ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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189『勘違いを解消した結果、勘違いが発生するという地獄』

 仮定の話、で考えてよう。

 もしも仮に、あくまで仮に、寂しい男の妄想レベルの仮の話として。

 

 自分に、彼女がいる、としよう。

 

 ジムへと向かう暗い夜道、秋水は頭を抱えてしまった。

 仮定の話が、すでに難易度高い。

 男女のお付き合い的なあれこれ以前の問題として、そもそも人付き合い自体が壊滅している奴がなに言ってんだろう的な感じである。

 それでも一応、考えてみる。

 もしも仮に、今現在、自分に彼女がいる、とする。

 

 その彼女(仮)が、日付も変わろうかという深夜に、別の男と2人きりで会っている。

 

 さて、自分はどう思うだろうか。

 ――筋トレ頑張ってるんだなぁ。

 違うわ馬鹿野郎。

 実情を知っている、というか当事者なものだから、正確な感想が真っ先に思い浮かんでしまう。

 そうではない。

 そうではないのだ。

 例えば、そうだな、彼女(仮)が知らない男と深夜に、密室で2人きりになって、汗を流して息を切らせてなんらかの運動をしていると知ったとしよう。

 さて、自分はどう思うだろうか。

 ――無酸素運動か有酸素運動かによってクールダウンは変えた方がいいと思う。

 違うわアホンダラ。

 クールダウンの話なんて今はしていないんだよ。

 

 浮気の可能性を疑うかどうかの話をしてるんだよ今は。

 

 果たして自分だったら、浮気判定をするだろうか。

 しないだろうな。

 自問に対する自答は即レスだった。

 事情があれば深夜に異性と2人きりになることもあろう、という理性的な考えと、事実浮気だったとしたならば、だろうな、という身も蓋もない感情的な考えが、答えとしては一致していたからである。

 そもそも、彼女がいる、という仮定の話が難易度高いのは、生まれてこの方彼女なんて存在がいたことないからである。

 見た目が見た目、声も声。

 彼女なんて存在は、自分の人生においてはできるはずがない、と秋水は思っている。

 なので、仮定の存在である彼女(仮)が浮気をしたならば、だろうな、以上の考えなど出てくるはずもなかった。

 自分なんかよりも、別の男の方が良いなんて、それは極々自然な考えだ。

 だいたい、自分が異性として好かれるはずがないもんな、と考えて、秋水は溜息を1つ。

 つまり、深夜に彼女が異性と出会っていたとしても、特に問題はないというわけだ。

 よし解決。

 

 な、わけがない。

 

 秋水は再び無言で頭を抱えた。

 深夜の交差点、ぽつんと独りで頭を抱えるマフィア面した筋肉モリモリ大男。誰が見たって不審者である。

 信号が青になる。

 自分をベースに考えてはダメだな、と気を取り直して歩き出す。

 もっとこう、一般的な感性とやらに焦点を当てよう。

 自分のパートナーが、深夜に異性と密会していたら、浮気を疑うだろうか。

 

 疑うだろう。

 

 以上。

 ダメじゃねぇか。

 はぁぁ、と漏らした溜息が重苦しくなってしまった。

 そうだよな。

 どう考えたって、褒められる状況じゃない。

 サスペンスドラマだったら痴情の縺れで刺し殺されて物語が始まる、そんな状況である。

 刺し殺すのは、秋水の筋トレ同志、錦地 美寧の彼氏さん。

 そして刺し殺されるのはもちろん、その美寧と密会している推定浮気野郎、秋水である。

 密会じゃないやい。

 出てくる文句は、もはやそれくらいしか秋水にはなかった。

 だって、否定の言葉を並べてみれば、何故か浮気男が情けなく口にする言い訳と同じ言葉になってしまうからだ。

 マズい。

 予想以上に状況が詰んでる。

 どうしよう。

 とりあえず、深夜に会うのがマズい。

 となると、時間を変えて日中に会うしか手立てがない。

 日中のジムならば、大抵は他にも筋トレ民がいる。

 つまり、2人きりという状況も解消できるのだ。

 問題は、美寧の生活スタイルがいまいち分からないので、筋トレする時間を日中にずらすのが問題ないかどうかが不明という点である。

 そもそも、なんで美寧がジムに来る時間帯が深夜なのかが分からない。

 睡眠時間的にも生活リズム的にも、ジムで筋トレするならば日中の方がオススメなのだが、それは個人個人の生活スタイルによって可能不可能という話になってしまう。

 もしかしたら、家庭の事情でなにかあるかもしれない。

 そうであれば、下手な提案をするのは躊躇われる。

 第一、同じく深夜にジムで筋トレしている秋水が言える話でもない。

 つまり、ダメじゃねぇか。

 俺は彼氏さんに刺し殺されるしかないのか、と秋水は軽く絶望した。

 そうなると、残る手段は美寧の彼氏さんにバレないようにするしかない。

 どうやって?

