ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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207『刑事だって、人の子であり親である』

 

「ただい―――」

 

「おかえりなさいだけどお父さんのばーかっ! 少なくても今日1日は大嫌いだかんねっ!!」

 

「えええっ!?」

 

 仕事が終わって帰宅した瞬間、渡巻家の大黒柱、渡巻 仁(わたりまき じん)は、玄関で待ち構えていた実の娘から罵声を浴びせられてしまった。

 可愛い娘の遅れてきた反抗期だろうか。

 今日は嫌いなのかー、と仁は腕時計を確認する。

 20時。

 あと4時間は嫌われてるんだなー。

 仁は遠い目をした。

 

「はいカバン! 今日もお疲れさまだよぷーん!」

 

 そう言いながら、紗綾音は仁のカバンを預かろうと手を伸ばす。

 嫌われてる、で、よいのだろうか。

 ちらり、と紗綾音の顔を確認する。

 怒ってます、とアピールするかのようにムクれていた。

 謎のリアクションである。

 何があったのだろうかと思っていると、ふと視線を感じた。

 顔を上げれば、妻が居間のドアから半分だけ顔を覗かせて、じとー、とした目でこちらを見ている。

 助けて。

 アイコンタクトを送った。

 すすー、と妻は居室に引っ込んでしまった。

 なるほど、孤立無援。

 

「う……うん、ただいま、紗綾音」

 

 仁は苦笑いを浮かべつつ、紗綾音にそっとカバンを渡す。

 紗綾音はそのカバンを受け取り、軽く振って仁の腰をぺちりとカバンで叩いてくる。

 まさかの家庭内暴力。紗綾音が非行に走ってしまった。

 

「紗綾音がグレちゃった……」

 

「グレーどころか今日の私はブラック紗綾音ちゃんだよ!」

 

「律歌ー、律歌たすけてー」

 

「ふっふっふっ、お姉ちゃんはテスト期間中なのにアルバイトでいないんだよ!」

 

「もーおしまいだー」

 

 ノリよく軽口を叩きながら、会話はできるんだよな、と仁は冷静に捉えた。ぷんぷんと怒っているのは間違いないけれど。

 ネクタイを緩めつつ、ぽんぽん、と紗綾音の頭を優しく叩く。

 

「うーん、ごめんな紗綾音」

 

「……私がなにに怒ってるか、ちゃんと分かってるのかな?」

 

「…………」

 

「もー! とりあえず謝っとけって態度よくないよー!」

 

 ごもっとも。

 うがー、と吠える紗綾音を見下ろしながら、仁はぽりぽりと頬を掻いた。

 

「とりあえず紗綾音、立ち話もなんだし、ソファー座るか?」

 

「いいけど、そっち行ったらお母さんも味方だかんね」

 

「立ち話にしたくなってきたなー……」

 

「ほらお父さん、立ち話もなんだし、ソファー座ろうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでお父さん、棟区くんのこと知ってたの?」

 

 スーツを脱いでソファーに座り、一息ついたその瞬間に、紗綾音の尋問が開始された。

 ことり、と仁と紗綾音の前に、妻がハーブティーを置いてくれる。ここは取調室なのだろうか。

 隣に座った紗綾音がぐいっと顔を近づけて聞いてきたので、こわーい、と戯けて言えば、きもーい、と心を抉る一言を叩き返された。悲しい。

 よし、真面目に聞こう。

 

「あら、あなた、秋水くんのこと知ってるの?」

 

「え、なんで椿こそ知ってるんだ?」

 

「お喋りしたことあるもの」

 

「交友関係が広くてびっくりだなぁ」

 

 そして、妻に出鼻を挫かれた。

 ハーブティーをテーブルに置いてくれた妻が、しれっとソファーに座って参戦している。ぴとっと紗綾音に張り付いている様子を見るに、やはり妻は紗綾音陣営だと考えて良いだろう。悲しみ。

