ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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208『髪の毛は所詮死んだ細胞!(極論)』

 そういえば、少し前からバリカンで髪を短くしよう短くしよう、と思っていたのだった。

 ジムでたっぷり自分の筋肉を追い込んで、精神的な疲れなど綺麗に吹っ飛ばして爽やかな気分で帰宅した後、秋水はそんなことをふと思い出した。

 秋水の髪は、丸刈りだ。

 長さは3㎜でいつも剃り上げている。

 しかもセルフカットだ。

 床屋に行くのは、お金の無駄遣いだと思っている男である。

 

「髪の毛は所詮、死んだ細胞の塊だしなー。垢とかフケとかと一緒だ一緒」

 

 かつて、そんなことを口にしたら、妹に散々シバキ倒された記憶がある。理解できぬ。

 だってそうだろう、髪には血管は通っていないし、神経だって通っていない。

 髪を切っても血は流れないし、痛みも感じないのがその証拠だ。

 髪は死んだ細胞の塊である。

 それはまあ、確かに毛根の奥にある毛乳頭には血管が通っていて、そこで栄養や酸素をもらいながら毛母細胞が分裂して髪が伸びていく、というのは知っている。

 つまり、毛根の極々一部は生きていると表現してもいいだろう。

 だがしかし、頭から外に出ている髪の毛は全て、死んだ細胞なのだ。

 それは変わりようがない真実である。

 なので、髪を染めるとか髪型だとか、排泄物に色をつけたり形を整えたりするのと大差ないじゃないか、はっはっはー。

 と、そんな持論を唱えたら、妹に蹴り飛ばされた。まさかの怒りMAXドロップキックである。解せぬ。

 なお、妹はその足で母に密告し、秋水は流れるようにコブラツイストを喰らった。分からぬ。

 

「排泄物は言い過ぎたな……集めたフケの塊、くらいにしとくんだった……」

 

 懐かしみながら呟き、秋水は愛用のバリカンを用意する。

 なお、集めたフケの塊という表現にしたところで、きっとドロップキックは炸裂していたであろう。確かめようはないけれど。

 髪をセルフカットするのは、いつも風呂場である。

 散らばる髪を気にする必要なく、そのままシャワーで頭も体も洗うことができ、掃除は排水溝までシャワーで押し流せば終了というお手軽さだ。たまに風呂場の排水管へ、洗浄液を注ぎ込まないと詰まって大変なことになるのは玉に瑕だが、トータルとしてセルフカットは風呂場でした方が色々便利なのである。

 秋水は洗面所で服を脱ぎ、バリカンを持って風呂場に入る。

 

「流石に寒いな」

 

 2月の風呂場は、最初が寒い。

 呟きながら風呂の自動貯水のスイッチを入れる。

 浴槽の中は、まだ空。

 お湯を溜めている間にセルフカットをすれば、無駄がない。

 風呂場の鏡の前に秋水は立ち、今度はバリカンのスイッチを入れる。

 ビー、というバリカンの音。

 慣れた手つきで秋水はバリカンを頭に当て、肌に沿って滑らせる。

 バリバリバリ、と音を立てながら髪が切断されていく。

 他から見れば短いと評されるだろうが、3mmで揃える秋水からすれば、だいぶ長くなっている。

 1月は色々あったので、バリカンを随分とサボってしまっていた。

 

 1月というか、年末というか、まあ、色々あったので。

 

 バリバリとバリカンを頭に滑らせる。

 髪の毛が短く揃えられていく。

 気持ちが良いものだ。心なしか、頭が軽くなったような気もする。いや、物理的に減量しているから、軽くなっているのだけど。

 バリカンを前から後ろへ走らせる。

 右から左に走らせる。

 後ろから前に走らせる。

 左から右に走らせる。

 外側から内側に走らせる。

 内側から外側に走らせる。

 ジムで筋トレをするようになってからくらいだろうか、秋水はそれ以降ずっと丸刈り頭だ。

 バリカンをかけていくのは、もうはや手慣れてしまっている。

 バリカンを1台買えば、3年くらい床屋や美容院に行かずにすむ。お得だ。

 お金の話だけではない。

 セルフカットにすれば、予約したり、店へ行き来する時間もかからない。

 自分が思い立った好きなときに、風呂に湯を溜めながらバリバリ髪を刈ることができる。

 しかも、丸刈りで髪を短くすれば、濡れた髪を乾かすという労力や時間も必要なくなり、朝に寝癖と不毛な争いを繰り広げるということもなくなる。

 毛、だけに。

 

