ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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141『初戦は不完全燃焼試合』

 追加で犬人間の顔面を4発殴り、お返しに犬人間からは脇腹を連続で2回も棍棒で殴り返されている。

 痛いなこの野郎。

 角ウサギご自慢の角突きタックルのように、一発当たれば大怪我確定、みたいな殺傷能力こそ足りていないものの、同じ箇所を何度も殴られたら普通に痛いに決まっている。たぶん痣になってるだろう。ライディングジャケットがなければ痣どころではなかったぞ。

 ライディンググローブの硬質プロテクターでさらに殴る。

 パンチのやり方など、いつぞや適当に買った空手の雑誌を流し読みで得た程度、にわかさん家の付け焼き刃だ。

 ボクシングの動画、もっとちゃんと見て学んでおくべきだったなと激しく後悔を抱きつつまた殴る。

 そして犬人間が、秋水の脇腹に棍棒を叩きつけてきた。

 何度も殴るな痛いだろうが。恨みと体重をしっかり乗せて、パンチをしっかりお返しする。

 傍から見ても完全なる泥沼試合の殴り合いだ。

 執拗に狙われて脇腹を痛めつつも、秋水は一歩も引かずに犬人間の顔面をひたすら殴る。そして犬人間もボコボコに殴られながらも、手にした棍棒で必死に応戦してくる。

 良い。

 良いじゃないか。

 これだよ。

 口元なんてケチくさいことは言わず、秋水は隠すことなくその表情に獰猛なる笑みを浮かべていた。

 楽しい。

 楽しいぞ。

 もっと来い。

 殺す気で来い。

 ヒリヒリするくらいの殺気が、最高だ。

 

「いっ―――だらっしゃいやっ!!」

 

『ガブッ!?』

 

 棍棒で殴ろうと構えた肘を殴られた。しつこくも脇腹を狙ったのだろうが、引いた肘で打撃のコースを遮ったのか、もしくは顔面を殴っていた衝撃で狙いがズレたのか。

 ガンッ、と鈍く籠もった金属音。

 肘にはインナーアーマーのチタンプレートが仕込まれている。

 残念賞の受け渡しだとばかりに、肘を殴られたその腕の拳を振り抜いて、犬人間の顔面を殴りつける。

 手応えが変わった。

 ライディンググローブの硬質プロテクターが砕けたか。

 いや、違う。

 向こうの骨を砕いたような、そんな感触だ。

 体の中は魔素の塊のくせをして、手応えがリアル再現なのが不思議である。

 

 ぐら、と犬人間の上体がよろけた。

 

 殴り続けていた顔面から、出血のように魔素が零れる。

 チャンスだ。

 畳み掛けてやる。

 秋水はすぐに握り締めていた手を開き、即座に腰ベルトから左手でバールを引き抜いて。

 

「ぐっ!?」

 

 引き抜いたバールを、取りこぼした。

 棍棒で叩かれまくっていた脇腹から、鈍い痛み。

 その痛みで引き抜く動作が上手くできなかった。

 何度も同じ箇所を殴られて、ダメージが想像以上に蓄積していたようだ。小技が効いていやがる。

 打撲の痛みで思わず上体を屈めるようになってしまう。

 だから、見えた。

 犬人間の右脚が、床から離れた。

 

 腹を目掛けて、蹴り。

 

 即座に右手で叩き落とす。

 危ねぇ。胸はともかく、腹部にはプロテクターがないのだ。

 体重や踏み込みは足りないが、それでも間一髪で防げたのは僥倖だ。

 チャンス続行。

 上体をふらつかせながらのキックは体勢的に無理があったのか、犬人間は大きくよろけた。

 再び左手で腰ベルトからバールを引き抜く。今度は取りこぼさない。

 抜いたバールを即座に両手で握って構えた。

 ほとんどバットの握り方。

 

「こんの―――っ!」

 

『ギャンッ!?』

 

 犬人間が再び踏ん張って姿勢を直すよりも早く、秋水はバールをぶん回す。

 L字になった先の釘抜きが、犬人間の首下にジャストミート。刺さりはしなかったが、それでもナイスな手応えをはっきり感じる。

 そして踏ん張る。

 気合いを入れる。

 

