お耳が妊娠しちゃうよおおおおおおおおおおっ!!!
スマホ越しに聞こえた超低音のスーパーデラックスイケメンヴォイスを耳に浴び、通りが良すぎるその声で直接脳味噌を初手で蹂躙された錦地 美寧は、あえなくベッドの上で撃沈した。
はい出産確定! 母さん産婦人科紹介してくれてありがとう! 今日からおばあちゃんって呼んでやるね! でも肝心の私は絶命中じゃんね!
美寧は奇声を上げてからベッドの上でプルプルと震える。
だって、だってさ!
先生の声、普段から低音で落ち着いてて理性的で大人で知性の光るイケメンヴォイスで最高に格好いいって思ってたけど、思ってたんだけどさ、スマホ越しだとさ、もうね、もうね!!
マジで耳の奥に直接届いてくるじゃんね! 骨に響くの! 鼓膜が喜んでるの! いや悦んでるの! あかんね! こいつ直接脳内に語りかけてってタイプだこれ! ナレーションじゃないのよ、洗脳ボイスなのよ! しかも優しく凜々しく格好良く子宮が震えちゃうくらいの低音で「美寧さん」って呼んでくれた私の名前を耳元に直接お届けプレゼントだよ! え、なに、今夜私寝れないじゃんね! もうどうすんのこれ! 恋と煩悩で熱出るわこんなん!!
いや待て、やばい、通話中だ。
秋水と絶賛通話中なのを思い出し、美寧はがばりと顔を上げる。
びきり、と背中の筋肉が悲鳴を上げた。
「耳から赤ちゃんが生まれちゃう」
悲鳴の代わりに脳内で繰り広げられていた煩悩まみれのミニミニ美寧ちゃんが口からこぼれ落ちてしまった。
だめだ、冷静になれ、冷静になるのだ錦地 美寧。
美寧は自分に言い聞かせながら、机の横に掛けている鞄へ目を向ける。
耳が孕みそう。
赤ちゃんが生まれそう。
ならばそう、頼るものは1つしかない。
コンドームである。
ありがとう母さん、これを見越して私にコンドームなんて避妊具を買わせたんだね。今からそれをお守りにして、先生のお耳蹂躙ご褒美タイム通話を無事に乗り切ってみせるよ。
美寧はベッドから起き上がる。
筋肉が、動きたくねぇ、とストライキの声明を上げるように痛みを訴えてくるが、うるせぇ、こちとら耳がご懐妊しちゃうかどうかの瀬戸際なんだよ。
美寧は気合いを振り絞ってベッドから立ち上がろうとして。
『それはいくら何でも恐怖映像過ぎやしませんか?』
追い打ちを掛けてくる秋水のイケメンヴォイスによって、思わず腰が抜けてベッドの上にへたり込んでしまった。
いや馬鹿野郎、通話しっぱなしだった。しかもスマホは耳に当てっぱなしだった。自殺行為甚だしい。
というか聞かれてた。
ダメである。
言っちゃダメなやつである。
耳から赤ちゃんが生まれると、馬鹿かと、なにを言っているのかと、狂気の沙汰かと。
しかし秋水は優しく、どこか笑うような色気のある声色でツッコミを入れるだけだった。
ぬああああああんっ! 先生のお声がお耳に突っ込まれて頭が変になるう!!
「ちょ、先生、喋らないで、ちょっとタイムゥ……」
美寧は一度、呼吸を整え心を落ち着けることにした。
タイムをかけてから、スマホをそっとベッドの上に置き、深呼吸をする。
すー。
はー。
すー。
はー。
えふん、えふん、おほん。
あー、ああー、あっあー。
なに先生のお耳へダイレクトに恥ずかしい声お届けしてんだ私のバカヤロー!
