ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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168『峰岸 鉄臣は胃痛持ち』

「ところで峰岸さん、海外の研究室で 『新元素』 を発見した、という話を知っているかしら?」

 

 背筋も凍りつくような美女が、そんな世間話を切り出したのは、もう4日も前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで峰岸先生、あいつの依頼、結局受けるんですか?」

 

「志穂さん、依頼人のことを 『あいつ』 呼ばわりしてはダメですよ」

 

「話をすり替えようとしないでください。依頼の話ですよ」

 

 冬の太陽は早々と落ちてしまった、夜と呼ぶには物足りない時間帯。

 すり替えているわけではないんだけどな、と思いつつ、弁護士の峰岸 鉄臣は2月の寒さに着ているコートの中で身震いをした。スーツだからトレンチコートを羽織ってきたのだが、こんなに寒いのであれば素直にダウンジャケットにすればよかった。40を過ぎたあたりからすっかり寒さに弱くなってしまった気がする。

 今夜は雪かなぁ、と空を見上げれば、若干厚めの雲が天空を支配している。やはり降りそうだ。

 昼間に来るべきだったかな、と鉄臣は細長く白い吐息を吐き出した。

 

「依頼の方は、まあ、正直まだ検討中ですね」

 

「いっそ全部断りましょう」

 

「身も蓋もない……」

 

 はっきりとした口調でとんでもないことを口走る新人弁護士、鋒山 志穂の発言に鉄臣は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 依頼。

 現在、鉄臣が抱えている案件は2つある。

 刑事裁判と、民事裁判のサポートだ。

 どちらの裁判も同じ事件であり、とある交通事故により発生している裁判である。いや、民事裁判はこれから起こすので、まだ発生はしていないか。

 刑事と民事、その両裁判のサポートを依頼してきたのは同一人物、棟区 鎬という女性であった。

 ちょっとヤバい女である。

 刑事裁判では初手で死刑を求め、起こそうとしている民事裁判の方もまた、結構血も涙もない内容なのだ。

 まあ、それはいい。良くないが、今はいいとする。

 

 問題なのは、鎬が持ち込んできた依頼は、3つある、ということだ。

 

 鉄臣が抱えている案件は2つだ。

 つまり、まだ1つ保留中の依頼がある、という意味である。

 その依頼内容が、なんと言えばいいのだろうか、かなりぶっ飛んだ内容であり、鉄臣は頭を抱えているのであった。

 ちなみに、依頼を受けるかどうかの期日は、明日に迫っている。

 

「物質の新しい元素なんて、本当なんですかね?」

 

 街灯に照らされた道、隣を歩く志穂がぽつりと呟く。

 ちらりと視線を向ければ、思い切り信じてなさそうな表情の志穂が、鉄臣とお揃いのトレンチコートを揺らしながら唇を尖らせている。

 黒が渋くて格好いいですね、なんて言って同じコートを買ったはいいが、首が寒いです、と酷評しているコートだ。鉄臣も同意見である。それでも同じトレンチコートを着ているのは格好つけなのか。若いって良いな。

 視線を前方に戻してから、うーむ、と鉄臣は軽く唸った。

 

「棟区さんに見せて頂いた資料を読んだ限りは、可能性が高い、といったところでしょう」

 

「可能性が高いと言っても……地球上で安定している物質の元素なんて、もうほとんど調べられているはずですよ」

 

「うーん、私は物質の学問について専門外なので、何とも言えませんね。ビッグニュースなのは分かるのですが」

 

「いや峰岸先生、事実だとしたらビッグニュースどころの話じゃないですよ」

 

「日本の製品なのに海外で新元素検出となったら、利権問題が面倒ですね」

 

「そういう次元の話じゃないですよ峰岸先生……」

 

 はぁ、と志穂に溜息をつかれてしまった。白い吐息がなんとも物悲しい。

 棟区 鎬からの依頼は3つある。

 刑事裁判のサポート。

 民事裁判のサポート。

 

 そして、新元素に関して発生する政府機関との交渉のサポート。

 

