ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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213『本番のための茶番』

 

「政府の人との話し合い、対立したそうだな」

 

 外国人の方々が何故か満足そうに質屋から出て行った後、バックヤードから店内の方へと移動した秋水は、端的に鎬へと尋ねた。

 昨日、鎬は弁護士の人を引き連れて、政府の関係者さんだか役人さんだかと交渉会議という話し合いをしたのだが、祈織から聞いた話では、互いの主張が真っ向対立とのこと。

 つまり、ヤバい。

 カウンターの椅子に座った鎬は、秋水を見上げながらマグカップに入ったルイボスティーを一口飲んだ。

 

「対立してないわ。こちらの提案が全却下されただけよ。困ったわね」

 

「鎬さん全然困ってなさそうじゃん! ヤバいじゃん! 終わりじゃん! ウチの主力商品売れなくなっちゃうじゃん!!」

 

 表情1つ変えずにしれっと答えた鎬に、ぶちギれたのは祈織である。

 パンパンパン、とカウンターを叩いて祈織は詰め寄るものの、手のお肉がプニプニしているせいか、あんまり迫力のある音ではない。鎬はマグカップ片手に素知らぬ顔だ。

 なるほど。

 祈織が寝不足だったのは、政府関係者との話し合いが失敗に終わったのを聞いたからだったようだ。

 色々と気を揉んでしまい、上手く寝付けなかったのかもしれない。

 つまり、鎬のせいだ。

 じとーっとした視線で、無言のまま秋水は鎬を見下ろした。

 

「あら冷たい目線。お姉ちゃんの新しい扉がこじ開けられそうだわ」

 

「閉めとけ」

 

 無敵の人みたいな切り返しをしてくる鎬に、ぴしゃりと秋水は切り捨てた。

 あん、と棒読みの喘ぎ声的な戯言を呟きながら、鎬は再びルイボスティーを口に含む。

 

「お国に逆らったら許可証取り消しのお家取り潰しで一巻の終わりだよー! うわーんっ!」

 

 そんな鎬と秋水のコントをガン無視して、祈織がカウンターに突っ伏し、わっと鳴き始める。間違えた。わっと泣き始める。

 だいぶ気に病んでしまっているようだ。

 今日はずっとこんな感じだったのだろうか、と秋水はこっそり祈織を指さして鎬に尋ねるように視線を飛ばすと、それを汲んだ鎬が軽く肯いた。

 本日の祈織はナイーブ店長のご様子。

 まあ、せっかく質屋の経営が軌道に乗り始めた途端、国という超巨大な相手が敵に回ったと分かれば、絶望もするだろう。

 とは言えど、流石に質屋営業許可やら古物商許可やら金属くず商許可やら宝石鑑定士資格やらが取り消されることはない、と思う。あと、お家取り潰しとは一体いつの時代の話なのだろうか。

 うえーん、と割と真面目に泣き始めた祈織を見て、やれやれと鎬が顔を向けた。

 

「大丈夫よ店長、安心しなさい」

 

「えぐえぐ……鎬さんの話、聞けば聞く程安心なんて程遠いんだけど……」

 

 

 

「私達が持ってるアンクレットを全部サンプルとして巻き上げられて、交渉が終わるまで販売停止を喰らって、情報を無理矢理に全部吐き出させられて、共同管理とか言いながら実質は国が所有権を丸ごと横取りになって、この4つの条件を飲めないなら身の安全なんて保証できないって軽く脅されただけよ。軽傷レベルじゃないの」

 

 

 

「それは世間一般だと重傷レベルなんだよなぁ!? むしろ瀕死のレベルなんだよなぁ!?」

 

 祈織が吠え散らかした。元気になったようである。

 そして、しれっとした様子で口にした鎬の言葉が流れ弾となり、秋水もくらりと頭を揺らす。

 白銀のアンクレットを国に巻き上げられる。

 販売停止。

 情報の全提供。

 実質的な所有権を国に譲渡。

 そして、身の安全を交渉カードに、それらを受け入れろという脅し。

 大丈夫ではない。

 詰んでいる。

 平然としている鎬の顔を見てから、秋水は眉間に寄ってしまったシワを軽く揉みほぐす。

 

「……その条件、飲んだのか?」

 

「いいえ」

 

