ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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177『(連絡先教えて、って言うだけなのにぃぃ!!)』

 

「それでは―――」

 

「あっ、あの―――っ!!」

 

 ウォーミングアップを終わらせた直後、互いに話を切り出そうとして秋水と美寧の声がモロ被りした。

 そして声が被ったのを察知して、同時に口を閉ざしてしまう。

 微妙な沈黙が、深夜のジムに漂った。

 

 どうにも今日の美寧は調子が変だ。

 なんだか挙動不審だし、顔はほんのりと赤く、目が潤んでいる。

 風邪の初期症状。

 そんな心配をして何度か体調を尋ねるも、美寧は一貫して 「大丈夫!」 と言うばかりである。

 本当に大丈夫だろうか。無理をしていないだろうか。

 うーん、と悩んで試しに美寧の額にぴたりと手を当てて熱を確かめてみたら、「ぴゃぁっ!?」 という甲高い悲鳴とともに勢い良く後退られた。

 ガチ拒否である。

 やはり自分が汗臭いからか。

 しょんぼりしつつ美寧と共にウォーミングアップをしてみれば、ラジオ体操を行う美寧のその動きは、とてもきびきびとしたものであった。

 ダルそうな感じには見えない。

 ふらついているようにも見えない。

 動きを見る限り、調子は良さそうだ。

 なるほど。

 ということはやはり、自分が汗臭ぇということか。

 シャワーじゃなくて浴槽にするべきだったか。

 ラジオ体操第二に移る美寧の横で、秋水は気がつかれないようにじわじわと距離を取った。

 

 そしてウォーミングアップが終わった。

 さて、今日は自重トレーニングにするか、それとも軽いウエイトトレーニングにするか。

 それを美寧に尋ねようとしたところで、声のモロ被りである。

 タイミングの悪さよ。

 

「申し訳ありません、美寧さんからどうぞ」

 

「あ、い、いやいや、先生からどうぞ……」

 

 そして譲り合いの精神。

 じっ、と美寧の顔を見てみる。

 す、と目を逸らされた。

 うーん。

 

「いえ、レディファーストです。どうぞどうぞ」

 

 避けられてるようだ、と察しつつ、秋水は美寧に話を譲る。

 ついでに、少しだけ後ろに下がる。

 今日の自分はどれだけ汗臭いのだろうか。いや本当に汗なのだろうか。口臭がキツいとかだったらなるべく喋らない方が美寧のためなんじゃなかろうか。

 ついぞ数時間前まで、今までにない程に汗だくになりながらコボルトを殺し回っていたのを思い出し、秋水はどうしても自分の体臭が気になって仕方がなくなっている。いや、本当に凄い汗をかいてしまったのだ、ヤバいレベルで。

 僅かに後退する秋水に気がつかず、「レディ……」 と何故か美寧は頬を赤らめてから、気合いを入れるかのようにぐっと奥歯を噛み締める。

 そして近場に置いていたスマホを拾い上げ、それをぎゅっと握った後に秋水の真っ正面に立つ。

 近い近い。

 汗臭いんだって、たぶん。

 ぐいっと近寄られた分、秋水は思わず後退しようと仰け反ってしまった。

 

「あ、あ、あのね先生っ!」

 

「は、はい」

 

 気合いの入った呼びかけに、仰け反ったまま秋水は返事をする。

 

「あの、あのあのあの! あのね、め、め、メッ――!」

 

「め?」

 

 しかし気合いが空回りしてしまっているのか、続く言葉が出てこない。

 やはり本当は調子が悪いんじゃないのだろうか、と心配になってしまう。

 め、だか、メッセ、だか、美寧は何度か言葉を続けようとするも、なかなか形にならず。

 

「~~~っ」

 

