ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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155『時の流れ』

 1日の授業が終わった。

 中学3年生、それも1月も終わりとなると、授業の内容は学年末試験、そして高校入試を見据えてひたすら中学3年間の総復習の授業ばかりである。

 特に今日は、体育もなくストレス発散ができなかった。

 ひたすら勉強。

 ひたすら復習。

 そんな勉強三昧という拷問のような1日が終わり、学校から解放されて家まで帰れるという時間となった。

 にも拘わらず、その教室には家に帰ることなく12名の生徒が残り、挙げ句の果てに追加の勉強まで行っている。

 ふーむ、と小さく鼻を鳴らす。

 鳴らしたのは、秋水である。

 おかしい。

 不思議だ。

 何故自分は、ダンジョンに帰ることなく、教室に残っているのだろう。

 そんな疑問を抱えつつ、秋水は目の前に座っている5人の様子を静かに確認した。

 

「あ゛あ゛ぁ」

 

 その5人のうちの1人、鶴舞 美々が頭を抱えてゾンビみたいな唸り声を上げている。

 紗綾音からはミッチと呼ばれている女子だ。

 秋水の目の前には5人。

 ミッチを除けば、クラスのマスコットである渡巻 紗綾音、そのマスコットの筆頭飼い主である竜泉寺 沙夜、ダイエットは順調なのかミカちゃんさんこと御器所 蜜柑、そして秋水にとっては癒し枠である少年の覚王山 未来だ。

 以前、紗綾音に嵌められて昼食を一緒に摂ることになったのとほぼ同じ面子だ。

 ほぼ、というのは、この中に同じ筋トレ仲間である日比野 道がいないことくらいだろうか。

 正確に言えば、日比野は同じ教室にはいる。同じく居残り勉強会の参加者なのだ。

 ちらり、と秋水は隣のテーブルを見た。

 

「そうだね、箱ひげ図は最初にデータを順序通りに並べるのが大切なんだ。そこから中央値、つまり第2四分位をとってね」

 

 彼はいつもの優しい声色で、別の5人の勉強を見ている。

 日比野 道。

 学年順位、6位。

 にこやかで、穏やかで、運動神経が良い上に勉強までよくできる。

 正に非の打ち所がないイケメンだ。

 日比野が勉強を見ている5人の中には、紗綾音からジリちゃんと呼ばれていた女子がいる。秋水に対し、明確に拒否反応を示していた人物だ。

 彼女を日比野が受け持ってくれて、とても助かる。

 というか、そもそも日比野がもう1人の指導役として名乗り出てくれたのが非常にありがたい。

 日比野が居てくれることにより勉強をみる、という労力が半分になったというのもあるが、なにより秋水のことを怖がっている参加者を安心させられたという点で、日比野の存在は何よりも助かっている。

 

「ねえ先生さんや、いっそ公民で出題されそうな範囲でヤマ張れない?」

 

 秋水が無言で日比野に対して感謝の念を送っていると、秋水側の受け持ちであるミカちゃんさんが碌でもないことを言い出した。

 目線を戻せば、なんと言うか、すでに諦めムードが若干漂うミカちゃんさん、学年順位ギリ100位に届かないくらい。

 3年生の在籍数は140人程である。今回の勉強会で、最もペーパーテストの成績が悪いのは、残念なことにミカちゃんさんなのだ。

 ただ、そのミカちゃんさんの隣で頭を抱え続けて地獄の唸り声を上げているミッチの方が、傍目にはヤバそうに見える。二重の意味で。

 

「まあ、来週にはテストですから、それもアリですね」

 

「おっと、駄目元で言ったのに先生はまさかの肯定派だと?」

 

「それはもちろん、全てを満遍なく理解できるのが一番でしょう。ですが、範囲を絞って覚えることができたなら、それはそれでアリなのです。全く覚えていないよりはずっとマシですよ」

 

「あー、100は無理でも、0よか20の方が偉いね、みたいな?」

 

「そうですね。ただ、その20が今度のテストで出題されるかは分かりませんが」

 

「でーすーよーねー」

 

 ミカちゃんさんはぐでっと項垂れ、社会科は苦手なんだよねー、と愚痴のような呟きを漏らす。

 隣のミッチが、分かる、と頭を抱えたまま小声で返していた。

 そろそろ手助けが必要なんじゃなかろうか。

 

「おい美々、お前唸ってばっかで全然進んでねぇじゃねぇか」

 

