「どうぞ、粗茶ですけど」
「ありがとうございます、律歌さん。いただきます」
紗綾音の部屋の中央に置かれた、ガラス天板のローテーブル。
そこに座った秋水の前に、かたり、とカップソーサーに乗せられたティーカップが置かれる。
薄い作りをした白磁のティーカップには、紺青色の幾何学模様。お値段のことが一瞬だけ秋水の頭の中をちらつく程度には、良いカップであった。
秋水は紅茶に詳しくない。
なので、ティーカップの中に注がれている赤褐色の液体が、なんの紅茶なのかは判別できない。
ルイボスティーだろうか。適当な直感だが。
いや、そもそもルイボスティーが紅茶なのかどうなのかも、秋水はよく知らない。
なお、ルイボスティーは紅茶ではない。
暖かな湯気と、まろやかで香ばしい香りが立ち上るティーカップを差し出してくれた渡巻 律歌に、ぺこり、と秋水は頭を下げた。
えへ、とはにかむように律歌は笑顔を浮かべる。
律歌はシャツにカーディガン、ジーンズという出で立ちで、カーディガンとジーンズは水色が基調となっている。姉妹揃って青系の色が好きなのだろうか。
シンプルだがお洒落な格好は、律歌の部屋着なのだろうか。
家では適当なルームウェアでうろついている自分とは大違いだ、と秋水は思ってから、最近は家ではなくダンジョンのセーフエリアだな、と自身の考えに修正を加える。パジャマ兼用の安物ルームウェアなのは変わりがないが。
「……お姉ちゃん、その服――」
「なにかな?」
「――か、可愛いよね!」
思わずまじまじと見てしまった秋水と同じく、律歌の妹である紗綾音もその服装を見て褒めている。
紗綾音の言葉に被せるようにして首を傾げた律歌は、その言葉ににこりと微笑む。
何故か紗綾音の頬が引き攣っていた。
そこで同じくローテーブルの前で座っていた紗綾音の親友、竜泉寺 沙夜がすくりと立ち上がる。
「律歌先輩はジャージ姿でもいつも可愛いだろ!」
「沙夜ちゃん?」
「はい」
大人しく座った。
不思議と沙夜の名前を呼んだ律歌の声は、どことなく圧があった気がする。
なんだろう、これは律歌の服を褒める流れなのだろうか。
「とてもよくお似合いだと思います。魅力的ですね」
とりあえず無難に褒めておくことにした。
いや、無難もなにも、女性の服を褒める言葉のストックがすっかすかなので、これでも秋水にとって最上級の褒め言葉のつもりである。
なお、なにがどう似合っているのか説明せよ、となったら秋水は無事に死亡する。
そんな雑で無味乾燥な褒め言葉に、律歌は一瞬だけ驚いたような表情で固まってから、少し頬を染めて柔らかく笑みを浮かべてくれた。
「ありがとうございます。秋水さんも、制服姿が素敵ですね」
「ありがとうございます。ただ、ブレザータイプですので、シャツで首回りが窮屈でして」
「そうですね。ネクタイでちょっと苦しそうです」
「まあ、詰め襟よりはマシだと思いますが」
「確かにそうですね。でも、秋水さんなら学ランでもお似合いそうです」
「ありがとうございます」
花が咲いたようにころころ笑いながら、律歌はティーカップなどを乗せていたおぼんを胸に抱えながら、ゆっくりとした動きで秋水の隣に腰を下ろした。
座ってから、にこっ、と秋水を見上げて律歌は笑顔を向けてくる。
さて、なんと返したら良いものか。
とりあえず、その律歌の背後に躙り寄ってきた沙夜が、今まで見せたことがない凄まじい形相なのが気になって仕方がない。
なんと言えば良いのだろうか。
困っているような、苦しんでいるような、怒っているような、悲しんでいるような、悔しいような。
もしくは、それら全ての感情を全部足した挙げ句に割り損ね、間違ってトッピングでたっぷりと殺意をブレンドしたような表情である。
あえて言うなら、鬼の形相。
どんな感情だというのだろうか。だいぶ怖い。
