「あ、あのー……」
若干の沈黙が降りかけていた店内で、着地する前の沈黙を蹴りとばしたのは、この質屋の店長、祈織であった。
遠慮するような声色ではない。
どこか落ち着かない、そわそわした感じの声である。
そういえば完全に会話の流れから置いてけぼりを喰らっていたな、と秋水と鎬、そして弁護士の鉄臣と志穂の4人がほぼ同時に祈織へと顔を向ける。
鎬の後ろに隠れるようにしていた祈織は、カウンターの上に置いたままにしているコンテナ箱へ熱い視線を送っていた。
「この箱って、やっぱりアレですよね? いっぱい入ってるんですか? 見てもいいんですか? いくつくらいあるんですか?」
あ、この人、最初から会話の流れに乗っかる気がゼロだ。
キラキラさせた目でコンテナ箱をガン見している祈織は、どうやら中身が気になって仕方がない様子である。
そわそわしている姿は、ガチの子どもに見えてしまう、とか口にしたら、ヘソを曲げてしまうだろうか。曲げるだろうな。
あー、と秋水と鎬が同時に声を上げる。
「秋水、今回の納品分はこの箱で全部かしら?」
「いや、まだリュックに入ってる」
「まだあるんですね!?」
嬉しそうに祈織が、ずいと前に出ようとした。
しかし、盾として使っていた鎬を押し退けようとしたところで、鎬が祈織の額にぺちりと手を当て、ぐいーっと押し退ける。
「わぁん、なんでー?」
「たくさんの査定をするときは、裏でやりなさい、裏で。この箱の中身を全部カウンターにぶちまける気?」
「おっと、それは確かに」
コンテナ箱を求めるように両手をぱたぱたさせながら疑問符を浮かべる祈織に、鎬はどこか呆れた様子で釘を刺す。
ああ、しまった、それは確かにそうだ。
鎬の言葉をカウンター越しに聞いた秋水は、思わず額に手を当てた。
これは祈織への忠告であると同時に、秋水への苦言でもある。
確かに、200個前後もある白銀のアンクレットを、カウンターの上に並べるわけにはいかない。もっと広い作業台が必要だ。
しかも、最初の頃のように他に客が誰もいない、という状況でもない。
ヨーロッパ系の外国人客が4名いる店内を見渡してから、これでカウンターの上を占領しては迷惑になってしまうな、と秋水は額に手を当てながら反省した。
やはり今度からは裏口を開けてもらって、そこから運び込んだ方が良さそうである。
「申し訳ありません。次から裏口の方から入ることにします」
「ん、あ、そうだね。これからたくさん納品してくれるんだったら、裏から入ってもらおうかな。後で合い鍵渡しますね。ですからリュックも渡して下さい」
「追い剥ぎかしら……?」
そう思って祈織に頭を下げれば、とんとん拍子に肯きながらも、鎬の押し退けられた格好のまま祈織は秋水に向かって両手を差し出している。
はよリュックの中身を見せろ、という言外の圧力を感じる物言いに、再び鎬が呆れたように呟いた。
「ああ、いえ、量が量なので重たいですよ。私が奥まで運びます」
そう言いながら、秋水はカウンターに置いていたコンテナ箱を持ち上げる。
そこそこの重量である。
秋水からして、そこそこの重量なのだ。
それにコンテナ箱も大型のものである。上手く折り畳めば祈織が収納できそうなサイズだ。
そんな代物を祈織が運べるかと考えたら、ちょっと疑問である。
「わぁ、助かります。流石秋水くん。てなわけで鎬さん、ちょっと裏でちゃちゃっと見てきますね」
先週は入らせてもらったバックヤードの方へとコンテナ箱を運ぼうとすると、祈織がお礼を言いつつウキウキした表情でカウンターの椅子からぴょんと飛び降りる。
え、と秋水は思わず鎬の方を見た。
カウンターを挟んで鎬の向かいには、スーツ姿の2人組。
鎬の客である。
客というか、鎬に用事のある2人組である。
祈織が離れてしまっていいのだろうか。
その確認をするために振り向くも、鎬は僅かに呆れたような表情を、鉄臣と名乗っていた男性弁護士は苦笑を浮かべている。
諦めの境地じゃないか。
「ごめんなさいね、峰岸さん。ウチの店長、ご覧の通りなのよ」
「いえ、お構いなく。店の方へ押しかけてしまったのは私達の方ですので。時間がありませんから明後日の件について話を詰めたかったのですが、また時間を改めさせて頂きます」
「重ね重ねごめんなさいね。とりあえず依頼を受けてもらえるだけでも、私としては一安心よ」
