ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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192『先生は頭が良い子が好きなんだね!(言ってない)』

 

「そう言えば、明後日……じゃなくて、明日からウチの学校、学年末のテストがあるんだよね」

 

 鬼気迫る勢いジャイアントセットの筋トレを3パターン、自分自身を追い込みに追い込みまくって本日のメニューを5割増しで終わらせた美寧が、帰る間際にそんなことを言った。

 そうなのですね、と返しつつ、何処の学校も似たような時期にテストがあるのだな、と秋水は頭の片隅で考える。

 ちなみに、美寧は全身がプルプルしていた。

 まあ、それはそうだろう。

 元々キツめに組んでいた筋トレメニューである。

 本日は3パターンのジャイアントセットで、6種目を6セット、4種目を6セット、5種目を5セットの、計15種目の筋トレを組んでいたのである。

 しかも、各種目10回のところ、「足りない!」という美寧の強い意向によって各種目15回ずつ行うことになった。

 軽すぎる負荷が余程ムカついたのかもしれない。躍起になって自身を追い込む美寧を、秋水は隣でハラハラしながら見守った。

 なお、案の定だが最後の方は死にそうになっていた。

 人というのは、プライドを傷つけちゃ駄目なんだな。秋水は学んだ。

 きっと明日は筋肉痛だろう美寧に、その筋肉痛を少しでも軽減させようと、筋トレ後のストレッチはいつもより時間を掛けてじっくりと行った。

 独りで行うストレッチ、ではなく、秋水がサポートして体を伸ばすストレッチだ。

 筋トレ後のストレッチは柔軟性の向上を高める効果だけではない。しっかりと筋肉や関節をほぐして血流を改善させ、疲労物質の排出を促すことにより、筋肉痛の軽減や回復を早める効果が期待できるのだ。

 ただ、ストレッチのサポートで、手を握って体を引っ張ったり、肩を支えて体を曲げるのを手伝ったときに。

 

「ふわああ……邪念が、邪念がああああ……」

「クールダウンしない……ヒートアップするううう……」

「汗でベタベタしてない!? 大丈夫!? 先生気持ち悪くない!?」

 

 などなど、美寧の方がおっかなびっくりな感じであった。

 ちょっと無遠慮に触りすぎたのかもしれない。一応、サポートで美寧の体に触れるのは必要最小限にしたつもりなのだが、どうにも触る度にリアクションが返ってくるのから察するに、自分みたいな奴に体を触られるのはやっぱり女子高生としては嫌悪感があるんだろうなあ、という感じだ。

 反省である。

 

 閑話休題。

 

 さて、美寧の通っている高校も明日から学年末試験だという。

 そういえば、律歌も明日から学年末試験なのだとか。

 何処の高校も同じような日程になるのだろうか。

 いや、他人事のように考えているが、秋水だって明日から学年末試験だ。

 やはり高校入試など、そのタイミングの関係で、どこもかしこもこの時期が試験時期ということか。

 

「なるほど。美寧さんは勉強の方は頑張られているのですか?」

 

「あー……」

 

 着替えが終わり、大人しめな私服にコートを着ている美寧は、秋水が投げかけたその質問に、す、と軽く目を逸らした。

 あれ、美寧は勉強が苦手なタイプなのだろうか。

 筋トレに対しての学習意欲の高さや、覚えの速さ、自己学習を行う勤勉さなどから、美寧のことを勝手に勉強が得意なタイプなのだと思っていたのだが、違ったのかもしれない。

 えーっと、と美寧は軽く言葉を濁してから、ちらり、と秋水の顔を見上げる。

 

「せ、先生は、その……勉強できる女の子って、どう?」

 

「……どう、とは?」

 

「あ、いや、あの、ほら……生意気だなー、とか、その、思っちゃうタイプだったり、するかなぁ、って」

 

