「ご迷惑おかけして!? そこはお世話になってますとかじゃないのかな!?」
「今の棟区さんとのやり取り見て、そっちがセレクトされるわけないよね?」
「どいひーっ!」
「酷いのは紗綾音の方。あ、そうだ、ちゃんと棟区さんに謝りなさい!」
「謝ろうとした瞬間に発動フレーム潰してキャンセル割り込んできた張本人がよく言うよ!」
渡巻さん、いや、律歌の自己紹介の内容に真っ先に噛みついたのは、彼女の妹である紗綾音であった。何故だろう、2人の力関係が見える見える。
それを見ながらも、うーん、と秋水は首の後ろを掻く。
コンビニの新人アルバイターである、140届くかどうかといった背丈である律歌。
クラスで人気のマスコット枠である、150半ばといった背丈である紗綾音。
ぱっと見で言えば、紗綾音の方が姉に見えるが、この滲み出る力関係は明らかに律歌が姉なのだと語りかけてくる。
と言うか、姉妹か。姉妹だったのか。
そう言えば、同じ名字である。何故気がつかなかったのだろう。
いや、わりと最初の頃に、渡巻は珍しい名字だな、と思った気がする。ますます何故気がつかなかったのだろう。
そうだ、珍しい名字だな、と思ったときに、確か律歌の顔を見て何とも言えぬ既視感を抱いていたはずだ。他人の空似的な感覚と言うか、そんなのをぼんやり感じたものの、かわいい、という良く分からない雑な一言でまとめて無視してしまった。何故気がつかない、馬鹿か自分は。
自分の鈍さに軽く絶望しながらも、秋水はじゃれ合うように言い合いをしている2人の顔をまじりと観察した。
なるほど、可愛い。
かわいい系の顔立ち、で合っているハズだ。
並べてよく見たら、確かに似ている。
と言うか、よく似ている。
流石は姉妹である。
しかし残念、秋水はアイドルとかの顔が全員同じに見えてしまう感性の持ち主であった。
確かに似ている、と思えるのは、青の濃さこそ違えど同じニット帽と同じダッフルコートというお揃いのファッションであるため、という理由も大きい。
そうでなくともファッションスタイルが変われば印象がガラリと変わるのが女子である。律歌は基本的にコンビニの制服姿ばかりを見て、紗綾音は学校の制服姿ばかりを見ていたために、顔の印象が全然結びつかなかったのだ。
なんて、ああ、いや、これは自分の感性が死んでいることに対するただの言い訳か。
2人が姉妹であるということにまるで気がつかなかった自分の鈍さに絶望して、秋水は遠い目になってしまう。
「なるほど、お2人は姉妹だったのですね……」
いっそ感心してしまい、思わず秋水はぽつりと零した。
その言葉に真っ先に反応したのは、紗綾音である。
言い合いをしていたのは即座にそっちのけ、姉である律歌の肩をがしりと掴んで紗綾音は自分の方へと抱き寄せ、何故か反対の手でピースサインをつくって決めポーズ。
即座に作った決めポーズが破綻せずに可愛く似合っているところが、なんと言うか、あざとい。
「そうだよ! 渡巻さん家の美人姉妹だもんね!」
「美人、ですか?」
「お? やんのか? 喧嘩売るなら買うぞこらー」
「ちょっと紗綾音、喧嘩は駄目だよ」
「いやお姉ちゃん、今のどう考えても棟区くんからがっつり売ってきてるんだよ」
何も考えずに疑問符を漏らしてしまえば、それを聞き漏らすはずもない紗綾音がピースサインを握り拳に変え、軽くファイティングポーズへと移行する。
しかし、抱き寄せられたままの律歌がすぐにむっとした表情で釘を刺す。
当たり前だが、コンビニで働いているときよりも律歌の表情は彩り豊かである。
ではなく。
考えなしに首を捻ってしまったが、確かに女性に対してはあまり向けて良い言の葉ではなかった。
別に2人が美人ではないと思っているわけではないが、そう思われてしまう発言だったとはたと気がつき、秋水は慌てて訂正を入れることにする。
「申し訳ありません。2人は今まで可愛い女性だと思っていたので、美人のカテゴリーに入れていなかっただけで……いえ、容姿はどちらも整われているので、確かに美人でしたね、申し訳ありませんでした」
「…………はぅ」
「……わーお」
訂正は結局ドツボだった。
秋水は首に手を当て、重ねて謝罪をするように頭を下げると、律歌と紗綾音からの即レスはなく、不気味に一拍置かれてしまった。
マズい、怒らせたか?
