ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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183『秋水くんによる接客()』

 

「もしかして鎬姉さん、弁護士の人と喧嘩でもしました?」

 

「いやー、実はよく分かんないんですよね」

 

 質屋 『栗形』 のバックヤードにコンテナ箱を運び込んだ秋水は、それを作業台にするであろうテーブルの上にごとりと置きながら祈織に質問をとばした。

 ただいま表の店内では、鎬が弁護士2人と話をしている。鉄臣と志穂、と言ったか。

 その内の志穂は、秋水が店に入ったときには鎬に向かって随分とキレ散らかしていらっしゃった。

 鎬となにかあったのだろうか。

 もしくは、鎬がなにかしでかしたのだろうか。

 流石にちょっと心配である。

 テーブルに置かれたコンテナ箱の蓋を早速開け放っていた祈織は、ぎっしり詰めている白銀のアンクレットに、おー、と溜息を漏らしながら、ちょっと気の抜けた返事だ。

 

「あの女の人の方がですね、なんか急に怒鳴り込んできて、そっから鎬さんがずっと相手にしてる感じなんで、私は蚊帳の外で……なんであの人が怒ってるのかも分かんないんですよね」

 

「あー……鎬姉さん、なにかやらかした相手なのかもしれませんね」

 

「うーん、鎬さんって敵が多そうですもんね」

 

 多そう、というか、多い。

 そう返しかけた言葉を、秋水は飲み込んだ。

 鎬は、敵が多い。

 もしくは、目の敵にされやすい、と言うべきだろうか。

 昔から美人であった鎬は、元々同性からは疎まれやすい立場であった。

 その上、表情変化に乏しいものだから、なにを考えているか分からない、と避けられがちでもある。

 さらには頭も良いものだから、別の意味でもなにを考えているか分からない、という印象を持たれてしまう。

 そして、あまり遠慮のない言葉を平然とぶっ放す性格から、総合して鎬は周りから嫌われやすい性格だと言える。

 難儀な女だな、と秋水は思うものの、自分も人のことを言える立場にないことを考えると、血筋なのだろうかと頭を抱えてしまいたくなる。

 コンテナ箱から白銀のアンクレットを手際よく取り出しながら首を捻っている祈織を見下ろし、秋水は微妙な表情を浮かべてしまう。

 正直に言えば、鎬と仲良くやっている祈織の方が、希有な存在なのだ。

 

「でもなんか、あの女の人、ちょっと怖いですね……」

 

 ふと手を止め、顔を上げながら祈織がぽつりと零した。

 志穂のことだろう。

 もう1人の男性、鉄臣が必死に押し止めていたものの、結構な勢いで鎬に迫っていたのだから、間近で見ていた祈織は確かに怖かったであろう。

 

「かなりの迫力で怒鳴ってましたね。ご苦労様でした」

 

「ホントですよ、もー。お客さんがなにか質問してたところに思いっきり割り込んできちゃったから、そのお客さん結局帰っちゃったんですよ。弁護士が営業妨害とかやめてー、って感じです」

 

「……割り込み?」

 

 困りますよね、なんていう風に零した祈織の愚痴に、秋水の片眉がぴくりと跳ねた。

 志穂が割り込んできた。

 ただ怒鳴り込んできた、というわけではないのか。

 割り込んで怒鳴ったのか?

 怒鳴って割り込んだのか?

 ふむ、と秋水は鼻を鳴らす。

 店内には、客が4人いた。

 全員、日本人ではなかった。

 ヨーロッパ系の人に見えた。

 白銀のアンクレットの関係で怪しい人達なんじゃないかとちょっと疑ってしまっていた秋水は、なんとなく嫌な予感を覚えてしまう。

 

「その前になにかあったんですか?」

 

「いえ、ちょっとね。外国のお客さんが色々と鎬さんに質問しまくってたんですよ。なに喋ってたかは分からないんですけど」

 

「はあ、外国の、ですか」

 

「そうそう。最近は外国のお客さんがいっぱい来てるんですよ」

 

「へぇ……」

 

 再びコンテナ箱から次々と白銀のアンクレットを取り出してテーブルに並べながら、祈織は軽く答えてくれる。

 たくさんお客さんが来て良い感じです、なんて雰囲気の口振りだ。

 いや、うん。

 嫌な予感が、一層強まった気がしてならない。

 秋水は数秒程黙ってから、口を開く。

 

 

 

「その人って、本当にお客だったんですか?」

 

 

 

