先制攻撃は、ちょっと想像と違ったが秋水が握った。
もっともコボルトは3体。その内の1体にぶん投げた巨大バールが当たって体勢を崩させただけである。
だが十分。
それで、もう十分過ぎるほどの隙だ。
秋水が部屋に足を踏み入れた瞬間、2体のコボルトが棍棒を構えて戦闘態勢に入る。1体はすっ転んでいる。
お邪魔虫トラップのスライムは9体。
配置は疎ら。
棍棒を構えた2体の内、片方は近くにスライムが2体いる。
おー、怖い怖い。よって却下。秋水は即座に近くにスライムがいない方のコボルトに狙いを定めて走った。
左手には片手斧。
右手に握っていた巨大バールは、初手で投擲した。
走りながら、空いた右手で腰ベルトに手を伸ばす。
身体強化で3倍近くに底上げされた脚力をもって、狙いを定めたコボルトはもうすぐ近く。
迎撃しようとしているのか、そのコボルトが棍棒を振りかぶっている。
口端のニヤつきが止まらない。
顔面でも殴ろうとしてくれているのか。最高の歓迎じゃないか。
秋水は腰ベルトに伸ばした右手で、差しているバールに指を掛けようとして、ない。
「はい陸地の犬猟じゃボケが!」
『ギャ!?』
引き抜いたのは、ネット。
網である。
ただし、ただの網ではない。
いつぞや律歌に教えてもらって購入した、強化ゴムのなんとかかんとかが凄いとかいう、ド素人の秋水は全く理解できていない 『スゴイ強靱な網』 である。教えた律歌が揚々と再度説明してくれそうなほどに薄っぺらい知識しかないが、とにかく強靱ネットだ。
たまに角ウサギの行動を封じるための罠として使っていたそのゴムネットを、秋水は腰ベルトのポーチから引き抜き、棍棒で殴りかかろうとしていたコボルトの顔面へと投げつける。
突然の投擲。
慌てたのか、投げつけられたそれを叩き落とそうと、コボルトは咄嗟に棍棒を振るってゴムネットを叩いた。
しかし、それは石やボールなど、硬いものではない。
柔らかく、そして絡み付く。
叩かれたゴムネットは、棍棒に絡むようにまとわりついた。
『クゥ? ギュガッ!?』
コボルトが戸惑ったのは、たぶん一瞬。
だが十分。
敵を目前にして棍棒を振り下ろしてしまい、完全に無防備を晒した犬面へ、一切の容赦なく秋水は手斧の刃を叩き込む。
「づぁあいっ! 卑怯って言うなよな! 俺もちょっと卑怯だったかもって思ってるから!」
駆けた速度に振り抜いた速度を乗っけて、身体強化で底上げされた腕力から繰り出された一撃が、予想よりもかなりストレートに炸裂した。
爽快。
ナイスな一発。
幸先が良いじゃないか。
巨大バールで槍投げモドキが失敗したのを都合良く横に置き、無防備なところへ強烈な一発をお見舞いできたことに、秋水の胸は思わず高鳴る。
最高の気分だ。
手斧で顔面を強かに叩かれ、コボルトが堪らずもんどり打つように倒れ込む。
それを見て、秋水は即座に地面を蹴る。
スライムの近くにいたコボルトが、こちらに突っ込んできている。
仲間を助けようとしているのか、とにかくぶん殴りたいから襲い掛かりに来ているのか。
だが遅い遅い。角ウサギのあの突進力を見習えというのだ。
倒れたコボルトと突っ込んでくるコボルトを確認しながら、秋水はすぐに走り出す。
次は、最初に巨大バールを投げつけた奴。
向こうからすれば、いきなり飛んできた巨大バールに襲われてすっ転んでいたコボルトが、すぐに体勢を立て直そうと立ち上がっているところである。
つまり、無防備。
卑怯臭いが、悪く思うな。
「へいお待たせのもう一発!!」
『ギャン!?』
立ち上がりかけたその顔面に、やはり斧の刃を叩き込む。
体勢が整っていないところへの一撃に、コボルトの体が大きくグラついた。
打ち付けた斧へさらに力を込めるように、秋水は大きく右脚を踏み込んで、左腕に魔力を集める。
「ブーストッ!」
部分強化。
左腕。
身体強化を重ね掛け、最大出力で強化倍率を一気に引き上げる。
そして体を捻り込み、強引に左腕を振り抜いた。
手斧の刃が、コボルトの顔面を抉り取るように斬り裂いた。
刃物が刃物らしい仕事をしている。叩き切ってこその斧だ。それが難しいから大変なんだが。
さらに左足を前に出しながら、秋水は左腕に施していた部分強化を解除しつつ、振り抜いた手斧を素早く右手に持ち替えた。