沙夜は秋水の隣に腰を下ろした律歌との距離よりもだいぶ近く、むしろ律歌に抱きつくくらいの至近距離まで律歌に詰め寄っている。
傍から見たら、律歌を秋水と沙夜でサンドイッチにしている感じだろう。
おかげでローテーブルの反対側には、ぽつんと紗綾音が独りで取り残されてしまっている。
なお、にやぁ、と紗綾音は粘着力のありそうなムカつく笑みを浮かべ、秋水達を楽しそうに眺めていた。
「うーん、甘い香りは寿命が延びるんだよー」
出された紅茶の香りを楽しみながら、にやにやしつつ紗綾音は楽しそうに変なことを曰っている。いつものことか。
しかし、この紅茶は甘い香りと表現するのか。
秋水にはよく分からない世界である。
とりあえず、その甘い香りとはどんなものなのか、秋水もティーカップへ手を伸ばす。
そのタイミングで、秋水に向けていた表情のまま、ぎっ、と沙夜が紗綾音を睨み付けた。
「は? そんな香り消臭してやるが?」
「サヨチが否定したって、この甘酸っぱい香りは消えないんだよ。ほらサヨチも応援しなきゃ」
「そんなの私が許さんが?」
「サヨチはお姉ちゃんのなんなのかな? 保護者なのかな?」
「可愛い後輩だが?」
「あはは、お姉ちゃんが絡むとサヨチがダルーい」
よく分からないが2人で楽しそうである。
なに言ってるか分かりますか、と秋水は律歌に向かって2人に手を向けながら首を傾げるが、分からないです、と言うかのように律歌もふるふると首を横に振った。
まあ、親友同士の会話というやつだろうか。沙夜は何故かとんでもない表情だが。
「そう言えば、秋水さんも試験お疲れさまでした。今日はお疲れさま会でしたか?」
「ああ、いえ。今日は紗綾音さんの持っている本を読ませて頂けると、お誘いを頂きました」
そんな2人を軽くスルーして、律歌は話を切り替えた。
ローテーブルの上には、紗綾音の所有しているファンタジー系の事典が6冊ほど積まれている。まだ読んでいない事典全部だ。どれも種類、と言うべきかジャンルが違う内容っぽいので、とりあえず全部目を通しておきたい。
その積まれている事典を見てから、律歌は驚いたように目を丸くする。
「えっと、それはゲーム系の……?」
「そうですね、ファンタジーの物語に関する事典です。最近興味があったので、調べようとしたところ、紗綾音さんが持っていると言われたのです。正直、こんなに揃えているとは思いませんでしたが」
ぽん、と積まれた本の上に秋水は手を置いた。
別に誤魔化す必要は特にない。
最近、興味がある。
嘘じゃない。
「そうなんですか。ファンタジー系のお話が好きなのは、ちょっと意外です」
「まあ、私も最近までまるで興味がなかったものですから、全く知識が足りないのですが」
「いえ、知識が足りないから勉強するのは素敵なことだと思います。私も読もうかな……」
事典の方へと目を向けて、律歌はぽつりと零した。
「あ、調べてなにか面白い発見とかはありましたか?」
「まだ読んでいる途中なのですが、そうですね、錬金術の話は興味深かったですね」
「錬金術っていうと、物質的とか精神的とかを完全なものへ到達させる学問のことでしたよね。卑金属を貴金属に変成するっていう」
「そうですね。それがファンタジーの物語ですと、魔法的な物質の作成をする製造業の一種と見做されるようです。ただ、アリストテレスの四元素説が魔法というもので存在するという、そんなファンタジー的な要素を取り入れたら、現実の錬金術では根本だった学問的な考えからはむしろ遠ざかっているのが面白いですね」
「そうなんですか。あれ、でも錬金術が学問的な考えから遠ざかったら、体系的な実験手法が確立しないんじゃ……むしろフラスコや蒸留器って錬金術師の研究から生まれてますよね? それに酸の生成とか合金とかメッキ技術とかも錬金術師が生み出したものですし……」