苦笑しながら一礼する鉄臣に、鎬も片手で軽く額を押さえながらも頭を下げていた。
鎬にチクチク言われている言葉を右から左に聞き流しているのだろうか、さあこっちです、と祈織が秋水の袖を引っ張っている。聞き流すどころか、そもそも耳に入っていないご様子である。
弁護士の2人がこのまま帰るのであれば、祈織が席を外しても大丈夫、なのだろうか。
うーん、と秋水は少し考えて。
「この場で話をすることは可能ですか?」
次に口火を切ったのは、女性弁護士、志穂であった。
この場で話を。
え、ここで何らかの話を詰めるのであれば、やはり祈織が離れては駄目なんじゃなかろうか。店内には他にも客がいるのに、接客を行う人が誰も居なくなってしまう。
そんな提案をした志穂に、鉄臣は少し驚いたような顔をする。
「……志穂さん?」
「私達は立ち話で一切構いません。押しかけてしまっているのは承知しています。ですが、時間を無駄にできないのは、あなたも理解しているのではないですか?」
ブチ切れながら鎬に詰め寄っていたのと本当に同一人物なのだろうか、志穂は淡々と言の葉を流しつつ、カウンターに手を置いてゆっくりと鎬へと顔を寄せていく。
しかし、目つきは鋭く、真っ直ぐに鎬を睨み付けているのを見るに、一触即発な雰囲気なのは変わりがない。
そんな志穂を前にしても、鎬の表情はぴくりとも動かない。
喧嘩にならんよね?
一抹の不安を覚える秋水の裾を、早く早く、と祈織がぐいぐいと引っ張る。
神経図太くてビックリなんだけど。
「やはり、この店の防犯に疑問が残ります。今すぐにでも対策が必要です」
そして小声で、志穂がこそりと呟いた。
袖を引っ張っている祈織へ視線が向きかけていた秋水は、再び志穂の方へと目を向ける。
意識が逸れていたせいか、もしくは志穂の声が小さかったせいか、聞き逃してしまった。
ただ、その志穂の言葉を聞いたはずの鎬は、表情を少しも動かすことなく。
「Oh yes, you did mention something about eight security cameras, didn’t you? I’m afraid that’s a bit of an understatement」
“そうそう、監視カメラが8台設置されている、とか言ってくれていたけれど、随分控えめな表現ね”
何故か突然、流暢な英語を喋り始めた。
すぅ、と志穂の目が細くなる。
もとより切れ目なせいだろうか、鋭かった目つきがより一層鋭利さを増してしまった。
ああ、鎬が口にした英語の意味は流暢すぎてよく分からなかったが、これは鎬が絶対に余計なことを言ったのだろう。
顔を寄せてきていた志穂への対抗なのだろうか、鎬はカウンターへ肘を置き、同じくゆっくりと志穂へと顔を寄せる。
「秋水、裏に運んでくれて大丈夫よ。店長も、なるべく早く確認してちょうだい」
真っ正面から、間近に志穂の顔を捉えたまま、鎬はいつもの口調で秋水と祈織へと声を掛ける。
視線は、完全に志穂に固定されていた。
いや、バチバチじゃないか。
なんかよく分からないが、バチバチじゃないか。
鎬の方はむしろ楽しんでいる感が滲んでいるものの、志穂の雰囲気は完全にピリついている。
一体どんな余計なことを口走ったんだ、この叔母は。
「えーっと、大丈夫なのか?」
「そうね。これから秋水の時間が余っているなら、ちょっと店番を手伝ってくれるとお姉ちゃん嬉しいわ」
「いや、それくらいは構わねぇけど……」
一応で聞いてみるが、鎬はやはり志穂から視線を逸らすことなく真っ向から受け取ったままである。
もしかして、これが女の戦いとかいうヤツなのだろうか。怖すぎる。
ここから先の予定としては、昼飯を食べて刃物屋で剣鉈と手斧を買おうかな、くらいしか考えていなかった秋水は、若干引きながらも肯いて返すものの、ちらりと店内の様子を再確認した。
明らかに日本人じゃない客。
ヒリヒリした雰囲気になっている美人2人が気になるのか、ちらちらと視線が飛んできている。
自慢ではないが、秋水は英語を含めて学校の成績は優秀だ。
しかし、それはあくまでも中学生の範囲で、となる。
先程の鎬が口にしたレベルでの英会話ができるかどうかと問われたら、正直自信はない。
「俺、あんまネイティブの英語できねぇぞ?」
「そこは大丈夫よ。秘密兵器があるわ」
「……ああ、あれか、AI」
「正解」
なら大丈夫、なのだろうか?
