ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

209 / 267
※法令・部署名の一部は本作世界準拠のフィクションです。実在の政府関係者とは全くの無関係です。
※秋水くん周りとはストーリージャンルが極端に違います。
※「?」という方は、あとがきの方であらすじを載せているので、そちらを参考にどうぞ。



202『裏の戦い:政府交渉①』

 

 経済産業省の代表が、分厚い資料を机に叩きつけるように置いた。

 

「……話になりませんね」

 

 その声に含まれた冷えた棘が、会議室の空気を一段と重くする。

 弁護士、峰岸 鉄臣は背中に冷たい汗を感じながら、手元の資料に視線を落とした。胃の奥で小さく鈍い痛みが広がる。

 やはり、ホテル会議室なんて、慣れない場所は苦手だ。

 柔らかすぎる椅子に腰を預けながらも、背筋は自然と固くなる。高級感のある調度品も、ここでは威圧の一部にしか思えない。

 深いワインレッドの絨毯は厚く、靴底が沈む感触がやけに静かだ。壁には金色の縁取りが施されたパネル、長机の中央には光を反射するガラス製の水差しと整列したグラス。窓は厚手のカーテンで覆われ、外の喧騒も陽光も遮られている。

 東京からやってきた政府側の一団は、既に机上を資料で埋め尽くし、低い声で短くやり取りを交わしている。

 金属製のペンが走る音、時計の針が進む音。そのわずかな音すら耳につくほど、室内は張り詰めていた。

 ここはとある駅直結の高層ホテル、三十階の特別会議室。

 鉄臣が弁護士事務所を構えている地元ではない。

 地元は地元で愛着があるのだが、残念ながら、あそこは田舎に分類される地域である。

 なにせ東京からのアクセスが悪い。新幹線で近くの大都市に来て、そこから在来線や車での移動をさせねばならないのだ。役人側の時間コストが高すぎるのである。

 省庁職員は日帰り出張前提で動くことが多いので、片道に3時間以上かかる移動は嫌う傾向にあることを踏まえたら、地元で交渉会議をするのは現実的ではない。

 なので、鉄臣は現在、地元から南隣の県、その政令指定都市に来ていた。

 ここならば東京から新幹線で1本でアクセスでき、駅前には国の出先機関や商工会議所、ホテル会議室が揃っている。

 鉄臣達からしても、地元より車で1時間ほどで辿り着けるので、互いに落ち合うには丁度良い場所であった。

 まあ、表向きの話だが。

 交渉会議の場所を指定したのは、鉄臣達の依頼人、棟区 鎬だ。

 正直なところ、「そこまでだったら出向いてあげる」 という態度の譲歩が、見て取れる。

 相手を呼びつけるというのは、政治的にはかなり強いカードであり、よほど相手が格上でないと成立しない。ただの一般人である鎬と一介の弁護士でしかない鉄臣達ならば、本来であればこちらから東京の霞が関に出向くのが筋である。

 それを、中間地点にまで政府関係者を呼びつけたのだ。

 しかも中間地点とは言うが、距離的なことを考えれば東京側の方が明らかに遠い。

 譲歩している態度ではあるが、実際には全く譲歩らしいことはしていない。

 そのように鉄臣は認識している。

 そして、鉄臣がそれを認識できているということは、呼びつけられた側である政府関係者は当然感じていることであろう、ので。

 

 

 

「出所は不明。供給ルートは秘匿。国内の研究機関よりも、海外の機関に優先的に販売している。価格は言い値。そして、その売上の一部を、正当な利益として保障せよと?」

 

 

 

 経産省代表の鋭い視線が、鉄臣達3人を順番に刺すように向けられた。

 明らかに機嫌が悪い。

 そりゃそうだ。怒り出してないだけマシだと思う。いや、もう怒ってるか。

 居心地の悪さをひしひし感じつつ、鉄臣は胃の痛みを堪える。

 

「我々は、交渉の場に招かれたものと理解していましたが、提示されたのは “要求” だけです。これはもはや、通告ですらありません」

 

 経産省代表の言葉は棘だらけだが、言いたくなる気持ちはよく分かる。

 実際に政府関係者を呼びつけて、言ってることが無茶苦茶だというのは鉄臣自身も思っていることだからだ。

 鉄臣は静かに他の面々の顔を見た。

 

 交渉主導を担当する半ギレの彼は、経済産業省の産業技術課係長。

 

 同じく経済産業省から法務担当。ぶっちゃけ弁護士の天敵だ。

 

 未知の新元素とかいう話なので、文部科学省からは研究振興課課長補佐。

 

 何故かいるのは、警察庁からは科学警察研究所研究官。

 

 そしてトドメは、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局から調整官である。

 

 いやもう、正直に言おう。

 なんで役職を持っている人間が普通に来ているんだ?