 そして言葉に詰まった。

 何故か顔を真っ赤にして、視線があちらこちらへ泳いでいく。

 どうしたのだろう。

 見るに堪えないものでもあったのだろうか。

 身に覚えがありすぎて辛い。

 自分の顔が女性受けするはずのないジャンルであることを重々承知している秋水は、少しだけ苦笑しながら一歩引く。

 

「―――ぃ、家で、できる、おすすめの筋トレ、教えて下さぃ……」

 

「おや?」

 

 しばらくしてから、なんとか絞り出した美寧の言葉に、秋水は思わず目を丸くした。

 なんとなく悔しそうに、しかしながら何処かしょんぼりした雰囲気を醸し出している美寧の様子は気になるが、なんともタイムリーな話題に驚いてしまう。

 今日は自重トレーニングにするか、それとも軽いウエイトトレーニングにするか。

 それを探ろうとしていたところで、まさかの美寧から自己申告で答えが聞けるとは。

 筋トレのトレーナーまがい初心者である秋水にとって、これは大助かりだ。

 め、からも、メッセ、からも繋がっていない発言であることには気がつかず、秋水はにっこりである。

 なお、笑顔は凶悪であった。

 

「くっ、笑顔が眩しい……」

 

 なお、受取手の感性は壊れていた。

 なにやら小声で呟いた美寧は、気を取り直すように慌てて頭を大きく横に振る。

 

「い、いやね、あの、私って基本的にジムに来るの土日じゃんね?」

 

「そうですね」

 

 続けての言葉は、どうやら説明のようだ。

 美寧がジムに訪れるのは土曜日と日曜日の深夜。

 やはり平日の昼間とかに来ているわけではないようだ。

 前に昼間のジムにふらりと来てみて、筋トレガチ勢の様子を見てかなりの衝撃を受けてしまい、意気消沈してしまったみたいだが、そもそもその昼間のジムに訪れる、というのは例外のケースだったみたいである。

 

「そうするとね、丸々平日が開いちゃうんだよね」

 

「なるほど。その5日間が勿体ない、と」

 

「そうそう。なんて言うか、5日も空けたら筋トレの意味なくない? とか思っちゃって……」

 

「分かります」

 

 とても共感できる考えだ。

 うんうんと秋水は大きく肯いた。

 分かる分かる。

 その気持ちは、筋トレ民ならよく分かる。

 

 筋肉を大きく育てようとしている筋トレ民は、筋トレをする期間が空いてしまうと不安になるか弱き生き物なのだ。

 

 ちょっとなにを言っているか分からない、と一般の方はなるのだが、筋トレ民とはそうなるのだ。

 筋肥大、つまり筋肉を大きくするために、筋トレは必須である。

 筋肉はトレーニングによって大きくなる、いわゆる貯筋というやつだ。貯金は使えば減るが、貯筋は使えば増えるのだ。

 逆に言えば、筋肉は使わなければ減るのである。

 貯金は減っても嬉しくないし、貯筋も減っても嬉しくない。

 

 つまり、筋トレする期間が空けば、筋肉が減るんじゃないかという恐怖が筋トレ民には襲い掛かってくるのだ。

 

 分かる。

 その気持ちは良く分かる。

 筋トレ民あるあるの感覚だ。

 まあ、実際は1週間か2週間くらい筋トレを休んだところで、筋肉は小さくならないのであるが、気持ち的な問題というやつだ。

 頭では分かっている秋水だって、運動という全ての運動を5日間休んでしまえば、流石に不安になってしまうであろう。

 故に、美寧の言っているその感覚は、とても共感できるものだった。

 

「そうですね。では、今日は家でも行える軽いトレーニングをやってみましょう」

 

「あ、なんかゴメンなさい。先生が何かメニュー考えてくれてたら、そっちを優先しても……」

 

「いえいえ、今日は自重のトレーニングを中心にするか、軽いウエイトトレーニングを中心にするか悩んでいたので、先に言って下さって助かります」

 