 美寧に口止めをお願いするだけで何とかなるのか?

 うーん、と秋水は腕を組んで考え。

 

 

 

「せっ、せ、先生! やっほー!」

 

 

 

 ぽん、と後ろから腕を叩かれた。

 完全に不意打ちを喰らう形となった秋水は、びくり、と軽く跳ねてしまう。

 聞き馴染みのある、女性の声。

 タイミングが良すぎて、もしくは悪すぎて、口から心臓が飛び出るかと思った。

 

「うわっと、ごめん急に!」

 

「あ、ああ、いえ、申し訳ありません、ぼーっとしていました」

 

 背後より奇襲を仕掛けてきたのは、現在秋水が頭を悩ませている張本人、錦地 美寧であった。

 いつものコートに帽子を被った美寧は、秋水が驚いたことで逆にビックリしてしまった様子。考え事に集中しすぎてしまっていた。

 現在、ジムまでは後もう少し、せいぜい500mといったところ。

 なんというタイミング。

 いや、時間を指定しているのだから、ジムに向かう時間が被ることもあるか。

 

「こんばんは、美寧さん」

 

「ぅ、うん! こんばんは、先生!」

 

 振り向いて、秋水は改めて頭を下げて挨拶をした。

 心の準備ができる前に出会ってしまったな、と脳内では若干焦っているが、それを顔に出さないように努める。

 そんな秋水に、にぱっ、と美寧が表情を明るくする。

 楽しそうだ。

 筋トレが楽しみだったのだろう。やはり筋トレ民の適性が高いぞ、この女子高生。

 

「偶然じゃんね。その、せ、先生の家って、こっちなの?」

 

 顔を赤らめながらそんな質問をしつつ、美寧が秋水の隣に並ぶ。

 一緒に行きましょうか、という声を掛けることなく、一緒に並んでジムへと向かう形になった。

 

「そうですね。ということは、美寧さんもこちらの方角でしたか」

 

「そうそう。すっごい偶然じゃんね!」

 

 そうか、方向同じだったか。

 肯いた秋水に、華が咲いたように美寧の表情が綻んだ。

 なんだか嬉しそうだな、と美寧の顔を見て、ふと秋水は気がつく。

 そういえば、美寧は家からジムまで歩いて10分程だと言っていた。

 不動産などで言われる徒歩何分というのは、1分で80m歩ける、という計算で表示されるという雑学が秋水の脳裏を過ぎった。

 あれは確か、女性がハイヒールを履いて歩いた平均的な移動速度が基にされている、と聞いたことがある。

 ちらりと美寧の足を見る。

 歩きやすそうなスニーカー。

 少し盛って、1分で100m歩けるとしよう。時速6㎞だ。

 となると、家からジムまで歩いて10分程ということは、だいたい距離にして1㎞前後といったところ。

 そして、ジムまで残り500mくらいでばったり出会った。

 なるほど。

 もしかして、美寧とはわりとご近所様なのかもしれない。

 さぁ、と秋水の顔が青くなる。

 ああ、いや、でも、美寧は歩いてジムまで10分程だが、秋水は歩いてジムまで20分程かかる。

 例え方向が丸被りだったとしても、差し引いて美寧の家と秋水の家は歩いて10分程の開きがあるはずだ。さらには、美寧と秋水ではそもそも歩くスピードが違う。

 わりとご近所様、とは言っても、そこまで近距離ではない、とも言える、はず、たぶん、恐らく。

 彼氏さんの方がご近所様なんてオチはないよな。頼むよ。マジで。

 

「あれ、どうしたの先生?」

 

 ジムに向かって一緒に歩き始めたものの、ぷつりと黙ってしまった秋水を見上げ、美寧が首を傾げた。

 その美寧の言葉に、秋水は我に返る。

 いけない、また考え事に集中してしまった。

 

「なんか急に―――はっ……ち、違うよ先生!? さっきのは、その、変な意味ないから!? 住所探ろうとかしてるわけじゃないからね!? 流石にそんな、ストーカーチックなことはちょっとしか考えてないからね!?」

 

