ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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140『犬とガチ喧嘩』

 犬人間、と表現すればいいのだろうか。

 もしくは人間犬だろうか。どちらにせよ、秋水が発見してしまったのが謎の面白クリーチャーなのは変わりがない。

 背丈は、どうだろう、120か130といったところか。

 スライムがだいたい秋水のヘソ程の高さで、90㎝くらいだと仮定して、その3割増しか4割増しくらいの高さに見える。

 本日買い物に一緒してくれた律歌や、質屋の店主である祈織がおおよそ140㎝前後というかなり小柄な体型だが、それよりもさらに1回り小さい感じである。

 人間と比較したら、なんとも小柄だ。

 

 まあ、明らかに人間じゃないのだけれど。

 

 犬だ。

 犬が二足歩行していらっしゃる。

 後ろ足で立ち上がっている、という一時的な姿勢ではない。

 のっそのっそと部屋の中をぶらぶら歩き回っているその姿勢は、バランスがちゃんと取れているように見える。

 胴の長さや足の長さといったその比率は、ほとんど人間と同じだ。二足歩行に適している骨格だ。

 いや、人間じゃないけど。

 どう見たって犬だけど。

 人間の骨格に、犬の姿を投写した化けモンだよこれ。

 

「お、狼人間、てきな?」

 

 通路側から部屋を覗き込みながら、秋水は若干混乱しながら疑問符を漏らす。

 なんだアレ。

 スライムが6体いる部屋の中で、明らかに異質な存在だ。

 モンスター、だよな?

 どう見たって地球上には存在しない意味不明な生物を見て、秋水は首を傾げる。

 たぶん、モンスターだ。

 角ウサギと同じく、家犬に似ているけれど明らかに違っている、そんな魔素で構成された不思議なモンスター、だろう、たぶん。

 いや、狼人間ならば、あれは犬ではなく狼なのだろうか。そこまで動物に詳しくない秋水からすれば、家犬と狼の違いはあまり分からないのだが。

 

「……えっと、あれか、獣人ってやつか」

 

 なけなしのファンタジー知識に辛うじて存在していた獣人という言葉を頭から引っ張り出してきながら、秋水はまじまじと部屋を暇そうにうろついている犬の獣人を観察する。

 紗綾音の言い方を借りればファンタジー音痴である秋水とて、獣人という知識はあるのだ。

 ギリシャ神話とかで出てくるミノタウロスは牛の獣人で、エジプト神話に出てくるホルスはハヤブサの獣人だ。ああ、エジプト神話と言えば、確かアヌビスは狼の頭を持つ獣人だったな。

 やはりファンタジー音痴の片鱗を覗かせつつ、知識の中にあるアヌビスの姿絵と部屋にいる獣人を見比べてみる。

 

 アヌビスより、圧倒的に犬寄りだ。

 

 アヌビスは首から下だけ見れば完全に人間であるのに対し、そこにいる犬人間は人間の骨格をしているというだけで、あとは全部犬なのだ。

 頭部はアヌビスと同じく、まんま犬だ。

 しかし、首から下もふさふさしてそうな毛並みが生えている。

 栗色をしたその体毛は、そんなに長くはなさそうなのだが、どう見たって犬の毛並みだ。

 ちなみに、腰に何故か布を巻いている。

 古き良き時代に見る風呂上がりのおっさんスタイルだろうか。

 何故腰を、というか股間部を隠す。放送倫理規定にでも引っ掛かっているのか、もしくは謎の羞恥心でもあるのか、はたまた文明人かぶれか。そして腰だけ布を巻いているということは、あれはオス、でいいのだろうか。

 駄目だ、見る程に謎の面白クリーチャーである。

 いけないいけない、と秋水は首を横に振って気を取り直す。

 

「とりあえず、ありゃあモンスターだな」

 

 そう呟いて秋水は脱いでいたジェットヘルメットを被り直した。

 地球上ではまずお目にかかれない生命体だし、ダンジョン内で平然と徘徊しているし、棍棒とかいう物騒な物を持っているし、これは敵認定で間違いないだろう。

 顎下のバックルをカチリと留め、ジェットヘルメットがズレないか軽く確認する。

 秋水の口元が、実に楽しげに歪んでいた。

 

「夕飯は、ちょっと待ってろよ……」

 

