ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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200『クラスの一員』

 その中年男性は、憂鬱な気分で学校の廊下を歩いていた。

 タケちゃん、と愛されているのか舐められているのか分からぬ愛称で呼ばれている彼は、中学校の教員である。

 その教師は、この中学校でとあるクラスの担任をしている。

 中学3年生。

 卒業間近で、高校受験間近で、学年末試験が間近どころか30分もしないうちに開始されるという、最高にピリついた時期真っ只中にいる少年少女の集団を受け持っているのだ。

 そんな彼が受け持つクラスには、ある名物生徒がいる。

 棟区 秋水という。

 彼はまあ、正直なところ 「中学生、だよね?」 と首を傾げたくなるような容姿をしている生徒だ。

 非常に筋肉質で、背が高く、特徴的なその顔立ちは少なくとも中学生らしい子供っぽさの残るものではない。

 初めて秋水という子を見たら、ヤクザが、ではなく、ただの大人が中学生の制服を着ているコスプレだ、と誤解する人の方が多いだろう。というか、初対面で彼が子どもだと見抜ける人が、はたしてどれ程いるのだろうか。

 ただ、担任教師として長く接していると分かる。

 秋水は、普通に良い子だ。

 ヤバそう、ではなく、ちょっと粗暴そうな外見こそしているものの、実際にはその真逆の子である。

 口数は少なく、大人しく、誰にでも丁寧に接して、礼儀正しい。

 秋水自身も周りに怖がられているという自覚があり、それに腐ることなく、むしろ周りを少しでも怖がらせないように気を遣っている少年なのだ。

 担任教師としては、彼はそう見える。

 ただ、それは大人の視点での話だ。

 秋水と同じ子ども同士の場合は、中学生という多感な時期の子どもの場合は、そうは思わないだろう。

 ただ、ひたすらに、彼は怖い。

 怖いと思われる容姿を、秋水はしているのだ。

 だからまあ、クラスメイトからは誤解をされ続け、友達らしい友達もおらず、学校ではずっと独りで過ごしているような少年が、秋水である。

 

 そんな彼は、年末に家族を失ってしまった。

 

 1ヶ月と、少し前の話だ。

 赤信号で止まっていた乗用車に、大型のトラックが突っ込むという、そんな悲惨な事故により、秋水は両親と妹を一度に失ってしまったのである。

 なんと言葉を掛けていいものか。

 そもそも、学校の担任教師という程度の間柄でしかない奴が、言葉を掛けてもいいものなのか。

 クラスで孤立しているというのを知りながら、有効な手段はなにも立てられず、彼をクラスに馴染ませる手伝いすらもできなかった情けない大人が、なにか言う権利などあるのだろうか。

 そんなことに頭を悩ませ、年が明け、秋水に会った。

 

 彼は、普段となにも変わらなかった。

 

 変わらなかったように、教師には見えた。

 見えてしまった。

 それがむしろ、ゾッとした。

 鳥肌が立つというのは、本来はこういう意味なのだろう。

 ネガティブな意味で、ぞわりとする。

 両親が亡くなった。

 妹も亡くなった。

 なにも感じていないはずが、ない。

 それなのに、秋水は淡々としていた。

 家族が亡くなったのを、まるで他人事かのように喋った。

 独り暮らしをしていると、なにも感じていないかのように教えてくれた。

 いなくなってしまった自分の家族と暮らしていた家に、たった独りで暮らしていると、何でもないかのように口にしたのだ。

 その様子を見て、教師はただただ悲しくなった。

 彼は、秋水は、普段となにも変わらないように見える。

 そんなはずはないのに。

 なにも感じていないはずはないのに。

 それでも、変わらないように見えた。

 

 それはつまり、学校では普段から、己の感情をなにも表面に出してこなかったという、そんな意味でしかない。

 

 秋水は仮面を被っている。

 いや、人は誰しも社会的な仮面を被っていて当然だ。

 ただ、秋水の仮面は、とんでもなく分厚かっただけの話である。

 父が死のうと。

 母が死のうと。

 妹が死のうと。

 その悲しみすら通さぬくらいに、分厚い仮面を秋水は被ってる。

 そんな仮面を被って、泣き言も、弱みも、愚痴も、悲しみも、誰にも、なにも、一切喋らず、悟らせず。

 誰も怖がらせぬように、あの少年は教室でじっとしている。

 それがこの教師には、とても悲しく感じてしまった。

 

 そして、その子が、警察に補導された。

 

