地面を蹴って、コボルトに突進する。
フォルムは人間でも犬の頭なら仕方がないのか、大型犬が威嚇するような遠吠えと共に、右手に持った棍棒が横凪ぎに振られた。
狙われているのは、左脇。
タイミングはぴったり。
だからこそ。
「合わせてくれてりゃズラしやすいってな!」
格闘距離の少し前、振られたところで棍棒が届かない距離、そこで秋水は右脚を踏み込んで急ブレーキをかける。
衝撃を逃すように秋水の上体が沈み込む。
前進からの急停止。
秋水が突っ込んでいく速度に合わせて棍棒を打ち込もうとしていたコボルトが、途端に焦ったような表情になる。いや、犬の表情など詳しくないのだが、これは正に焦っているのだろう。
振られた棍棒を慌てて止めようとしたみたいだが、遠心力を舐めてはいけない。
ぶおんっ、と秋水の首下スレスレを、棍棒の先端が快速通過。各駅になったらまたおいで。
右脚を踏み込んで急停止。
棍棒が振り抜かれたのを見て、秋水は頭を前に出すように上体を倒し、重心を前に。
そして透かさず左足を振り出すようにして、さらに前に。
手首のスナップで、中央辺りを持っていた巨大バールの持ち手位置をずらし、平側の端を握る。
右脚に、力を込める。
前に。
前に。
大腿四頭筋に大臀筋、ハムストリングスが轟き叫ぶ。
「スト、ライクッ!!」
振り出した左足で踏み込んで、空振りして体勢を崩したコボルトのド頭を、一切の遠慮も躊躇もなく巨大バールでぶん殴る。
肉を叩いて骨を砕く、そんな鈍い音が響き渡る。
ナイス手応え。
回避から一撃を叩き込むまで、最良の流れだ。
にぃ、と思わず口の端をつり上げながら、秋水は即座に踏み込んでいた左足で地面を蹴る。
前ではなく、後ろに。
追撃しない。
ヒット&アウェイ。
一撃入れたら、とにかく引く。
「……っと」
蹴った左足が後ろへ着地したのと、殴られたコボルトがもんどり打ってぶっ倒れたのは、ほとんど同じタイミング。
L字の先端を叩き込んだ箇所から、ぶわり、と魔素の光が噴き出した。
死亡演出だ。
もう1撃くらいは必要だと思っていたのだが、想定していたよりもクリティカルな一撃を叩き込めていたようである。
もしくは。
ちらっと、巨大バールを握る、自分の左手を見た。
しっかりと、意のままに動く、自分の手である。但し書きが必要ではあるが。
視線を再び魔素を撒き散らしながら倒れ伏せているコボルトへと向ける。
ボスウサギと1回目に戦ったとき、肩から先、左腕が丸ごと吹き飛んだ。
それをポーションで再生させてから、身体強化の強化倍率が倍近く跳ね上がったことを思い出す。
ボスを討伐したボーナス的な何かだと思っていたが、もしかしたら。
左手からライディンググローブを外しつつ、秋水は自分の左手に魔力を集め、渦を作るように集めた魔力を回転させていく。
そしてその左手を、倒れたコボルトへと向けた。
「回収」
その一言と共に、魔力へと色を付ける。
途端、コボルトから噴き出していた魔素が、一気に秋水の左手へと吸収されていく。
まあ、いいさ。
身体強化の強化倍率が、また上がったということだろう。
いいことじゃないか。
もしも脳裏に浮かんでいるその仮説が正しいのであれば、右腕や両脚を切り落としてもアリかもしれない。
どうせ、こんな自分の、体なんか。
く、と秋水は小さく笑った。
ああ、良い気分だ。
暴れて楽しい。
殺せて嬉しい。
魔素を取り込むのは気持ちが良い。
もっと強くなれば、もっと暴れられるだろう。
それならば、手足を切り落とすことくらい、わけはない。
「……いや、栄養が足りなくなるか。ダメだな、却下」
急に冷静になった。
ボスウサギに左腕をまるっと持って行かれた後、それを再生したら気絶するわ体脂肪はごっそり削れるわ、ポーションのデメリットはしっかりと体感させてもらった。頑張ってはいるのだが、減ってしまった体脂肪は、未だに元の水準に戻っていない。悲しい。
そして昨日、左手を再生させたら、やはり体重は減少していた。悲しい。
