ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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142『甥と叔母』

「どうしたんですかこんな時間に、こんなところで?」

 

 小学生、ではなく、立派な成人女性である祈織は、手を振りながらてこてこと秋水の方へと近寄ってきた。

 淡いピンクのもこっとしたケープを羽織り、もこっとしたロングスカート、もこっとしたブーツ、という全身もこもこモードで実に暖かそうな格好である。

 前から薄々思っていたのだが、もしかして祈織は寒がりなのだろうか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、秋水は軽く手を振り返す。

 ちなみに秋水はどちらかと言えば暑がりだ。筋肉のせいである。

 

「夕飯を食べに行こうと思いまして。栗形さんは、あれ、お店の方は大丈夫なのですか?」

 

「う……」

 

 距離にして2m程まで近寄ってきた祈織であったが、世間話のように繰り出した秋水の一言でぴたりと足が止まる。

 触れてはいけない話題だっただろうか。

 時刻はだいたい、午後6時を過ぎた頃である。祈織の経営している質屋の閉店時間はまだ先だ。まあ、個人経営の店舗である以上、営業時間など店長のさじ加減なのであろうが。

 

「えーと……鎬さんに店番してもらって、買い出しをちょっと……」

 

 少し言葉に詰まった祈織は、えへへ、と何か誤魔化すように明らかなる愛想笑いを浮かべつつ、何故か揉み手までしながら秋水の方へとすり寄ってくる。

 ああ、そうか、今日は日曜日だから、秋水の叔母である鎬がアルバイトとして質屋に入っているのだった。

 1週間のうち7日間働くという字面がヤバい女、鎬である。是非ともコキ使ってやってくれ。

 

「そうでしたか。鎬姉さんはご迷惑を掛けてはいませんか?」

 

「う……」

 

 再び言葉に詰まる祈織。

 何があった。

 ただの世間話のテンプレートのような質問のつもりだったのだが、祈織の目がふっと遠くを見るようになったのから察するに、何事かがあった様子である。

 もっとも、祈織と鎬の間では、特大なる 『何事かあった』 事件がすでに発生しているので、それよりヤバい事例ということはないだろう。ないと言ってくれ。

 

「……いえ、迷惑掛けてるのは相変わらず私ですね、マジで」

 

 マジで、が異様に実感が籠もっていた。

 ただ、あまり悲壮感は漂ってはおらず、どちらかと言えば仕事に疲れた社会人みたいな感じだ。

 そうだよな、仕事って普通は疲れるハズなんだよな。

 365日エブリデイ働くお姉さんである鎬を頭の片隅に置きながら、そうなのですね、と秋水は軽く相槌を打つ。

 

「はい、夕飯の買い出しって名目で、鎬さんのスパルタ教育から逃亡中の駄目なお姉さんです私……」

 

「鎬姉さんがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 どうやら祈織に対して叔母が無茶ぶりをやっているようだった。

 くすん、とファーがふわふわしてそうな手袋の両手で顔を覆って嘘泣きをする祈織に、秋水は即座に頭を下げて謝った。

 鎬のスパルタ教育。

 それを秋水は身を以って体験している。

 流石に身内以外を相手に、あんな詰め込み型教育を行っているとは思いたくないのだが、すっかり疲れた様子の祈織を見るに、結構厳しく何らかの指導を行っているのは容易に想像できてしまった。

 あまり良い言い方でないのは重々承知だが、鎬はかなり頭が良い。

 学習意欲はかなり旺盛で、知識をすんなりと頭に入れることができ、しかもちゃんと活かした知識を出力できるというバグみたいな女である。

 そして、自分自身がそんな感じだからだろうか、鎬は他者に対してもそれを求める嫌いがある。

 勉強は正義。

 とにかく覚えろ。

 そして使い熟せ。

 それが教育に対する鎬のスタンスだ。

 そんな鎬の個人授業をかつて受けたことのある秋水は、地頭の良さは人によって違うのよ、というツッコミしか出てこなかった苦い思い出だ。

 

「おかげで生成AIのプロンプトテクニックは一通り使えるようになったけど、ハルシオンだかカーネーションだかってAIの嘘なんか一般ピーポーが見抜けるわけないんだよなー」

 