 そして何だろう、首を傾げていた美寧が、火が付いたかのように赤くなり、急に慌て始めた。青くなっていた秋水とは対照的である。

 というか、脳内で住所を探ろうとしていたのは秋水の方であった。

 美寧の言葉の刃がずぶりと秋水の胸に突き刺さる。吐血しそうだ。

 いけないいけない、確かに他者の家がどこかを探ろうとするのはちょっと気持ち悪い行いだ。ちょっとじゃないか。だいぶ気持ち悪い行いだ。反省せねば。

 ふぅ、と秋水は一息入れる。

 ジムの看板が見えてきた。

 

「ああ、いえ、今日は美寧さんの雰囲気がいつもと違うなと思いまして、つい見てしまいましたね。申し訳ありません」

 

「ぴきゅっ」

 

 そして秋水は思いきり誤魔化した。

 なお嘘である。

 女性の雰囲気の違いとやらを見分けられる自信など、秋水にはこれっぽっちもなかった。

 とりあえず、雰囲気違うね、と言っておき、外で会ってるからですかねー、と会話を続けるつもりであった。

 事実、野外で美寧と出会うのは地味に初のことである。一度ジムの入口で会っているので、それをカウントしないならば、ではあるが。

 そして、外で会ってるからかな、と会話を続けてから、いつもより可愛く見えますね、と褒めていく流れだ。

 女性は褒めてナンボのものだ。

 母と妹で学習している秋水は、頭の中でそんな浅いトークデッキを構築する。

 

 よし、「雰囲気がいつもと違いますね」から「外で会ってるからですかね」から「いつもより可愛く見えますね」の順番だ。

 

 とりあえず、そうやって話を誤魔化そうと、秋水はまずはトークデッキから1枚目を切る。

 なんか、美寧から凄い鳴き声が漏れた。

 

「……美寧さん?」

 

「あ、そ、え、うん。あ、う、いや、えっと……」

 

 首を傾げて美寧を見れば、足を止めた美寧がわたわたと慌てていた。

 どうしたのだろうか。

 えっと、うんと、と言葉を探しながら美寧の目線が彷徨った。

 彷徨ってから、きゅ、と目を閉じる。

 1秒。

 2秒。

 少し間を置いて。

 

「――――み、見るくらいなら、いくらでも、その、どうぞ……」

 

 顔を真っ赤にしながら、両手を広げ、バッチ来い、と言わんばかりのポーズで美寧が急に世迷い言を口走ってきた。

 どうしたのだろう、主に頭が。

 どうぞと言われても、と秋水は少し困惑しかかって、すぐに気がついた。

 なるほど、これは、あれか。

 

 

 

 ヤクザ面した怖い男がジロジロ見てきて気持ち悪いけど、世話になっている以上は文句が言いづらいから、言いたいことをぐっと飲み込んでしまった感じか。

 

 

 

 うん、納得。

 ではない。

 ヤバい。

 

「いえ、本当に申し訳ありません。今日は美寧さんがとても可愛らしく見えたものでして、それでつい―――」

 

「あ」

 

 ミスった。

 トークデッキから取り出す話題を盛大にミスった。

 謝る気はあるのか。

 今は女性を褒める場面ではない。

 可愛らしく見えまして、じゃないだろうが。キモいぞ。

 雰囲気違うね、からの、外で会ってるからかな、からの、だからいつもより可愛く見えるんだね、という流れにしようとしていたトークデッキから、何故か「いつもより可愛く見えますね」という話題を引き抜いてしまった秋水は、再び顔を青くする。

 彼氏持ちの女子高生に対して、なに気持ち悪いこと言っているんだ自分は。

 って、そうだよ、彼氏さんだよ。

 深夜に2人で会うのはどうなのかと考えているくせに、なんというアホの極みみたいな言葉を掛けているんだ自分は。

 馬鹿か。

 馬鹿なのか。

 

「え、あ、えっと、あの……あ、そ、そうですかっ、あ、あ、あ、あ、あ、ぁりがとぅごじゃぃますっ、うれ……しっ……」

 

 ほら見ろ。

 美寧を見てみろ。

 顔を真っ赤にして困ってるじゃないか。

 なんか小声でもごもごと呟きながら、両手を広げた姿勢のまま硬直して、目がすごい勢いでグルグルと彷徨ってしまっているじゃないか。

 なに言ってるか聞こえないが、たぶんこれ、めちゃくちゃ呪詛を吐かれている気がする。もしくは罵詈雑言か。

 そりゃそうだろう。

 だって、どう考えたとしても、今の秋水の発言は完全にあれである。

 

