ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

140 / 267
136『あなたスライムっていうのね!』

 すらいむモンスター、とはなんだろうか。

 駅近くの定食屋で堪らずに質問したそれは、随分と場違いかつ変な質問であることは秋水自身も承知しているものだった。

 

「なにって……スライムはスライムだよ。あのわりかしポピュラーさんなぽよぽよしたモンスター」

 

 テーブルの向かいに座り、姉である律歌にべったりと抱きつきながらも、問われた紗綾音はきょとんとした表情で答えになっていない返答を打ち返してきた。

 そのスライムというのが、なにを指しているのかが分からないから聞いているのである。

 秋水はテーブルに広げていたメニュー表へと再び目を落とした。

 薄い冊子となっているメニュー表で、開いているページは食後のデザートやドリンクなどのメニューが並んでいる。

 その中で秋水がひたすらに気になっていたのは、そのデザートのジャンルに載っている写真であった。

 

 水饅頭である。

 

 触ったらぷるんとしそうな外見。

 光の当たり具合できらりと反射する表面。

 丸っこいフォルム。

 半透明で中の餡が透けて見える感じ。

 

 ダンジョンで見覚えのある姿だ。

 

 そう、デカい水饅頭である。

 そもそも、水饅頭にしか見えなかったからデカい水饅頭と呼んでいるので、似ていて当然ではある。

 しかしながら、改めて写真を見ると、ダンジョンでぽよんぽよんと暢気に這いずり回ってる摩訶不思議モンスターは本当に水饅頭そっくりだ。

 そう思っていたところで、紗綾音からツッコミが入ったのである。

 

 水饅頭とかいうスライムモンスターみたいなの。

 

 聞き逃せない単語だ。

 水饅頭をスライムと表現し、あまつさえモンスターと言ったのだ。

 しかし、聞いてみても要領を得ない。

 ポピュラーなモンスター。

 有名な怪物ということか。

 北欧神話やギリシャ神話ならばぎりぎり知っているが、空想上の怪物というサブカルチャー的なものには疎いので、スライムと言われてもまるでさっぱり思いつかない。現実的な意味でスライムと言われたら、ヘドロみたいなやつや、ゲル状の玩具のことしか秋水の頭では思いつかない。

 

「なんでそんな不思議そうにしているのかな?」

 

 うーん、と考え込んでいると、逆に紗綾音が不思議そうな顔をしてきた。

 その紗綾音に抱きつかれている律歌は、紗綾音と秋水の顔をきょろきょろと視線が行ったり来たりしている。

 

「いえ、ポピュラー、なのですか?」

 

「あー……そう言えば棟区くん、ゲームとかあんま触んないだっけ」

 

「そうですね。ということは、ゲームの話、なのですね」

 

 なるほど、ゲームのキャラクターということか。

 そう言えば身体強化、というか魔法やら魔力についての存在を正確に知ったのも、紗綾音達との会話からであった。あの時もファンタジーのゲームがどうのこうの、みたいな話からだったような気がする。

 やはり、あのダンジョンはそういうファンタジーの定番、みたいなもので構成されていると考えて良いのだろうか。

 これもまた勉強が必要となりそうだ。

 美寧に対しての筋トレ指導にしろ、ファンタジーの基礎知識にしろ、そして停滞している格闘技の件にしろ、勉強すべきことが山積みである。これは逆に燃えてくるじゃないか。勉強は嫌いじゃないのだ。

 

「そーだね、ゲームの雑魚ちゃんモンスターで有名な……ほら、こんなやつ」

 

 秋水の確認の言葉に律儀に応えつつ、紗綾音はすっとスマホを取り出し、ほとんどノールックで画面をたたたとタップする。操作がめちゃくちゃ素早く、慣れているのが一目で分かる指捌きであった。

 そしてなにかを表示したのか、紗綾音はスマホの画面をずいっと秋水に対して差し出してきた。

 画面には、水色の変な奴。

 はて、なんだこれ。

 紗綾音の画面に映し出されているのは、頭を尖らせた肉まんだかあんまんに目と口をデザインした、全体が水色のデフォルメキャラ。

 秋水の知るデカい水饅頭とは似ても似つかない。

 

「これがスライム、ですか?」

 

「有名所だとこんなデザインかな。ほりゃお姉ちゃん、スライムって言ったらこんなんだよね?」

 

