかなー、とか思ってね! ネットで買っちゃっても良いけど、やっぱ着る物は見て触って決めたいじゃん!? だから先生の買った店が気になるというか、先生の着てるの良いなと思ったっていうか、別に変な意味はないからね!? そういう、なんか、ね!?」

 

「あ、はい」

 

 なにか慌てて美寧は言い訳をはじめた。

 何に対しての言い訳だろうか。急にアワアワとし始めた美寧に内心で首を傾げてる。

 いや、変に勘違いをさせて気を使わせてしまったのだろう。

 

「私の服は、だいたいが 『働く男』 で買わせて頂いていますね」

 

「……なるほど、元作業服専門店」

 

「今でも売られていますよ」

 

 すん、と落ち着いて思案顔になった美寧に、秋水は苦笑で返した。

 秋水が愛用しているその作業服店は、今でこそ一般向けのカジュアルな衣類の販売にも力を入れてきているものの、肉体労働者をターゲットにした作業服を取り止めたわけではない。まあ、明らかにそういう作業の方々ではない人が店を訪れるようになって、若干行きづらくなった気は確かにするのだが。

 

「そっか、あそこはカジュアル以外もスポーツ系とかあったもんね。ちゃんと見てなかったな……」

 

「女性物にも力を入れてきていますので、レディースでもトレーニングに良い感じの物が売られているかも知れませんね」

 

「やっぱ買おうかなー」

 

 この格好だと締まんないし、と美寧は自分が着ている緑のジャージを引っ張る。

 その学校指定の体操着は丈夫そうではあるが、確かに筋トレに適しているかと言われたら少々微妙な服装ではある。ましてや低負荷で高回転の筋トレや有酸素運動をメインに据えていくならば、吸汗速乾のトレーニングウエアは欲しいところだ。

 それは是非、と思わず秋水はうんうんと頷いていると、ごくり、と美寧の喉が鳴った。

 ツバを飲むような音である。

 はて。

 妙に響いたその音に、改めて美寧へと目をやれば、当の本人は再び視線が泳いでいた。

 

「…………で、あのー……先生?」

 

「はい?」

 

「あー…………」

 

 そして、言い辛そうに言葉に詰まった。

 どうしたのだろうか。

 今日は所々で歯切れが悪い。

 少し心配ではあるものの、それでも秋水は数秒程美寧の言葉の続きを待った。

 

「さ、参考にしたいから、その、えっと……」

 

「はい」

 

「…………写真、撮っても、いい、ですか?」

 

 視線を泳がせたまま、美寧がぼそりと聞いてきた。

 何故に小声。

 未だに少し美寧の顔が赤い。やはり調子が悪いのではなかろうかと少々訝しみながらも、美寧はゆっくりとエアロバイクから降りる。

 

「私でよろしければ、もちろんどうぞ」

 

「っ!?」

 

 それはそれとして、別に写真を撮られることくらいなんの問題もないので、二つ返事に返してみれば美寧の行動は驚く程に素早いものであった。

 エアロバイクにセットしていたスマホを、ばっ、と美寧は掴み取り、そのスマホの撮影アプリを立ち上げながらもエアロバイクから勢い良く飛び降りる。さっきまで疲労困憊でダウンしていたとは思えない動きである。もう少し追い込んでも良かったのかも知れない。

 そして、さっとスマホを構えると、有無を言わせることもなくそのスマホからカシャリと軽快な音が鳴り響いた。

 え、もしかして今ので撮影が終わったのだろうか。

 なにか見えやすいポーズが必要なのか、タグを見たいなら脱いだ方が良いか、ズボンの方はどうしようか。その辺りの質問をする暇はなかった。

 これが女子高生の高速撮影技術か。辻斬りを喰らったみたいでちょっと怖い。

 心構えをするより早く写真を撮られたことに秋水が若干引いていると、カシャリ、と先程耳にしたばかりの音が再び聞こえた。

 2枚目、だと?