 政府関係者とはいえど、片田舎の一般人相手の交渉会議である。

 もっと下っ端の人間が来る可能性が高いと思っていた。来るとしても、現場の上の方、ギリギリ決定権限までは持っていない職員が来るものだと踏んでいたのだ。

 しかも5人。

 初っ端から本腰で来てる。

 

「あなた方が取り扱っているアンクレットとやらに、未発見の元素が含まれている可能性があることは、我々も文科省からの報告により確認しております」

 

 交渉主導役の経産省代表の言葉に、文科省の男が大きくうなずく。

 

「ですが、その発見された物質の “正確な情報” が一切共有されていない以上、それが本当に新元素であるかどうかすら、現時点では政府として公式に認定できない状況にあります。科学技術の観点からも、外交・安全保障・経済の観点からも、我が国がその出所と流通を把握していない状況は看過できません」

 

 硬い声のまま、机に置いた資料をコツコツと指で叩く。苛立ちが透けて見えるようだ。

 右隣に座っている相方、新人弁護士の鋒山 志穂も向こうに同調しているのか、ですよね、といった表情である。

 そして左隣にいる棟区 鎬は、相も変わらずの無表情であり、緊張など欠片にも感じられないほどにクールな様子であった。

 こちらは3人。

 一般人1人と、弁護士2人。

 それに対して向こうは5人。

 圧力をかけられているな、と察しつつ、鉄臣は経産省の男の言葉をじっと聞く。

 

「あなた方が現在行っている行為は、国際的に見れば“資源の秘密裏な独占販売”であり、情報の意図的隠蔽です。それは明確に国益を損なう行為であると、我々は判断しています。しかも、その流通経路や製造元が不明なまま、“商品”として民間に出回っている。これは、極めて異常な事態です」

 

 こちらを、というか、鉄臣をまっすぐ睨みながら、経産省の代表が告げた。

 どうやら向こうは、交渉担当を鉄臣だと思っているらしい。正解である。両隣は20代の女性であることから消去法での推測かもしれないが。

 腹をこっそり撫でながら、鉄臣は静かに頷いた。胃が痛い。

 経産省代表の言葉には苛立ちが含まれているものの、言っている内容自体は理にかなっているものである。

 

・あのアンクレットの中に、新しい物質が入ってるかもしれないってのは知ってる。

 

・でも、“何からできてるのか”とか“どこで作られたのか”とか、国がちゃんと分かってないのは我慢ならねぇ。

 

・しかも君達はそれを秘密にしたまま勝手に売ってて、しかも外国にも流してる。

 

・国から見たら、それは大事なものをこっそり独り占めしてるようなもんで、ほっといたらみんなに悪い影響が出る。

 

・しかも作った場所もルートもわからないまま、普通の商品みたいに出回ってる。正直、マジふざけんなって状況なのよ。分かる?

 

 そりゃ怒るだろうな。

 こうも言葉で並べられると、今更ながらに鎬はヤバい橋を渡っているのが分かってしまう。

 そして、それを弁護しようとしている自分が、どれだけ不利な交渉をしようとしているのかも思い知らされる。

 

「……正直に申し上げて、あなた方がここまで無防備に、そして“国家”というものを軽んじて動いていることに驚きを隠せません」

 

 ご安心ください、私も驚きを隠せませんでした。

 思わず鉄臣は心の中だけで同調してしまう。右隣にいる志穂に至っては、普通に頷いていた。どっちの味方なんだキミ。

 

「あなた方は、もはやただの質屋ではありません。未発見の元素を含んだ高精度金属を国外に販売する、国家級の資源提供者であり、それも政府の管理下にないという、きわめてリスキーな存在です。これ以上、任意の取引関係で済むとお考えなら――」

 

 経産省代表は一度ため息をついてから、冷えた声で言う。

 そして、わざとゆっくり、次の一手を口にした。

 

