ごり、と巨大バールでコボルトの頭をぶん殴る。
芯で捉えたような確かな手応え。
上から下へと叩きつけた巨大バールに従うように、コボルトの体が強引に床へと縫い付けられた。
ダンジョンは地下3階。
相手にしているのは3体いたコボルト、その最後の1体。
ヒット&アウェイ、は、しない。
最後の1体ならば手早く片をつける。
『ギッ!』
「ぬんがらっしゃいっ!!」
コボルトの胸をごすりと踏みつけ、流れるように喉元へと巨大バールを突き立てる。
刺さらないが、ダメージはある。
突き立てた巨大バールを背中の筋力で一気に引き絞る。
再び喉元へと突き立てる。
突き立てる。
突き立てる。
コボルトが手にしていた棍棒で、踏みつけていた足の大腿部分を殴られた。
力が入っていないのか、それとも偶然当たっただけだからだろうか、大して痛くない。
遠慮なく巨大バールをコボルトの喉元へと突き立てる。
ずぬり、と平側の先端が、沈み込む。
にぃ、と秋水の口端に笑みが浮かんだ。
「それぐーりぐりっと♪」
刺さった巨大バールを更に力尽くで押し込み、ついでにグリグリと右へ左へひねりを入れてねじり込む。
『ガフアッ!』
それがトドメとなったのか、コボルトの口から煌めく魔素が吐き出された。
輝く光の粒子が、吐血のようだ。
死亡演出だ。
振り上げようとしていた棍棒がぴたりと止まり、そして一瞬後、力なく床へと投げ出される。
巨大バールを引き上げれば、突き刺さった喉が引っ張られるように浮かび上がって、ずっ、と喉元から先端が引き抜かれ、どさりと再び倒れ込む。
リアルな死に方。
ふふ、と秋水は思わず笑ってしまう。
「そうじゃねぇや。回収回収っと」
慌てて笑みを取り消してから、秋水は引き抜いた巨大バールを床に置き、左手のライディンググローブを脱ぐ。
メッシュ仕様のライディンググローブだ。
以前使っていたチタンプロテクターが装備されていたライディンググローブと比べ、メッシュ素材のおかげで熱や汗が籠もり辛く、バールや鉈などを握ったとき、握っている感触がしっかりと伝わる感じである。なんと言うか、取り回しが良い。
代わりに防御力はダウンしているが、まあ、許容範囲であろう。
そのライディンググローブを脱いでから、魔素回収の魔法を発動させる。
「ふぅぅ……」
左手で空間中に撒き散らされた魔素を吸引しながら、秋水はゆっくりと息を吐き出す。
コボルトとの戦いは、だいぶ安定してきていた。
多少棍棒で殴られることはあるが、まだ許容範囲内である。
複数を相手にするときは、囲まれてボコられないようにヒット&アウェイで戦うようにしているが、それも段々と慣れてきた。
ひたすら走り回るのはスタミナ的にも排熱的にも色々とキツかったのだが、ジャケットなどの防具をメッシュ仕立てで夏仕様なバイク装備に変更したら、随分と楽になった。
角ウサギを相手にするように、一撃でぶっ殺せる、ということはないが、それでも殺すのに平均で5発程といったところだ。
一撃で殺せない、というのは、やはり良い。殴り合っている感が堪らない。
コボルトの攻撃が決定打にかけているのは、まあ、ちょっと気にならないわけでもないが、それでも囲まれてタコ殴りにされたらヤバいのは変わらないので、引き続き注意が必要で面白い。
今のところ、物足りなさは、ない。
ふむ、と秋水は鼻を鳴らした。
「どうすっかね。悩むなこりゃ……」
そう呟きながら、秋水は溜息をゆっくりと吐き出した。
死んだコボルトが消えた。
魔素を吸い込んでいた独特な心地良さがなくなったのを確認してから、魔素回収の魔法をゆっくりと止める。
コボルトと戦うのは、随分と慣れてきた。
実はコボルトと初遭遇したのが先週の日曜日なので、まだ1週間しか経っていないのに、である。
角ウサギ相手のときは、初めて遭遇してから一方的な虐殺になるまで、随分とかかったような気がするのだが、今回はだいぶ早い。
まあ、装備選び、身体強化という魔法の使い方、ダンジョンの構造、角ウサギのリポップ条件、そういうダンジョンアタック自体を平行して手探りしていたから同列には言えないか。
どちらにせよ、コボルトとは安定して戦える。
むしろ、連戦できる余裕がある。
そして、ボス部屋の扉まで、安定して辿り着くことができる。
「挑戦自体は、できそうだけど……」
秋水は部屋の出口へ顔を向け、そう漏らす。
この部屋を出て、通路を進めば、扉が待っている。
ボス部屋の扉だ。
ボスウサギのようにデカいコボルトが1体お出しされるのか、それとも集団戦法が得意とかいう文献通り数で押してくるのか、それは分からない。
ただ、その扉の向こうには、ボス戦が待っていることだろう。
角ウサギとボスウサギの戦闘力の差を考えると、正直なところ、このままボス戦に挑んだら勝率は五分五分、よりも下だと思われる。
