「引っ掛けながら、こうか?」
ぶん、とスライムしかいなくなってしまった部屋で、秋水は巨大バールをフルスイングしていた。
それは何に当たるわけでもなく、ぶおん、と風を切って空振りである。
秋水の後方、少し遠方にはスライムが1体暢気にぽよんぽよんとしているものの、そこまで届く距離でもなければ方向は完全に明後日の方向だ。
「もうちょい寝かせながら振った方が良いか? こんな感じ?」
さらに秋水は巨大バールを振るった。
その巨大バールの先、L字の部分には、何故かタオル。
バタバタと風を切り、旗振りかのようにタオルが棚引く。特に固定していないにも関わらず、タオルは巨大バールのL字に引っ掛かっている。
「よいしょっと……うおっと!?」
振るったバールをぐるりと1回転、風車の羽根の如く大振りでぶん回す。
すると、丁度秋水の真後ろで、はらり、と巨大バールからタオルが外れてしまい宙を舞う。
前方に戻ったバールの先端にタオルがないことに気がついて、秋水は慌てて後ろを振り返る。
空を舞うタオル。
その向こうで、ぷよぷよしてるスライム。
「やべ」
安物かつ使い古しかつ大して思い入れもないただのタオルだが、スライムに食われるのはちょっと勘弁だ。
即座に体を捻って反転し、秋水はタオルに向かって大きく踏み込む。
そして捻った力を上半身に伝え、巨大バールを横一線。腹斜筋が唸りを上げる。
「そぉいっ!」
ぼすっと、巨大バールがタオルを叩いた。
叩きながら、L字のその曲がり角にタオルを引っ掛け、その僅かな手応えを感じた瞬間にバールを引っ張り寄せる。
引っ掛かっていたタオルが、それに釣られて秋水の方へと軌道変更。
「お?」
急いでタオルを引き寄せようと巨大バールを振るったが、意外と上手く引っ掛けられた。
引き戻したバールの中央を片手で掴み、その中央部分を支点にしてくるっと巨大バールを回してから、平側の先端を地面に突き刺すようにガツリと下ろす。
L字の先には、タオルが絡み付いていた。
「なるほど、今みたいな感じか」
巨大バールからタオルをとり、秋水は感じた手応えに独りで頷いた。
ダンジョンアタックの初期から使用しているバール類だが、どうやらまだまだ武器としての可能性を秘めているようだ。
基本的にはずっと殴りつける鉄の棒、平たく言えばただの鈍器として使用し続けていたのだが、もう少し小技を効かせながら戦えそうである。
特にバールの曲がった部分、L字のところ。
今までは主にL字の先端を突き刺すように殴りつけ、打撃の威力を増すためのパーツとしか認識していなかった。
トンファーみたいに使おうと、そのL字部分を握ってみたら、形状的にトンファー代わりにはできないな、と判断した。
だが、コボルトと戦ってみて、これ引っ掛けるのに使えるな、と今更ながらに気がついたのだ。
実に今更。
角ウサギを相手にしているときは、そんな小技を利かせる余裕もなく、一撃必殺 VS カウンター、と戦いの流れが決まっていたので、どうにも気がつく余裕がなかったみたいである。
いや、何度か偶発的にL字に引っ掛けて角ウサギを投げ飛ばしたことはあるが、そんなに意識的に行っていたわけでもなかったのだ。
「これで転ばせたり、棍棒弾いたりができそうだな。お前、便利だなぁ」
ぶんぶん、と何度か巨大バールを棒術の如く回してから、秋水は再び大きく頷いた。
殴るだけではない。
L字で引っ掛けることができる。
ただそれだけと侮る勿れ。
打撃しかできない武器と、物を掛けて引っ張ることもできるという武器では、やれることの範囲が大きく違う。
やれることの範囲は、イコールで戦術の幅だ。
相手の足や頭を引っ掛けて、強引に転ばせることができれば、それだけで相手の隙を作ることが出来るし、武器を引っ掛けて奪うことができたらな、それだけで相手の攻撃手段を大幅に減らすことができる。
複数のコボルトと戦うときは、こういう小技を駆使する必要がありそうだ。
もちろん、一撃でぶっ殺せるだけの力を得るのが一番の近道ではあるが。
自分もまだまだだなぁ、と思いつつ、秋水は足下に置いていたペットボトルを手に取って、中のポーションを一口飲む。
「もうちょい試してみっかな」
きゅっとペットボトルのフタを閉めてから、部屋の出口へと秋水は顔を向けた。
「なるほど、実践で試せっていうお告げかなにかか?」
7部屋目。
そこをちらりと覗いた秋水は、半笑いで呟いた。
通路を50m程てくてく歩き、辿り着いた次の部屋には当然のようにスライムが8体程疎らに存在している。もはやモンスターではなく、単なる触りたくないトラップとしての認識だ。
