ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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143『友達はいるべき』

「ああ、確かに 『おばさん』 なんて呼ばれたら、ブチ切れる自信はありますね。そりゃもう鎬さんの方が正しいですよ」

 

 祈織と並んで質屋 『栗形』 に向かいつつ、隣を歩く祈織はそれはもう大いに納得したかのようにうんうんと深く頷いていた。

 日はすでに暮れている。

 夜道を幼女、ではなく小学生、でもなく女性を独りでコンビニから歩いて帰らせるのもどうなんだ、という理由で祈織を質屋まで送り届ける最中、秋水と鎬の関係性で微妙に誤解されていたことが発覚した。

 秋水が今までずっと鎬のことを、鎬姉さん、と呼んでいたせいで、鎬は秋水の実姉なのだと思われていたのである。

 繰り返すが、鎬は秋水の叔母だ。姉ではない。

 だったら何故、姉さん呼びなのか。

 それを問われ、なんとも下らない理由で姉さんと呼べと強要されていることを説明したところ、祈織の反応はこの通り、完全に鎬の味方であった。何故だ。

 鎬は秋水の叔母なので、おばさん、と呼ぶのが本来は適切である。

 しかし、鎬おばさん、と呼んだ日には、鎬はブチ切れるのだ。意味が分からない。

 昔から冷静沈着の鎬ではあったのだが、おばさん呼びは心底イヤなのか、かなり本気で怒るのだ。それこそ、秋水の胸ぐらを掴んでドスの利いた声で脅してくるレベルで。

 今でこそ身長的にも体格的にも鎬を大きく上回っている秋水ではあるものの、当時は幼気な5歳の少年を、13歳の女子中学生が胸ぐらを掴み上げ、おばさんじゃなくて姉さんと呼びなさい、と本気でキレ散らかしてきたのである。

 今思い出しても軽く体が震えてしまう。完全にトラウマじゃないか。

 そんな少年の心に傷を残してまで姉さん呼びを強要するという悪行であったにも拘らず、祈織は完全に鎬を擁護するモードだ。

 これは、女性の視点だとそういうものなんだろうか。意味が分からない。

 

「うーん、やはりそうなんですか?」

 

「女は適度にお姉さん扱いされたいんですよ、お姉さん扱い。子供扱いは駄目ですし、おばさん扱いはもってのほかです」

 

「理不尽……」

 

「なにか?」

 

「いえ、女性は常にレディ。鎬姉さんからも言われています」

 

「その通りです」

 

 思わず漏れてしまった本音を誤魔化すと、祈織は再び大きく頷く。

 めちゃくちゃ共感されてる。意味が分からない。

 子供扱いは駄目。

 おばさん扱いも駄目。

 適度にお姉さん扱いをしなくてはいけない。

 めんどくせぇ、と秋水は心の中で遠い目をする。あまりに理不尽すぎる要求じゃなかろうか。

 まあ、子供扱いは駄目、というのは、低身長かつ見た目が完全に女児のそれである祈織の意見100%なのだろう。たぶん。

 

「秋水くんも学校では気をつけて下さいね。女の子の機嫌を損ねると、悪評が一気に広がっちゃいますからね」

 

 そして何故か、学校生活についても言及される。

 悪評も何も、もとよりアメコミのヴィランよりもヤバい見た目をしている秋水は、すでに悪評まみれである。時すでに遅し。手遅れというやつだ。

 

「ご心配ありがとうございます。もっとも、学校でも喋る友達はおりませんので、ご心配なさらずとも大丈夫ですよ」

 

「それはたぶん、大丈夫じゃないんだよなぁ……」

 

 安心させようと断りを入れてみれば、何故か余計に心配そうな目で見られてしまった。不思議だ。

 しかし、今年に入ってからは、その学校で随分とクラスメイトと言葉を交わすことが増えてしまっている。

 だいたいは、チワワみたいなクラスのマスコットが元凶だ。

 3学期初日から秋水へガンガンと距離を詰めて絡んでくるようになり、それに感化されて最近はクラスメイトの何人かと普通に会話らしきものをするようになったしまった。

 特に、秋水と同じくジム通いをしている日比野 道とは、この1週間ですっかり打ち解けてしまった感はある。

 そう言えば、覚王山 未来とも、普通に喋るか。

 女子とは、どうだろうか、チワワはマスコットなので横に置くとして、会話と言って良いのか首を捻るところではあるが、ミカちゃんさんとは多少喋るようになっただろうか。ダイエットについてあれこれ聞かれているだけなので、ちょっと例外なような気がする。

