「あ、秋水さん!」
朝、買い物のためにバイクショップまで歩いていた秋水は、聞いたことのある声で呼び止められた。
はて、と声のした方へと顔を向けると、見知った女子高生がてくてくと歩み寄ってくるところであった。
てくてくと。
いや、あれはもしかして、小走りなのだろうか。
同年代に比べたら明らかに背の低い彼女は、当然ながら脚の長さだって同じく短い。
それを差し引いても足が遅く感じるのは、深夜に一緒にいた同じく女子高生である美寧の脚力を見たからだろうか。
もしくは、深く青いダッフルコートの背面にある、なんか黒くてデカくてゴツい物体が邪魔で、本当に走るのに支障を来しているからだろうか。
あー、と秋水は近づいてくる黒い物体、ではなく青いニット帽の女子高生を確認してから小さく声を漏らす。
「おはようございます、奇遇ですね、律歌さん」
「はい、おはようございます。秋水さんも偶然ですね」
にこにこと笑顔で駆け寄ってきてくれたのは、渡巻 律歌。
秋水がよく利用するコンビニのアルバイト店員であり、同級生である紗綾音の姉である。
最近はすっかり慣れてくれたのだろうか、他者から恐怖を抱かれることが多い秋水の顔や体格にもまるで怯むことなく、秋水を見ても表情を一切歪ませることなく、むしろ好意的に接してくれるという数少ない存在でもある。
最初の頃は秋水の顔を見るだけでも怯えていた、小動物みたいな人だと思っていたのだが、その実態は恐ろしく物事に対しての順応が早い人であった。流石はあの人見知りしないチワワの姉という感じだ。
「今日はお仕事……あ、違う、あはは、お休みに決まってますね、ごめんなさい」
「いえ、誤解はよくされますよ、律歌先輩」
「うぅ、カウンターが強い……」
一瞬、秋水が妹と同じ中学生であるという事実を忘れてしまったのか、それとも今までの誤解が根強く残っていたのか、社会人に対して向けるような言葉を口にしかけた律歌は、その言葉の途中ではたと気がつく。
今日は土曜日。
中学生はお休みである。
それは高校生である律歌も同じことだ。
小さく笑いながら皮肉めいて律歌を先輩呼びにすれば、呼ばれた方はしょんぼりと肩を落とす。言葉が強かったかもしれない。
「律歌さんは―――」
気を取り直すように改めて秋水は声を掛け、そしてすぐに口を閉じる。
今からアルバイトですか?
そう聞こうかと思ったのだが、律歌の背面で強烈な存在感を放っているリュックサックを見てしまうと、なんか違うかもしれない、と思ってしまう。
デカいリュックサックだ。
ミリタリーバックパックというのだろうか。
無骨で四角くて頑丈そうで大容量の、黒が渋いリュックサックである。
どれくらいの容量なのだろうか。100リットルくらいだろうか。
祈織にも引けを取らないくらいに小柄な律歌が背負うには、明らかに不釣り合いな大きさだ。
そんな大容量のリュックを背負って、今から出勤だろうか。
バイトに行くのに、どんな荷物が入っているというのか。登山に行くと言われた方がまだ納得できる。
「……その、どちらかにお出かけですか?」
「はい、ちょっと色々と買い物にと思いまして」
「そうだったのですね」
少し迷いながら尋ね方を変えてみれば、にぱっと笑顔を浮かべながら律歌が答える。
そうか、買い物か。
そんな大きなバックパックが必要になるレベルの買い物ということか。
小型冷蔵庫でも買うつもりだろうか。もしくは電子レンジだろうか。
謎だ。
相槌を打って肯く秋水の口端は、微妙にヒクついてしまっていた。
「秋水さんも、お買い物ですか?」
ちらりと秋水の背中の方へと視線を動かしながら、続いて律歌が尋ねてきた。
秋水もまたリュックサックを背負っている。
ただ、律歌のミリタリーバックパックと比べたら、なんとも可愛らしいリュックである。容量だって40リットル程しかないのだ。
おかしい、40リットルという容量は、そこそこ大容量の分類に分けられると思っていたのだが、律歌のそれと比べれば月とすっぽん、大人と子どもである。
「そうですね。少し買い出しがありまして」
言いながら、秋水はバイクショップがある方向を軽く指さしながら答える。
通気性の良いライディングジャケットやパンツ、もしくは涼しくなれそうなアイテムの発掘だ。2月という冬本番に、真夏の装備を探すというちぐはぐな客で申し訳ない。