 たくさんお客さんが来て良い感じ。

 その大前提は、来ているのが客であることだ。

 客が来ているならば、問題はないだろう。むしろ、閑古鳥が鳴いていたこの質屋にとっては、とてもありがたいことであろう。

 ただ、今来ているヨーロッパ系の人を含め、その外国人達は、本当に客なのだろうか。

 

「へ?」

 

「いえ、その人、なにか売りに来た感じでしたか?」

 

「ううん。手ぶらだったね」

 

「……あの、最近増えている外国のお客って、なにを買ってるんですか?」

 

「いえ、店の中見て回って帰る、って感じがほとんどで……あ、アクセサリーがちょっと売れますね。人気なんでしょうかね?」

 

「アクセサリー……」

 

 不思議ですね、とでも言うかのように祈織は首を傾げる。

 その手元をちゃんと見て欲しい。

 祈織は今、アクセサリーを手に持っている。

 まさに不思議な金属の、アクセサリーだ。

 もしかして。

 ふむ、と秋水は一度、鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鎬姉さん」

 

 祈織に白銀のアンクレットを預け、秋水は早々にバックヤードから店内へと戻って鎬を呼んだ。

 鎬は変わらずカウンターにおり、鉄臣となにかを喋っているところである。会話の内容には興味がない。

 鉄臣の後ろで控えていた志穂は、鎬とギスってんじゃないかと若干の心配をしていたが、店内を見渡していたのかカウンターには背を向けており、秋水の呼び声に軽く振り向いて秋水の顔を確認する。

 この志穂という女、なんだか狂犬的なヤベェ女なのかと思ったのだが、もしかしたら全然違うのかもしれない。

 鉄臣と志穂の様子をちらりと見てから、秋水は足早に鎬の隣へと歩き、それからすっと鎬へ顔を寄せる。

 会話を中断するようで申し訳ないが、こちらは緊急の用事だ。

 

「あら、キスでもしてくれるのかしら?」

 

「頭突きでいいか?」

 

「まあ怖い。暴力反対よ」

 

「鎬姉さん、質問だ」

 

 いつものジョークはいつものように流しつつ、前屈みになるようにして鎬へ顔を寄せたまま、秋水は言葉を続ける。

 内緒話のように、声を小さくしたりはしない。

 いつものように。

 いつもの声色で。

 鉄臣と志穂にも聞こえるように、はっきりと口調で尋ねる。

 

「今日、客はどれくらい来た?」

 

 一瞬だけ、鎬の目が細くなった。

 それから視線が右上を向いて、すぐに秋水へと向き直す。

 顔を寄せている秋水を見ながら、鎬は鉄臣と志穂の方へと手を向ける。

 

「私のお客として、こちらの2人だけかしら」

 

 手を向けられた鉄臣と志穂が、なんだか微妙な表情をした。

 たぶん、秋水が同じ立場で同じ立ち位置にいたとしたら、同じような表情をしたであろう。

 つまり、事情を知っているということか。

 なるほど。

 秋水は顔を寄せるために前屈みにしていた体を起こし、店内を見渡す。

 店内にいる他の人物は、3人。

 1人はいつの間にか退店しているようだ。

 残っている3人は、ヨーロッパ系の男。

 鉄臣と志穂以外に、客はいない、と。

 ふん、と秋水は小さく鼻を鳴らす。

 

「分かった」

 

 店内を見渡しながら返事をし、秋水はおもむろに着ていたコートを脱いで、ばさりとカウンターの上に置く。

 コンプレッションシャツを押し上げる、分厚く巨大に肥大した筋肉。

 最近はポーションや睡眠時間の短縮化などの恩恵で、毎日のようにジムで筋トレをしているせいか、より一層筋肉が分厚くなってきた気がする。体脂肪が激減している分で差し引きゼロかもしれないが。

 鉄臣が驚いたように、もしくは感心するように、おおぉ、と声を漏らすその後ろで、志穂の顔がはっきりと引き攣った。

 見慣れているせいか、見上げている鎬に表情の変化はない。いつもの真顔で秋水を見上げている。

 

「鎬姉さん、エプロン貸してくれ」

 

「私の脱いだ衣類をナニに使いたいのかしら」

 

「着る以外にないだろうが」

 

「まあ上級者。エプロン以外でも喜んで貸しちゃうわよ」

 

「サイズ合わねぇだろうが」

 

「合ったら着てくれるのかしら?」

 

「着ねぇよ」

 

「あら残念。秋水が着た服をそのまま私が着れるチャンスだったのに」

 