疲労の回復や少々の怪我の回復ならばまだしも、手足の欠損のような大掛かりな身体の再生を行うと、体に蓄えられているエネルギー、つまり脂肪が大きく消耗してしまう。
ということは、ポーションによる身体欠損の再生は、上限がある、と思っていいだろう。
手足を切り落としてポーションで再生させれば、なんて思ったが、そうは問屋が卸しちゃくれないようだ。
「すぐに太れる才能が羨ましいよな、まったく」
魔素を回収しながら、聞く人が聞けば怒り狂いそうな暴言を大真面目に零しつつ、ついでに溜息まで一緒に零した。
悪意はないのだ。悪意は。
コボルトを順調に殴り殺して進んでいけば、目的地に辿り着く。
8体程のスライムが、疎らにぽよんぽよんしている大部屋で、秋水は大きく背伸びをする。
コボルトを1体ずつ始末して進み、怪我らしい怪我は今のところなく進めている。位置調整やタイミングをミスって2発だけ棍棒で殴られているが、角ウサギの角突きタックルのように1撃が大惨事、みたいなダメージではないので許容範囲だ。
今日は調子が良い。
やはり身体強化の強化倍率が上がっている様子だ。
一度深呼吸をしてから、地面に置いていたリュックサックからコンビニおにぎりとサラダチキン、それからほぼチョコレート菓子のカロリーバーを取り出した。
よっこらせ、と腰を下ろす。
「さてさて、どうやって立ち回ろうかねぇ……」
呟きつつ、まずはおにぎりを開封して食べ始める。
具材はあさりしぐれ。
肉系統の方がカロリー高かったかなぁ、と思いつつ、秋水は部屋の出口へと視線を向けた。
出口の先には、通路がある。
通路を歩けば、次の部屋だ。
複数のスライムと、3体のコボルトが待ち構えている、次の部屋である。
待ちに待った本日のメインイベント。
ついに複数のコボルト相手に、楽しい楽しい殴り合いだ。
もごもごとおにぎりを食べつつ、秋水は片手で器用にサラダチキンの封を開ける。食べやすいスティックタイプ、なんて代物ではなく、料理に使用するタイプの大きなサラダチキンである。しかもプレーン。
そのサラダチキンにもかぶりつく。
うん、美味い美味い。
味付けなしのサラダチキンに、食べにくさも物足りなさも感じることなく秋水はもぐもぐと食べ進めていく。
この後は、コボルトとの戦いが待っている。
しかも3体相手。
激しい殴り合いをする前にしっかりとした腹拵えをするのもどうなんだとは思いつつ、然りとてならばいつ腹拵えをするのかという問題もある。
どうせ3体相手に戦って問題なく勝てたところで、では今日のダンジョンアタックは終わろう、とならないことくらい、秋水自身理解している。先に進むであろう。
ならば今、腹拵えをするべきだ。
それに、次の部屋で、死ぬ可能性も、ある。
袋叩きにされて殺されるか、スライムに捕まって死ぬか、あるいは別のアクシデントか。
自分は今日、死ぬかもしれない。
そう考えれば、心残りは少ない方がいいだろう。
この腹拵えが、最後の晩餐かもしれないと思いつつ、サラダチキンを口へと放り込む。
これが末期の飯だとしたら、随分な内容だ。
おにぎり。
サラダチキン。
カロリーバー。
秋水は文字通り、食べ物の好き嫌いはない方である。
これといって嫌いな食べ物はない。
反対に、これといって好きな食べ物もまた、ない。
そんな自分の末期の飯が、こんな食事のラインナップだとするならば、ある意味お似合いなのかもしれない。
食は人生を豊かにすると聞いたことがあるが、だとすれば、自分の人生はなんと不作なことなのか。
生きていても、意味がないな。
カロリーバーの袋を開き、秋水は自嘲気味に鼻を鳴らす。
「さっさと殺しに行こうかな」
物騒なことを口にしながら、カロリーバーを食べていく。
今日はなんだか、立ち止まる度に、嫌な考えが頭に浮かぶ。
やはりモンスターと殺し合っている時間が、1番生きた心地がする。生きている感じがする。
コボルト3体。
はやく戦いたい。
カロリーバーを咀嚼しつつ、秋水はリュックからお茶の入ったペットボトルを取り出した。
取り出してから、ふと気がついた。