そして、コボルトもいる。
1体。
2体。
3体。
コボルトは、3体いた。
全員同じくらいの背丈であり、腰に巻いている布切れも持っている棍棒も同一のものに見える。個性というのはないのだろうか。
スライムと同じく、その位置は疎らだ。
肩に担いだ巨大バールを握る手に、思わず力が入る。
早くも複数戦の開幕ということか。
今日の今日に初遭遇して、そして複数戦まで解禁とか、大盤振る舞いも良いところじゃなかろうか。もしかして今日はラッキーデーなのか。
体調は万全だ。
装備も破損もなくここまで来られている。
これはもう、行けという感じじゃないか。
コボルトが複数で襲いかかってくる場合というのは、ほとんど最初から想定していた。
そして、今正に想定していた通りの光景が目の前だ。
いいね。
最高だ。
正直なところ、まだコボルトとの戦い方は確立できていない。
角ウサギのようにその一撃が致命傷にならないだけで、わりと何度も棍棒で殴られながら戦っている状況だ。バイク装備様々である。
この状況で、3体相手はだいぶ早い。
早い、だが、それがいい。
「……ふ」
思わず笑いが口からこぼれ落ちた。
首筋に、ピリッとした感覚がする。
いいじゃないか、この感じ。
秋水は一方的な虐殺がしたいのではない。
殺し合いが、したいのだ。
コボルトが3体相手とか、最高の殺し合いができそうじゃないか。
ヤバさはスリルの源だ。
胸が高鳴ってきたのを感じつつ、秋水はジェットヘルメットのバイザーをゆっくり下ろす。
今日は日曜日。
夜はまだまだこれからな時間。
明日は学校があるものの、セーフエリアでの睡眠時間短縮効果を考えたら、ダンジョンアタックにかけられる時間は結構なもので。
学校。
漏れた笑いが、ぴたりと止まった。
ああ、そうか。
学校だな、明日は。
「…………」
黙ったまま、そしてヘルメットのバイザーに手を掛けたまま、秋水は数秒程沈黙する。
学校か。
苦手だな。
学校に対する秋水の印象というのは、未だにその状態である。
正直に言えば、学校になんて行かず、ジムで筋トレをしていたり、それこそダンジョンで暴れているのを続けていたいぐらいだ。
ああ、でも、中学は卒業しないとな。
高校には進学すると、鎬に対して言ってしまっているしな。
そう言えば、あと1週間と少しで、学年末試験があるな。
下ろしたヘルメットのバイザーを、秋水はゆっくりと上げた。
「ま、焦る必要はないか」
ふー、と秋水は上を向きながら溜息のように細く長く息を吹き出す。天井の岩が眩しい。
よし、止めだ。
コボルトが3体、お出迎えで待ち構えているのは見えるが、今日の挑戦は止めておこう。
そもそも、この3日間、ダンジョン攻略はゴリゴリに進んだ。
ボスウサギの再討伐を果たした。
地下3階に足を踏み入れた。
スライムを発見した。
コボルトを発見した。
コボルトと戦うことができた。
スライムの倒し方はまだ全く見当も付かないが、今のところはトラップ扱いである。
良い休日だったじゃないか。
明日は学校だ。
苦手な学校だ。
複数相手のコボルト戦を、今日やってしまうのは、少々勿体ないかもしれない。
苦手な学校を頑張ってやり過ごし、そんな自分へのご褒美としてコボルト3体の複数戦を解禁するのが一番アリではなかろうか。
それは、最高にストレス発散できそうだ。
「金曜日くらいまで、しっかり基礎を鍛えようかね」
おいおい、冷静じゃないか、と秋水は自分自身にツッコミを入れた。
複数体の角ウサギを発見したときは、喜々として殴り込みに行ったのに。ボスウサギの部屋に辿り着いたときも、テンション上がって突撃したのに。
ここで引くことを選択するとか、随分冷静じゃないか。
ふ、と秋水は小さく笑った。
「棒術もどきと、格闘戦の勉強と……ああ、あの鎖の活用法も考えないとな……」
ぶつぶつと呟きつつ、秋水は踵を返す。
とりあえず、今週のダンジョンアタックはコボルトの単体戦までだ。
続きはまた、次の週末まで取っておこうじゃないか。
ぐっ、と秋水は巨大バールを持ったまま伸びをする。
明日は学校だ。
苦手な学校だ。
でも、まあ、前よりは、嫌いではなくなっている、かもしれない。
モンスターは一度殺してからリポップするまで、時間がかかる。
およそ2時間、はかからないくらいだ。
コボルトがリポップするまで暇があり、ながら作業の如く片手間で地下2階の角ウサギを順次巨大バールで撲殺しながら1周し、再び地下3階に降りてきて2部屋目を覗いてみたら、まだコボルトはリポップしていなかった。
リュックサックに括り付けた腕時計を確認すれば、ここのコボルトを殺したのはだいたい1時間と40分程前のことである。
