ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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145『なんちゃって棒術(バール)』

 棒術。

 文字通り、棒を使って戦う武術のことである。

 顔付きこそ反社会的活動に勤しんでいる凶悪犯みたいな秋水ではあるが、その実は喧嘩などしたこともない善良なるただの一般市民だ。

 当然ながら、棒術なんて習ったことなどない。

 なら、棒での戦い方をまるで知らないかと問われたら、それは否である。

 秋水だって男の子。

 子供の頃は、いや今も子供なのだが、もっと幼かった頃には、正義のヒーローが怪人を倒す、そんな特撮ヒーローものを見ていたのだ。

 もっとも、のめり込んで熱中していたわけではなく、何となくぼんやり眺め、かっこいいなー、程度にしか思っていなかったのだが。昔から冷めた少年だとは言われていた。

 その特撮ヒーローで、確か、棒を武器として戦っていたヒーローがいたのだ。

 

「こんな感じだったか……?」

 

 朧気な記憶を確かに、秋水は巨大バールを構えた。

 剣やバットのように端を持つのではなく、中央辺りを持ち、両端を打撃で使えるようにする。

 コボルトが警戒するように、じわり、と僅かに下がった。

 後退するのか。角ウサギよりもよっぽど賢いじゃないか。

 やはり、コボルトには知性がある。

 角ウサギのようにワンパターンな攻撃を強行するのではなく、その場その場に応じて対応を変えていく知性がある。

 ひりつくような感覚がする。

 これは、堪らない。

 にぃ、と秋水は笑いながら、ゆっくりと一歩を踏み出す。

 

『グゥゥ……』

 

「吠える以外もできんのかお前」

 

 コボルトは唸りながらも、左へと足を運ぶ。

 それを追うようにしながら、秋水も自然と同じ方向へと動こうとして、自分の立ち位置をはたと思い出す。

 

「って、なんだよワンちゃん、スライムの近くで戦いたいのか? やーだよ」

 

 更に前に足を出した。

 コボルトが向かおうとしているその先には、スライムがいる。

 わざわざ罠の近くで戦う義理はない。

 たったのその一歩で、誘いに乗らないと判断したのか、コボルトが膝を曲げ、体を沈み込ませた。

 同じく、秋水も腰を落とす。

 棒術ごっこは見様見真似、どころか小さい頃のあやふやな記憶が頼り。

 練習している暇もナシで、いきなりの実戦投入だ。

 これはこれで、面白い。

 

「いくぜぶっつけ大本番っ!」

 

『グワゥ!』

 

 そして、ほとんど同時に地面を蹴った。

 コボルトは棍棒を横に構えている。上段振り下ろし以外の選択肢もあるのか。

 接近。

 先に動いたのはコボルトだ。

 お互いに着地して踏み込むというのを待つことなく、体が空中であるにも関わらずに棍棒を横凪ぎにぶん回してきた。

 それは、カンッ、と音を立て、巨大バールで防がれ弾かれる。

 踏み込みなしで殴ってきたのは若干の予想外ではあったものの、空中で放たれる一撃など、体重も乗らないし振りも遅いしで大した威力になりはしない。巨大バールを縦に構え、コボルトの棍棒は軽く防ぐ。

 着地。

 今度はこちらの番だと、秋水はくるりと巨大バールを半回転させ。

 

 さらにコボルトが、地面を蹴った。

 

「ぐおっ!?」

 

 棍棒を弾いて隙ができたはずのコボルトが、その棍棒を引き戻すこともなしに突っ込んできた。

 秋水に向かって、体ごと突っ込んできたのだ。

 体当たり。

 そりゃそうだ、角ウサギの専売特許じゃないもんな。

 モロにその体当たりを受けて、秋水は思わず後ろへと体勢が崩れかける。

 

『グオオオッ!!』

 

 そして、棍棒を振り上げたコボルトが見えた。

 ぐらりときた秋水は倒れないように即座に踏ん張り、振り下ろされる棍棒の軌道線上に巨大バールを割り込ませて。

 

 ガンッ、と今度は重量の乗ったナイスな一撃を、巨大バールで受け止める。

 

 防げた。

 しかし、棍棒は弾かれず、まるで鍔迫り合いかの如くコボルトがそのまま棍棒を押し込んでくる。

 

「わ、り、と、パワー、プレイが、お好きな、よーだなテメェ!」

 

