ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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219『サヨチの空回り』

 不本意ながら、秋水は紗綾音の家にお呼ばれすることになってしまった。

 ファンタジー事典の現物には逆らえなかったのだ。

 それもこれも、今までファンタジー的な物語やゲームに触れてこず、そういう世界観の基礎的な知識を疎かにしていたせいである。

 誠に遺憾。

 

「え、今日は律歌先輩休みなのか!? 行く行く!」

 

「あれ、サヨチ、今日も彼氏くんとデートだったんじゃ……」

 

「ああ、そっか。ちょっと待ってて、今から断ってくる」

 

「最低な彼女なんじゃないかな?」

 

 そして紗綾音の家には、彼女の親友である沙夜も参加することになった。

 白い目を向ける紗綾音を背にして、沙夜はスマホを取り出してどこかへと通話をかける。おそらく彼氏のところにであろう。

 開口一番に「今日の一緒に帰るの、なしで」とドストレートな断り文句を叩きつける沙夜を、紗綾音は指さして隣にいた秋水へ振り向いて見上げた。

 

「どう思うよ棟区くん」

 

「律歌さんのことがお好きなのかなぁ、と」

 

「お姉ちゃんのことむっちゃ好きだからね、サヨチ」

 

 よし帰るぞ、と通話を終わらせた沙夜は、なかなかに良い笑顔であった。

 彼氏は可哀想なのかもしれない、と秋水は紗綾音と同じ感想を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから紗綾音は何人かのクラスメイトに一緒に来ないかと声を掛けたものの、全員に断られてしまった。

 中学生活最後の試験が終わったのだ、各自で羽を伸ばしたいのだろう、と思うことにする。

 その断ったクラスメイトの半分くらいは、秋水をチラ見して断ったことから、何か別の意図は感じるが。

 感じると言うか、なんと言うか。

 

「え、沙夜、行くの?」

 

「うん。律歌先輩がいるって言うから」

 

「ちょ、ちょーっとこっち来て馬鹿野郎」

 

「なんだとこの野郎」

 

 むしろついて来ることになった沙夜が複数の女子生徒に一度連行され、何故か詰め寄られていた。

 なんだろう、女子の洗礼だろうか。

 怖い。近づかないでおこう。

 

「いやダメでしょあんた。なんで割り込んでいくの!?」

 

「紗綾音完全にアタックモードじゃん、邪魔しちゃダメだって!」

 

「他の男子に絶対してなかったことやってんだからマジだってあの家犬!」

 

「あれガチだったら、沙夜、あんた完全に邪魔者だからね!?」

 

「男子1人を自分の家にお招きするんだから、覚悟ガン決まってるんだって!」

 

「悪いこと言わないから、2人きりにさせなよ!」

 

「あんた密着イチャラブ状態の激甘光景目の前にして耐えられないでしょ!?」

 

 沙夜は女子達に囲まれて何かの説得を受けている。

 そして沙夜は頭を抱えていた。

 

「いや、お前らの考えてるような関係じゃないから、あいつら……」

 

「そんな関係じゃなかった膝の上に普通座らないでしょ!」

 

「棟区くんの方だって拒否してないじゃん! 頭だっていつもナデナデしてるし!」

 

「絶対脈ありだってあれ!」

 

「チワワだって猟犬だよ!? 家に誘い込んで仕留める気だよ!?」

 

「いや棟区くんの体格考えたら、仕留められるの紗綾音じゃない!?」

 

「あの身体で抱かれたら紗綾音壊れちゃうって……」

 

「おいこら、生々しい想像すんなよお前ら……あと、チワワは猟犬じゃないだろ……」

 

 キャー、と悲鳴のような黄色い声できゃっきゃと盛り上がる集団から、疲れた顔で沙夜がふらりと帰ってきた。お疲れさまである。

 そして戻ってきて早々、沙夜は紗綾音のこめかみに、ごすり、と拳を押し当てた。

 

「にょあ? え、なに……いだだだだだだだだだだっ!? サヨチ虐待だよこれ!? いたただだたっ!? た、助けて棟区くん!?」

 

「お前がやらかしたせいで酷い誤解が生まれてるじゃんかコラ」

 

