「むーねまーちくん! 一緒にランチしよー!」
「いやです」
「ばっさりなんだよ……」
お昼の時間、いつものように買い物袋なんて持って早速席を立つ秋水を引き留めるように紗綾音が呼び止め、そしていつものようにあっさりと断られた。
いつもの光景である。
独りで食べたい派なんだなとは流石に理解しつつも、これがラストチャンスじゃーん、と紗綾音が秋水の制服の裾を掴んでガクガク揺するが、この筋肉巨人はまるで揺れやしない。大木かなにかだろうか。どんな体幹してるんだ。
「テスト終わったら、後は卒業式までほとんど半日授業なんだよー? 今日が最後なんだよー?」
「そうですね、良く覚えていましたね。かしこいかしこい」
「バカにすんなこらー、やーめーろー」
学年末試験を終えたら、後は卒業式まで秒読み段階。
この中学校でお昼ごはんを食べるのは、地味に今日が最後である。
だからこそ、今まで一緒にあれこれ遊べなかった秋水を誘って、みんなでわいわい食べたいと思ったのに、肝心の秋水の対応は相変わらずの塩だった。
いつものようにぐりぐりと頭を撫でてくる秋水の腕をぽこぽこ殴って抵抗すると、ふ、と彼が一瞬だけ遠い目をする。
「……最後であれば、仲の良い方と一緒に食べるべきですよ」
「うん? そうだね! だから棟区くんを誘ってるんだよ!」
「そうですか」
何だかよく分からないことを言う秋水に胸を張って答えれば、再び頭を撫でられた。
ぐりぐり、といういつもの感じより、ちょっとだけ優しい撫で方。
ちょっとだけである。
しかし、なにすんだー、と抵抗の意を示そうと拳を握ったところで、秋水はさっと紗綾音の頭から手を離した。
「それでは、失礼します」
そして、丁寧にぺこりと頭を下げてくる。
大きい体で、怖い顔で、低い声で、でも礼儀正しく。
いつもの秋水だ。
だと、思う。
「むーん、帰り道おぼえてろー」
「なに襲撃予告してんの紗綾音」
やっぱり独りで食べたいのであろう秋水をそれ以上引き留めることは流石にできず、悔しさ半分でそんな捨て台詞をかけてみれば、後ろからツッコミが入った。
大親友、沙夜である。
いつものデカい弁当箱、本人曰く最近は小盛りと主張しているそれをぶら下げながら、沙夜は半眼で呆れた様子だ。何故だ。
沙夜が来れば当然のように、よろしくお願いします、と秋水は沙夜に対しても丁寧に頭を下げる。
それに対し、オーケー、と親指と人差し指で輪っかをつくりながら沙夜は任せろと言わんばかりに答えた。
何故だろう、沙夜と秋水の間に厚い信頼関係が構築されているように感じるが、飼い主仲間的な信頼関係の香りがして微妙に納得いかない。
「ほら紗綾音、ごはんの時間だよ、こっちおいでー」
「わーん、サヨチー」
両手を広げて呼びかける沙夜に、泣いているのか鳴いているのか分からない声を上げながら紗綾音は駆け寄った。
ふーんだ。
今日はサヨチやみんなと一緒にごはん食べるもーん。
高校一緒になったら他のクラスだろうと突撃したるから覚えてろー。
心の中で再び捨て台詞を吐きながら、紗綾音は泣き真似をしながら沙夜にぽふりと抱きついた。
抱きついて、次の瞬間には真顔になる。
あれ。
ふかふかだ。
抱きついてから流れるように沙夜の腰に手を回し、ぷに、とその脇腹を紗綾音は軽く摘まむ。
ゴンッ、とわりと本気で脳天に拳骨が振り下ろされた。
「いっ、たぁぁぁぁいっ!!」
「殴るよ?」
「殴った! 今殴った! 普通に殴った後だったよサヨチ!?」
抱きついたのも束の間に、いきなり沙夜にぶん殴られて紗綾音は頭を押さえて蹲る。
ちょっと涙目で見上げてみれば、ニッコリ笑顔で右手の拳を握り締めている。やだ怖い。
「え? 何で今、腹掴まれた? どういう了見か説明してくれるちわね?」
「わー、沸点ひくーい……」
「言い方次第じゃ、もう一発いくけど?」
