「鎖にしちゃ細いな。これも装飾品のなんかか?」
拾い上げたシルバーチェーンを、天井に翳したままぷらぷら揺らし、秋水は軽く首を傾げた。
コボルトが死亡演出の後に消え、その代わりに出現したこれは、恐らく白銀のアンクレットと同じくドロップアイテムなのであろう。
うーん、と思案顔になり、秋水はゆっくりと立ち上がる。
「腕に巻くには、長いか」
垂れ下げたシルバーチェーンを試しに手首に巻き付けてみるが、随分と余る。2周くらいは回せそうだ。
これでも人より手首は太い方なんだけどな、と思いつつ、秋水はジェットヘルメットのバイザーを上げてまじまじとシルバーチェーンを観察する。
白銀だ。
たぶんだが、角ウサギが落とすアンクレットと同じ金属、だと思う。厳密には違う可能性があるので断言はできないが。
「ってことは、未知の元素……」
思い出して、ちょっとげんなりする。
ここはダンジョン。
不思議なことが平然と起こる未知の世界。
そしてしれっと紛れ込む未知の元素。
それがどれだけヤバいことなのか、秋水の頭では完全に理解できているわけではないのだが、とんでもない大ニュースなのだろうなというのは流石に分かる。
たぶん、このシルバーチェーンもヤバい品なんだろうなぁ、と秋水は遠い目になった。
どうしよう。
白銀のアンクレットは質屋 『栗形』 でどうにか売れるようになったが、ここに来て新商品ですと出すのもちょっとな、という感じだ。
「うーん……」
改めてシルバーチェーンを見る。
長さは、どうだろう、60㎝くらいだろうか。もう少し長いかもしれない。
楕円の金属が連なっているそれは、白銀のアンクレットと同じく飾りっ気などまるでなく、ただただシンプルな、悪い言い方をするならば安っぽそうな細い鎖だ。
片端は他の楕円パーツの倍程に大きい円形。その反対になる端は、なんと言えばいいのか、丸っぽい止め金具のそれである。正式名称が分からない。
まあ、要するに、ただのチェーンだ。
細長い、耐久性に不安がありそうなチェーンである。
「これってあれか、財布とかスマホとか落とさないように付けるやつか?」
いわゆる、落下防止ストラップ、というやつだろうか。
秋水のお気に入りの店である 『働く男』 で似たような商品を見かけるので、それかぁ、と秋水は独りで納得しながらそのシルバーチェーンの両手で握る。
右手で片端、左手で反対の端。
「ういしょっと」
そして、軽い掛け声と共に、全く軽くない力でチェーンを引き千切るように思いっきり引っ張った。
キッ、と掠れる音がする。
秋水の眼前を横切るように、ぴん、とシルバーチェーンが引き伸ばされる。
伸ばされただけで、千切れなかった。
「ほーん、強いなこれ」
力を入れるのを止め、秋水は感嘆の声を上げる。
見た目安っぽく、100円ショップでも買えてしまいそうな造りであるにも関わらず、秋水の引っ張りにも耐えきった。普通の人よりは筋力があると自負している秋水の馬鹿力を、である。
スマホの落下防止ストラップと言うよりは、もっと重いもの、例えばハンマーやバールなどの工具の落下を防止するためのそれに近い強度なのかもしれない。
ふーん、と軽く鼻を鳴らしつつ、魔素を吸収するために外していたライディンググローブを左手に装着してから、改めて秋水は両手でシルバーチェーンの両端を持つ。
今度はただ握るだけではなく、手に1周巻き付けてしっかりと握り締める。
ふぅ、と軽く息を吐く。
「身体強化、60%」
そして、身体強化の魔法を発動させた。
「ブースト」
さらには、腕と背中に部分強化まで掛け、奥の手である身体強化の重ね掛けまで発動させた。
大人げない。
いや、秋水は子供である。
「……ふんぬっ!!」
そのままシルバーチェーンを左右に思いっきり引っ張った。
全力である。
唸れ大円筋。
あれ、左右に引っ張るときにメインで使われる筋肉は大円筋で良かっただろうか。背中の筋肉を意識してみると、なんだか広背筋にも効いている感じがする。いやこれ筋トレじゃなかった。
