ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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165『あいつ、警察に何度も捕まってるんだって』

 くるり、と左手首を1周させる。

 違和感はまるでない。指の先まで、自分の手、という当たり前のような感覚だ。

 左手の調子を確かめるように何度か握ったり開いたりを繰り返してから、よし、と硬く拳を握る。

 体の方は、問題なし。

 流石はポーション。ぶった斬った手首がすっかり元通りだ。

 ふぅ、と秋水は誰にも気が付かれないよう、静かに、そしてゆっくりと溜息を吐き出す。

 只今、帰りのホームルーム。

 今日の授業は全て終わった。

 実質的に、中学生最後の授業である。

 明日から土日で休み、来週からは学年末試験で、それ以降はテストの返却と解説があるくらいで、授業らしい授業というものはない。

 いや、なくはないのだが、ぶっちゃけ自習だ。

 高校受験を目前に控え、それぞれに自習をする。

 私立と公立で日程は違うし、推薦組と一般組でも日程が違うので、そんな感じになるのだろう。教員も生徒それぞれの日程調整を考えなくてはいけないので、傍目でも大変そうな時期である。

 なので、今日が授業らしい授業の最終日。

 特に感慨はない。

 早くセーフエリアに帰って、ダンジョンアタックしてぇなぁ、という感情の方が変わらず強いくらいである。

 

「んー……」

 

 小さく鼻を鳴らす。

 教壇には担任の教師。来週からはテストだからなー、あと推薦の人は日程注意なー、という話をしている。

 早く帰りたい。

 ダンジョンに帰りたい。

 昨日は色々とあって、つまらないことが色々あって、ダンジョンアタックが中途半端になってしまったから、今日こそは思う存分暴れたい気分なのだ。

 暴れて、暴れて、スカッとしたい。

 準備運動で角ウサギを殺して周り、コボルトをしっかり殺してやりたい。

 別に、深い意味はない。

 暴れたい気分、というだけだ。

 他意はない。

 

 なんだか今日の学校は、いつも以上に息が詰まった。

 

 普通の人達、普通の子達。

 そんなクラスメイトの中に、自分みたいな頭のおかしいゴミ野郎が居座るのはなにか、申し訳ない気持ちになってしまう。

 ここで歩けば怖がらせるか。

 ここで立ったら怯えさせるか。

 ここで喋れば驚かせるか。

 なんだか、いつも以上に気を張ってしまった。何故だろう。不思議である。

 気を張ってしまったせいか、いつもより精神的に疲れてしまい、とにもかくにもストレス発散をしたい。

 そしてやはり、ストレス発散をするなら、ダンジョンだ。

 化け物相手に暴力を振るう方が、きっと自分の性に合っているんだろう。同じ化け物同士で丁度良いのか。早くダンジョンに帰りたい。

 

「はい、じゃあ今日はここまでな。来週のテスト、頑張るんだぞー」

 

 気が付けば、担任の教師が締めくくりの言葉を発していた。

 起立、という号令。

 クラスメイトが各々立ち上がり、それにワンテンポだけ遅れて秋水もゆっくりと立ち上がる。

 それから、礼、でゆっくり頭を下ろし、さよならひゃっほー休みだわーい、と途端に騒がしくなる教室のBGMを頭上で感じる。

 今まで抑圧されていたのを取り戻すかのように、この1ヶ月でクラスの雰囲気はすっかり明るくなった。その抑圧していたゴミ野郎は、自分か。

 明るくなったのは良いことだよな、と秋水は他人事のように感じながら、帰りの支度を始めた。

 さて帰ろう。

 ダンジョンに帰ろう。

 予備のライディンググローブをおろして、慣らしがてらまずは地下2階を1周して。

 ああそうだ、鉈、剣鉈をどうしよう。

 アホみたいな失敗をリカバリーするために無茶な使い方をして、ばっきりと折ってしまったのだった。

 脳内で色々と予定を立てようとして、鉈がなかったことを思い出し、秋水はぽりぽりと頭を掻いた。

 今からかいに行くとしても、刃物屋は学校とは反対方向だし、ちょっと距離がある。買い物をするのであれば、ライディンググローブやシューズのストックもバイクショップで買っておきたい。

 となると、買い物は明日で、今日は鉈なしで突っ込むか。

 

 

 

 コボルト3体相手に、突っ込んでみるか。

 

 

 

 想像するだけで、テンションが上がる。

 表情は大して変わらないが、鎬辺りが見たら、「なんか凄い楽しそうね」 と察してしまうくらいにはワクワク状態だ。若干ながら鼻息だって荒くなるというものである。

 コボルト3体。

 やってやろうじゃないか。

 

 もっと練習してから?