 これは、テンションが上がってきた。

 ぺろりと唇を舐めてから、秋水は手にしていた巨大バールの具合を確かめるようにしっかりと握り直す。

 地下3階の2部屋目の様子を確認するだけしたら夕飯を食べに行くか、と考えていたのだが、予定変更だ。

 確かにスライムの攻略法を探すのは、それはそれで面白かったのだが、物足りなさも確かにあったのだ。

 角ウサギは実力的にも物足りない相手になり、ボスウサギとはたぶんもう戦えない。

 そこに現れたのは、なんかよく分からない犬人間。

 その手には棍棒。

 明らかに武器だ。

 殺意のある道具だ。

 良いじゃないか。

 お相手願おうじゃないか。

 秋水はゆっくりと腰を落とす。

 身体強化は、変わらず全身強化60%の出力で掛けっぱなし。

 40%の余力があり、いざとなったら部分強化と併用する身体強化の重ね掛けを行うことができる。

 武器は巨大バール。

 あとは腰ベルトに普通のバールと鉈を佩いている。

 これで通用するかは、分からない。

 実際にぶつかってみなければ、なんとも言えない。

 

 

 

 つまり、戦えということだ。

 

 

 

「っしゃあ!!」

 

 気合いの掛け声と共に、秋水は犬人間がいる部屋へと駆け込んだ。

 犬人間は、部屋のど真ん中。

 部屋の広さは体育館程度の広さで、距離は十分にある。

 あるのだが、秋水が通路から部屋に足を踏み入れたその瞬間、適当にぶらぶらしていただけの犬人間が侵入してきた秋水の存在に気がつき、ばっと振り向いた。感知速度は角ウサギと同じだ。

 角ウサギの角突きタックルと同じく、初手で超高速の突進攻撃をしてくる可能性。

 ない。

 秋水はもちろん、犬人間の初撃が突進系ではないことを前提で部屋へと跳び込んだ。

 あるいは、突進系ができないようにして跳び込んだ。

 犬人間との直線上に、スライムを挟んだのである。

 これで跳び込んでくるならば、犬人間はスライムに食われる、だろう。スライムが犬人間を捕食するかは不明だし、もしかしたら協力関係にあって、踏み台にして秋水へ襲いかかってくる可能性はあるが、どちらにせよ一直線で突っ込んでくる可能性はなくなる。

 作戦は正直ここまでだ。

 これから先は犬人間の出方を見て、その場で考えるしかない。

 

 秋水が2歩目から3歩目を踏む。

 

 犬人間が、棍棒を構えて真横に跳んだ。

 

 思わず秋水の口元に笑みが浮かんだ。

 角ウサギの初撃は、常にワンパターンだった。

 横に跳んだ犬人間のこの動きがワンパターンになるかは分からないが、角ウサギとは違う動きをするだけですでに面白いし、スライムのように秋水が近づこうが知らん顔で無視してくるわけでもないのが面白い。

 それに、棍棒を構えた。

 敵意が見える。

 おもしれぇ。

 結論としては、どちらでも面白い。

 

「真っ向から行こうじゃねぇか!」

 

 秋水も前に出ながら、横へと跳んだ犬人間に向かって進行方向を横へとずらす。

 犬人間との間にスライムが外れる。

 棍棒を両手に握り、犬人間がそれを上段へと振り上げながら地面を蹴った。

 秋水へ向かって。

 あちらも真っ向勝負をお望みか。気が合いそうじゃないか。

 さらに秋水も地面を蹴る。

 6歩。

 7歩。

 蹴って、スライムを避けるようにして若干横に逸れ、その瞬間で、やべぇ、と本能的に気がついて即座にスライムから距離を取るように横に跳ぶ。

 犬人間との距離はすでに近い。

 横に跳んで少しだけ距離は外しても、身体強化で加速させていた慣性は変わらずに前に進んでしまう。

 スライムを、やや通り過ぎた。

 いや、まだマシ。

 

 スライムを背後に殺し合いをする状況は、避けられた。

 

 危ない。スライムが本当に罠だ。

 近づいてきたものを触手で掴まえ、なんでも捕食するような意味不明な水饅頭を背にして戦うとか罠過ぎる。

 部屋は体育館並に広いくせに、スライムがいるせいで位置取りに気をつけないといけない。

 