 しかし、妻も彼のことを知っているのか。

 ふむ、と仁は考える。

 どこまで、だろうか。

 

「椿、色々と話をする前に、1つ確認をしたい」

 

「話をする相手は紗綾音よ?」

 

「だからこそ、ちゃんと聞いておかなきゃいけないことがあるんだよ」

 

 姿勢を正して前を向けば、真面目な話か、と察した妻もまた姿勢を正してくれた。

 紗綾音を挟んでソファー3人掛け。

 その紗綾音の頭を通過して話をするのは、失礼なことだと分かっている。

 分かっているが、彼の話に関しては、1つ、確実に聞いておかねばならないことがあるのだ。

 

 

 

「秋水くんのことは、ただの紗綾音のクラスメイト、という認識かな?」

 

 

 

 真っ直ぐ妻を見ながら、そんな問いをした。

 たぶん、紗綾音がブチキれている内容は、十中八九、棟区 秋水のことであろう。

 彼の様子を紗綾音に尋ねたのは、正直、大失態であった。

 いやだって、学校側がクラスメイト達に説明していないとは思っていなかった、というのは言い訳だろうか。

 確かに考えてみれば、2学期が丁度終わる時期であり、あの一家の葬式は冬休みと完全に被っていた。忌引きなどで目立った欠席もなかったのだろう。

 それに、冬休みが明けたとて、中学3年生の3学期。心理的にも非常に気を遣う時期なのは間違いない。

 だが、そうだとしても、普通は多少ボカしても説明するだろう。

 彼を気にしてあげてくれとか、落ち込んでいたら慰めてやってくれとか、色々あるだろう。

 

 彼がいじめでも受けているか、余程クラスで孤立でもしていない限り、彼の家族が全員亡くなった件を伏せる必要は、ないはずだ。

 

 だと、思う。

 思うのだが。

 だがしかし、紗綾音は知らなかった。

 彼の両親と妹が、交通事故により命を落としたことを、知らなかった。

 大失敗とはこのことか。

 痛ましいあの事故を、紗綾音が知っている、という前提に立っていた仁が完全に悪い。

 迂闊なことを聞いてしまったばかりに、紗綾音もモヤモヤが溜まってしまったんだろう。

 正直、これに関しては仁が悪い。

 全面的に悪い。

 言い訳のしようがない。

 口を滑らせたばっかりに、というやつだ。

 

 しかし、だからといって、交通事故のことを仁の口から勝手に教えるわけにもいかない。

 

 学校側がクラスメイトへ情報開示していないのは、彼の希望、という可能性があるのだ。

 彼の希望により、交通事故の事情をあえて伏せているかもしれない。

 そうであれば、仁の口から紗綾音に教えるのは、あまりにもフェアでない。

 

 そして当然、それは妻の口からも、である。

 

 彼について紗綾音と話すのならば、紗綾音の隣にいる妻が、どれくらいの事情を知っているかを把握しておかねばならない。

 これで妻の口もうっかり滑ったとなれば、2人揃って紗綾音にガチで嫌われてしまう。

 そうなったら、仁は泣く自信があった。

 

「ただのクラスメイト……」

 

 妻は、すっと視線を左上へと逸らす。

 ちょっと気マズそうな表情だ。

 これは、事情を知っているとみて、いいのだろうか。

 

「紗綾音にとっては、ただのクラスメイト……よね?」

 

 そして何故か、妻は紗綾音を見て、改めてそんな確認をした。

 なんの確認だろうか。

 そして何故、紗綾音も妻と同じく、ちょっと気マズそうな表情になるのだろうか。

 

「そ……そーだね。うん、ただの友達だよ、私は……」

 

 ビックリするほど歯切れの悪い返答である。

 なにがどうした。

 妻が紗綾音の耳元に手を当て、こそこそと内緒話を始める。

 