 

 安全牌の、なにが面白いんだ?

 

 いいじゃないか。

 もう十分じゃないか。

 なんだか今日は、とにかく暴れたいのだ。

 殺し合いをしたいのだ。

 スカッと、すっきり、したいのだ。

 教科書などを鞄に詰め込み、忘れ物がないかの確認。ここで忘れたら、土曜日曜で学校は休みという憂き目に遭ってしまう。

 よし、忘れ物なし。

 では帰ろう。

 そう思って秋水は鞄を持ち上げ。

 

「へーい、秋水大先生やーい!」

 

 なんか変な呼び止め方をされた。

 この声、ミカちゃんさんだ。

 何事かなと振り返れば、手をブンブンと振りながら近づいてくる、ミカちゃんさんこと御器所 蜜柑。そして、その後ろをちょこちょこついて来ているのは、クラスのマスコットことチワワ、ではなく渡巻 紗綾音である。

 忘れ物の確認をしている場合ではなかったようだ。逃げ遅れたかもしれない。

 面倒事かなぁ、と思いつつ、持ち上げた鞄を再び机に置いてミカちゃんさんと紗綾音の到着を待つ。

 

「おや、秋水はもう帰る感じ?」

 

 呼んだは良いが、鞄を持って立ち上がっている秋水を見て、ミカちゃんさんは首を傾げた。

 すわ捕まった、と思ったが、帰ると言ったら返してくれそうな感じである。

 

「そうですね、少々野暮用がありまして」

 

「ありゃりゃ、そりゃ残念。最後の追い込みで勉強教えてもらおうかなー、とか思ったんだけど」

 

「それは申し訳ございません。またの機会に」

 

「今日が最後の機会と知っての発言か」

 

 どうやら無理に引き留めるつもりはないようだ。助かった。

 それにしても、テスト勉強はちゃんと頑張るタイプだったのか。失礼な話ではあるが、ちょっと意外である。もしくは部活を引退して、時間が余ったから勉強する感じかもしれない。

 どちらにせよ、自分で頑張って頂こう。

 ちなみに、来週からの学年末試験は3日間に分けて実施されるので、今日が最後の機会なのは月曜日に行われる科目だけである。そんなツッコミを入れてしまえば、月曜火曜に取っ捕まる可能性があるので口にはしないが。

 

「でも、それならしょうがないか。最後のテストは自力で頑張るかー」

 

「頑張れミカちゃん、応援だけしてるよ!」

 

「おみゃーも頑張るんだよ犬っ娘がー」

 

「あぷぷぷぷぷ」

 

 ミカちゃんさんの後ろにくっついてきた紗綾音が茶々を入れるようにエールを送ると、慣れた手付きでミカちゃんさんは紗綾音の頬を指で突きまくった。いつものじゃれ合いみたいなものだろう。

 それからミカちゃんさんは、仕方がないか、と溜息をついてから、しゅっと右手を挙げた。

 

「んじゃ、秋水先生はまた来週ー」

 

「はい、御器所さんもまた来週」

 

 そして挙げた手をぶんぶん振って、さくっとミカちゃんさんはUターンした。

 なんともあっさりしている。助かった。

 言ってみるものだなという気持ちが半分、野暮用の内容に突っ込まれなくて良かったという安堵が半分、といったところか。流石に、小学生くらいの身長で犬の頭をした化け物をブチ殺がしに行く用事です、とは言えない。

 男女混合5名くらいの集団へ、駄目だったー、と言いながら戻っていくミカちゃんさんを見送ってから、さて、と秋水は改めて鞄を持ち上げる。

 そして、目が合った。

 

「…………紗綾音さんも、また来週」

 

 紗綾音である。

 ミカちゃんさんの後ろをてちてちと付いてきたから、てっきり同じ用事なのかと思ったのだが、ミカちゃんさんが去って行っても何故か紗綾音はまだ残っていた。

 そして、じぃ、と秋水の顔をまじまじと見つめている。

 なんだろう、すごい探りを入れるような視線だ。

 

「んー……」

 

