なんて綺麗なネックレスなんだろう。
ほぅ、と思わず溜息まで漏れてしまう。
栗形 祈織は自分の城、質屋 『栗形』 の店内にて白銀のネックレスを掲げてうっとりと眺めていた。
新作のネックレスである。
なんの告知もなく、サプライズの如くしっかり仕込んでいた様子もなく、いつもアンクレットを運んできてくれる少年、秋水が実にしれっと忍ばせていた、新作ネックレスだ。
名前も知らない究極ウルトラ凄腕の職人さんが、発見されていなかった物質とかいうのを使用して産み出した、新作だ。
テンションが上がる。
白銀のアンクレットも、どうやって作ったんだこれ、と思うくらい凄い出来映えの作品であるが、このネックレスだって負けてない。
と言うか、勝っていると言っても良いかもしれない。
凄い。
綺麗。
掲げていたネックレスを手の平に乗せ、なおもうっとりと眺める祈織は、すっかり語彙力が死んでいる。
「うわぁ……」
鑑定用の白い手袋に乗ったネックレスは、やはり綺麗の一言に尽きる。
再び溜息を漏らしつつ、カウンターに置いていたルーペを手に取った。
そのルーペをネックレスへと近づけて、祈織はゆっくりと覗き込む。
祈織の目の奥に、火が灯った。
「……綺麗、ってだけじゃ、済まされないでしょ、これ」
白銀のネックレス。
白銀。
けれど、銀ではない。
鋼ともアルミとも違う、どこか透き通るような光の質感。
光を吸い込んで、そして反射するような銀色だ。
しかし、ただの銀でもない。
月のように静かな白、だが、奥には仄かに青が潜み、見る角度でわずかに表情を変えていく。
コバルトブルー、だろうか。
アンクレットの方にはなかった光の質感だ。コバルトが混ぜられているのだろうか。不思議な合金だ。
いや、そもそも、未発見だった物質を使っているのだから、祈織にとっては未知の合金なのは当然である。
こんなの知らない。
知らない、からこそ、ワクワクする。
祈織の口元が、にへぇ、とだらしなく崩れてしまう。
「やっぱりこれ、継ぎ目がないなぁ……」
握り込むようにして、指でそっとネックレスを撫でる。
金属のハズなのに、肌に吸い付くような、柔らかな冷たさ。
ネックレスの鎖は細く、繊細で、まるで霧を束ねたかのように軽やかだ。だが、目を凝らすほどに、その異様さが浮かび上がる。
輪の1つひとつに、継ぎ目がない。
「輪を繋いでるはずなのに、繋いだ跡がどこにもないんだよね……本当、どうやって作ったんだろ?」
ネックレス、というよりも、金属の輪を繋いで作る鎖であれば、どこかで必ずあるはずの加工跡がまるで見られない。
棒状の金属を曲げて輪を作れば、どこかに曲げられた跡があるはずだ。
それがない。
まして曲げられて作ったならば、完全な輪にするために棒の両端を接合する必要がある。
それがない。
ならば、大きな金属の塊から直接削り出して作成したのだろうか。
削った跡が感じられない。
曲げた跡も、削った跡も、打ち込んだ跡も、繋げた跡も、研磨の筋すらない。どの部分も、加工の気配を一切残していない。
鎖の形は単純。
単純、だからこそ、その異様さが際立った。
「最初から、この姿で産まれてきたみたい」
声は、知らずに漏れた囁きだった。
それは、素材の美しさ、ではなく、その素材を 『これ以上ないカタチで完成させた』 職人の美学を感じさせた。
手を加える隙すらない、完璧な仕事。
奇跡のような仕上がり。
祈織の表情が、ゆっくりと綻ぶ。
語弊を恐れず言えば、安っぽい見た目をしている。
装飾も宝石もなにもない、鎖だけのネックレス。
だが、安物の量産品が絶対に持ち得ない、“静かな圧” が確かにあった。
「この職人さん、ヤバいなぁ……何年、何十年、いや、生まれてからずっと、作るためだけに生きてきたんじゃないかってくらいの“業” を感じるよ」
ただのアクセサリー、装飾品なんてレベルじゃない。
工芸品では、もうない。
芸術品の域も、超えている。
もはや神業。
いや、神造。
凄い職人さんだ。
美しい。
それは確かだ。
でも、それよりも 『気味が悪い』 と言った方がもはや近いかもしれない。
人の手が入っていないのに、製品として完成している。