スマホはベッドに置いただけで通話続行中なのにも拘わらず、流れるように咳払いをして発声練習まで行った美寧は、同じく流れるように膝から崩れ落ちて絶望した。
あかん。
今日はもうこの先一歩も進めないような気がする。
お守りだ。
今の自分の必要なのは、心を強く持たせるお守りだ。
筋肉痛を引き釣りながら、美寧はよろよろと机横の鞄へ向かい、その中をごそごそと探る。
そして、握る。
これはお守りだ。
お守り。
別に変な意味じゃない。
先生との素敵ヴォイスで私の鼓膜と脳味噌がご臨終しないための、コンドームだ。
ありがとう母さん、役立たずなんて最初に言ってゴメンね。
美寧はぎゅっとコンドームを1つ握って、ベッドに戻りスマホを改めて手に取った。
なお、美寧の母はこんな訳の分からない頭のおかしい用途のためにコンドームを美寧に買わせたわけではない。
「こんばんは先生、あなたの美寧ちゃんですぅ~」
『はい、こんばんは美寧さん。頭の筋肉痛も2日目を突破したそうですね』
上擦った声で改めて秋水に挨拶すると、秋水から苦笑するような声で辛口のツッコミを頂いた。
秋水の声で辛口のツッコミ。
イイ。
美寧の心の中で、未だ開けられたことのない新しい扉が、ゴゴゴ、と重低音を響かせながらゆっくりと開かれるのを感じる。
でへぇ、と美寧は表情をふやけさせてしまう。
大丈夫。通話なら顔は見えない。
「そうそう、筋肉痛が2日目過ぎたのにまだ痛いー」
ふやけた表情のまま、なるべく冷静な声を作ろうと努力をしたものの、自分でも分かるほどに甘ったるくキーの1段高い声になってしまう。
もうダメだ。
ダメダメだ。
先生の声が良すぎると言うか低音で響く素敵なお声が離れて聞いても耳と背中とお腹の中がゾクゾクしちゃうくらいに響いて堪らないと言うのにスマホ越しの通話だと鼓膜にダイレクトアタックしてくるイケメンヴォイスが脳味噌をねっとりシェイクしてくるものだからもはや私への特攻音響兵器と化してしまって見てよ先生の声を直接耳元で受け取るだけで私の足が生まれたての子鹿かなにかくらいにプルプル震えているのはよく考えたら筋肉痛で今朝からずっとこの調子だからこれは勇気を出して先生にメッセージで相談だと意気込んで送ったらまさかのお電話二人っきりの秘密のトークなんて最高のご褒美が天から降ってきたなんて思ったらご褒美の火力が高すぎて私が5回か6回くらい軽く消し炭になっちゃうくらいの激重過剰オーバーキルなご褒美過ぎて正直もうすでに私の心臓が持たないレベルなんだけど筋肉痛は普通にガチめに困ってるからちゃんと先生の意見を聞きたいからもうちょっと頑張って会話を続けなきゃいけないということはまだまだ先生の鼓膜と脳と脊髄と子宮の体全身の痛い痛いと訴える筋肉を振るわせてくれる超低音のスーパーデラックスイケメンヴォイスという音響兵器をゼロ距離で鼓膜に浴び続けなきゃいけないということでダメでしょ禁止でしょ法律かなにかで規制するべきでしょ危険すぎるよ死んじゃうよ先生との嬉死・恥ずか死・楽死いお電話続けたら最後は確実に私鼻と言わず耳と言わず放送禁止用語なところ含めて穴という穴から興奮のあまり血を噴き出して乙女が晒しちゃいけない顔で死んじゃうよこれって分かっているハズなのにスマホが耳から離せないのはどう考えたって先生が好きすぎるからでこれは間違いなく先生は殺人犯で逮捕するべき案件というああもう先生の声が最早麻薬のように私の脳味噌を焼き尽
『美寧さん、まずは落ち着いて聞いて下さい』
「はい」
美寧ちゃん落ち着きます。
『まず、筋肉痛が長引いているとのことですが、たぶん普通の筋肉痛です』
美寧の脳内が大暴走しているのを知ってか知らずか、まずは最初に冷静になることを促してきた秋水は、流れるように結論を先に出してきてくれた。
え、と思わず美寧は間の抜けた声を上げてしまう。
若干高いその声は、安堵を現すような声でもあった。
先生がただの筋肉痛と言ったなら、それはただの筋肉痛で間違いないんだろう。はい相談終わり。これにて無事閉廷。
『一応の確認をいたしますが、美寧さんの体の痛みというのは、動かなくてもズキズキ痛んだり、痛い箇所が腫れて熱をもっていたりされますか?』
「えっと」
美寧としては秋水がただの筋肉痛だと言ってくれた時点で全て解決したようなものなのだが、秋水が念のための確認で会話を続けてくれるのでにっこりである。
秋水の声をうっとり聞きながら、美寧は体の調子を確かめるように軽く片腕をぐるりと回す。
ずーん、とした痛みで肩と背中の筋肉が、いきなり動かすなやワレェ、と怒りのクレームを痛みとして叩き込んできて、ぴきゃ、と美寧は思わず奇妙な悲鳴を上げる。
痛い。
いたーい。