 タイミング悪く声が被ってしまったものの、どうやらその内容はぴったり一致していたようだ。

 それではどれから始めようか、と秋水は軽く首を捻りながら考える。

 美寧が不安がっている根本は、平日の運動不足という点であろう。

 学校などでしっかりと運動を行っているならば、平日にジムに行けないから土日で筋トレを頑張っている効果が帳消しになるんじゃないか、なんて不安にはならないはずだ。

 そうであれば、水曜日くらいに筋肉へ軽い刺激を入れるという、集中型のメニューを考えるべきだろうか。

 もしくは、座りながらとか休み時間にちょこちょこできるとか、軽負荷の運動を毎日短時間に分散させて生活に取り入れる、そういう 「ながら運動」 みたいな種目を教えるべきか。

 これはこれで迷う。

 美寧の目的を考えれば、有酸素運動の強化というのもありだしな、と秋水は考える。

 そんな秋水の横で、美寧はスマホをきゅっと握りながら、秋水には届かないくらいの呟きと共にしょんぼりと肩を落としていた。

 

「わ、私の意気地なし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……ふっ……ふぅ……」

 

「まずはお疲れさまです美寧さん。最後までブレずに頑張れましたね」

 

「ふぅ、ひぃ……お、同じこと隣でやってたのに、先生はけろっとしてるじゃんね……」

 

「トレッドミルでのウォーキングも久しぶりにやってみましたが、良いウォーミングアップになりますね」

 

「あ、あれ……さっき一緒に準備運動やってたよね……?」

 

 それから30分後、秋水と美寧はトレッドミルでてくてく歩く、という至って単純な有酸素運動を終わらせた。

 歩き続けてそれなりに息が上がって汗でしっとりしている美寧とは対照的に、秋水は汗こそかいているものの、まるで呼吸に乱れがみられない様子であった。

 ポーションというチートのせいである。

 ちなみに、トレッドミルというのは俗にルームランナーとかウォーキングマシンとか言われるものだ。ベルトコンベアの上を歩いたり走ったりするあれである。

 

 とりあえず、家でもできる筋トレとして美寧に最初に教えたのは、『歩き方』 であった。

 

 歩行を馬鹿にしてはいけない。

 地球上の生物の中で、常日頃から直立二足歩行で移動する生物がどれくらいいるのか、という話である。

 歩けるならば誰でも何も考えずに行えるシンプルな運動であるが、そもそも直立した姿勢で歩くというのは、大腿四頭筋、内転筋、ハムストリングス、下腿三頭筋、大臀筋、腸腰筋、などなど実の多くの筋肉を動員させる高度な運動なのだ。

 これを、なにも考えないで行うのは、非常に勿体ない。

 楽をしてダラダラ歩くのは、とてもとても勿体ない。

 日常の歩き方を変えるだけで、下半身への筋肉の刺激というのは劇的に変わるのである。

 

「ていうか……はぁ……めっちゃ足にくる……」

 

 多少呼吸が落ち着いてきた美寧は、近くの椅子にどさっと座り込む。

 でしょうね、と秋水は軽く笑いながら美寧へ水筒を差し出した。

 余程疲れたのであろう、トレッドミルへ置きっ放しになっていた美寧の水筒である。

 

「おわ、あ、ありがと先生。ごめんごめん」

 

「いえいえ。どうでしたか? 日頃の歩き方を全部これに変えるだけで、下半身の筋トレはほぼする必要が無くなりますよ

 

「はっはっはっ、先生冗談キツいキツい。全部これなら、たぶん死んじゃうじゃんね」

 

 秋水から慌てて水筒を受け取ってから、美寧は思いっきり苦笑いを浮かべながら首を横に振ってしまった。

 そうだろうか。慣れだと思うが。

 美寧の返答に秋水は小さく首を捻った。

 

 美寧に教えた 『歩き方』 というのは、それなりにハードな歩行方法である。

 