 顔を上げ、再び遠い目をしながら祈織が疲れたように愚痴を零す。声色が平坦なのが実感籠もっていて、なんだか怖い。

 そう言えば生成AIがどうのこうのと昨日言っていたことを秋水は思い出した。どうやらこれは何の力にもなれそうにない案件である。

 AIとかそういうのには特に詳しくもない秋水は、頑張ってくれ、と心の中で応援する他にない。

 

「えーっと……夕飯を買いにということですが、こちらのコンビニはよく使われるのですか?」

 

 疲れた社会人のそれに対してはフォローができないなと判断した秋水は、無理矢理ながら話題を変えることにした。

 ここは秋水も最近よく利用しているコンビニのすぐ近く、と言うか駐車場の前である。

 秋水のその言葉に、祈織は遠い目をコンビニの方へとゆっくり移し、数秒程黙る。沈黙が怖い。

 

「いえ、そういえばここは使ったことないですね」

 

 しかし、顎に手を当てながら返した祈織の言葉は、いつもの調子であった。

 よし、軌道修正。

 

「そうなのですね。ここから先はあまり店などがないものですから、てっきりこのコンビニで買うものかと」

 

「あはは、夕飯の買い出しとか言いましたけど、ぶっちゃけ当てもなくブラブラして現実逃避してただけですからねー」

 

 微妙に軌道修正できていないような気がする。あの叔母はいったいどんな勉強会を開催したんだ。

 ここは適当に会話を切り上げ、適当に逃げるとするか、と秋水の頭にちらついた。

 しかし、そこでふと気がつく。

 ただいま、夕方の6時頃。

 1月も末であれば、当然のように太陽はさようならと地平線へと沈みきり、あたりはとっぷり夜模様である。

 コンビニのごはんかー、と呟いている祈織を、秋水は思わずまじりと見てしまう。

 

 なんと言うか、祈織は随分と幼く見える。

 

 背丈だけで言うならば、渡巻姉妹の姉、律歌と同程度の140㎝といったところだ。

 しかし、不思議なことに祈織は律歌よりも幼く見えてしまう。

 顔付きが思いっきり童顔だからだろうか。それとも、チョイスされている服装が毎回モロに子供向けに見えるからだろうか。もしくは雰囲気が子供っぽいのだろうか。女子中学生から小学生扱いをされてキレ散らかしていたのから察するに、祈織は幼く見えることをかなり気にしていると思われるので下手なことは言えないが。

 だが、事実として、祈織は幼く見えるのだ。

 

「あの、栗形さん」

 

「ん? はい、どうしました?」

 

 秋水は少し迷いながら声を掛ける。

 きょとん、とした風に祈織は秋水を見上げてきた。

 んー、と秋水は小さく鼻を鳴らす。

 

「……とりあえず、お送りしますね」

 

 仕方がない、と諦めるようにして秋水はそう告げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、荷物まで持ってくれてありがとうございます秋水くん」

 

「いえ、これくらいはお安い御用ですよ」

 

 10分後、結局コンビニで夕飯を調達することにした祈織の手から、そっと買い物袋を預かって、2人は質屋 『栗形』 へと向かっていた。

 

「それはともかく、女性が独りで夜道を出歩いてはなりませんよ」

 

 2回目となるその注意に、祈織は少し笑いつつ、はーい、と返事をする。何故か若干嬉しそうである。

 秋水は小さく溜息を1つ。

 祈織を質屋まで送ることにした理由としては、夜道は危ないから、という単純な理由であった。

 あのコンビニでは不運なことに、野犬来襲、なんてバッドイベントがあったばかりだ。しかもその野犬、追い出しただけなので、下手をしたらまだ近くをうろついている可能性だって普通にある。

 それを知っている身としては、女性を独りで帰すのは流石に気が引けてしまった。

 そして、まあ、野犬を関係なしとして、日も暮れてしまった道を、祈織独りで歩かせるのは、ちょっと危ないかな、と。

 

「うーん、秋水くんはレディをエスコートできる、いい男ですねー」

 

 ふふん、と上機嫌な祈織の顔をちらりと見る。

 正直なところ、祈織は小学生くらいにしか見えない。しかも、ギリギリ高学年に見えるかな、といったぐらいだ。

 ぱっと見で小学生くらいの女性が夜道を歩くのは、ちょっと危ない。

 なんてことを口にしたら、がっつり祈織が傷つくのは目に見えているので、とても言えないが。

 街灯に照らされた道を歩き、十字路の横断歩道を渡る。

 

