ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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137『なお内心』

 妹が、随分と秋水に懐いているように思える、のは気のせいだろうか。

 

 渡巻 律歌の妹である紗綾音は、人との距離感が近く、他者とはすぐに友達になるという子である。

 他人にはあまりぐいぐいと押していく方ではない律歌からすれば、すぐに打ち解けられる性格というのは羨ましく感じる反面、見ていてなんだかハラハラしてしまう。

 何故か。

 可愛いからだ。

 妹はとても可愛いからだ。

 とてもとても可愛いというのに、男子にもガンガン距離を詰めていくのはどうかと思う。

 女の子は身の振り方に注意しなきゃ駄目なんだよ。男の子に誤解させちゃ駄目なんだよ。

 そうやって口を酸っぱくして注意したところで紗綾音は、ぽかん、とあまり理解できていない顔になる。くそう、可愛いな。

 思わず許してしまいそうになるものの、そこは心を鬼にして注意をし続けた。幸いにも母が味方になってくれていたのはありがたかった。こういう時に父はまるで役に立たないのだ。

 その甲斐あってか、紗綾音の男子に対する距離感はいくらかマシになった。気がするだけかもしれない、と語尾は弱くなってしまうかもしれないレベルだが。

 まあ、気軽に下の名前で呼ばないし、迂闊にボディタッチをしないし、最低限は良い、と思う。

 全方位に笑顔を振りまいたり、素直に好意を伝えたり、思わせぶりみたいな言動をしれっとしてしまうのは、正直今でも頭を抱えている問題ではあるが。

 そんな紗綾音が、棟区 秋水と仲が良いこと自体は、別に文句はない。

 文句などないのだ。

 いや、クラスメイトなんだから、仲が良いのは良いことじゃないか。

 ぽこぽこと殴りかかって行ったのは、最初に見たときには流石にぎょっとしたものの、軽く流している秋水を見るにいつものコミュニケーションなのだろう。暴力はお姉ちゃんちょっとどうかと思うが。

 それに秋水も、妙に突っかかっていく紗綾音の頭をぐりぐり撫でて可愛がっている。

 頭を撫で回されて紗綾音は口では文句を垂れて嫌がっている風ではあるものの、ちょっと嬉しそうなのは姉の目から見て明らかだ。本気で嫌がったり全力で振りほどこうとはしていないし、表情だってちょっと笑っているのがばっちり見えている。

 ふーん。

 仲よさそうですね。

 学校でもそんな感じなんですかね。

 紗綾音がグイグイいって、秋水がぐりぐり撫でて、2人できゃっきゃとしているのを律歌は今日だけでも何回見たことか。

 

 なんか、非常に、凄く、とても、もやもやモヤモヤしてしまう。

 

 仲、良すぎませんかね?

 いや別に、仲が良いことには文句はない。

 ただちょっと、ベタベタし過ぎでは?

 学校でもそんな感じなのだろうか。

 学校でもこんな感じでじゃれ合っているのだろうか。

 それはちょっと、いやかなり、お姉ちゃんどうかと思う。

 よくよく考えたら、ぺちりぺちりと叩いているそれ、普通にボディタッチじゃないか。学校で男子に向かってそんなノリで接してないだろうな。だとしたらお姉ちゃんは覚悟を決めて盛大なるクレーマーにならざるを得ない。

 いやいや、別に秋水との仲が悪くなれ、なんて思っているわけじゃない。

 仲良きことは美しきかな。

 ただ、ただちょっと、なんか、違うのだ。

 

 秋水に対する懐き方は、なんか、違うのだ。

 

 ハラハラして、もやもやするのだ。

 

 これはたぶん、2人の仲が良すぎるので、秋水が勘違いをしちゃわないか心配なんだろう、きっと。

 まあ、でもそれは大丈夫だろう。

 なんて言っても、秋水は実に大人だ。

 ぺたぺた触ってくる紗綾音に変な勘違いなどすることなく、冷静に紗綾音をあしらっている。

 大人だ。

 いや年下という驚愕の事実なのだけど。

 驚愕過ぎて、未だに脳が事実を飲み込めていないのだけど。

 そんな年齢にそぐわぬ大人な対応にすっかり油断をしているのか知らないが、紗綾音の方は随分とまあぺたぺたベタベタいちゃいちゃとと。

 

