「それでは、本日はお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。大変参考になりました。ありがとうございました」
「いえ、私もその、た、楽しかったです」
少し遅れた昼食を食べ終わり、定食屋を出たところで、本日を締めくくるように秋水が深々と頭を下げれば、された側の律歌は顔を赤らめながらも返すようにして同じく深々と頭を下げてくる。
多少時間はオーバーしているものの、とりあえず午前中の用事が終わったので、秋水はこれからぶらりとお買い物タイムの予定だ。
もちろん、ダンジョンアタック用のものである。
防具周りはともかくとして、現状では明らかに武器が足りていないのを何とかしなくてはいけないのだ。
工具店の方では渡巻姉妹の目があったため、結局は何も買わずに終わったのだが、これから引き返して色々と見繕おうか考えているところである。それとボスウサギ相手に相打ちで壊れてしまった鉈と斧も、もう一度入手しておいた方が良いかもしれない。
とりあえず渡巻姉妹と別れてから、工具店で色々買って家に戻り、自転車で刃物屋の方に行くとしよう。
今後の予定を組み立てつつ、秋水は深々と下げていた頭を起こす。
紗綾音が物凄く呆れたような表情で、秋水と律歌を交互に見ていた。
「……え、もうご解散? 嘘でしょ? まだお昼もお昼だよ?」
「え? 紗綾音は何か用事あった?」
「いや、私はなんにも用事ないけどさぁ……」
何やら納得いかない様子の紗綾音に、律歌と秋水は同時に首を傾げる。
工具店への付き添いは無事に終わった。
律歌を付き合わせてしまった用件は、それで終了している。なんなら昼飯までご一緒して終了している。
他に用事はないはずだ。
少し考えてから、うん、と秋水は独り頷く。
いや、秋水の目の前でほぼ同時に、うん、と律歌も何かを考えた後に頷いていた。
「じゃあ、紗綾音も一緒に帰ろっか」
「待って待って、ちょっと待ってお姉ちゃん。棟区くんは? 棟区くんはこっからなんかご用事あったりするのかな?」
早速秋水と別れて帰ろうとする律歌を、紗綾音はわたわたと慌てながら引き留める。
どうしたというのか。
むんずと姉の肩を取っ捕まえながら、秋水を見上げて用事を確認してきたことに秋水は再び首を傾げる。
「まあ、ちょっと買い物をしようかなと」
「じゃあ、お姉ちゃんつれてかない?」
「えっ!?」
さっきの店に戻ると言うのもなんだかなと思って適当にボカして答えれば、続いて紗綾音からは奇妙な提案をぶち上げられた。まさかの姉の押し売りである。
ちなみに、素っ頓狂な声を上げたのは律歌だ。
「律歌さんを、ですか?」
「そうそう。もうちょいお姉ちゃんとデートを楽しみませんかね棟区くん」
「ふえっ!? え、あ、で、デートじゃありません!」
ぼ、と顔を赤くして、律歌は紗綾音の肩を掴み返してがくがくと揺さぶってクレームを入れていく。ただ、身長差があるためか、もしくは律歌が非力なためか、揺さぶられている紗綾音は大して揺れることなく平然とした様子である。
どうにも紗綾音は今回のお出かけを、秋水と律歌のデートだと勘違いしたままだ。と言うか、なんとかしてデートにさせたいみたいなのだ。
律歌も顔を真っ赤にしてまで何度も否定しているというのに、これがデートだと信じて疑っていない。
当の本人である律歌が力強く真っ向から全否定しているのだから、あーただのお出かけなのかー、と気がついても良さそうなものなのだが。頭がピンク色というか、恋愛脳なのだろうか。平和な頭だ。
そもそも、こんなガラの悪そうな体格のデカいだけのクズと、デートなんてしたいと思うような女性がいるはずないだろう。馬鹿かこのチワワ。
「ちなみにだけど、私は今から帰るから、お姉ちゃんと2人きりを許してあげるんだよっ!」
「ええっ!?」
姉に揺さぶられるのも何のその、びしりと人差し指を立てながら紗綾音は何故か堂々と宣言する。許してあげる、とか一体どの目線なのだこのチワワ。
ちなみに、驚愕の声を上げたのは律歌だ。
秋水は表情こそ崩さなかったものの内心では、えー、と思いっきり渋っていた。
いや、買い物に律歌がついて来るのは、正直ちょっとな、という感じである。
だって、その行き先は先程行ったばかりの工具店である。秋水はダンジョン攻略用の武器、と言うかデカい水饅頭、ではなく、スライムとか言った名前であるあの難攻不落で攻略の糸口すら掴めていないモンスター相手の武器を探すという目的があるが、一緒に律歌が来たところで暇であろう。
……いや、律歌であれば再来店でも普通にテンション上がりそうな気がする。
それに次の店は、様々な刃物を取り扱っている特殊な店、刃物屋だ。
ずらりと並ぶ包丁の数々。バリエーションに富んだハサミ達。鉈だの斧だの、そして斧と正直区別がつかない鉞だのと、刃物という括りだけでこれだけの店ができるのかと感心する特殊な店内で、一際目立つところに飾られているのは日本刀である。
そんなただただ物騒な店に連れて行かれて喜ぶ女性がいるのだろうか。
……何故だろう、律歌は喜びそうな気がする。
この申し出、普通にアリなのでは?