 そして、それに気を向けたら、今のように目の前には棍棒を振り上げている犬人間。

 

 横溜めで巨大バールを構えていたが、横に跳んだせい踏み込みのタイミングがズレた。

 犬人間は直前で進路変更をした秋水に完全に対応していて、しっかり目の前で踏み込んでいる。

 棍棒の先端が動くのが、身体強化で底上げされている秋水の動体視力ではっきりと捉えることができた。

 こちらは巨大バールでぶん殴ろうとしても、腕の力だけで振るしかないので、どう考えても速度が出せない。

 攻撃の初手は譲らざるを得ない状況だ。

 ミスった。

 くそ。

 

「くっそ―――」

 

 

 

『ガウゥッ!!』

 

 

 

「おわっ!?」

 

 そして振り下ろされた棍棒。

 ついでに犬人間の叫び声。

 低身長が繰り出す唐竹割りが眼前に迫ってくる恐怖以上に、いきなりカマされたその気合いの入った鳴き声に、秋水は純粋に驚きのせいでビクッと反射で動きが鈍ってしまった。

 横に構えた巨大バールを振って攻撃には移らず、棍棒が振り下ろされる軌道上に巨大バールを滑り込ませるようにスライドして冷静に防ごうとした、その防御動作が一瞬固まる。

 ガッ、と鈍い音が響く。

 棍棒が、秋水の手元ギリギリ、巨大バールを握ったその根元に叩きつけられた。

 危ない。

 奇跡。

 

「いっ……ってぇなって言う前に喋れるんかよおまえ!!」

 

『グァッ!!』

 

「鳴き声かなっ!?」

 

 驚きで変に動きが静止したせいで、上手く棍棒を受け止めることができずに手首に負荷が掛かってしまったものの、一撃捻挫の致命傷には至らなかった秋水は、咄嗟に足を出す。

 回し蹴りだの足払いだのというテクニックの効いた蹴りではない。ライディングシューズの靴底を犬人間の腹にぶち込む、いわゆるヤクザキックである。

 コンビニに乱入してきた野犬に叩き込んだのもヤクザキックだった。

 あれも犬じゃねぇか。

 妙なことを思い出しつつも、ヤクザキックの反動を無理に踏ん張らず、秋水は軽く後ろへ跳んで犬人間から距離を置く。

 

 置かせてくれない。

 

 120から130そこらで小柄な人間体型の犬っころと、190に迫る筋肉特盛り大柄野郎とでは、どう考えても質量差はあるはずだ。それに、両手で持った棍棒を振り下ろしてガラガラに空いていた腹に、思いっきり蹴りを叩き込んだ。

 だったら、もうちょっと、後ろによろけてくれても、いいんじゃないだろうか。

 

 犬人間は、腹にヤクザキックをモロに食らっても、その場で踏ん張って耐え抜いた。

 

「そちら裸足だよな!? 指の力どうなってんのワンちゃん!?」

 

 驚愕の耐久性。作用反作用の法則はどこへ消えたのか。

 蹴った感覚としては、確かにクリーンに叩き込めたはずである。

 若干もふっとした感触と、その奥の筋肉みたいなみっちりした肉の感じ。違う方向に蹴りを入れたエネルギーが逃げていった感じはしなかった。

 ということは、その裸足の指で床の岩をがっつり掴んで踏ん張りきったということ。

 やはり握力は大事だな。

 そんな感心をしている間にも、犬人間は地面を蹴った。

 突っ込んでくる。

 しかも棍棒は再び振り上げている。

 ゴリゴリのインファイターじゃないか。

 楽しい。

 

「よっしゃ来いやっ!」

 

 気合いを再度入れながら、秋水は即座に両手で構えていた巨大バールから左手を離す。

 巨大バールで迎え打たない。

 この距離なら先の先は狙わない、と頭で考えたわけではなく、ほぼ咄嗟の判断だ。

 ヤクザキックを叩き込んで大して距離を空けられなかったその距離は、犬人間は小柄なその体でもたったの1足で詰めきった。

 足が地面を捉えるその踏み込みと同時に、棍棒が思いっきり振り下ろされる。

 

 のを、左手で押さえ付けるようにして受け止めた。

 