「おかしい、お湯が張られてるのに寒くなってきた……」

 

 思わず脳内でオヤジギャグを呟いたら、不思議と肌寒さを感じてしまう。何故だ。

 だいたいの髪の毛をバリカンで刈ってから、バリカンのスイッチを切り、秋水はじょりじょりと短くなった髪を撫でるように毛を払ってから、鏡をじっと見る。

 

「……肩トレがちょっと不足気味か?」

 

 違う、そうではない。

 頭よりも先に、首や胸などに比べて肩の丸みがややボリューム不足なのが気になってしまった。

 なお、常人からすれば秋水の肩は、十分に穫れたて新鮮肩メロンである。

 明日の学校帰り、肩のメニューを中心に組もうかな、とジムの予定を立てつつ、髪を見る。

 だいたいは刈れたものの、所々で長い髪の毛が残っており、ぴょこぴょこと顔を覗かせていた。

 後は、これを刈り揃えれば終了だ。

 

「やっぱ、半月に1回はやんねぇとダメだな」

 

 長くなる前にバリカンで刈ってしまった方が、手間は掛からない。

 というか、整えやすい。

 1月は本当にサボってしまったな、と思いつつ、秋水は再びバリカンの電源を入れた。

 

 先月は、ダンジョンを発見して、色々あったからな。

 

 元日早々に見つけてしまった、ダンジョンの入口。

 セーフエリアに入り、地下2階で角ウサギを殺し、ポーションのヤバすぎる回復能力を目の当たりにした。

 思い出しても、かつてない程に濃すぎる元日である。

 1ヶ月前のことなのに、色々あったなぁ、と秋水は少しだけ懐かしむ。

 ダンジョンで角ウサギが襲い掛かってきて、逆にブチ殺し返したとき、世界の色が戻るかのようだった。

 モノクロのような世界が、急速にカラフルな世界へと変貌したのだ。

 覚えている。

 よく覚えている。

 今ではもう、角ウサギは片手間の一撃で殺せるようになったが、最初の頃は1体相手にするだけで、随分と神経を尖らせ、全力で当たらなければならなかった。

 懐かしい懐かしい。

 いや、1ヶ月前のことなんだが。

 なのに、もはや懐かしい。

 

「身体強化もできなかったもんなぁ」

 

 そうである、最初は身体強化もできなかった。

 今では全身の身体強化で最大200%の能力向上、とかいうバグみたいな強化倍率であるが、最初の頃は身体強化なしでモンスターに当たっていたのだ。

 よく死ななかったなと思う。

 まあ、死んでも良かった。

 そして、最初に身体強化ができたとき、その強化倍率は、確かたったの3%くらいだ。

 しかも、全身強化と部分強化が分けられなかった。

 1ヶ月で、だいぶ変わった。

 秋水はそれを懐かしみ、そこでふと、別のことを思いついた。

 

 そういえば、全身強化の魔法を使えば、防御力も上がるんだよな、と。

 

 全身強化は、筋力や動体視力、思考速度等々が丸ごと一気に強化される魔法だ。

 そして、その強化対象は、皮膚や骨の強度も含まれる。

 身体強化の魔法による強化倍率が増していけば、それに従って生身の防御力も上がり、将来的にはライディング装備による防具は必要なくなるのだろうか。

 肉体こそが最強の防具、みたいな感じになったりするのだろうか。

 秋水は少し、将来のことを考えた。

 

 強化倍率が爆上がりした結果、バールを握力で握りつぶせてしまうため、もはや拳だけで戦う自分。

 

 ライディング用のプロテクターよりも高い防御能力を得て、防具など纏わず裸でダンジョンをうろつく自分。

 

 蛮族である。

 いや、裸でうろついている時点で変態である。

 ぷらぷら気が散るから、せめてパンツは穿かせてくれ。

 

「いや、そうじゃねぇな……」

 

 変な想像をしてしまい、秋水は少しげんなりしながら首を横に振る。

 しかし実際問題として、武器も防具も、現在使用しているものが、ほぼ最上位グレードだと思っていいだろう。

 一般的に購入できる品に限定するならば、それこそ自衛隊やらで使用するような戦うための専用装備を入手できるか、今以上の装備を自分で作成できるかしなければ、グレードを上げるのはほぼ不可能だ。