 これはあれか、妹が秋水に盗られそうでジェラシーを感じているのだろうか。

 

 そう考えたら、なるほど、納得だ。

 このもやもや感、お姉ちゃんという自分の立場が危うく感じているから生じる感情なんだろう。

 きっとそうだ。

 そうに違いない。

 だとすれば、それもこれも秋水に懐きまくってる紗綾音が悪い。

 頭撫でられて嬉しそうにしちゃって、お姉ちゃんに全然撫でさせてくれない紗綾音が悪い。昔みたいに撫でさせるのだ。

 そう考えれば、秋水は随分と紗綾音の扱い方が上手い。絡んでくる紗綾音のあしらい方が実にて慣れている。

 慣れている。

 そこでふと、思い出す。

 

 ああ、そう言えば彼には、妹がいるんだった。

 

 あれはいつだったか、ホームセンターでばったり出会ったときに聞いたのだったか。

 あの時は急に撫でられて、それが無意識だったみたいで慌てて謝られたんだった。

 ふふーん。

 お姉ちゃんも撫でられたことあるもんね。

 ではなく。

 あのときは確か、妹を相手にしていた癖、だとかなんとか言っていた。

 頭を撫でる。

 自身の妹を相手にするのと同じく、紗綾音の頭も容赦なく撫で回している。

 なるほど、紗綾音は妹として秋水に見られているのか。

 へー。

 もやもやした感じは残るものの、律歌は納得した。

 して、特にそれ以上のことは考えずに聞いた。

 

 

 

「もしかして、棟区さんの妹さんって、紗綾音みたいな感じなんですか?」

 

 

 

 質問自体に深い意味はなかった。

 これだけ2人の相性がよく、秋水も紗綾音に対して随分とおおらかなのは、きっと秋水の妹さんも紗綾音みたいな性格なのだろうな、と考えただけである。

 

 一瞬だけ、秋水の目が、す、と細くなった。

 

 そんな気がした。

 気がしただけかもしれない。

 紗綾音お気に入りの定食屋さん、テーブルの向こう側に座った秋水は、いつものように真面目な表情であった。

 

「うえっ、棟区くんって妹ちゃんいるの!?」

 

 と、律歌の隣で物理的にくっついてきていた紗綾音が驚きの声を上げる。

 知らなかったのか。

 逆に律歌も驚きの顔になってしまう。

 あまり家族のことは学校で口にしないタイプだったのか。なら、それを勝手に喋ったのはマズかっただろうか。

 

「……ええ、まあ」

 

 ワンテンポだけ遅れるように、秋水がゆっくりと頷いた。

 彼は基本的にゆったりとした動きをする。

 ただ、野犬を相手にしたときは、見違える程に素早く的確な動きをしていた。

 普段は意識してゆったりと動いているのだろう。所作が良いと言うべきか、品があると言うべきか、どうしても動きがちょこまかしてしまう身としては是非とも見習いたい。

 

「ほえぇ……棟区くんってお兄ちゃんだったんだ」

 

 驚きながら感想を漏らす紗綾音に、思わず律歌はむっと唇を尖らせる。

 確かに秋水はお兄ちゃんっぽいけど。

 ぽいどころか、リアルにお兄ちゃん属性の人だけど。

 だからって懐くのは違うと思います。紗綾音のお姉ちゃんは1人だけです。

 やはり、今日何度か感じた胸のもやもやは、滲み出る秋水のお兄ちゃんパワーに靡いて実のお姉ちゃんをほったらかしにしたことへの危機感だったみたいだ。そうに違いない。

 

「棟区さん、紗綾音は私の妹ですからね」

 

「ええ、存じ上げておりますよ」

 