 体勢を崩しかけている秋水をそのまま張り倒そうとでもしているのか、ぐいぐいと棍棒で押し込んでくるコボルトを巨大バールで受け止め、秋水はさらに踏ん張る。

 たぶんこれは、転んだら馬乗りになってボコボコにされる未来しか見えない。良い趣味してるじゃないか馬鹿犬が。

 タックルでそのまま押し倒されなかったのは不幸中の幸いか。60㎝はある体格差と、それによる重量差で持ち堪えたようなものだ。

 そして、体勢を崩しかけている今の状態で鍔迫り合いが拮抗できているのは、やはりコボルトとの体格差だろう。

 なるほどつまり、コボルトがもう少し身長が高くて重量があったら、今のは普通にヤバい流れだったのか。

 本当に、コボルトとの戦いは、勉強になるな。

 凶悪な笑みを浮かべたまま、ふ、と秋水は踏ん張って押し返していた力を一瞬抜いた。

 

「確かこうっ!」

 

『ワゥッ!?』

 

 そして、ぐるりと巨大バールを半回転。

 それにより、巨大バールに押しつけていたコボルトの棍棒が、行き場を失い、今度は逆にコボルトの姿勢が思い切り崩れてしまう。

 そうそう、記憶の中のヒーローは、確かこんな戦い方をしていたな。

 

「そっちがパワープレイなら! こっちは! テクニック! ってな!」

 

 軽口混じりの掛け声と共に、そのまま4連撃を叩き込む。

 L字側でまず首を。

 切り返して平側で脇腹を。

 さらに切り返してL字側で横っ面。

 そこから振り抜いて、巨大バールを風車の羽根の如くぶん回し、再びL字側で再度横っ面を引っ叩く。

 さらに殴ろうかとも思ったが、ちょっと休憩。休憩ついでに脇腹に向けて思いっきり回し蹴りを入れてやる。

 

『グバッ!』

 

「つー、連続で回すとやっぱ重いな。おらよっ!」

 

『ギャッ!?』

 

 左右で切り返して攻撃を叩き込んだものの、やはり鋼のバールは重量がしっかりあり、小回りを利かせるには不利だ。遠心力が馬鹿にならない。特撮ヒーローのように華麗に素早く攻撃を入れるのは、身体強化があったところで無理そうだ。

 あれはフィクションだと言われたらそれまでなのだが、鋼鉄のシャフトを流れるようにぶん回していたあのヒーローは、流石ヒーローだと思えてしまう。

 まあ、そんなヒーローのように格好良くは戦えないが、泥臭くは戦える。

 秋水は再び巨大バールを構え、今度はそのままコボルトを突き飛ばした。

 どすりとL字の頭が胸に叩き込まれ、ただでさえ体勢が崩れきっていたコボルトは堪らず地面に転がった。

 チャンス到来。

 即座に秋水は巨大バールを振りかぶった。

 

「よっこらしょーいちっ!」

 

 反撃の隙を与えることなく、巨大バールを振り下ろす。

 平形を下に。

 突き刺すように。

 真っ直ぐ突き下ろされた巨大バールは、地面に倒れたばかりのコボルトの体を強かに叩く。

 突き刺さりはしない。

 残念。

 

「硬いな!」

 

『ギャンッ』

 

「お前の!」

 

『ギャッ』

 

「毛皮はよぉ!!」

 

『ギュッ!?』

 

 ドス、ドス、ドス、と追加で3連続、全力で突っ突いた。

 巨大バール、刺し殺すつもりで、つんつんつん。

 刺さらない。

 この野郎。

 やはり角ウサギと比べてタフだなコイツ、と思ったところで、コボルトが距離を取るようにごろりと岩肌の地面の上を転がって逃げる。

 4発目を突きだしてやろうと振り上げていた巨大バールの握り方を、即座に変更。

 突き下ろそうとしていた平側の先の辺りを、しっかりと両手で握る。

 さらにごろりとコボルトが転がり、跳ね起きるかのようにして素早く体を起こした。

 起こしたのと、秋水が踏み込んだのは、どちらが先だったか。

 もしくは同時だっただろうか。

 

「バイバイグッバイっ!!」

 

 起こした体のその頭目掛け、思いっきり巨大バールを振り下ろす。

 L字側の尖った先端が、綺麗に、コボルトの頭に突き刺さった。

 刺さった。

 ゴリュッ、と鈍い音に生々しい感触。

 重量のある鈍器は、犬の頭を突き刺した程度では止まらず、無理矢理土下座でもさせるかのようにコボルトの頭を地面に叩きつける。

 グチャ、と潰れてはいけない肉のナニカが潰れるような音が響き、ぼわっ、と血飛沫かのように光の粒子が舞い広がった。

 