デカいコボルトが待ち構えているなら、まだマシ。
大量のコボルトが待ち構えていたら、普通に嬲り殺される。
左手のライディンググローブを装着し直しながら、秋水は静かに溜息を吐く。
「……いや、絶対面白そうなんだけどなぁ」
そう、面白そうである。
死ぬか生きるか。
殺されるか殺し返すか。
命をチップに、ヒリつくようなデスマッチ。
素直に告白すれば、このままボス部屋へ殴り込みに行きたい気持ちはある。かなりある。
だって、絶対に楽しい。
そんな予想がある。
あるの、だが。
秋水の視界には、ぽよんぽよん、とお気楽そうにぷよぷよしている、デカい水饅頭。
間違えた、水饅頭ではない。
スライムだ。
「うーん」
ぐるりと部屋の中を見渡してから、秋水は腕を組んで悩んでしまう。
コボルトを3体皆殺しにした部屋には、未だモンスターが残っている。
9体。
全部、スライム。
移動は激遅。
殺る気は皆無。
角ウサギはそのまんま角が生えたウサギで、コボルトは直立二足歩行の犬なのに、何故か地球上の生命体に似せる気ゼロ、ぽよぽよしているだけの丸くて半透明の未確認生命体。
ぱっと見では癒やし系だが、その実、近づいた物体を問答無用で体内に取り込んで消化するという、トンデモ檄ヤバトラップ型モンスターである。
油断して近づきすぎ、あわや飲み込まれそうになったことが以前にある。
あのときは、手首を切り落として事無きを得たんだったか。
一番近くにいるスライムを、秋水はじっと見る。
ぽよん、ぷるん。
とても平和そうだ。
平和そう、なんだけど。
「――ブーストッ!」
60%の魔力で全身の身体強化はそのまま、残り40%の魔力を右腕に集め、部分強化を発動させる。
右手には、引き抜いたばかりのバールが握られていた。
とん、とん、と秋水はステップを踏むようにして前に出る。
前に。
スライムの方に。
バールを振り上げる。
前に出る。
前に出る。
半歩分を位置調整。
左手を前に出しながら、右肩を引き絞る。
そして、踏み込み。
「ストラアアアアアアアァイクッ!!」
スライムの脳天目掛け、バールを全力で振り下ろす。
いや、脳天 is どこ。
そんなツッコミをセルフで入れるよりも早く、振り下ろしたバールがスライムに叩き込まれる。
手応え、なし。
スライムの捕食スタイルなのか、一定よりも近づいてきた物体には、その柔らかな体から触手のようなものを伸ばして捕まえ、体内に引き釣り込もうとする。
その触手が伸びる速度というのはかなり素早い。
しかし、身体強化を重ね掛けして、全力でぶん殴る速度でいけば、その触手が出てくるよりも先にスライム本体を殴れるということは、最近知った。
知った、が。
「ぐ、にぃぃぃぃっ!」
スライムを上段から強かに打ち付けたハズのバールは、その柔らかぷにぷにボディに受け止められてしまう。
これが本当の衝撃吸収ボディというやつか。ただのデブの世迷い言とはワケが違う。
そこから更に力を込めて、秋水はバールをスライムへと押し込む。
押し込まれる。
スライムの体に、ゆっくりと、ずぶりずぶり、バールが押し込まれていく。
というか、飲み込まれていく。
たぶんこれ、力を込めているとか込めていないとか関係なく、スライムの方が勝手に引きずり込んでいるだけだ。
「だーめだー……おいコラ引っ張んなクソスライムちゃんがああ止めてバールが持ってかれるうぅ……」
バールの先端がある程度スライムの体に沈み込んだら、今度はスライムがバールを引っ張って自分の体に取り込もうとしてくる。
経験則的に、こうなったら終わりである。
一応悪足掻きで、引き抜こうと秋水は抵抗を試みる。
引き抜けない。
ビクともしない。
むしろ、ちょっとずつバールが飲み込まれている。
単純に力負けをしているということだ。
こちらは身体強化を重ね掛けだというのに。
強化倍率は、だいたい360%ほど。
それでもなお、純粋に力負けをするということは。
「俺の筋肉も、まだまだ全然鍛え足りてねぇってことか……っ!」
そんなわけはない。
そして、比較対象が人間ではない。
せめて人類という種の枠組みで考えてくれ、とツッコミを入れる者は誰もいない。
踏ん張ってバールを引き抜こうとするも、抜けず。
上へ下へ動かそうとしても、ビクともせず。
バールが中程まで飲み込まれてから、そろそろヤバいか、と秋水はそのバールからぱっと手を離した。
前に律歌に教えてもらったバールではなく、それ以前に買ったバールなので、そこまで惜しくはないはずなのだが、それでもなんだか勿体ないという気分になってしまう。
「……はぁ」
スライムから1歩下がり、2歩下がり、秋水は溜息とともに肩を落とした。
駄目だ。
分かりきっていたことだが、やはり駄目だ。
スライムを倒せる気が、全くしない。
こちらからの攻撃は、まるで通用しないのだ。
殴ってもダメ。
斬ってもダメ。