まるで、自然物のフリをした人工物か、人工物のフリをした自然物か。
きっと、奇跡という言葉を、直接形にしたら、このネックレスになるのだろう。
そう思わせるくらいの、究極だ。
「ほわぁぁぁぁ……」
「仕事しなさい店長」
「―――はっ!」
正気に戻った。
と言うと、まるで今まで正気じゃなかったみたいだ。
いやゴメン、ちょっと正気じゃなかった。
店内のカウンター、そこに置かれた身長の低い祈織用の椅子に腰掛けながら、新作ネックレスを眺めて正々堂々とお仕事をサボってしまっていた。
そんなおサボり祈織の隣の椅子に腰を掛け、いつもの真顔のままなのにどこかジトッとした視線を向けてくるのは、祈織の質屋の実質経営責任者である棟区 鎬である。
「うぉっと、ごめん鎬さん、トリップしてた」
「トリップって……」
「今回の新作も凄いよー、綺麗だよー。秋水くんも先に連絡してくれてたら良かったのに。いぢわるだよねー」
しゃらりと白布の上に落とし、丁寧に包みながら祈織はにまにま笑いながら零す。
本当に凄いのだ、このネックレスは。是非ともこの凄さを知って欲しい。
未だ興奮冷めやらぬ祈織に、鎬はやはりジトーっとした視線を向けている。
あれ、そう言えば、鎬はさっきまで客の対応をしていたはずだった。
最近増えている、外国人のお客様だ。
英語かなんかの日本語以外の言葉で話しかけられ、AIの準備をしなくちゃ、と慌てたところで、鎬が極々自然に英語かなんかの外国語を口から垂れ流して対応してくれたものだから、すっかり任せてしまっていたのだが。
もうお客様は帰っちゃったのだろうか。
祈織は先程までいたはずのお客を探し、きょろきょろと店内を見渡した。
お客の対応している従業員の真横で、ネックレスを眺めながら、ほわぁ、とか言いながらうっとりしていたダメ店長である。
「Good evening. Might I trouble you for a moment of your time?」
“やあ、こんばんは。ちょっとお話をする時間はあるかな?”
と、カウンターへと先程のお客とはまた別の男が近づいてきた。
やはり日本人ではない。
そして、当然のように日本語ではない。
この街はもともと、刃物という有名な産業があるお陰で外国人観光客はそこそこ多い街ではあったのだが、その外国人観光客が一介の質屋、もしくはリサイクルショップに立ち寄るということは殆どない、はずである。
なのに最近は、外国人客が多いこと多いこと。
なにかイベントでもあったかなぁ、と祈織はそんなことを暢気に考える。
考えながら、翻訳用にしてある生成AIを使おうと、近くに置いていたノートパソコンへと手を伸ばしかけ。
「Ah, welcome. This isn’t the sort of place where you sit and chat with a lady, I’m afraid——so I’m not likely to have much time for pleasantries」
“あら、いらっしゃいませ。ここは女とお喋りをするお店じゃないから、あまり長い時間は無理よ”
「Quite reserved, aren’t you. Now, would I be right in thinking you’re the one in charge here?」
“つれないね。ええと、キミはこの店の責任者であっているかな?”
「No. I’m just a staff member. But if it’s information about the items you’re after, I can probably tell you a fair bit—— about these strange little accessories made from an unknown material, for instance」
“いいえ。私はただの従業員だけど、商品の説明だったらある程度できるわ。未知の素材で作られた、不思議なアクセサリーのお話とか、ね?”
