ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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173『それは一種の現実逃避』

 

「はぁっ――はぁっ――ふぅっ――」

 

 巨大バールをコボルトの口の中に叩き込んだ姿勢のまま、秋水は荒い息を吐く。

 突き刺した確かな感触。

 その一拍後、コボルトの口や傷口から光り輝く光の粒子、魔素が一気に噴き出した。

 やっと死にやがったか。

 

「ふっ――はぁ――ふぅ……すぅ……」

 

 死亡演出が始まったことを確認してから、秋水は荒ぶる呼吸を沈めるようにゆっくりと深呼吸を行う。

 吸って、吐いて。

 3回程繰り返せば、息はすっかり元通り。呼吸と心拍数を落ち着かせる方法は、筋トレで嫌でも体得する技術である。

 

「ぶ……はぁぁっ……いや、思ってたよりしんどいなこれ」

 

 最後に大きく息を吐ききってから、コボルトの口内へ突き刺していた巨大バールをずぼりと無造作に引き抜いた。

 魔素が噴き出る。

 巨大バールで体を固定されていたコボルトは、その支えがなくなった途端に膝からがくりと崩れ落ち、前に倒れ、ようとしたところで邪魔だとばかりに秋水からヤクザキックを決められて仰向けにぶっ倒れた。

 ただの光である魔素で良かった。

 これが本物の血液であれば、今頃全身血みどろだ。

 秋水は引き抜いたばかりの巨大バールをがつりと地面に突き立てて、それからヘルメットのあごひも部分のバックルを外し、勢い良くヘルメットを脱ぐ。

 頭に汗。額に汗。顔に汗。

 汗だくである。

 なんならライディングジャケットの中はもっと酷いぞ。

 

「あっちぃ……いや駄目だこれ、脱ぐか」

 

 涼をとろうとヘルメットを外して一息つくが、ライディングジャケットの中に籠もった汗と熱気を気にした途端、堪らなく不快感が襲い掛かってきた。

 暑い暑い。

 秋水はグローブをぺいと脱ぎ捨て、続いてライディングジャケットのファスナーを開いてがばりと脱ぐ。閉じ込められていた熱気が逃げるように、水蒸気が立ち昇ったような気がする。

 

「はぁ、これで人心地……おっと、回収」

 

 改めて一息入れてから、慌てて左手を翳して回収の魔法を発動し、秋水はばら蒔かれている魔素を吸引し始めた。

 左手の、その手の平に、魔素が吸い寄せられていく。

 部屋の中、3方向からだ。

 

 

 

 3体いたコボルトは、全て殺した。

 

 

 

 とにかく走り回る。

 投擲を挟んで牽制する。

 周りを見てモンスター共の位置関係を常に把握する。

 接近して攻撃を叩き込む。

 そして離れる。

 やることはこの5つ。

 それをひたすら繰り返し、もらった攻撃は僅かの3発。しかも、クリティカルな攻撃は一度ももらわなかった。

 魔素を回収しながら、手にしたヘルメットを秋水はちらりと確認する。

 少し傷はついているが、凹んではいない。投げつけられた棍棒が当たったが、ダメージは軽微である。

 あって良かったヘルメット。

 ふ、と秋水は小さく笑う。

 これは、完全勝利と言っても過言じゃない。

 殺った殺った。

 殺ってやった。

 戦法がぴったりハマった。

 これは良い戦法だ。

 無心で殴り殴られのボコり合いとは、また別の楽しさがある。

 脚を動かし、とにかく囲まれないように立ち回る。

 戦場全体を把握しつつ、戦いの流れ、その主導権を常に握り続ける。

 角ウサギのときは、こちらが近づくよりも圧倒的に速く角突きタックルで奴らが突っ込んでくるせいで、どうしてもカウンターを狙うなどの後手後手に成らざるをえなかったが、モンスターに近づいたり離れたりという距離を調整する選択をこちらが取れるようになるだけで、こんなにも戦い方の自由度が変わるのか。戦況を自分でコントロールできるというのは、頭を使った面白さがあるじゃないか。

 ほぅ、と秋水は溜息を漏らした。

 満足だ。

 良い戦いだった。

 コボルト3体相手でも、全く問題なくぶち殺すことができた

 

 わけ、でも、ない。

 

 全く問題がない、とは初挑戦で流石にいかない。

 魔素の回収を続けながら、秋水はどさりと岩肌の地面に腰を下ろし、ヘルメットを静かに降ろす。

 

 

 