 そして上目遣いで変な質問を繰り出してきた。

 思わず秋水は、きょとん、と黙ってしまう。

 勉強できる女子が、生意気。

 そんな考え方もこの世にはあるのか。

 ふーん。

 いまいち秋水には分からない思考回路である。

 勉強できるかどうかと生意気かどうかは、因果関係にあるのだろうか。

 勉強できる、というジャンルにいる秋水の身近な知り合いとなれば、叔母の鎬であろう。

 では、鎬は生意気かと問われたら、うん。

 

 生意気、だなぁ……

 

 勉強ができるとか頭が良いとか、そんなこと関係なく、鎬は普通に生意気に分類される人種である。

 鎬は基本的に、常に自分が正しいと思っているかのように振る舞っているが、あれ、まだ23歳だ。今年で24になる。

 社会的に見れば、まだひよっこでしかない、はずなのだ。

 なのに、あの自信が服を着て歩いている態度である。

 それを生意気を言わずになんと言うのか。

 まあ、その自信に見合った成果を叩き出せているだけ、何も言えないのだが。

 あの叔母の資産、いま幾らくらいなのだろうか。

 

「あ、あ、あ、いやあの、えっと、女の子ってちょっとお馬鹿な方が可愛げあるかなーとかなんとか言ったりするらしいから先生から見たらじゃないや極々普通の一般的な男の人の視点からすれば頭の良い女ってウザいって思ったりするのかなっていうほらあれ興味本位的な質問っていうか特に深い意味はないんだけど男の人ってどう思うのかなーとか急に思っちゃったりなんかしちゃったりしただけだからあんまり深く考えなくてもいいと言いますか少し気になっただけだし学校の勉強できたからって頭が良いとは限んないから別にそのテストの点数が全てって考えじゃないと言いますかあのですね」

 

 鎬の顔を思い浮かべながら、確かに生意気ジャンルだ、と再確認してしまって秋水が若干遠い目をしていると、何故か急に慌て始めた美寧がぺらぺらと言い訳を並べ立てる。凄い肺活量だ。

 いけない、待たせてしまった。

 

「勉強ができるからと言って、生意気かどうかと問われると、ちょっと難しいですね」

 

 待たせてなんだが、秋水の出せる答えは首を捻ることだけである。

 なんと言うか、やはり勉強できる女子は生意気、という考えには賛同できないし、理解がいまいちできない。

 仮に学校の成績が優秀な者に、生意気な人が多かったというデータがあったとしよう。

 でもそれは、ただの相関関係なだけじゃなかろうか。

 アイスクリームの売り上げが増えると、連動して溺死者が増える、みたいなデータでしかない。

 相関関係はあるかもしれない。

 だが、因果関係があるかどうかは別問題だ。

 夏になって暑くなれば、アイスクリームは売れるだろうし、海や川で遊ぶ人が増えるから溺死者も増える。気温と連動するから相関関係にはあるが、アイスクリームの売り上げと溺死者の数には直接的な因果関係はないのだ。

 それと同じである。

 勉強ができることと性格の形成に、なんらかの連動する関係があったとしても、直接的な因果関係があるとは思えないのだ。

 

「生意気でいられる根底に、勉強ができる、という裏打ちされた自信があるからこそ生意気で振る舞える、という理屈があるとしましょう。ですが逆に言えばその場合、勉強ができる、という事実は自信をもたらすかもしれませんが、その人の性格に生意気というエッセンスを確実、もしくは高確率で付与する、とはならないはずです」

 

「なんか、めちゃくちゃ論理的に説明された」

 

「ああ、いえ、すみません。自分の頭の中を整理しただけです。学校の勉強ができるから生意気だ、という考えが今までなかったものですから」

 

「……ふーん」

 

 そういうこと聞いてるんじゃないんだけど、と呟きながらも、美寧はにんまりと笑った。

 

「それじゃあ、先生は勉強できる女の子、嫌いじゃないって感じ?」

 