「こちらに」

 

 道を曲がってから、秋水は歩いている位置を祈織と入れ替えた。

 祈織の目が丸くなる。

 

「あの、変な質問していいです?」

 

「はい、どうされました?」

 

「秋水くんって、本当に中学生ですよね?」

 

 そして、本当に変な質問を飛ばされた。

 なにか疑われる要素でもあったのだろうか。

 190に届きそうな背丈に、絵に描いたような筋骨隆々な極太体形、祈織とは正反対の幼さゼロな顔の作り、と確かに見た目だけならば、中学生とか嘘だろうと疑われる要素満載なのは自覚している。

 しているものの、祈織には初対面で中学校の生徒手帳を見せた仲である。

 

「ええ、はい。中学3年です」

 

「そーですよねー……それで車道側を歩かせないエスコート。もしかして秋水くん、学校じゃモテモテさん?」

 

「学校では友達すらいませんが?」

 

「なんかゴメンなさい」

 

 神妙な顔で謝られてしまった。別に友達がいないくらい問題ないじゃないか。

 

「って、友達いないのはどうかと思いますけど?」

 

「まあ、こんな成りですので、怖がられてしまうのですよ」

 

「こんなに素敵な筋肉なのに……」

 

「筋肉で友人関係は解決しませんよ?」

 

 筋肉は関係ないと思う。

 最近薄々と感じることなのだが、祈織はわりと筋肉美に対して理解がある人のようだ。

 自分のような見た目に対し、こうまで平然と接してくれるのは、そういう理由もあるのだろうな、と秋水は頭の片隅で軽く考える。実際は理解があるとかそういうレベルではないのだが。

 

「あ、そう言えば秋水君はどこの高校に行くんです? やっぱり鎬さんと同じで雫金ですか?」

 

 てこてこと秋水の隣を歩きながら、思いついたように祈織は話題を変えてきた。結構なお喋りさんだ。

 祈織の短い歩幅に合わせて歩きつつ、秋水は尋ねられたその話題に、きょとん、としてしまう。

 雫金高校。

 正解だ。

 秋水は高校への進学希望で、その希望先は祈織の言うように雫金という地元の高校である。

 そして、その高校は確かに鎬の母校でもある。

 正直、家から近くてそこそこの高校、という理由で第一志望としているだけで、別に鎬の母校だからという理由ではない。まあ、鎬自身も、通学時間は人生の損失、家から近いのが最大のメリット、という理由で選んでいたので、似た者同士と言われたら言い返せないが。今思い返してみても、中学時代から鎬はおかしな女であった。

 そんな鎬の出身高校を、よく祈織は知っているな、と秋水は少しだけ不思議に思った。

 出身校とか経歴とか、そういう話を鎬がするのはあまり想像できなかったからである。

 

「そうですね。雫金高校を狙っていますが……鎬姉さんの出身校、よくご存じでしたね」

 

「いやあ、昨日色々聞いちゃいましてね。鎬さんが大学行ってないとか、ご両親が―――」

 

 ぴたり、と秋水の足が止まったのが先だっただろうか。

 もしくは、しまった、と自分の口を慌てて祈織が覆い隠したのが先だったのかもしれない。

 一歩分だけ先に進んだ祈織が、秋水の顔色を窺うようにばっと振り返って見上げてくる。

 

 

 

 今日は随分、ムカつく言葉を、耳にする。

 

 

 

「ああ、鎬姉さんの両親ですか」

 

 秋水は表情を全く動かすことなく、ただただ自然に言葉を返す。

 鎬が、どちらの話をしたのかは、分からない。

 分からないが、鎬が両親の話をするのなら、それは鎬の両親についての話なのだろうというのは想像できる。

 鎬の両親ということは、秋水から見たら父方の祖父母のことだ。

 

 別に、秋水が、気になる話では、ない。

 

 自分の心に蓋をしながら、自分の感情から目を逸らしながら、秋水は表情を一切変化させないように注意する。

 秋水を見上げならが、なにかオロオロとし始めた祈織を見下ろし、秋水は悟られないよう浅く静かに一息いれた。

 

「ごめんなさい。無神経なことを……」

 