「分かっちゃいたけど、やっぱ疲れるぜこの戦い方は」

 

 

 

 そう、疲れる。

 単純に疲れる。

 囲まれないため、とにかく走り回って距離を調整する。

 ひたすらに足を動かし続ければ、当然ながら疲れるに決まっていた。そんなことはハナから分かっていることだった。

 しかし疲れる。

 やっぱり疲れる。

 しかも秋水の現状装備は、走り回るのに適した装備ではないのだ。

 防御力を重視した分厚いライディングジャケットにライディングパンツ。さらにはインナーにはチタンのプロテクターが各所に装備されており、関節や急所などを守っている反面、体の動きを所々で邪魔してしまう。

 極め付きにはライディングシューズの存在だ。

 秋水が現在履いているライディングシューズは、足首までしっかり保護するハイカットの代物だ。

 当然ながら足首を守れる代償として、その動きには制限が入ってしまい、なんともバタバタした走り方しかできなくなってしまうのだ。結果として余計に体力を消耗してしまうのである。

 そこに追加でヘルメットやら巨大バールやらの重量が加算され、おまけに腰ベルトにはサブウエポンのバールが4本刺さっているわポーションが各所に何本か仕込んでいるわとなっている。

 それで走り回るのだ。

 疲れる。

 まあ、ライディング装備はバイクに乗ることが前提の製品だから、それを装着した状態で走り回ることは想定されてないのは分かっちゃいるのだけど。

 でも疲れた。

 しかも走れば筋肉が活動し、熱を産み出す。

 そして熱が籠もるのだ。

 ライディングジャケットの内側は、サウナ状態できあがりときた。地獄である。

 いや、バイクは体全身で風を切って走行せざるを得ないので、ライディング装備は防風性能も重要視されるのは重々承知している。特に今のような真冬の場合、防風性能は防寒性能に直結していると言っても過言ではない。

 過言ではないが、それにしたって暑い。

 

「ぐえぇ、汗が気持ちわりぃ……」

 

 インナージャケットのファスナーすらも下ろしつつ、一息入れた秋水はどっこらしょと立ち上がる。

 座って休むのも良いが、今はとにかく汗を拭きたい。

 ついでに疲労回復のためにポーションも飲みたい。

 そろそろ薄くなってきたコボルトから継続して魔素を吸収し続けながらも、秋水はよたよたと部屋の入口へとリュックサックを取りに戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、タオル1枚じゃどうしようもねぇやこれ」

 

 ダンジョンの中でパンツ1丁になった変態、ではなく秋水は、汗を拭き終わってから、その汗のせいでしっとりを通り越してしまったタオルを見下ろしながら1人で大きく肯いた。

 これは、タオルが複数枚必要だ。

 もしくは、もっと大きなバスタオル。

 あと肌着。そしてパンツ。

 とにもかくにも汗が酷い。

 脱水にならないためにも、飲み物も沢山必要だ。ポーションでいいだろうか。

 ダンジョンアタックが終わったら、ライディングインナーも洗濯が必要そうだ。シューズも軽く洗って消毒スプレーをぶっかけてやらねばならない。ジャケットやパンツの方については、これどうやって洗濯したら良いのだろうか。洗剤とかをバケツに入れて浸す感じで良いのだろうか。それとも色落ち上等な勢いで、塩素系漂白剤にでも漬け込んでやれば良いのだろうか。調べねば。

 調べると言えば、持久力の向上についてだ。

 低負荷高回転の筋トレや有酸素運動を取り入れて、持久力アップを狙ったトレーニングをするべきだろうか。あと、エネルギー源としてマルトデキストリンを真剣に検討すべきかもしれない。マルトデキストリンならば飲み物に混ぜることにより、比較的お手軽にカロリーアップも狙えるので、脂肪を増やす目的にも使えるはずだ。問題はマルトデキストリンなんて買ったことがないものだから、適正価格がまるで分からないことだろう。これもちゃんと調べておかねば。

 ぼりぼりとナッツを食べつつ、秋水はスマホのメモ帳に思いついたことを次々に入力していく。

 

「あー、こりゃ忙しいぜ全く……」

 

 ああ、やらなきゃいけないことが山積みだ。

 格闘能力向上のためのボクシングやボクササイズの研究だって継続中だし、なんちゃってバール棒術だって練習中だし、さらには投擲技術も向上させるためになんちゃって槍投げまで特訓しなくちゃいけない。

 楽しい。

 楽しいねぇ。

 忙しくて忙しくて堪らなく楽しい。

 