「……ねぇ、ちょっと紗綾音、まさか律歌のことお父さんに言う気なの?」

 

「違うよ違うよ! 私だって流石にお姉ちゃん恋愛事情暴露したりしないよ!」

 

「そ、そうよね、お父さんの心臓止まっちゃうものね」

 

「そうだよ、だからお姉ちゃんとの関係は秘密だかんね!」

 

「わ、分かったわ。お母さんに任せて」

 

 人の目の前で内緒話するのは、お父さんどうかと思うな。

 しかし渡巻家は男1人に女3人。仁に発言権はなかった。

 密談が終わったのか、妻と紗綾音が顔を上げる。

 

「そうね。秋水くんは紗綾音のクラスメイト、以上のことは特に知らないわ」

 

 そう言った妻の目を、仁はじっと見つめる。

 僅かに視線を逸らされた。

 なにかの真実を隠しているのは間違いなさそうだが、少なくともそれは、彼の家族が全て失われてしまった交通事故のような、重大な点を伏せているようなレベルには見えない。

 ふーむ、と仁は少し考えてから、1人で肯いた。

 妻を信じよう。

 自分が選んだ最高の女性なのだから。

 

「よし、それじゃあ紗綾音、なんで父さんが秋水くんのことを知っていたのか、だったね」

 

 そして仁は、なるべく落ち着いた声で紗綾音に話しかける。

 妻の淹れてくれたハーブティーを一口飲んで、あちゅい、と悶えているところであった。締まらない。

 

「ひー……そうだよ! やっと話が戻ってきた! お父さんと棟区くんって、結局はどういう知り合いさんなのかな!?」

 

 熱を逃がすように舌を出しながらハーブティーをテーブルに置いて、それから思い出したかのように紗綾音の怒りスイッチが入った。情緒不安定なお年頃なのだろう。

 興味ある、という妻の視線が紗綾音の背後から飛んでくる。

 しかし、妻も知らないのであれば、真実をそのまま言うわけには余計にいかない。

 つくづく自分はマズいこと口にしてしまった、と仁は今更ながらに後悔する。

 

「そ、そうだな……ちなみに紗綾音は、父さんと秋水くんが知り合いだったら、なにか不都合がある感じか?」

 

「お父さん、話逸らそうとしてない?」

 

「ぎくー。見事な図星ー」

 

 クッションを挟むように尋ねてみれば、じとーっとした視線を向けながら紗綾音が釘を刺してきた。

 鋭いじゃないか。流石刑事の娘、と自画自賛したくなる。それで今、自分の首が絞まっているわけだが。

 

「普通の知り合いさんだったら、なんにも言わないよ。お父さんの通ってるジムとかでお友達になったのかなー、とか思うもん」

 

「ああ、そう言えば彼、凄い鍛え上げた筋肉だったな。父さんじゃ太刀打ちできそうにないくらいだ」

 

 記憶の中の彼を思い出す。

 確かに、長く厳しい筋トレを続けてきたことを、無言ながらに如実に語る、そんな肉体をしていた。

 ただ、仁が彼に会ったときは、当然ながら、彼は酷く落ち込んでおり、憔悴していたときである。

 娘と同じ年の少年が、両親と妹を一度に失うという悲惨な目に遭っている。そんな前情報で会っていたので、自分よりも逞しく鍛え上げられた肉体をしているというのにも拘わらず、仁の記憶では彼はなんだか小さく見えていた。

 そうだったなぁ、と少しだけ懐かしんだ。

 2ヶ月も経っていないというのに。

 

「でもお父さん、棟区くんとは、お仕事の関係での知り合い、なんだよね?」

 

 少しだけしんみりしてしまった仁に対し、紗綾音が切り込んできた。

 まあ、気になるよね。

 中途半端な尋ね方してしまったから、余計に気になるだろう。

 とは言えど、真実を仁の口から言うわけにもいかない。

 