 こめかみに当てた拳をぐりぐりと捻るように押し込みながら、ついでに顔には怒りのマークを浮かべながら、沙夜は静かにキレていた。怖い。

 突然の暴力に紗綾音は悶え苦しみつつ、助けて助けてと秋水にヘルプコールを飛ばすものの、キレてる沙夜が怖いので秋水は両手を挙げて静観することにした。君子は危うきに近寄らず。ダンジョンには近づくじゃないか、というツッコミは聞こえないふりをする。

 そんなこんなで、紗綾音の家には、紗綾音と沙夜と、そして秋水の3人で向かうことになった。

 まあ、種類が揃えられているファンタジー事典のためである。我慢しよう。

 

 

 

 なお、紗綾音が声を掛けたクラスメイトの中には、遠慮、以外の形で断る者もいた。

 

 

 

「え、その人も行くの……?」

 

 そう直接的な言葉を漏らしたクラスメイトもいた。

 ジリちゃん、と呼ばれていた女子だった。

 確か、須々木と言ったか。

 須々木 海霧。

 彼女は困惑を通り越し、はっきりと嫌悪と怯えの目で秋水を見た。

 慣れた目だった。

 

「じゃあ……ヤだ……」

 

 秋水がいるから拒否。

 手のひらを返すことなく、その姿勢を明確に貫いた彼女の態度に、秋水はどこか安心感に似たものを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「棟区くんは悪い奴じゃないよ!」

 

 そして紗綾音の家に向かう途中、チワワは何故かプリプリしていた。

 真っ昼間とは言えども2月の寒い中、紗綾音と沙夜の後ろを秋水はゆっくり歩く。

 紗綾音は見覚えのある青いダッフルコートに、同じ色のニット帽。確か姉の律歌とお揃いのものである。

 ぶー、と不満そうな紗綾音の愚痴を、はいはい、と聞き流しながら隣を歩く沙夜は、もこもことした緑のダウンコートに、黒いフライトキャップ。防寒対策最優先、といったスタイルだ。

 

「ちなみにジリちゃんも、悪い奴じゃないからね!」

 

「そうなのですね」

 

「出たよ棟区くんの聞き流し!」

 

 ぷりぷり怒っていた紗綾音は、急に振り返って須々木のことをフォローする。

 彼女のことを一方的に悪者にするつもりはないようで安心した。自分のことなんかでクラスメイトが仲違いをされるのは、少しだけ居心地が悪くなってしまう。

 紗綾音の隣で、はぁ、と沙夜が蒸気機関のように白い息を天に向かって吐き出し、それから振り向いた。

 

「ま、海霧は悪い奴じゃないよ、本当に」

 

「悪いのは世界史の点数だけだよ!」

 

「お前そのうち海霧に刺されるぞ」

 

 苦笑いしながら沙夜もまた須々木のフォローをするものの、そこに茶々を入れた紗綾音の後頭部をスパンと叩く。

 きゃん、とチワワが鳴いた。

 

「知ってるかあいつ、その辺の花見ただけで、その花の名前と花言葉が出てくるんだ。花見が趣味なんだと。優しい奴だよ」

 

「それは素敵な趣味ですね」

 

「私もそう思う」

 

 それから沙夜は前へ向き直り、再び白い息を細長く曇らせる。

 沙夜は沙夜で、須々木の態度に思うところはあるのかもしれない。

 

 彼女は、秋水のことを明確に嫌っているクラスメイトの、1人だ。

 

 いや、現状は明確な態度で、秋水が苦手、と表しているのは、彼女だけである。

 他の面々は、この1ヶ月ほどで秋水のことに慣れてきたようだった。

 実に居心地が悪い。

 その中で、須々木だけは未だに秋水のことを怖がっているし、近づきたくないというオーラをびんびんに放っている。

 去年からその様子は、一切の変化がない。

 秋水からすれば、嫌いな人物を嫌いでい続ける、その態度の一貫性はむしろ好感が持てた。

 

 手の平を簡単に返す奴は、どうせまた、手の平を返すのだ。

 

 君子豹変とは良く言った。

 しかし、豹変しない彼女は安心感がある。

 沙夜が言う「優しい奴」というのは、秋水も納得のいく評価だ。

 

「須々木さんが私を怖がるのは、仕方のないことだと思います。それで須々木さんを悪くは思いませんよ」

 

「……そう言ってくれると、正直、ちょっと助かる」

 

