ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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215『筋肉痛』

 夜食はおにぎり3つとサラダチキンとなった。

 ついでに間食用のミックスナッツを買ってリュックサックに詰め、すっかり日が落ちてしまった街中を秋水は自転車で流していく。

 夏場ならば燦々と明るい時間だが、2月はまだまだ日の入りが早い。

 今日は冷え込みそうだなと思いつつ、秋水は白い息をゆっくりと吐き出す。煙のような靄が、風に流され溶けていく。

 コンビニで買い物を終えた秋水は、ただいま帰宅中。

 セーフエリアに、ではなく、ちゃんと家に向かって文字通りの帰宅中である。

 まずは夕飯を食べねば。

 家では雑穀米がキヌアやらアマランサスと共に炊飯器の中で水に浸かっている。

 納豆もあるし、卵もある。

 出汁入り味噌は残っているし、味噌汁用の乾燥野菜はたっぷりとある。

 完璧だ。

 ついでにメインディッシュであるおかずは、冷凍庫の中に何かがある。適当に買っていた冷凍食品のなにが残っていたかを微妙に思い出せないが、なにかは残っているはずだ。ハズだよね。

 冷凍庫の中を必死に思い出しながら、秋水は自転車を漕ぐ。

 最初の頃は、独りぼっちになった最初の頃は、なるべく自炊を頑張ろうと思っていたが、今では冷凍食品におんぶに抱っこ状態だ。

 鶏肉を焼いて食べるより、電子レンジに冷凍食品を突っ込んだ方が栄養バランスが良いし、トータルで安上がりなまである。

 独り暮らしの強い味方。

 冷凍食品様々といったところか。

 

「独り暮らしって、こんくらいが普通なんかな」

 

 ぽつりと独り言を風に乗せて置き去りにしていく。

 独り暮らしの食生活。

 主食は雑穀を炊いて、納豆と卵を用意して、汁物は出汁入り味噌と乾燥野菜というお手軽インスタント。メインディッシュだけは冷凍食品に頼る。

 頑張っている方だろうか。

 ズボラな方だろうか。

 筋トレを続けていると、どうしても栄養素という点が気になって、食べ物の選り好みが激しくなってしまう。

 白米の糖質はエネルギー源としては非常に優秀だが、どうしても栄養バランスという点では尖りまくっているのが気になるので玄米を選択。しかも、発芽玄米。

 そこに完全栄養食品に近いと言われるキヌアやらアマランサスやら、栄養価の高い雑穀を複数ブレンドすることによって、幅広い栄養素を少しずつ網羅する。

 植物性タンパク質は納豆という発酵食品で、動物性タンパク質は栄養価が高い卵で補う。納豆と卵の白身は相性が悪いが、多少のデメリットは細かいこととして目を瞑る。

 味噌汁には乾燥野菜をたっぷり入れ、食物繊維を補う。野菜がたくさん入った汁物は、それだけで満足度が高い。

 そんな感じで、秋水の食事は栄養バランスというのに重点を置いているが、レパートリーとしては偏っている。

 主食に納豆に卵に味噌汁。

 これらは常に固定されていて、メインディッシュである冷凍食品のおかずだけが代わる代わるなっている、という状態だ。

 これは、自炊を頑張っている内に入るのだろうか。

 それとも、ズボラな方なのだろうか。

 

 ふと、祈織のことが頭に浮かぶ。

 

 質屋を独りで経営していた祈織は、独り暮らしのはずである。

 独り暮らしとは、どんな感じなのだろうか。

 どんな感じが、普通、なのだろうか。

 独り暮らしに、なってしまったとき、祈織はどうしたのだろうか。

 どうやって、乗り越えたんだろうか。

 そんなことが、少しだけ気になった。

 気にできる余裕が、不思議なことに、少しだけあった。

 

「……明日にでも、聞いてみるかな」

 

 そう呟いたときには、家が見えてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炊飯器のスイッチを入れる。

 米は炊くという手間があり、手軽で食べやすくフレーバーで味を変えられるパンの方が良いという意見もあるが、秋水は断然お米派である。

 正確には、パンはGI値が高いし、脂質や糖質が無駄に追加されがちだし、満腹感が短いし、ビタミン類やミネラル類が少ないので、ちょっとパンを主食にするのは遠慮してしまう感じだ。