「……まあ、そうだな。秋水くんとは少し、仕事で関わった感じだね」

 

「どんなお仕事の内容?」

 

「言えない」

 

 きっぱりと仁は言い切った。

 紗綾音の目が、す、と細くなる。

 心苦しい。いや、事情を知っていると勝手に決めつけ、口を滑らせたのが全面的に悪いので、自業自得なのだけど。

 

「ちょっと事情があって、父さんの口からそれを言うことはできない。ごめんな」

 

 膝に手を当てて、仁は素直に頭を下げた。

 正直、なんで紗綾音が怒っているのかは、あまり理解はできていない。

 自分と彼が仕事上で知り合っていることで、紗綾音になんの不利益があったのかは分からない。

 だが、自分が口を滑らせたことで紗綾音が怒っているのは間違いない。

 そして、その自分の口から、これ以上の情報を打ち明けるわけにもいかない。

 故に仁は、頭を下げる他になかった。

 むー、と紗綾音が不満そうな声を上げたのが聞こえる。

 

「……それってつまり、棟区くんは、あんまり人に喋れないようなことがある、って意味だよね」

 

 鋭い。

 頭を下げたまま苦笑いが浮かんでしまう。

 その通りだ。

 交通事故で身内が死んだ話など、そんな簡単に喋れる内容ではない。

 

「……あの、お父さん、言えないんだったら言えないでいいから、もう1個聞いていい?」

 

「ああ、父さんに答えられることなら、なんでも聞いてくれ」

 

 比較的冷静に、紗綾音が言葉を重ねてきた。

 あくまでも答えられることならば、と予防線を張りながら頭を上げれば、小難しそうな顔をした紗綾音。

 怒っているような、悲しんでいるような。

 はたまた、不安そうな、そんな表情だった。

 

 

 

「棟区くん、悪いことしてるとか、そういうことじゃないよね?」

 

 

 

「へ?」

 

 思わず、素で疑問符が零れてしまう。

 悪いこと。

 彼が、か?

 仁は少しだけ考えるように、視線を天井へと移す。

 つまり、なんだ。

 紗綾音は、彼が犯罪者かなにかではないか、と心配してしまったということか。

 えっと。

 事態が飲み込めた瞬間、ぶわりと仁の背中から冷や汗が噴き出した。

 

「ああっ、違う違う! そんな意味は全くない! 彼はむしろ――」

 

 むしろ、被害者だ。

 その言葉が、喉元まで出かかったのを、飲み込む。あぶねぇ。

 こんこん、と仁は自分の額をノックするように指で叩いて考える。

 なるほど、自分が刑事なんて職業についているものだから、彼が捕まる側の立場として自分と知り合いなのか、と紗綾音は不安になってしまったのか。

 確かに、友達が刑事と知り合いで、その関係性を明かせない、となれば、そういう面を疑ったりもするか。

 ヤバい、考えてもいなかった事態だ。

 いやしかし、彼はそんな犯罪の経歴を疑われるような少年だっただろうか。

 仁は彼のことを思い出す。

 

 ……子どもの感性からすれば、そう思われても仕方がないような顔してたな。

 

 遅れて納得する。

 彼の家を訪ねたとき、出迎えてくれたその顔を見て、暴力団の事務所でもそうはいない顔付きだ、と思った。

 ただ、娘と同じ年で、交通事故の遺族、と知っていたので、仁はそこまで気にしなかった。

 仁は刑事である。

 本物の “ヤバい奴” とも、知り合っている。

 故に、見た目がヤバいだけの少年の外見を、特に気にしていなかった。

 

 だが、子どもの視点からではどうだろう。

 