 一応秋水が確認をすれば、鎬はさらりと返答をする。

 よかった、即死ではないようだ。

 しかし、祈織の言う通り、瀕死レベルなのは間違いない。

 

 特に、情報の全提供というのは、秋水にとっては致命傷の要求でしかない。

 

 ダンジョンの存在を政府に明かす、という意味だからだ。

 

 眉間のシワを揉みほぐしてから、秋水は頭を抱えた。

 ついでに祈織もカウンターに突っ伏して頭を抱えた。

 なるほど、こんなのを聞かされたら、そりゃ安眠などできそうもない。祈織の寝不足にも頷ける。

 秋水は深く溜息をつく。

 まあ、普通に考えたら、未知の物質が含まれている白銀のアンクレットが、どういうルートで入手しているのかを国としては把握したいに決まっている。

 その製造者を突き止めたいだろうし、最終的には原材料を押さえたいのだろう。

 そりゃそうだ、という納得しかない。

 だがしかし、それは困る。

 秋水としては、それは困るのだ。

 白銀のアンクレットは、秋水のウチの庭から通じている、恐らく地球上ではないどこか別の世界のダンジョンに出没する、角ウサギのドロップアイテムである。

 入手経路を辿られたら、どうしたってダンジョンの存在は明るみに出る。出ざるをえない。

 それは、避けたい。

 秋水にとって、ダンジョンという情報を表に出すのは、最も避けたいことなのだ。

 最悪の場合、ダンジョンの存在が世間にバレるくらいなら、白銀のアンクレットを売るのを中止しても良いと思っている。

 思ってはいるが。

 

 身の安全を盾に取られた。

 

 しかも、秋水だけではない。

 祈織と、ついでに鎬の身の安全の保証というのを、交渉カードにされてしまっている。

 鎬は正直自分で何とかしてしまうような気がするが、下手に情報を秘匿すれば、祈織が危険な目に遭う可能性が上がる。

 詰んだ、と表現するしかない。

 再び重たい溜息を1つ。

 

「駄目よ秋水、溜息ばかりつくと幸せが逃げてしまうわ」

 

「今のところ幸せがやって来ねぇ話題しか出てないんだよ……」

 

「ですよね秋水くん!」

 

 どこまで本気か分からない注意を、めっ、とポーズをつけながらしてくる鎬へ秋水がツッコミを入れると、がばりとカウンターから顔を上げた祈織が激しく同意してきた。

 

「本当に大丈夫なの!? お国なんて敵に回したら、こんな吹けば飛ぶような田舎の質屋なんて一瞬で潰されちゃうよ!?」

 

「国が正式な手段で廃業に追い込んでくるなら、最短でも1週間以上掛かるわ。一瞬じゃないわね」

 

「五十歩百歩なんだよなぁ!?」

 

 うわー、と再び祈織がカウンターに突っ伏して泣き始める。情緒不安定が極まっている。

 まあ、白銀のアンクレットを仕入れている、その情報を吐かせるまでは、質屋を合法的に廃業させることにはならないだろう。

 この点についても、秋水からすれば祈織の安全を人質に取られているようなものであった。

 

「心配しすぎよ店長。こっちには、凄腕の弁護士さんがついているのよ」

 

 ルイボスティーを飲みながら、暢気に鎬が曰う。

 あの幸薄そうで胃に穴ができそうな弁護士の男の顔が、秋水の脳裏に浮かぶ。

 彼に任せたとして、大丈夫とは到底思えない。

 正直、あの弁護士の手に負える状況ではないように思える。

 

「あら秋水からも疑いの眼差しを感じるわ。そんなにお姉ちゃんを悦ばせたいのね秋水」

 

「その扉は開くな閉じろ」

 

 少し前まで、スパイらしき外国人が店をうろちょろしても暢気そうにしていたのは祈織であったのに、今では鎬の方が暢気そうだ。

 弁護士に丸投げして何とかなると、本当に思っているのだろうか。

 秋水はやはり疑いの眼差しを鎬へと向けてしまう。

 

「なあ鎬姉さん、あの弁護士の人がどんな実績あるか知らねぇけど、国を相手取って本当に主張をゴリ押せるのか?」

 

「どうかしらね?」

 

「おい」

 