 振り抜かれた棍棒で殴られたら、そりゃ普通に痛いだろう。

 だったら、振り抜かれなければ良いだけの話。

 加速していくその最初の段階で受け止めたら、大した打撃力はないはずだ。

 これで魔法的な意味の分からない身体強化みたいな謎の出力でとんでもない馬鹿力だったら、そのまま左手を潰されていた可能性もあるだろうが、最初に巨大バールで棍棒を受け止めた時点でヤバいレベルの馬鹿力という可能性はほぼないと推測できていた。

 

「んで持ってけや馬鹿犬がっ!!」

 

 棍棒を受け止め、そのまま流れるようにして右腕で一突き。

 離した左手で握っていた部分、巨大バールの平側、その釘抜きで犬人間の顔面を突く。

 これだけの至近距離ならば、ぶん回すよりも突く方が早い。

 どっ、と鈍い手応え。

 犬人間のその頭を突き飛ばす。

 刺さらなかった。

 遠心力を抜きにしたって、角ウサギならば今のは十分に皮膚を突き破って巨大バールをぶっ刺せるだけの突き方をしたはずだ。もふりとした毛並みの感触こそ似ているものの、その毛並みの下に隠されている体の強度は角ウサギよりも上ということか。

 上等だ。

 顔面を突き飛ばし、そのまま流れるように棍棒から左手を離して両手で巨大バールを再び握る。

 いや、距離がまだ近い。

 平側を握ってぶん回し、遠心力を乗せてL字の部分で思いっきり殴ってやりたいのだが、それをするには距離が近すぎる。長柄の武器は懐に潜られると、途端に攻撃の選択肢が狭くなるとは聞いたことがあるが、こういうことか。

 即座に自分の戦闘距離がおかしいことを悟り、秋水は動きを一瞬だけ止めてしまった。

 

 ガンッ、と膝に衝撃。

 

 体勢を崩した状態でなお、犬人間がお返しとばかりにヤクザキックを返品してきやがった。

 

 突かれて逸らされていた顔を上げた、その犬面と目が合った。

 額からはキラキラと光の粒子、魔素を血のように零している。

 人間とは違うまんま犬の目は、感情があるのかないのか分からない。

 分からない、が。

 

「悪ぃがそこはチタンプレートだっ!」

 

 ヤクザキックをモロに受けたその膝で、今度は秋水が犬人間の喉を狙って膝蹴りを叩き込む。

 あってよかったバイク装備。角ウサギ戦ではいまいち防御力を発揮できていなかったが、まさかここで身を助けるとは嬉しい誤算というやつだ。

 そして秋水は巨大バールから手を離す。

 離して、両の拳を思いっきり握り締めた。

 

「チタンじゃねぇけど、こっちも硬いからご利用体験ご案内だオラァッ!!」

 

『ギャッ!?』

 

 犬人間の顔面を、容赦なく右で殴る。

 ついでに左でも殴る。

 ライディンググローブで手の第一関節を守るように設置されたハードプロテクターを、まるでメリケンサックの代わりにするようにして、さらに右でぶん殴る。

 130もない体格で、ゴリゴリに距離を詰めてくる犬人間の戦闘スタイル相手には、初撃カウンター以外は巨大バールはむしろ相性が悪い。ぶっちゃけ殴った方が早いまである。

 どうやら武器はデカければ正義、というわけではないようだ。勉強になった。

 

『グアッ!』

 

「ぐ!?」

 

 殴られながらも、犬人間が棍棒を振り回す。

 脇腹にもらった。

 いや、軽い。

 プロテクターのない部分を殴られたものの、犬人間側としても殴られながらの無茶な体勢の一撃だ。結構痛い、程度で骨がやられたり内臓が潰れるような威力ではない。

 棍棒を受け、それでも秋水は左の拳で犬人間の顔面を捉える。

 殴られても、犬人間は睨み付けるようにして秋水をはっきりその目で捉えている。

 そのつぶらな目を、今度は右の拳で捉え返す。

 いい目じゃないか。

 感情は分からないが、いい目じゃないか。

 そうだよ。

 これだよ。

 

 

 

 殺意の乗った、その目を待ち望んでいたんだよ。

 

 

 





【注釈】
 わりと平然としてそうでしたが、秋水くんは渡巻姉妹に家族のことをがっつりとエグられて、精神的にはかなり参っています((((;´・ω・`)))
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