 そして、残りの魔力に色を付ける。

 

 身体強化はすでに60%の出力で発動している。

 残りは40%。

 いつでも身体強化の魔法を発動出来るように体中に巡らせていた魔力が、秋水の意志に従ってその効果を現した。

 部分強化を併用した、身体強化の重ね掛け、ではない。

 ここは単純。

 至ってシンプル。

 

 

 

「身体強化、100%っ!!」

 

 

 

 全身一括身体強化、最大出力だ。

 犬人間の首にバールのL字を引っ掛けたまま、秋水は一気にそのバールに力を込めた。

 ぐわり、と犬人間の足が床を離れる。

 浮いた。

 

「クソウザ馬鹿チワワがテメえっ!!」

 

 恐らく目の前の犬人間には全く関係のない罵声を掛け声に、バールを全力でスイングした。

 当然、引っ掛けられていた犬人間が、投げ飛ばされた。

 脇腹から鈍痛。

 一回距離を離してポーションで回復をするか。

 いや、流れはこっちだ。このまま一気に畳み掛けるべきか。

 どちらにせよ、投げ飛ばして仕切り直しだ。

 そう考えて、全力の身体強化をして犬人間を力業でホームランした。

 

 

 

 その先に、スライムがいた。

 

 

 

「あ゛」

 

 思わず変な声が漏れた。

 そうだ、スライムだ。

 この部屋、スライムがいた。

 近づいてくるやつを何でもかんでも触手で捕まえて、体内に取り込んで捕食する倒し方もよく分からないヤベェ奴。

 それを背にして戦うのはマズいと、横跳びで距離は確かに置いたが、身体強化をかけているとは言えども1足だけで離せる距離などたかが知れている。

 そう、秋水と犬人間は、スライムの結構近くでバチバチに殴り合っていたのだ。

 

「ちょ、ま――っ」

 

 投げ飛ばされて吹っ飛ぶ犬人間に向けて、秋水は反射的に手を伸ばそうとした。

 無論、間に合うはずもない。

 弧を描くように犬人間はスライムに向かって飛んでいく。

 スライムの表面が、波打った。

 

 

 

 犬人間の体が、スライムの触手に空中キャッチされる。

 

 

 

『グアアッ、ブボッ!?』

 

 そして、問答無用で犬人間はスライムの体内へとご招待である。

 断末魔のそれさえ飲み込んで、スライムは犬人間の体を丸々取り込んでしまった。

 ジタバタと犬人間は藻掻く。

 スライムはぷよんぷよんと暢気そうである。

 なんてこった、モンスターがモンスターを捕食しやがった。

 

「お前ら共食いすんのかよオイっ!?」

 

 思わず秋水がツッコミを入れてしまった。

 スライムと犬人間なので、正確には共食いとは言わないだろう、とか野暮なことを言ってはいけない。

 同じダンジョンのモンスターなんだから、スライムはもっとこう、犬人間に対して仲間意識とかあっても良さそうなものじゃないか。協力して襲いかかってきて欲しいなんて贅沢は言わないけど、せめて、せめて犬人間は捕食対象外とかさ。

 

「ええぇ……?」

 

 楽しい殴り合いから一転、肝心の相手である犬人間がスライムに引きずり込まれて仕合終了してしまった秋水が困惑の声を上げる。

 その声にまるで反応するかのように、スライムの中で藻掻いていた犬人間の口から、ぼわっ、と急にキラキラ輝く光の粒子が噴き出した。放送規制が入った嘔吐物じゃあるまいし。

 ああ、死亡演出か。

 角ウサギと同じ様子のそれに、秋水はそう判断して。

 

「え、あれ、ちょっと待て、この場合魔素ってどうなんのこれ?」

 

 肝心なことを思い出す。

 死亡演出で噴き出す魔素は、秋水にとっては食料だ。いや間違えた。秋水の魔力を成長させる糧となるのだ。

 角ウサギの時ならば、回収の魔法によって魔素を掃除機で吸うように一気に吸収できる、のだが。

 だがしかし、現在犬人間はスライムの腹の中、いや腹なのかどうなのか分からないので、スライムの体の中である。

 