 我慢できずに質問すれば、飄々とした頼りのない答え。

 うえーん、と祈織が悲鳴のような泣き声を上げた。一緒に秋水も上げたい気分である。

 どうやら、身の振り方を考える必要があるようだ。

 絶望しかない。

 秋水と祈織が呆然としていると、ああ、と祈織が思い出したかのように声を上げた。

 

「ちなみに、来週の月曜日にも交渉会議があるの」

 

 ぴたり、と祈織の泣き声が止んだ。

 とカウンターから祈織が再び顔を上げる。

 

「……まじ?」

 

「ええ、マジよ。昨日と同じ場所で交渉の続きですって。強引に場所を押さえたっぽいわ」

 

「聞いてなかったんだけど?」

 

「だから今言っているのよ」

 

 1週間を挟み、また話し合い。

 政府関係者との協議にしては、随分と間隔が狭いように思える。

 まるで、容赦なく仕留めに掛かってくるかのようだ。

 

「政府側、本気じゃねぇか」

 

「それはそうでしょう。未知の物質、しかも通常の環境下で安定して存在している新元素よ。それが国で独占研究できるとなれば、血眼になって話をまとめ上げにくるでしょうね」

 

 いつもの真顔で、しれっと鎬は言う。

 おそらくは、今の今まで地球上には存在していなかったであろう物質。

 特殊な実験設備を用いた環境下ではなく、ミリ秒単位でしか存在できないわけでもなく、当たり前かのように普通に存在している、どこか別の世界からやって来たであろう未知の元素。

 科学者でもなんでもないただの中学生である秋水にだって、それがどれだけの可能性を秘めたものなのかくらい、想像ができる。

 政府側としても、それはなんとしてでも手中に収めたいことだろう。

 独占したいことだろう。

 その出所を、明かしたいことだろう。

 秋水は再び頭を抱えた。

 政府側は本気だ。

 本気で白銀のアンクレットの所有権やら流通ルートやらを、自分達の管理下に置こうとしている。

 もちろん、その入手経路も、だ。

 

「てことは、向こうも早く話をまとめたいだろうから、来週でだいたいの大枠を決めにかかるって寸法か……」

 

「いいえ」

 

 なんてこった、と天井を仰ぎ見て漏らした秋水の言葉を、鎬は間髪入れずに否定してきた。

 え、と秋水は鎬へと顔を向ける。

 

 

 

「大枠は、昨日の段階で全部決まっているわ」

 

 

 

 え、と再び秋水は間の抜けた声を上げてしまった。祈織の口からも似たような疑問符が漏れ出ていた。

 

「まあ、大丈夫よ、安心しなさい。悪いようにはならないわ」

 

 ルイボスティーを飲みながら、いつもと変わらぬ真顔ながら、どこかつまらなそうに鎬は呟いた。

 もしくは、どこか退屈そうに、まるで他人事かのように。

 

「本番のためにはね、茶番も必要なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 政府関係者との交渉は結局、鎬に全てを任せることとなった。

 いや、任さざるをえなかった。

 日が落ちてきた街中を、秋水は自転車で走る。

 息を吐く。白い尾が風に流され消えていく。

 自転車のペダルを漕ぎながら、どうしたものか、と考えるも、どうにもならないか、という結論に辿り着いてしまう。

 この思考は何回目だろうか。

 しかしながら、やはり秋水は考えてしまう。

 どうしたものか。

 日本政府が敵に回るとか、話のスケールがあまりに大きい。

 秋水がどうにかできる範疇を、大きく逸脱してしまっている。

 ダンジョンアタックには色々と金がかかる。

 だから、少しでも資金の足しになれば良いな、くらいの気持ちで白銀のアンクレットを売りに出したのだ。

 それが全ての原因だった。

 正直、何も考えていなかった。

 地球上には存在しなかった、未知の元素が検出されるとか、そんなこと、秋水は想像すらしていなかった

 その結果がこれである。

 白銀のアンクレットを巡って、研究所や企業という枠組みすらも飛び越えて、国という単位が動いてしまった。

 

「そうはならんやろ……」

 

