ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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214『律歌さんは苦労人のお姉ちゃん』

 試験期間中に、アルバイトというのをしても良いのだろうか。

 コンビニに足を踏み入れたら、レジ横の商品を補充していた渡巻 律歌が華の咲いたような笑顔で出迎えてくれたのを見て、秋水は思わず首を傾げてしまった。

 生徒の本分は学業、とはよく言われる。

 律歌のことを深く知っていると言えるわけでもないのだが、なんとなく秋水のイメージとしては、律歌は学校の試験を諦めてアルバイトに没頭するようなタイプには思えない。妹のチワワだって試験前には勉強を頑張っているのだ。

 つまり、勉強とアルバイトが両立できているということか。

 凄ぇなぁ、と他人事のように思いつつ、秋水はぺこりと律歌へ頭を下げた。

 

「こんばんは、律歌さん」

 

 温かい飲み物を保温ケースに補充していた律歌は、その保温ケースの扉を閉めて、何故かとても嬉しそうな表情を秋水に向ける。

 向けてから、ぼっ、と急にその顔を赤くして、困ったような表情になる。それから真っ赤な顔のまま、眉をつり上げて怒りを堪えるような表情になり、続けてその眉をハの字に下げて照れたような顔をする。

 百面相というのだろうか。

 忙しく表情が変わる律歌を見つつ、秋水は入口横にあるカゴを手に取った。

 そのタイミングで、今度は律歌の顔が、さぁ、と青くなった。

 歩行者信号のようで忙しなさそうだ。

 そう思った秋水のところへ、律歌が慌てて駆け寄ってきた。

 

「秋水さん、昨日は紗綾音が申し訳ありませんでした!」

 

 そして駆け寄ってきた律歌は、がばりと秋水に頭を下げてきた。

 挨拶で頭を下げた秋水とはまるで違う、ガチで謝罪モードの頭の下げ方である。

 ちょっと止めて、店員に謝罪を要求しているモンスタークレーマーみたいじゃないか。ただでさえ外見が悪人なんだから、傍から見たら誤解されちゃう。

 慌てて秋水は店内を見渡した。

 客は秋水以外に1人だけ。

 スーツ姿の青年が、うわぁ、という顔でこちらを見ていた。

 すでに誤解されてるぅ。

 

「なんか、秋水さんには凄いご迷惑をおかけしたみたいで……ごめんなさい!」

 

 お願い、謝らないで、誤解が深まっちゃう。

 このまま土下座に移行するんじゃないかというくらい深々と頭を下げる律歌に、秋水は慌てて制止を掛ける。

 

「ああ、大丈夫です。律歌さん、頭を上げて下さい。紗綾音さんからは別に、迷惑なんて――」

 

 迷惑なんて。

 言いかけてから、秋水の口が思わず止まってしまった。

 昨日の紗綾音の行動が思い返される。

 補導された件で沙夜にガン詰めされた直後、誤解させやがってとギャン泣きした紗綾音。

 泣いた直後は恥ずかしかったのか、拗ねまくってムクれて機嫌が悪かった紗綾音。

 その後は一気に態度が反転して、物理的距離を消し飛ばして抱きつくし座ってくるしベタベタとボディタッチをしまくってきた、セクハラチワワ状態の紗綾音。

 質屋に行く帰り道、ハートマークを撒き散らすかのようなテンションで秋水と腕を組み、歩き辛くさせやがった紗綾音。

 そして質屋では律歌と同じくらいの低身長でロリっぽい祈織をいたく気に入り、絡みまくっていた紗綾音。

 迷惑なんて。

 続けるべき言葉が続かない。

 迷惑、だったなぁ。

 思わず秋水は遠い目をしてしまう。

 少しだけ頭を上げ、ちらりと秋水の顔色を窺った律歌は、遠い目になった秋水を見てさらに顔を青くした。

 

「も、も、申し訳ありませんでした! 今日もしっかり紗綾音に怒っておきます!」

 

 しまった、勘違いされたかもしれない。勘違いじゃないかもしれないけれど。

 とりあえず、スーツ姿のお兄さん、スマホを取り出すのは止めてもろて。写真も動画もお巡りさんへの通報も、まずは中止してもろて。お願いします。

 

「あ、ああ、いえ、大丈夫ですよ。それに、昨日も紗綾音さんは叱られたと言われていましたし、そんなに連日叱っては、可哀想ではないですか」

 

「いえ、昨日は……」

 

 深々と頭を下げて謝罪する律歌を窘めるように、秋水は心にもない台詞で制止する。

 正直なところ、紗綾音が連日で怒られようと叱られようと、あんまり可哀想とは思えないのだ。

 むしろ、昨日の距離感は色々と勘違いしてしまう男子が爆増してしまうので、1週間くらい連続で律歌に叱られて反省してくれ、とすら思っている。昨日のじゃれつき方は、他の男子生徒にしようものなら紗綾音の身が危なすぎる。