 うん、アウトだ。

 大人からすれば、凄ぇ人相、で終わる顔付きであろうと、子どもという閉じたコミュニティでしか活動していない面々からすれば、彼の出で立ちは明らかに異質であろう。

 それに加えて、あの身長にあの筋肉。

 彼の身体は、仁からすれば鍛錬の象徴、正に努力の結晶にしか見えない。

 体を鍛えている者からすれば、筋肉を肥大化させるのにどれだけの努力が必要なのか、それを身を以って知っている以上、彼の肉体が日々の鍛錬をどれだけストイックに積み重ねて辿り着いたものなのかを想像し、敬意を払えるだろう。

 あの筋肉は、凄まじい努力を積み重ねる才能がある、それの証明のようなものだ。

 では、子どもはどう思うだろうか。

 たぶん、威圧感で竦むだろう。

 なるほど、あの顔付きにあの肉体、前科持ちだと噂されても、子どものコミュニティ内では信じられてしまう可能性は十分にある。

 

「むしろ?」

 

 言葉を切った仁を不思議そうに見て、紗綾音が続きを促してきた。

 

「……むしろ、彼は良い子だと、父さんは思うぞ?」

 

 言いながら、ちょっと無理があるなぁ、と思いつつ、仁はすぐに誤魔化した。

 見た目は確かに凄い子だけど、たぶん彼は、悪い子じゃない、と思う。

 刑事としての経験上、あの手のタイプで本当に悪人なのは、極々一部だけである。

 そして、父親としての経験上、彼は悪人ではないと、仁には思えた。

 だからといって、良い子かどうかは、別問題だが。

 そんな苦しい誤魔化しを聞いて、紗綾音の表情が明確に変わった。

 

 

 

「―――だよねっ!」

 

 

 

 にかっ、と笑った。

 何故だろう、しばらく見なかった、良い笑顔だった。

 

「うん、私もそう思う! 棟区くんは良い奴だよ! 落ち着いてるけどノリは良いし、静かだけど楽しい奴だよ!」

 

「……そうか」

 

 凄まじく大きな太鼓判だ。

 ああ、なるほど。

 仁は紗綾音の表情を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 彼とはちゃんと、友達なのだな。

 本当にちゃんと、友達なのだな。

 能面のように無表情で、涙を流すこともなく、両親と妹を失った交通事故の説明を淡々と聞いていた、あの少年のことを思い出す。

 彼にも、ちゃんと友達が、いるのだな。

 娘と同じ年頃の少年が、家族を失い独りぼっちになってしまった。

 その事故の担当になってから、仁はずっと彼のことが気になっていたのだ。

 たぶん、自分の家族と重なって見えたからだろう。

 だからずっと、心のどこかで心配していた。

 彼は大丈夫なのだろうか。

 心の傷は、まだ深いのだろうか。

 他人である自分が踏み込んでは行けない領域の話なのだが、仁はなんだかずっとモヤモヤしていた。

 他にも事件はあるというのに、秋水という少年のことは、心のどこかで引っ掛かり続けていたのだ。

 でも。

 何故だろう。

 たった今、ふと、その引っ掛かりが、軽くなったような気がした。

 

「紗綾音、父さんの言葉が足りなくて、不安にさせちゃったか?」

 

 くしゃり、と紗綾音の頭を撫でながら尋ねた。

 む、と紗綾音の唇がとんがった。

 苦笑いを浮かべるより他にない。

 

「……そうだよ。棟区くんが悪い奴だったらどうしようとか、なんか、色々考えちゃったもん」

 

「ごめんな。父さんが悪かった、この通りだ」

 

「ぷーん、今日1日は大嫌いでーす」

 

「参ったな、3時間以上は嫌われたままか。父親にとっては拷問級の長さだ……」

 

 もう一度、深々と頭を下げて許しを請うが、お姫様の怒りは深いようだ。

 今日一日は嫌われたままか。つらたん。

 まあ、これで1週間大嫌いとか言われたら、たぶん即死していた。

 苦笑したまま、再び顔を上げて紗綾音を見る。

 