 秋水の口元が歪む。

 

 楽しそうに歪む。

 

 巨大バールを振り下ろした体勢のまま1秒待つ。2秒待つ。3秒。

 叩き割ったその顔面から、光の粒子、魔素が一気に溢れ出る。

 死亡演出。

 それを確認してから、ふぅぅ、と秋水は息を長く吐き出しながら、巨大バールから手を離す。

 よし。

 よし、よし。

 よしよしよしよし。

 ぶっ、殺せた。

 

 

 

「よ……しゃああああああああっ!!!」

 

 

 

 吠えた。

 今度はちゃんと殺せた。

 間違いなく自分の手でぶち殺せた。

 横取りもされることなく、確かに殺がしてやった。

 コボルト、殺れるぞ。

 両手を握り締めて、秋水はガッツポーズを決めた。無意識である。

 堪らず吠えてから、おっと、と秋水はすぐに正気に戻った。

 いけないけない、魔素がダダ漏れ。

 慌てて秋水は左手のライディンググローブを脱ぎ、手の平をコボルト、の死骸に向けた。

 

「うっし、回収」

 

 左手に集めた魔力へ色をつけ、コボルトから噴き出した魔素を一気に吸引する。

 魔素を吸収する、独特な心地よい感覚。

 コボルトを討伐した達成感と合わさって、最高の気分だ。

 

 ああ、生きてる。

 

 生きてる気分だ。

 

 ふ、ふふ、と秋水は思わず小さく笑ってしまう。

 スライムに横取りされた借りを、今日中に返してやった。

 リベンジ成功だ。

 胸のモヤモヤが晴れた感じである。

 いや、正直なところ、ボスウサギと比べたら大したことはなかった。

 それは確かに、角ウサギの比較したら速度と一撃必殺の威力は劣っているものの、頑丈さや攻撃の多彩さでは明らかにコボルトの方が上回っていた。しかし、2体とか3体とか、複数体で襲いかかってきていた角ウサギとの戦闘を考えれば、コボルト1体の方がまだ戦い易かった。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 新しい戦い。

 未知のモンスター。

 殺しにかかってくるのを、殺す気で返す。

 最高だ。

 

「ふ、んんっ……ふふ」

 

 笑い止まらず。

 勝利に浮かれているな、と秋水は落ち着くために大きく深呼吸を行う。

 3回程、息を吸って吐いてを繰り返す。

 冷静になったか。

 いや無理。

 今でなお小躍りしたい気分は継続中だ。浮かれている。

 いやしかし、結構ボコボコに殴ったな。

 浮かれつつも、秋水は今回の戦いを軽く振り返る。

 

 棒術もどきで、コボルトを何度殴って突いただろうか。

 

 思い出しながら数を数える。

 何回だっただろうか。結構ボコボコにした。

 短く持って構えるよりも小回りが利くようになったが、遠心力最大活用のフルスイングに比べてしまうと、やはり一撃一撃の威力は大きく下がってしまうようだ。

 もしくは、コボルトの耐久力がだいぶ高いか、だろう。

 ふーむ、と魔素を吸収しつつも秋水は鼻を鳴らして考える。現実的なことを考えると、やはり浮かれ気分は落ち着くな。

 

「こりゃ、取り囲まれたら一苦労だな」

 

 左手で頬を掻こうとして、絶賛魔素をお取り込み中なのに気がついて、地面に突き刺すようにしてガツリとバールを右手で突き立てる。流石に岩肌相手に刺さりはしなかった。

 とりあえず、コボルト1体ならば、相手をするのに特に問題はない。

 60%の身体強化込みならば、コボルトと比較してもフィジカル的には十分に勝っているのは感覚として分かる。

 たぶんだが、30%程度の身体強化でも撲殺すること自体はできるだろう。逆に考えると、素の身体能力ではコボルトの方が上回っているということなので、そちらの方が正直驚きだ。

 

「俺のトレーニングもまだまだってことか」

 

 んなわけない。

 これだけの体格差があるにも関わらず、身体強化なしではフィジカル負けをしているとか、やはり筋トレエンジョイ勢の自分は未熟なのだと秋水は痛感した。比較対象がすでにヒューマンじゃないのだが、そこはいいのだろうか。