 そのゾンビみたいになっているミッチの隣に座っている覚王山が、彼女を白い目で見ていた。

 やや単純なミスが目立つものの、比較的勉強のポイントはしっかりと押さえている覚王山は、学年順位で50位前後とのこと。

 そして頭を抱えて絶不調な様子のミッチこと鶴舞 美々。プログラミング言語に精通していたりAIを独学で活用できていたりと結構な秀才ガールであると思っていたのだが、聞いてみたところ学年順位は半分より下、とのこと。

 ミカちゃんさんのように3桁というわけではないが、覚王山と比較すれば明らかに下の順位、とボカしていたので、おそらく70位から80位、といったところなのだろう。

 思ったよりも学校の勉強は苦手なタイプなのだろうか。

 

「世界史が一体何の役に立つってんだよー。知らなくてもなんも困んないじゃーん……」

 

「いや、今まさに困ってんじゃねぇかよ」

 

「ぐぅ……」

 

「ぐうの音を出しやがった」

 

 頭を抱えてダンゴムシになったまま文句を垂らしたところ、呆れたように半眼になっている覚王山に刺し返されてミッチは撃沈した。

 社会か。

 秋水は手元に置いてあるプリントをちらりと確認する。

 学年末テストに向けて、心優しき担当教師数名から事前に配られているテスト対策のプリントだ。

 付け焼き刃で点を取らせても意味がないと主張して用意しない教師もいるものの、公民や世界史といった社会に関しては担当教師は肯定派のためにテスト対策のプリントが用意されている。

 そのプリントを秋水はざっと目を通す。

 難しく捻っているような問題は、特にない。

 というか、テスト対策のプリントの中では、社会の世界史は一番平易なものであった。

 実際、社会の担当教師がプリントを配り、そして簡単に説明をしているのを聞きながらも、秋水は片手間にプリントの問題を全て埋めることができたくらいのレベルである。難しい問題などあっただろうか。

 ちら、とミッチの方へと目を向けると、その隣にいる覚王山と目が合う。

 

「……ああ、こいつ、文系ダメなんだよ、マジで」

 

「どうやら、そのようですね」

 

 そして気を利かせてくれたのか、親指でミッチの方を指しながら簡単に説明してくれた。

 なるほど、得手不得手がはっきりしているタイプなのか。

 ふぅん、とその説明に秋水が納得していると、ミッチががばりと顔を上げる。

 

「文系はアレだけど、理数系だったら基本的に2位とかなんだからなー。たまに1位だってとるんだからなー」

 

「やめろ美々、お前の目の前に居るのは基本が1位の奴なんだよ」

 

「ぐぅ……」

 

「ぐうの音が出やがった」

 

 再び覚王山に刺し返され、ミッチは撃沈した。随分と仲が良さそうである。

 それからミッチは再び机にぐたりともたれ、プリントを手に取ってひらひらとさせた。

 

「なんで条約っていっぱいあるんだよー。コード番号振ってほしい……」

 

 そっちの方が覚えにくいんじゃなかろうか、と思いつつ、秋水は自分の手元にあるプリントを再確認する。

 このプリントで条約が色々と出てくると言えば、第一次世界大戦の範囲だ。

 

「そればっかは頑張って覚えるしかねぇだろ」

 

「もしくは」

 

 呆れた声でエールを送る覚王山の言葉を引き継ぐようにして、秋水は一言呟いた。

 ぱっ、とミッチの顔が上がる。

 その隣にいる覚王山も、秋水の声に釣られて顔を向けてきた。

 なんなら、秋水の前にいるミカちゃんさんまで顔を上げてきた。

 視線を集めてしまい、秋水は思わず言葉を一度飲む。

 

「……もしくは、同じ時期の条約は、連鎖反応みたいなものですから、原因と結果でグループ化すると整理しやすいですよ」

 

 集まった視線から目を逸らすように、す、と秋水は机へと視線を下ろし、プリントの隅へとペンを走らせた。

 1914。

 数字を4文字書いたところで、一度ペンを止める。

 再び視線を上げ、ミッチの方を見た。

 視線がぶつかった。

 聞く体勢である。

 

「ヴェルサイユ条約周りの話でよろしいですか?」

 

「いいけどー……年号違わくない?」

 

 やや間延びした声で、首を傾げながら行ったその指摘に、秋水はむしろほっとした。

 そうですね、と秋水はミッチへと返事をしつつ、プリントの隅へと書きかけていた文字を軽く訂正して続ける。

 サラエボ事件(1914)

 

「1914年に起きたサラエボ事件。これが火種となり、オーストリアとセルビアが衝突」

 

 サラエボ事件、そこから右へと矢印を引く。

 

「連鎖的に同盟国同士が参戦して、ヨーロッパ大戦が世界大戦になりました」

 