 あれ、話が飛んだ。

 それこそ生意気かどうかと、好きか嫌いかどうかは、あまり関係ない気がするのだが。

 秋水は軽く首を捻ってから、一度肯く。

 

 

 

「そうですね。勉強ができるというのは、美寧さんが努力家で、素敵な人であるという証明だと思います」

 

 

 

「に゜ゅ゜」

 

 美寧から謎の鳴き声が漏れた。

 びくりと硬直して、美寧の顔が赤くなった。

 ヤバい。

 なにか地雷を踏んだかもしれない。

 す、と美寧の視線が左上に平泳ぎをして、ささ、と右上へと背泳ぎで戻ってくる。

 

「わ、私のこととは、言ってないんじゃないかなー……」

 

「あれ、違いましたか。申し訳ありません」

 

「…………あ、謝るのは違うんじゃないかなー」

 

 ではどうしろと。

 しどろもどろと注意してきた美寧の表情は、何故かによによとふやけていた。

 怒っているのか、照れているのか、よく分からない。

 美寧のことではなかったのか、と秋水は困ったように首の後ろをポリポリと掻いた。

 

「まあ、美寧さんも学年末試験、ぜひ頑張って下さい。ちゃんと寝て、心を落ち着けて、今までの積み重ねを信じて、試験に臨むのですよ?」

 

 結局、美寧の質問の意味はよく分からなかったが、明日からの学年末試験を悔いのないよう臨んで欲しいというのは本心だ。

 学校の勉強は、日々の積み重ねがものを言う。

 知らなかった自分を、理解できていなかった自分を、少しずつ更新していくのが勉強だ。

 筋トレと同じである。

 過去の自分を打ち破り続けた先に、結果が出るのだ。

 なので、まあ、正直なところ今からテスト対策で勉強したところで、あまり効果はないだろう。

 本番は、それまでの準備で8割方結果が決まっているようなものだからだ。

 だが、悔いは残らないようにしてほしい。

 寝不足だとか、遅刻するだとか、そんな理由で試験本番に万全のパフォーマンスを発揮できなければ、悔いが残るであろうから。

 だから、美寧が勉強できるかどうかは関係なく、とにかく悔いが残ることだけはしてほしくない。

 そんな秋水の応援に、美寧は視線を戻して秋水の顔を見てから、にぱっ、と笑った。

 

「うんっ、頑張る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔でジムを後にした美寧を見送ってから、秋水は改めて自身の筋トレを黙々と行う。

 メニューは、そう、美寧が行った3パターンのジャイアントセットと同じものであった。

 流石に使用しているダンベルの重量は全然違うが、筋トレの種目は同一である。

 全身をくまなく鍛えるメニューとして考えたのだ、自分自身が行わない手はない。

 カーフレイズ、シュラッグ、デッドリフト、サイドレイズ、ベンチプレス、ワンハンドローイング、ショルダープレス。

 20回ずつ連続して一気に行って、ポーション飲んで休息回復。

 これを10セット。

 なかなかに頭のおかしなトレーニングメニューだが、これはポーションありきのものである。なければ流石にセット間休憩を3分は欲しいキツさだ。

 なお、しれっとサイドレイズが追加されているのは、美寧の筋トレを横で見ているときに、肩足りねぇな、と思ったからである。

 続いてはゴブレットスクワット、ロシアンツイスト、プルオーバー、ダンベルフライ。

 これも20回ずつ一気に行い、ポーション回復を挟んで10セット。

 最後にルーマニアンデッドリフト、ダンベルプッシュアップローイング、アーノルドプレス、ステップアップ、ハイプル、デッドバグ。

 こちらも20回ずつの10セットである。こちらも地味に1種目追加されていた。

 

 いやあ、キツい。

 

 全てを終えた秋水は、汗でびっしょりになっている顔をタオルで拭いつつ、非常にシンプルな感想を抱く。

 美寧とはそもそも負荷が違うし、回数も違えばセット数も違うので単純な比較はできないが、このジャイアントセットの3パターンをポーションなしでクリアした美寧の根性は、もしかしなくても自分よりも上なのかもしれない、と秋水はしみじみと感心してしまった。

