ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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209『筋トレの体験は、人生の問題をだいたい解決する(暴論)』

 魔法を科学で理解しようとすると、何かしらの思考の転換が必要になる。

 

「やっぱ、硬くなってる……」

 

 トイレから出てきた秋水は、難しい顔をしていた。

 手は、何故かハサミが握られている。

 実験だ。

 ある意味で、人体実験をしていた。

 まあ、その内容は、ハサミで毛を切る、というだけである。

 普通に毛を切る。

 手応えなく、簡単に毛が切れた。

 そして、部分強化により毛の周囲を強化した状態で、毛を切る。

 手応えが、あった。

 明らかに硬く、異物があるという主張が、ハサミを通してはっきりと伝わった。

 なるほど。

 

 身体強化の魔法で、毛は硬くなるのだろうか。

 

 結論、硬くなる。

 

 簡単かつお手軽かつかなりショボい人体実験を行った結果として、提示された疑問に対して秋水はそう結論付けるに至った。

 身体強化の魔法は、人間の毛の硬度を高める。

 その結果は秋水にとって、かなり予想外のことであり、身体強化の魔法というものの根本を覆す事実なのであった。

 

「死んだ細胞にも、身体強化がはたらく……」

 

 ハサミを定位置に戻してから、秋水はしばらくトイレの前をウロウロとしていた。

 秋水は、どちらかと言えば理屈屋だ。

 いや、どちらかと言えば、という前置きはいらないだろう。

 秋水は理屈屋だ。

 だいたいの事柄は、科学に則ってゴリゴリに理屈をつけ、そして自身の中に落とし込むという癖がある。

 小さい頃に色々と勉強を見てくれた鎬が、とにもかくにも理屈で勉強を教えてくれた、というのが影響しているからかもしれない。

 鎬の授業は、とにかく理屈だ。

 科学である。

 それをもってして、小学生の秋水に対し、FP2級や簿記2級の知識を叩き込んだりしてきた。今にして思えば、10歳くらいの子どもに対し、なんという教育をしてきやがったのだあの叔母は。

 また、もしくは効率よく筋トレをするため、解剖学を学んだり栄養学を学んだり、科学を以って筋トレに励んだせいかもしれない。

 効率とは科学で決まる。

 どちらにせよ、秋水は科学というものを用いて、物事を理解する。

 なお、秋水のいう科学とは、理系と呼ばれる自然科学だけではなく、応用科学、形式科学、そして文系と呼ばれる社会科学、人文科学を含んでいる。

 5系統全てひっくるめて、科学だ。

 

「……つまり、毛も体の一部だとされてんだな?」

 

 そんな秋水にとって、毛にも身体強化が作用するという事実は、衝撃的である。

 今まで特に気にしていなかったものの、これはあまりにも大きな見落としだ。

 毛は死んだ細胞の塊だ。

 血管も通っていなければ、神経も通っていない。

 毛根の一部が生きているだけで、後は全部死んでいる。

 フケや垢などと扱いは同じで、毛の大部分は人間にとっては『肉体の外』であるはずだ。

 

 だが、身体強化の魔法により、強化された。

 

 つまり、細胞という単位が生きているかどうかは、魔法にとっては個を成立させるための条件にはなり得ないというわけか。

 トイレの前をしばらくウロウロした秋水は、難しい顔のまま庭に出た。

 夜だ。

 寒い。

 髪を短く刈り揃えたばかりの頭が、より一層に寒さを感じさせる。

 頭を冷やす。物理的。

 

「物理的な接触範囲、でもねぇな」

 

 なにか違う。

 先程否定したばかりの考えが再度浮上するが、秋水は首を振って再び否定した。

 血管や神経がなく、細胞としては死んでいたとしても、皮膚から繋がっているなら自分の肉体、という定義なら、毛が強化される理由にはなる。

 しかし、だったら肌に触れている衣類や、ダンジョンアタックで使用しているライディング装備だって一緒に身体強化の強化対象になっていなければ辻褄が合わない。

 極論、秋水の肌に触れている空気ですら、それは強化対象になっているはずである。

 だが実際に、そうはならない。

 秋水は顎に手を当てながら首を捻りつつ、庭に立てられたテントに入る。

 ダンジョンの入口である、縦穴が出迎えてくれた。

 

「魔力は服に流せねぇし、バールにだって流せねぇもんな」

 

 縦穴の梯子を降りて、セーフエリアへと到着した秋水は、どかりと座布団の上に腰を下ろす。

 身体強化の強化範囲はどこまでか。

 感覚的かつ簡易的な結論ならば、それはすでに出ている。

 身体強化は、魔法だ。

 魔素を魔力に変換して、その魔力によって引き起こす超常現象である。

 魔法は、魔力の使用が絶対条件だ。

 ならば、身体強化の魔法による強化の範囲、というのは決まってくる。

 

 魔力を循環させられる範囲が、強化できる範囲だ。

 

 つまり、魔力が流せれば、身体強化の魔法で強化ができる。

 髪などの毛は、その対象に入っているということだ。

 

