ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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167『千客万来って素晴らしいよね(暢気)』

 日が沈んでも、客が店内にいる。

 しかも4人もいる。

 今まで経験したことのない客入りの様子に、質屋 『栗形』 の店長である栗形 祈織はにまにまとした笑みが止められなくなっていた。

 あ、またお客さんが来店してきた。

 

「いらっしゃいませー、査定・買い取り・お会計はこちらでーす」

 

 若干浮かれた猫なで声で、祈織は来店してきた客を歓迎する。

 ヨーロッパ系の白人男性だ。

 

 ほえー、昨日といい今日といい、なんだか外国の人が凄い来店してくるなー。

 

 カウンターの椅子に座り、店内の様子をにまにまと眺めながら、祈織は上機嫌にそう考えた。

 一昨日くらいからそうなのだが、昨日は祈織がこの質屋を継いでから、来客数が過去最高を叩き出した。

 そして今日、その記録はあと1人で塗り替えられる状況だった。つまり、今の来客者で昨日のタイ記録なのだ。

 お店を改装した効果だろうか。

 それとも、SNSで宣伝に力を入れはじめた効果だろうか。

 どちらにせよ、それはこの質屋の凄腕アルバイト、棟区 鎬が発案して実行したことである。

 やっぱり鎬さんは凄いなぁ、思いつつ祈織は店内を見渡す。

 

 それにしても、外国の人が多い。

 

 昨日も今日も、来客者の多くはヨーロッパ系の人だった。

 英語だかどこかの言葉で話しかけられ、慌てて覚えたての生成AIを引っ張り出して事なきを得たのは昨日と今日で何回あっただろうか。やはり英語ぐらいは勉強した方が良いだろうなという気分だ。

 生成AI。

 鎬から使用方法を徹底的に叩き込まれ、どうにかこうにかぼちぼち使えるようになってきたそれを思い出し、芋づる式に別のことを思い出し、がくり、と祈織は肩を落とす。

 

 そうだ、メールの翻訳と返事をしなきゃ。

 

 カウンターに置いたパソコン画面に視線を向ければ、未読メールはたっぷり。

 どれもこれも日本以外の国から送られてきている、鎬風に言うならば熱烈なラブレター達である。

 これを翻訳して、返事をする。

 そして売買成立の話であれば、発送するための梱包作業も待ち構えている。

 

「め、めんどくさー……」

 

 思わず小声で本音が漏れてしまう。

 いけないいけない、お客様がいるのだから営業スマイル営業スマイル。

 店内に並べた商品見ていたはずの客から、ちらり、と視線を感じた祈織は、即座に営業スマイルをにっこり張り付けて微笑み返す。

 

 なんか外国の人って、私のこと凄い見るんだよねー。不思議ー。

 

 昨日今日と増えている外国人客なのだが、何故か高頻度で目が合うことを思い出しつつ、そして笑みを浮かべつつ、祈織は首を傾げる。

 日本人と違って店員の顔を見るのが国民性とかなんとかなのだろうか。

 まさか、こんな子供が店員やってるとか日本人は気が狂ってるぜ、なんて思っちゃいないだろうな。こちらと背が人よりちょっと低くて顔がちょっと幼く見えるだけで、お酒も飲める立派なレディだぞ。いえ、はい、お酒には気をつけます、マジで。

 まあ、客と目が合うのが不思議な感じではあるが、そもそも今まで禄に客が来なかったことを考えれば、なにが普通でなにが不思議かの判断など祈織にできるわけがなかった。

 もしかしたら、外国の人に限らず、店員の顔を見るのは普通の光景なのかもしれない。

 ただ、外国の人って目つき鋭いので、ちょっと怖い。なんだか狩人のような視線なのだ。

 

「Hey there, young lady」

 

 と、そんなことを考えていると、声をかけられた。

 先程来店したばかりの、ヨーロッパ系の白人男性である。

 リュックは背負っているが、手には何も持っていない。何かをお買い上げ、という様子ではない。となると、買取だろうか。それとも質屋らしく質入れの査定だろうか。

 その男性を観察しつつ、にこっ、と祈織は笑顔を浮かべて男性を見上げる。

 笑顔で見上げながら、カウンターに置いたノートパソコンを操作する。

 モニターに表示されているのは、生成AIのトップ画面。

 

「Sorry to bother you like this—I’d love to have a little chat, but I'm actually here on a bit of business. Could you tell me where I might find one of the grown-ups in charge of this shop?」

 

 英語だ。

 生の英語だ。

 ヨーロッパ系の白人男性は、すらすらと流暢な英語で祈織に喋りかけてきた。

 ちんぷんかんぷんだ。

 全く聞き取れないし、聞き取れたとしても意味が理解できない。

 高校生時代も英語は苦手科目だった。こんなことならば、ちゃんと勉強しとくんだった。これが本当の後悔先に立たずってやつか。

 しかし安心なされよ。

 今の祈織は、先週までの日本語以外てんでダメダメのおバカ店長ではないのである。

 そう、生成AIだ。

 これがあれば、翻訳なんてちょちょいのちょいだ。

 呼びかけられた時点で、ヤベェ、日本語じゃねぇ、と警戒して大正解だったようだ。マイクによる音声入力を無言でスタートさせた判断は正しかったようである。

 ちら、と祈織はパソコンの画面を見る。

 えーと、なになに?