 まずは歩幅を大きく。

 足は腰を回転させ、骨盤から動かす。

 後ろの足は膝を伸ばしハムストリングスへ負荷を掛ける。

 前に蹴り出した足は踵から着地させ、つま先へとしっかり体重と各筋肉への負荷を移動させながらスライドさせていく。

 胸を張り、顎を引く。

 姿勢はまっすぐ、猫背や反り腰にならないように注意。

 腕は肘を意識して大きく振る。

 肘が前に出すときは胸の筋肉を使って出す。

 肘が後ろに行くときは背中の筋肉を使い、しっかりと後方へ引く。

 そして腹圧を入れ、体が左右にブレないように体幹を安定させる。

 

 以上が秋水風トレーニング歩行方法である。

 歩幅が小さかったり楽をして歩いてしまう人であれば、かなり筋肉へ刺激を入れられる歩き方であり、これを日常に落とし込めれば、それだけで消費カロリー向上と筋力トレーニングに貢献できるはずだ。

 それに美寧は20分くらいだったか歩いてジムまで通ってきているとのことなので、この歩き方をするだけでウォーミングアップ代わりになると思うのだが。

 

「え、ていうか先生って、もしかして、いつもはこの歩き方なの?」

 

「ええ、そうですね」

 

「やばぁ……」

 

 慣れだと思うが。

 水筒の中を一口飲んでから尋ねられた美寧の質問に軽く肯けば、何故か驚愕の表情を向けられる。

 歩くときや自転車を漕ぐときは筋肉への負荷を意識したり、歯磨きをしているような立ち姿勢のときはついついカーフレイズをしたり、椅子から立ち上がるときはスクワットのやり方で立ち上がったり、そういうのが普通になってしまっている秋水からすれば、驚かれることに逆に驚いてしまう。

 棟区 秋水。筋トレに毒された悲しき少年である。

 

「そっかぁ、私ってダラダラ歩いてたのかー」

 

 水筒のフタを閉めながら、かくりと僅かに美寧は肩を落とした。

 その様子を秋水は見下ろして、そこでふと美寧の姿勢に気がつく。

 

 骨盤が立っている。

 

 下半身の筋肉を酷使して、くたっとした座り方にはなっているものの、美寧の座り方は骨盤がしっかりと垂直になっており、背筋がわりと真っ直ぐだ。少なくとも猫背ではない。

 両足はしっかりと床につけられており、顎が引けている。

 そして、小さく肩を落とした状態でなお、両肩が前になってしまっている 『巻き肩』 になっていない。

 綺麗な座り姿勢だ。

 背中を使った、座り方だ。

 ふむ、と秋水は小さく鼻を鳴らす。

 

「……あ、あのぉ……先生?」

 

「おっと」

 

 無言でじっくりと姿勢を観察してしまった秋水の視線に気がついたのか、美寧が顔を赤らめながら居心地悪そうに秋水を呼んだ。

 しまった、不躾にまじまじ見てしまった。

 秋水はぱっと顔を上げ、無罪を主張するかのように両手を挙げる。

 

「申し訳ありません、見入っていました」

 

「魅入って……や、やっぱりボディライン出した方が先生の好み……?」

 

「はい?」

 

 何故だろう、微妙にもじもじしながら美寧が変なことを呟いた。

 ボディラインを出した方が。

 少し遅れて、ああ、と秋水が納得したように声を上げる。

 秋水と同じく 『働く男』 で買ったと思われるトレーニングウエアは、美寧が着れば秋水のようにぴっちぴちの状態にはならないものの、それでも今までの学校指定のジャージと比べればボディラインが分かり易い。

 なるほど、それが好みかどうか、か。

 

 

 

「そうですね、ボディラインを出す方が好みではありますね」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

 私の場合は、という言葉を続けるよりも先に、美寧の素っ頓狂な声が2人だけのジムに響いた。

 どうしたのだろう。

 なんでそんなに驚いた顔をされるのだろう。

 あと、顔が赤いが、やはり風邪の引き始めじゃないのだろうか。

 