「いえ、祖父母はそもそも私が生まれる前に亡くなっているので、全く面識がないのですよ。なので、あまり気になさらなくても大丈夫ですよ」

 

 たぶん、鎬の両親の話だ。

 そのはずだ。

 違ったら、いや、考えなくていい。

 考えなくていいとすら、考えなくていい。

 鎬の話だ。

 自分には、関係のない話だ。

 気にしなくても大丈夫だと伝えてから、秋水は止めてしまった足を再度動かす。

 1歩。

 たったの1歩で、祈織を追い抜かしてしまった。

 ああ、歩幅が違う。

 男は常に、女性の歩幅に合わせるべきだ。

 また妹に叱られてしまうな。

 2歩目は小さく、歩き始める。

 

「……ん? 祖父母?」

 

 後ろから不思議そうな呟き声。

 少し遅れてから、てちてちと祈織が小走りで秋水へと駆け寄ってきた。

 

「えっと、ご両親の話なんですけど……」

 

「はい、鎬姉さんの、ですよね?」

 

「えーっと、そりゃそうなんですけど……え? つまり、秋水くんのご両親でもありますよね?」

 

「え?」

 

 思わず祈織の方を見て、素に近い声色で聞き返してしまった。

 

「いえ、鎬姉さんにとっての両親は、私にとっては祖父母なのですが?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……えーっと?」

 

 お互いに不思議そうな顔になってしまう。

 再びぴたりと足を止めてしまった祈織に釣られ、つい秋水も足を止めてしまった。

 うーんと、と祈織は大きく首を傾げる。

 ついでに秋水も首を傾げた。鏡のように、2人仲良く同じ方向だ。

 

「あの、待って下さい。変な質問をもう1つしていいですか?」

 

「はい」

 

「鎬さんって、秋水くんのお姉さん、ですよね?」

 

「いいえ、違いますよ」

 

「え?」

 

「え?」

 

 再び揃って首を傾げる。

 鎬は秋水の叔母である。

 秋水の父の、妹だ。

 秋水の姉ではない。

 まあ確かに、姉さん、とは呼んでいると言うか呼べと強要されて呼ばされてこそいるが。

 と考えて、ああ、と秋水はようやく納得できたように声を上げた。

 

「ああ、なるほど、そう言えばちゃんと言ったことはなかったですね。鎬姉さんの希望で 『姉さん』 とは呼んでいますが、鎬姉さんは私の叔母に当たります」

 

 そう言えば、説明していなかった。

 鎬を祈織の店に案内したときは、ただ単に白銀のアンクレットを売り捌くのに鎬の名前を借りたかっただけなので、あまりちゃんと関係性を言うことなく、今までずるずるとしてきていた。

 なるほど、姉さん、なんて呼んでしまっている以上、周りから鎬が秋水の実姉だと思われるリスクがあったのか。秋水も鎬も揃って友達と呼べる存在がおらず、基本的には薄い人付き合いしかしてこなかったので、本当に全然考えたこともなかった。

 考えてみれば、鎬は秋水の父からしてもかなり年が離れた妹であり、年齢差から言えば甥である秋水の方が歳が近いぐらいだ。

 秋水との年齢差は8歳。

 確かに、干支一周以上年が離れた父の妹、よりも、年が離れた秋水の姉、の方が周りからすればしっくりするのかもしれない。

 

「叔母って……えっと、確か年の離れたお兄ちゃんがいるとか言ってたけど……」

 

「そうですね。その鎬姉さんの兄が、私の父になります」

 

「ええー……」

 

 驚いた、というよりも困惑したように祈織が声を漏らした。

 どうやら変な勘違いをされていたようだ。単純に説明不足が原因なので、それは普通に申し訳ない。

 それからしばらく、祈織はきょろきょろと忙しなく目を動かし、どうにか真実を飲み込もうとした後、はたと何かに気がついたかのような表情になる。

 

「え、あれ、じゃあ、鎬さんと秋水くんって結婚できるんです?」

 

「できませんよ。栗形さんは疲れているのですか?」

 

 民法第734条をご存じないらしかった。

 

 

 





 秋水くんは家族関係の地雷を踏まれても、今のところ爆発はしませんね。

 だって、できるだけ現実を見ようとしてないから(´Д⊂
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