 

"ちょっとお邪魔して悪いんだけど、少しお話ししたいところなんだけどね、実はちょっとした用事があって来たんだ。このお店を担当している大人の方はいらっしゃいますか?"

 

 なるほど、大人を出せと。

 喧嘩売ってんのか。

 いや違った。どうやらこの男性、祈織のことを子どもだと勘違いしているようである。ふざけんなよこのヤロウ。身長が低かろうが童顔だろうが、こちらと成人女性である。

 まあ、最初の呼びかけが、「やあ、お嬢さん」 みたいなノリの言葉だった時点で、なんとなく察していたけどさ。レディって言葉は聞き取れただけ褒めてほしい。

 少し待って、とハンドサインを男性に示してから、祈織はパソコンにカタカタと入力する。

 

"私がこの店の大人です"

 

 これで良いだろう。下手に長い文章を入れて、変な翻訳されても話が拗れるだろうし。

 これを翻訳、と考えてから、祈織はちらりと男性のことを見る。にこりと微笑まれたので、にこっと営業スマイルでお返事をしておいた。

 英語は英語だけれど、イギリス人の可能性もあるか。

 では、イギリス英語でも通用するように、と注意を入れて、生成AIに送信する。

 そして少し待ち、英訳された言葉が表示された。

 なんか、少し長い気もするけど、まあいいだろう。センキューなんとか、はたぶん挨拶的な決まり文句なんだろう。

 祈織は男性へと視線を戻し、営業スマイルを浮かべながら生成AIの読み上げ機能をスタートさせた。

 

「Well, I never! I'll have you know, I'm already quite the proper grown-up lady, thank you very much!」

 

 ちなみにだが、祈織は生成AIを使い始めてまだ1週間も経っていないド素人である。

 そんな祈織が使いやすいように、彼女に使い方を教えた棟区 鎬は、いくつかその生成AIにカスタマイズ設定を行っていた。

 ここが質屋の皮を被ったリサイクルショップであること、海外の研究所と取引をしていること、主に使う人が日本語以外不得手であること、などなどのパーソナライズである。

 そして、半ば冗談交じりでこんな設定もなされていた。

 

『翻訳するときは堅苦しくなく、かわいい感じで、少しお茶目に翻訳すること』

 

 生成AIは、その設定を加味して翻訳したのである。

 そして弾き出された英語を、逆に和訳すれば以下の通りであろう。

 

"あらまあ! 失礼しちゃうわ! もう立派な大人の女性なんですけど、何か文句ある?"

 

 ある意味、祈織の内心を正確に表した文言であった。

 見るからに小学生低学年の女の子が、にこっと笑顔を浮かべてはいるものの、パソコンから流れてくる言葉は 「私を子ども扱いする気?」 と若干の怒りが滲んだものになってしまった。

 ヨーロッパ系の白人男性は、やってしまったな、と言わんばかりに苦笑した。

 

「Oh dear, terribly sorry—didn't mean to offend! I'll pop back later, shall I?」

 

"あらら、ごめんごめん! 気を悪くさせちゃった? じゃあ、また後で来ることにするよ!"

 

 少し焦ったように男性がカウンターから離れていった。

 はて、確かに子ども扱いされて気分は悪いが、どうしたのだろうか。

 自分が出力した英語のニュアンスが、想定していたものとはだいぶ違っていたことに気がついていない祈織は首を傾げた。

 しかし、生成AIとは便利なものだ。教えてくれた鎬には感謝しかない。

 今し方その鎬が冗談半分で入れていた設定で爆死したのだが、知らないとは幸せなことである。

 

 そう、知らないことは幸せ、なのである。

 

 入口のベルが鳴った。

 

 退店者、ではない。

 新しいお客である。

 祈織はそちらに目をやれば、日本人らしき男性と女性の2人組。

 男の方は40代くらいだろうか。良く言えば優しそうな、悪く言えば気の弱そうな感じがする雰囲気である。

 女の方は祈織よりもやや年上くらい、25歳かそれくらいだろう。少し釣り目で気が強そうな、そんな気配が遠目にも分かる顔立ちだ。

 2人とも、なんだかお高そうなスーツをびしっと着こなしている。

 