「そ、そそそ、そっちの方が好きなの!?」

 

「え? ええ、まあ、はい」

 

 そして急に立ち上がり、秋水に詰め寄るかのようにぐいぐい来た美寧に対し、若干引き気味で秋水は肯く。

 好きと言うか、好みと言うか。

 ボディラインは、出ている方が良いじゃないか。

 なんなら、可能な限り肌が露出しているくらいが好ましいくらいだ。

 

 だって、ジムだと筋肉などの動きを確認するために、ボディラインが分かる服装が好まれるのだ。

 

 タンクトップとか、ハーフパンツとか、筋肉の動きや絞り具合を直接確認できるくらいならば、なお良し。

 今は真冬だから着れないが、秋水だって夏場のトレーニングウエアはかなりのラフである。

 だから、まあ、ボディラインが出る方が、秋水の好みではある。

 自分の服装ならば、という話だが。

 ああ、言葉足らずだったか。

 詰め寄ってくる美寧に対して、上体を反らしながら距離を置こうとしていた秋水はふと気がついた。

 

 

 

「美寧さんの服装も、とても良いと思いますよ」

 

「ふぁっ!?!?」

 

 

 

 またしても素っ頓狂な鳴き声が響き渡った。耳が痛い。

 そんなにビックリされても。

 今度は跳び退くようにして一気に距離を取った美寧を見て、逆に秋水の目が点になる。

 

 そのトレーニングウエア、とても良いと思うんだけど。

 

 薄いが丈夫だし、汗をよく吸うし、乾くのも早いし、なにより安い。秋水も愛用しているウエアである。

 それに美寧の目標は 『綺麗なボディラインをつくる』 ということのはずだ。

 ならば、ボディラインの確認は必須事項であり、今のトレーニングウエアのようにそのボディラインがある程度確認できる服装の方が、間違いなく良いと思うのだが。

 少なくともジャージよりは、良いと思う、のだけどなぁ。

 なんて考えていたら、跳び退いた美寧が顔を真っ赤にしながらその場にがばりと蹲った。

 

「きゅ、きゅきゅきゅ、急に、その、そういう暴露は、その、嬉しいというかばっち来いというか非常に参考になるご意見ありがとうございますというか今の時期にスタイルモロバレする格好は気温的に厳しいというか春くらいまで待っててほしいかなっていうかまずはいきなりすぎて心の準備がですね先生」

 

「美寧さん?」

 

 なんか、口から呪詛の如く長文が漏れ出ている。

 どうしよう、よく聞き取れない。

 しかし、膝を抱えるかのように美寧は蹲ったが、腰は曲がらず真っ直ぐな状態でしゃがむことができている。

 それにバランスも取れている。

 これは、やはり。

 

「そういえば、話が変わるのですが美寧さん」

 

「ひゃいっ!?」

 

 話題を変えるように声を掛けた途端、美寧がびくりと跳ね上がる。

 しゃがみ込んだ姿勢から、随分と器用な跳び上がり方をするじゃないか。

 びくりとしてから、美寧がそろりと顔を上げる。

 真っ赤じゃないか。

 やはり体調が悪いのか、と心配しつつ、秋水は先程から美寧の姿勢を観察して抱いていた疑問を口にすることにした。

 

「もしかしてですが、ヒップヒンジの練習や背中の柔軟、かなり進んでいるのではないですか?」

 

「ほえ……あ、うん」

 

 少しだけ間の抜けた声を漏らしてから、突然変わった話題に多少遅れながら美寧は肯いて返す。

 なるほど、やはり。

 肯く美寧に、秋水もまた肯きながら納得した。

 

 美寧の頑張りが、着実に現れ始めている。

 