 政府機関ときたか。

 彼女は軽いジャブかのように、まずは文部科学省と経済産業省の役人との交渉が来週ある、なんて言ってきた。

 ちょっとなにを言っているか分からない。

 そうか。霞ヶ関の人と楽しく談笑するのか。それで、弁護士としてその交渉のサポートをお願いしたいという依頼か。ははは。冗談ではないぞ。

 はぁ、と今度は鉄臣が溜息をつく番であった。

 なんでその海外で発見された新元素とやらで、鎬が政府連中と話し合うことになるのだ。

 その疑問の答えはシンプル。

 

『その新元素が検出されたものっていうのが、私が手伝っている質屋で売りに出された装飾品から発見されたのよ』

 

 そんな馬鹿な。

 こんな身近に、そんな世紀の大発見に繋がるものが、質屋で売りに出されていたというのか。

 いやでも、質屋で売りに出された物ということは、質流れの品ということだろう。そうであれば、その質屋は誰かから受け取った物を横に流して売っただけなので、別に鎬は新元素発見云々の交渉なんてものに首を突っ込む必要がないのではなかろうか。

 という疑問に対しては。

 

『その装飾品、ウチの質屋で独占的に仕入れて販売しているアクセサリーなの。仕入れ先? 秘密よ』

 

 ちょっとなに言っているか分からない。

 それはもう質屋ではなく小売業者じゃないのだろうか。

 つまり、自社で売っている商品から未知の元素が検出されたので、鎬が色々調査やら権利やらの調整を日本政府としなきゃいけないということなのだろう。

 なるほど、どういう冗談だ。

 そして、その交渉のサポートを、峰岸弁護士事務所にお願いしたい、という依頼である。

 もう一度言おう。

 どういう冗談だ。

 しかも最初の相手が文部科学省と経済産業省だと言う。

 鉄臣にとって、そんな雲の上の人間達と交渉弁護をするというのは、全くの未経験の世界である。

 それはまあ、税務署や保健所、それに検察などを相手取ることは何度も経験しているが、流石に相手の規模が段違いすぎる。

 しかも、交渉の内容が内容だ。

 

 裁判の方はともかく、政府との交渉はウチの事務所では荷が重すぎますね……

 

 鉄臣は内心、そう考えている。

 地方の個人弁護士事務所が、国を相手に戦う。

 実にドラマチックじゃないか。

 つまり、現実的ではない。

 再度、鉄臣は溜息を吐く。

 

「ああ、峰岸先生、あの店ですよ」

 

 色々考えながら歩いていたら、隣の志穂が声を上げた。

 おっと、もう到着してしまった。考えすぎてしまったようだ。

 鉄臣は顔を上げると、目的地である店は、もう目と鼻の先である。

 

 質屋 『栗形』。

 

 そう書かれた看板を掲げている、小さな店だ。

 日も暮れてしまったこんな時間に、わざわざ外に出て向かった目的地は、鎬が手伝いに入っていると言っていた質屋であった。

 なんでも、未知の元素を含む装飾品を売っているのだとか。

 本当なのだろうか。

 

「……なんか、見た感じ普通のお店ですね」

 

 それは正直、鉄臣も思った。

 目前の質屋、小綺麗で明るい店に見えるが、あまりにも普通なのである。

 ふーむ、と鉄臣は鼻を鳴らす。

 実に普通の個人経営店だ。

 少なくとも、未知の元素を含む装飾品を、独占で取り扱っている、なんて店には見えない。

 

「まあ、今回は商品が存在するかどうかの確認が目的ではありません。そこは大丈夫ですね?」

 

「見れるなら是非とも見てみたいですけどね」

 

「志穂さん?」

 

 質屋へと近づきながら志穂に確認の言葉をかけると、何故だか志穂は興味深そうな表情で目を輝かせていた。

 あれ、どちらかと言えば新元素の存在には懐疑的じゃなかったっけ?