 弁護士を前にしてなんて発言してるんだこの発情期。

 鉄臣と志穂を前にしてもいつもの調子な鎬に呆れつつ、秋水はさらにコンプレッションシャツに手を掛ける。

 脱ぐ。

 いつも着ているシャツを脱いで、コートの上に置く。

 

 コンプレッションシャツの下は、タンクトップの肌着である。

 

 胸を押し上げる大胸筋。

 肩を広げる三角筋。

 首と肩を盛り上げる僧帽筋。

 背中の逆三角形を彩る広背筋。

 背中の縦筋を浮き彫りにさせる長背筋群。

 腕を逞しくする上腕三頭筋。

 力こぶを主張させる上腕二頭筋。

 手首周りもしっかりゴツく完成させる前腕筋群。

 腹を引き締めて城壁化させる腹筋群。

 鎬の目が、見開かれた。

 感心していたはずの鉄臣が、志穂と一緒にドン引いた。

 

「鎬姉さん、エプロン」

 

「え、あ、え、ええ、はい……」

 

 何故か視線を盛大に泳がせながら、鎬は自分が着ていたエプロンを脱いで、それを秋水へと手渡す。

 妙に鎬の頬が赤くなっているが、今はそれどころではない。

 秋水は鎬からエプロンを受け取り、タンクトップの上から直接羽織る。

 鎬とは腰回りに圧倒的な差があるが、後ろを紐で縛るタイプのエプロンのおかげで問題なく着ることができた。

 首回りがちょっと窮屈な気もするが、それを言ったらいつも着ているコンプレッションシャツの方が余程窮屈である。

 エプロンを羽織ってから、よし、と気合いを入れるように秋水は1回だけ手を叩いて鳴らす。

 ぱん、という音に、鎬と、鉄臣と、志穂と、そして店内にいる客でもない外国人3人の肩が跳ねた。

 

「ちょっと接客してくる」

 

「ぴゃ」

 

 鎬の肩を軽く叩いて声を掛け、秋水はカウンターから早足で離れる。

 なんか、鎬の口から変な声が漏れていたが、気にしている場合ではなかった。

 向かうのは、外国人3人の中で、1番カウンターに近かった男性。

 身長は、鎬と同程度だろうか。170をギリギリ超したか、くらいである。

 よく言えば線の細い、ストレートに言えば運動不足の外国人の男性に向かって、秋水はずんずんと一直線に近寄っていく。

 当然ながら、その男性は秋水の様子を見ていた。

 と言うか、ずっとカウンターにいた鎬を観察していた。

 まさか自分のところに来るとは思っていなかったのか、その男性はぎょっとした表情になる。

 そう広くもない店内だ。そんな表情を見せた時点で、とうに射程圏内。

 

 

 

「こ ん に ち は」

 

 

 

 はっきりと、聞き取りやすく、一語ずつ。

 いつもよりも落ち着いた低い声、空気をしっかり震わせる地鳴りのような低い声。

 男性の目の前に立った秋水は、彼を真っ直ぐ見下ろしてすぐに声を掛けた。

 なに、普通の接客である。

 なんの問題もないだろう。

 ただのお声かけというやつだ。

 

 男性との距離は親密さをアピールするかの如く、10センチほどの超至近距離。

 

 フレンドリーな感じに男性の肩へ、ぽん、と手を置いて優しく掴む。

 

 そして接客で忘れちゃいけないスマイルを浮かべる。

 

 なお、そのスマイルの完成度。

 

 男性は思わずビクリと体を引こうとしたようだが、秋水は気を利かせ、男性の肩に置いた手に軽く力を入れて彼の体を固定させる。

 ははは、危ないじゃないか、後ろは商品棚である。

 一歩たりとも下がらせねぇよ。

 ずい、と秋水は男性に顔を近づけた。

 どうしたのだろうか。

 ヨーロピアンイケメンの顔が、真っ青だ。

 ははは、いやだな、脅してるみたいじゃないか。

 

「随分と熱心に見ておられますが、なにかお探しでしょうか?」

 

 こちらはただ、気を利かせて声を掛けただけである。

 そちらが客のつもりでいる限りは、ちゃんとそう対応してあげているだけじゃないか。

 

「N-no, sorry…… I, uh, don’t really understand Japanese……」

“い、いいや、すまないね。日本語はよく分からなくて……”

 

「それとも査定をご希望でしたか?」

 

「S-sorry, but, um…… if you could maybe speak in English—just simple English is fine, really……」

 

“す、すまないが、あの、できれば簡単でもいいから英語で喋ってくれると……”