「いえ、私はこんな見た目なので、避けたくなるのは当然だと思います」

 

「損してるなお前……いや、損をふっかけてたのは私らか。ごめんな」

 

「いえ」

 

 今度は振り返ることなく沙夜は言葉を続ける。

 須々木の態度には思うところがある。

 しかし、同時に去年までの自分達の態度は、今の須々木と大差がなくて、その気持ちも分かってしまう。

 そうでなくても、須々木は沙夜の友達でもある。

 色々な感情に挟み込まれているようだ。振り向かない沙夜の表情は、察しないのがマナーなのかもしれない。

 

「……えい♪」

 

 と、急に下がってきた態度豹変の代表であるチワワが、秋水の右腕に抱きついてきた。

 絡まないでほしい、物理的にも精神的にも。

 

「私はね、棟区くんの良いところ、みんなにもっと知ってほしい!」

 

「はいはい」

 

「頭撫でるの上手なのも知ってほしい!」

 

 いきなり変なことを言い出した紗綾音の頭を、いつものようにぐりぐり撫でると、撫でられながらもめげずに紗綾音は力説した。めげてくれ。

 紗綾音はぐりぐりと秋水の肩に顔を擦りつけた後、ぱっと秋水を見上げる。

 

「それでね、棟区くんにも、クラスの皆のこと、もっと知ってほしい! 卒業まで1ヶ月もないんだから、棟区くんの中でみんな、自分のこと避けてた人達だ、って感じで終わっちゃうの、なんかヤだ!」

 

 ノーサンキューである。

 見上げてきた紗綾音の頭をぐりぐり撫でて、秋水は軽く苦笑する。

 卒業まで1ヶ月。

 そうであるなら、荒波立てず、今まで通りで良いではないか。

 須々木からは避けられて、秋水は近づかず。

 それで問題ないならば、残りの1ヶ月、それでいいと秋水は思う。

 どうせ卒業したら、縁が切れるような間柄でしかないのだ。

 これで彼女も同じ高校に進学したら、笑えるが。

 

「そうなのですね」

 

 勝手にやってろ、とも言えず、秋水はいつもの無難な相槌だけを打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渡巻邸は、そこそこに豪邸だった。

 いや、築70年の平屋、良く言えば味わい深く、悪く言えばボロい一軒家に名目上は住んでいる秋水からすれば、紗綾音の家は十分に豪邸だった。

 駐車スペースは4台分。

 広々とした庭がある。

 それとは別に離れのようなガレージ。

 家そのものがデカい。

 そして全体的に綺麗。

 

「……これはこれは」

 

 紗綾音の家を見上げ、秋水はなんと感想を言うべきか迷ってしまう。

 ちらり、と紗綾音へ視線を向ける。

 見られることを予測していたのか、紗綾音がドヤ顔で秋水を見ていた。ムカつく。

 

「よーこそなんだよ、棟区くん」

 

 渡巻 紗綾音。

 意外とお嬢様だった。

 

「初めて紗綾音の家見ると、ギャップにビビるよな」

 

「え、サヨチ、どういう意味?」

 

「そうですね。ですが、律歌さんの実家だと考えると、納得しますね」

 

「え、棟区くん、どういう意味?」

 

「分かる。律歌先輩、お嬢様っぽいところあるもんな」

 

「なにが分かるのかな?」

 

「しかし、紗綾音さんの実家だと考えると、急に……」

 

「急になにかな? 喧嘩のバーゲンセールかな?」

 

 軽くムクれながら、紗綾音は慣れた様子でスマホを操作する。

 ガチャ、と家の門から鍵が開いた音がした。

 スマートロックか。ややクラシカルな見た目をしている門に反して、なかなかに近代的設備である。

 寒いから早く入ろ-、と言いながら紗綾音が門の扉を開くと、沙夜が首を傾げた。

 

「あれ、門の鍵、閉めてんのか?」

 

「え? 家空けるときは、普通閉めるでしょ?」

 

「……ん?」

 

 当たり前のことを聞くじゃないか、と言わんばかりに首を傾げ返した紗綾音の言葉に、沙夜は反対側に再び首を傾げてしまう。

 こっちこっちー、と紗綾音は手招きをして家の玄関まで秋水と沙夜を誘導する。沙夜は未だに不思議そうな顔をしていた。

 そして家の玄関も、紗綾音がスマホを操作するとガチャリと鍵が開く。

 