 ちらりと時計を確認する。

 発芽玄米が炊きあがるまでに空き時間ができた。

 今日のダンジョンアタックは、ちょっと試したいことがある。

 魔法について。

 それの糸口を掴んだので、今日はひたすら実践での反復練習をするつもりだ。反復練習で撲殺されるコボルトが哀れかもしれない。

 

「感覚忘れないように、ちょっと練習しとくか」

 

 身体強化の魔法を発動させる前段階で行う、魔力を体内で循環させる、という手順。

 これを少しだけ変更する。

 いや、手順を追加する、というべきだろうか。

 体内で魔力をグルグルと循環させる、という点そのものは変わりがないのだ。

 

 ただ、体内以外にも、魔力が循環させられそうなのだ。

 

 循環と言うべきなのだろうか。

 魔力を流す、と表現するべきなのだろうか。

 体内で魔力を動かすと、水を張った水槽をかき混ぜるように、ぐるぐると体内を回り巡る感じがする。

 血液と同じだ。

 循環、という表現がぴったりである。

 ただし、体の外に対して魔力を動かすのは、ちょっと感覚が違う。

 魔力を放出して、そして魔素回収の魔法の要領で放出した魔力を引っ張り戻す。

 ヨーヨーのような感覚だ。

 投げて、戻す。

 流して、回収する。

 循環と言えば、まあ、循環と言えるだろう。

 今のところまだ、ラットプルダウンのケーブルに魔力が流せたというだけなので、正確な感覚は掴めていない。

 と言うか、実験が足りない。

 あれはケーブルだから上手く行ったのか。

 バールではどうなのか。

 剣鉈ではどうなのか。

 手斧ではどうなのか。

 手で握らないと駄目なのか。

 足などから流すことはできないのか。

 ヘルメットには可能なのか。

 魔力が流しやすい素材や流しにくい素材があるのだろうか。

 

 流した魔力に、色をつけることはできるのだろうか。

 

 確かめたいことが多すぎる。

 早くごはんを食べ、一眠りして、さっさとダンジョンアタックに行きたい気分だ。

 確かめたい、調べたい、実験したい。

 秋水は、知的好奇心が強いタイプである。

 

「そうだな、ラットプルダウンに魔力を流せた感覚で……箸に魔力を流してみっか」

 

 とりあえず、まずは手近なもので実験しよう。

 秋水は食事に使う箸に魔力を流してみることにする。

 ここで魔力を体外のものに流すのが失敗したら、今日の実験は頓挫してしまう。

 秋水は流しに置いてある箸を手に取って、食卓の椅子に腰を下ろす。

 ほとんど無意識で、ポケットに入れていたスマホを取り出して、テーブルの上に置いた。

 マッチョは、ズボンのポケットに使用制限が掛かりがちである。

 特にパツパツになってしまうタイトなズボンだと、そもそもキツくてポケットにものが入れられなかったり、入れられたとしても座るときにポケットに物が入っていると、圧迫されて壊れてしまうリスクがある。

 故にマッチョは、ズボンのポケットにあれこれと入れたがらない。

 そして、ズボンのポケットにものを入れている場合、座るときには取り出すのが癖になってしまう。

 大きいサイズのズボンを買え、という話なのだが。

 

「ん?」

 

 取り出してテーブルに置いたスマホが、ぴかぴかと小さいライトを光らせて、通知がきていることをお知らせしている。

 基本的に秋水は、ニュースやSNS系統の通知は全てOFFにするタイプだ。

 なので、通知が届くパターンはほぼ決まっている。

 

「メッセージか」

 

 箸をテーブルに置いて、秋水はスマホを手に取る。

 最近は何故か、クラスメイトと連絡先を交換して、たまにメッセージのやり取りをすることがある。

 その8割方は渡巻 紗綾音とかいう奴で、既読してスルーしているので、メッセージのやり取り、と表現していいかは議論があるかもしれない。

 たぶん紗綾音だろうな、と思いつつ、秋水はスマホの画面をつける。

 予想通り、メッセージアプリのアイコンには、未読通知のマーク。

 見るだけ見るか、とアイコンをタップすると、メッセージアプリが開き。

 