「あ、私もこっちです」
「おや、そうでしたか」
指さした方角へと顔を向け、律歌は呟いた。
随分と偶然が重なる。
ここからバイクショップの方面となると、はて、駅とは逆方面だし、近くになにかの店はあっただろうか。
秋水は軽く首を捻るも、この街のことを全て知り尽くしているというわけでもないので、自分の知らない店なのだろう、と秋水は納得する。
「……その、と、途中まで、一緒に行きませんか?」
と、再び秋水を見上げて律歌が言う。
どこか緊張したような面持ちだった。
どうしたのだろう。
まあ、別に途中まで一緒に歩くくらい、なんの問題もありはしないが。
「ええ、そうですね。一緒に行きましょうか」
「あ……はいっ」
で。
「……もしかして、目的地、ここだったりします?」
「そうですね。ちなみに、律歌さんの用事というのは、この店なのですか?」
「……き、奇遇ですねぇ」
目的地は同じであった。
歩いていく道すがら、来週からテストですね、とか、早く春になりませんかね、とか、そんな他愛のない世間話をしながら確かに思った。一体どこで別れるんだろう、と。
それはきっと、律歌も同じことを考えていたのかもしれない。
結果としては最後まで別れることなく、バイクショップへと辿り着く。
なるほど、なにを買うのかまでは分からないが、律歌もここでお買い物なのか。
もう一度その店の看板を見上げた後、ちらりと律歌へ目をやった。
何故だろうか、律歌は凄く不思議そうな顔をして秋水を見上げていた。
「あれ、でもここ、バイク用品店……はっ!」
小さく呟いている途中で、はたと律歌はなに閃いたような表情になる。
そして今度は目をキラキラとさせてきた。
ころころと表情が変わるのは、流石は紗綾音の姉といったところか。
でも、なんだろう、まるで 『同志を見つけた!』 と言わんばかりのその顔は。
「もしかして秋水さん、原付免許を取得されるご予定なんですか!?」
「え?」
「乗りたい車種ってもう決まっているんですか? 50ccの中古ですか? それとも125ccの制限ですか? ミニバイですか? オフロードですか? スクーターですか? ビジネスバイクですか?」
目を輝かせたままずずいと迫り寄って来た律歌に、秋水は思わず体を仰け反らせてしまう。
あれ、美寧の時と同じ光景だ。
しかしこちらは、迫ってきた理由を秋水は少し遅れて察することができた。
ここはバイクショップ。
バイクに関する用具や用品を取り扱っている店である。
当然ながら、こに店がターゲットにしている客層は、バイクに乗ったライダー達だ。
律歌が不思議そうにしたのはたぶん、中学生でバイクの所持どころか運転免許も取っていない秋水がなんの用事なんだろう、と思ったからなのであろう。
そしてそれを、即座に自己解決した。
たぶん律歌は、こう考えたんだと思われる。
秋水は中学3年生の15歳。
次の誕生日を迎えれば16歳。
つまり、原付免許が取得できる年齢だ。
なるほど納得。律歌は秋水がバイクに興味がある人物だと思ってしまった、ということか。
どうしよう。
バイク、あんまり興味ない。
「あ、秋水さんの誕生日っていつなんですか?」
「えっと、7月の23日です」
「夏ですね。最高の時期ですね。暑いですけど風を切って走ると汗が吹き飛ぶらしいですよ。私もまだ夏場のツーリングはしたことないので伝え聞きなんですけど」
いや、確かに原付バイクはあったら便利だろうな、とは買い出しの時とかに思ってはいるけれど、そんな誕生日向かえたら即座に免許取得に走る予定はないのだけれど。
なんだか独りで勝手に納得してうんうんと肯いている律歌に、さてどう誤解を解こうかと秋水は言葉を考え始めたところで、あ、と律歌は思い出したかのように声を上げた。
「もしかして、夏用の用品とかを探しに来たんですか?」
正解である。
あれ、確実に勘違いをされたはずなのに、何故か律歌は秋水の用件をぴたりと言い当ててしまった。
もっとも、灼熱の太陽に照らされる夏場にバイクを快適に乗り回すためではく、明るい洞窟みたいなダンジョンでコボルトを快適に殺し回るため、夏用のバイク装備を見に来たのである。そこは誤解のないように。
「ええ、その通りです。できれば通気性が高くて、熱や汗を逃がしてくれるジャケットやパンツがあれば嬉しいのですが、今の季節だとそもそも置いてあるかどうか……」