 

 男性は英語でなにかモゴモゴと訴えてきているが、秋水はにっこりと営業スマイルを浮かべたまま日本語で応対した。

 日本語分からねぇ、英語でお願い、みたいなニュアンスは聞き取れたが、いやはや非常にお恥ずかしい、こちらは中学教育までの英語しか喋れないので、ここは英語がちゃんと喋れる店員の方へとご案内してやるのが筋というものかもしれない。

 秋水は近づけた顔をゆっくりと離す。

 顔は正面。

 目線だけで男性を見下ろす。

 ご案内してやるために、掴んだ肩を優しくぐいっと引っ張ってあげる。

 そして英語が喋れる店員の方、つまり鎬の方を反対の手で指し示す。

 ちょっと間違えて、握り拳から立ててしまったのが親指で、仕方がなくその親指を向けて指してしまったが、まあ、ご愛敬だと思ってくれ。

 あと、鎬の方じゃなく、バックヤードの入口を指してしまったが、なあに、ただの間違いだ。

 そんな決して、裏に来いよお前、なんてジェスチャーをするつもりなんてさらさらないのだ、うん。

 そしてマジキチ、ではなく営業スマイルをすっと消し、秋水は無表情に戻る。

 

 

 

「受付は、こちらですよ」

 

「I-I’m sorry! I was just curious, that’s all—I only wanted to see it up close! Please, just let me go!!」

“す、すまない! ちょっと興味があったから実物を見たかっただけなんだ! ゆるしてくれ!!”

 

 

 

 優しく受付のカウンターへ案内してあげようとしただけなのに、男性は顔を真っ青にして秋水を振り切り、逃げるようにして走って店から出て行ってしまった。

 おっと、大きな声に驚いて思わず肩を掴んでいた手を離しちゃったなー。失敗しちゃった、はっはっはっ。

 心の中で棒読みな反省の言葉を流しつつ、ゆらり、と秋水は次の外国人男性にターゲットを移した。

 今しがた逃げ出した男性よりも、さらに背が低い。

 少しは運動をしているような体格だが、秋水と比べてしまってはあまりにも差がある筋肉量。

 ひっ、とその男性が引き攣った声を上げて後退る。

 おやおや、どうしたのだろうか、顔色が悪いじゃないか。

 心配だなー。

 どうしたのかなー。

 棒読みの台詞を脳内で垂れ流しながら、秋水はずしりと男性に向けて一歩踏み込んだ。

 無意味に大胸筋を動かす。マッチョ特有の無駄動作、胸ピクである。

 大胸筋を隆起させた影響で、ただでさえ窮屈に押し上げていたエプロンが、胸ピクに合わせてみちりと揺れた。

 さらに無意味に両手の拳を強く握り、腕全体に力を入れる。

 タンクトップのせいで肩から先が全て露出されている腕の筋肉が、分かり易く盛り上がりを見せて筋肉がいっそう主張される。

 別に、なんの意味もない。

 ちょっと筋肉アピールをしたくなっただけだ。

 そんなそんな、鍛えた筋肉で他人を威嚇するわけないじゃないか。

 なぁ?

 秋水は次に向かおうとした男性に対し、にこり、と営業スマイルを浮かべた。

 なお、全てに濁点が入りそうな完成度だった。

 

 

 

「おいテメェ」

 

「I’m sorry! I just thought I could maybe ask a few questions, that’s all—I wasn’t trying to do anything wrong! I’m sorry, I’m so sorry!!」

“ごめんなさい! 少し話が聞けたら良いなと思っただけで、なにか悪いことしようとしたわけじゃないんです! ごめんなさいごめんなさい!!”

 

 

 

 おっと、しまった、お客様に向けちゃいけない言葉遣いをしてしまった。はーい、反省してまーす。

 ちょっとだけ怖い言葉を使ったせいなのか、顔色が悪かった男性もまた、急いで店から逃げ出してしまう。店内で走るんじゃないよ。

 ふぅ、と一息ついてから、最後に残った1人の面を拝んで差し上げようと秋水は振り向いて。

 

 

 

「No one said anything about the mafia being involved!!」

"マフィアと繋がりがあるなんて聞いてないぞ!?”