秋水は表情を一切変えることなく、しかし内心ではがらりと意見を一変させた。
確かに、もしも律歌が付き添ってくれたのならば、それは普通に心強いことなのかもしれない。
あの雪崩のように押し寄せてくるマシンガントークには終始圧倒されてしまったが、それでも繰り出された数々の知識は確かに有益なものであるのは間違いない。
工具元来の使い方とは全く異なる使用目的になってしまうが、スライムとかいうあのモンスターの対処法に関する何らかの糸口だって出てくる可能性は十分にある。
そして、金属そのものに対しても知識に明るい様子であった律歌ならば、刃物屋の刃物達も臆せず、むしろ気に入ってくれる可能性も高い。さらには秋水とはまた違った視点から何らかのアドバイスがあるかもしれない。
しかも、度々会話を中断させるように割って入ってきた邪魔者、ではなく律歌のボディーガードを頑張っていたチワワが離脱するというおまけ付き。どういう心境の変化があったかは分からないが、チャンスと言えばチャンスだ。お疲れさまでしたチワワ、さっさと帰れ。
ふーむ、と秋水は顎に手を当てて考える。
その様子を見上げ、あわわ、と何故か律歌が震えた。
「な、な、なんで!? え、紗綾音来ないの!?」
「いや、だって、ひょこひょこついてって、2人の間に割り込むのは普通に駄目だよねー、って」
「いまさら!?」
「だってだって、お姉ちゃんが変な男にたぶにゃらかされて靡いてっちゃうって考えたら居ても立ってもいられなかったんだもん! 可愛い妹が脳破壊されちゃうところだったんだよ!?」
「た・ぶ・ら・か・す! じゃなくて! 棟区さんがそんな人じゃないって紗綾音が一番知ってるでしょ!」
「うん、知ってた」
「さやねっ!?」
がーん、とショックを受けている律歌を無視し、ばっと紗綾音が秋水の方へと向き直る。家でも律歌は苦労してそうで同情の念を覚えてしまう。
紗綾音は秋水を見上げてから、右手でびしりと秋水を指さした。
人を指さすんじゃありませんっ、と隣で律歌が怒っている。
「棟区くんはね、ちゃんと良い男だって思うよ!」
急に褒められ、秋水は一瞬言葉に詰まった。
いや、あまりに急な言葉である。
それに、ちゃんと、とはどういう意味か。
これはお礼を言うべき場面だろうか。と言うか、どういう会話の流れなのだろうか。
えっと、と秋水がなんと返すべきか戸惑っていると、そんな返答など待っていなかった紗綾音が勝手に言葉を続けてきた。
「相変わらずすっごい丁寧にお喋りしてくれるし、その時はちゃんと目を見てお話しするし、車道側をずっと歩いてくれてたし、お店のドアも先に開けてくれてたし、ちょこちょこしか歩けないお姉ちゃんの歩幅にちゃんと合わせてくれてたし」
「ちょこちょこ!?」
「お姉ちゃんの様子だってちゃんと見てくれてたし、コプロに入ってからだって危なくないかちゃんとお姉ちゃん見張ってくれてたし」
「それもう子どもを見張ってるお母さんの構図だよね!?」
「お姉ちゃんの趣味もちゃんと理解してるし、あんななに言ってるか分からない雪崩撃ちマシンガンお喋りもスルーしないでちゃんと聞いてるし、つまんなーいって嫌な顔1つもしないで付き合ってくれてるし」
「さすがにお姉ちゃん泣いちゃうよ!?」
がたがたと律歌に小刻みに揺すられながらも、全く動じることなく胸を張って評価をしてくれている紗綾音に、はあ、と秋水は思わず気のないような返事を漏らしてしまった。
これは褒められている、のだろうか。
いや、褒められているみたいだ。
ただ、凄い褒めてくれているのだが、随所随所で律歌のツッコミが炸裂しているので、どうにも目の前でコントを見せられている気分である。
「だからね棟区くん、お姉ちゃんと特別な感じになっちゃったりしちゃっても、私は全力全開フルスロットルでおめでとうってするからね!」
このチワワ、馬鹿か。
顔にも出さず、口にも出さず、心の中だけで秋水は紗綾音を扱き下ろす。
どうにもこうにも秋水と律歌の関係性を恋愛脳的な色眼鏡越しで見てくる紗綾音に、秋水は軽く溜息を零してしまう。
律歌の表情をちゃんと見るがいい。
ぴっ、とかいう断末魔みたいな声を上げ、顔を真っ赤にして固まってしまっているじゃないか。
たぶんこれ、普通に嫌がられている。
こんなクソみたいな男と特別な関係とか、律歌からしたら大迷惑な話であろう。