 午前3時、深夜徘徊で。

 そんな時間に、ジムに行こうとしていたらしい。

 見れば分かる。

 彼は見事に鍛え上げられた鎧の如き筋肉をしている。

 だからまあ、ジムで筋トレをしているだろうことは、なんとなく想像できていた。

 

 だが、そんな時間にジムに行くだろうか。

 

 それが彼の、本当の生活リズムなんだろうか。

 

 両親や妹が生きていた時も、午前3時にジムに行っていたのだろうか。

 

 それは、家族が死んでからの生活リズムなんじゃなかろうか。

 

 だって、こんなにいい子に育っている秋水の両親が、午前3時という時間にジムに行くことを許しているとは、この教師は思えなかったのだ。

 

 深々と教師は溜息を漏らした。

 今日から学年末試験だ。

 秋水を含め、自分が受け持つ子供たちにとって、中学最後のテストが始まる。

 高校受験だって控えている。

 大事な時期だ。

 大事な時期なのだ。

 とにかく、とにかく今、秋水とはしっかり話し合わなければいけない。

 テストの採点がなんだとか、高校受験のための指導がなんだとか、資料作りがどうだとか、この教師は山のように仕事を抱えている。少なくとも、休日である日曜日に出勤せねばならないくらいに忙しい。

 だが、今日は秋水と話し合わなければならない。

 忙しいからなんだ。

 仕事が山のようにあるからなんだ。

 秋水はやはり、傷ついているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。

 真っ先にやるべきだったメンタルカウンセリングを後回しにしたツケが、今なのだ。

 もしもそれが原因で、今この瞬間にでも道を踏み外しかけているならば、それに手を差し伸べるべきは自分なのだ。

 差し伸べるべき彼のご両親は、もう、この世にはいないのだから。

 す、と息を吸う。

 自分のクラスの、その教室のドアに手をかけた。

 

「うーい、みんなおはよー」

 

 がらりとドアを開け、いつものように気だるげな声で挨拶をする。

 何人かの生徒が、おはよう、と返してくれた。

 あれ、いつもの元気な声がしない。

 ちらりと教師はとある女子生徒を確認する。

 腰まであるストレートの黒髪で、明らかに自分が可愛いという武器を自覚している系の、クラスカーストトップに降臨する能天気少女、渡巻 紗綾音だ。

 彼女はいつも明るく元気に、おはよーだよタケちゃんセンセ、と挨拶を返してくれるのだが、今日は静かだ。学年末試験当日だから、流石に緊張しているのだろうか。

 そう思って紗綾音を確認すると、むすっ、と何故か不機嫌そうな表情で机に頬杖をついている。

 おや、機嫌が悪そうだ。

 そんな日もあるか、と教師は紗綾音の様子を観察しつつ、教壇の前に立ち、今日からテストであることや今週末には公立の志望高校への出願があるという連絡事項を伝えていく。

 教室は静かだ。

 基本的に、このクラスは静かなことが多い。

 それは大人しい生徒が多いという意味ではない。

 

「さて、もう中学生活も残り1か月ないからな、最後まで気を引き締めろよ。今日からのテストも、内申点にギリギリ加味されるからな」

 

 喋りつつ、教師は本日のメインターゲットである生徒を盗み見る。

 秋水だ。

 デカく、ゴツく、怖い人相。

 目立つ容姿をしている秋水はクラスメイトから怯えられており、その場にいるだけで教室を静かにしてしまう。そういう迫力が、彼からは滲み出ている。

 そんな秋水は、いつもと変わった様子はない。

 背筋をまっすぐにし、胸を張りながら黙って座り、教師の方をまっすぐに見ている。

 昨日、警察に補導されたというのに、恐ろしいほどにいつも通りだ。

 それは、悲しいな。

 そう思いつつ、教師は連絡事項を伝え終わり、言葉を締める。

 そして、教室から退室する前に伝えなくてはいけない言葉を、ようやく最後に口にした。

 

「あー……棟区」

 

「はい」

 

 少し言葉を濁しながらも秋水を呼べば、彼はすぐに返事をしてくれた。腹の底に響く、見事な重低音の声である。

 んー、と教師は軽く喉を鳴らす。

 

「その、今日の放課後なんだが、ちょっと時間あるか?」

 

 尋ねはしたが、ほとんど強制だ。

 生徒指導の教員と、なんなら教頭の時間まで押さえているので、秋水は引っ張ってでも連れて行かなければならない。

 そういう事はしたくはないが、秋水はまあ、大丈夫だろう。

 秋水自身もなんの用事で呼ばれたのかを理解しているのか、教師の問いかけに大きく頷いて。 

 

 

 