しかし素直にダンジョンで使用しますとは言えず、秋水は苦笑いしつつ律歌の話に合わせることにした。
どちらにせよ、夏用のジャケットなどが欲しいのは本当のことなのだ。
ただ、今は2月。
夏用の商品が置いてあるかどうかは怪しいところである。
しかし。
「あ、置いてますよ。売り場面積は小さくなってますけど、逆シーズンの衣類も常に出てますからこの店」
しれっと、そしてさらっと、律歌がバイクショップを指さして断言してくれた。
神かよこの先輩。
「ありました、フルメッシュのジャケットです。流石に真夏にライディングジャケットを着るとなると、一部だけメッシュになっていても排熱が間に合いませんからね。フルメッシュじゃないと命を守る防具で命が危険になっちゃいます」
「おお、全身メッシュですか。これは良いですね。こちらはプロテクターがないみたいですが、別口で装着できるのでしょうか」
「えーっと、はい、取り付け可能です。別売りのプロテクターを装着できますね。確か夏用のプロテクターがあっちの棚にあったはずです」
「夏用のプロテクターがあるのですか?」
「はい。プレート自体がメッシュ状になっていたり、触るとひんやり冷たい素材だったりするんです。確か父が持っていたプロテクターが……あったあった、秋水さんこちらです、このメッシュプロテクターです。柔らかくて衝撃吸収性能が高くて触るとひんやりしててお値段も手頃で、でもちょっと重たいのが難点です」
「なるほど」
そして始まる律歌アドバイスによる夏用装備の見定め会。
この人、ライディング装備にまで詳しいのか。恐れ入りすぎて尊敬する。
律歌に勧められたフルメッシュのライディングジャケットをしれっとカゴに突っ込んでから、秋水は差し出されたプロテクターを手に取って、ぷにぷにと揉んでみた。
今使っているインナーアーマーのチタンプレートは、とにかく硬い、という視点で作られた防具だが、こちらはダメージを吸収するという別の視点で作られているのが分かるプロテクターだ。
一枚板のようなチタンプレートとは違い、蜂の巣を思わせる編み編みメッシュなソフトプロテクターは、不思議なことに触れた手の平の温度を吸い取るように、ひやっとした感じがする。
ふむふむ。
汗を発散させてくれそうな上に、接触冷感機能まで備わっているときたか。
しかも打撃主体の犬面野郎に合わせたかの如く、ダメージに対しては衝撃吸収で対抗だ。
まさに秋水が求めている装備にドンピシャじゃないか。
よし採用。
受け取ったメッシュプロテクターを、秋水はすぐにカゴへと放り込む。
今のは胸のプロテクターだから、先程のライディングジャケットに装着可能なものは、ついでに全部あのメッシュプロテクターに統一してしまおう。
肩と、肘と、背中。
なるほど了解。
フルメッシュのライディングジャケットのプロテクター装着場所を確認してから、秋水は続け様にカゴの中へとそれぞれのプロテクターをぽいぽいと投げ入れた。
「あ、秋水さん、フルメッシュのパンツもありました。夏用のパンツはメッシュを使っても、エンジン部分に近い脚とかシートで擦れやすいお尻の部分はメッシュじゃないのが多いですから、フルメッシュのパンツって意外と少ないんですよ」
「ああ、ありがとうございます。こちらは、えっと、サイズが……」
「3Lと4Lですね。一般的なサイズは売れちゃいますし、逆のシーズンですから入荷は注文しないとなさそうですね」
「いえ、むしろ助かりました。体が大きいのは、こういう時に助かります」
「あ、そうか、秋水さんのサイズって結構上ですもんね」
今度はフルメッシュ仕様のライディングパンツを律歌から受け取り、プロテクターが装着できる箇所を確認してからカゴの中にシュートイン。
とにかく今はあるものを確保せねば。
「あ、それからバイクの装備で忘れがちですけど、首も守るものがあると良いですよ」
「首、ですか?」
秋水がカゴにぶち込んでいる間に、別の商品へと目を移していた律歌が流れるようにおススメをしてきた。
そちらに目を向ければ、ネックガード、とかいう商品。
なんだこれ。
秋水が初めて見るライディング装備である。
「ネックブレースですね。人間の首は純正品の1つしかありません。首を守る装備も大切ですよ。首が折れたら半身不随になっちゃいます。怖いですからね」