なんで自分は、カロリーが馬鹿高いジュースとかを選ばなかったんだろう。
ちょっと凹んだ。
気を取り直し、通路を歩く。
次の部屋は見えていた。
右手には巨大バール。左手には既に降ろす手前のリュックサック。
腹は走ったら腹痛で吐きそうになるほど満腹でなければ、空腹で目眩を起こすレベルでもない。丁度良い感じだ。
ぐるりと左肩を回す。
先程腹拵えを終わらせてから10分程、胃を落ち着かせるために休憩した。
しかし、体が冷えている感じはしない。
全身の筋肉に力を入れたりリラックスしたり、そうやって絞めて緩めてを繰り返していたのが良かったのかもしれない。
よし。
すぐにでも戦える。
そうして部屋の前に到着した。
「おー、いるねー……余計なのもいるねぇ……」
ちらりと部屋の中を覗き込めば、そこにはやはりコボルトが3体。
3体共に棍棒を握っている。
これでどれか1体が弓でも構えていたら面白いのだか、流石にそれは高望みが過ぎるだろう。精々得物を持ち替えていたとしても槍止まりなんじゃないかと秋水は予想している。
そして、部屋には当然ながらスライムもいた。
9体もいる。
邪魔だ。
主役のコボルトの3倍もいるんじゃないよ。
いや、トラップ要員だから邪魔であるのは当たり前と言われれば、納得せざるを得ないんだけど。
カラフルなスライムの存在に、秋水は渋い表情をしながらヘルメットのバイザーを下ろす。
ついぞ先程、おにぎりやサラダチキン、カロリーバーの包装フィルムをスライムに処理してもらって、さらにはお茶のペットボトルまでお食べして頂いたので、スライムがマジでいらん、とは口が裂けても言えない立場である。
現代人、生活したら、ゴミが出る。字余り。
地味にゴミ処理装置として超優秀であるスライムには色々お世話になり始めているので助かっている反面、昨日は手首から先を喰われた挙げ句にコボルトと挟み撃ちになるというピンチも招いているので、何とも微妙な気分だ。
いつか、スライムをぶっ殺せるようにならないと。
最低限、スライムに捕食されかけたとしても、脱出できる術を身につけないといけない。
「ま、スライムちゃんの相手はまた今度として」
秋水はゆっくりとリュックサックを地面に降ろす。
そして、リュックに括り付けていた手斧を左手で引き抜いて、刃を保護していたキャップを外した。
ぶぉん、と一度振る。
「身体強化、60%」
斧の調子を確かめながら体内の魔力を隅々に行き渡らせるように回し、色を付ける。
出力60%の、全身強化を施す身体強化の魔法。
体にある魔力を操作することも、魔法として出力させることも、毎日繰り返しているお陰だろうか、段々と慣れてきた感じだ。
くるり、と右手に持った巨大バールを回す。
「ふーむ」
そして鼻を鳴らし、少し考える。
右手には巨大バール。角ウサギとドツキアイをしているときからのメインウエポンだ。
左手には手斧。最近はメキメキと扱い方に慣れてきた新顔装備だ。
両手で構えて使用することが前提の巨大バールに、手で持った状態で戦闘開始が前提の手斧である。
この2つの武器、とにもかくにも相性が悪いのは、手斧を使い始めてから度々頭を悩ませている事柄であった。
一応、解決策が思いついていないわけではない。
「よいせっと」
ぶん、と秋水は巨大バールを振り下ろす。
右腕だけ、片手の握りで。
振り下ろした巨大バールは、その先端が岩肌の地面にガツンと当たる。
巨大バールの利点は、柄が長いことと、重量があること。
そして欠点は、柄が長いことと、重量があること。
適当にぶん回しても、その柄の長さから遠心力がしっかり乗るので威力が高い。
しっかりとした重量があるので、遠心力で速度を乗せれば、雑に殴っても威力が高い。
その反面、遠心力が乗れば乗る程に片手での制御が難しくなるのもまた事実。
よって、巨大バールは基本的に両手で構えて使う。
バットのように振り回すときも、なんちゃってバール棒術で使うときも、基本は両手だ。
だが、別に片手で使うことが全くない、ということはない。