突いてもダメ。
毒もダメ。
火もダメ。
塩もダメ。
氷もダメ。
油もダメ。
ドライアイスもダメ。
リチウムイオンバッテリーもダメ。
表面活性剤もダメ。
各種殺虫剤もダメ。
ホウ酸団子もダメ。
害虫・害獣・害鳥駆除の各種製品全てダメ。
全部飲み込み、消化してしまう。
「おーてーあーげー」
言葉通りに秋水は両手を挙げた。
スライムが攻略できない。
秋水がボス部屋へと殴り込みにいかない最大の理由が、これである。
だって、そうだろう。
この地下3階のボス部屋にいるボスが、コボルトの上位体ではなく、スライムの上位体だったら、その時点で詰みである。
そうでなくとも、ボス部屋にもスライムがうじゃうじゃいたら、それはそれで戦い辛いことには変わりがないのだ。
そう考えると、容易にはボス部屋に挑戦ができないのである。
つまり、スライムを殺す手段を得られない限り、ダンジョンアタックはここで行き詰まってしまう。
いや、ボス部屋に突撃して、もしかしたらコボルトの上位体のみでスライムがいないという可能性もあるので、一か八かでワンチャン挑戦できなくはない、だろう。
まあ、それは最終手段だが。
頭を掻くように、こんこん、とヘルメットの後頭部を指でつつきながら、秋水は再び溜息を漏らした。
「攻略の手掛かりさえ掴めたらなぁ……」
飲み込まれていくバールを見送りながら呟いて、秋水は気を取り直すように入口へと顔を向ける。
向ける途中で、きらりと光るものを見つけた。
「おっとラッキー。今日は出し渋ってくれちゃって」
光ったものは、細長い綺麗な鎖。
白銀のネックレスだ。
先程、喉をぐりぐりして殺したコボルトがドロップしたものであろう。
本日6本目のドロップアイテムを、秋水は近づいてひょいと拾い上げた。
いつもならば10本近く集まっているであろうくらいにコボルトを血祭りに上げたのだが、これで6本目だ。確率がだいぶ下振れしてしまっているというか、随分と出し渋られてしまっているというか。
欲しいと思っているときに限って出てこない。
ぶつよくせんさー、とかなんとか、そんな言葉を言っていたのは、確か紗綾音だっただろうか。
こういうことなのだろうか。
拾ったネックレスを持ち上げ、光に翳す。
「そういや鎬姉さん、このネックレスなにに使うんだ?」
持ち上げた白銀のネックレスをまじまじ見ながら、秋水は首を傾げた。
鎬曰く、この白銀のネックレスを、なるべく多く、できれば毎日調達して欲しい、と言っていた。
それはまあ、別に問題はない。
しばらくはコボルトと殴り合いをする日々だろうから、ドロップアイテムは出てくるだろう。
学校の方は通常の授業が終了して、期末試験のテスト期間を含め、卒業式の日までは半日登校しかないので、届ける時間は十分に確保できている。
なので、毎日祈織の質屋へドロップアイテムを卸しに行くのは、なんの問題もない。
むしろ、昨日のように1週間分として200個くらいのドロップアイテムを一度にまとめてお届けするよりも、秋水としては毎日の方が助かる。
助かるの、だが。
「明日の交渉次第では、つってたけど、もしかしてコレの成分分析もするとか言い出さないよな……」
鎬はこの白銀のネックレスを欲している。
理由は分からない。
明日の交渉の内容次第では必要になる、とは言っていたが、具体的にどう使うのかは分からない。
分からないが、まさか白銀のネックレスまで成分を調べるとかではあるまい。
ちょっと心配になりながら、秋水は左手の上に白銀のネックレスをしゃらりと落とす。
角ウサギからのドロップアイテム、白銀のアンクレットの成分を調べたばかりに発見されてしまった、未知なる元素とかいうパワーワードのせいで、政府関係者と交渉の場を設けねばならなくなったのだ。
それに引っ張り出される形となった鎬がまさか、白銀のネックレスまで成分を調べようなどとは言い出すまい。
それでまた別の新元素とか見つかった、なんてなってみろ。
質屋 『栗形』 の狙われ具合が、また一段と上がってしまうのは想像に難くない。
というか、そうなったら鎬自身だって各方面から狙われてしまうだろう。
未知の物質を取り扱う店。
その店の従業員。
今現在でさえ結構なハイリスクを背負っているのだ。
ここで白銀のネックレスの成分分析をしたらどうなるかなんて、鎬であれば予想できていているはずだ。
はず、だよな?
分かって、るよね?
調べない、よね?
「…………そろそろ届けに行って、ちょっと聞いてみるかぁ」
若干の不安を感じつつ、秋水は白銀のネックレスを握り、部屋の入口へと戻るのだった。
Q:スライムは本当に殺せるの?
A:基本的に魔法以外では、ほぼ殺せないと思っていいでしょう。
魔法使いをパーティーに加入させて下さい。
魔法使いがいない場合、戦闘自体を避けるか、○○の○○を用意して下さい。