 ふー、と細長く息を吐く。

 それはさておき。

 素の状態はともかくとして、身体強化を使えばフィジカル的な能力は全てにおいて勝っていると言って良いだろう。

 そして、装備で言えば、秋水の方が明らかに上質だ。

 コボルトの棍棒は、恐らく木製。

 いや、現状で魔素を放出してどんどんと薄くなっているコボルトと共に透明になってきているのを見るに、棍棒も魔素の塊だと思われるので、正確には木製ではないのだろうが、とりあえず木製らしき代物だ。

 硬さとしては、バイク装備のチタンプレートで十分に防ぐことができる。プレートなしの部分であっても、インナー部分とジャケット部分で衝撃をだいぶ緩和できる。

 棍棒で殴られてヤバいのは、精々守りの薄い首の部分か、顔面を守っているフェイスシールドか、それくらいである。

 角ウサギの角突きタックル相手では、精々致命傷を重傷に落とす程度にしか役に立たなかった各種防具が、ここに来てめちゃくちゃ役に立っていた。

 一方、コボルトの防具は特にない。

 ほぼ裸である。

 18禁対策でもしているのだろうか、腰になんかの布を巻きつけてはいるものの、あれで衝撃を吸収できるとは思えない。

 どう考えても、コボルト1体相手ならば、問題が見当たらない。

 

 では、3体同時とか、4体同時だったらどうか。

 

 正直、今のままではヤバい。

 巨大バールも棒術もどきでごりごりインファイトにも対応できるが、手数が掛かる。

 1体相手に時間が掛かるとなると、複数体相手はだいぶ手間取るだろう。

 角ウサギのように攻撃一辺倒かつワンパターンなのとは、だいぶ難易度が違うだろう。

 複数だと取り囲んでくる可能性は高い。

 1体を殴っている間に、背後から叩かれるのは勘弁だ。

 取り囲まれないよう、走り回った方が良いだろうか。疲れそうだ。そしてスライムが邪魔すぎる。

 ならば壁を背後に戦った方が良いだろうか。バールが振り回しづらくなるな。

 

「今以上のパワーアップとなると、やっぱ身体強化の強化倍率引き上げかなぁ」

 

 まずは1体相手に戦い慣れて、その間に魔素を吸収していくのが1番だろうか。

 魔素を吸収していけば、身体強化の強化倍率は徐々に上がっていくだろうので、そうなれば1撃の威力も高くなる。

 1撃の威力が高くなれば、殺すまでの手数も減って、1体に掛かる時間も減るだろう。

 なんとも単純かつ脳筋なパワープレイだ。

 うーん、と秋水は軽く唸った。

 コボルトにパワープレイがと言った手前、こちらの攻略法もパワープレイになりそうだ。口にした言葉がブーメランで頭に突き刺さってきた気分である。

 

「っと、コボルトはちょっと長めなんだな」

 

 少し悲しい気分になっていると、ようやくコボルトの体が半分程透明になっていた。

 角ウサギより死亡演出が長い、ような気がする。

 魔素が多いのだろうか。

 自然に吐き出しているのを回収するのではなく、強引に吸い取る方法も考えた方が良いかもしれない。

 時間も有限だからなぁ、と考えていれば、コボルトの体はさらに薄くなる。

 そろそろ終わりのようだ。

 

「じゃあ、次の部屋に行くかな」

 

 ついには魔素の排出がなくなったのを確認してから、回収の魔法をオフにする。

 とりあえず、複数戦のことを考えるのは後回しだ。

 今日はとにかくコボルトとの単体戦を繰り返すとしようじゃないか、と気を取り直して秋水は伸びをして。

 

 

 

 しゃらん、と小さな音がした。

 

 

 

「あ?」

 

 視線を戻せば、コボルトは消えていた。

 代わりに、白銀に輝く綺麗な何かが転がっている。

 ああ、ドロップアイテムか。

 そう思ってから秋水は白銀のそれに近づいて、拾うためにしゃがみ込む。

 

「あれ?」

 

 しゃがんで、見て、気がつく。

 角ウサギが落とす、アンクレットではない。

 白銀の輝きは変わらないものの、別物だ。

 

「えーっと」

 

 秋水はそれをひょいと拾い上げ、天井の光に照らすようにして顔の上へと掲げてみせた。

 しゃらり、と持ち上げたそれは、柔らかく揺れ動き、光を綺麗に反射する。

 

「……鎖?」

 

 それはアンクレットではなく、細いリングが連なった、シルバーチェーンであった。

 

 

 





【ネタバレ】

 ネックレスだよ(・ω・`)
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