遠心力をフルに使い、確実に当てられる場合、巨大バールの端を持ち、思いっきり片手で大きくぶん回して殴ることはある。
それに、咄嗟の場合に片手を離して使う場面も多々あるのは事実だ。
しかし、だからと言って片手で常時つかえる状態かと問われれば、微妙なところである。
「100%だったらギリいけるかもしんないけどさ」
呟きながら巨大バールの端を握っていたのを中央辺りで握り直す。
強化倍率がまた上昇している現状、感覚的には100%の出力で身体強化の魔法を発動させれば、片手でも力業で巨大バールを実践レベルで制御できる、ような気もする。あくまでも感覚的な話だが。
もっとも、出力100%で身体強化を行うと、いざという場合に奥の手であるブースト、部分強化との重ね掛けが行えなくなってしまうので、今の段階では却下である。
「……ブースト」
考えながら、秋水はその奥の手であるブーストを発動させた。
対象は、右腕。
巨大バールを握っている右腕だ。
出力60%で全身の身体強化を施しながら、残りの40%を右腕、特に右の肩を中心に魔力を掻き集め、部分強化を発動させる。
身体強化、重ね掛け。
この前までは、これでざっくり強化倍率320%であった。
強化倍率がまた引き上げられた今のブースト状態は、さてどれくらいの倍率になっているのだろうか。
「ま、それはジムで検証してみるとして」
身体強化を重ね掛けしたまま、秋水は構えた。
まだ部屋には足を踏み入れていない。
入口の前である。
コボルトは秋水の存在を未だに認識していないのか、戦闘態勢に入った様子はない。
しかし秋水は構えた。
こちらはとっくに、戦闘態勢なのだ。
秋水は、大きく右腕を振り上げていた。
握っているのは、L字側。
小指側の方へと巨大バールは伸びていて、いわゆる逆手の握りである。
「さぁて、角ウサギちゃんにボスウサギちゃん、俺に力を貸してくれ、ってな」
そして秋水は、巨大バールを片手で振り上げて構えたままに地を蹴った。
踏み込みではなく、助走。
秋水はスポーツ全般は教養レベル程度にしか詳しくないが、何故かオリンピックや世界陸上のようなスポーツの大型イベントは結構好きで見ていた。
勝ち負けとか記録とかは、正直興味がないのだが、やはり専門的な運動しているプロの、その筋肉の動きというのは最高の研究材料だ。見ているだけで勉強になる。
なお、スポーツ大会を熱心に見ていた秋水は、妹からは逆に冷めた目で見られていた。
その陸上競技の中に、槍投げ、という種目がある。
それを思い出しながら、秋水は助走をつけた。
ただ前に進む助走ではない。
地を蹴り、短いスプリント、5歩、6歩。
見様見真似のクロスステップに移行し、体を大きく捻った。
肩が軋み、背筋が張る。
左足を軸にして、全身を巻き戻すように、力任せに。
「ぶんどらぁぁぁぁっ!!」
腕を鞭のようにしならせる。
振り抜いた右手から、巨大バールが唸りを上げて放たれ、空を裂いた。
それは槍の如く、矢の如く、稲妻の如く、もしくは上の階にいる奴らの角突きタックルの如く、一直線にコボルトに襲い掛かって
なんて、まあ、あるわけもなく。
投擲した直後に巨大バールへ目をやれば、ぐるん、ぐるん、と大きく回転する巨大バール。
うん、駄目だこりゃ。
やはりド素人が見様見真似でやれるほど、スポーツ競技の動きというのは単純ではないようだ。もしくは、そもそもバールが投擲に適していないと言うべきか。
真っ直ぐ飛ばない巨大バールを見送ってから、秋水は巨大バールをぶん投げた勢いそのままに部屋へと足を踏み込んだ。
「ハローこんばんは、月は見えんが戦闘開始だワンちゃんブラザーズ!!」
その瞳にぎらりと凶暴な光を宿らせて、秋水は実に楽しそうに獰猛なる笑みを浮かべていた。
同時に、ガァンッ、と、投げた巨大バールがコボルト1体の頭に直撃し、そいつは思いっきりバランスを崩してひっくり返る。
意外と有効。
要・練習。
やっとこコボルトとの複数戦闘です(`・ω・´)
最後の晩餐なにがいいー?
チョコミントー、よりも、あ・な・た(ミリ知らの狂気)