 今週に入ってから、何度かこのように無言でまじまじと紗綾音に見つめられることがある。

 理由が分からない。

 いつもであれば、ころころと変わるその表情は真面目な色で、ただただ無言で秋水を至近距離で見上げるのだ。

 ちょっと怖い。

 女の子に見つめられての第一感想が、怖い、というのは如何なものか。

 とりあえず繰り出した別れの挨拶を軽い唸りでスルーして、そして紗綾音は、うん、となにか覚悟を決めたかのように一度肯く。

 それから、鞄を持った秋水の手を、むんず、と両手で握り締める。

 え、怖い。

 

「とりあえず、ちょっとこっち、ちょっとこっち」

 

「え?」

 

 ぐいぐいと手を引かれる。

 何だ何だ。

 鞄を持ったまま手を引かれ、秋水は特に逆らうことなく紗綾音に移動させられる。

 教室の隅。

 後ろの、窓側。

 目立たないように、という配慮なのだろうか。

 残念ながら、クラスの人気者である紗綾音が極悪面のクソ野郎を引き連れたとなれば、それは普通にちらちらと注目される。

 移動中、沙夜と目が合った。

 手を合わせ、ご愁傷様、とでも言うかのように一礼された。

 何故だチワワの筆頭飼い主。

 今週の頭に謝罪をされてから、なんだかちょっと対応が雑になったというか、このチワワの相手任せたよ、という感じである。謝罪は受け入れるべきではなかったのか。軽く絶望だ。

 他にも日比野と目が合ったのだが、またやってるなー、という表情であった。

 と言うか、何人かのクラスメイトは日比野と似た表情であった。

 誤解である。

 抵抗するべきだったかもしれないと思いつつ、教室の端まで連行された。

 そこに辿り着いてから、紗綾音は手を離す。

 なんの用だろうか。

 机のところじゃダメだったのだろうか。

 

「どうされました?」

 

「いや、ちょっと質問したいだけなんだけどね」

 

 ちょっと質問という程度なら机のところでよかったんじゃなかろうか。

 教室の端にまで追いやられてなお手を離さない紗綾音を見下ろしてから、秋水は自分の両隣を目だけで確認する。

 右はロッカー、左は窓枠、背後に柱。

 きっちり教室の隅に追い込まれている。

 逃げ場なし。

 これがダンジョンであれば大ピンチの構図だ。

 

「えっと、えーっとね……」

 

 そんな誘い込んで追い詰めた張本人は、秋水を真っ直ぐ見上げながらも、何故か口をモゴモゴさせている。

 視線は逸れない。

 だが、言葉が出てこない。

 なんだろうか。

 

「……えー、と」

 

 言い辛いこととか、後ろめたいこととか、そういうのを口に出すのを躊躇っている、という感じではない。

 言いたいことははっきりしているのに、それが言葉として纏まっていない、みたいな雰囲気だ。

 そんな気がする。

 顔も、声も、背丈も、なにもかも違うというのに、言葉を選んで口をモゴモゴさせている紗綾音の姿が、自分がよく知る、よく知っていた子と、被って見えた。

 経験上、こういう時は急かさずに言葉を待った方がいい。

 じんわりと胸に不快感を覚えつつ、秋水は紗綾音の言葉をじっと待つ。

 まあ、待ったのは20秒か、それくらいだ。

 

「ホント、あの、ただの軽い確認なんだけどね。知らなきゃ知らないで、全然、もう全然構わないんだけどね、うん」

 

 ようやく話を切り出した紗綾音は、まずは大きく前提条件を置いてきた。

 もしくは予防線とも言う。

 なんだか嫌な前置きに、秋水は心の中で襟を正した。

 

 

 

「……渡巻 仁(わたりまき じん)って人、知ってる?」

 

 

 

 知らねぇ。

 それ is 誰。

 おずおずと、しかししっかりと目を見ながら尋ねられたその質問に、襟を正した心の中で即座にツッコミを入れてしまう。

 本当に知らない。

 誰よそれ。

 

「……えーと」

 

「あ、分からなかったら全然いいから! あんま気にしなくていいから!」

 

 逆に気になるだろそれ。

 ぱたぱたと左手を振って誤魔化すように念押ししてくる紗綾音から視線を外し、秋水は教室の天井を軽く見上げた。

 渡巻 仁。

 聞き覚えのない名前だ。

 もしくは、見覚えのない名前だ。

 うーん、と秋水は記憶を辿るも、人の顔と名前を一致させることがそもそも得意ではないポンコツ海馬には、渡巻 仁という名前にはなんの引っ掛かりも感じられない。

 

「いえ、すみません。名前だけだといまいち誰なのか分からず……申し訳ありません」

 

「あ、いや……」

 