「ふーんだっ! 秋水くんは、タケちゃんセンセとかに盛大に怒られちゃえばいーんだよ!」

 

 

 

 秋水の返事よりも早く、トゲトゲした言葉が教室に響いた。

 見るからにして絶賛拗ね拗ねモードでご機嫌が急勾配、渡巻さん家の紗綾音さんである。

 机に頬杖をついたまま、唇を尖らせ、むすっとしたまま愚痴を零すかのような紗綾音の台詞に、教師の目が丸くなる。

 そしてついでに、教室にいた生徒の数人が、盛大に噴き出した。

 

「あー……まあ、それは呼び出されるよね。ご愁傷様」

 

「ちげぇねぇ。あんだけ心配させたんだから、きっちり絞られてこいよ」

 

 苦笑しながら秋水に声を掛けたのは、日比野 道。

 笑いを堪えきれずに噴き出した1人、覚王山 未来。

 秋水に対して、なんとも軽いノリで喋り掛けていた。

 

「……参りましたね。昨日から槍玉に挙げられてばかりです」

 

「おー、意外と愛されてるー」

 

「そうでしょうかね……先生、放課後は職員室に向かえばよろしいですか? それとも、生徒指導室の方がよろしいですか?」

 

 頭をポリポリ掻きながら苦笑した後、姿勢を正して秋水は教師に尋ねてくる。

 ぽかん、と口を半開きにして、教師の方はすぐに言葉が返せなかった。

 秋水をからかうように茶化していたのは、鶴舞 美々。

 教師はぐるりと教室の様子を見る。

 半分くらいの生徒が、何故か笑っていた。

 秋水の方を胡乱な目で警戒している生徒も数人いるが、それでも教室の雰囲気は悪くない。

 悪くないのだ。

 見た目だけならトップクラスに怖い、秋水がいるにも拘わらず。

 それどころか、女子が秋水を茶化している。

 その状況は、去年まで、ついぞ1ヶ月と少し前まで、絶対になかった雰囲気である。

 

「先生?」

 

「あ、いや、すまん棟区。そうだな、帰りのホームルームが終わったら、そのまま俺について来てもらってもいいか?」

 

 言葉を続けられなかったのを不思議に思ったのか、呼びかけてきてくれた秋水の声にはたと教師は我に返る。

 いけないいけない。教室の不思議な雰囲気に、注意が散ってしまった。

 すぐに秋水へと言葉を継げると、秋水は再び大きく肯いた。

 

「はい、かしこまりました。補導された件でよろしいですか?」

 

「ちょ」

 

 明言しなかったことを、さも当然のように尋ねてきやがった。

 そうだけど。

 それ以外にもあるけれど。

 他の生徒がいる前で、平然と口にして良い言葉じゃないだろう。

 事情を知らなかった子達が不安がるかもしれない、と再び教師は教室を見渡した。

 

 不思議と、動揺が広がった様子は、ない。

 

 ある者は笑って。

 ある者は肯いて。

 ある者は呆れて。

 むしろ、ですよねー、という納得の雰囲気さえ広がっている。

 そんな中、むすーっとしていた紗綾音が頬杖を解いて顔を上げ、ゆっくりと秋水の方を向いた。

 

 

 

「え、棟区くん、補導されちゃった以外に、タケちゃんセンセに呼び出される身に覚えがあるの?」

 

 

 

 半目になって、じとーっと秋水を睨みながら、紗綾音が平坦な声で秋水へと質問を飛ばした。

 秋水は真っ直ぐに教師の方を見ながら、全く表情を変えることなくそろりと両手を上げる。

 降参のポーズだ。

 

「……無実です」

 

「いや絶対なんか心当たりある感じじゃんそれ!? 変な時間に出歩いちゃった以外になにやらかしちゃったの棟区くん!?」

 

「落ち着け紗綾音」

 

 ばんっ、と机を叩いて吠えながら立ち上がる紗綾音へ冷静にツッコミを入れたのは、紗綾音の親友である沙夜であった。

 しかし、沙夜も別に秋水の味方をしているわけではないようで、彼女もまた半眼になり、じろり、と秋水を睨むのである。

 

「おい棟区、お前逃げるなよ? 先生に怒られた後、ちゃんと紗綾音の機嫌取れよ? 私に投げるなよ?」

 

「はい、善処します」

 

「善処じゃなくて、やれっつってんだよ」

 