 

 

「――国家の重要資源管理法、技術保護関連法、外為法、租税法、経済安全保障推進法、そして警察権の行使対象としての検討を、正式に始めざるを得ません」

 

 

 

「……警察権の行使?」

 

 真っ先に反応したのは、志穂であった。

 他の5つの法を聞いている間は、すん、と澄ました表情だったにもかかわらず、警察権の行使を聞いた途端に顔色が変わる。

 志穂の呟きには、すでに火がついているようだった。

 沸点が低い。

 アンド、早い早い。

 

「志穂さん、ここは――」

 

 その横で鉄臣が手を伸ばし、静かに志穂を制する。

 まだだ。タイミングではない。

 空気が冷たく沈黙したのは、一瞬。

 そこに、次の矢が飛んできた。

 

「出所不明の高純度金属が、特定の民間店舗を通じて国外に流出している。もしこれが、敵対的国家やテロ組織に渡ったとしたら、どう責任を取るつもりですか?」

 

 経産省代表の詰問は、まだ終わっていない様子だ。

 彼は机上の資料を軽く叩く。

 志穂の拳が、その膝の上で握り締められたのを鉄臣は確認する。どうやら堪えてくれたみたいだ。

 

「経済産業省には産業技術の保護と輸出管理の重大な責任があります。民間企業がこれを回避する動きがあれば、当然、調査権限の行使を検討せざるを得ません」

 

 調査権限と聞こえた瞬間、ちっ、と志穂から小さく舌打ちが聞こえた。

 背筋が冷える。ついでに胃がしくしくする。

 頼むから、まだキレないでくれ。明らかに志穂が最も嫌いとする状況なのは理解しているが、鉄臣は心の中でそう祈った。

 その経産省代表の言葉にかぶせるように、文科省の中年男性が声を重ねる。

 

「しかも、この金属、日本国内の大学や公的研究機関にはほとんど提供されていないそうですね。なのに、某国の大学へはすでに複数回、売却済みであると資料にありますね? なぜでしょうか? 民間で独占するには、あまりにも倫理が欠如していますよ」

 

 怒りではない。呆れとも皮肉とも取れる冷ややかさが、その声音には滲んでいた。

 海外には積極的に流出させてるのに、国内にはほとんど流れてないのは何でだ?

 文科省の男性が言いたいのは、そういうことだ。

 ちらり、と鉄臣は左隣にいる鎬を確認する。

 会議室に入ってから、彼女は一言も言葉を発していない。

 こちらの交渉の邪魔をしないように、大人しくしてくれている、のだろうか。

 それはそれで、安心なような、どこか薄ら怖いような感じがする。

 

「科学の基本は公開性と再現性。出所すら明かせない素材を、商業的に秘匿し流通させるなど、民間の手に余る話でしょう」

 

 文科省の男性が話を切ると、被せ気味にその横から静かな声が挟まる。

 経産省の補佐として同席している法務担当官だ。

 

「現状、報告された売上や輸出品目において、明確な申告や許可手続きが存在しないまま、海外取引が進められています。外為法上、違反の可能性があります。また、納税処理に不備があれば、脱税行為に該当します。その場合、もはや協議ではなく“摘発”が先となるでしょう」

 

 弁護士相手に税務の話。

 法務担当官の口調は冷静だが、内容は鋭い。

 税理士ではないから税務関係の話には隙があると思ったのだろう。

 お生憎様だが、都会の大手事務所とは違い、田舎の個人弁護士事務所というのは、税務の仕事もバリバリしているのである。しなくてはならない、の間違いかもしれないが。

 

「仮にこれを放置すれば、輸出管理違反として国際的な制裁対象となる可能性もあります。そうなれば、民間企業であっても取引停止や資産凍結が現実のリスクとなります」

 

 淡々と法務担当官は言い終わると、テーブルの上の分厚いファイルが静かに開かれる。

 向こう側が用意している資料だ。

 そして、ここで内閣府調整官の男性官僚が、あくまで穏やかに、しかし威圧的な笑みを湛えて口を開いた。

 

「誤解なきよう申し上げますが、この場は、あくまで円満な協議のために設けられた場です」

 

 穏やかな笑顔だ。

 ただ、圧がある。

 一応は中立の立場で、双方に円滑な話し合いをするよう調整する役目として同席しているのであるが、彼がどちらに肩入れしているかは一目瞭然と言ったところだろう。

 