「……爪もか?」

 

 ふと思いつき、秋水は自分の左手を見た。

 正確には、左手の爪を見た。

 人間の体は、いや、人間がごく自然に自分の体だと認識している肉体は、死んでいる細胞で構成されている部分がそこそこある。

 爪もまた、毛と同じく死んだ細胞によってできている。

 爪を切って爪から血が出ないのが、その証拠だ。

 秋水は髪の毛を、フケや垢と同じ、と評しているが、フケや垢となる肌の1番の表層部もまた、死んだ細胞という意味になる。

 身体強化は、それらも対象になるのだろうか。

 きっとなるのだろう。

 試すまでもなく、秋水は直感でそう感じた。

 

 

 

 この左手は、ポーションにより再生された手なのだ。

 

 

 

 ボスウサギにより肩から爆散した。スライムに捕まって緊急脱出のために斬り落とした。

 その後、ポーションにより脂肪などのカロリーやその他栄養素をたっぷりと消費して、この左手は再生している。

 

 そして、再生した左手には、爪があった。

 

 ポーションは欠損した四肢まで回復できるという、現代医療を根本から覆す明らかなるチート回復薬ではあるが、その効果範囲はあくまでも人間である。

 試してはいないが、生物、というのがポーションで回復できる効果範囲なのだろう。

 つまり、生物でなければ回復はできない。

 実際、ポーションで衣類の修復は無理だった。折れた鉈の修復も無理だった。

 無機物は、ポーションでは回復や修復ができない。

 

 ただ、その理屈だと、爪は再生されないはずだ。

 

 しかし、実際に再生した左手には、爪があった。

 ポーションという超常現象を引き起こしている奇跡の水にとって、爪は生物の範囲内、ということなのだろう。

 で、あるならば、魔法という超常現象を引き起こす分野でもまた、爪は魔力を流せる範疇内、と考える方が自然だ。

 

「うん、硬い」

 

 そんな小難しいことを考えながら、秋水は爪を切った。

 正確には、切ろうとしていた。

 セーフエリア内に何故か持ち込んでいた爪切りで、左手の爪をギリギリと挟んでいる。

 全力の部分強化で強化された爪は、爪切りの刃を通さなかった。

 硬い。

 これが文字通り、刃が立たない、という状況だろうか。誤字である。

 爪は平たく細かい範囲なので、魔力を流してみてもいまいち流れているのかどうなのかが感覚的に分かりづらいのだが、こうして爪切りの刃を拒める程に硬くなるならば、身体強化の魔法により強化ができている、つまり魔力を流すことができている、と考える方が自然だ。

 

「……物理的な接触がどうのこうのより、体から生えている、ってのが重要なのか?」

 

 部分強化を解除して、爪切りを置きながら思考を転換する。

 毛も爪も、人間の体から生えているものだ。

 その大部分は死んだ細胞であり、無機物である。

 しかし、その根本となる部分は血管が通り、神経が通っている。

 そこから伸びて、生えている。

 だから、その延長線上にある毛や爪にも、魔力を流すことができる、という理屈。

 

「ほーん」

 

 秋水は座布団から立ち上がり、セーフエリアで畳が敷かれていない箇所へと足を進めた。

 そこには、雑に置かれたダンジョンアタックの装備品。

 ヘルメットやライディングジャケットといった防具に、巨大バールや片手斧という武器である。

 その中から、秋水はひょいと剣鉈を手に取り、するりと鞘から引き抜いた。

 そして淀みなく、迷いなく、流れるように剣鉈を構えて。

 

「づぅっ!」

 

 

 

 どすり、と左の手の平に、剣鉈を突き刺した。

 

 

 

 痛い。

 痛いよりもむしろ熱い。

 左の手に深々と突き刺さった剣鉈が、灼熱で熱された金属のように感じる。

 じわりと秋水は額に汗を浮かべた。

 風呂入ったばかりなのに、と場違いな感想が頭に浮かぶ。

 突然の自傷行為を行うというサイコパスな行動に走った秋水は、手の平を突き刺し、甲にまで貫通した剣鉈を、痛みに顔を顰めながらマジマジと見る。

 出血しているが、引き抜いていないのでドラマやマンガみたいな派手な出血ではない。

 すぅ、と秋水は息を吸う。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 手を鉈が貫通しているというのに、秋水は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 いや、平然と剣鉈を自分の手に突き立てても、痛いと思うだけで、心はそもそも落ち着いていた。

 

 自分の体なんぞ、幾ら傷ついても構いはしない。

 

 独り生き残った糞野郎なのだから。

 