 そうなれば、将来的には身体強化の強化倍率を地道に上げ、拳が最強の武器、裸が最強の防具、になるのは避けられないだろう。

 笑える。

 秋水は苦笑いを浮かべながら、再び鏡を覗き込む。

 

「ふーむ」

 

 良い感じに髪は刈れた。

 いや、まだ少し刈り残しがあるだろうか。

 ちらりと秋水は浴槽を見る。

 お湯が完全に溜まるまで、まだ少し時間が掛かりそうだ。

 もうちょっとバリカンをかけて、それからさっとバリカンを水洗いするか。

 秋水は鏡を覗き込みながら、ぴょこりと跳ね出ている刈り残しを狙ってバリカンを滑らせる。

 セルフカットの仕上げにかかりながら、秋水はぼんやりと考えた。

 

 防御力って、身体強化の魔法を使えば、今はどれくらいまで向上するんだろうか。

 

 先程の続きだ。

 現段階では、裸こそが我が鎧、などという蛮族オブ蛮族みたいな強化倍率ではないものの、身体強化の魔法によりある程度の防御能力の向上はしているはずだ。

 ただ、脚力や腕力などの膂力と違い、防御力の強化というのは正直実感しづらい項目である。

 んー、と秋水は軽く唸る。

 

「……例えば、バリカンの刃ぐらいだったら、防げたりしねぇかな」

 

 ふと、物騒なことを思いつく。

 ただその考えは、いやいや、と即座に否定した。

 バリカンの刃を手首にでも押し当てて実験でもするのか。冗談ではない。

 この場にはポーションがないんだぞ、と秋水はどこかズレたツッコミを入れながら、鏡越しに自分の頭を見る。

 刈り残している、はみ出た髪の毛を発見。

 

 髪には、血管も神経も通っていない。

 

 特に秋水は深く考えなかった。

 こいつなら、丁度良いか、という程度の考えだった。

 バリカンを手首に押し当てて実験するより、余程安全だ。

 軽く考えながら、秋水は全身に魔力を回す。

 そして慣れた手順で、自身の魔力に色を落とした。

 

「身体強化、100%」

 

 別に戦うわけではないので、遠慮なく全力の身体強化。

 全身一括の強化魔法。

 いつものように、体の隅々まで強化されたのを感覚として感じてから、秋水は超低音の鼻歌混じりに、ぴょこりとはみ出た刈り残しの髪の毛を狙ってバリカンを滑らせる。

 

 チンッ、と軽く、しかし確かに違う手応えを感じた。

 

 バリカンで髪を刈るときの手応えとは、まとめて刈るときのジョリジョリした手応えか、数本程度を刈るときのなにも感じない程に軽い手応えかのどちらかだ。

 剃った髪の毛は、1本か2本。

 本来であれば感じられないはずの手応えが、軽くとも確かにあった。

 そして、なんか音が違った。

 強化されている。

 硬くなっている。

 髪の毛の防御能力が向上しているのが分かった。

 しかし、それはバリカンの刃を防ぐ程の硬さになったわけではない。

 あくまでも通常の身体強化と同じく、3倍硬くなった、程度でしかなかった。

 流石にその程度では、髪の毛を刈り取るに特化したバリカンの刃には勝てなかったようである。

 元よりあってないような髪の毛の防御力。3倍に強化されても、大したことはないようだ。

 なお。

 

 髪には、血管も神経も通っていない。

 

 髪をきっちりと3mmに刈り終えた秋水は、刈った髪が付着したバリカンをシャワーで綺麗にする。丸洗い可能なバリカンは、こういう雑な清掃ができるので楽である。

 それから、秋水はシャワーを浴びて刈った髪を軽く流し、ボディーソープで頭から足先まで丁寧に洗っていく。

 そして浴室に飛び散った髪の毛を、シャワーをかけて排水溝へと追いやる。

 さっぱりした。

 綺麗になった。

 

「……………………」

 

 秋水は、無言になっていた。

 いつの間にやら溜まっていた浴槽に、ざぶりと秋水は浸かる。

 暖かく、気持ちが良い。

 

「…………………………」

 

 それでも秋水は、無言のままであった。

 あまり表情豊かな方ではない秋水だが、湯船に浸かってもリラックスした様子はなく、真顔、というよりも完全に無表情である。

 いや、眉間にシワが、少しだけ寄っている。

 ヤクザも裸足で逃げ出す凶悪面が、無言で眉間にシワを寄せていると、かなりの威圧感が醸し出されていた。ここが一般の入浴施設なら、他の客がそれこそ裸足で逃げ出すような雰囲気だ。