 新元素とか関係なく、女の子はやはりアクセサリーとか好きなのだろうか。すっかりおじさん感性である鉄臣は首を傾げる。

 

「目的はあくまでもあの店の様子を見るだけです。正確には、棟区さんが言っていた、あの店の店長、ですが」

 

 そうである。

 今回の目的は、あの質屋の、店長。

 名前は確か、栗形 祈織といったか。

 店名と同じ名字である。

 事前に少し調べたところ、父から質屋を受け継いだ2代目店長なのだとか。

 現在23歳。若いのに店を経営するとか偉い。

 その店長の様子を見るのが、今回の目的なのだ。

 理由は、あまり大したことではない。

 少しだけ気になることがあって、という程度の理由である。

 店の前に到着する。

 明るい店内。

 ぽつぽつと客がいるようだ。

 店内には色々と商品らしきものが並んでおり、質屋というよりはリサイクルショップのようである。

 店長は、いるだろうか。

 

「う……あの悪魔のビジネスパートナーとか、どんな奴なんでしょうね」

 

「こらこら志穂さん、依頼人を悪魔とか言わない」

 

「いいえ、あいつは悪魔ですよ」

 

 唇を尖らせながら、志穂は明らかにむすっとした表情で吐き捨てる。

 4日前、鎬が追加で依頼を持ち込んできた時に一悶着、いやいっそ二悶着か三悶着くらいあって、志穂は本格的に鎬に対して拒絶反応を示すようになってしまった。

 依頼人のことが嫌いとか、個人的な感情を包み隠せていない。

 若いと言うか、青いと言うか。

 鎬の依頼に関しては、志穂は降ろした方が良いかもしれないな。

 そんなことを考えつつ、鉄臣は若干痛む胃を押さえながら店へと入ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ、この依頼については、断っていただいても一向に構わないわ。裁判が忙しいでしょうしね』

 

 

 

『政府に色々言われるでしょうけれど、最悪の場合は、その質屋の店長を矢面に立たせるまでよ』

 

 

 

『もし交渉が不首尾に終わったとしても、責任をすべて被ってもらう形で処理して “さよなら” ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内に足を踏み入れた瞬間、視線が集中してきたのがはっきり分かった。

 店内の客と思われる人間は5人。

 全員、日本人ではない。

 ヨーロッパ系だろうか。白人だ。

 

 マズい。

 

 この店内の現状が最悪に近い状態であるのを、鉄臣は瞬時に察してしまう。

 恐らく志穂も同じことを察したのか、鋭い目つきでぐるりと店内を、いや、客と思われる人間を見回した。

 スーツ姿が2人。

 ラフな格好が3人。

 観光客にでも扮しているつもりだろうか。

 冗談にしては出来が悪い。

 

 こんな時間に、こんな普通の店に、観光客が来るとでも思っているのか。

 

 店の奥には少し古めかしいレジスターが置かれたカウンターがあり、そこには少女が1人座っていた。

 子どもだ。

 10歳かそこらだろう。丁度成長期くらいの頃合いなので個人差が大きいだろうが、上に見ても中学生には見えない。

 店番だろうか。

 いや。

 この店は、祈織の個人経営だ。

 その祈織は23歳。とても10歳前後の子どもがいる年齢ではない。

 となれば、あれは誰の子どもなのか。

 もしくは。

 

「いらっしゃいませー、査定・買い取り・お会計はこちらでーす」

 

 入店してきた鉄臣と志穂に向け、にこっと子どもっぽい笑顔を向けて少女が声を掛けてきた。

 その少女に向けて、鉄臣も愛想良く笑顔を向ける。志穂は未だに周囲を警戒、というか威嚇している。ボディーガードみたいで心強いじゃないか。弁護士ってそういう仕事は専門外なんだけど。

 

 

 

「峰岸先生、スーツの男、隠しカメラを鞄に仕込んでいます。時計下の男のメガネ、たぶん盗聴器か何かが入っています。ジャーナリスト系が2人です」

 

 

 

 ぼそりと小声で志穂が伝えてきた。

 鋭いね、探偵みたいで心強いじゃないか。弁護士ってそういう仕事は専門外なんだけど。

 

「残りの方の職業は分かりますか?」

 

「分かりません。元素の話が本当なら、研究機関か企業がコンタクトを求めてきているのかと」

 

「優秀ですね志穂さん。ただ、組織として動くには流石に時期が早すぎます」

 

「では、個人的に動いてきた、ということですか?」

 

「それが自然でしょうね」

 