 痛いと思うだけで、自分の体に刃物が突き刺さったこと自体はなんとも思わず、秋水は呼吸を整える。

 魔力を流す。

 ぐるりと、秋水の体に満ちている妙な力、魔力をゆっくりと流し通していく。

 魔力が秋水の意思によって流れ始める。

 全ての魔力ではない。

 6割くらいだろうか。

 まだまだ秋水は、体にある魔力の全てを完全にコントロールできるには至っていない。

 自分がコントロールできる分の魔力を、ゆっくりと流していく。

 そして、剣鉈を突き刺した左手に、魔力を集中させていく。

 やっていることは、部分強化の魔法を発動させる前段階とほぼ同じ。

 これで左手に集めた魔力に、身体強化としての色をつければ、部分強化が発動する。

 

「意思……意識……意識ね」

 

 呟きながら、秋水は左手に突き刺さった剣鉈をじっと見る。

 血が滴る。

 体内に侵入してきた剣鉈という異物に、先程からガンガンと痛みの電気信号が頭に鳴り響いている。

 だが冷静に、秋水は剣鉈を見た。

 

 

 

 体から生えている、という範囲が、魔力を流せる範囲なのだとしたら、条件的には左手に突き刺さった剣鉈にも魔力が流せる、はずである。原理としては。

 

 

 

 左手に魔力を流す。

 回す。

 魔法という色をつけずに、ただただ魔力を流していく。

 そして、突き刺さった剣鉈に、左手から生えている剣鉈に、魔力を流そうとする。

 剣鉈そのものに、感覚はない。

 それは人間の一部じゃないからだ。

 だが、それならば、爪や髪だって、感覚を伝える機能はない。

 それは死んだ細胞の塊で、根本的には人間の一部じゃないからだ。

 しかし、毛も爪も身体強化で強化ができる。

 魔力を流すことができる。

 そうであるならば、突き刺さった剣鉈にもまた、魔力が流せるはずなのだ。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 ゆっくりと息を吐く。

 魔力を流す。

 この剣鉈は、体から生えている。

 この剣鉈は、体の一部だ。

 そう自分自身に言い聞かせて、慌てることなく魔力をゆっくりと流していく。

 伝わる痛みが、鬱陶しい。

 秋水は深く集中した。

 剣鉈は体の一部だ。

 体から生えているのならば、毛や爪と条件は同じだ。

 だから、流れる。

 魔力が流せるはずだ。

 そうだ。

 魔法は科学ではなく、意思の力、主観が支配する部分がある。

 秋水の意思に従って、勝手に魔力が流れ出すのはその証拠。

 意思の力。

 イメージの力だ。

 

「……ふっ」

 

 唐突に、秋水は笑った。

 意思の力で魔力をコントロールする。

 イメージで魔法を完成させる。

 言葉にすれば、とんだオカルトだ。

 オカルト染みている。

 意思の力、イメージの力で、現実世界に影響を及ぼす。

 

 

 

 筋トレと同じじゃないか。

 

 

 

 ガチリ、と頭の中で、なにかのスイッチが入ったような気がする。

 気のせいかもしれない。

 左手に突き刺した剣鉈の痛みが蓄積してきたのかもしれない。

 しかし、秋水の、なにかが変わった。

 意思の力やイメージの力など、物理的にはなんの影響も与えないと言うものがいる。

 秋水からすれば、馬鹿を言うな、という感じだ。

 確かに、意思の力やイメージの力は、ただの電気信号でしかない。

 だが、その電気信号でしかない意思の力やイメージの力が、個人に与える影響はとても大きいということを、秋水は身をもって知っている。

 

 そう、マインド・マッスル・コネクション、である。

 

 例えばベンチプレスだって、ただだらだらと筋トレするより、大胸筋が動いているぜ、と意識するだけで、不思議と筋トレの効きが変わるのだ。

 まさにイメージの力だ。

 それに、意思の力も偉大である。

 筋肉が限界だと言おうと、弱音が浮かんでこようと、そこから追い込んでもう1回、プルスウルトラを行うのに必要なのは、根性だ。

 まさに意思の力だ。

 意思の力にイメージの力、それは筋トレで培ってきた、秋水の得意分野とも言っていい。

 

「こいつは体の一部……手の延長線……」

 

 呟きながら、秋水は集中した。

 左手に刺さった剣鉈を睨み、刺さっている部分から剣鉈へと魔力を流し込もうとする。

 痛いのがどうした。

 集中しろ。

 魔力を流せ。

 意思の力で魔力が動くというのなら、毛や爪にまで魔力が流せるというのなら、左手に突き刺した剣鉈へ魔力を流すのは、可能なはずなのだ。

 

「こいつは体の一部……爪と同じ……手の平から生えてるチャームポイント……」

 

 ぽたりぽたりと血を滴らせながら、秋水はぶつぶつと呟いて集中する。

 傍から見たら、とんだホラーな光景であった。

 

 

 

 なお簡潔に、剣鉈に魔力が流せたか、結果だけ記そう。

 

 

 

 ダメだった。

 

 

 





 身体強化の魔法が進化しそうですね(*'ω'*)
 ちなみに、現在の秋水君が使っている身体強化の魔法は、デジモンで言えば成長期くらいのレベルです。可愛いですね。

 書き終わってから、秋水くんが酷い怪我をするのは、だいたい左手であることに気がついた(無意識)
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