 正直、ポーションなしであれば、秋水でも最後はくたばっていたかもしれない地獄メニューだ。

 よくこれ、美寧はできたな。

 素晴らしい。

 やはり彼女には筋トレの才能があるぞ、と改めて実感しつつ、秋水もまた夜明け前にジムを後にするのだった。

 

 そして家に、というかセーフエリアに帰る途中、ふと思い出す。

 美寧が明日から期末試験なのと同じく、自分もまた期末試験である。

 人に頑張れとか悔いが残らないようにとか、そんなことを言っている場合ではない。

 もっとも、秋水の場合はダンジョンのセーフエリアによる睡眠時間短縮効果と、ポーションという問答無用で体調を万全にしてくれる反則技があるので、期末試験に臨む体勢はばっちりである。

 

「今日は昼中、セーフエリアで軽く試験範囲の復習しとこうかねぇ……」

 

 そんなことを呟きつつ、秋水は歩いた。

 ぶろろ、と遠く後方からエンジン音がする。

 バイクのエンジン音だ。新聞配達の時間だろうか。

 秋水はスマホをポケットから取り出し、時間を確認した。

 ただいま、午前3時30分。

 美寧が午前1時より前に終了したので、なんだかんだでジムで2時間くらいみっちり筋トレしてしまった。

 2月のこの時間は、まだまだ真っ暗、夜の時間である。

 ああ、いや、真夏だろうが午前3時は真っ暗か。

 このまま家に帰って、栄養補給して、セーフエリアで一眠りして、期末試験の準備をちょっとして。

 秋水は頭の中で今日の予定を組み立てつつ、てくてくと暗い夜道を歩く。

 バイクのエンジン音が近づく。

 新聞配達も大変なんだな、と他人事のように思いつつ、手にしていたスマホを再びポケットへとねじ込む。

 ねじ込んだところで、バイクのエンジン音が、すぐ隣。

 

 キッ、と何故かブレーキ音が聞こえた。

 

 

 

 なお、雑学染みた閑話を挟む。

 

 各都道府県で定められている青少年健全育成条例には、深夜外出の制限、というのが設けられている場合が多い。

『保護者は、青少年(18歳未満)を午後11時から翌朝4時までの間に、正当な理由がないのに外出されてはならない。青少年も、保護者の同意なく、これらの時間に外出してはならない』

 こんな感じの条例だ。

 

 

 

 で、その雑学がいったいなにかと言うと、秋水のすぐ隣に停車したバイクは、新聞配達のバイクなんかではなかったという話なのである。

 白を基調にしたイカしたバイクには、なんとなく見覚えのあるお兄さんが跨がっていた。

 見覚えがあるというか、何度かお世話になったというか。

 最近だとあれだ、巨大バールを買った帰り道、リュックにそれを括り付けたまま自転車を流していたら呼び止められた記憶がある。

 あらまあ、いつもお世話になってます。

 ちなみに先日の巨大バールは凶器誤認がなんとやらで記録がどうちゃらって言ってましたね。あれは結局どうなったん?

 ところで、なんでこんな時間にお兄さんが?

 秋水は隣に止まったバイクと、そのバイクに乗った顔見知りと言えなくもないお兄さんを見て、さあ、と顔を青ざめた。

 

 

 

「ちょっとキミ! いつもの棟区少年! キミなんて時間に出歩いてるんだい!?」

 

 

 

 地域課に所属しているイケメンさん。

 彼はそう、いわゆるお巡りさんである。

 

 

 





 今までしれぇっと深夜のジムに通っていた秋水くんですが、これ、普通に虞犯行為ですからね(急にお出しするリアリティ)
 しかも、複数回職務質問を受けている経歴があり、直近で凶器誤認される代物を持って出歩いていた公式記録あり。
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