 チワワの飼い主である竜泉寺 沙夜とも会話をすると言えばしなくもないのだが、沙夜は未だに秋水の見た目に対して身構えている節がある。もっとも、ミカちゃんさんと同じくダイエットの話題となると、警戒心をかなぐり捨てて問い詰めてくるのだが。

 なんだろう、随分と変わった。

 学校において、秋水が置かれている環境は激変したと言ってもいい。

 全部あのチワワのせいである。

 あの馬鹿チワワが、と元凶の顔を思い出すと、ついでにダンジョンで新しく出没した犬人間のことも思い出す。

 犬種的に柴犬に近い顔付きというか毛並みをしているが、同じ家犬だ、これからは鬱憤晴らしができそうじゃないか。

 そんな風に色々と考えてしまい、秋水は少し黙ってしまっていた。

 その秋水を、祈織は変わらず心配そうな目で見上げている。

 

「あのですね、秋水くん」

 

「はい?」

 

 祈織の呼びかけに、ふと秋水は意識を戻す。妄想の中で犬人間の顔面をグーパンで殴っているところであった。

 隣を歩く祈織を見れば、やはり心配そうな目をしていて。

 

 

 

「友達って、いるべきですよ」

 

 

 

 秋水を真っ直ぐ見上げ、祈織はそう断言した。疑問形ですらない。

 

「いやさ、仕事始めると分かるんですけど……大人になると友達って全然できないんですよね。仕事の関係はあるし、付き合いだって増えるでしょうけど、それって結局は仕事の延長ですからね。学生時代みたいに気楽な関係って、もう作れなくなるんですよ」

 

 その言葉は、何故か感情が重たく乗っていた、ような気がした。実感が籠もっている、と言うべきか。

 

「私もそんなに友達多いわけじゃないですけど、だからこそ思うわけですよ、子供の頃の友達って、めっちゃ貴重なんだなって」

 

 そこで祈織は秋水から視線を外し、前を向く。

 それからてこてこ歩く祈織の速度が速くなり、秋水は置いていかれる形となってしまった。

 はあ、と思わず気のない返事のように相槌を打ち、秋水も大股で2歩程歩けばおいて行かれた距離など埋まる。

 改めて祈織の顔を見下ろせば、ほんのりと頬が赤い。

 

「あー……もちろん、いればいいってわけでもないし、碌でもない人とつるむくらいなら独りの方がマシですけどね……うー、説教っぽくなっちゃった……」

 

 視線を逸らしつつ、ぼそぼそと言い訳のように祈織は漏らしてから、軽く唸って祈織は黙ってしまう。

 恥ずかしがっているのだろうか。

 

「秋水くんって、そのへん気にしてなさそうですから、なんか、それがちょっと気になったって言うか……ほら、私、一応人生の先輩ですからね。その、ちょっとしたアドバイスみたいなもんだと思って、聞き流しちゃって下さいよ、あはは」

 

 やや早口で、そして乾いた笑いを混ぜながら、祈織は強制的に話題を断ち切った。

 ガラにもないこと言ったー、と恥ずかしそうに早足で進む祈織の横を歩きながら、なんと返事をしたものか、と秋水はやや悩む。

 別に、秋水は一匹狼を気取っているわけではない。

 友達って良いよね、みたいな論調には、一定の理解は向けられるのだ。

 ただ単に、秋水が周りから避けられているだけである。

 まあ確かに、友達が欲しいと思っているわけでもないので、怖がらせないようにと秋水からも周りと距離を取っているという節はある。それが、友達はいらない、みたいなスタンスであるかのように祈織は思ったのだろう。

 うーん、勘違い。

 秋水は軽く苦笑いを浮かべた。

 

「栗形さん」

 

「うえっ!? え、あっと、な、なにかな?」

 