「いらっしゃいませー、査定・買い取り・お会計はこちらでーす」

 

 そんな2人組に祈織は挨拶を投げかけると、男の方が祈織の姿を見て、優しく微笑んだ。あらナイスミドル。でも線が細いのは祈織お好みではない。筋肉つけてからもう一度どうぞ。

 その男は周りに陳列されている商品には目もくれず、一直線に祈織のところまで歩いてきた。

 査定だろうか。

 祈織はこちらに向かってくる男を見て、カウンターに置いていたノートパソコンを横へと移動させる。

 男の方は無手であるが、その男の1歩後ろについた女が鞄を持っている。査定品はその鞄の中にでもあるのだろうか。

 ただ、何故だろう、男の方は祈織のことをまっすぐ見ているが、女の方は店に入った瞬間から鋭い目つきで店内ぐるりと見回し、他の客を睨みつけている。商品を、ではない。他の客である。

 何故か周りを警戒しまくっている性格キツそうな女に、面倒ごとだけは起こさないでくれよ、と祈織は心の中で祈りの言葉を捧げていると、まっすぐにこちらに向かってきた男がカウンターの前へと立った。

 優しそうなおじさまに、ちょっと怖いお姉さん。

 上司と部下みたいな、仕事関係の組み合わせっぽい。

 

「こんにちは、少しよろしいですか?」

 

 まず口を開いたのは男である。

 なかなかに渋い声じゃないか。刺さる人には刺さりそうな声をしていらっしゃる。

 でも筋肉足りねぇな。

 営業スマイルは一切崩すことなく祈織は男のことを評価しながら、カウンターに品物を受け取る用のトレーを置いた。

 カウンター下にしまってるトレーを取り出した瞬間、男の眉が一瞬だけ上がった気がした。

 

「はい、大丈夫ですよ。査定ですか?」

 

「そうですね……志穂さん、時計をよろしいですか?」

 

 確認を取ると、男は後ろにいた女へと呼びかけた。

 女の方は、志穂、というらしい。

 苗字じゃなくて、下の名前っぽい感じだ。女性をファーストネーム呼びするおじさま。どんな関係なんだこの2人。

 男に呼ばれた女、志穂はその呼びかけに、他の客を威嚇するように睨みつけるのをやめて祈織の方をちらりと見た。

 見てから、何故か戸惑ったような表情をした。

 

「……いや先生、子どもを相手にしている場合ではないのでは?」

 

 おーっと、もしかして喧嘩を売られているのか―?

 この子、とかいう口ぶりからして、志穂と呼ばれた女は祈織のことを子どもだと勘違いした様子であった。

 祈織の営業スマイルの口端が、ひくり、と引き攣る。

 こちらと成人してるんですけどー? お酒だって飲めるんですけどー?

 心の中だけでそんな文句を祈織は呟いていると、先生と呼ばれた男の方は、んー、と軽く鼻を鳴らした。

 

「いえ、彼女が相手で合っていますよ」

 

 志穂の方から、ゆっくりと男が祈織へと視線を移し、真正面から見据えた。

 はて、何が合っているのだろうか。

 

「あなたはこの店の店主、でよろしいですか?」

 

 そして男は柔和に微笑んで、祈織にそんな確認をする。

 おっと、こちらの人は子どもと勘違いしなかったようだ。どうだ見たか志穂とやら。大人の色気というものが紳士には分かるのだ、たぶん。悲しくなるからやめよう。

 

「あ、はい。この質屋 『栗形』 の店長を務めています、栗形 祈織です」

 

 店の名前と苗字が同じなことを強調するように、祈織はフルネームで名乗った。

 鎬もアルバイトで入ったことだし、そろそろ名札とか用意した方が良いかもしれない。

 名札に店長とかデカデカと表記すれば、子どもに間違われる確率も減るんじゃないかなー、と名乗りながら祈織は暢気にそんなことを考えていた。

 それはもう、本当に暢気に考えていた。

 

 

 

 名乗った瞬間、店にいた外国人客の表情が一斉に変わったのにはまるで気がつかず、暢気なものであった。

 

 

 





 白銀のアンクレットとかいうドロップアイテムの素材に、明らかに今まで発見されているどの元素でもない謎の元素らしきものが検出された、と報告をしてきたのは 「海外の大学研究室」 です。
 そしてドロップアイテムは、現在進行形で質屋 『栗形』 の名義で 「海外の研究室とか」 に売りつけているところです。
 それをし始め途端、質屋 『栗形』 に 「海外からのお客さま」 が増えたそうです。

 ……暢気すぎだろこの変態Σ(´∀`;)
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