「That’s wonderful. It seems this meeting was truly guided by providence」
“それは素晴らしい。この出会いは神のご加護があったようだ”
AIなんて使うまでもなく、鎬が外国人男性とお喋りを始めてしまった。
スゲぇ、普通に喋ってる。
いや、昨日と今日の両日来ていた弁護士さんの2人組も、しれっと英語を喋っていたことを思い出す。
時代はやっぱりグローバル。
英語くらい喋れないというのは、やっぱり大人としてダメダメなのかなぁ。
鎬の口から繰り出されてる言葉も、男性の口から紡がれている言葉も、どちらもさっぱり理解できない祈織は、なんだか居心地悪くてソワソワしてしまう。
最近は外国語ばかり聞いているものだから、自分の語学能力の低さを痛感させられて、ちょっぴり自尊心がしょんもりしてしまう。
ぷくー、と意味もなく祈織は頬を膨らませてから、ほとんど無意識に布に包んでいた白銀のネックレスへと手を伸ばす。
「暇があるなら、裏で商品の梱包をお願いしてもいいかしら。秋水も随分と数を持って来たから、急がないと夜が明けちゃうわ」
鎬は顔も向けずに注意を飛ばしてきた。
思わず手がネックレスへと伸びたその瞬間、鎬のその言葉にビクリと祈織は肩を跳ねさせる。
視野が広い。草食動物みたく横に目が付いてるんじゃなかろうか。
いや違う違う。お仕事だお仕事。
秋水がごっそり持って来た白銀のアンクレット。それを発送するための梱包作業がまだまたたっぷり残っているのだ。
「はーい。お客さんの対応は任せちゃっていい?」
「あなたが喋りたいの?」
「裏に引っ込みまーす」
自分だって生成AIを使えばコミュニケーションくらいできるが、ストレートに喋れる鎬を差し置いてまで外国人に接客したいかと問われたらノーサンキューである。
祈織はぴょんと椅子から飛び降り、カウンターに置いていたネックレスを包んでいる布をさっと取って、足早にバックヤードへと引っ込むのであった。
「…She seems to be here at the shop all the time. Is it school holidays in Japan at the moment?」
“……あの子は、この店にずっといるね。日本の学校は長期休暇の時期なのかい?”
「No, she’s not in school. She doesn’t go—hasn’t for a while now. I usually have her help out here, and I suppose that only makes it harder for her to want to go back……Terrible of me, really」
“いいえ、不登校なの。いつもは店番を任せちゃってるのだけど、それがかえって足枷になってるのかしらね……私って駄目ね”
「Ah——my apologies. I fear I may have asked something a bit too personal. Do forgive me… my lovely lady」
“おっと、失礼、踏み込んだことを聞いてしまったようだ。許しておくれ、綺麗な奥様”
「How very gentlemanly of you. That’s quite lovely」
“あら、紳士なのね。素敵だわ”
酷い嘘を客に吹き込んでいる悪魔が祈織の背後にいたのだが、幸か不幸か、祈織はそれに気がつかなかった。
「ふえー、おわんなーい」
そして数時間後、祈織はバックヤードでへばっていた。
大量にある白銀のアンクレット。それの梱包作業である。
大学だとか研究所だとか、そういう所がお買い上げしてくれるので、そこへと送るための準備だ。
アンクレットを丁寧にケースに入れて、それを紙袋に入れて、隙間を埋めるように緩衝材を入れて、ガムテープで封をする。
1個梱包するのに、仮に2分かかるとしよう。
「200個やったら休みなくても6時間と40分。つまりは2万と4000秒。鎬さんの言う通り今日が終わっちゃうよこれ」
「その前に営業時間終了のお知らせよ」
「うっそ、もう夜なの!?」
ぶつくさ文句を口にしていたら、ひょこりと鎬がバックヤードに顔を出してきた。
祈織はがばりと顔を上げ、掛け時計へと目をやった。
父の代から使っていた、古ぼけたアナログ式の安物時計である。
営業時間終了とか、もうそんな時間なのか。なんだかんだとすっかり集中してしまったのかもしれない。