部分強化を解除してフリーになった魔力を、今度は手斧と同じく右腕へと集中させる。
「もういっちょブースト!」
続けて右腕に部分強化を施して、身体強化を重ね掛け。
顔面を斬り裂いたコボルトを抜き去りながら、体を大きく捻ってその右腕を振り上げる。
もう一撃追加をお見舞いするか。
いや。
犬面を抉り斬られて蹈鞴を踏むようによろけたコボルトから視線を外し、外した方向へと手斧の刃を向ける。
こちらに走り寄る、未だ無傷の犬人間君。
「少し待ってろ! おすわり!」
重ね掛けされた身体強化で底上げされた豪腕を振り抜いて、手斧をぶん投げた。
トマホーク・ブーメラン。
昔のアニメが頭を過ぎる。あそこまで格好良くないし、しかもトマホークじゃないし、と頭の中では冷静なツッコミが入った。
投げつけた手斧はぐるんぐるんと回転しながら、秋水へと向かってきていたコボルトへと襲い掛かる。
それを横目で確認しつつ、秋水は顔面を押し斬ったコボルトの背後へと回り込むように走る。
足は止めない。
1対1でひたすら殴り合わない。
視野を広くして周りの状況をしっかりと認識する。
なるほど、これは疲れる。
囲まれないために動き続けなくてはいけない。
スライムというトラップに引っ掛からないために周囲を確認し続けなければいけない。
タイマンで周りを一切気にせず殴り合いの殺し合いをするわけにはいかない。
これは疲れる。
そして、楽しい。
走りながら秋水は屈み、地面に落ちていた鉛色のそれを素早く拾い上げる。
全長1500㎜。
なんかスゴイ金属と律歌から教わった、ハイカーボン製の逸品。
新しいが手に馴染む、秋水のメインウエポン。
部屋の入口から投擲した、巨大バールだ。
それを拾い上げ、即座に平側の先端を右手でしっかりと握る。
左足を地面に突き立てるように着地させ、急ブレーキ。
やってて良かったフロントランジ。走っている途中で急停止するときに必要な筋力が効率よく鍛えられるから、サッカーやバスケットボールなどフィールドを縦横無尽に走り回るスポーツをする人達にはおすすめな筋トレだ。
急ブレーキをかけた衝撃を逃がすように踏み込んだ左足を曲げながら沈み込み、今度はその左足の筋力をフルに使ってバネのように後ろへと体を跳ね上げる。
跳ね上げながら体を捻り、振り返る。
右手は置き去り。
胸から肩、肘を通って手首を伸ばすようにして急速反転。
そして、ストレッチをかけるように伸びた右腕には、残ったままの魔力がある。
「ブースト!」
部分強化。
重ね掛け。
近くにスライムはいない。
壁はない。
十分に場所は開けている。
振り向いた先には、顔面が裂かれたコボルト。
ふらついた姿勢を戻して、振り返ろうとしているところに大変恐縮ながら、右脚を大きく踏み込んだ。
大きな1歩に腕の長さ、そして1mと半分という巨大バールの長さを最大限に使用すればあら不思議。
追い抜かしたはずのコボルトは、射程圏内。
「ストライクッ!!」
『ギュギャンッ!?』
遠心力をフルに使って、振り向いたコボルトの顔面へと最大火力をぶち込んだ。
巨大バールのL字の先が、犬の顔を正確に捉える。
しかし残念。
手斧で裂いた傷口へねじ込んでやろうと思ったが、ズレてしまった。
全力でぶん回すと、流石に狙いが大雑把になってしまう。要・練習、といったところか。
振り向いているところへの追撃に、堪える暇もなくコボルトが宙を舞った。
ああ。
気分が晴れ渡る。
殴ってなおも支配する遠心力をそのままに、振り抜いた巨大バールがガリン、と岩肌の地面を削るようにして急停止する。
右腕の部分強化は継続中。
肩が少し痛い。
全身強化と部分強化を6:4にしているが、身体強化そのものの強化倍率が上がったせいか、部分強化による強化されている箇所とされていない箇所の境目で起きる負担が大きくなっているみたいだ。
比率を考え直すべきか、はたまた体への負担は許容範囲と考えるべきか。
課題がどんどん出てきて心が躍る。
やはり実践は、いや実戦は素晴らしい。
抑えきれない笑みを口元に宿しながら、秋水は地面を叩いた巨大バールを手首のスナップで素早く引き上げる。
平側から、L字へ持ち替え。
手首は返さず、逆手持ち。
秋水は即座に視線を移動させ、狙いを定めた。
最初にゴムネットで棍棒を絡め取り、不意打ちのように手斧を叩き込んだコボルトだ。