 呼んでみれば、祈織の肩がビクリと跳ね、慌てて秋水を見上げてきた。

 そんなに驚かなくても。

 

「ありがとうございます」

 

 やや勘違いがある気がするが、心配してもらえたことには変わりがない。

 軽く頭を下げてから、前を向いて祈織の隣を歩く。

 友達ね、と秋水は頭の片隅で呟いた。

 秋水とて、生まれてずっと友達がいない、なんてわけがない。

 幼稚園の頃とか、小学生の低学年の頃とかには、普通に友達はいた。向こう側からどう思われていたのかは確かめる術がないので、本当に友達だったのかと問われたら返答に困るが。

 数としては大して多くもなかったし、幼稚園や小学校の外で遊ぶ程でもなかったが、教室で喋ったり、多少遊んだりするくらいの仲ではあった。

 だからたぶん、友達、だったんだろう。

 いつの間にか、みんな離れてしまったが。

 顔の厳つさが目立つようになって、体がどんどんと大きくなって、小学生の高学年になった頃くらいには、すでに友達なんていなくなってしまったが。

 それは、まあ、仕方のないことだったんだろう。

 怖い奴に近づきたくないのは、普通の感性だ。

 今年に入ってからは、学校で随分とクラスメイトと言葉を交わすことが増えてしまっている。

 しかしそれは、クラスメイトと、でしかない。

 それ以外からは、変わらずに怖い奴だと思われていることの方が多い。

 今のクラスの状況は、たぶん、異常事態だ。

 

 だから、高校に進学したら、去年までと同じ状況になるだろう、たぶん。

 

 友達ね、と秋水は先程と同じ言葉を、先程とは違う色で、心の中で呟いた。

 幼い頃の友達は貴重なのだということは、聞いたことがある。

 ただそれは、自分とは縁遠い話なのだと、秋水は思ってしまうのだ。

 ああ、なるほど。

 だから祈織に心配されたのか。

 何処か他人事のように納得して、秋水は軽く頷いた。

 

「……ちゃんと分かってます?」

 

「ええ、もちろん。あ、そろそろ到着しますね」

 

「秋水くん?」

 

 祈織の言いたいことはちゃんと理解しているというのに、何故かその祈織からはまるで胡乱なものでも見るかのような疑わしい目を向けられてしまった。意味が分からない。

 友達は本当にいるべきなんですからね、そんなんじゃ将来は仕事しか生き甲斐のない大人になっちゃいますよ、とぷんすこしている祈織へ適当に相槌を打ちながらしばらく歩けば、祈織の店である質屋が見えてきた。

 窓から漏れる光が煌々としている。

 店内は明るくあるべき、と鎬が強制的に店内の蛍光灯をLEDランプへ変更したので、周りと比べても明るさは一際だ。

 

「なんだか秋水くんって、色々心配になるような子ですよね……」

 

「ご心配いただきありがとうございます。さ、着きましたね」

 

「秋水くんって不思議系って言われません?」

 

 随分と心配してくる祈織の言葉を背に受けながら、質屋の店内を窓越しに秋水は確認した。

 明るい店内には、鎬がいた。

 スマホでどこかと電話をしながら、カウンターに置いたノートPCをかたかた叩いている。海外との取引のあれこれだろうか。現状においては秋水が全く役に立てないお仕事内容である。

 

「うー、鎬さん、めっちゃ仕事してるぅ……」

 

 罪悪感がぁ、と同じく窓越しに店内を確認した祈織が、何故か渋い表情で呻いた。

 そう言えば、鎬のスパルタレッスンから脱走中だったな、この人。

 

「鎬さんばっかり頑張らせちゃ駄目だよなぁ……うー、私が店長、私が店長……」

 

 渋い表情のまま、自己暗示を掛けるようにして祈織が何度か呟く。

 まあ、鎬自身は別に無理して頑張っているというわけではなく、働くのが好きだから働いているという、ただのおかしな女である。仕事がオフになった途端に酒を飲んで惰眠を貪るとかいう不健康極まりない生活スタイルを考えるに、むしろ仕事をしているときの方が元気で健康的な可能性だってある。