 しばらく湯船に浸かり、体を温め、秋水はざばりと湯から出る。

 そして湯船の栓を抜き、お湯を流す。

 

「………………………………」

 

 浴槽を軽く洗ってから、シャワーで流す。

 それから風呂を出て、着替えた秋水はバリカンを持って居間へと向かう。

 無言のままだ。

 軽く水気を切ったバリカンの刃部分に、メンテナンス用のオイルを数滴さして、数回バリカンのスイッチを入れて稼働させたり止めたりを繰り返してオイルを刃に馴染ませる。

 ことり、とテーブルにバリカンを置いた。

 流れるように、秋水はテーブルに肘を置いた。

 はぁ、と溜息とともに、項垂れるように俯く。

 

 身体強化で、髪の硬さもちゃんと強化されたのが、手応えで確認できた。

 

 ただ、人間の皮膚や髪というのは、元よりそこまで硬くはない。

 それが強化されたところで、高が知れている感じである。

 ならば、まだまだライディング装備の防具は、ダンジョンアタックには必要不可欠なのだろう。

 なるほど。

 なるほどな。

 まあ、それは良いのだ。

 良いのだ。

 秋水は再び大きな溜息を漏らした。

 ちょっと、軽い気持ちで身体強化の防御力向上を確かめてみて、大問題を発見して混乱していた。

 

 髪には、血管も神経も通っていない。

 

 髪は死んだ細胞の塊である。

 

 それはまあ、確かに毛根の奥にある毛乳頭には血管が通っていて、そこで栄養や酸素をもらいながら毛母細胞が分裂して髪が伸びていく、というのは知っている。

 つまり、毛根の極々一部は生きていると表現してもいいだろう。

 だがしかし、頭から外に出ている髪の毛は全て、死んだ細胞なのだ。

 それは変わりようがない真実である。

 なので、髪を染めるとか髪型だとか、排泄物に色をつけたり形を整えたりするのと大差ないじゃないか、はっはっはー。

 かつて自分が唱えた持論が、秋水の頭の中で反響していた。

 

「………………おかしくね?」

 

 顔を上げた秋水は、ようやくその疑問符を独り言ちる。

 おかしいよな。

 おかしいだろ。

 だって、髪は死んだ細胞の塊だ。

 自分の体から生えているのは確かだが、それはフケや垢などと変わりはない。

 いつか体から切り離される前提の代物が、未練がましく体に付着しているに過ぎないのだ。

 

 つまり、厳密に言えば髪の毛は、体の一部、ではない、ハズだ。

 

 

 

 それが、身体強化の魔法の、強化範囲になっていた。

 

 

 

 理論的に、それはおかしくないだろうか。

 いや、そもそも、身体強化の強化範囲なんて、考えたことがなかった。

 ただただなんとなく、自分の肉体、という大雑把な範囲が強化される魔法、だと勝手に認識していた。

 

 なら、自分の肉体、とはどの範囲を指しているのだろうか。

 

 生きている細胞と限定されるのか。

 そうであれば、髪の毛は死んだ細胞の塊である以上、身体強化の強化範囲対象外のハズだ。

 であれば、物理的に繋がっているモノ全部なのだろうか。

 血管や神経がなく、細胞としては死んでいたとしても、皮膚から繋がっているなら自分の肉体、という定義だ。

 これなら、髪が強化される理由にはなる。

 そして、その理屈ならば、フケや垢、爪なども強化対象になるであろう。

 しかし、だったら肌に触れている衣類や、ダンジョンアタックで使用しているライディング装備だって一緒に身体強化の強化対象になっていなければ辻褄が合わない。

 極論、秋水の肌に触れている空気ですら、それは強化対象になっているはずである。

 

「……もしくは」

 

 秋水はテーブルに肘を置き、眉間にシワを寄せて怖い顔を更に怖くしながら考えた。

 

 

 

「科学の視点じゃ、ない?」

 

 

 

 その考えに辿り着き、秋水は様々な意味で、ぞっとした。

 

 

 





 空想科学的に、ファンタジー的な要素に理屈をつけるの大好き侍。大好物はSFファンタジー。

 秋水くんの誰得お風呂シーンだったのに、まさかの魔法の話へ(・ω・`)
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