 本日からですが、と付け加えて口にした秋水は、すいっと手元のメニュー表へと目を落とす。

 ふーん、と隣で紗綾音が呟く。

 

「いやあ、確かに棟区くんって面倒見がいいって言うか、色々気を配ってるって言うか、お兄ちゃん適性高かったけど、ガチでお兄ちゃんだったんだね。ほーん、それは納得だー」

 

 そして紗綾音は腕を組みながら、うんうんと頷いている。

 そうか、秋水は学校では面倒見がいいのか。

 秋水の学校生活というのはどんな感じなのだろうか。想像ができない。と言うか、制服姿というのがまず想像できない。

 まあ、でも、これだけ落ち着いた性格で、これだけ頼りがいのありそうな外見をしているのだから、きっとクラスでも人気者なんだろうか。女子からの人気はどうなんだろうか。これだけ良い人なんだから、結構アプローチを掛けられていても不思議じゃない気がする。

 どうしよう、ちょっと気になる。

 

「え? それでそれで? 妹ちゃんってどんな子なの? 私と似てる感じって本当?」

 

「……妹は、私に似ずに、良い子ですよ」

 

「つまり私に似てるね!」

 

「似てなどいませんよ」

 

 秋水の学校での様子が気になり始めている律歌の横で、紗綾音が目を輝かせて身を乗り出しながら秋水を問い詰めていた。

 対する秋水はそれに動じた様子もなく、メニュー表をペラりとめくりつつ軽く答えている。

 良い子な妹。

 ウチの紗綾音も良い子だけどなぁ。

 

「あ、いくつ下なの?」

 

「3つですね」

 

「へー。て言うことは、来年中学生ってことで……がーん、ウチの制服姿を私は拝めないって感じじゃーん」

 

「ええ、そうですね。拝めないですね」

 

 うっすらと、秋水の口元に笑みが浮かんだ、ような気がする。

 やはり妹の話題は嬉しいのだろうか。

 秋水も結構な家族想いなのかもしれない。

 律歌も家族仲はいい方なので、ちょっとシンパシーを感じてしまう。

 ふふ、と律歌は少し笑ってしまった。

 

「妹さんとは、仲が良いんですか?」

 

 思わず紗綾音に乗っかる形で律歌も質問してしまった。

 なんか気になるのだ。

 

「……どうでしょう。いつも、怒られてばかりですから」

 

「あら、元気な妹さんなんですね」

 

「えー、棟区くんが怒られてるとか、ちょっと想像できないんだけど」

 

「紗綾音も随分と棟区さんのこと怒ってた気がするけど」

 

「あ、想像できるね」

 

 本日の絡みを見ている限り、紗綾音も秋水に対して結構やいのやいのと怒っていた。

 それがいつもの光景なのかは知らないが、いつもなのだとしたら、やはり秋水の妹さんは紗綾音と気質が似ているんじゃないだろうか。

 

「でもあれだね、これは棟区くんが余計なこと言って妹ちゃんを怒らせてるっていう光景が浮かぶね。駄目なんだよ棟区くん、妹ちゃん相手でも無神経なこと言っちゃ。妹には年上らしく常に優しく。ウチのお姉ちゃんを見習うのだー」

 

「……そうですね。見習うべきですね」

 

 何故か自慢げに言う紗綾音に、秋水は変わらぬ口調で、しかしメニュー表へと目を落としながら軽く返す。

 遠回しに褒められているようで、なんだかむずむずする。

 律歌は口をもにょもにょとさせながら、ちらりと秋水を見た。

 秋水だって、優しいと思う。

 優しい人だと、思う。

 確かに背は高いし体は分厚いし、威圧感はある。

 だけど、いつも落ち着いていて、紳士的で、丁寧で、困ったときには助けてくれて、とても優しい人じゃないか。

 なんだかんだで紗綾音をがみがみと叱っていることの多い身としては、こちらこそ秋水を見習うべきかもしれない。

 

「む、棟区さんも……」

 

「はい?」

 

