ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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195『信用と無関心は紙一重』

 発芽玄米に雑穀を入れる。

 雑穀は色々な種類が配合されているのを適当に買っているが、キヌアとアマランサスの両方が配合されているのを必ず選んでいる。

 そして水を入れ、炊飯器のスイッチをON。

 栄養バランスは良いかもしれないが、美味しいかどうかと聞かれれば、まあ不味くはないよね、という主食だ。

 あとは乾燥野菜と出汁入り味噌でたっぷり野菜の味噌汁を作り、卵と納豆、それから冷凍食品から適当に主菜を選べば、今日の昼飯はこんなものであろう。

 棟区家のキッチン。

 湧き水かのようなポーションという水場こそあるものの、電源という文明人にとっての生命線の1つが決定的に欠けてしまっているダンジョンのセーフエリアでは、残念ながら食事を作るということがほぼ不可能である。

 せめて炊飯器と、電気ポットと、冷蔵庫と、そして電子レンジが使えさえすれば、セーフエリアでも自炊可能なのだろうが、流石に無理がある。

 なので、食事と風呂に関しては、家の方へと戻らざるをえないのだ。

 時計を見れば、10時30分。

 

「さて……」

 

 昼飯の下準備を終えた秋水は、ポケットに入れていたスマホを取り出した。

 そろそろ連絡を入れなければ。

 重たい気分でスマホの画面をつける。

 

「あ?」

 

 素の声が漏れた。

 どうやら着信があったようだ。普通に気がつかなかった。

 メッセージアプリの通話である。

 発信者は、渡巻 紗綾音。

 なんの用だろうか。

 まあいいか、と秋水は紗綾音からの着信を軽くスルーして、連絡先一覧から目的の人物を選んだ。

 棟区 鎬。

 秋水の叔母である。

 

「連絡しとくか……」

 

 通話のボタンをタップして、スマホを耳に当てた。

 無機質な電子音が鳴る。

 質屋 『栗形』 の営業は11時から。

 仕事中に通話を入れるのも申し訳ないので、この時間だ。

 しばらく電子音が繰り返される。

 通勤中で気がつかない可能性もあるな、と頭の片隅で考えながら待つ。

 ぷ、と電子音が切れる。

 繋がった。

 

 

 

『はい、おはよう不良少年。朝とも呼べない早い時間から警察のお世話になったらしくて悲しんでいるお姉ちゃん、鎬よ』

 

 

 

「うん、ごめん」

 

 繋がってからの第一声で、この通話の用事は全て終わったことを秋水は察した。

 相変わらず感情の読めない、クールというより冷たい声色。

 なにも気にしてなさそうな秋水の保護者、鎬である。

 話が早いと思いつつ、秋水はすぐに謝罪を入れる。

 お巡りさんに補導されてしまった件についてだ。

 

『でも、丁度よかったわ秋水。私からも連絡を入れようと思っていたの』

 

「あー、だよな。ホントごめん」

 

 午前4時時点では寝ていたとしても、恐らく碌でもない時間に交番から電話をもらったのであろう。

 しかも、鎬が保護をしている秋水が、意味不明な夜間徘徊をしていたという内容で。

 お小言を頂戴するくらいは致し方なし。

 完全に自分が悪いのだ、と秋水は覚悟を決めている。

 まあ、理由を尋ねられても、ジムで楽しく筋トレしてました、という馬鹿みたいな理由しか言えないのだが。しかも事実。

 これは小馬鹿にされるだろうな、と思いつつ、秋水は鎬の言葉を待つ。

 

 

 

『あの新作ネックレスなのだけど、在庫はあれで全部かしら?』

 

 

 

「…………はい?」

 

『もし、まだ秋水が持ってるのなら、今日中に持ってきてもらえないかしら?』

 

 お小言じゃなかった。

 深夜徘徊の理由を尋ねられもしなかった。

 スマホの向こうからは、いつもの淡々とした声で鎬が喋る。

 白銀のネックレスを持ってこい、と。

 あれ、補導の件の話はしない気だろうか。

 

「えっと、確か、あと7本……いや、10本とかあった、かな? ちょっと正確な数は覚えてないけど……」

 

『10本、それは素晴らしいわね。なら、それを卸してちょうだい。アンクレットよりも値段は色をつけるわ』

 

「いや、そりゃあ、ありがてぇけど……え?」

 