そう思って時間を確認してみれば。
「……あれ? まだ早くない?」
時計の針は、閉店時間よりも1時間早かった。
「人も居なくなったし、今日は前倒しで店を閉めます、って出してシャッターを閉めたわ。梱包の作業、手伝うわね」
「え、いいの? うわーん、ありがとー鎬さーん」
エプロンを脱ぎながら作業台としているテーブルまで近づいてきた鎬に、祈織は半泣きになって感謝する。
ありがとう。嬉しい。残り50個くらいだが、祈織のやる気はべきべきにへし折れていたのである。
「残りの梱包をしたら、店長はレジ締めと店の掃除をお願いするわ。私は注文メールの方をチェックするわね。リスト化しておくから、あとでダブルチェックをしてちょうだい」
「お、お母さん……」
「防寒着なしで寒空の下に放り出されたいのかしら店長?」
「ごめんなさい」
祈織の隣に腰を下ろしつつ、鎬はてきぱきと次の指示を出す。
やっぱり手際が違うというか、段取りが違う。
これで同い年、かつ学歴は祈織よりも下ときた。
やっぱり頼りになる。
劣等感を覚えないわけでもないが、それでも鎬の頼り甲斐には素直に頭が下がる。
「しかし、随分な量ね」
早速アンクレットを箱詰めしながら、鎬が既に梱包し終わった紙袋の山を横目にして呟いた。
確かに、凄い量だ。
「いやぁ、量も凄いけど、クオリティも凄いよこれ」
「そうなの?」
「どれもこれも雑な仕上げは1つもなし。全部が同じクオリティで安定してるんだよ。凄いよね、手抜きが全然見当たらない」
「機械加工とかじゃないのかしら?」
「機械でこのレベルの仕上げができるなら、この世の職人さんは全員廃業だねこりゃ、あはは」
そうなのだ。
200個はあるこの大量なる白銀のアンクレット。
凄まじいのは、その均一さだ。
このアンクレットが職人が手作業で仕上げているのだとしたら、本来ならばどこかで必ずクオリティのムラが発生するはずなのだ。
いつもより出来が悪かったり、手抜きがあったり、雑だったり。
もしくは逆に、調子が良くていつも以上に精密だったり。
職人の手で仕上げているのならば、こんなに沢山作る以上、人間であれば製品1つひとつに僅かにでも個体差があるのが普通だ。
普通のハズなのだ。
だが、それが、ない。
全部が全部、全く同じ。
金属を加工した跡なんて全く臭わせないレベルの、最上級クオリティでぴったり安定させているのである。
個体差なんてものは存在しない。
全てが全て、まるで精密なコピーをしたかのような瓜二つ。
ムラなんて感じない。
手抜きなんて一切ない。
もしくは、手を抜いてなお、このクオリティなのか。
全神経を集中させて、100点のものを作り続けようとするからこそ、僅かなミスで99点になったり、逆に101点になったりする。それが個体差だ。
ならば、最初から80点で作ったらどうなるか。
余裕を残した作業ならば、均一のクオリティを保つことに理論上はリソースが割けるはずだ。
それならば、この均一さにも納得ができる。
ただ、このアンクレットを、20点ぐらい手を抜いて作っているのだとしたら、流石に背筋が寒くなってくるくらいの技術力を持った職人さんだ、ということになるのだが。
人間業なのだろうか。
いいや、神業だ。
祈織は独りで納得しながら、うんうんと静かに肯く。
「ところで、祈織」
「うん?」
そんな考えに浸っている祈織の横で、テキパキと梱包作業をしていた鎬が名前を呼んできた。
店長呼びではない。
名前を呼んできた。
おっと、雑談モードだ。
意図しているのかどうかは分からないが、鎬は仕事モードのときは祈織のことを必ず 「店長」 と役職で呼んでいる。
反対に、プライベートのときは名前で呼ぶのだ。
ギャップよ。
こんな画面越しでもお目にかかれないくらいに弩級の美人が、こんなくっそ可愛い呼び方の使い分けしてくるとか、会社の同僚男性諸君は全員揃って即死してるんじゃなかろうか。
凄い美人系なんだけど、ちょいちょい可愛いんだよなぁ。
思わずドキリとしながらも、努めて顔には出さないようにして祈織は鎬へと顔を向けた。
鎬はせっせとアンクレットを箱詰めしている。
紙袋にはあとで詰める感じなのだろう、ひたすら箱詰め作業だ。
「秋水が持って来た新作なんだけれど」
「あ、ネックレスのこと?」
「そうね。あれって、純粋にネックレスっていうアクセサリーとして、価値がある感じかしら?」
「あるねぇ!」
雑談で繰り出されたその愚問に、祈織はがたりとソファーから立ち上がって断言した。
アクセサリーとして価値があるかだと?