 ただのセクハラ。

 

 ぶわぁぁ、と秋水の背中から冷や汗が噴き出してきた。

 

「か、重ね重ね申し訳ありません! 今のは流石に、恋人のいる方に言うべき言葉ではなかったです、すみませんでした!」

 

 即座に秋水はがばりと頭を下げる。

 ここはもう、誠心誠意で謝り倒すしか手立てがない。

 だからお願い、警察はやめてくれ。

 

「はぇ?」

 

 しかし、当の美寧の反応は、なんだか間の抜けたものであった。

 顔は未だに赤いままだが、ウロウロしていた視線は秋水の顔へと向き、何故かきょとんとした表情になっている。

 

「え、恋人……って?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「…………え?」

 

「ん? 恋人?」

 

 秋水と美寧、2人揃って、そして2人同時に首を傾げる。

 はて。

 なんで美寧はそんなに不思議そうなのか。

 まるで恋人という単語を初めて聞いたかのようである。

 え、女子高生の間では、彼氏彼女の関係にあるパートナーのことを恋人とは言わないのだろうか。

 揃って不思議そうな表情を浮かべて、少し間を置く。

 

「いえ、あの、美寧さんの彼氏さん、のことですが……?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 再び揃って首を傾げた。

 息ピッタリである。

 

「私の……彼氏……?」

 

 美寧が呟く。

 誰のこと言ってるんだろう、みたいな反応である。

 どういうことだ。

 秋水は記憶を探り返す。

 美寧には、彼氏がいる。

 それは確かに、本人の口から聞いたことである。

 記憶の中では、そのはずだ。

 

「えっと、美寧さんがジムに来ているのは、彼氏さんのため、ですよね?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 揃って首を傾げるのは3回目。

 秋水も美寧も不思議そうな表情である。

 

「あの、確か、彼氏さんのために、綺麗なボディラインを目指す、と最初の頃に伺った気がするのですが……?」

 

「彼氏……」

 

 ええと、と美寧は考え込んでしまった。

 その様子に、秋水も釣られて考え込んでしまう。

 もしかして、自分の聞き間違いだっただろうか。

 でも、最初に美寧と出会った日、美寧はハッキリ言っていたはずだ。

 彼氏がいると。

 自分から。

 

「あ゛」

 

 しばらく互いに考え込んでいると、ふいに、美寧の口から変な声が漏れ出てきた。

 何かを思い出したかのような、うっかりミスに気がついたかのような、そんな呟きだ。

 いや、思い出すもなにも、彼氏さんの話なのだが。

 

「―――――――わ」

 

 なんだろう、と美寧を見ると、そろり、と美寧が右手を挙げてきた。

 選手宣誓みたいな手の挙げ方だった。

 そして何故か、美寧の顔に冷や汗みたいなのが浮かんでいた。

 すぅ、と美寧が息を吸う。

 

 

 

「別れましたっ!!!」

 

 

 

 選手宣誓、その内容は正々堂々カップルが破局したことを告げるものだった。

 

「綺麗! さっぱり! 破局しましたっ! フってやりました! 今の私はドフリーです! 彼氏いませんっ!!」

 

 力強く、そして声がデカく、深夜の街中で彼氏と別れたことを宣言する美寧。近所迷惑である。

 しかし、そうか、今の美寧は、彼氏がいないのか。

 彼氏、いないのか。

 と、いうことは。

 

 

 

 秋水は喜びのあまり、がしっ、と美寧の両手を掴んでしまった。

 

 

 

「そ、そうでしたか! それは良かった!」

 

「はえ!?」

 

 美寧に彼氏がいない。

 ということは、美寧の彼氏さんから浮気疑惑を抱かれるという心配事が消滅したということだ。

 なんていう朗報なのだろう。

 良かった。

 めちゃくちゃ良かった。

 これで痴情の縺れにより彼氏さんから刺されるという大迷惑バッドエンドはなくなった。

 

「彼氏さんはもういなかったのですか、いやあ、それは私としては嬉しいことです」

 

「あ、えっと……私に彼氏いないと、先生は嬉しい、の?」

 

「はい、それはもちろん」

 

「ミ゛」

 