上半身の力だけとはいえ、全力でシルバーチェーンを引き千切りに掛かる。
キィ、とシルバーチェーンからは悲鳴のような掠れた音がした。
千切れない。
チェーンは、秋水の胸の前でぴんと張った状態であり、千切れることなく耐えていた。
硬い。
強い。
なんだこの金属。
これ以上引っ張っても無駄だなと悟った秋水は、身体強化をオフにして力を抜き、大きく溜息のように息を吐き出す。
なるほど、流石はダンジョン産の摩訶不思議アイテム。柔な見た目のわりに、とんでもない強度である。
「なんか使えそうだなお前」
売るのはちょっと待つにしても、なんとなく活用できそうな鎖だ。
これはなかなか優良なドロップアイテムなんじゃなかろうか。
そう思いながら秋水はほくほく顔でシルバーチェーンを握り締めた。
まあ、具体的な活用法は、特に思いつかないのだが。
3部屋目にも、コボルトが待ち構えていた。
ついでにスライムも8体程、変わらずにぽよぽよとゆっくり震えていた。
コボルトは1体。
廊下から部屋を覗き込んでいるときには秋水の存在に気がつくことなく、暇そうに歩いている。
やはり地下3階のメインターゲットは、スライムではなくコボルトのようである。
このまま何部屋かは角ウサギと同じく、1体ずつ待機している部屋があって、途中から複数戦闘になるのだろう。
そういうパターンなのかなと思いつつ、秋水は入口の前でリュックを降ろす。
ついでに、巨大バールも壁に立て掛ける。
「初手がこっちも久しぶりな感じだな」
そう言って、秋水は腰ベルトからバールを2本引き抜いた。
通常のバール、2刀流だ。
基本的には距離をひたすら詰めてくる戦闘スタイルと思われるコボルト相手には、巨大バールのように小回りが利かず、懐に潜り込まれたら不利な武器は相性が悪そうだ。
無論、近づかれる前に殴り殺したり、距離を一定に保ちながら戦ったり、それこそなんちゃってバール棒術のような戦い方をするなど、対策がないわけではない。問題点は多少あるが、コボルト1体相手だったらなんちゃってバール棒術でも十分に勝てる。
のであれば、余裕があるうちに次は違う手段の模索が必要だ。
秋水はバールのL字、短い部分を逆手に握る。
「バールトンファー、ってな」
言葉通り、まるでトンファーのようにバールを構えてから、秋水はヘルメットのバイザーを下ろす。
距離を取ってカウンターが必勝法であった角ウサギ相手では使いどころがなかったが、バールのその見た目から、いつかは試してみたいとは思っていた戦い方である。
さて、と秋水は改めて顔を上げてコボルトを見る。
「一戦、お相手願おうじゃねぇか」
「よし、使えねぇ!」
そしてコボルトをキャメルクラッチでエビ反りにひん曲げてぶち殺してから、秋水はバールトンファーは使えないと結論付けた。
数発殴られてしまった脇腹をさすりながら、よっこらせ、と秋水は腹這いに横たわっているコボルトの尻の上から立ち上がり、近場に転がっていたバールを2本とも拾い上げる。
「うーん、良い戦法だと思ったんだけどなぁ」
拾ったバールを腰ベルトに差し込んでから、思案顔のままに左手のライディンググローブを脱ぎ、コボルトが吐き出している魔素を回収の魔法で吸収し始める。
魔素を吸い込んでいく心地良さに少しだけ頬を緩ませながら、秋水は腰ベルトに刺さったバールを右手で触る。
少なくとも、バールはトンファーではなかった。やはりバールはバールである。
格闘技などの知識がまるでない秋水の薄らぼんやりした認識では、トンファーというのはくるくる回しながら攻撃に転じたり防御に転じたりできる、そんな万能な武器であるイメージが強い。
なので、バールでもL字の部分を握ったまま、長い方を肘に当てたり拳の前に出したりと、くるくる回してスイッチングしながら戦えば良いと思っていた。