そろそろ100分になるか。
そう言えば、モンスターがリポップする瞬間というのは見たことないな、と秋水は唐突に思いついた。
「ちょっくら確認してみるか」
そう言いながら、秋水は部屋の前にどかりと腰を下ろした。
ついでにリュックの中を漁り、サラダチキンを1袋取り出す。安心のプレーン味である。慣れたら美味いのだ。
ちなみに、リュックサックの中には白銀のアンクレットがじゃらりと入っている。
その数、13個。
昨日もそうだが、今日も今日とて随分とドロップアイテムが落ちてきた。
体感だが、2体か3体角ウサギを血祭りに上げれば、白銀のアンクレットが1つ落とされる感じがする。3体まとめて相手をする場合、2個もアンクレットが出てきたりもしたくらいだ。
昨日は運がよかったで片付けたが、流石に何かおかしい確率である。
明らかにドロップアイテムが落ちる確率が上がっているようだ。
「ボスウサギを2回殺したのがなんか影響あったか?」
今日と昨日、そしてそれ以前を分けるとして、何らかのイベントがあったとしたら、ボスウサギの再討伐を達成したくらいだろうか。
ボスの討伐1回目で、ショートカットコースの解禁。
ボスの討伐2回目で、アイテムが落ちる確率の上昇。
そんな感じなのかもしれない。
「んー、もしくは3階に到達したからとか?」
3階に到達した。
スライムに攻撃をいれた。
よく考えたら色々可能性はあるが、3階に足を踏み入れたのはボスウサギを再討伐したのと同日だ。これでは、どちらが原因でドロップ率が上がったのかが分からない。
「ま、売れるからありがたいけどさ」
そう言いながら、秋水はサラダチキンの袋を開け、そのまま食べ始めた。
タンパク質とるなら糖質も大事だな、ともぐもぐしながら片手でリュックの中を再度漁り、チョコバーを続けて取り出す。糖は体を動かす大事なエネルギーだ。
そのチョコバーの袋もびりっと開ける。
そのタイミングで、部屋の中に変化があった。
「おっと」
袋を開けたチョコバーを口に突っ込みながら、秋水は慌てて部屋を確認する。
ゆらり、ゆらり、と景色が揺れていた。
「おおん?」
目を凝らしてじっと見る。
不自然な光景だ。
何もない、空気だけのその場所が、ゆらゆらと揺れる。色のない炎のようだ。
実際には見たことはないが、陽炎というのはこんな感じだろうか。
ゆらり、ゆらり、と景色だけが揺れ続けるその光景を、チョコバーをもぐもぐとしつつ秋水はじっくり見続ける。頭の片隅では、やはりナッツ類の入ったチョコバーにするべきだったかという若干の後悔がある。
「……ああ、なるほど」
そして、しばらくした後、秋水は納得したように独りで頷いた。チョコバーの話ではない。
色のない炎のように揺れていたその場所に、うっすらと何かが浮かび上がってきた。
ほぼ透明な、何かだ。
何かと言うか、人型の犬である。
つまり、コボルトだ。
何もなかったはずのその場所に、コボルトの姿が浮かび上がってきた。
最初は幻かと思うくらいに透明度が高い姿が、だんだんと透明度を落とし、徐々にその姿を現してくる。
死亡演出で透明になって消えていく、その光景を逆再生しているようである。
なるほど、モンスターのリポップはこんな感じなのか。
スマホで撮影しておくべきだったかなと思いながら、秋水は口の中のチョコバーを飲み込み、ぺろりと唇を舐める。
分かっていたことではあるのだが、やはり、このダンジョンのモンスターというのは、地球上の生物とはまるでかけ離れた理で生きているようである。
面白い光景だな、と思いつつ、ヘルメットのバイザーをがちゃりと下ろす。
そして、巨大バールを手に持って立ち上がる。
では、リポップしている最中にぶん殴ったらどうなるか、試してみようか。
手にした巨大バールをくるりと回しつつ、秋水はうっすらと笑みを浮かべた。
やはり、ダンジョンは楽しいな。
そう思いつつ、秋水はゆっくりと部屋へと足を踏み入れた。
時間としては、だいたいこの時点だろうか。
リポップしたばかりのコボルトを殴り倒したくらいかもしれない。
夜も夜。
ただ、深夜、と言うには少し早いだろうか。
そんな時間に、秋水のスマホへメッセージが1通だけ届いた。
差出人は秋水の叔母、棟区 鎬。
内容は、非常に簡潔。
『起訴が決まった』
なんか第5章が終わりそうな雰囲気がありますが、もう1話あります(*'ω'*)
ちなみに全然関係のない話ですが、59話『渡巻さん家は仲が良い』の後書きでさらっとしか触れていませんが、渡巻さん家の父親、結構重要な職業に就いています。(ワルイカオ)