 “第一次世界大戦(1914~1918)”

 さらに矢印を右へ引く。

 

「1918年に終戦しまして、翌年の1919年にヴェルサイユ条約」

 

 “ヴェルサイユ条約(1919)”

 さらに矢印を右に引いた後、ヴェルサイユ条約の下に一言メモを付け加える。

 ドイツに賠償金と軍縮と領土縮小。条約の内容自体はこれで良いだろう。ヴェルサイユ宮殿で行われたなんとかかんとか、という細かい内容など、興味が出たら覚えれば十分な話だ。テストに出たらごめんなさいだが。

 

「その流れで国際連盟が設立されました。平和維持のための仕組み、だったのですが」

 

 “国際連盟設立(1920)”

 国際連合の前身だ。

 わりと笑いにくい笑い話が沢山あって面白い世界初の国際平和機構だが、これも歴史に興味がなければ覚えることは少ない方がいいだろう。

 国際連盟の下に、米印を書く。

 

「アメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンの提唱で設立されたのですが、提唱したそのアメリカが不参加となりました」

 

 “※アメリカ不参加(議会が反対)”

 独り言のように秋水は喋りながらさらさらとペンを走らせてる。

 “経済悪化・政治混乱(ワイマール共和国)→ヒトラー台頭、ナチス政権成立(1933)→ヴェルサイユ体制の否定・再軍備”

 歴史とは、流れだ。

 ヴェルサイユ条約単体で内容を覚えたところで、意味は掴めないだろう。

 特に、理数系の方へと適性を割り振った思考回路をしているならば、情報をアルゴリズム的に整理して因果構造にした方が分かり易いだろう。

 ちょっと字が汚いかな、と思いつつ、秋水はメモ書きをしたプリントをくるりと反転させてから、すっとミッチの方へと差し出した。

 

「歴史は点で覚えてはキリがありません。流れで覚えましょう」

 

 そう言って秋水が差し出したプリントをミッチが無言で受け取った。

 それを両隣にいる覚王山とミカちゃんさんが覗き込み、2人揃って目を丸くしている。

 

「お前、字ぃ綺麗だな……」

 

「ありがとうございます。走り書きで申し訳ないのですが」

 

「これで走り書きだったら、俺の字なんてどうなんだよ」

 

「和尚の字はミミズが脱水でのたうち回って痙攣してる感じだよね」

 

「そこまで酷かねぇよ! てかどんな状況だよそれ!?」

 

 字の綺麗さに驚いている覚王山に、ミカちゃんさんは余計なことをツッコんで怒られている。

 わりと字が崩れてしまったのだが、綺麗と思ってくれるならば良かった。

 ただ、勉強会の最中だから静かにしましょう。

 

「おー! 出来事一覧表とかいうクソ仕様じゃない、因果のフローチャートだ-!」

 

 それから遅れ、ミッチが声を上げる。

 良かった、喜んでいるようだ。

 ただ、年表をクソ仕様とか言うんじゃありません。

 

「そうですね。まずは流れを把握してから、内容を掘り下げてみましょう。とは言え、テストまで時間がありませんから、重要なところだけをピックアップした方がいいですね」

 

「これ貰っていーい?」

 

「申し訳ありません。それは一応、私のプリントでして」

 

「じゃー写真撮ろー」

 

 随分と喜んでくれたようで、ミッチはスマホを取り出してかしゃりと走り書きのフローチャートを撮影した。もっと綺麗に書けば良かったかもしれない。

 

「ちなみに他、他のも同じ感じで因果のフローチャートにできるー?」

 

「ええ、まあ。できると思いますが」

 

「やってー」

 

「いや自分でやりなさいよ」

 

 そして他のもと要求してきたミッチへ、ぴしゃりと言ったのは秋水ではない。

 勉強会が始まってから静かにしていた、沙夜である。

 あんたねぇ、と言わんばかりの声色に、そちらへ秋水は顔を向けた。

 沙夜、ではなく、紗綾音と目が合った。

 現在は席順として、3人ずつ向かい合う形となっており、秋水の座っている目の前にはミカちゃんさんで、その隣にミッチ、覚王山である。

 そして、秋水の隣は、紗綾音だ。

 沙夜はそのさらに隣であり、秋水が沙夜を見るときは、どうしても紗綾音越しになってしまう形である。

 勉強会が始まってから、ずっと静かにプリントに向き合っていた、紗綾音だ。

 紗綾音が静かだったものだから、自然と紗綾音の保護者役である沙夜も静かにできていたのだろう。

 その紗綾音が、まじり、と秋水を見上げていた。

 秋水の書いたメモの方でもなく、そのメモ書きを撮影していたミッチの方でもなく、ツッコミを入れた沙夜の方でもなく。

 まるで探るような目で、秋水を見上げていた。

 