 運動神経自体はかなり良い方である美寧だが、それでも欠点は幾つかあった。

 背中やもも裏といった背面部、その筋肉の硬さと筋力の弱さだ。

 関節が硬く、背筋とハムストリングスが弱い、と言えば良いのか。

 まあ、座り姿勢の多い現代人らしい弱点である。

 あれは確か、そうだ、バーベルのベントオーバーロウを習得しようとして、それのスタートポジションすら怪しい姿勢ということで発覚したんだったか。

 あれから背筋とハムストリングスを伸ばす柔軟体操を続けているということだったが、ちゃんと結果として表れていた。

 

 座り姿勢が、きちっとしている。

 

 背面の筋肉が弱くて硬い人は、座り方が下手なのだ。

 骨盤が後ろに倒れ、それに引っ張られて腰が曲がり、バランスを取ろうと肩が前に出る巻き肩になる。そうなれば、ますます背中の筋肉が弱り、体が硬くなる、という悪循環に陥るのがよくあるパターンである。

 その悪循環が、断ち切られていた。

 綺麗な座り姿勢だ。

 背中やもも裏の柔軟を頑張り、ちゃんと筋肉を動かしてきた結果なのだろう。

 あれからまだ1ヶ月も経っていないのに、凄い進歩である。

 

「ああっ、そうだ先生っ、背中の柔軟で聞きたいことがあった!」

 

 と、急に美寧が立ち上がり、再び秋水に詰め寄ってきた。

 頑張ってたんだなぁ、と独りで勝手に感動していた秋水は、また迫ってきた美寧を見て冷静に後ろへ下がる。慣れてきちゃった。

 今日は、随分と情緒不安定だな。

 

「はい」

 

「あのね! あの、肩甲骨を寄せ、いや広げるときの、えっとね……えっと……」

 

 なにか聞きたかったのか、ぐいっと詰め寄った美寧は若干興奮気味に質問を口にしかけ、しかしながら続く言葉が出てこなかった。

 背中の柔軟で、肩甲骨の動きについての質問。

 なんだろう。

 秋水は首を傾げた。

 美寧も釣られるようにして首を傾げてしまった。

 

「…………忘れちゃった」

 

「おや」

 

 それは残念。

 質問内容を忘れてしまい、しゅん、と肩を落としてしまった美寧に、秋水は苦笑を浮かべてしまう。

 

「うわぁぁ、今度先生に会ったら相談しようと思ってたのに、色々聞きたいことありすぎて内容忘れたぁぁ……」

 

「ああ、後にしようとしたら忘れるのは、よくありますね」

 

「えーっと、えーっと、なんだっけ。背中の柔軟体操のときに思いついた質問だったから、えーっと……」

 

「無理はしなくて良いですよ」

 

 頭を抱えて思い出そうとする美寧を諭すも、うーん、と美寧は考え込んでしまった。

 まあ、土日の深夜にしか会えないのだから、そこでまとめて質問しようと思ったら、どうしてもいくつかは忘れてしまうものだろう。

 というか、『色々聞きたいことがありすぎて』 ということは、そんなに質問が多かったということだろうか。

 勉強熱心なのは素晴らしい。

 えーと、なんだっけな、と頭を捻る美寧を見て、ふむ、と秋水は鼻を鳴らした。

 

「そうですね、では、思い出したときにすぐに相談できるようにしましょう」

 

「え?」

 

 疑問というのは、感じたときが解決させるベストタイミングである。

 ならば、疑問を感じたらすぐに相談できるようにするのが1番だろう。

 顔を上げた美寧を目を見て、秋水は一度肯いた。

 

「メッセージアプリの連絡先を交換しましょうか」

 

 

 

「……………………へ?」

 

 





「(なんかよく分かんないけど連絡先ゲットできたぁぁぁぁぁっ!!)」

 腰を使って大股で、背筋をまっすぐにして肘を後ろにしっかり引きながら大きく腕を振って歩いてみましょう(`・ω・´)
 それで10分くらい歩いて筋肉痛になるなら、間違いなく運動不足です(;´Д`)
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