 首を傾げる秋水から画面を遠ざけ、紗綾音は流れるようにして姉の律歌へもそのイラストを見せてみた。

 2人の間で視線が定まっていなかった律歌は、急にスマホを向けられたことに一瞬だけびくりとしてから、一拍置いて紗綾音のスマホの画面を覗き込んだ。

 律歌の目が細くなり、んー、と小さな声が漏れる。

 

「え、こわい」

 

 まさかの感想であった。

 きゅっと眉間に軽くシワを寄せ、律歌の口から出てきたのは不評のコメントである。

 怖い、だろうか。

 紗綾音が見せてきたイラストは、デフォルメされたデザインで、なんとも無気力そうな表情のキャラであったように思える。怖い要素など皆無であったと思うのだが。

 

「うっそでしょお姉ちゃん、こんな愛くるしいマスコットモンスター代表が怖いってことはないでしょ」

 

 どうやら紗綾音も同じ事を思ったのだろう、驚きの表情で律歌に尋ね返していた。

 しかし、聞かれた律歌もすぐにきょとんとした顔になる。

 

「え、でもこの子、生物学的デザインで言えば絶対に肉食生物だよね? 草食動物と違って眼球が前面配置だし、口が横方向に大きいのは獲物にかぶりつく肉食動物とかによくあるタイプだし」

 

「まさかの現実的ツッコミ……?」

 

「大きな目で獲物の動きを三次元的にしっかり捉えて、大きな口で獲物を捕食するバリバリの肉食動物になるんだよね? 口の比率考えたら、40㎝くらいの体長でも人間の足くらい余裕で持ってイっちゃえるよ? 普通に怖くない?」

 

「ごはん屋さんでグロ怖なことさらって言えちゃうお姉ちゃんが今のところ一番怖いよ……?」

 

 酷く冷静な律歌のコメントに、紗綾音の肩ががくりと落ちる。

 なんとも現実的な視点だ。

 確かに、馬や羊などの草食動物は、目が顔の左右についている。あれは視界を広く確保するため、だとかなんとかというのを聞いたことがある。

 そして口が横方向に裂けているのが肉食動物に多いのは、正直初耳だ。軽く思い返してみても、口が大きく開く草食動物というのは思いつかない。

 今日案内された店でも思ったことではあるのだが、律歌は知識量が半端ではない、と言うよりも、めちゃくちゃ頭が良い。

 すらすらと言葉が出てくるのもそうであるが、一目見ただけでそこまで考えられる頭の回転はなんなのだろうか。

 

「あー、でも、これはお姉ちゃんもスライム知らないな? やっぱりお姉ちゃんはファンタジー音痴だな?」

 

「う゛……SFじゃない話はちょっと……」

 

 しかし、紗綾音の指摘によって今度は律歌の言葉が詰まった。

 様々な知識が豊富なようではあるが、秋水と同じくファンタジーについては取り揃えていなかったようだ。

 ふーん、と紗綾音が鼻を鳴らしてから、自分のスマホを改めて覗き込む。

 

「あれー、スライムってあんまし知れ渡ってない感じかー」

 

 秋水と律歌が揃ってスライムのことを知らないとなって、自分がマイノリティ側であったことを悟った紗綾音が首を傾げた。そんなに有名なモンスターだったのか。本当に知らなかった。

 その紗綾音の隣で、ファンタジー音痴、と律歌が地味にショックを受けていた。

 まあ、気持ちは分かる。

 妹から呆れと諦めが混ざったような目を向けられるのは、結構精神的にクるものがある。

 いや、気持ちなど、分かりはしないか。

 

 

 

 律歌ほど、妹に懐かれるような兄ではなかったし。

 

 

 

「……重ねて質問をしてもよろしいですか?」

 

 頭に浮かんだ言葉から目を逸らし、秋水は右手を軽く上げながら紗綾音へと問いかける。

 んあ? と若干間の抜けた声が紗綾音から漏れた。

 

「そのスライムというのは、基本的に目や口があるのですか?」

 

「んー、ゲームの世界観によって違うかなー。本当にその水饅頭的なのもいるよー」

 

 応えつつ、紗綾音は再びスマホの画面を素早くタップする。

 それからちらりと画面を確認し、数回程操作を行ってからまたもずいっと秋水に向けてスマホを差し出してきた。

 

「ほらこんな、リアル寄りのデザインだとこんな感じのもあるよ」

 

 その画面には、1体の未確認生命体。

 触ったらぷるんとしてそうな外見。

 それでいて、きらりと光が反射するような外膜。

 丸っこいフォルム。

 半透明で中が透けて見える感じ。

 