「ですが、ご協力をいただけない場合、政府として、対応方針そのものを再検討する必要が生じます」

 

 調整官と言っても、内閣府の人間、ということか。

 脅しが含まれたその言葉に、志穂がピクリと反応するも、それに先んじて鉄臣は片手で牽制する。

 

 

 

『今月中に話が纏まらないのなら、そんな交渉になってる時点で、日本政府は最初から敵に回っているわね』

 

 

 

 ふと、鎬の言葉が蘇る。

 なるほど。

 これは確かに、こちらが折れない限りは今月中に話が纏まりそうもない雰囲気だ。

 最初から敵、というのは、あながち間違った発言ではなかったということか。

 調整官の裏がある笑みを見てから、鉄臣はその調整官の隣に座る青年の顔を見た。

 警察庁科学警察研究所の職員と紹介された青年は、こちらを一度も見ることなく、資料を読み続けていた。

 黙ったまま、ペン先で何かを書き込み、ページをめくる。何度も。

 その沈黙が、逆にプレッシャーになっていた。

 まるで今ここで、観察している、とでもいうように。

 調整官の言葉を最後に、政府側の詰問が一瞬途切れた。

 こちらにターンを渡してくれたようである。もしくは、余裕の表れか。

 まるで攻め手の連携は、軍事作戦のようだった。

 言葉のラリー。役人達の順番。責任分担。重なりのない主張。鋭いロジック。

 

 鉄臣は背中を汗が伝うのを感じながら、書類を握る手に力が入る。

 

 志穂の両拳は、膝の上で小刻みに震えていた。

 

 そして、隣に座る鎬だけが、まるで “他人事” のように、表情一つ変えず、口を閉ざしていた。

 

 空気は完全に政府側の掌の上。

 テーブルの上に積み重ねられた論理と書類の山。

 そのどれもが、鎬たちの要求を、非現実的、と切り捨てるための材料だ。

 鉄臣は、静かに資料に目を落とす。

 深呼吸。

 その腹の奥で、地味な痛みがじわりと湧いていた。

 さて、始めよう。

 仕事だ。

 

 

 

「ご指摘の通り、本件には極めて重要な論点が複数存在します」

 

 

 

 鉄臣の声は、慎重でありながら、怯えはなかった。

 一拍、資料をめくる指が止まり、目線をまっすぐ経産省代表に向ける。

 

「まず、出所不明、という表現についてですが、我々はあくまで “出所非公開” を主張しています。不明、ではありません。出所に関しては依頼人の安全確保が最優先です。現状、明かすことは二次的被害を招くリスクが高い。これを無視して強制調査を行えば、国際的にも市民の安全より国家利益を優先した、と批判されかねません」

 

 まず、経産省代表の発言を辿り、順に説明をする。

 最初は、出所不明の高純度金属が特定の民間店舗を通じて国外に流出している、という点。

 ただ、いきなり苦しい言い訳スタートである。

 

「次に、テロリストへの流出懸念についてですが、依頼人は現時点で管理体制を厳格に敷いており、流通経路も大学・研究機関・特許関連企業のみが含まれており、国家安全保障上のリスクと認定されるものは現時点で確認されておりません。むしろ政府側の関与が増えれば関係者が増え、情報漏洩のリスクは跳ね上がるでしょう」

 

 これもまた、苦しいのは自覚している。

 胃の奥が、ぐう、と小さく呻いた。

 隣の志穂が、視線だけで鉄臣の腹を見たのを感じる。

 が、構わず続きを言う。

 

「さらに、調査権の行使についてですが、私の理解では、それは “相当の疑義” がある場合に初めて発動されるものであって、現時点でそこに至る根拠は少々、薄弱ではありませんか?」

 

 言外に、「調査権の行使という言葉がただのブラフなのは知っている」という意味を含ませた。弁護士相手にその程度のハッタリが通用すると思われては困る。

 それから鉄臣は、視線を文科省の男性へと向ける。

 文部科学省側からは、国内に流通していない点を突いていた。

 

「文科省のご懸念は理解できます。しかし、国内研究機関に渡していない、という点については、単純に商談が成立していないからに過ぎません」

 