 1枚目の写真写りが悪かったのだろうか、無言のまま2枚目を撮られてしまった。ポーズも何もなく、ぬぼぉ、と大男が突っ立っているだけの写真で良いのだろうか。いや、衣類の参考にするだけならばそれでも良いのか。

 3枚目も来るのだろうか、と遅れて秋水が身構えると、それを気にすることなく美寧はじっと自分のスマホの画面を凝視する。

 撮れた写真の確認だろうか。

 険しめな表情でチェックすること数秒程、にぱっと美寧の表情に華が咲いた。

 

「~~~~~~っ!!」

 

 スマホを見ながら、ぐいっと美寧が踵を上げて背伸びをする。

 カーフレイズだろうか。

 ヒラメ筋などを鍛えるお手軽筋トレ代表格だ。

 いや、単純に伸びをしているだけだろうか。

 なにやらとても嬉しそうに表情を綻ばせながら、そして急に背伸びをしながら、ふるり、と美寧の体が震えた。

 汗が冷えて寒くなってきたのだろうか。なんだかちょっと表情がとろけた感じに見えるが、有酸素運動で脳内麻薬過剰のハッピー状態になっているのだろうか。やはり筋トレメニューがハードだったのかも知れない。

 

「あ」

 

 どうしちゃったのだろう、と軽く秋水がオロオロし始めるのと、はたと美寧が我に返ったのはほぼ同時。

 

「さ、参考に! 参考にするだけだから! 本当にそれだけだから! 他に何の理由もないから!」

 

「あ、はい」

 

「そう、参考に……あ」

 

 またまた慌てて何かの言い訳に走る美寧を、とりあえず落ち着くまで待とう、とすぐに危機の姿勢に入るのだが、今度はすんなりと美寧の動きが止まった。

 スマホを後ろ手に隠すようにしてわちゃわちゃするも、何かに気がついたかのように口を、あ、の形で美寧が一度フリーズする。

 それから、えーと、と吃りつつ、胸の前まで再びスマホを持ってくる。また撮られるのだろうか。

 そして今度は視線を泳がせることなく、しかしほんのりと目を合わせづらそうに、ちらりと上目遣いで美寧は秋水を見上げてきた。

 何故だろうか、今日の美寧は目の輝きというか、もしくは目の潤いというか、随分と目がキラキラしている印象がある。

 そんな全然関係ないことを思いつつ、秋水はしっかりと美寧の目を見つめ返して発言を待った。

 

「…………そ、その、今度、先生が筋トレするのだけど」

 

「はい」

 

「参考に、撮影しちゃ、だめ?」

 

「いいですよ」

 

「いいのっ!?」

 

 何が嬉しいのか。

 不安そうに聞いてきた美寧は、特に何も考えずOKを出した途端に目を大きくして破顔する。

 なんだか情緒が不安定な美寧を見ながら、秋水は内心で首を傾げてしまう。

 いや、別に撮られるのは問題ない。

 ないのだが、秋水の筋トレはあくまでも高負荷低回転、筋肉を太く大きくするパワー向上タイプの筋トレである。

 昨日までの美寧の筋トレであればまだしも、今日から秋水が口出しした筋トレメニューの参考にするのにはあまり向いていないような気がする。とっても意味が薄いかもしれない。

 もしくは、秋水が低負荷高回転の筋トレをして、それを撮影したいのかもしれない。

 だとすれば、こちらも撮影される前までに勉強しなおさねばならないだろう。

 なるほど、気合いを入れねば。

 どの筋トレがいいかな、と軽く考えていると、ふと別のことに気がついた。

 先程、なにやら慌てて美寧が、参考にするだけだから、と連呼して強調していたことについてである。

 そうか、SNSとかにアップしないよ、という意味か。

 あまりSNS系統に馴染みのない秋水にはいまいちピンとこないのだが、そういうものに無断で写真を上げて色々と問題になっているという話はなんとなく知っている。どういう問題なのか詳しくは知らないが。

 美寧はそこを気にしていたのかもしれない。

 なるほど、ネットリテラシー、というやつか。流石は華の女子高生、しっかりしていらっしゃる。

 今更ながら美寧がなにを慌てていたのか、その理由に思い至った秋水はそれに便乗して釘を刺すことにした。

 

「ああ、分かっていらっしゃるようですけれど、変なことをしたら駄目ですからね」

 

「う……」

 

 何故か美寧は押し黙ってしまった。

 

 そして何故か、はい、とは最後まで言わなかった。

 

 

 





 変なことってなんですかねー(知らん顔)

 ちなみに私の服も基本的には全身ワー……『働く男』 で買い揃えています。メディヒールのルームタイプが良いぞー(*'ω'*)ポカポカ
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