馬鹿にするでない。
アクセサリーとしての価値なら、素材の話なんか全部横に置いたって超一級の価値だぞこのネックレスは。
「いや凄いよホントこれ! 職人さんの魂が抽出されてるよこれ!」
「魂が抽出されたら職人さんが死んじゃうわ」
「シンプルだからこそ誤魔化しが利かないっていうのに、相変わらず何をどう加工してるか分かんない! シンプルを究極までベストに落とし込んだ逸品だよこの新作ネックレス!」
「あら凄い熱量」
ちょっと横に置いていたネックレスをむんずと手に取り、そして鎬に見せつけるように翳しながら祈織は熱弁を振るう。
しかし、鎬は着々とアンクレットを箱詰めしている。
話を振ってくれたのに、反応がしょっぱい。
曲げ加工なのか削り出しなのか、繋ぎ目はどうなのか色味はどうなのか、語りたいことは山のようにあるけれど、どうにも鎬はアクセサリーの出来映え、と言うか金属加工に関する技術力の高さというものにはあまり興味がない様子。
うーん、職人の腕の高さは、アクセサリーの価値の一部なんだけどな。
少しだけしょんぼりしつつ、祈織は再度ソファーへと座る。
「素材の方はさ、たぶんこれも新元素、っていうか全然新しい素材っていうのを使ってると思うから、材料含めての価値は分からないけど、この出来映えにこの完成度なら、純粋にアクセサリーとしての価値は凄い高いよ」
そして手にしたネックレスを見ながら、祈織は結論としてそう語った。
アクセサリーとしての価値は高い。
それは間違いないはずだ。
見る人が見たら、腰を抜かすぞ、このネックレス。
ふふ、と祈織は思わず笑ってしまう。
「これを作ってる職人さんは、きっと神様だよ」
思いついた言葉を口から転がして、転がったその言葉が、すとんと祈織自身の腹へと落ちた。
あ、納得。
自分で言って、自分で納得してしまった。
神様だ。
このネックレスを作った職人は、きっと神様の領域に足を踏み込んでいるんだ。
「……それは、凄い評価ね」
「神業っていう言い方あるじゃん。これを作った職人さんは、正真正銘、“神の御業” を持ってるよ」
祈織の最上級な評価に、驚いたのか鎬が手を止め、目を丸くした。
だって、そうとしか言いようがない。
きっと、凄い研鑽の果てに辿り着いた技術なのだろうけれど、それを一言で言い表すのは凄い失礼なことなのだろうけれど、祈織の語彙力では、それしか言いようがないのだ。
このネックレスは、神様の神業で作られたんだよ。
そんな表現がしっくりくるくらいの、出来なのだ。
「そう……ナイスタイミングすぎて、震えちゃうわね、これは……」
白銀のネックレスを見て、若干うっとりしてしまっていると、鎬が小さい声でぽつりと呟いた。
小さくて、よく聞こえなかった。
「え、なに?」
「いえね、そんな凄い職人さんと、秋水はどうやって知り合ったのかしらね、と思ったのよ」
「だよね。人の巡り合わせってのは凄いよ」
本当に、秋水はいったい何処でこんな神様みたいな職人さんと出会ったというのか。
人の巡り合わせというのは、なんとも面白い。縁は異なもの味なもの、とはよく言った。あれは男女の話だっただろうか。
まあ、巡り合わせがどうのと言うならば、それはこうして鎬と仕事をしている祈織自身が、最近特に感じていることである。
1ヶ月前までは、こんな才色兼備なスーパーガールと一緒に働くことになるなんて、想像してもいなかったのだ。
まして、この質屋の経営が軌道に乗り始めるなんて、もはや妄想の世界だったんだぞ。
「会ってみたいよね、その職人さん。あ、凄い偏屈な人って秋水くん言ってたっけ。職人さんあるあるだなぁ」
「そうね」
ネックレスを再び置いてから、梱包作業に戻る。
世間話のように雑談をしながらの作業は、なんと言えば良いのだろうか、随分と気が楽だ。