ちら、と秋水は顔を上げて2人を確認すると、何故か律歌はそっぽを向いてしまい、紗綾音は微妙にイラッとくるドヤ顔である。
「ふ、ふふーん、確かにお姉ちゃんは可愛いもんね! 気持ちはとてもよく分かるよ棟区くん。よかろう、さっきの言葉は不問にふしふししてあげちゃいましょう」
「もー……紗綾音も可愛いよ」
「わーい♡ お姉ちゃん大好きー♡」
なにを見せられているのか。
片手で抱き寄せていた律歌を、改めて両腕でむぎゅりと律歌が抱き締めると、照れているのか抱き締められた律歌が顔をほんのりと赤くしていた。いや、さっきも赤かっただろうか。
2人でいちゃいちゃしているのを見ながらも、ふと気がついた。
律歌と紗綾音が姉妹であることに驚いて頭から抜けていたのだが、今日の約束をしていたのは律歌である。
紗綾音には、全く用事がない。
なんでコイツがついてきているのだろうか。まさか、ここから一緒に行動するのだろうか。
紗綾音と一緒か、と秋水は微妙な表情をしつつ、確認のために律歌の方へと声を掛ける。
「それで、すみませんが、渡巻さん」
「あ、はい、棟区さん」
「うん? なーに、棟区くん」
何故か2人揃って返事をしてきた。
え、と律歌は紗綾音の顔を見上げ、え、と秋水も紗綾音の方を見た。
一瞬、紗綾音もきょとんとした表情になる。
しかし、すぐに気がついたのか、紗綾音はにやりと笑った。
「ふっふっふ、棟区くんや、今日は渡巻さんとやらは2人もいるんだなこれが」
「あー」
「あー」
特に何のツッコミを入れることもなく、素直に納得である。
確かに秋水は、律歌に対しても紗綾音に対しても呼び方は基本的に、渡巻さん、で通してきた。
だけど、そうか、それではどちらを呼んでいるか分かりにくいのか。
思わず納得の声を律歌と共に漏らしてから、うーん、と秋水は数秒程考える。
「では、律歌さん」
そしてすぐに、律歌の名前を呼んだ。
別に考える程のことではなかった。
名字で呼んで区別が付かないなら、普通に名前で呼べば良い話である。
さらりと律歌の名前を口にすれば、まあ、確かに今まで渡巻さんと呼んでいたので多少の違和感はある。だがそれだけだ。
秋水は、女性を下の名前で呼ぶことに対し、一切の抵抗を感じないタイプであった。
もしくは、抵抗を感じる程に友だち付き合いがなかった。
「…………はい」
「うわカワ」
呼ばれた律歌の顔が、朱に染まった。
そして、消え入りそうな声で返事をしてから、ふいっと秋水から視線を逸らすようにして抱き締めてきていた紗綾音の腕へ自分の顔を擦りつける。
そんな姉を見下ろしながら、紗綾音も何故か僅かに頬を染めながら、平坦な声をぼそりともらす。
どうしたと言うのだ。
しかし紗綾音の方はすぐに正気へ戻ったかのように、はっと顔を上げる。
「はっ、違う違う、今日は棟区くんがお馬さんの骨かどうかを見定める嫉妬に燃えた紗綾音ちゃん! 甘酸っぱいの見せられて私がきゅんきゅんしてる場合じゃないよ!」
「ステイステイ」
「棟区くんってお姉ちゃんの前でも全然遠慮なく撫でててむしろ私がびっくりするくらいだよ!? やっぱ駄目だよお姉ちゃん、この筋肉鬼畜の三種盛りは人を犬畜生扱いしてくるド外道マッスルだよ!? やっぱりお勧めできる男じゃないよコイツ!?」
何やら決意を固めるチワワの頭をぐりぐり撫でると、よく分からないことをきゃんきゃんと吠えてくる。
「えっと、それで、律歌さん。本日は紗綾音さんもご一緒、ということでよろしいですか?」
「…………」
「……わーお、やりやがったよー」
ぐりぐりと紗綾音を撫でながら律歌へと質問してみれば、急に律歌が軽くむっとした表情になる。
何か地雷でも踏んだのだろうか。
紗綾音も何故か一瞬だけ言葉に詰まってから、ちらっと律歌の方を見て、じとり、とした目を秋水へと向けてきた。
なんだ、どうした。
妹の方が一緒について来るかどうか尋ねただけじゃないか。
特別感が激減じゃーん、と呟いてから、紗綾音が気を取り直すように、こほん、とわざとらしい咳払いをする。
「はーい、今日の紗綾音ちゃんはお邪魔虫だよ☆」
なんて?