 文科省の男性が半眼になった。

 気持ちは分かる。

 鉄臣の言った言葉は、オークションで競り負ける資金力しかない奴が悪い、と言っているようなものだからだ。

 それを理解してなお、鉄臣は言葉を続ける。

 

「倫理的な問題に関しては、それは価値観の相違です。ですが、依頼人は無制限な利益追求をしているわけではなく、用途の選定にも慎重さを欠いてはいません。また、例えば企業が特許技術を独占するケースは多数存在します。科学者の理想と市場の現実は、時に乖離するものです。まして、法的に供給義務が存在しない状況下では、提供しないこと、を不道徳と断ずるのは、幾分強引かと」

 

 要するに、「そちらの倫理を一方的に押し付けないでいただきたい」という話である。

 半眼のまま沈黙する文科省の男性から、続いて法務担当官へと視線を移す。

 外国為替及び外国貿易法(外為法)上の違反、脱税行為、輸出管理違反。

 ある意味、ここが一番の鬼門だ。

 

「外為法の適用には、安全保障上の具体的懸念、が必要であり、現状それは立証されていないと理解しています。また、税制についても、申告済の収入はすでに管轄の税務署に届け出ており、現段階では、疑念の提示、に留まるものであると理解しています。摘発が先、という表現は少々、先走りが過ぎませんか?」

 

 言いながら、根拠が弱い、と鉄臣は自分自身で感じてしまう。

 理解している、というのは、弁護士としてはかなり防御的な言い回しだからだ。

 そして、そうと言わざるを得ないのもまた、理解している。

 反論した3点については、政府がその気になれば、いくらでも吹っ掛けることができるからだ。

 

「確かに国際的な視点は重要です。しかし、依頼人は現時点で各国の法令を遵守する形で輸出を行っており、制裁対象となる事由は存在しません……と、私どもは認識しております」

 

 鉄臣は軽く胃の辺りを押さえる。

 文科省の男性は、不満そうながらも表情が崩れた。

 だが、法務担当官の表情は一切変わらない。冷静に、真面目に、澄ました顔のままである。

 反論の根拠が弱い、というのは鉄臣自身が自覚をしていた。それは当然、向こうも察していることであろう。

 その法務担当官から、最後に内閣府の調整官へと顔を向ける。

 

「既に当該店舗周辺で不審な聞き込みが複数確認されており、関係者の安全確保が喫緊です……最後に申し上げますが、我々も本件が “円満な協議” であるべきと考えています。ですが、先ほどからのご発言には、協議の仮面をかぶった通告が散見される」

 

 穏やかな笑顔のまま、調整官が一度頷いた。

 芝居がかっている。役者から指導でも受けているのだろうか。

 

「これでは、信頼関係の構築も困難となるでしょう。この交渉は敵対関係を作る場ではないはずです。こちらは協力の意思を持って臨んでいます。脅しではなく、建設的な議論をお願いしたい」

 

 沈黙が落ちる。

 鉄臣は静かに背筋を正し、腹を押さえる。

 胃薬が必要そうだ。あまり薬に頼るのはどうかと思いますが、という小言を、また志穂から頂戴することになりそうである。

 ちらりと隣を確認する。

 志穂は、まだ何も言わない。

 鉄臣は視線を再び調整官へと戻す。

 

「繰り返し申し上げます。出所秘匿は、第三者の不当な干渉や危険を防ぐための当然の措置です。現時点でその情報を開示する合理的理由は認められません。また、安全確保は国家機関の独占権ではなく、民間も契約に基づいて実行できます。利益の配分も、供給者の正当な権利として交渉の余地があるはずです」

 

 淡々と論理を積み上げる。

 ここは感情に訴える場面ではない。

 なにせ、結構無茶を言っている自覚はあるからだ。

 そんな鉄臣の反論を受け、政府サイドの空気は一時的に沈黙する。

 ただ、それは撤退の気配ではない。

 むしろ、次なる一手を整えた、構えの時間だった。

 

「ご説明ありがとうございます。ですが、本件における重要性、及び国家としての対応方針は変わりません」

 

 少しして、経産省代表が前に出た。

 その手には、すでに用意されていた文書。

 中段には、大きく太字でこうあった。

 

 

 

《政府としての要請事項》

 

 

 

「我々政府としては、以下の4点を要請いたします」

 

 そして、経産省代表は淡々とその文章を読み上げる。

 