 補導の件を全く触れようとしない。

 秋水は首を捻った。

 いやいや、あなたの保護しているガキが、お巡りさんに捕まったんだが。

 しかも無実ではなく事実の罪で。

 なんかこう、叱るくらいはしてもいいと思うのだが。

 むしろ叱るべき場面なのだが。

 

『それから秋水、明日から定期テストなのよね?』

 

「え、ああ、うん。期末試験」

 

『なら、これも急で申し訳ないのだけど、あのネックレスを受け取り次第随時、店の方に卸してもらえないかしら?』

 

「え、随時?」

 

『ええ。可能であれば毎日でも』

 

「毎日!?」

 

『あ、そう言えば、その職人さんのところって遠いのかしら? テスト終わった後に運搬してもらう形は可能かしら? もちろん、秋水への報酬にも色をつけるわ』

 

「えぇ……いや、まあ、そんな遠くないから、できるけど……」

 

『助かるわ。職人さんの方にはよろしく伝えてちょうだい。できたらで良いのだけれど、ネックレスの製造の方になるべく注力してもらえると嬉しい、と伝えておいてくれないかしら』

 

「あ、うん。伝えておくけど……期待はするなよ?」

 

『構わないわ。こちらは頼む側よ。あと秋水、1日100ドル出すわ』

 

「いや出し過ぎだろ! 1日100ドル!?」

 

『ごめんなさい秋水、実はお姉ちゃん、意外と日本円自体の資産は少なめなの……』

 

「それは知ってる。ほとんどドル資産だもんな」

 

 とんとん拍子に話が進む。

 職人さんというのは架空の存在、ダン・ジョンさんだ。

 1週間で200個程のアンクレットを作り出し、ついでに新作のネックレスを10本程生み出し、しかも、地球上には存在していなかった物質をしれっと使用しているアクセサリー職人だ。

 化け物だろうか。ちゃんと言い訳の設定を考えておかないと、そのうちボロが出そうだ。

 ではなく。

 あれ、予想していた話と全く違う。

 

「いや、ちょっと待った鎬姉さん」

 

『あら、なにか不都合あったかしら? できなければできないで問題ないわよ。明日の話し合いの方向性次第では、ちょっと新作の存在が必要になるかも、っていうだけの話だから』

 

「う……」

 

 話がすっかりダンジョンのドロップアイテムの話になってしまっていることに秋水はストップをかけるが、鎬の発言に言葉が詰まってしまう。

 そうだった。

 鎬は明日、日本政府の人と、未知の新元素を含んでいる白銀のアンクレットの取り扱いについての交渉があるのだ。

 状況はヤバめ、内容は重め、重要度は高めの話し合いである。

 日本という行政機関が味方なのか敵なのかを探る、大事な話を控えている鎬にとっては、緊急性はそちらの方が当然上であろう。秋水が補導された云々など、後回しになるのも頷ける。

 つくづく最悪なタイミングで補導されてしまったものだ。

 

「いや、あの……ごめん、補導された話なんだけど……」

 

 なんだかガチで気にされていない雰囲気を通話越しに感じながらも、秋水はそれでも話を戻す。

 ケジメは必要である。

 スジは通さねばならない。

 

『ああ、そっち』

 

「いや、ホントごめん。明日が大事な交渉の会議ってときに、迷惑かけた」

 

『別にこのくらい構わないわよ。今までなにもしてこなかったもの』

 

 保護者らしいことなんてまるでしていないものね、私。

 鎬がそんなことを呟いた。

 そんなことは、ないだろう。

 保護者として名前を貸してくれる。

 役所などの手続きや、税金の管理もしてくれる。

 生活費も出してくれる。

 保護者としては、十分ではないだろうか。

 まして鎬は、白銀のアンクレットの販売を受け持ち、それによって発生してしまった未知の物質とかいう代物の交渉まで引き受けているのだ。

 なにもしていないどころか、むしろ鎬には迷惑かけまくりで頭が上がらない。悔しい。

 

『ちなみに、1つ確認するわね。今回の補導で、秋水は私以外の誰かに迷惑かけたかしら?』

 

 うーん、と秋水が少し悩んでいると、鎬が次の言葉を投げかけてきた。

 ちゃんと補導の件についてである。

 迷惑か。

 いや、一番迷惑をかけてしまった鎬にそれを聞かれても、とちょっと思いつつ、秋水の頭には2人の顔がぱっと浮かんだ。

 秋水を補導したお巡りさんと、担任の教師の顔である。

 あのお巡りさんは普通に良い人で、手間を掛けさせてしまった。

 