筋肉から訴えてくる痛みに体を反らせれば、今度は伸ばした脇腹が、やめてくれぇ、と叫ぶように痛みの信号を大音量で鳴らしてくる。
美寧はベッドの上にぼすりとうつ伏せで倒れ込む。
筋肉痛が、絶好調である。
症状が出てきたのは日曜日の夕方前くらい。
その時は、いつもの筋肉痛かー、くらいで、美寧はそんなに気にしていなかった。
ジムに通い始めた一番はじめの頃は特になかったのだが、秋水と出会って、そして秋水が筋トレを色々と教えながら指導してくれるようになって、筋肉痛は大なり小なり毎回発生している感じなのだ。
秋水指導による筋トレは、ちゃんと筋肉に効いているという証拠なのだろう。
と言うか、秋水と出会う前の筋トレは、筋肉に効かずに関節だけにダメージを与えるという、つくづく本当にヤバい自殺行為だったのだなと自覚してしまう。
ともかく。
筋肉痛自体はいつものことなので、日曜日の時点では、今回はちょっと重めかなー、くらいの感覚だった。
おかしいな、と思ったのは月曜日。
学校で学年末試験を受けている最中、ピキピキと筋肉が引き攣るような感じになった。
痛いといっても、泣き言を上げるレベルではないし、動き方を少し気をつければ全然大丈夫なレベルではある。
あるのだが、なんか変だ、という嫌な予感めいたものを感じていた。
そして今日。
朝起きた時点で、ヤベェ、と直感で理解する。
ベッドから起き上がる。
腹筋崩壊太郎。
今までの比ではない重量級のズンとした痛みに変な姿勢で固まれば、丸め伸ばした背筋引き千切次郎。
寝起きに突如として前から後ろから襲い掛かる鈍い痛みに、悶絶してベッドから転がり落ちそうになるのを咄嗟に手をつけば、肩から上腕二頭筋と三頭筋がオーケストラの如き超重量の痛三郎。
なんて嫌な筋肉痛三兄弟なのか。くたばれ。
しかし、おかしい。
筋肉痛が、昨日より増している。
明らかに痛い。
足と言わず腕と言わず、体のいろんな部分がぷるぷるしている。
いつもならば、火曜日にはだいたいの筋肉痛は治ってきているはずだ。
下半身の筋肉は少し痛みが残るものの、上半身の筋肉はだいたい火曜日に起きればほぼ治っている。それが美寧にとっては、いつもの筋肉痛、という感じなのだ。
それなのに、全身の筋肉痛が継続している。
しかも、昨日より悪化している。
故障。
美寧の頭で真っ先に浮かんだのは、その2文字だった。
関節か筋肉かの故障。
それは美寧としては、一番避けたい出来事である。
だって、体を壊したら、秋水に会えなくなるのだ。
故障したら筋トレはしばらく休養せざるを得ない。
そうなると、ジムに行けない。
ジムに行けなければ、秋水との接点がなくなってしまう。
それは避けたい。
断固拒否だ。
むしろ、秋水に会えなくなったら自殺する自信がある。
今日は1日体をぷるぷるさせながら、学校に行き、試験を受け、家に帰ってきた。
心の中までも不安でぷるぷるである。
そんな美寧は、腕を回して悲鳴を上げた肩と背中の筋肉に悶えつつ、体の痛みをしっかりと感じ取る。
これが先生の考えた筋トレで感じることができる痛みなんだね。そう思ったら何だか段々この痛みが気持ち良いような気がしてきた。えへ。
ではない。
ゴゴゴ、と禁断の扉が開きかけているのを感じながらも、美寧は特に痛いなと思う辺りをぺたぺた触って確認する。
「えっと……腫れてない、と思う」
『あの、先程なかなかに愉快な悲鳴が聞こえた気がするのですが……?』
「あー……えへへ、動いたらズドーンって痛くなっちゃった。でも、動かないと痛くない感じ」
『そうなのですね、それは良かったです』
痛いから良くはないのだけど。
そんなツッコミを入れても良かったのだが、美寧の言葉を聞いた秋水のその返事は、どこか安心してほっとしたような感じであり、そんなイケメンヴォイスで耳を嬲られ、美寧の口端からよだれがたらりと零れてしまう。
先生のお声は麻薬だよぉ♡
とんだ言い掛かりである。
『でしたら、やはり普通の筋肉痛だと思われます。過度に心配する必要はないでしょう。安心して下さい』
はい、美寧ちゃん安心します。
秋水の意見を美寧は疑うことなく頭から全部受け入れた。わりと危ない素直さである。
しかし、美寧はふと気になった。
これが普通の筋肉痛だとしたら、今までと違って長引いているのは何故なのだ。
「でも先生、2日目なのに昨日よりも痛いよー」
『美寧さんはまだまだ筋トレ歴が1ヶ月と少しですからね。初心者のうちは筋トレの刺激に対して筋肉痛が過敏に出やすいので、2日くらい続くのは正常の範囲ですよ』
「えー……でも、今まで2日目にはだいたい治ってきてたよ? 今回のは昨日より痛いんだけど?」
『まあ、美寧さん、この前はかなり筋トレを頑張っていましたからね。いつもよりDОMS……筋肉痛のピークが後ろに倒れたのだと思います』