 少しの間だけ思い出そうと努力したものの、やはり知らない名前だ。

 正直にそれを申告して秋水はぺこりと頭を下げるも、何故だろう、紗綾音はどことなくまだ納得ができていない様子だ。

 とは言えど、本当に知らない名前だ。

 むしろ、秋水は紗綾音みたいに友達が多いというわけでもないボッチ野郎なのである。クラスメイトの名前もいまいち覚えていないというくらいに、他者の名前というのは大して興味がないのである。社会的人間性に問題があって申し訳ない。

 知らないと正直に言ったものの、紗綾音はそれでも口の中で言葉を探す。

 とりあえず、逃げないからそろそろ手を離して欲しい。

 

「あのね、警察官……なんだけど」

 

「警察……」

 

 警察。

 その単語に、秋水の眉がぴくりと上がる。

 渡巻 仁さんとやらには、覚えはない。

 だが、その人が警察の人であるというならば、話は別である。

 なにせ秋水は、警察の人にはそれなりの頻度でお世話になっているからだ。

 

「申し訳ありません。お会いしたことはあるのかもしれませんが、どなたかということは少々思い出せず……」

 

「え?」

 

「警察の方にはよく “つかまえられる” のですが、名前まではあまり確認していませんでしたので」

 

 軽く苦笑して、秋水は溜息をついた。

 そうである。

 秋水は、そこそこの頻度で、警察につかまる……呼び止められるのだ。

 

 最近だと、巨大バールを買った帰り道に、職務質問を受けた記憶がある。

 

 明らかに堅気の雰囲気ではない極悪面をしたデカい野郎が、リュックサックにデカいバールを2本括り付けて自転車を颯爽と乗り回していたのだ。地域課の警察官、いわゆる 『お巡りさん』 から見たら、へいちょっと止まってお話どうぞ、と呼び止めて当然の光景である。

 巨大バールのその1件を抜きにしたとしても、見るからにヤクザである秋水は何度か警察から職務質問を受けたことのある熟練経験者だ。悲しい。

 となると、紗綾音の言っている渡巻 仁という人物は、そんな職務質問で秋水を 『呼び止めて取っ捕まえた』 警察の人なのだろうか。

 だとしたら会ったことはあるのかもしれない。

 ただ、秋水が警察の人の名前をいちいち覚えていなかっただけである。

 なるほど納得、と秋水は独りで肯いた。

 

「え……捕まえ……?」

 

 ぽそっと、紗綾音がなにかを呟いた、ような気がした。

 改めて紗綾音の顔を見る。

 何故だろう、ちょっと顔色が悪い、ような気がしないでもない。気のせいかもしれない。

 

「そう言えば、その仁という方は、紗綾音さんのお父様なのですか?」

 

 どうしたのだろうとは思いつつ、今度は秋水が疑問を投げかける。

 とりあえず、渡巻 仁という人物が誰なのかは思い出せない。

 だが、渡巻、という名字は聞き覚えがある。

 紗綾音の名字だ。

 流石に秋水は学んでいる。紗綾音のことも律歌のことも、両方とも 『渡巻さん』 と呼んでいたにも関わらず、姉妹だとは全く想像もしていなかった鈍感野郎からは進歩しているのだ。

 そして、仁、というのは男性の名前であろう。

 そう考えれば、紗綾音の父か、兄のことだと思われる。

 警察という職業に就いていることを考えると、父親の方が濃厚な線かなと思い尋ねてみた。もしかしたら兄がいて、そちらの可能性もまだあるが。

 

「う、う、うん。そうそう、うん……お父さん……」

 

 正解だったようだ。

 そうか、紗綾音の父親は警察官なのか。

 何故だろう、律歌の父親が警察官、と聞いたら納得できたのに、紗綾音の父親が警察官、となると途端に首を傾げたくなる感じがしてしまう。これは秋水が警察官を色眼鏡越しに見てしまっているからだろうか。

 そうなのですね、と秋水は軽く相槌を打つ。

 紗綾音の瞳が、僅かに揺れた。

 そして、何故か僅かに顔色が青くなってきている紗綾音が、僅かに声を震わせながら、言葉を続けた。

 

「その……捜査課の……刑事さん……」

 

「……捜査課……刑事課?」

 

 

 

 思わず、秋水の表情が、強張る。

 

 

 

 ひゅ、と紗綾音が息を飲んだのが至近距離で聞こえた。

 聞こえたが、気にならなかった。

 気にできなかった。

 お巡りさんと不本意な知り合いになることは何度かあったが、刑事さんと知り合いになる場面は、一度しかない。

 