 

 

① 全品サンプル提出の義務化

 

「まず、これまでに販売された全ての個体と、現在保有されているアンクレットについて、サンプル提供をお願いします。これには非公開で保有している分も含みます」

 

② 交渉終了までの販売停止

 

「交渉中における流通は混乱を招きます。よって、取り扱い製品すべての売買活動を、一時的に停止していただきます」

 

③ 出所情報の開示

 

「出所に関する情報について、政府主導の調査と照会が必要です。質屋や取扱業者の調査協力も含みます」

 

④ 今後の管理は政府との共同管理

 

「当該製品に関しては、今後政府が共同管理を行う形を取ります。これは科学的、経済的、そして安全保障的な観点から必須です」

 

 

 

 表情は冷静。

 淡々と読み上げる声に、わずかに硬さが混じる。

 すでに用意されていた文章。

 つまり対応方針は、変わらない、ではなく、変える気がない、と。

 しかも、こちら側の請求は全て突っぱね、突きつけてきたのは想定通りの妥当な要請ラインだ。

 

「……繰り返しますが、これは“要請”です」

 

 政府側の態度が想定以上に硬く、そして交渉に非協力的な雰囲気にどうしたものかと思っていると、経産省代表が手にしていた書面から顔を上げ、再び口を開いた。

 その口調は、わずかに冷たい。

 

「もっとも、今後、協力的な姿勢が見られない場合、該当商品の流通に関係している第三者……例えば、販売ルートの業者や協力機関への調査、営業停止命令も視野に入れざるを得ません。これ以上、問題が拡大することは、我々としても避けたい」

 

 淡々と口にしながら、経産省代表はつかつかと鉄臣の前に歩み寄り、テーブルの上に書面を置いた。

 政府としての要請事項。

 要請、ね。

 どの口がそれを言うのか。

 

「ですが、関係者の責任が問われる事態となれば――あなた方の周囲にまで、問題が波及することになりますが、よろしいですね?」

 

 机の下で、志穂の手がピクリと動く。

 鎬が視線だけをわずかに動かし、まるで他人事のような薄い笑みを浮かべた。

 別の役人、内閣府の調整官が、少し柔らかい声色で続ける。

 

「もっと建設的に考えていただきたいのです。ここで誠意ある協力的な態度を示していただければ、政府としてあなたの立場を保護しますし、商業的にも支援や認可手続きといった優遇措置を検討しましょう」

 

 誠意を見せれば保護と優遇。

 実に分かり易い、飴だ。

 毒蜜の、飴だ。

 そして飴を見せたなら、次に見せるのは。

 

「逆に言えば、非協力的な立場を貫くのであれば……政府としても保護の必要性を再検討せざるを得ない。その時、あなた方が “国にとってどのような立場” にあるか、想像に難くないはずです」

 

 言い切って、微笑む。

 声の温度は氷点下だ。

 典型的な飴と鞭。

 弱い立場を囲い込み、締め上げる手順である。

 なるほど。

 

 

 

 頼れる新人相棒を、連れてきた甲斐があったというものだ。

 

 

 

「――ふざけないでくださいッ!!」

 

 会議室に、志穂の怒声が響き渡った。

 

 

 

 





♪あらすじ♪

経産省「国の管理外で新しい物質とかいう意味も安全性も分からんヤベェ金属を勝手に売るとかガチめにふざけんなって状況で激オコなのよ。法律で止めるぞワレ。あと、入手情報伏せるとか舐め腐るのも大概にせいよワレェ」
文科省「日本の研究所に出さず外国に売るなんて、不公平でマジ遺憾の意ー」
法務担「申告も税金も怪しいし、国際ルール違反で取引止められるかもって分かってるぅ?」
内閣府「協力しないなら、国としてやり方を変えちゃおうかなー?」

鉄臣「(必死の言い訳)」

経産省「そういうのええから、はよ物を出せ! 情報も出せ! そんで全部管理させろ! 逆らえばどうなるか分かってんのか!?」

志穂「逆らえばどうなるか具体的にこの場ではっきり言ってみろやおらああああああっ!!!!!!!!!!!!(ブチギレ)」

――――――――――――――――――――――――――――――

 鎬さんサイドの話は、もうビックリするくらいジャンルが違う(;^ω^)
 まあ、鎬さん一言も喋ってないけど。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。