 教室の所々から笑いが漏れた。

 秋水がボケをカマしたかのような雰囲気だ。

 困ったな、というように秋水が再びポリポリと頭を掻く。

 全員が全員ではないが、担任教師の知らぬ間に、秋水が随分とクラスに溶け込んでいる。

 普通に喋っている。

 喋りかけられている。

 ただそこにいるだけで周りを萎縮させていた、去年までのような雰囲気は、ない。

 

「……お前ら、棟区の事情を知ってる、感じなのか?」

 

 教師はそんな様子に目を点にしながら、誰に対してではなく、教室全体に対して尋ねてしまった。

 秋水の口から、補導、という言葉が出たが、生徒達は動じた様子がない。

 それどころか、紗綾音は「変な時間に出歩いちゃった」と言っていた。それは正に秋水が補導された内容である。

 ということは、クラス全体に情報が拡散されている、ということだ。

 教師陣営からはなにも言っていない、ハズである。裏切り者がいなければ。

 では、誰が情報を拡散したのか。

 警察に補導されたなんて、かなりデリケートな話題のはずなのに。

 教師がそう考えていると、す、と1人の生徒が悪びれた様子もなく手を上げた。

 女子生徒だ。

 元バスケ部のキャプテン、御器所 蜜柑である。

 

「いや、昨日ちょっと、職員室で騒いでるタケちゃんの言葉聞いちゃって、みんなにバラしちゃった」

 

 ぶっ、と教師が噴いた。

 昨日は日曜日だぞ。

 なんで職員室での会話を盗み聞きしてるんだコイツ。

 夜間外出で補導された秋水以上に、とんでもない問題児じゃないか。

 

「ちょ、情報リテラシーってのがないのか御器所!?」

 

「だってあんだけ騒いでたら聞こえちゃうじゃーん!」

 

「大事な個人の情報を拡散するんじゃねぇよ! 一歩間違えたらイジメになるんだからなそれ!?」

 

「イジメ!? 違う違う! 秋水大先生のこと愛してる愛してる! 大好き大好き! ちゅっちゅちゅっちゅ!」

 

「うわキモ」

 

「女の子に対してなんてこと言うんだタケちゃん!?」

 

 思わず素で返してしまった教師に、机を叩いて蜜柑がキれるが、キれたいのは教師の方である。

 こんな学年末試験の直前も直前に、なんて問題を起こすんだコイツらは。

 教壇の前で教師は頭を抱える。

 それを無視して蜜柑は振り返り、秋水の方へと顔を向けた。

 

「秋水ごめーんっ!」

 

「はい、謝罪を承りました」

 

「ほら許された!」

 

「そうか、良かったな御器所。お前も放課後にちょっと来い」

 

「なんでっ!?」

 

 たぶんこれ、補導された事実をちゃんと受け止め、きちんと話を聞いてくれる秋水よりも、無自覚で他者のデリケートな情報をクラス中に拡散させた蜜柑の方を優先して説教せねばいけない状況である。

 でも、両親と妹を亡くして傷ついているであろう秋水の、カウンセリングを後回しにするわけにもいかない。

 しかし、今回は秋水があまり気にしていない様子なので良かったとしても、時と場合によっては重大な問題を引き起こしかねないことをしでかした蜜柑の方が、確実に問題児である。

 だが、生徒の心のケアより優先するべきかと問われると、うーん。

 

「……棟区、放課後は俺と話し合いをしよう」

 

「はい、かしこまりました」

 

「御器所、お前、生徒指導室な」

 

「嘘でしょ!? 私の方がキツく怒られる感じなの!?」

 

 そうだよ。

 とりあえず蜜柑の方を、生徒指導室の先生に投げることを決めた教師の判断に、蜜柑は涙目になって訴える。

 だが残当。

 あーあ。

 そりゃそうだよね。

 教室のあちらこちらから呆れたような声が上がった。

 

 そんな中、秋水はほんのりと苦笑いを浮かべていた。

 

 いつもの無表情じゃない。

 いつもの仮面じゃない。

 僅かに浮かんだその苦笑を見て、場違いながら、教師はほっと胸を撫で下ろした。

 ああ、うん。

 よかったな。

 よかった。

 やっと表情を、崩すことができたんだな。

 教室の様子を見渡して、教師はそう思ってしまった。

 

 

 





 すねっこチワワ。

 ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
 第6章はこれにて終演です。
 5章と6章で、秋水くん周りの人間関係がだいぶ激変しましたね。良い意味で、悪い意味で。
 第7章では新元素関連のお話と、魔法使いについてを予定しています。

 次回の更新はざっくりとした登場人物の紹介だけで、1週間程休みを頂き、刃物祭りを満喫した後に第7章を開演いたします。
 それでは、これからもお願いします。
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