苦笑するような秋水の声。
でへぇ、とうっとりしながらも、美寧は土曜日から日曜日にかけて行った秋水との2人きりイチャイチャ禁断個別筋トレッスンの内容を思い出す。
秋水の、セミヌード。
ぬっふぅっ、と思わず美寧の口から変な声が漏れ、慌てて口の周りを手で覆う。
危ない、鼻から真っ赤な情熱まで溢れてしまうところだった。
というか、思い出させないでよ刺激つよつよ先生の上半身大公開スペシャルセミヌードとかいう女の子の性癖を力業でひん曲げてくる大量えちえちフェスティバルワンダホー殺戮破壊兵器のあのヤバすぎ光景は本当に恋する乙女の理性を一瞬で蒸発させるくらいのご褒美過剰供給過ぎて日曜日はマジで悶々とし過ぎてお昼寝したらめっちゃエロい夢見ちゃって割と真面目に先生をおかずにして発散してやろうかどうしようか迷った挙げ句にちゃんと先生との思い出を汚さないで綺麗にしといてあげたんだから先生はやっぱり謝罪と感謝の一言と共になおかつ誕生日とか恋人の有無とか好きな女の子のタイプとかそういう個人情報を美寧ちゃんに教えても罰は当たらないんじゃないかなって思うくらい素敵に無敵な筋トレをいっぱいしましたねこの前のジムではさぁ!
ダメだ。
ジムでいっぱい筋トレしたはずなのに、真っ先に思い出されるのは秋水の上半身裸という光景である。
『遅筋メインでも限界を超えるまで行えば乳酸も溜まりますし、筋繊維も普通に損傷します。筋肉痛は筋繊維が修復されて強くなる過程で出る痛みなので、あれだけのトレーニングをしたら、たぶん明日も筋肉痛が尾を引くかもしれません』
そうですね、いっぱい筋トレしましたね。
秋水の裸体という煩悩を抹殺するために、いっぱい筋トレしましたね。
ということは、この筋肉痛、先生が原因なのでは?
美寧は訝しんだ。
「明日もって、え、3日目コースなんて場合もあるの?」
『はい。私の組んだ筋トレメニュー自体そこそこハードでしたし、美寧さんはさらに5割増しのを行われましたので……』
「がーん……」
『まあ、あれだけの回数をこなせるというのは、確実に美寧さんには伸び代があるという証拠に他なりません。素晴らしいですね』
明日も筋肉痛が長引くと宣告され、美寧はちょっと泣きたくなった。
回数5割増しで筋トレしたのは、秋水が上半身を猥褻なご褒美見せつけてきたからである。
やはり、秋水が原因である。
いや、逆に考えろ、この筋肉痛は秋水が刻み込んでくれた痛みである。
学年末試験の3日間、美寧ちゃん頑張れと秋水が応援してくれている痛みである。
あ、なんか筋肉痛が気持ち良くなってきた。
秋水が組んだ筋トレメニューで、秋水の裸体という煩悩に追い込まれ、その結果の筋肉痛なのだ。
アリな気がしてきた。
むしろアリである。
美寧の中にある禁断の扉が半分開き、中からダークサイド美寧ちゃんが悪い顔で手招きしている。
『そうそう、筋肉痛が酷かったり、早く治したいのでしたら、筋肉にちゃんと栄養を送って下さいね』
ダークサイド美寧ちゃんの誘惑に負けそうになっているところで、秋水から別の話題。
はっと美寧は正気に戻る。
危ない。あのままダークサイド美寧ちゃんを禁断の扉から救出した挙げ句に融合合体して勇者になるところだった。
「栄養を送る?」
『はい。血液をよく循環させる、と言った方が分かり易いかもしれません』
慌てて聞き返せば、秋水は良い声でさらりと答えてくれる。
あー、と美寧は少しだけ声を上げた。
筋肉痛は傷ついた筋肉を修復するときの痛み。
だったら、修復に必要な物資を血液と共にガンガン送り届けて、さっさと修復してもらおうという感じか。
なるほど。
「えっと、具体的には何か先生のオススメな方法ある?」
『そうですね、分かり易くて簡単なのは、やはり入浴――』
何の気なしに美寧が尋ねると、すぐに秋水はオススメ方法を教えてくれそうになり、何故かその言葉がぴたりと止まった。
入浴。
お風呂か。
体全身を温めれば血液の巡りは良くなる。
理に適っていることであろう。
筋肉痛にはお風呂が有効、というのを頭の中にインプットしつつ、美寧は秋水の言葉を待った。
『――ああ、いえ、軽いストレッチがいいでしょう』
急にオススメ内容がお風呂からストレッチに変更された。
少し考えて、秋水としてはお風呂よりストレッチする方が効果的だと思ったのだろうか。
筋肉痛にはストレッチも有効、と追加で頭の中にインプットする。
では、お風呂とストレッチ、どちらが有効なんだろうか。
もしくは、お風呂に入りながらストレッチしたりするのが一番良いんだろうか。
お風呂の中でも行えそうな静的ストレッチはどんなのがあるだろう。
美寧はその質問を口にしかけ、ふと気がつく。
もしかして先生、女の子にお風呂の話するのを躊躇ったの?