 しかしここで、じゃあ紗綾音をしっかり叱っておいて下さい、とは言い辛い。

 ちょっと微妙な表情で律歌を制止すると、今度は律歌まで微妙な表情になった。

 青かった顔が、再びほんのりと赤くなっていく。血圧の変動がヤバそうだ。

 

「昨日は、紗綾音と、お父さんと、お母さんを、まとめて別件で叱りつけたので……」

 

「……お、お疲れさまです」

 

 怒りを堪えるように両手を固く握り締め、それでも怒りが漏れ出すかのようにその拳をぷるぷるさせながら、律歌が絞り出すように言葉を漏らした。

 なんで両親まで一緒に怒られているんだろう。

 一家揃ってなにをしたのだろう。

 と言うか、紗綾音と両親は、どうやって律歌をここまで怒らせたのだろう。

 穏やかな印象が強い律歌が怒りを滲ませているのを見て、秋水は若干引き気味に労う。

 紗綾音と、紗綾音の原液と称された父親に、娘の通話に乱入した愉快な母親。

 渡巻家において、律歌の負担はデカそうである。

 

「……その、紗綾音が秋水さんを勘違いで疑っていたと聞きました」

 

 大変そうだな、なんて思っていると、顔を上げた律歌が困った表情で話を切り出してきた。

 ああ、と秋水は軽く声を上げる。

 お巡りさんに補導されていた件を、秋水が何か暴力沙汰でも起こしたんじゃないかと異様に心配を掛けてしまった件のことだろう。

 まあ、こんな反社みたいな面である。勘違いされても仕方がない。

 

「いえ、そもそも私が勘違いをされるようなことをしたのが悪かったのです。お気になさらず」

 

「ですけど、気分を悪くさせたんじゃないかと……」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

 どうせ、勘違いされるのはいつものことだ。

 それに、秋水のことを悪く勘違いしていたと言うならば、紗綾音は去年までもっと悪いように勘違いしていたはずである。

 なにを今更。

 そんな考えが頭を過ぎる。

 

「紗綾音はその、母に似て思い込みが強い傾向があるんです。ごめんなさい……」

 

 それでも律歌は申し訳なさそうに、ぺこりと再び頭を下げて謝った。

 律歌の母と言えば、紗綾音の通話に乱入し、秋水と紗綾音の関係を疑った挙げ句、秋水の声を聞いて年上の男性だと勘違いして仰天していたオモシロ母さんである。

 なるほど、思い込みが激しいというか、勘違いしやすい要素は母から受け継いでいるのか。

 今度はすぐに頭を上げてくれた律歌の顔を、秋水は思わずまじりと見つめる。

 そう言えば、律歌は律歌で秋水のことを、出会ってからしばらくの間は成人男性だと勘違いし続けていた。

 律歌もまた、母親の要素を受け継いでいると言うべきか、もしくは紗綾音とは根本で似た者姉妹だと言うべきか。

 

「あの、もしかしたら紗綾音がしばらく元気がなかったのは、その勘違いが原因だったのかもしれないんです」

 

「あー」

 

 秋水は軽く声を上げる。

 紗綾音が家で泣いていたとかなんとか、律歌から相談されていたことを思い出す。

 相談というか、学校で紗綾音の様子を見て欲しい、とお願いされていた。

 学校で顔を合わせたらいきなり大泣きをはじめ、それどころではなくなったので正直ちょっと忘れていた。

 

「紗綾音が変に勘違いして独り相撲して、それで秋水さんが学校で立場を悪くさせたんじゃないかなと……」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 心配そうな顔をした律歌に、秋水はきっぱりと言い切った。

 秋水の学校での立場など、悪くなりようがない。秋水より下の評価は、ほとんどないのだ。

 それこそ、本当の犯罪をしない限りは、だ。

 

「本当ですか? その、遠慮されてませんか? なんでしたら、紗綾音にきっちり責任取らせますので」

 

「律歌さん、もしかしなくても結構怒っていらっしゃいますね?」

 

 そんな秋水を、律歌は疑わしそうに、もしくは心配そうに見上げる。

 言葉の端々に紗綾音への怒りが滲んでいて、ちょっと怖い。どうやら昨日、渡巻家は総出で律歌に対してなにかをしでかし、相当に怒らせたみたいである。本当になにをしたのか。

 

「本当に大丈夫ですよ。そもそも、私は学校ではほとんどボッチなのです」

 

「え?」

 

「仲の良いと言える人もいないので、悪くなる立場など最初からありません。安心して下さい」

 

 そんな律歌に苦笑しながら、秋水は軽い口調で答える。

 立場は悪くなりようがない。

 友達だって、いない。

 だから、紗綾音がなにを勘違いしたとしても、そして勘違いを吹聴したとしても、別に問題はない。

 秋水にとって、紗綾音が勘違いしたことの影響など、まるでないに等しいのだ。

 まあ、勘違いの結果、紗綾音にいらぬ心配を掛けさせたのは、少し申し訳ない気持ちはあるが。

 そう思いながら答えた秋水の言葉に、驚いたように律歌は目をぱちくりとさせた。

 凄い不思議な言葉を聞いた、というような表情だった。

 