「紗綾音、親が口を出すことじゃないかもしれないが、彼とは仲良くしてやってくれないか?」

 

「もちろん!」

 

 紗綾音はいつものような、良い笑顔を向けてくれた。

 ついでに、親指をぐっと立て、サムズアップまで向けてくれた。

 

 

 

「棟区くんが嫌がっても、私たち仲良しだもんね!」

 

 

 

 頼もしい娘である。

 良かったなぁ。

 良かった。

 仁は小さく、安堵の息を漏らすのだった。

 

「ねえ、もしかして秋水くんと直接会ったことないの、お母さんだけ?」

 

 と、そこで静かにしていた妻が、くいくいと紗綾音の服の裾を引っ張って聞いてくる。

 

「あれ、椿は会ったことがある感じじゃないのか」

 

「ええ、ちょっと電話でお話ししたくらいなのよね」

 

 どんなシチュエーションで知り合いになったのだろうか。

 そんな疑問を覚えつつ、ふーん、と仁は鼻を鳴らす。

 ではやはり、妻もあの交通事故の遺族が彼であることを知らないのだろう。

 下手なことを口走らなくて良かった。

 

「紗綾音、秋水くんの写真とかってないの? すごく気になるわ」

 

「えー……なんか、聞けば聞くほど棟区くんって、見た目がお母さんのドストライクっぽいから、見せるのヤだぁ……」

 

「気になるわ、気になるわ」

 

「お父さーん、あなたの奥さんが娘のクラスメイトにツバつけようとしてまーす、止めてくださーい」

 

 紗綾音に絡み付くように抱きつきながら、妻が彼の写真を要求する。

 まあ、彼の見た目は、妻の好みであろう。

 写真があったとしても、ちょっと見て欲しくないなぁ、と仁は苦笑いをしながら、やめなさい、と妻に声を掛けようとした。

 だが、声を掛けるより先に、かっと目を見開いた妻が、声高らかに紗綾音に言うのだ。

 

 

 

「もー、だって気になるじゃない! 律歌の彼氏になるかもしれない子でしょ!」

 

 

 

「ちょっ!?」

 

 紗綾音がぎょっとした顔になった。

 仁はきょとんとした。

 え?

 律歌の?

 彼氏に?

 なるかもしれない?

 え?

 ドウイウコト?

 オ父サン、知ラナイヨ?

 エ?

 

「え?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 妻と目が合う。

 お互いに、きょとんとした表情。

 紗綾音だけが顔を青くしていた。

 居間の時計の秒針だけがコチコチと響く。

 

「…………じゃ、私、お部屋に戻りまーす……おやすみなさーい……」

 

 非常に気マズそうな表情を浮かべながら、蚊の鳴くような小さな声と共に、そろーり、と紗綾音がソファーから立ち上がろうとする。

 がしり、と仁は紗綾音の服の裾を掴んだ。

 逃げだそうとした紗綾音を見て、何かに気がついたのか、妻もはっとした表情になる。

 がしり、と仁は妻の服の裾を掴んだ。

 

「ただいまー」

 

 今まさに、聞き捨てならない妻の台詞の意味を尋ねて渡巻家大尋問大会が開催されようとした瞬間に、飛んで火に入る夏の娘がご帰宅を告げる声がした。

 

「お帰り律歌ー。ちょっとこっちにおいでー」

 

 努めて明るい声で律歌を呼ぶと、何故か妻と紗綾音が青い顔でぷるぷるしていた。

 

 

 





 パパンが口を滑らせたと思ったら、今度はママンが口を滑らせる、地獄のような渡巻家。おいママン。
 そして事情を全く知らない律歌さんが、常に最終的な被害を被っている(;´Д`)

 実は秋水くん、その外見で大人組も一度はビビるも、基本的にすぐに順応しています。
 ビビり倒し続けているのは、実は子ども組だけなのです。

 次回は秋水くんのお風呂というサービスシーン。誰得。
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