そのAIとやらがどれくらい便利なのか知らない秋水は、自信ありげな鎬の言葉に首を傾げる。
同時翻訳ができる、と考えていいのだろうか。だとすれば便利だ。
使えるようになって損はなさそうだな、と考えながら、とりあえず秋水は分かったと鎬に伝え。
「……She couldn’t understand English, if I recall. And you weren’t in the shop yesterday either. Which means…… the surveillance system really is in place, then」
“……彼女は英語の聞き取りは出来ませんでしたね。そして貴女も昨日は店にいなかった。となると、本当に監視カメラの設置をされているのですね”
なにやら鉄臣まで英語を喋り出す始末である。
鉄臣はガンつけ合っている鎬か志穂かに向かって、考えるように腕を組みながら何かを言うも、やはり秋水には理解できないレベルの英会話であった。
ちょっとおじさま? 今し方、英語できない、と口走った中学生坊主の目の前で英語喋るとか、嫌味です?
「Who can say? Oh, but speaking of something entirely different—the lighting in this shop is quite bright, wouldn’t you agree?」
“どうかしら。ああ、話は変わるのだけれど、この店の照明はとても明るいでしょう?”
「Indeed. By the way…… who was it that handled the lighting installation?」
“そうですね。ところで、照明の交換は誰が行ったのですか?”
「That was me. It took a bit of effort—I'm not exactly used to that sort of work」
“私よ。慣れない作業で手間取ったわ”
「……That must have been quite a task. It seems you’ve carried out quite a few renovations as well. Thank you for all your hard work」
“……それは大変でしたね。他にも色々と改装作業をされたみたいですね。お疲れさまでした”
鉄臣と英語で喋りつつ、鎬は秋水の方を見ることなく、早くバックヤードに行きなさい、というように指をさす。
何を言っているのか分からないが、不穏な雰囲気であることだけは理解できた。
本当に大丈夫なのか。
再び心配する秋水を余所に、いつもの真顔で鎬は志穂と顔を突き合わせている。怖ぇ。
どうしようか迷う秋水を急かすように、鎬がさしていた指で、しっしっ、と追い払うようなジェスチャーをする。
少し考えた後、秋水は後ろ髪を引かれる思いでバックヤードへとコンテナ箱を運び込むことにした。
いや、引かれているのは後ろ髪ではなく袖か。
こっちですよ、とワクワクした表情をしている祈織は、カウンターを挟んで火花が散っているような現状をガン無視で秋水を引っ張っている。
せめて貴女は止めに入りましょうよ。
なんとも言えない表情を浮かべつつ、秋水は祈織に引っ張られるようにして、カウンターを後にした。
「……If you’re aware not only of what happened today, but of yesterday as well—then shouldn’t you be taking some kind of protective measures?」
“……貴女は、今日の様子のみならず、昨日の光景を把握しているのでしたら、なんらかの対策に努めようとは思わないのですか?”
「If she were to be threatened or abducted, it would provide the police with a convenient excuse to intervene. Quite helpful, really」
“もし仮に脅迫なり誘拐なりになったら、警察が動く口実ができて好都合よね”
「Are you serious?」
“本気ですか?”
「If harm were to come to her, wouldn’t it strengthen our position in negotiations with the government—on the grounds that they failed to protect a key witness?」
“実害が出たのなら、重要な参考人の保護が後手に回ったとして、政府との交渉でも有利にはたらくと思わないかしら?”
「……Are you seriously suggesting we endanger a civilian for something like that?」
“……そんなことのために、一般私人を、危険に晒すと?”
「Who’s to say?」
“どうかしら?”
「……悪魔が」
「まあ怖い」
後ろでバチり合ってる女性2人の会話は、とりあえず平和そうな感じがまるでなかった。
よく分からないけど、早く戻ってこなければ。
来店するタイミングが悪すぎた自分の運を呪いつつ、背中に冷や汗を浮かべながら秋水はそう決意した。
志穂「ふしゃーっ!!」(威嚇)
鎬「よしよし、可愛いわね」(なでなで)
一触即発と秋水くんは感じてますが、実際はこんな雰囲気です。
なお、鉄臣さんの胃痛は(;´Д`)
ちなみに、作者が勉強している英語はイギリス式なので、アメリカ式とは言い回しが違うという点はご了承下さい(いまさら)