「ごめんなさーい!」
とりあえず泣いて謝った。
いや違うんだ。聞いてくれ。
なにも脇腹をぷにりと摘まみ、ほら筋肉じゃなくて脂肪だよ、太ったんじゃないかな、やーいやーい、みたいに煽るつもりなんて全然ないのだ。信じてお願い。
むしろ沙夜は趣味なのかというくらいに自転車を漕ぎまくっているものだから、引き締まった筋肉にほどよい脂肪で、女の子らしく健康的な柔らかさがあって大変よろしいと思います。イヤラシイ意味は欠片程にもないのでとりあえずその握られた拳を下ろしてください。振り下ろせという意味ではなく。
助けて棟区くん、と視線をやれば、彼はそそくさと紗綾音を見捨てて教室から出て行くところであった。あの野郎、見捨てやがった。
うえーん、と泣き真似をした後、紗綾音はちょいちょいと沙夜に手招きをしてから、立ち上がって沙夜の耳元にすっと口を近づける。
「体重増えたとか言うけど、もしかしてサヨチ、それっておっぱいのせいじゃない?」
「……ふんっ」
「ふんにゃぁぁぁっ!?」
思いっきり脇腹を握られた。
「やーい、フラれてやんのー」
「いきなり煽られてるけど否定できなくて悔しい!」
「ほーら、こっちおいでちわねー」
「わーん、ジリちゃんなぐさめてー」
「よーしよしよし」
「痛い痛い、ミカちゃん撫で方乱暴、ブリーダー失格なんだよ」
「ふ、最後の最後まで彼氏できなかった組で寂しくランチかー」
「急にノンノが全方向に暴言吐いちゃったよ!?」
結局秋水は誘えず終いで紗綾音が席に着けば、わちゃわちゃと周りから構われた。
紗綾音と沙夜を含め、女子6人で机を合体させてお昼ごはんである。この中に秋水を男子1人で放り込もうとしていた紗綾音は、ナチュラル鬼畜だったのかもしれない。いや、秋水が誘えていれば他の男子もその流れで誘うつもりだったけど。
ちなみに、彼氏できなかった組、という発言に沙夜は微妙な表情になっていた。
「いや、私、彼氏いるし……」
「そうだった、こいつ普通に去年まで彼氏いたんだった!」
「でもフったんだっけ? もったいなーい」
「あれ、フったの? 向こうが卒業して消滅じゃなかった?」
「違うよ違うよ。受験勉強に集中させるとかいう謎理由で沙夜がフったんだよ」
最後まで彼氏いなかった組と称されたものの、1年生から2年生の時までは一応彼氏がいた沙夜がもごもごと言い辛そうに発言すると、グループ内が急に色めき立った。
こういう話、大好物である。
そう言えば沙夜の彼氏だった先輩は元気なんだろうか、と紗綾音は彼のことを思い出しながら弁当を広げる。
竜泉寺 沙夜、しれっとモテる女である。
小学生の時にもままごと程度の彼氏は一応いたし、中学生になってからも一応は1つ年上の彼氏はいた。
一応、である。
彼氏彼女らしい何かがあったのかと尋ねられたら、何にもなかった程度の関係性ではあったが、一応は彼氏だった。
友達の延長線みたいな感じだったけどなー、というのは、沙夜の談である。
ドライと言うか、大人びていると言うか。
ちなみに、1つ年上の彼氏だった人とは、受験頑張れよ、という雑な理由で2年生の2学期、クリスマスの前にさっぱり別れてしまっている。
考えてみたらサヨチ、1年間フリーじゃん。
そう考えている紗綾音の隣で、当の沙夜は若干居心地悪そうな表情のままだった。
「いや、違うというかな……」
片手を上げながら、沙夜が再び発言した。
違う?
なにがだろう。
5人分、10個の瞳が沙夜に向けられた。
「……私、今、彼氏いる」
5人揃って、沈黙した。
非常に言い辛そうに告白した沙夜の言葉に、たっぷり数秒程の沈黙である
ちら、と沙夜以外の5人の視線がかち合った。
また沈黙した。
そして、再び全員揃って沙夜の方を見る。
へー。
フリーじゃなくて今、彼氏いるんだ。へぇ……。
なるほど?