 デカい、水饅頭だ。

 

 紗綾音の差し出してきたイラストは、色こそ緑がかってはいるものの、これを水色にしてしまえば、秋水のよく知るダンジョンのモンスター、デカい水饅頭である。

 なるほど。

 あいつは、スライム、という名前だったのか。

 

「こういう水饅頭モンスターをひっくるめて、スライムって言うの。ファンタジー系のゲームだったらドストライクにド定番なモンスターなんだからね」

 

「そうなのですね。ちなみになのですが、このスライムというモンスターは強いのですか?」

 

「うんにゃ? 基本的には雑魚ちゃんモンスターだよ? 有名なRPGなら一番初めの方に出てくるザ・やられ役って感じ」

 

「基本的には、ですか?」

 

「うーん、ゲームだとメタルとかなんとか、強いバリエーションもいたりするし、マンガとかだとスライムがめちゃめちゃ強いモンスターって設定にしてる話もあるしね」

 

「そうなのですね。続けての質問なのですが、強い設定、というのはどのような感じになるのですか?」

 

「ぷにってしてる弾力で剣みたいな物理攻撃にむっちゃ強かったり、色んなものを体に取り込んで吸収しちゃったり、そもそもすんごい大きかったり、強い設定のときは結構エグいモンスターって感じで描かれるかな」

 

 聞けば淀みなく答えが打ち返される。

 流石は姉妹、知識が豊富なのは良く似ているということか。侮っていたようだ。見直すとしよう。

 そうなのですね、と定型文を返しつつ、秋水はまじりと紗綾音のスマホに表示されたイラストを見る。

 スライム、スライムか。

 よし覚えた。帰ったら調べよう。秋水は心の中で強く頷いた。

 

「ほれお姉ちゃん、怖いスライムっていうのはこっちなんだぞー」

 

「え?」

 

 秋水がそんなことを思っている間に、紗綾音は律歌に向けてさっとスマホの画面を向ける。

 しかし、どこかぼんやりと紗綾音を眺めていた律歌は余所事でも考えていたのだろうか、紗綾音に向けて思いっきり疑問符を叩き返してしまった。

 言ってから、あ、と律歌は口を押さえる。話を聞いていなかったと自白しているようなものだった。

 

「あれ、お姉ちゃん、お腹空いちゃった?」

 

「ち、ちがうよ、そんな腹ペコちゃんじゃないよ私っ」

 

 空腹で店内の香りに意識が持っていかれていたのではと邪推する紗綾音に、律歌はぶんぶんと手を振って否定する。

 そう言えば、食事の店に入ったというのに未だに注文すらしていない。秋水に至ってはメインメニューすら見ていない。

 注文を早く決めなくては、と秋水は置いていたメニュー表を改めてペラりとめくる。電子注文式ではない冊子スタイル、悪くない。

 

「その、2人とも仲よさそうだなぁ、って」

 

 チキン南蛮で良いか、などと考えていると、微妙に言い辛そうにもごもごと律歌がそんなことを言い出した。

 仲が良さそうに見ると言うのか。

 何故か知らないが呼ばれてもいないのに今日くっついて来たこのチワワと。

 なるほど。

 どうやら彼女は疲れているようだ。工具店では張り切って色々と説明してくれていたので、どうやら無理をさせてしまったらしい。

 労りの目で律歌を見ると、その隣にいる紗綾音がにやりと笑っていた。

 あ、絶対いらないこと言うなこいつ。

 悲しいことに、短い付き合いでも秋水はそれを察してしまっていた。

 

「それはもちろんっ、なんてったって私と棟区くんはお友達だもんね!」

 

「あ、そろそろ注文をしましょう。律歌さんはお決まりになりましたか?」

 

「あれ、おかしいな、お肌がカサカサしてきちゃった。棟区くんがとってもドライだからかな?」

 

「紗綾音さんはお決まりですか?」

 

「鶏肉と季節野菜の黒酢餡、ごはんを十六穀米に変更して小盛りで」

 

 妄言を口にするチワワを無視すれば、その紗綾音はぷくりと頬を膨らませて唇を尖らせるものの、しっかり注文は主張してくる。

 雑穀米に変更することもできるのか。手元のメニューへ改めて確認してみれば、確かに白米か十六穀米、もしくはもち麦かを選択できるとある。

 ねえ聞いて、私達友達、仲良しこよしのさんさんさん、とテーブルを指で叩きながら戯れ言を垂れ流す紗綾音のそれを右から左に聞き流しつつ、秋水は十六穀米にするかもち麦にするかを考える。栄養価で言えば十六穀米に軍配が上がるものの、単純にカロリーアップを狙うのならば白米、そして食物繊維を確保しながらカロリーを増やすならばもち麦になる。