振り抜いた手斧でひっくり返してやったそのコボルトは、2体目を吹っ飛ばしている間にも早々と立ち上がり終わっていて、今にもこちらへと駆け寄ってきそうな体勢である。
やる気があって素敵なことだ。
秋水は右手を、逆手に握った巨大バールを振り上げた。
左足と左肩を大きく前に。
胸を開くようにして右手は大きく後ろへ。
そして右脚で地面を蹴る。
引き伸ばした筋肉を、一気に全部収縮させるようにして。
体全身、弓の如く。
「もってけハイバーボンッ!!」
槍投げならぬバール投げ。
本日2度目の串刺し投擲である。
何度も1人称視点から見てきた角ウサギ共の角突きタックルをイメージしての投擲を行い、巨大バールをぶん投げた直後、カーボンだった、と自分の発言に内心でツッコミを入れる。炭素と酒を間違えた。
投擲された巨大バールは、今度は真っ直ぐ飛んだ。
いい感じ。
だが狙いがちょっと下がったか。
こちらへと駆け寄ろうとしていたコボルトの位置を見るに、良くて脚、悪ければ目前で墜落して外すだろうと予想する。
真っ直ぐ投げようと意識すれば狙いがブレる。狙いに意識すれば真っ直ぐ飛ばない。
やはり練習あるのみ。筋トレと同じか。嬉しいじゃないの。
投げた巨大バールが着弾するより早く、秋水は視線を外して全体を確認。
周囲警戒を怠ってはいけない。昨日はそれで左手を失ったのだ。
そしてすぐに地面を蹴った。
とにかく動け。走るんだ。
ヒット&アウェイである。
ヒット&アウェイはこんな感じだっただろうか。まあ良しとする。
巨大バールで頭をぶん殴って、横に弾き飛ばしたコボルトは地面に転がって藻掻いている。まだ死んでない。
手斧を投げつけたコボルトは、棍棒で防いだらしく、手斧が棍棒にぶっ刺さっていた。
巨大バールを投げつけたコボルトは、バックステップで避けていた。外れてしまったが、後ろへ下がらせただけ十分だ。
右腕に施していた身体強化を解除して、秋水は走った。
囲まれたらボコボコの袋叩きだ。
走れ。
走れ。
疲れる戦い方だが、だからこそ楽しい戦い方だ。
「そんで、もって」
腰ベルトからバールを両手でそれぞれ引き抜いて、バール二刀流。
駆け抜けながら、ホップ・ステップで軽く跳ぶ。
そして僅かな浮遊の間に、ぐるりと体を1回転させてならが、勢いをつけて左腕を振り抜いた。
「もう、一丁っ!」
抜いたばかりのバールを、思いっきりぶん投げる。
目標は巨大バールを避けてくれた、粋でいなせなコボルト君。
投げる。
とにかく投げる。
秋水が行える遠距離攻撃は、投擲以外にない。
だから投げる。
近寄らせないため、少しでも距離を保つため。
今は1対1のタイマンではない。
1対3の、複数戦。
殴り合いの主導権だけを握れば良い、という状況ではない。
この戦いの場、丸ごとの主導権を握り続ける必要がある。
走り回って。
周りを見て。
距離を取って。
投擲を織り交ぜて。
戦いの流れを、コントロールし続ける。
ああ、脳味噌が灼熱する感じ。
最高に、生きている感じ。
バールを投げて、着地して、着地したその脚で地面を蹴る。
走れ走れ。
全力で動き回ってキツいが楽しい。
とにかく走る。
斧を棍棒で防いでくれたコボルトはもう目の前だ。
そのコボルトは、向かってくる秋水に向かって棍棒を振り上げている。
運が良かったのか投げ方が良かったのか、手斧は棍棒に刺さったままだ。
突っ込む。
棍棒が振り下ろされる。
『ガァァッ!』
「見えてんだコラァっ!」
顔面狙いの一撃に向かって、右手のバールを叩きつける。
重たい手応え。
まるで剣や刀の鍔迫り合いの如く、棍棒とバールが競り合って動きが止まる。
止めてどうする。
息をつかせる場合じゃない。
ぶつけて競り合わせていたバールの角度を、僅かに変える。
すると、ザリザリッ、と棍棒の表面がバールから滑った。
受け止めるだけだと思うなよ。
受け流しだってやれるのだ。
時代劇だったかヒーローものの特撮だったかの殺陣で見たやつの、見様見真似であるけれど。
棍棒の表面にバールを滑らせて受け流し、それによってコボルトの姿勢が崩れる。
ガ、と滑らせたバールが止まった。
突き刺さっていた手斧に、バールのL字が引っ掛かった。
即座に秋水は右足を振り上げる。
「か、え、せっ!」
『ギャッ!?』