 絞り出すように呼んでみれば、秋水はメニュー表から顔を上げて真っ直ぐに律歌の方を見た。

 綺麗な瞳をしている。

 一瞬見惚れるように言葉を止めて、すぐに我に返る。

 なんだろう、顔を見られるのが、何故だか恥ずかしい。

 

「あ、いえ、棟区さんも、その、優しい人だと思います」

 

 わずかに頬を染めながら律歌は思っていたことを口にするも、口にしたら口にしたで余計に気恥ずかしくなってきた。

 身内じゃない人を褒めるのは、なんだか照れる。紗綾音はよくまぁしれっと人を褒められるものだ。それこそ見習うべきかもしれない。

 

「妹さんも、きっと棟区さんのことは好きですよ。嫌いだったら、そもそも怒りませんよ」

 

 早口に、そして誤魔化すように言葉を並べながら、律歌は秋水から視線を逸らすようにして自分の前に置いていたメニュー表へと目を落とす。

 顔が熱い。

 なんでこんなに恥ずかしいのか。

 意味もなく視線がうろうろしてしまう。

 変なの。

 変な感じだ。

 

「……だとしたら、嬉しいですね」

 

 少しだけ間を置いてから、噛み締めるようにして呟く秋水の言葉を聞いて、やはり何故か分からないが気恥ずかしさで体を縮こませた。

 隣で紗綾音が、にやぁ、と変な笑みを浮かべている。

 なんなの。

 律歌は妙な笑みを浮かべる紗綾音の脇腹をぽすりと肘で突いた。

 わひゃ、と紗綾音がくすぐったがる。

 しかし、すぐに気を取り直して紗綾音がテーブルに身を乗り出した。はしたない、と律歌はすぐに引き留めるように紗綾音の服の裾を掴む。

 

「あ、そうだ棟区くん、妹ちゃんの写真ってある? 見たい見たい。棟区くんってあんまり家でのこととか喋らないから、どんな感じなのか全然知らないんだよね。ほら、お父さんとかお母さんの話とか―――」

 

「紗綾音さん」

 

 と、秋水が紗綾音の言葉を遮った。

 名前を呼んだその言葉が、何故だろう、ひんやりと感じる。

 

「そろそろ、注文をしましょう」

 

 視線を向ければいつもの秋水。

 いつもの、真面目な顔をした秋水。

 気のせいか。

 

「あー、そっか、結局注文まだだね。お姉ちゃん決まった?」

 

「え? あ、ちょ、ちょっと待って」

 

 先程秋水に言われたにもかかわらず、まだ注文すら通してないのを思い出す。しかも律歌に至っては何を頼むのかすら決めていない。

 紗綾音に顔を向けられた律歌は、慌ててメニュー表へと目を落とした。

 チキン南蛮の写真が目に飛び込んでくる。

 美味しそう。

 いやでも、揚げ物は、揚げ物はちょっとなぁ。

 別に揚げ物が嫌いなわけではないし、なんであればむしろ唐揚げも天ぷらも大好きだけど、今日頼むのは、ちょっとなぁ。

 秋水を前にして、カロリー高そうなものを選ぶのは、本当に、ちょっとなぁ。

 メニューを前にして、うーん、と律歌は唸った。

 

「……お姉ちゃんは唐揚げ定食でいいかな?」

 

「ち、ち、違いますぅ!」

 

「ごはんは大盛りでいいかな?」

 

「そんなに食べられないよ!?」

 

 真剣に悩んでいるというのに勝手に注文を決めようとしてくる紗綾音へ、顔を真っ赤にしながら律歌はツッコミを入れる。

 やめるんだ。秋水に、こいつ大食いなんだな、なんて思われたらどうしてくれるんだ。

 変な風に誤解されていないか気になって、ぱっと秋水の方を見る。

 

「…………」

 

 秋水は何も言うことなく、静かに2人を見ていた。

 微笑ましいものでも見るかのように、眩しいものでも見るかのように。

 もしくは、懐かしいものでも見るかのように。

 目を細めて見ているのが、酷く印象に残った。

 

 

 





 秋水くんの内心を答えよう(´゚ω゚`)
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