 嬉しいに決まっているじゃないか。

 思わず秋水は美寧の手を握ったまま、ぶんぶんと大きく振ってしまう。

 紗綾音が泣いていた。白銀のネックレスは同じ金属なのか。そして、美寧の彼氏さんから浮気認定を食らうかも。

 今日1日で巨大な心配事が3つものし掛かってきたせいで、正直ちょっとメンタルがやられていたのだが、その心配事の1つが消えて無くなったのである。

 気分が晴れるとはこのことか。

 もうシンプルに、凄い嬉しい、の一言に尽きる。

 美寧に彼氏がいないなら、ぐちゃぐちゃと考えていた、深夜に美寧と2人きりで会うのってどうなの、という問題が解決したと言っても良い。

 いや、解決した。

 それはつまり。

 

 

 

「こうして2人で会うのに、気兼ねをする必要がなくなりますからね」

 

 

 

「ぴ゛!?」

 

 

 

 そう、つまり、今まで通り、深夜のジムで会うことに、なんの問題もなくなった、ということだ。

 彼氏がいないのであれば、彼氏さんに気兼ねする、なんて必要がなくなるのだ。

 いやあ、良かった良かった。

 無駄に気を揉んでしまったようだ。

 すっかり肩の荷が下りた気分の秋水は、ふぅ、と一息。

 

「さて、それではジムに向かいますか」

 

「ちょ、ちょっと、待って、先生―――」

 

 気を取り直し、早速ジムに行こうと美寧を誘ったところで、美寧が震えるような、そして絞り出すような声で秋水にストップをかける。

 え、と改めて美寧を見ると、美寧が何故か真っ赤な顔でプルプルと震えている。

 あれ。

 どうしたのかと疑問に思うよりも早く、するり、と秋水の手から美寧は自分の手を引き抜いた。

 あ、しまった。

 喜びのあまり、女性の手を握ってしまった。

 ヤバい、こっちの方がシンプルにセクハラ。

 秋水が慌てて声を掛けようとしたその瞬間、美寧が勢い良く秋水に背中を向いてしゃがみ込み

 

 

 

「―――え、うそうそ、え、待って、むり、え? 私がフリーで先生嬉しくて2人で会うのに気兼ねする必要がなくなったってことはあれじゃんそうじゃんそういうことじゃん、つまり先生から見て私って脈ありってことで、え、むりむり、ちょっ、あ、昇天しちゃ―――――はっ、いま死んで、え、だめ、思い出したらまた死――――はふっ、久しぶりに姉さんの顔が見えたじゃんねって言うか待って待って待ってお願い待って唐突すぎて幸せオーバーフローでちょっと心が壊れちゃいや待ってまたイ――――やホントに待って壊れちゃう壊れちゃう昇天しちゃういきなりの不意打ち告白は反則って言うか心の準備どころか予想すらしてなかったって言うかウソでしょウソでしょ私に彼氏がいなくて良かったってことは先生が私のこと好き好きチュッチュな可能性が出てきたってことで気兼ねする必要がなくなるってことは今まで気兼ねしてたってことだからこれからはガンガン食べに来ちゃうかもって私先生にロックオンされて食べられちゃうかもしれないの待ってムリもっかイ―――ほんといい加減にして先生! 乙女の純情もてあそびすぎ! なにその思わせぶりな態度やめてホント! はぁぁもう好き! ヤバい! まさかの相思相愛疑惑! 本気!? 遊び!? 全然分かんないんだけどちょっと! 口から心臓出そう! いきなり美寧ちゃん確定勝利みたいな感じなんですけど!? 好き!! わぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 なんか、すごい小声で、すごい早口で、全然聞き取れないけれど、明らかに感情が炸裂している言葉の羅列が途切れ途切れに美寧の口から垂れ流された。

 え。

 なに。

 怖。

 もしかして恨み言かなにかだろうか。

 やはり、世話になっているからぶつけられない不平不満が爆発してしまったのだろうか。

 こんな男に手を握られて、ストレスがマッハだったのだろう。

 ごめん。

 申し訳ない気持ちを抱きながらも、正直ちょっと引いてしまっていると、しばらく呪詛を垂れ流していた美寧はいきなり立ち上がる。

 びくり、と思わず秋水は後退ってしまった。

 

「……うん、今日もご指導よろしくお願いします!」

 

「は、はい……」

 

 振り向いた美寧は、華が咲いたような笑顔であった。

 その笑顔に、女って怖ぇ、と秋水は改めてドン引いた。

 

 

 





 はい、というわけで、美寧ちゃんに彼氏がいるという勘違いが解消されました。良かったですね。
 え、もっと酷い勘違いが発生したかもって?

 ……………………うん(;´・ω・`)
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