「うぇぇっ!? 彼氏!? サヨチいつの間に!?」
「はぁっ!? 誰!? どこの誰!?」
「裏切った! この女いきなり裏切りおうたぞ!?」
「いやちょっと待て! 正月は普通に彼氏いない組だったじゃん!?」
「え? えぇ? ちょ、紗綾音は知ってたの?」
「知らない知らない知らない! 今初めて聞いてこっちの心臓止まりそうなんだよ!? どどどどど、どういうことなのかなサヨチ!?」
「誰!? This is 誰!?」
「蜜柑落ち着いて! 英語間違えてるよ馬鹿!」
「いつから!? いつから付き合ってんの!?」
「告ったの!? 告られたの!? ていうか誰なの!?」
一気に火が付いたように爆発した。
ごはん前になんていうジェット燃料を投下するのか。
紗綾音を含め、揃って身を乗り出す勢いで沙夜へと尋問、もとい詰め寄った。
急にやかましくなった一団に、他のクラスメイトは何だ何だと視線を向けるものの、そんなものを気にしている場合ではなかった。特に紗綾音。
いや、だって、本当に知らない。
知らなかった。
沙夜に彼氏だと?
それは普通におめでとうなんだけど、その存在を初めて聞いてびっくりである。
驚きの表情になっている面々を見てから、沙夜はバツの悪そうな感じで頬を掻いた。
「いや、月曜日に告られて、付き合うことになっただけなんだけどな」
月曜日。
4日前、秋水などを巻き込んで、残って勉強会をした日じゃないか。
ああ、そう言えば、いつもは早めに登校してきている沙夜が、その日の朝は随分ゆっくり登校してきていた。
予鈴ギリギリに教室に到着してから、勉強会の参加人数がいきなり倍になったことを聞かされて 「はい?」 となっていたのを見て笑った記憶が紗綾音にはあった。
いやいや。
いや。
朝遅かっただと?
それはその、なんて言うか、えっちぃ理由じゃあるまいな。
あ、いや、違うか。
告白されたのが月曜日なら、その当日にあれこれにゃんにゃんなやらしぃ理由で朝が遅くなったとは考えにくい。
え、それじゃあ、いつ告白されたんだろ。
月曜日は勉強会の後で一緒に帰ったことを考えると、やっぱり朝だろうか。
朝一で告白とか、いやちょっと、相手は誰かしらないけど気合い入りまくりじゃないか。なにそれ素敵。大好物です。
ていうかちょっと待て。
それじゃあ、なにか?
沙夜は朝一で告白され、どこの馬の骨ちゃんと付き合うことになって、その足で教室に来て、周りに悟られることもなくしれっとしていたのか。クールすぎだろ。
いやいやいやいや、さらに待ってお願い。
月曜日、一緒に帰ったじゃん。
帰っちゃったじゃん。
勉強会でたっぷり居残りしちゃって、友達数人ルンルン気分で一緒に帰ったじゃん。
告白してくれた彼氏、おいてけぼりじゃん。
ていうか、火曜日も水曜日も木曜日も、普通に一緒に帰っちゃったじゃん。
放課後デート的なのは?
もしかして違う学校?
社会人とかじゃないよね?
いきなり衝撃の事実で頭をぶん殴られた紗綾音は、半ばパニック状態で目を白黒させてしまう。他の面々も似たような状態だ。地獄絵図である。
「あ、あの、あのあの、あのねサヨチ? お相手さんって……えと、だれさん?」
「紗綾音が知ってるか分からないけど、ウチの1年だよ」
「1年!? まさかの年下!?」
「いや別に、年上が好みなんて言ったことないだろ私」
ゆっくり手を上げて尋ねてみれば、特に隠されたり濁されたりすることなく普通に答えてくれた。
再び5人で顔を合わせる。
優雅にランチをしている場合じゃない。
「はい! 知り合いだったんですか!?」
「蜜柑、お前、授業中もそれくらい意気込めよ。ていうか全然知らない奴で、私からしたらほとんど初対面」
「はい! 初対面と付き合うとか正気ですか!?」
「いや別に、断ってもかわいそうかな、って……いや待て海霧、私今、正気疑われたの?」
「はい! どこまでいきましたか!?」
「どこも行ってないよ。付き合うっつっても、夜にちょっと通話するだけだし」
「はい! 羨ましいです!」
「ああそう」
それぞれに挙手をして質問すれば、ちゃんと答えてくれる。これは美味しい。
彼氏ですか。へー。
彼氏持ちになったんですか。へー。へー。
なんだかソワソワする。
そしてドキドキする。
沙夜に彼氏か。