そう、思っていたのだ。
思っていただけで、できなかったのである。
「釘抜き部分が邪魔だなこれ」
はぁ、と大きく溜息。
とりあえず、バールをトンファー代わりとして使って分かったのは、素早く回転させるのは無理、ということだ。
普通のトンファーなどのように、それ専用で設計されているならともかく、バールは所詮バールである。L字の部分の先端には、釘抜きがあるのだ。
そのL字を握った状態で回転させようと思うと、釘抜きの部分がライディンググローブの手の平部分に引っ掛かって上手く回せないという事態が発生した。
右手のライディンググローブの手の平を確認してみると、釘抜きが引っ掛かって擦れてしまった痕跡が残っている。
これ、素手だったら、手の平の肉ががっつりと削れてたんじゃなかろうか。
危ねぇ。
ちょっと怖いことを考えてしまい、秋水は口をきゅっとさせる。
実践の前に軽く確かめておくべきだった。コボルトを前にテンションが上がってしまったようだ。
馬鹿だなぁ、と秋水は呟きながら、再び溜息を1つ。
「よしっ、気を取り直して次だ次!」
「うんどらあぁっ!!」
続いて地面に倒したコボルトをチキンウィングフェイスロックで絞め殺した。
角ウサギと違って人間と同じ骨格をしているから、関節技が随分と有効だ。
コボルトの口から魔素が撒き散らされ、死亡演出が始まったことを確認してから秋水はチキンウィングフェイスロックからコボルトを解放した。
ちなみに、連続でプロレスの関節技でフィニッシュを決めているが、秋水はプロレスの知識はかなり薄い。
筋トレをしている関係上、人体の関節はどこが弱く、どこまでしか可動せず、筋肉はどこが弱いかは知識としてあるので、それっぽい関節技を繰り出しているだけで、ただの偶然である。それはそれで恐ろしいことかもしれない。
「うーん、タイマンならサブミッションでも十分行けるけど、囲まれてたらサブミッション掛けてる間に後ろからド突かれるなこりゃ」
魔素を吸収しながら、秋水は冷静に分析を行った。
コボルトは犬の面をしているものの人型である以上、関節技は有効ではあるが、複数体を相手にする場合を考えると、これは動き回れなくなることから不利である。
難しいな、と秋水は少し考えた。
「うっしゃ、こっちはやっぱ良い感じだな!」
続いての4体目は、初心に返って通常のバールを普通に使ってコボルトを撲殺した。いや、普通の使い方ではないか。
バールトンファーの時と同じく通常のバールを2刀流。
平形の方を持ち、L字の先でボコボコ殴る。実にシンプルな戦術スタイルである。
「デカい方ばっかりメインにしてたけど、こっちもやっぱ使い勝手は良いよな。ハイカーボン買えば良かったかぁ、うがー」
伸びをするように天井に向けて2本バールを掲げながら、あー、と秋水は後悔の声を上げた。
巨大バールは素材や長さが違うものに新調したが、通常のバールに関しては買い換えを行っていなかったのである。最近は巨大バールを主武装としていたので、無意識的にそちらを優先してしまったのだ。
しかし、バール2刀流も悪くない。
巨大バールによるなんちゃって棒術と同じくらい、もしくは両手それぞれ別に動かせるのでそれ以上に小回りが利く。
トンファーは攻撃と防御を切り替えながら戦えそうだとは思ったが、バール2刀流ならば切り替えをするまでもなく戦える。
左で棍棒を防ぎ、右で殴る。
右で体当たりを押し退けながら、左で抉る。
左右で連携させて戦えば良いだけの話であり、トンファーのように持ち方を切り替えて戦うとか考えなくても済むのがありがたい。こちらと武術のド素人なのだ。そしてやはり、バールトンファーは使えないというのが証明されてしまった。
秋水はうんうんと独りで大きく頷く。
左右別々に攻撃と防御を切り替えながら動かしている段階で、結構な動きをしているのだという自覚は、秋水にはなかった。