「え、ボッチって……あの、クラスに友達とかは?」

 

「いません」

 

 きっぱりと断言した。

 紗綾音を含めて。

 友達と言いやがった沙夜も含めて。

 

「そ、そうなんですか? それ、えっと、え、ビックリです……」

 

「まあ、こんな外見ですので」

 

 本当に驚いたような表情だ。

 そんなにビックリするような内容だろうか。

 

「ですけど、その、秋水さんは優しいですし、きっと色んな人から頼られてるのかなって思ってたので」

 

「そんなことはありませんよ。いつもは独りで気楽に過ごさせて頂いております」

 

「そんな、女の子からモテそうなのに……」

 

 やはり、律歌も思い込みの強い母親の血を受け継いでいるご様子だ。

 ないない。

 ありえない。

 試験期間中にアルバイトを重ねて、どうやら律歌は疲れているようだ。

 

「ないですよ。クラスの女性からは、基本は遠巻きにされてましたので」

 

「え?」

 

 なんで律歌はそんな、予想外の言葉を聞いた、みたいな顔をするのだろうか。

 えーっと、と律歌は少し考えるように視線を天井に数秒向けてから、そろり、と視線を下ろして秋水の目を見る。

 律歌のまばたきが一度だけ深くなる。何かを呑み込んだ顔だ。

 

「じゃあ、あの、告白されたりとかは……?」

 

 冗談がキツい。

 律歌の中の棟区 秋水という人物像は、いったいどんな感じになっているのだろうか。

 思わず秋水は軽く笑ってしまう。

 正しい意味で、失笑というのだろうか。

 

「ははっ、ないですないです。そんな青春めいたことは、一度もありませんよ」

 

「…………じゃあ、あの、恋人とかは、いらっしゃらないんですか?」

 

「まあ、いるわけがないですね」

 

 友達なし。

 恋人なし。

 クラスでは独りぼっち。

 最近は話しかけてくれるクラスメイトは増えたかもしれないが、根本的には自分なんかはクラスの異物でしかないはずだ。そのはずだ。

 

 家でも、独りぼっちなワケだしな。

 

 律歌の中での棟区 秋水という人物は、紗綾音のようなクラスの人気者のような人物像だったのだろう。

 そんなことなど全くない。

 どうせ自分は、取り残されたボッチ野郎なのだ。

 軽い笑いが、静かに苦笑に切り替わる。

 それより早く、律歌の表情が変わった。

 

 

 

 ほっとしたように、ぱぁっと表情が明るくなったのだ。

 

 

 

「そ、そうなんですね!」

 

 秋水に恋人がいないことを、急に嬉しそうに刺してきた。

 どうしたんだろう、今日の律歌は情緒不安定で怖い。

 恋人がいないと言った秋水に、こんなにも嬉しそうな表情を向けてくるとは。

 

「え、えへ……私も恋人いたことないので、お揃いですね!」

 

「そ、そうなのですね……」

 

 そして急に自虐ネタをぶち込んできた。

 なんと返答したらいいものか分からず、秋水は戸惑いながらも肯いて返す。

 ここで、やっぱりそうですよね、なんて言ってみろ、昨日の渡巻家の如く律歌が突然ブチ切れるかもしれないから迂闊なことは言えない。いや、昨日は律歌がどれだけ怒り狂っていたかは想像できないのだけれど、とりあえず普段は大人しい感じの律歌がキれたらヤバいことだけは直感で理解できる。

 

「す、すみませーん……レジおねがいしまーす……」

 

 と、そこでレジの方から声がかかった。

 店内にいたスーツ姿の青年だ。

 いけない、ついつい話し込んでしまい、律歌の仕事を邪魔してしまった。

 

「あ、はい! ただいま伺います!」

 

 律歌も慌てて返事を返してから、改めて秋水にぺこりと会釈をする。

 

「ごめんなさい秋水さん、引き止めてしまって」

 

「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした。どうぞ、お仕事頑張って下さい」

 

 返すように秋水も律歌に頭を下げると、律歌は少しだけ驚いた表情をしてから、すぐに笑顔になった。

 なんだか、ようやく笑顔に戻った、という感じだ。

 

「はい、ありがとうございます、頑張ります!」

 

 むん、とガッツポーズを可愛く決めてから、律歌は小走りでレジへと向かった。

 大変そうだなぁ、と秋水は他人事のように思いながら律歌を見送った後、夜食はなににしようかな、とすぐに思考を切り替えるのだった。

 レジでスーツ姿の男性の接客をし始めた律歌は、何故か上機嫌でニコニコだった。

 

 

 





 なんか、ぬるっと恋人の有無を聞き出したヤバいお姉ちゃんがいるよ! どっかの恋愛モンスターも頑張ってよ!
 ……前も似たような感じじゃなかった(。´・ω・)?

 秋水くんも、思い込みが激しいんじゃないかな……(;ω;)
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