コボルトの喉元に、ヤクザキックが炸裂した。
ついでにバールのL字で掬い上げるようにして、力業で棍棒に刺さっていた手斧を引き抜く。
空中に、ひらりと手斧が舞った。
すぅ、と秋水は息を吸い込む。
靴底を叩き込んだ勢いのまま、踏み込むようにして右脚を地面に叩きつけ、宙を飛んだ手斧を左手で掴み取る。
はぁ、と大きく息を吐く。
一息ついた。
まだまだ行ける。
再び胸に空気を溜め込むように息を吸い、腹に力を入れて腹圧を高める。
右肩には僅かな痛み。
ならば、左腕に魔力を集めつつ、キャッチしたばかりの手斧を振りかぶった。
「ブースト、斬っ!!」
そして蹴りを入れられて後ろへよろめいていたコボルトの脳天に、流れるようにして手斧を振り落とす。
遠慮をするつもりはないし、舐めプをしている余裕もない。
身体強化を重ね掛けた、容赦のない重たい一撃である。
手斧が、コボルトの頭蓋骨を叩き割る。
今度は棍棒ではなく、コボルトの脳天へと手斧の刃が深々とめり込んだ。
魔素でできているクセに、骨のような硬い感触があるなんて不思議じゃないか。最高の手応えである。
そのまま地面に叩きつけるように手斧をコボルトの頭ごと振り下ろし、犬面を岩肌にダイレクトアタック。無理矢理跪かせて良い気分。
左腕に施した部分強化を解除して、秋水は即座にコボルト頭を踏みつけて固定し、突き刺さった手斧を引き抜いて回収する。
ついでに一息。
吐いて。
吸って。
ガンッ、とヘルメットになにか硬いものが叩きつけられた。
「いっ!?」
痛い、わけではないが、急に襲い掛かってきた衝撃に秋水は思わず声を上げてしまう。
重たい一撃ではない。
軽い。
後ろからの衝撃で首が一瞬だけ軽く曲がるも、ゴキリといく程のレベルじゃない。
ダメージ軽微。
あって良かったヘルメット。
いや誰だ。
「あぁ?」
振り向いて確認する。
頭を叩き割ったコボルトは、絶賛岩肌に熱いキスをしている最中。
巨大バールで吹っ飛ばしたコボルトは、地面に手をついて体を起こしている最中。
そしてバールを連続で投げつけた先のコボルトは、無手。
棍棒を持っていない。
ああ、なるほど。
素早く視線を床に這わせれば、あった。
秋水の足下には、棍棒が転がっていた。
身に覚えがありすぎる戦法だ。
秋水と同じく、コボルトの行える遠距離攻撃は、これしかないんだろう。
手にした武器を、ぶん投げる。
真似してくれちゃって。
いいね。
面白い。
秋水は、にぃ、と獰猛な笑みを浮かべてしまう。無意識だ。
「1本しか持ってねぇのを投げつけるったぁ、ナイスファイトだないただきますっ!」
長々と足を止めている場合ではない。
秋水は足下に転がった棍棒の持ち手部分を踏みつけて、テコの原理で跳ね上げる。
そして右手に持ったバールを腰ベルトへ即座に差し込み、宙へと浮いた棍棒を流れるようにその右手で掴み取――ろうとしてカスる。
「おっと、よいしょっ」
持ち手の所に指が当たって弾いてしまい掴み損なうも、全身強化によって同時に底上げされている動体視力やら反射神経やらを贅沢に使って強引に弾いた棍棒をキャッチする。
持ち手とは反対側、太い部分だ。
格好良く決められなかったが、結果オーライと考えよう。勝てば官軍なのだ。
ジャグリングのように棍棒を軽く投げ、半回転させてから改めて棍棒の握り手をキャッチする。
地味にダンジョン製の武器を初めて手にした。
60㎝くらいだろうか。
バールより短いが、太く無骨な削りの棍棒は、バールよりも重心が手元から離れているせいか、実際よりも重く感じる。
まあ、身体強化で底上げされている筋力を前には、微々たる誤差だが。
「じゃあ、お返しいかがかなっ!?」
楽しいなあ、と言わんばかりに笑いつつ、再び秋水は地面を蹴った。
走って。
殴って。
投げて。
殺してやる。
ぶっ殺してやる。
だから、たっぷりの殺意を込めて、殺しに来い。
ああ。
ドキドキするなあ。
ワクワクするなあ。
楽しいなあ。
生きてるなあ。
ああ。
このダンジョンが、俺の居場所、なんだなあ。
手にしたばかりの棍棒を横一線に振り抜いて、コボルトの横っ面を引っぱたく。
秋水は、生き生きとしていた。
ダンジョンの外よりも、生き生きとしていた。
泥臭い戦闘を書ければ僕は大満足さ!
(秋水くんの精神状態から目を逸らしつつ)
怖いね(・ω・`)