これはデートではないと、律歌は何度も紗綾音に強く念を押している。
顔を真っ赤にして、語気を強めて、何度も注意していた。
デートではない。
それが事実だ。
それを、紗綾音は変に曲解している。
これは、良くない感じだ。
良くない勘違いだ。
律歌と秋水の関係は、コンビニの店員とその客、という関係でしかない。言わば赤の他人でしかない。
今日、店を案内してくれたのは、あくまで律歌の好意だ。それ以上の意味はまるでない。
それを外野がやいのやいのと囃し立てるのは、良くない。
普通に迷惑だ。
律歌にとって、迷惑だ。
こんなヤクザ面した意味の分からない男と変な誤解を受けるのは、律歌にとって大きく迷惑であろう。
それは、良くない。
律歌はとても良い人だ。
知識に富み、頑張り屋で、働き者で、優しくて、秋水みたいな恐怖の塊である筋肉ダルマ相手にもにこやかに接してくれて、そんな素敵な女性である。
それが秋水と特別な関係になるとか、よく考えなくてもおかしいと分かるだろう。
明らかに異質で、まるで釣り合いが取れていない。
人の死に、涙1つ流せないような人間の屑が、律歌のような良い人と、釣り合うわけないだろう。
「紗綾音さん」
名前を呼び、それから秋水はぽすりと紗綾音の頭に右手を置いた。
ほぇ、と胸を張ったままの紗綾音が間の抜けた声を漏らす。
「お姉さんを困らせては、駄目ですよ」
そして、ニット帽越しにゆっくりとその頭を撫でる。
いつもはもっと、雑にぐりぐりやるのだが、今回は優し目だ。
なんとなく、懐かしいような、嫌な気持ちが湧いてくる。
そうだな。
そうだった。
妹の頭を、こうやってよく撫でた。
妙に妹が絡んでくるときや、軽く突っかかってくるときは、とりあえず頭を撫でて毎回誤魔化していた。
その度に妹は、やめろ、うっとうしい、と口では文句を言っていたが、あまり抵抗もせずに妹は頭を撫でられるのを受け入れていた。
いや、受け入れていた、ような気がする。
秋水はコミュニケーションの1つだと思っていたが、実際のところはどうだったのだろうか。
本気で嫌がっていたのかもしれない。
それを確かめる術は、もうなくて。
紗綾音に付き合っていると、妹の顔がちらちら浮かんで、相変わらず嫌な気持ちになる。
「……棟区くん?」
いつもと違う感じの撫で方に何かを思ったのか、紗綾音が不思議そうに名前を呼んできた。
声が違う。
顔が違う。
身長も違う。
喜怒哀楽がくっきりしていた気性の荒い妹とは、性格だってまるで違う。
だけど、反応は、瓜二つ。
このチワワは。
秋水は返事をするより前に、いつものように紗綾音の頭をぐりぐりと撫で繰り回す。
「申し訳ありません律歌さん、紗綾音さんが徹頭徹尾色めき立ってしまっていて」
「ぬあー、女の子の頭を撫で回すなこらー!」
「い、いえ、ウチの妹がとんだ色ボケ発情期みたいで申し訳ありません。後でしっかり言って聞かせます」
「うぇっ!? お姉ちゃんの罵倒が高火力!?」
紗綾音の頭をぐりぐりしながら頭を下げれば、律歌もまた慌てたように頭を下げて謝ってきた。
正直なところ、工具店なり刃物屋なりに律歌が付いてきてくれるのならば色々と心強いな、とも思ったのだが、こちらの用事に付き合わせるのはやはり申し訳ない。
それに、紗綾音にますます誤解されたら、さらに居た堪れない感じになってしまう。
やはり今日は、これにて解散だ。
「それでは律歌さん、本日は色々と参考になりました。ありがとうございました」
「はい、私もありがとうございました。何かのお役に立てたら幸いです」
先程も同じ言葉を言ったなと思いつつ、秋水は再び深々と頭を下げる。
律歌も同じく深々と頭を下げてきた。挟まれている紗綾音が、にゅあー、と変な鳴き声を上げる。
「あ、その……」
そして頭を上げた律歌が、少しだけ口籠もる。
なんだろうか、と少し待つと、律歌の頬がほんのりと赤くなっていく。
えっと、あの、と何度か言葉を飲み込んでから、律歌はゆっくりと秋水を見上げる。
それから、にへ、と柔らかい笑みを浮かべ。
「またのご来店、おまちしてますね、秋水さん」
最後のは誤字じゃないですよ(*'ω'*)
秋水くんが家庭環境のあれこれに心の中でなにかしらの納得をしない限り、チワワと仲良くなるのは到底無理です(鬼)