「…………?」

 

 思わず、無言で紗綾音の視線を真っ正面から見返してしまう。

 なんだろう。

 無言に対して無言になってしまったが、いつも賑やかな紗綾音が静かに見つめてくるという状況は、どこか薄ら怖い感じだ。

 ただ、その無言は2秒か3秒といったところであった。

 

「……棟区くんは、やっぱ勉強できるんだね!」

 

 にぱっと笑顔を浮かべ、紗綾音がそんなふうに褒めてきた。よいしょだ。

 純粋に秋水の学力を疑っていたのかもしれない。

 まあ、急に学年1位を口だけで主張しても、それが信用されるはずもないか。秋水としても紗綾音が学年20位とかいうのが、実はちょっとまだ疑っているので、そんな感じなんだろう。

 

「昔から勉強って得意だった感じなのかな?」

 

「どう……ですかね。前からテストで点数を取ること自体は簡単でしたので、苦手ではなかったかと」

 

「点を取るのが簡単とか、異次元の台詞だね。お姉ちゃんだってそこまでぶっ飛んだ言い方はしないよ」

 

「そうですか?」

 

 質問してきたくせに、秋水の返した答えに紗綾音は若干引き気味となった。何故だ。問題に対して正しい答えを記入すればいいだけじゃないか。

 というか、その口振りだと律歌はいつもぶっ飛んだ発言をしている人みたいではないか。

 自分の身長よりも大きなバールを持ちながらマシンガンの如く解説をぶっ放していた律歌の姿が、少しだけ秋水の頭をちらついた。

 どうしよう、フォローしづらい。

 

「いや、言ってないだけで、律歌先輩もたぶん同じ系統の人種だろ」

 

 そこで軽くツッコミを入れたのは、再び沙夜。

 同じ系統って、自分も律歌のように早口で大量の説明文を浴びせる人だと思われているのだろうか。

 どうしよう、否定しづらい。

 筋トレのあれこれを美寧に教えるとき、そうならないように気をつけた方が良いかもしれない。

 紗綾音越しにちらりと沙夜の姿を確認する。

 彼女は顔を上げることなく、プリントにペンを走らせていた。勉強の片手間にツッコミを入れていらっしゃる。

 沙夜は髪をがっつりと金髪に染め上げ、わりとやんちゃな風貌をしているのだが、滲み出てくる真面目な性格の通り、成績は至って優秀である。

 前回の学年順位は23位と上位勢だ。

 ただ、秋水としては紗綾音の順位よりも沙夜の方が下、というのが微妙に納得がいかない。

 どんな魔法を使ったんだこのチワワ、と胡乱げな目線を紗綾音に送ると、なんで急にそんな目で見られているんだろうとばかりに紗綾音が首を傾げる。なんとも能天気そうな表情である。

 

「……そうだよ。あの律歌先輩と、同じレベルってことだよね」

 

 と、沙夜が顔を上げた。

 顔を上げ、小さく呟いた後に、そのまま天井を見上げる。

 ペンが止まった。

 

「あー……」

 

 くるりとペンを回してから、沙夜がゆっくりと秋水の方を見る。

 

「……その、棟区」

 

「はい。どちらか分からない問題でも?」

 

「あ、いや……なんていうか、えー……」

 

 見れば英語のプリント。

 どこか言い辛そうな感じで名前を呼んだ沙夜を見て、英語のテスト範囲はかなり広くて難易度も高かったな、と思い出した秋水はどこの問題で躓いたのかを尋ねてみるが、沙夜の返答はどこか煮え切らない。

 あー、と再び小さく呟いてから、沙夜の目線がフラフラと彷徨う。

 そして再びちらりと秋水の目を見た後、ぷいっ、とプリント用紙の方へと顔を向けるように俯いてしまった。

 ほんのりと、耳が赤い。

 

 

 

「……今まで、悪かったよ」

 

 

 

 それから、小さい声で、そんな謝罪を入れられた。

 

 

 





 秋水くんのスペック

・高身長
・ジムで体を鍛えている
・運動神経抜群
・動体視力抜群
・物覚えが良い
・勉強ができる
・応用ができる
・料理ができる
・資産管理ができる
・物腰が柔らかい
・穏やか
・女性にがっつかない

 こう書いたらハイスペック男子じゃないか秋水くん(嘘は書いてない)
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