 余計なことを考える暇がなくなって、嬉しいじゃないか。

 

 コボルトを3体相手取っても、戦闘そのものは完全勝利に近い状態だ。

 だが、問題点は山積みなのだ。

 持久力の問題。

 排熱の問題。

 動きづらさの問題。

 汗の問題。

 エネルギーの問題。

 水分の問題。

 ああ、あとは戦況を常に把握し続けなくちゃいけないから、思考をフル回転させ続けるので頭もどっと疲れてしまうという問題もある。

 疲労というの舐めちゃいけない。筋トレを続けている秋水は、それを重々承知していた。

 疲れが溜まれば視野が狭まる。

 思考し続けると速度が鈍る。

 これらの問題を放置したままボス部屋まで複数体のコボルトを相手し続けると、いつかどこかで痛い目に遭うだろう。

 例えばコボルトに囲まれてタコ殴りにされるとか、例えばスライムに捕まって食べられてしまうとか。

 問題点は丁寧に潰していかねば。

 忙しい忙しい。

 装備も足りなきゃトレーニングも足りず、知恵も足りねば工夫も足らぬ。

 

「まずは、んー……靴をどうにかしなきゃな。動きやすさに振るとなると、ローカットにするしかないか。足首の守りは、まー……許容範囲ってことにするしかねぇのか?」

 

 ぶつぶつと呟きながら、秋水はスマホのメモ帳に入力を続けていく。

 まずは自分の装備品を見直す必要があるだろう。

 足回りががっちりと固定されてしまっている今のライディングシューズは、走り回る戦法には明らかに不向きである。

 ここは足首の防御力を犠牲にしてでも機動性を取るべきだ。

 しかし、足首が固定されなくなると、今度は蹴りを入れたときに下手すると足首を捻る可能性が出てくるんだよなぁ、とついついデメリットのことを考えてしまい、うーん、と秋水は首を捻る。

 あと、今の装備はそもそも防御力が過剰だ。

 コボルトが振り回す棍棒は、角ウサギのような一撃必殺のヤバい火力で叩き込まれることがない以上、もう少し防御力は下げてもいいかもしれない。

 となると、夏用とかの薄いタイプのライディングジャケットなんてどうだろうか。夏用のライディングジャケットなら、メッシュ生地とかである程度の通気性が確保されているはずである。排熱の問題や汗の問題を抱えている現状、それは魅力的だ。

 一方、インナーアーマーを脱ぐという手もある。チタンプレートは分かり易く確かな防御力がある反面、動きの阻害と重量というデメリットも抱えている。コボルト3体相手に、3発しか攻撃を受けなかったことを考えると、チタンプレートなしというのもアリだろう。

 でも、囲まれてボコボコにされたら、結局はライディング装備の防御力が頼みになる。

 そう考えるとインナーアーマーは必要、いやでも機動力を上げればそもそも囲まれるリスクは減るし、しかしメッシュ生地などの通気性は魅力的で、いっそ夏用のライディングジャケットだけにするとか、いやいや流石にそれは、うーん。

 再び秋水は考え込んでしまう。

 空いている片手で近くに置いていたペットボトルを手に取って、中のポーションを一口飲む。

 持久力不足については最悪の場合、戦闘中のどこかでポーションを少し飲んで回復させるという力業がある。

 ただ、それを採用するのであれば、複数のコボルトが相手であろうがどこかで仕切り直しで一息入れられるタイミングを作る必要が出てきてしまう。悩ましい問題だ。

 

「こいつはトライ&エラーであたるしかねぇかな」

 

 スマホの入力を終えてから、秋水は天井を見上げて長い息を吐く。

 トライ&エラーは、学習の方法としては最悪だ。

 しかし、それでもトライ&エラーで実践学習せざるを得ないなら、よく考えねばいけない。

 まずはトライする内容を厳選する。

 そしてエラーを吐き出したら、エラーの原因を徹底的に洗う。

 原因の分からぬエラーなど、それは失敗とすら呼べない時間と労力を無駄にしたただのゴミでしかない。

 時間は有限だ。

 ポーションによる回復や睡眠時間の短縮化などで、確かに秋水は他者よりも使える時間は多いだろうが、それで1日は24時間しかないのである。

 明日と明後日は土曜日と日曜日なので、時間はある。

 装備などの買い物に時間を使っても、ダンジョンアタックができる時間は平日よりも多いだろう。

 しかし、月曜日からは学校だ。

 学年末試験がある。

 半日で終わるのはありがたいことだが、高校受験の準備などでごたごたしていて、そこに時間が取られてしまうことが予想される。

 時間は有限。

 大切に使わねば。

 はぁ、と秋水は溜息を吐き出した。

 