「なるほど」
首への一撃に対する防御。
確かに大事だ。
まあ、首というピンポイントで攻撃を食らうことは早々ないだろうが、一応買っておいて損はないだろう。
得意げに紹介する律歌の言葉を聞きながら、様子見で中間グレードのネックガード1つ手に取り、そのまま流れるようにカゴへと突っ込んだ。
説明途中だというのに迷うことなくカゴに移されるネックガードを目で追ってから、カゴに入れているその内容をようやく認識したのか、律歌が目を丸くしていた。
「え、あれ、全部買うんですか? 結構なお値段しますけど……」
「はい、せっかくですし。お金の方は、まあ、そこそこありますので」
「そうなんですか」
ふーん、と律歌がまじまじと秋水の顔を見る。
律歌と別れてから買った方が無難だったかもしれないなと思いつつ、秋水はライディングパンツに装着できる腰横と膝のプロテクターもカゴの中へと道連れにしていく。もちろん、メッシュプロテクターだ。
予算的に言えば、確かに安くはない買い物になるのだが、そこはまあ、なんとかなる。
なんとかなると言うか、白銀のアンクレットを買い取ってくれているお金で、今のところはこれでも黒字というのが恐ろしい。
頭の中で電卓を秋水が叩いている間、立て板に水を流すかのように喋っていた律歌が静かになった。
「……まだ半年くらい先なのに、気が早いですね、秋水さん」
と、急に律歌が笑いを堪えるように、そんなことを言い出した。
視線を律歌に向けてみれば、どうしたのだろうか、なにか微笑ましいものでも見るかのように、律歌はにこにこ顔で秋水を見ていた。
「気が早い、ですか?」
「そうですよ。普通は免許を取って、バイクを買ってから揃えますから」
その台詞に、う、と秋水は返す言葉に詰まってしまった。
誤解である。
別にバイクを買う予定は、ない。
今し方購入を決定したジャケットもパンツも、バイク用ではなくダンジョンアタック用である。
しかし、それを説明するわけにもいかない。
ふふ、と律歌が笑った。
「秋水さんにも、ちゃんと子どもっぽいところがあって安心しました。ちょっと可愛いです」
もしかして今、自分は辱めを受けているのかもしれない。
秋水は思わず微妙な表情をしてしまう。
「あ、男の人に可愛いとか言っちゃダメですよね。ごめんなさい」
「いえ、あまり言われない評価なので、少し驚いてしまいました」
どちらかと言えば、可愛いと感じたその感性に対しての驚きだが。
秋水の微妙な表情を見て、はっとすぐに気がつき自省する律歌に、秋水は小さく首を横に振る。
それからちらりと自身のカゴを確認すれば、すでにいっぱいだった。
ライディングジャケットやライディングパンツなどのバイク装備は、やはり嵩張ってしまう。
とりあえずこれで会計をして、プロテクター類はリュックサックに詰め、ビニール袋も買って衣類は手で持って帰るしかなさそうだ。予備のヘルメットも買おうかなんて思っていたが、買えば荷物がさらに多くなってしまう。残念。
これは確かに、律歌の背負っているバックパックの巨大さにも納得である。
自分も律歌と同じミリタリーバックパックを買おうかな、なんて思ったところで、ふと秋水は気がついてしまった。
「ところで、律歌さんはこの店には何をお求めで?」
律歌へと視線を戻して聞いてみた。
秋水は律歌のアドバイスを聞きながらテンポ良く商品を決めてきたものの、アドバイスする律歌はカゴも何も持っておらず、自身の買い物をする様子が見られない。
律歌の邪魔をしていた可能性が、今更ながらに秋水の脳裏に浮かんだのである。
だとしたら申し訳ないことをしたなと思いつつ聞いてみれば、ああ、と律歌は思い出したかのように小さく声を上げた。
「ハンドルです。私の乗っている原付、父から譲り受けたんですけど、体格差がちょっと問題でしてね。色々試したんですけど、やっぱりハンドルを丸ごと交換するのが1番かな、と」
はは、と小さく笑い、律歌は照れたように頬を掻いた。
バイクのハンドルって交換できるのか。
律歌の言葉に、むしろ秋水の方が目を丸くしてしまう。
いや、律歌の持っているバイクがどのような形状の車種なのかは知らないが、バイクのハンドルというのはしっかりと固定されていて外せないものだと思っていた。
やっぱり凄いなこの人。