3人目の彼氏だ。
なんだかすでにとってもドライな付き合い方をしているっぽいが、今度は長く楽しく幸せになって欲しい。
それはそれとして、もっと根掘り葉掘り色々聞きたい。
突然の発表に内心でテンションがブチ上がって興奮している紗綾音を尻目に、沙夜は暢気にデカい弁当箱を開けていた。いやいや、メシ食ってる場合じゃないだろ。
食べる準備を着々と進める沙夜に、紗綾音は肩を寄せるようにしてぺたりと張り付いた。
紗綾音のは目は、爛々と輝いている。
「土日でどっか行くの!? デートとかするのかな!?」
「いや行かない行かない。明後日から学年末テストだろ」
上がったテンションを叩き落とされてしまった。
急に現実突きつけてくるの、良くないと思うな。
「来週はテストと平行して、推薦組の高校試験とかもあるし、ウチら一般だって出願始まるじゃん。デートとかそんな、暇ない暇ない」
「現実的な一般カップルって、こんなドライなのかな……?」
「相手の子、かわいそ……」
「なんでこんな乾燥ミイラみたいな恋愛観の女がモテんの……?」
「紗綾音のことあれこれ言っときながら、自分が防御すっかすかじゃん……」
「羨ましい……」
カラッと笑って彼氏とのデートを全否定してくる沙夜に、グループの雰囲気がお通夜みたいになってしまった。
そりゃあ、来週から色々忙しいけど。
学年末試験あるし、高校受験が本格的に始まるし、むしろ推薦入試組は来週が本番だけど。
試験も受験も目前に控え、ちょっとピリついた雰囲気の中に甘酸っぱい雰囲気の恋愛話が聞けたらなあ、なんてワクワクしてみたらこれだよ。
ほらそろそろ食べるよー、とかしれっとした感じで口にする沙夜は、歴代の彼氏に対しては基本的に対応がウルトラドライなのである。夢も希望もありゃしない。
「はぁぁぁ、テストかぁぁ……」
そこで大きな溜息とともに崩れ落ちたのは、御器所 蜜柑、ミカちゃんである。
テストなんだよなあ、と紗綾音も遠い目をする。勉強はあんまり好きじゃないのだ。
高校受験が本格的に始まるが、とりあえず目下の大問題は明後日からの期末試験である。
土日は遊ばず、友達と図書館で勉強をする約束だ。テスト前の詰め込み作業という勿れ。
「よしっ、もう一回先生に泣きついてみるか!」
と、崩れ落ちた蜜柑が、即行で起き上がって立ち直った。
先生。
どの先生だろう。
「えー、タケちゃんセンセに賄賂でも渡すー?」
「うんにゃ、棟区大先生にもう一回テストでヤマ張ってもらうのだ」
教師ではなく、まさかの同級生に泣きつく様子だ。
秋水の名前が出てきたことで、紗綾音は月曜日に行った勉強会のことを思い出す。
ああ、そう言えば確かに、秋水はテスト範囲でヤマを張って勉強するのも、それはそれでアリ、というスタンスであった。
だが、うーん。
「でも棟区くん、なんか今日、ピリピリしてたよね?」
弁当箱を開けながら、紗綾音は本日の秋水の様子を思い返した。
秋水は、相変わらずである。
大きい体で、怖い顔で、低い声で、でも礼儀正しく。
いつもの秋水だ。
でも、その雰囲気は、鋭い。
機嫌が悪そう、という感じではないのだが、なんと言えばいいのだろうか。
言葉も、所作も、いつも通りな気がするのに、ただただ雰囲気が、抜き身の刃の如く、鋭いのだ。
ピリピリしている、というのだろうか。なにかちょっと違う気がする。
「えー、そうだったかなー?」
「なんかあの人、いつもピリピリしてる気がするんだけど……」
「やっぱテスト前だからじゃない?」
他の子はいまいちピンときていないのか、首を傾げてしまっている。
沙夜もいまいち分かっていない様子だ。
自分の気のせいなのだろうか。紗綾音も軽く首を傾げてしまう。
うーん、気のせいなのだとしたら、自分もまた勉強教えてもらおうかなー、と紗綾音は軽く考え始め。
「……首席様のプレッシャーってやつじゃないの?」
ぼそりと、冷たく呟く者が、1名。
・須々木 海霧(すすき かいむ)
ジリちゃん。
秋水くんには否定的な子。
カイムちゃんなのにニックネームはジリちゃん。
暖かくなると海上に蒸発霧が発生して、それを 「海霧(かいむ・うみぎり)」 と呼ぶんですよ。それを道東地方だと 「じり」 と呼ぶそうです。
……誰だこんなややこしいニックネーム付けた奴(チワワ)