「……あれ?」

 

 メッセージの差出人は、予想と違った。

 紗綾音ではない。

 飾る気の全くない初期アイコン。

 秋水の筋トレ同士。

 厳しい筋トレメニューも気合いでこなす根性ガール。

 錦地 美寧であった。

 

「そうだ、美寧さんとも連絡先は交換してたな」

 

 呟きながら、美寧のメッセージを確認するためにチャット欄をタップする。

 そして、そのメッセージの内容に目を通し、あー、と秋水は思わず声を上げてしまった。

 

 

 

『お疲れさまです。美寧です』

『火曜日なのに、筋肉痛が引きません』

『調べてみたら、リウマチ性多発筋痛症や皮膚筋炎などの疾患が示唆されていたり、関節の故障などを疑う、というのを見つけました』

『不安です』

 

 

 

 でしょうねー、と秋水は思わず肯く。

 筋トレ関連の相談事だ。

 筋トレを始めると切っても切れない関係の、筋肉痛についてである。

 相談をする前に、きちんと自分で調べてみたものの、ネットの情報に脅されて不安がっているようだ。

 筋肉痛が長引いて、もしかして別の病気なのでは、もしかして関節の故障なのでは、とネガティブな考えが浮かんでしまっているのだろう。

 そんな美寧を想像して、秋水は苦笑を浮かべる。

 

 美寧の筋肉痛が長引くことは、すでに秋水の予想の範囲内だからだ。

 

 体の痛みが治らなくて不安になっているところ申し訳ないが、恐らく美寧の体の痛みは、普通の筋肉痛であろう。

 もちろん、直接見なければ断定的なことは言えないし、秋水は医者でもなんでもないので迂闊なことは言えないが、9割9分、ただの筋肉痛である。

 痛いだろうが、恐れることはないのだ。

 

 と言うか、美寧は日曜日、秋水がドン引くレベルで筋トレしたことを忘れているのだろうか。

 

 筋肉を肥大化させる速筋狙いの筋トレではなく、体を引き締める遅筋狙いの筋トレは、そもそもがキツい筋トレだ。

 美寧はガッツのある筋トレ民だと知っている秋水は、そこからさらにレベルを上げて、かなりキツめに美寧用の筋トレメニューを組んだのだ。

 それを実際にやってみよう、としたのが土曜日から日曜日にかけての深夜。

 美寧は秋水が用意した筋トレメニューを、凄まじい勢いでクリアして、筋肉を追い込みに追い込みまくったのだ。

 しかも、回数は秋水が提示した量の、なんと5割増し。

 ジャイアントセットで、6種目を6セット、4種目を6セット、5種目を6セットの、各種目10回にしましょう、と秋水はちゃんと言ったのだ。

 しかし、「足りない!」という美寧の強い意向によって、各種目を15回ずつ行ったのである。

 流石の秋水も恐れ戦く鬼気迫る様子だった。

 なにが彼女をそこまで駆り立てたのかは正直ちゃんと分かっていないのだが、恐らく様子見で最初に軽すぎるダンベルという舐めたことをしたのが気に入らなかったのだろう、と秋水は考えている。

 だって、筋トレを始める直前、美寧に背中の筋肉を見せる頃くらいまでは、そんなに不機嫌そうじゃなかったのだ。

 うん。

 人のプライドは刺激しちゃ駄目だな。

 秋水は独りで肯いた。

 なお、秋水は美寧の前で上半身の裸を晒し、結構な勢いで怒られたことを完全に失念していた。

 なにせその後、深夜徘徊でお巡りさんに補導されるというイベントがあったせいで、美寧の筋トレを見ていたときの記憶というのは、凄い回数で筋トレこなしたなこの女子高生、という強い印象の部分しか残っていないのだ。ピーク・エンドの法則というやつだ。

 そして、その強い印象のせいで、美寧の筋肉痛が長引いているというのも、すぐに納得ができたのだ。

 

 あの初心者を逸脱した量の筋トレをしたら、まあ、美寧の筋肉痛は3日くらい続くであろう。

 