「え? えーっと……警察の人と、あとは学校にも連絡行くらしいから、先生とかか?」

 

『公務員の仕事は公務よ、無視しなさい。それ以外で誰かに迷惑は?』

 

「……かかってない、とは思うけど」

 

『なら問題ないわ』

 

 悲報、お巡りさんと教職員への仕事上の迷惑は無視される。

 鎬にばっさりと切り捨てられ、えぇ、と秋水は思わず声を上げてしまう。

 たぶん学校の方に連絡が行って、今頃秋水の担任教師は頭を抱えているのと思うのだが。

 そんな秋水に、鎬は珍しく通話の向こうで小さな笑い声を漏らした。

 

 

 

『秋水、あなたを本当に信用できていないなら、有無を言わさず一緒に暮らしているわ、私』

 

 

 

 よし、信用してくれていて良かったと思っておこう。

 鎬と一緒に暮らすとなれば、ダンジョンアタックに支障を来してしまうことは明白である。

 そうならなくて良かった。

 というか、そういう意味では今回の補導は、その鎬からの信用を損ねてしまい、一緒に暮らそう、とか言われかねない事態だったのか。危ねぇ。思っていた以上に深刻な問題になるところであった。

 よし、セーフ。

 秋水は心の中でこっそりと安堵の息を漏らすことにした。

 

『夜中にジムに行きたくなったとしても、次は見つからないように行きなさい』

 

「いや止めろよ保護者」

 

『止めて辞めるなら、秋水は最初からしていないでしょ』

 

「ぐ……」

 

 これもまた信用していることの表れなのか、しれっと忠告されてしまう。

 よく分かっているじゃないか。

 深夜のジム、普通にまた行く気である。

 だって、土曜日曜で美寧がいる日は別として、誰も居ないジムというのはトレーニング器具が使いたい放題で、なんとも贅沢な気分になるのだ。それに、身体強化の検証などを行う場合、誰も居ないというのは非常に都合が良い。

 とりあえず行き帰りはあれだ、今回の補導によって、深夜のお巡りさんには注意せねばならないのはよく分かった。

 変装用に新しい帽子でも買うべきだろうか。

 反省しているが懲りない秋水である。

 

『それより秋水、新作ネックレスの件、お願いするわね』

 

「いいけどさ……いや、分かったよ」

 

『ありがとう。愛しているわ秋水』

 

「へいへい……」

 

 そしてやはり、話題は白銀のネックレスの方へと戻ってしまった。

 鎬としては、秋水がお巡りさんに補導されてしまった今回の件は、それほど重大には受け止めていないようである。

 まあ、別に叱られたいというわけではないので、助かったと言うべきか、拍子抜けしたと言うべきか。

 

「ちなみに、いつぐらいまでに届けてほしいとかあるか? 夕方まで待ってくれるなら、もう少し追加でドロ――受け取ってくるけど、職人さんの方から」

 

 昼飯を食べたら、そのまま午後はダンジョンアタックをする予定だったが、鎬が白銀のネックレスを御所望であれば、今日は地下3階のコボルトを優先的に殺しまくるとしようじゃないか。

 何故か半々くらいの確率で落ちるアンクレットよりもドロップ率が低いので、どれくらい白銀のネックレスが得られるかは分からないが、まあ、ないよりはマシ、なのだろう。鎬がなにに使いたいのか知らないけれど。

 補導の件で鎬に迷惑をかけたし、明日の交渉会議も元を正せば白銀のアンクレットが原因だ。

 なるべく鎬の要望には応えようと、そう思って尋ねてみた。

 

『あら、本当? そちらの方が私も嬉しいけれど、嬉しすぎて秋水に抱きつくかも知れないわ』

 

「今すぐ最速で配達しに行ったるわ」

 

『待ってちょうだい、冗談よ。キスまでにしておくわ。数が多いと嬉しいのは本当なのよ』

 

「なんで難易度上げてんだよ……」

 

 冗談交じりな鎬の返答を聞きながら、18時頃まではダンジョンアタック、と秋水は頭の予定表に入れることにした。

 

 

 





 お巡りさんにも「努力する」の一点張りで、実は「もうしません」とは一言も言っていない秋水くん、わりと不良少年の適性は高い。
 え、ダンジョンのモンスターを笑って殺して楽しんでいる時点で不良少年どころの話じゃないって?
 それはそう(・ω・`)

【秋水①】今話のサブタイトルは、鎬さんだけを指していない。
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