 

 

「―――学校、なんで行かなきゃいけねぇんだろ……」

 

 

 

 そして、ぽつりと、零す。

 時間は有限だ。

 学校に行って時間を食い潰す。

 テストを受けて時間を食い潰す。

 休み時間という無駄が時間を食い潰す。

 

 学校に行かなければ、ダンジョンアタックに集中できるじゃないか。

 

 確かに、最近は学校で、いやクラスでの居心地は、良くなってきた、ような気がする。

 喋る相手も、少しだけできた。

 だが、それがなんだ。

 友達と呼べるような相手でもない。

 相変わらず、拒絶の色を見せるクラスメイトも、いる。

 どうせ卒業したら、それまでの関係でしかないじゃないか。

 あと、1ヶ月程度の関係だ。

 

「……休もうかな」

 

 口にしてから、それは名案だ、と心の中で誰かが賛同した気がする。

 休んでしまえ。

 どうせ友達もいないんだ。

 どうせ怖がられてるんだ。

 どうせ登校しても迷惑なんだ。

 それだったら、ダンジョンに篭もればいいさ。

 

 お前の居場所は、学校じゃなくて、ダンジョンなんだから。

 

 天井を見上げていた視線を、ゆっくりと地面へと下ろしていく。

 蓋の開いたペットボトル。

 横に置かれた巨大バール。

 少しだけ傷がついたヘルメット。

 

「受験だって」

 

 高校に進学する意味も、もはや、ない。

 ほとんどの中学生が、高校に進学するから。

 理由なんて、それくらいしか秋水には残されていなかった。遺されていなかった。

 ドロップアイテムがこの先安定して売れるなら、金になる。

 生活には困らないだろう。

 高校に進学しなければ、高校生活なんていうものに投じねばならない時間と労力が、まるごとダンジョンアタックに使うことができる。

 そうすれば、ドロップアイテムだってもっと手には入るだろう。

 収入には、困らないかもしれない。

 だとすれば、義務教育でもない高校に行く意味なんてあるのだろうか。

 

 父の母校の制服を着たところで、それを見せる家族は、もう。

 

 

 

『友達って、いるべきですよ』

 

 

 

「……ああ、明日、栗形さんのところにアンクレット持って行かねぇと」

 

 ふ、と秋水は小さく笑って呟いた。

 笑みの完成度など高が知れたものではあるが、気が抜けたように小さく笑う。

 そんな簡単に友達なんてできねぇよ。

 その笑いを苦笑に変えつつ、秋水はヘルメットをすぽりと被ってから地面に置いていた巨大バールやらジャケットやらリュックサックを持ち上げて立ち上がる。

 

「まずはタオルと着替えを取ってこようかね。一回戻るのめんどくせぇ」

 

 それから秋水は部屋の入口側へと足を進めた。

 とりあえず今日は、複数体のコボルトとの戦いまくるとしよう。

 そのためにはまず、物資の補給だ。

 

「ボス部屋あるんだったらそこまで進みたいけど……あー、今日は美寧さんがジムに来るだろうし、その前には風呂に入んないとな……」

 

 ぶつぶつ言いつつ、秋水は部屋を出た。

 やれやれ、忙しい忙しい。

 ダンジョンアタックをして、ジムに行って、ライディング装備などの見直しの買い物をして、質屋に行って、調べものをして、ボクササイズとなんちゃってバール棒術と槍投げの練習をして。

 時間は有限だ。

 やることが山積みで大変である。

 

 それなのに、来週からは学年末試験も受けねばならない。

 

 ああ、もう、本当に。

 忙しいなぁ。

 

 

 





 祈織の言葉は、本人が思っている以上にちゃんと秋水くんには届いてますよ(`・ω・´)

 現状、秋水くんをダンジョンの外に引き止めている事柄って、どれもこれも薄氷のように薄い事柄ばかりです。
 唯一の肉親である鎬さんは苦手だし、学校の連中は多少改善されたところで問題外だし、見知らぬ連中からはただただ怖がられてばかりだし……(・ω・`)
 美寧ちゃんとの筋トレ仲間で先生と生徒という関係性が、1番割合が多いかもしれませんね。女性として見てないけど(・ω・`)
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