 思う存分コキ使ってやって良いんじゃないでしょうか、という言葉が喉元まで出かかっていたのをどうにか飲み込みつつ、秋水はがさりと買い物袋を軽く持ち上げて確認する。

 コンビニで祈織の買った夕飯達。

 量としては、だいたい2名分。

 良い店長してると思うけどな、と秋水は口元だけで小さく笑う。

 

「それでは栗形さん、私はこれで」

 

 持った買い物袋をすっと祈織に差し出すと、振り返った祈織はぱちくりと目を瞬かせた後、慌てて秋水から買い物袋を受け取った。

 表情は、何故か不思議そうな感じである。

 

「あ、あれ? 寄っていかないんですか? 鎬さん、凄い喜ぶと思いますよ?」

 

「ああ、捕まったら厄介なので、今日は逃げさせて頂きますね」

 

「ドライなおとう……甥御さんだぁ」

 

 どうやら送ったついでに、鎬の顔も見ていくと思われていたようである。

 とんでもない。ただの面倒事じゃないか。

 今日はこれから晩ご飯を食べて、少し寝てから、楽しい楽しいダンジョンアタックが待っているのである。

 しかも、新種のモンスター攻略という、最高に楽しい時間だ。

 一撃で屠れる角ウサギよりも強く、やる気のないスライムよりも攻撃的な、棍棒振り回しながら二足歩行する犬とかいう愉快なモンスターである。

 ああ、とりあえず犬人間とかいう適当な呼び方をさせてもらっているが、モンスター的な種族は何かを調べておいた方が良いかもしれない。名前を調べたついでに、特性とかが分かるかもしれない。カレー屋で料理を待っている間に、ざっくり調べてみようか。

 そんな少し考えただけでもワクワクするような、ダンジョンアタックが待っているのだ。ここで鎬に捕まってしまったら、盛大なるタイムロスじゃないか。今日はジムに行く時間を削ってでも犬人間を血祭りに上げる予定なんだぞ。

 表情を一切変えることなく、それでも脳内では随分と物騒なことを考えている秋水を見上げ、わりと冷めた関係なんだなぁ、と零していた祈織が、ふと、なにか気がついたかのような顔になる。

 

「あれ、これって私だけ秋水君に会って、しかも送ってもらったってバレたら、鎬さんにすんごい嫉妬されるんじゃ……」

 

「そうかもしれませんね」

 

「愛されてる自覚あるのにドライだなぁ……最近の親戚関係ってこんな感じなのかな?」

 

「ちなみに、バレてますよ」

 

「へ?」

 

 ばっと祈織が店内を覗き見る。

 鎬は、未だにカウンターで作業に没頭しているようであった。

 スマホでどこかに電話しながらも、その視線は変わらずノートPCへ釘付けである。

 その様子を確認してから、ほっとしたように祈織は胸を撫で下ろした。もしかしなくてもあの叔母、祈織にビビられているんじゃなかろうか。

 

「……いや、鎬さんはまだ気がついてないっぽいですよ。ほら秋水くん、帰るなら今がチャンスです」

 

「そうだと良いですね。それでは栗形さん、おやすみなさいませ。良い夜を」

 

「おお、エモい挨拶。秋水くんも、良い夜を!」

 

 帰宅を促す祈織に苦笑を返しつつ、秋水はぺこりと一礼をする。

 それから、秋水は店内にいる鎬に向け、大きく2度程手を振った。

 

「鎬姉さんも、帰ったらさっさと寝ろよ」

 

「うぇ!?」

 

「それでは、これにて失礼を」

 

 店外から店内へ、窓越しでしかないにも拘らず、秋水は鎬にも挨拶を送った後に祈織に背を向けるようにしてくるりと踵を返した。

 端からすれば意味不明なその挨拶に、びくりと祈織は肩を震わせてから、そろりと再び店内の方へと、今度は目線だけを向けて鎬の様子を確認した。

 鎬は変わらず、ノートPCへ顔を向けている。顔は上げていない。

 そして、スマホでお電話なのも継続中で変わりがない。

 

 ただ、こちらへ向け、鎬は片手をふりふりと振っていた。

 

 

 





 まあ、書いてる作者本人は子供の頃の友達なんて現在1人も居ませんけどね!

 ……(´Д⊂グスン
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