「というわけで、棟区くんとサヨチ、いらっしゃーい」

 

「おいちょっと待て」

 

「え、玄関先で? おウチに入ってからで良くないかな?」

 

 玄関の扉を開いたところで、沙夜がガシリと紗綾音の肩を鷲掴む。

 肩を掴んでから、ちらり、と沙夜が秋水を一瞥してから、ちょっと待ってろ、と秋水を制止する。

 玄関先である。

 家に入ってからでも良いんじゃないだろうか。

 秋水は紗綾音と全く同じ意見を頭の中に浮かべるが、沙夜は引き摺るようにして紗綾音を門のところまで連れ戻してしまった。

 

「え、なんで誰も居ないんだ? 律歌先輩は?」

 

「えーっと、もう少ししたら帰ってくると思うけど……もー、サヨチ慌てすぎー、お姉ちゃんのこと好きすぎー」

 

「否定しないけど。じゃあ、仁さんと椿さんは? 仕事か?」

 

「そりゃそうだよ。だって今日は日本全国津々浦々何処も彼処も平日だよ?」

 

「……紗綾音、一応聞くけど」

 

「うん」

 

「…………マジで言ってる?」

 

「うん?」

 

 門のところへ戻った女子2名が、なにからこそこそと内緒話をしている。

 奥様の井戸端会議は長いと聞くが、中学生の井戸端会議はどれくらいなのだろうか。

 寒いなー、と秋水は軽く考えながら、沙夜の言いつけ通りに玄関先で待つことにする。

 竜泉寺 沙夜。

 頼りになる反面、逆らったら怖い女子として秋水から認識されてしまっている。

 

「そ、その……」

 

 その沙夜が、ちらりと秋水の方を見た。

 なにを喋っているのか、秋水の位置からでは聞こえない。

 もしかしたら、身体強化で底上げした聴力ならば聞こえるかもしれないが、流石にそこまでして女子の内緒話を聞くつもりはない。

 ただ、秋水を見た沙夜の頬が、赤くなっているのは少しだけ気になる。

 やはり沙夜も寒いんじゃなかろうか。

 

「私、マジでお邪魔虫だったり、しないか?」

 

「え、なにが?」

 

「なにって、いや、だって、その……」

 

 かぁぁ、とさらに沙夜の頬、と言うか顔が急激に赤くなったのが、遠目でも分かった。

 なにを喋っているのか。

 ぼんやりと2人の様子を秋水が眺めていると、沙夜が急にフライトキャップごと頭を掻いてから、ぎっ、と秋水を睨み付けてきた。

 え、怖い。

 いきなり睨まれたことに秋水は軽く引くと、今度は急に沙夜がダッシュで秋水のもとへと駆け寄ってきた。

 見事な脚力だ。確か自転車で鍛えているとかなんとか。

 

「分かってるな棟区! 紗綾音は基本的に危機感足りないだけの馬鹿だから深い意味なんてゼロなんだからな!」

 

「何故急に紗綾音さんへの暴言を……」

 

「お前は紳士でいろよ絶対に!」

 

「えっと……はい……」

 

 そしてよく分からない注意勧告を受ける。

 学年末試験で疲れているのだろうか。明日は休みだからゆっくり寝てほしい。

 顔を真っ赤にしながら秋水の鳩尾付近を指で突きながら忠告してくる沙夜に、秋水はむしろ心配そうな顔で肯くしかなかった。

 それから沙夜は再びダッシュで紗綾音のところへ戻る。

 戻って、すぱーん、と紗綾音のお尻を引っぱたいた。

 謂われのない急な暴力が紗綾音を襲う。

 やだ怖い。

 秋水はドン引いた。

 

「お前は本当に! 私がマジで遠慮してたら、ガチで危ないシチュエーションだったじゃないかこのこのこのこの!」

 

「あたたたたっ!? なになになに!? なんで急に暴力なのサヨチ!?」

 

 5回か6回か、紗綾音は尻を叩かれた。

 秋水は両手を合わせ、合掌を捧げておいた。

 

 

 





 たぶん、サヨチが来なくても、普通に秋水くんを家に連れて行ったでしょうね、このチワワ。
 誰か危機感というのを教えて差し上げて(・ω・`)
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