 小声で志穂に問いかければ、実に切れ味の良いご返答。

 志穂が新人として事務所に入ってきてから一緒に働いてきて常々思うのだが、やはり志穂とは相性が良い。

 鉄臣はカウンターの少女に笑顔を向けながら、足を前に踏み出した。

 

 

 

 ここにいる外国人、全員まともな客ではない。

 

 

 

 1人の男の後ろを横切る。

 じっ、と視線を向けられる。

 あからさま過ぎて、国家的なものとか産業スパイとかではないことが逆に分かる。

 全く、少しはスパイ映画でも見てきたらどうだろう。あまりにもバレバレだ。

 近づいてくる鉄臣を確認したカウンターの少女は、置いていたノートパソコンをすっと横に移動させてカウンターの上のスペースを広げた。

 自然な動きだ。慣れが見える。

 なるほど。

 カウンターの前まで鉄臣は移動して、小柄な少女、いや、小柄な女性の前に立って見下ろした。

 

「こんにちは、少しよろしいですか?」

 

 子どもに向けた声色ではなく、依頼人と接するかのようになるべく丁寧に、小柄な女性に声を掛ける。

 彼女は鉄臣を見上げながら、にこっとした子どもっぽい笑顔は一切崩さない。

 そして、崩すことなく、さらには見上げた鉄臣の顔から目を逸らすことなく、トレーを1枚カウンターの下から取り出して、ことりカウンターへと置いた。

 手慣れた動きだ。

 目視で確認することなく、感覚でトレーを取り出していた。

 お手伝いで入った素人の子どもの動きでは、ない。

 

「はい、大丈夫ですよ。査定ですか?」

 

 笑顔のまま喋るその声色は、正直子どもっぽい高い声である。

 これは騙される。

 

「そうですね……志穂さん、時計をよろしいですか?」

 

 そう言えばここは質屋なのだから、なにか査定してもらった方が彼女と喋れるだろう。

 そう判断した鉄臣は振り返り志穂を見る。

 は? みたいな表情だった。

 

「……いや先生、子どもを相手にしている場合ではないのでは?」

 

 見事に騙されている。

 純粋な疑問をぶつけてきた志穂に、鉄臣は思わず苦笑した。

 

「いえ、彼女が相手で合っていますよ」

 

 言いながら、鉄臣はゆっくりと小柄な女性の方へと向き直る。

 ぽかん、と鉄臣を見上げる童顔の女性。

 どうしよう、この店の状況、理解していないんじゃなかろうか。

 鉄臣は再びにこやかな笑顔を彼女へと向けた。

 

「あなたはこの店の店主、でよろしいですか?」

 

「あ、はい。この質屋 『栗形』 の店長を務めています、栗形 祈織です」

 

 問いかけてみれば、なんともまあ暢気な声で、彼女、栗形 祈織が自己紹介をしてくれた。

 実にはっきりと。

 未知の元素が含まれた商品を取り扱っている店の店長なのだと、胸を張って宣言しやがってくれた。

 

 客に扮した野郎共の目の色がガラリと変わった。

 

 ああ、なるほど。

 あまりに幼い見た目をしている彼女が、本当に栗形 祈織なのかどうか確証が持てなかった、もしくは完全に祈織ではないただの子どもだと思っていた、という感じか。

 火に油。

 飢えた獣に生の肉。

 豹変した店内の雰囲気を敏感に感じ取ったのか、志穂が咄嗟に身構えた。

 SPみたいで心強いじゃないか。弁護士ってそういう仕事は専門外なんだけど。

 一方で、豹変した店内の雰囲気に対して鈍感なのか、肝心の祈織の方はぽへっとした感じであり、なにも勘付いていない様子だ。

 なんてこった。

 全く危機感を感じられない顔をしていらっしゃる。

 

 もしかして、自分達は最悪のタイミングで店に来てしまったんじゃないだろうか。

 

 鉄臣はキリキリと痛む胃をそっと撫でるのだった。

 

 

 





 弁護士コンビ再登場。
 なんか探偵さんっぽくなっちゃったけど、書いてて楽しいですのこの2人。
 ちなみに鉄臣は45歳。若さを羨むおじさんです。

 そして祈織の扱いが可哀想というか、この2人から見た鎬さんがあまりにも真っ黒で笑えない……(´゚ω゚`)
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