 

 

 年の暮れも暮れ、交通事故の形式的な事実確認をしに家を訪れた、刑事さん。

 

 

 

 40代くらいの、ナイスミドル。

 警察手帳を見せて名乗ってくれたのだが、その名前は覚えていない。

 そんな余裕は、ない時期だった。

 この度はご愁傷様でした、とかなんとか、中学生のクソガキ相手にも丁寧な対応をしていた、ような気がする。少しだけ質問をされた、ような気がする。

 よく、覚えていない。

 ただ、事故の全容を、濁しながらも丁寧に教えてくれたのは、覚えている。

 それを聞いても、感情1つ動かなかったのは、覚えている。

 

 泣きもしなかったのは、よく覚えている。

 

 そうか、あの刑事さん。

 紗綾音の、父親だったのか。

 ふーん。

 ふーん。

 へー。

 ……それで?

 

「そうですか」

 

 思ったより、冷たい声が出た。

 しまった。

 いつも以上に低い声のせいだろうか、紗綾音が目を見開いて驚いたような表情になったのに、怖がらせてしまう、と秋水は即座に咳払いを1つ。

 声の調子が悪かっただけですよアピールは、ちょっと遅かったかもしれない。

 ただ、ここで会話を止めると余計に変な雰囲気になりそうなので、声色に注意を払いながら秋水は言葉を続けた。

 

「あの刑事の方は、紗綾音さんのお父様でしたか」

 

「…………」

 

 紗綾音の顔色が、青い。

 怖がらせてしまったな。

 申し訳ない。

 うぜぇ、とは常々思っているものの、別に紗綾音のことを怖がらせたいわけではないのだ。申し訳ない。

 

「捜査課の人……知ってるの……?」

 

「ええ、まあ」

 

 少しだけ声を震わせながらも、紗綾音は尋ねてきた。

 知ってるよ。

 たぶん。

 その人が紗綾音の父だという確証はないけれど。

 秋水の返す言葉は短い。

 下手なことを喋ると、いらない感情まで出てきそうで、喋りたくない。

 

「……う、そ」

 

 紗綾音がなにか、呟いた。

 声は小さく、内容は聞き取れない。空耳だっただろうか。

 顔色が、そして表情が、優れない。体調が悪そうだ。

 流石にちょっと心配になってきた。

 

「紗綾音さん?」

 

「……あ」

 

 名前を呼ぶと、紗綾音の顔がぱっと上がる。

 俯きかけていた顔が、上がる。

 あれ、そう言えば、いつの間にか紗綾音は俯き加減になっていた。途中までは秋水の顔を見上げていたのに。

 声色に気をつかい過ぎていたみたいだ。

 再び紗綾音は秋水の目を真っ直ぐに見上げる。

 見上げて、一度視線が逸れた。

 ただ、逸れたのは一瞬で、すぐに紗綾音は秋水と視線を合わせた。

 

 そして、にぱっ、と笑顔を浮かべる。

 

 顔色は悪そうなままなのに。

 秋水の腕を握り続けていたその手には、ぎゅ、と力を入れたままなのに。

 

「……あ、棟区くん、野暮用があるって言ってたのに、引き止めちゃったね! ごめんめんめんなんだよ!」

 

 笑って、話を打ち切った。

 その声色は一転して、いつものように明るく脳天気そうな色を帯びている。

 そして秋水の腕を握っていた手をぱっと離し、じゃあ、と言うように片手を挙げる。

 少しだけ、指先が震えているように見えた。

 

「それじゃあまた来週! テスト頑張ろうね!」

 

「ええ、それではまた来週。紗綾音さんも頑張りましょう」

 

 よく分からないが、帰っていいらしい。

 いや、帰っていいなら、そりゃ助かるが。

 なんだか紗綾音の様子が変だなとは思いつつ、それでもやはり早くダンジョンに帰りたいと思っていた秋水は、特に迷うことなく紗綾音に対してぺこりと頭を下げるのだった。

 そして頭を上げ、ようやく無罪放免と相成った。

 よく分からない質問だったが、これで心置きなくダンジョンアタックと洒落込める。ひゃっほう、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……棟区、くん……?」

 

 

 





 秋水くんの自己肯定感低下中(・ω・`)
 物語当初から所々で、申し訳ない、と秋水君が思っているその根本は、『自分なんかがいて申し訳ない』 という理由が大きいです。

 ちなみに紗綾音は完全に母親似で、父親とは似てないです(悪魔)
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