 しかも、噴き出している魔素が、スライムの中に留まってしまっている様子。

 

 もしかしてこれ、回収できないのでは。

 それを半ば予想しつつも、秋水は握っていたバールをそっと腰ベルトに差し込み直してから、ゆっくりと左手のライディンググローブを脱いだ。

 まずは、うん、身体強化を全部OFFにする。

 身体強化も魔法であり、100%の全力で強化していると回収の魔法が発動できないのである。

 とりあえず身体強化を切ってから、秋水は恐る恐る左手を犬人間に、と言うかそれを絶賛消化中のスライムへと向けた。

 

「……回収」

 

 左手で渦巻きのように回転させた魔力に、秋水はいつもの言葉で色を付ける。

 これが魔素を吸い込む便利魔法、回収の魔法だ。

 その回収の魔法を発動させた。

 させた、が。

 

 

 

 スライムの中に閉じ込められている魔素は、まるで吸い込めなかった。

 

 

 

「獲物横取りとか本当にトラップじゃねえかクソがっ!!」

 

 堪らず秋水は地団駄を踏んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新種のモンスターと、せっかくの楽しい楽しい殺し合いが、横やりのせいで全部台無しにされた。

 本日のお出かけで精神的にかなりキツい目に遭わされた、そのストレスを思う存分発散できる大チャンスだったというのに、全部ご破算である。

 秋水はセーフエリアに敷いた布団の上、うつ伏せに寝転がってすっかりいじけてしまっていた。

 いや、まあ、何も考えずにバールで引っ掛けてスライムの方に投げ飛ばした自分が悪いのは分かっている。

 分かっているが、なんか、うん、すっきりしない。

 うぼあー、と枕に顔を埋めたまま秋水は唸った。

 スライムに横取りされた。

 もう少しでぶっ殺せたかもしれないのに。

 ちゃんと周りを確認していなかったのがひたすら悔やまれる。

 別の方向に投げ飛ばしておくべきだった。

 途中までは良い感じだったのに。

 あー、普通にムカつく。

 とどめまで刺せなかった怒りを胸に、次の部屋まで進んでやろうかとも思ったのだが、そこはやはり冷静に、セーフエリアまで引き返すことができた自分を誰か褒めて欲しい。

 

「……腹へったぁ」

 

 一通り後悔やら悔しさやらでふて腐れ終わった秋水は、枕から顔を上げてぽつりと零す。

 犬人間を見つけて喜んで部屋へと跳び込んで殴り合ったのだが、そもそも本来、部屋を確認したらセーフエリアへ引き返して夕飯を食べる予定だったのだ。

 それが新種のモンスターでテンションが上がり、元気に殺し合いをしてしまった。

 しかも相手となった犬人間は、角ウサギのように攻撃がワンパターンかつ速攻を決めに掛かってくるタイプではなく、攻撃の手数が多くて泥臭く戦ってくれた。お陰で楽しかったが、集中力が必要な角ウサギとは違って、シンプルに体力が消耗する。

 そして棍棒でボコボコと殴られていた脇腹は、やはり痣になりかけていた。見かけによらず結構な力があったみたいだ。

 その痣のなりかけやら痛みやらは、医療の根本を揺るがすチートアイテム、ポーションによりささっと治療済みである。

 そう、ポーションだ。

 副作用で腹が減る、体内の栄養をがっつり消費して体を癒すポーションだ。

 腹が減った。

 殴り合いで消耗して、ポーションでも消耗して、腹がすっかり減ってしまった。

 

「どっか食いに行くかぁ……」

 

 秋水は渋々と、そしてのそのそと布団から起き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 ダンジョンアタック用の装備から私服に着替え、外に出てぶらついてなお、秋水の気分は晴れなかった。

 惜しい。

 ただひたすらに惜しかった。

 スライムに横取りされたショックが意外と大きい。初戦はやはり、ちゃんとしっかりぶっ殺して勝ちたかった。

 