『筋肉痛のときは、反動をつけて動かすようなストレッチは避けましょう。むしろ、軽く伸ばして血を通すくらいでも血液循環が促進されるので、それでも十分に筋肉の修復が早くなって筋肉痛が早く治ります。筋トレ後に行っている静的ストレッチをもう少し軽くした感じが良いでしょう。あとは、軽いウォーキングなどもオススメですし、タンパク質と炭水化物を少し多めに補給するといいでしょう。タンパク質と炭水化物は熱産生栄養素ですので、その2つを多めにする場合、脂質をその半分くらい減らすように意識するとカロリー調整ができますよ』
続けて淡々と秋水が説明してくれるが、美寧はスマホを握りながら呆然としていた。
え。
いや。
ちょ。
ちょっと待って。
待ってちょっと。
先生、言い直したよね。
入浴って思いっきり言ってたのに、急に言い直した感じだったよね?
もしかして、躊躇っちゃったの!?
ま、まま、ままままさか、女の子にお風呂の話題出すのが恥ずかしくて、躊躇っちゃったの!?!?!?!?
え、なにそれなにそれなにそれ可愛すぎでは!?
極悪イケメンフェイスな筋肉バキバキ戦闘民族ボディでバーベルは正義みたいな優しくて紳士な感じの先生が、お風呂の話を恥ずかしがってストレッチの話題に切り替えたの!?
もしかして、スマホの向こうで先生顔赤くしちゃったりなんかしてるの!?
なにそれエッロ!!!
間違えたギャップがエグすぎだよ先生!? 紳士な照れ屋さん属性まで追加しないでちょっと無理無理やめて死んじゃう尊い可愛い好きなんですけどちょっとねぇっ!?
「せ、先生……?」
『はい?』
「もしかして、お風呂の話題、て、て、照れた……?」
ほとんど脳死した状態で、美寧は核心を突く質問をぶっ込んだ。
誕生日も恋人の有無も年齢も職業もどこに住んでいるのかも趣味もなんならばこの連絡先だって尋ねることができなかったポンコツの口なのに、何故か秋水が照れているかどうかの質問は何も考えずに口からこぼれ落ちていた。
あー、と秋水の低音ヴォイスが美寧の耳を優しく愛撫する。
『いえ、女性に対して入浴がどうのこうの、という話題を男から切り出すのは、どうかなと思いまして』
困ったように秋水が言う。
なるほど照れ隠しか。
照れ隠しなんだなその言葉。
そっかぁ、照れたのかぁ。
怖くてマッチョで優しくて紳士で格好良くて頭が良くて教え上手の女の扱い上手なのに、さらにはウブでシャイで照れ屋さんな一面もある感じなのかぁ。
そっかそっかぁ。
なるほどなぁ。
属性過多で死んじゃいます。
「………………きゅぅ」
秋水の声でひたすら脳をフルボッコに殴られ続け、リングのロープ際でギリギリボロ雑巾の状態でどうにか根性だけで踏み止まっていた美寧の理性だったが、照れ屋な一面、などというギャップの極みみたいな一撃を秋水から叩き込まれ、ついに白目を剥いてノックダウンしてしまった。
おおよそ乙女がしちゃいけない類いの顔を晒し、美寧はそのまま布団の上へと倒れ込む。
ある意味、幸せそうな気絶であった。
なお、取り残された秋水は普通に困っていた。
『え、あれ? 美寧さん? 美寧さーん?』
ついに美寧ちゃん耐えきれなくて気絶する。
美寧ちゃんだけギャグキャラなんだよね……(;´Д`)コワイ
ちなみに、秋水くんはお風呂の話題でも全く動じない系中学生です。