再び顔の横でピースサインを決めながら、ついでにウィンクまで飛ばしてきながら、紗綾音が訳の分からないことを口走る。
今日の、ではなく、今日も、ではないだろうか。
そんなことを口にすれば、パンチではなくキックが飛んでくるかもしれないので言えないが。
「もしくは、棟区くんがお姉ちゃんをあぶ、たら、た、アブラカタブラするような悪い男かどうかを見張るボディーガードだよ!」
「たぶらかす、ですね。言葉が狂っている、と書いて誑かす、ですが、本当に言葉が狂っていますよ」
「ごめんなさい。この子、勢いで乗り切ろうとする癖があるんです」
「2人揃って酷くなーい?」
胸を張っていた紗綾音がしなっとなる。酷いのはキミの日本語である。
それから腕を組んで、うーん、と紗綾音が小さく唸る。
「まー、正直言うと、棟区くんは素面なんだなー、ってのは何となく分かってたからあんまり心配してなかったけどさー、やっぱり妹としては可愛いお姉ちゃんが男とデートに行くとか心配で心配で……」
「で、で、デートじゃありません!」
「いやデートじゃん! 誰がどう聞いたってデートじゃん! だからぶち壊しに来たんだよ!」
「ちーがーいーまーす! 棟区さんに失礼でしょ!?」
「いやどう考えたって別に失礼じゃないんじゃないかな!?」
またしても姉妹でやいのやいのと言い合いになる。
仲が良さそうだ。
羨ましい。
2人の様子を見ながら、秋水は顎に手を当てて考える。
そうか、紗綾音から見れば、自分の姉が良く分からない男とお出かけ、と見えてしまうのか。
確かに、身内としては心配にもなる状況だ。
「ああ、なるほど。確かにこれは、端から聞いたらデートのようですね」
「自覚なかったんかーい!」
「いえ、普通に買い物ができる店を教えて頂けるだけで……」
「世間一般では! それを! デートと! 言うんだよ!!」
だむだむ、と紗綾音が威嚇をするようにリアル地団駄を踏んでくる。いらぬ誤解を与えてしまったようだ。
それは申し訳ありませんでした、と秋水は頭を下げながら、謝罪の意を込めてニット帽の上から紗綾音の頭をぐりぐりと撫で回す。
やーめーろー、とぽこぽこ腕を叩かれるものの、マッサージにもならない威力だ。どうせなら背中を叩いて欲しい。
「……やっぱり、2人は同級生、なんです、ね?」
と、そのやり取りを眺めていた律歌が、ぽつり、と疑問符を漏らす。
やっぱり。
なにがだろう。
紗綾音の頭を撫で回す手を止めてから律歌を一度見て、それから紗綾音の方を向く。視線がかち合った。
「はい、そうですね。同じクラスメイトです、残念ながら」
「残念ながら!? どーいう意味かな!? それってどーいう意味かな!?」
「よーしよしよし」
「頭撫でたら全部うやむやのむにゃむにゃにできると思ったら大間違いだぞこのやろー! でも最近撫で方が上手になってきたのが微妙に腹立つー!」
再び頭を撫で回したら、再び腕をポコポコされる。
秋水からすれば子犬と同じ扱いしかしていないが、残念なことに紗綾音との間柄はクラスメイトである。あえて言うなら、最近絡んできてちょっと扱いに困っている、と頭に付けて。
これ以上は可哀想かな、と思い紗綾音の頭から手を離すと、その紗綾音の背中にぽすりと律歌が顔を押しつけた。
おっと、と唐突に背後からのプッシュに少し驚きながら紗綾音が振り向こうとするも、律歌はがしりと紗綾音を掴んでぐりぐりと自分の顔を押しつける。
なお、耳が真っ赤である。
「ぅ……ぅぅ……」
「……お姉ちゃんをいじめたな棟区くんめ!」
「冤罪です」
そして律歌のくぐもった呻き声を聞いた途端に、ばっと紗綾音が秋水を指さして怒ってきた。
まあ待ってくれ、落ち着いてくれ、話し合えばたぶん分かる。秋水は即座に無罪を主張するように両手を挙げた。
少しの間、紗綾音の背中をぐりぐりしてから、律歌はそっと秋水に対して顔を覗かせる。
「わ、私、棟区さんを凄い誤解して……」
「あー」
紗綾音に隠れるようにしながらも、か細い声で呟いた律歌の言葉に、思い当たる節が浮かんで秋水は思わず声を漏らしてしまった。
そう言えば、律歌にもされていた感じだったな、誤解。
美寧のように確定的な言葉はなかったのだが、やはり同じ系統の誤解をさせてしまっていたのだろう。
なんのこと? と眉を顰める紗綾音は、どうやら内容を知らない様子だ。
ふむ、と秋水は鼻を鳴らす。
ここはあまり真面目に受け止めると、律歌が申し訳なさを余計に感じてしまうかもしれない。少し笑い飛ばせるくらいの方が良いのかもしれない。
それから秋水は、にや、と口端だけ上げるようにして小さく笑みを浮かべた。
なお、その完成度はホラー映画のそれである。
「老けて見られるのには慣れていますよ、律歌先輩」
「ふゃああああ…………」
「やっぱりお姉ちゃんをいじめたな棟区くんめ!」
「申し訳ありません、ジョークが過ぎました」
軽口のように返してみれば、羞恥に顔を染めて再び妹の背中に隠れてしまう律歌、即座に姉を守るように立ち塞がって指さして怒ってくる紗綾音。
どうやら、年上の社会人だと誤解されていたことに対する意趣返しにしては、火力が高かった様子である。
これは自分が悪いのだろうか、と責任転嫁なことを考えつつも、秋水は即座に無抵抗を示すようにして両手を挙げるのだった。
妹と仲良さそうな律歌ちゃん。
さて、秋水くんの目にはどう映る(邪悪)