 今日は火曜日。

 日曜日の夜くらいから筋肉痛が出現してきたと仮定すれば、そろそろ3日目に突入する、といったくらいだろうか。

 たぶん、あと1日は筋肉痛だろうな。

 秋水は苦笑しながらスマホで美寧宛に返信のメッセージを打ち込む。

 

「たぶんただの筋肉痛かと……いや、DOMSの仕組みを教えた方がいいのか? でも、美寧さんならすでに知ってる可能性もあるか……」

 

 メッセージを打ち込み、少し考えてから削除して、違う文章を打ち込み、また考える。

 そもそもだが、ただの筋肉痛、と美寧の訴えだけ聞いて断定するのもどうなのだ。

 可能性は低いながらも、関節の故障という可能性だって考慮した方がいい。

 だがしかし、そうやって色々と考慮した結果の文章というのが、いわゆるネット記事の文章である。

 美寧は自分で調べ、そういうネット記事を見て不安になっているのだ。

 ここで自分がさらに不安にさせるようなメッセージを送りつけるのも、それはそれでどうなのだ。

 うーん、と秋水はスマホの画面を見ながらしばらく考える。

 

「……待てよ、時間は?」

 

 そこでふと、秋水は美寧がメッセージを送ってきた時間を確認した。

 時間としては、それほど前ではない。

 今から10分ほど前に送信されている。

 コンビニから自転車で帰っている最中くらいだ。

 

「通話した方が早いか」

 

 そう思って秋水はすぐにメッセージを1通だけ送る。

 

『通話をしても大丈夫ですか?』

 

 変に文章でやり取りするより、逐一症状を聞きながら答えた方が良い。

 そんな軽い考えで、今は通話可能かの確認メッセージを美寧へと送信して。

 既読がついた。

 え、早い。

 送った直後に既読された。

 美寧はスマホに張り付いている系女子だったのだろうか。

 あるいは、秋水とのトーク画面を、たまたま丁度開いていたのか。

 素早い既読に、秋水は驚いて目をぱちくりとする。

 ただ、既読は早いが、返信は流石に即座にこない。

 返事はスタンプではなく文章派なのかもしれない。

 秋水はしばらく待ち。

 待とうとしたそのタイミングで、メッセージアプリの画面が切り替わった。

 軽快な音楽が流れる。

 通話のお知らせ。

 発信者は、錦地 美寧。

 行動が早いというか、レスポンスが素早い。

 女子高生のレスの速さってこんなものなのだろうかと思いつつ、秋水は通話開始のボタンをタップしてスマホを耳に当てた。

 

「はい、棟区です。こんばんは、美寧さん」

 

『ぱ゛に゜ゅ゛!?』

 

 奇声が秋水の耳を貫いた。

 今のは、人間が発音できる言語形態だったのだろうか。

 まあ、前回も似たような奇声を発していたので、奇声は美寧の得意技なのかもしれない。

 いや、得意技なのだとしたら、奇声と表現するのは失礼だろうか。

 

『……耳から赤ちゃんが生まれちゃう』

 

「それはいくら何でも恐怖映像過ぎやしませんか?」

 

『ちょ、先生、喋らないで、ちょっとタイムゥ……』

 

 通話をかけながらタイムを取ってくる。

 スマホの向こうから、すー、はー、と大きく深呼吸している音が聞こえた。

 数秒ほど美寧は深呼吸を繰り返してから、えふん、おほん、と咳払いをして、あー、と喉の調子を整えるように発声練習をする。丸聞こえである。

 美寧さんだなぁ、と秋水は暢気に考える。

 それから美寧は改めて挨拶を返してくれた。

 めちゃくちゃ上擦った声で。

 

『こんばんは先生、あなたの美寧ちゃんですぅ~』

 

「はい、こんばんは美寧さん。頭の筋肉痛も2日目を突破したそうですね」

 

 本日も美寧は、絶好調で言動怪しい不審者ガールであった。

 

 

 





【悲報】美寧ちゃん、いつも言動が怪しいと秋水くんから思われている【残当】

 次回は美寧ちゃんの筋肉痛の話をほのぼの書きます。
 ほのぼのとは。
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