「飯食ってちょっとしたら、もう一回行くか」

 

 ふむ、と秋水は独りで頷いた。

 ごはんを食べたらリベンジマッチに行くとしよう。

 ああ、いや、その前に1度セーフエリアで寝るべきか。慌てない慌てない。

 今日は犬人間とがっつり殺り合って、対策パターンを調べまくろうじゃないか。

 まずは何も考えずに突っ込んだが、角ウサギのようにカウンター戦法は効くのだろうか。棍棒で殴ってくるのは1カ所を連続して狙っていたけど、分散させるパターンもあるのだろうか。棍棒と蹴り以外の攻撃手段は他にあるのだろうか。普通のバールと巨大バールでは、どちらが有効だろうか。魔素の質や量は角ウサギと何か違いがあるのだろうか。

 ふむ、ふて腐れてしまっていたが、確認事項は山盛りじゃないか。

 くよくよしている場合じゃない。

 初戦を変な横槍でぶんどられた悔しさを、今日の内に巻き返すのだ。

 そう考えたら、ちょっとやる気が出てきた。現金なものである。

 

「今日はジム休むか」

 

 気を取り直し、そして気合いを入れ直しながら、秋水はここからの予定を頭の中で組み立てる。

 明日からは学校だ。

 ジムに行って筋トレもしたいが、それ以上にあの犬人間と戦いたい。

 とにもかくにも戦いたい。

 今日は犬人間にリソースを割り振ろう。

 そう決めて、うんうん、と秋水は独りで頷く。

 よし、テンションが上がってきた。

 上がってきたが、まずは飯だ。

 しょんぼりした精神状態で自炊をするのもちょっとなと思い、特に何も考えないで家を出たが、そう言えばなにを食べようかをまだ決めていない。

 

「んー……やっぱ食べ放題系だよなぁ……」

 

 なるべくカロリーを多く摂取しておきたい身としては、やはり食べ放題が一番コスパが良い。

 ただし、ちょっと遠く、そして日曜日なので混んでいそうなのが怖い。あまり他者を怖がらせに行くのは本意ではないのだ。

 とは言えど、最近はコンビニの利用率が高く、食費が嵩んでしまっている。それはそれで考え物だ。

 うーん、と考えながら歩いて、秋水はふと足を止める。

 

 気がつけば、いつものコンビニの近くであった。

 

 いや、別にコンビニで夕食の品を買おうとは思っていなかったのだが、なんとなく来てしまった。

 駐車場を挟み、秋水は何も考えずに来てしまったコンビニをぼんやりと眺める。

 このまま通り過ぎて、別の店に行くか。ただし、移動の時間がかかる。

 それとも、コンビニで夕飯を買ってしまうか。ただし、より金がかかる。

 ああ、それに、今日はいつものアルバイト店員、律歌が休みである。

 他の従業員だと、秋水を見たらどうしても身構えてしまうだろう、と一瞬考えたものの、それはどこの店に行ってもだいたいは身構えられてしまうのを思い出す。顔を隠した方が良いだろうか。

 足を止めながら、んー、と秋水は鼻を鳴らす。

 しばらく考えてから、やはり違うところに行こうか、と考えて秋水は再び歩き始めようとコンビニから目線を外し。

 

 

 

「あれ、秋水くんじゃないですか」

 

 

 

 前方より、急に名前を呼ばれた。

 え、とコンビニから外した視線を前に向ける。

 小学生。

 ではない。

 

「ああ、栗形さんじゃないですか」

 

 秋水の前からは、質屋 『栗形』 の店主、栗形 祈織が暢気そうに手を振りながら歩いてきていた。

 

 

 





 ふと気がつけば、ヒロイン候補の中で秋水くんを名前呼びしていないのはチワワだけでは、と今更気がついた(・ω・`)

 ちなみに、秋水くんの体格で、プレートがない部分とは言えどもライディングジャケットとインナー越しに痣を作れている時点で、犬人間の膂力は結構なものです。
 もっとも、角突きタックルの一撃には遠く及ばず(;´・ω・`)
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