 もち麦を大盛りですかね、と思案顔で呟けば、耳の穴が筋肉で塞がってんのかこらー、と紗綾音が暴言を浴びせてきた。どうしたのだろう、気が立っているじゃないか。

 

「ふふっ」

 

 すると、堪えきれなかったように律歌が急に笑いはじめた。

 どうしたのだろうか、本当に疲れているのだろうか。

 口を手で隠しながらぷるぷる震えている律歌の様子に秋水は首を傾げるも、紗綾音はなにか面白くなかったのか再びぷくりと頬を膨らませた。フグかお前は。

 

「おっと、でもねお姉ちゃん、棟区くんって結構意地悪さんなんだからね。人のこと子犬かなんかだと思っちゃってさ、扱いが雑な悪い男だよ。私のお眼鏡にはまだかなってないんだからなこのやろー」

 

「それは紗綾音が棟区さんにご迷惑掛けてるからでしょ?」

 

「言葉の火力が高すぎると愛しい妹ちゃんが消し炭になっちゃうぞ」

 

 紗綾音のヘイトスピーチを一撃でひん曲げて軽く凹ませた後、律歌は秋水へ真っ正面に向き直すように座り直した。

 

「棟区さんには、学校でも紗綾音がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

「なんで私が迷惑掛けてる前提なのかな? さてはお姉ちゃん、昨日からチクチクからかってたの根に持っちゃってるな?」

 

「いえ、学校の方では紗綾音さんの手綱を握って頂いている人がおりまして、その人に助けられてなんとか」

 

「否定しろ? なんで自分1人じゃ手に負えない狂犬ちゃんみたいな扱いなのかな? て言うか、手綱握ってるってサヨチのこと?」

 

「ああ、沙夜ちゃんですね。あの子にはいつもいつも苦労を掛けてしまってまして」

 

「サヨチが全力で哀れまれてるー。でも今のこの感じ私が一番哀れまれても良いと思うー」

 

「律歌さんは苦労されているのですね。心中お察し致します」

 

「やめろー。人をわんぱく問題児みたいな扱いやめろー」

 

 紗綾音の取り扱いで世間話をしてみれば、言われている紗綾音はさも不満そうに律歌の体をゆっさゆっさと揺らしてくる。

 何が不満なのか。おおむね事実じゃないか。

 不服申し立てー、と奇妙な鳴き声を上げるチワワに揺さぶられている律歌は、何故か楽しそうにニコニコ顔であった。妹に構われて嬉しいのか。

 

「よしよし、紗綾音はとっても良い子で、お姉ちゃん嬉しいよ」

 

「わーい♡ でも会話の流れが流れだから全然喜べなーい♡」

 

 そんなニコニコしたまま、律歌は紗綾音の頭をなでなでと優しく撫でる。ただし紗綾音の方は見ず、結構雑であった。

 それでも紗綾音は満更でもなさそうである。口では不満を述べつつも、紗綾音も嬉しそうに律歌へぺたりと再び抱きつく。

 仲が良い姉妹じゃないか。

 羨ましい。

 

「でもやっぱり、2人とも仲良いですよね。棟区さんもなんだか紗綾音の扱いが手慣れてると言いますか」

 

「そうですか?」

 

「なんかお姉ちゃんまで私をチワワちゃん扱いしちゃってない?」

 

 紗綾音に抱きつかれながらも、んー、と律歌は考えるように少し唸った。

 その小型犬みたいなじゃれつき方をしている紗綾音と仲が良さそうに見えるのが、何かそんなに不思議なのだろうか。紗綾音は基本的には誰とでも仲が良いタイプだと思うのだが。

 少し考えてから、なにかを思い出したかのように、ああ、と律歌が声を上げる。

 そして、どこか独りで納得したように口を開くのだった。

 

 

 

「もしかして、棟区さんの妹さんって、紗綾音みたいな感じなんですか?」

 

 

 

 





 秋水くんは自分にガチビビりしているときのチワワは別にしても、距離を詰め始めてからの紗綾音ちゃんに対しては常に悪印象を持っています。
 なんででしょうね(邪悪)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。