というか、そもそも律歌は既にバイクを持っていたのか。
原付免許を取得しているのは、なんとなく話の流れで察していたが、既に父親からバイクを貰っていたとは。
律歌の、父親。
律歌の父親ということは、それは紗綾音の父親でもある。
紗綾音の父親は、確か。
「ああ、なるほど、あの刑事さんと律歌さんでは、体格差が……」
思わず呟いてしまったその一言に、え、と律歌が顔を上げた。
おっと、と秋水は口を押さえるが、覆水盆に返らず、零してしまった言葉は口を閉じたところで取り消せはしない。
「秋水さん、うちの父が刑事なの、ご存じだったんですね」
「えっと……」
「あ、紗綾音から聞いて……あれ、でもお父さんと私の体格差が分かるっていうことは、知り合ってる……?」
鋭い。
小声で呟きながら考えを整理しているらしい律歌を見下ろして、秋水は苦笑した。
まあ、別に言っても構いはしないだろう。
律歌と紗綾音の父親とは、ちょっとだけ会ったことがある。ただそれだけの話でしかない。
「ええ、まあ。少しご縁がありまして、お世話になったことがあります」
「お世話に?」
言葉を濁しながら告げたそれに、律歌の眉間にきゅっとシワが寄った。
可愛い顔である。
ぼんやりとしか覚えていないが、律歌の父親はもっと渋めの顔であったので、あまり似ていないように思える。
いや、それなりに筋肉質で大柄であった律歌の父親と、線の細い小学生かと思えるくらいほっそりと小柄な律歌では、顔の形どころか体格含めて全部が似てない。
きっと母似なのだろう。律歌の母親とは会ったことはないが。
眉間にシワを寄せた律歌は、むー、と小さく唸る。
そして、少ししてから、ゆっくりと口を開いた。
「……あの、もしかしてですけど、うちの父が秋水さんにご迷惑をおかけしたなんてこと、ないですか?」
なんで真っ先に父親を疑ってるんだろうこの人。
お世話になった、と秋水が言ったにも関わらず、どういう訳か律歌には、お世話した、と翻訳したようである。なんでやねん。
凄く心配そうな顔をしながら、的から大きく外している律歌の発言に、きょとん、と秋水はなってしまう。
「うう、すみません。母のみならず父まで秋水さんにご迷惑をおかけしてたとしたら、なんとお詫びをすればいいか」
言葉が続かなかった秋水の様子を見て、なにやらさらに誤解してしまった律歌がぺこぺこと頭を下げてくる。
待った待った、と秋水はそれを咄嗟に押し止めた。
律歌の父親とは 『あの時』 の1回しか会ったことはない。迷惑なんて、むしろこちらがかけた状況だ。
というか、律歌の母親というのは、あれか、いつぞや紗綾音が通話してきたときに、よく分からんが娘のスマホを取り上げて通話に乱入かましてきた、あのおもしろお母ちゃんのことか。
なんだかカオスな通話になってしまった事件を思い出し、秋水は一度遠い目をする。
あれは、うん、面白い母親だったな、うん。
ではなく。
つまりなんだ、律歌は自分の父親はそれに匹敵する何かを秋水に対してやらかす、という信頼があるということか。
なんというマイナスの信頼なんだ。
自分の父親なんだから、もっとプラスの信頼をしてあげてほしい。
「ああ、いえ、あの、大丈夫ですよ。お母様が通話に乱入されたことも、まあ、紗綾音さんのお母様だな、という感じのハプニングでしたし、お父様の方とは特になにも―――」
「紗綾音の性格は、父似なんです……」
「…………わぁお」
なんて説得力。
律歌の両親をフォローしようとしたところ、その口から明かされたのは、まさかの性格面でのお話。
そうか、なるほど。
あのナイスミドルの刑事さんは、基本的には紗綾音みたいな性格だったのか。
紗綾音に迷惑を掛けられている秋水は、同じノリで父親からも迷惑を掛けられているのでは、と律歌は考えてしまったわけか。
どうしよう、なんのフォローの言葉も思いつかない。
「父は一見すると逞しくて格好いいんですけど、性格はほとんど、紗綾音なんです……」
その、なんだ。
律歌の家族は、紗綾音と、紗綾音の原液と、あのおもしろお母ちゃんなのか。
もしかして律歌は、物凄く苦労しているのかもしれない。
かわいそうに。
思わず秋水は、遠い目をしていた律歌を哀れむように見てしまった。
「渡巻家の父 = 紗綾音の原液」 という暴言。
今のところ、渡巻家のお父ちゃん、良いところなし(´゚ω゚`)