独りで黙々と梱包作業していたときは、あっという間に心がへにょっていたのに。
「ちなみにだけど、祈織」
「うん?」
「そのネックレス、アンクレットと同じ金属なのかしら?」
雑談のように、鎬はネックレスの話を続けた。
祈織は鎬が化粧箱詰めたアンクレットの箱を手に取って、それを緩衝材と共に紙袋に入れてガムテープで封をする。
どちらが言い出すことなく、勝手に箱詰めと袋詰めの分担作業になっていた。
「違うね」
今度は静かに祈織が断言する。
梱包作業の手は止めない。
素材となっている金属のことは、ぶっちゃけよく分からない。
まあ、きっと未知の物質とかいう珍しい金属を使っているのだろうけれど、未知である以上、それより詳しいことは祈織にも分からないのだ。
「少なくとも、目に見えている部分は違う配合の金属を使ってると思うよ。コバルトっぽいけど、もしかしたらこれも新しい元素とかいうやつかもしれないねぇ」
「そう。そうなのね」
鎬も静かに返す。
「祈織、最終確認をするわ」
そして続けた言葉は、何故だろう、いつも以上に平坦で、どこか冷たさが含まれた声色だった。
うーん、クールビューティーな鎬にはよく似合う、ひんやりとした音色の声だ。
冬場じゃなくて夏場に聞きたいね。
変な感想こそ抱いたものの、それ以上は特に気にすることなく、祈織は 「なにー?」 と軽く返事をしながら紙袋にガムテープを貼り付ける。
「このアンクレットや、そのネックレスは、祈織にとっては “綺麗なアクセサリー” なのよね?」
「へ? 違うよ?」
なにを言っているのだろう。
アンド。
なにを聞いていたのだろう。
貼ったガムテープを上から押さえてしっかり圧着させてから、祈織は鎬へと顔を向けた。
目が合った。
アンクレットの箱詰め作業の手を止めて、鎬は真っ直ぐ祈織の方を見ていた。
美人だぁ。
3日すぎても飽きない美貌を見返しながら、祈織は小さく笑ってしまう。
秋水が持ち込んでくる、このアンクレットや新作のネックレスが、綺麗なアクセサリーかどうかなんて、全く冗談ではない質問だ。
ここは声を大にして、今こそはっきりと断言しておくべきだろう。
祈織はガムテープを持ったまま、ぐっ、と鎬にガッツポーズをしてみせた。
「これは、“芸術品を超えた魂の作品” だよ!」
白銀のアンクレットも、白銀のネックレスも、どちらも “綺麗なアクセサリー” なんてものじゃない。
そんな評価は、とうに飛び越えてしまっているのだ。
ただのアクセサリー、装飾品なんてレベルじゃない。
工芸品では、もうない。
芸術品の域すらも、超えている。
もはや神業。
いや、神造。
力強く祈織は宣言した。
一瞬だけ、鎬の目が丸くなって。
「―――ふ」
そして、本当に小さく、僅かに笑った。
なんで笑うんだよぉ。
笑われてしまったことに祈織は不服そうに頬を膨らませると、鎬はすぐにその笑みを消し、いつもの真顔に戻ってしまう。
戻った挙げ句、何故か頭に手を伸ばしてきて、ぐりぐりと祈織の頭を撫で回してきた。
おい。
おいコラ。
これって犬とか猫とかを撫で回す手つきじゃなかろうか。
撫でんな、と祈織は即座に鎬の手をペちりとはたき落とした。
「祈織は馬鹿ね」
「いきなりなんで!?」
「褒めているのよ」
「100パーセント混じりっけなしの罵詈雑言だよねぇ!?」
「馬鹿な子ほど可愛いわ」
「お・な・い・ど・しっ!」
きゃんきゃん絡みつつ、質屋の夜は更けるのだった。
新元素のことはよく分かってない。だからぽやぽやしてる。
でも、アクセサリーとしてであれば、祈織はドロップアイテムに対しては最初から一貫して最上級の評価をし続けています。
秋水くんの筋肉と同じくらいに最上級の評価をし続けています(;´Д`)ダイナシ