 下手な関西弁が思わず漏れてしまう。

 なっとるやろがい、と何故かチワワの幻聴が聞こえた気がする。疲れているのだろうか。

 自転車で走る。

 風が冷たい。

 どうしたものか、と秋水は何度も結論が出ていることを、やはり考えてしまう。

 国という組織が、白銀のアンクレットの出所を知りたがっている。

 秋水としては、ダンジョンという存在がバレるのは避けたい。

 それは確かに、安全のためや、ポーションという存在を考えたら、ダンジョンは世間に広く公開した方が人類全体の利益になることくらいは重々承知している。

 しては、いる。

 いるが、それでもやはり、ダンジョンという存在は、隠匿したい。

 あそこはもう、秋水にとってはウチなのだ。

 

 家ではない。

 

 ウチなのだ。

 

 誰も居なくなってしまった家なんかよりも、秋水にとってはダンジョンの方が余程にホームグラウンドである。

 それは、人の目に晒したくないし、人の手に渡したくもない。

 子どもらしい執着心かもしれない。

 否定はしない。

 でも。

 

「……そうだ、夜食買っとかねぇと」

 

 ふと、明るい看板が目に入って、秋水は流れるように思考を切り替えた。

 まあ、うだうだと独りで考えても仕方のないことである。

 政府関係者との協議は鎬に任せるしかないのだ。

 秋水は国の人間と腹の探り合いをしながら交渉するなんてスキルはない。失礼かもしれないが恐らく、祈織にもない。

 そして揃って、弁護士に伝手がない。

 ならば、弁が立ち、さらに弁護士を雇って行動している鎬に交渉の全てをお任せする以外に、秋水が行えることなどないのだ。

 あえて言うなら、情報の隠匿だけは何とか死守してくれ、と勝手に祈るしかない。

 こちらと、ただの無力な中学生なのだ。

 とりあえず秋水が今考えるべきは、今日の、正確には明日の夜食を買うことだ。

 

「帰ったら夕飯食って、ダンジョンアタックと洒落込んで……0時かそこらに食えれば良いか」

 

 見慣れたコンビニの看板。

 ここで買うならスーパーで買った方が安いじゃないの、という鎬の説教が幻聴として聞こえる。やはり疲れているのかもしれない。

 まあ、近くて便利は付加価値だ。

 そう考えることにしつつ、頭の中に現れていた鎬の幻覚を追い払う。

 お金は命より重いのよー、という断末魔を垂れ流しつつ鎬の幻覚は消え失せる。頼むから永遠に引っ込んでろ。

 

「朝飯は朝飯で食うから、おにぎりとサラダチキンと、ミックスナッツくらいでいいかな」

 

 呟きながら、秋水はコンビニの駐輪場に自転車を駐める。

 そして、自転車のサイドスタンドを立てながら、ふと思い出す。

 そう言えば、律歌も学年末試験だった。

 アルバイトをしたことがない、正確にはきちんと雇用契約を結んだアルバイトをしたことがない秋水はよく分かっていないのだが、試験期間中、アルバイトはだいたい休むものなのだろう。たぶん。

 そうであれば、律歌は恐らく、今日はいない。

 不思議なことに、ちょっと残念な気持ちがある。

 

「できれば警戒しない……いや、せめてカラーボールを構えない店員さんであってくれ……」

 

 秋水は心の中で祈りながら自転車の鍵を閉める。

 律歌が勤務に入っていなくて残念だ。

 それはたぶん、律歌が秋水のことを怯えないで、普通に接してくれるからなのだろう。

 受け入れてくれているからだろう。

 距離感も近すぎず、程々だ。

 

 そして、友達とかいう、クソみたいな関係を主張しない。

 

 秋水にとって、律歌はありがたい存在である。

 それに現状、ダンジョンアタックで主に使用している武器も防具も、律歌の知識によってオススメされたものなのだ。

 本当にありがたい。

 まあ、オススメされたのと用途が全然違うのだが。

 苦笑いをしつつ、秋水はコンビニの入口に立つ。

 自動ドアが、ゆっくり開いて。

 

「いら……あ、秋水さん、いらっしゃいませ!」

 

 なんか、試験期間中にも拘わらず、元気に働いている律歌に出迎えられてしまった。

 

 

 





 バイト戦士の律歌さん。

 ちなみに、鎬さんの言う茶番がなにを指しているのかは不明(;´Д`)コワイ
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