 

 

 

 なんか酷い捨て台詞と共に、彼もダッシュで退店を決め込みやがった。

 早口で全部は聞き取れなかったけれど、マフィアという単語ははっきり聞こえたからなあの野郎。

 3人が次々と逃げ出したのを確認してから、ふん、と秋水は鼻を鳴らす。

 

「人の顔見てビビる程度なら、一昨日来やがれってんだよ」

 

「いえ、顔以外もあるでしょ秋水」

 

 鎬曰く客でも何でもない正体不明な3人を速やかに追い出せば、その鎬がツッコミを入れてきた。

 くるりと振り向けば、何故か頬を赤らめている鎬と、対照的に顔を青くしながら若干腰が引けている鉄臣に、驚愕の表情でドン引いている志穂。

 

「む、棟区さん、彼はその、一般私人……一般の方、ですよね?」

 

 そして鉄臣からなかなかに酷い確認の言葉が、秋水ではなく鎬に向けてかけられる。

 はい、一般人です。

 どこにでもいる普通の中学生です。

 

「ええ、ああ見えても一般……一般人、よね、秋水?」

 

「失礼な。どこからどう見ても善良なる一般市民だろうが」

 

「どこからどう見ても丁寧に暴力団事務所に引き込もうとしてるヤクザだったわよ」

 

 何故か確認を取る鎬へ胸を張って返事をすれば、鎬からもなかなかに酷い暴言が浴びせられた。

 普通に接客の範囲ですー。

 向こうが勝手にビビって逃げただけですー。

 不満の意を表すように、秋水はちょっとだけ唇を尖らせてみたが、それは傍から見れば口笛を吹いて誤魔化している表情にしか見えなかった。

 

「……志穂さん、今みたいな威圧って、もしかして出来たりします?」

 

「無茶言わないで下さいよ!? あんなスムーズな言外脅迫ができたら法廷で苦労しませんよ!?」

 

 最後に志穂からもなかなかの罵詈雑言を頂く。

 まあ、とりあえず店内は平和になったから良しとしよう。

 秋水は軽く溜息を漏らしてから、鎬のいるカウンターへと歩み寄る。

 のしのし歩く秋水を見上げながら、やはり何故か鎬の頬がさらに赤くなった。

 

「……くっ、店長の趣味が一瞬理解できそうになってしまったわ」

 

「え、栗形さんの趣味?」

 

 どこか悔しそうに呟く鎬の言葉に、秋水は首を傾げる。

 祈織の趣味。

 なんだろうか。筋肉の名称を普通に知っていたり、わりとじろじろと視線を向けられていることを考えると、ボディビルの観賞とかだろうか。

 祈織は隠しているつもりでも、秋水にはあっさりと正解を引き出されてしまった。

 しかも、祈織は隠れ見ているつもりでも、その視線は秋水にはあっさりとバレてしまっていた。

 

「とりあえず鎬姉さん、しばらく俺が店番した方がいい感じか?」

 

「ちゃんと自分の武器を理解してて偉いわ秋水。でも火力が高すぎて私の性癖までねじ曲げられそうな武器だわ秋水」

 

「頭大丈夫?」

 

 カウンターに近寄って鎬に尋ねれば、視線をウロウロさせながら鎬がよく分からない言葉を返してくる。

 暖房に当たりすぎて熱中症にでもなったのだろうか。

 

「とにかく先に服を着なさい秋水。若い男の子が淫らに肌を晒してはいけないわ」

 

「みだり、な。あとそれ、女性に向ける台詞」

 

「男女差別は駄目よ秋水」

 

「先に若い男っつったの鎬姉さんじゃねぇか」

 

 そして、カウンターに置いていたコンプレッションシャツを差し出してくる、というよりも押しつけてくる鎬から秋水はそれを受け取った。

 まあ、暖房が利いている室内とは言えど、流石に2月の真冬にする格好じゃないな、と思いつつ秋水は羽織っていたエプロンをがばりと脱いで。

 

 

 

「秋水くん秋水くん! なんですかこのネックレスはもしかして新作――溢れ出る大胸筋と僧帽筋と三角筋と上腕二頭筋と上腕三頭筋とたくさん絡まる前腕の筋肉達っ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 バックヤードから白銀の鎖を握り締めて飛び出してきた祈織が、タンクトップ姿の秋水を見た直後に鼻血を噴き出してぶっ倒れた。

 

 

 





 なんでこんなに丁寧な接客をしたのに逃げられるんでしょうね(棒読み)

 秋水くんは自分が怖がられているのをちゃんと理解していますし、どんな要素が怖がられているのかも理解しています。
 つまり、意識すれば、意図的に他人を怖がらせられる術を持っているんですよ。
 ……というのは、35話で酔っ払い客に対してやってましたね。二番煎じだったぁ(;´д`)
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