「あー、あとあれだな、こっちの曲がってる方の釘抜き、ぶっ叩く以外でも使えそうだな」
「はい危ねぇな! そらよっと!」
『ワッ!?』
横凪ぎに払われた棍棒をガンッ、と巨大バールの中央部分で受け止めてから、秋水は即座に巨大バールをぐるりと半回転させて棍棒を受け流すように弾いた。
脇腹を狙った一撃を防がれて、しかも力も流されて、コボルトの体が大きくよろける。
チャンス。
秋水は踏み込み、巨大バールをコンパクトに、しかし鋭く振るう。
斜め下から切り上げるように、L字の先端がコボルトに襲いかかる。
狙うは、その首。
『ギュワッ!?』
しかしL字の先はコボルトの体を叩かず、むしろ向こう側。踏み込みすぎだ。
が、L字であるその曲がり角に、コボルトの首が引っ掛かった。
よろけたコボルトの体が、今度は逆向きに力が掛かって中を浮く。
「にこらいっ!!」
さらに踏み込んで、秋水は巨大バールを地面に叩きつけるようにしてぶん回す。
L字の部分に首を引っ掛けたままであったコボルトの体が、地面に叩きつけられた。
『グワゥッ! ヲッッ!?』
叩きつけ方がいまいちだったのか、それとも威力が弱かったのか、地面へ強引に転ばされたコボルトは即座に身を返して起き上がろうと手を突く。
その手を、返すように、掬うように、巨大バールのL字で引っ掛けて払い飛ばす。
再びバランスを崩して倒れ込むコボルトを見下ろしながら、払った勢いで巨大バールをくるりと半回転。
「天誅じゃクソチワワちゃんがよぉっ!!」
チワワではない。
平側の釘抜き部分でコボルトの頸椎を突く、突く、突く、そして突き刺す。
比較的同じところを狙った突きが、4発目でずぶりと刺さる良い感触。
にやぁ、と笑う。
『グワゥッ!!』
突き刺さった巨大バールを無理矢理払い除けるように、コボルトが後ろ手で巨大バールを叩き、ごろりと転がるように勢いをつけて半回転。寝転んだ状態から秋水の足首を狙って棍棒を振るってきた。
「っしょい!」
だが残念。
払い除けられた反動を再び使って巨大バールを回し、その遠心力のままに今度はL字の側面でコボルトの顔面をぶん殴った。
ドッ、と鈍くて良い音。
スピード的にも小回りを利かせた巨大バールの一撃の方が早く、秋水の足首を狙ったコボルトの棍棒は狙いがそれ、太ももをばしりと叩くに留まった。
無理な体勢から、しかも狙いを逸らされた一発だ。
痛いと言えば痛いが、大したことはない。身体強化は防御力だって上がっているはずなのだ。
秋水は叩かれた太ももを気にすることなく、むしろその足でコボルトの首を思いっきり踏みつける。
そして、横っ面を引っぱたいた巨大バールのL字を地面にごりっと付けた後、コボルトの後頭部と地面との間にL字の先端を食い込ませる。
「んで、こうだな!」
そのまま巨大バールを引っ張り上げた。
コボルトの後頭部が、L字に引っ掛かった状態で、である。
『ガッ!?』
ゴギッ、と鈍い音と、鈍い感触。
首を踏みつけて押さえた状態で、無理矢理頷かせるように頭を持ち上げる。
単純だが、殺意の高い関節技だ。いや、気道を潰しているので、絞め技に近いだろうか。
短い断末魔と共に、ゴバッ、とコボルトの口から多量の魔素が噴き出した。
いつもの死亡演出だ。
「……結構イけるんじゃね、これ」
魔素を垂れ流し、ぐったりと全身の力が抜けてしまったコボルトを見下ろしながら、にやぁ、とした笑みのまま秋水は呟いた。
今まで力任せに殴っていたバールだが、なんちゃってバール棒術で小回りを利かせる術があった。
ハンマーの打撃面の如く叩きつけるという使い方ばかりであったが、L字部分のこの形状、引っ掛けたり払ったりと小技が効く。
ダンジョンアタックの初期から使用し続けているバールではあるが、ここにきて、新しい可能性を見出してしまった。
ちょいと中途半端ですがここで切り(;´Д`)スマヌ
適当にバール棒術とか書いてみましたが、結構語呂が良くて気に入ってしまった(*'ω'*)