「中世ヨーロッパを舞台にしたトールキン系のものがファンタジーの物語で多く採用されていますが、もしかしたら錬金術の学問に魔法という考えが横槍を差し込んだせいで、科学技術が進歩できずに停滞している可能性がありますね」
「そうですよね。産業革命の中核にあるエネルギー革命は、そもそもそのエネルギーを抽出するための道具諸々とか技術自体は錬金術の流れで発生したものを多く使われてますもんね。そっか、錬金術が違う学問になっちゃっただけで、産業革命が……ううん、そもそも魔法っていうエネルギーがある時点で、産業革命前に人類が使用できるエネルギー総量が違うんだ」
「エネルギー総量ですか? そこは考えていませんでした。確かにローコストで火を起こせるという段階で、現実とは雲泥の差がありますね。産業革命を待つまでもなく、火というエネルギーと明かりを早い段階から確保することができたという時点で、現実の世界とは生産量と活動時間が大きく乖離していることでしょう」
「あ、人間がローコストで火を発生させられるなら、黒色火薬って……あれ、黒色火薬って硝酸と硫黄と木炭でしたよね? 確か硝酸ってイスラム圏の錬金術師が硫酸と硝石から生成する方法を発見したんですから、錬金術っていう学問がなかったら黒色火薬が出てこないですね」
「ですが、黒色火薬自体は確か、中国でなにか実験過程の副産物として発見されたのが最初ではなかったですか? 最初も硝酸ではなく硝石を配合したら爆発したとかなんとか」
「その実験をしていたのは道教系の錬金術だったはずです」
「なるほど、ではやはり錬金術ですね」
「確かに、考えてみたら面白い思考実験ですね、これ」
渡巻 律歌、秋水と同じくファンタジーの楽しみ方をどこか間違えている。
しかし、律歌は本当にぽんぽんと知識が出てくる。
本当に頭が良い人というのは、律歌のような人を言うのだろうか。喋っているとひたすら勉強になる感じだ。
感じというか、現在のダンジョンアタックで使用している武器も防具も、律歌の助言あっての品揃えであることを考えれば、わりと真面目に勉強させて頂いている状況である。
「……ほらサヨチ、お姉ちゃんのお話に混ざんなくていいの?」
「ちょっと待って。開始10秒でもう私の理解の範疇飛び越えてて、話に入っていけない……」
律歌と喋っていると、紗綾音と沙夜が揃って頭を抱えていた。
しまった、置いてけぼりにしてしまったか。
SFめいた思考実験的な話は人を選ぶ。興味がない人はとことん興味のないというのを、秋水はよく知っている。
まあ、妹から「難しい話されると頭痛いんだけど……」とよく注意されていたからであるが。面白いのに。
「あ、そ、そう言えば紗綾音、今回の試験はどうだった? ちゃんとできた?」
同じく2人を置いて話し込んでしまったことに気がついたらしい律歌が、ぱっと紗綾音の方へと話を振った。
気配りができる。流石である。
姉からの質問に、紗綾音はぐっと右手でサムズアップ。
「今回もばっちり。いつもお姉ちゃんに助けてもらって感謝しかないんだよ」
このチワワ、ちゃらんでぽらんな印象のわりに、ペーパー試験は優秀なのである。
妹の様子に、律歌はどこかほっとしたように胸を撫で下ろす。
「良かった。でも、高校受験はすぐなんだから、気を抜いちゃダメだよ。沙夜ちゃんもね」
しかしすぐに表情を引き締め、お姉ちゃんの顔をして紗綾音と沙夜に注意する。
はーい、と紗綾音は苦笑いするように。
はい、と沙夜は姿勢を正してはっきりと。
それぞれの返事を聞いてから、うんうん、と律歌は肯く。
高校受験か。
それを横で聞きながら、秋水はふと考える。
秋水が志望している雫金高校の学力試験は、3月4日。
今日は2月の6日なので、もう1ヶ月を切っている。しかも2月は28日までなのを考えれば、残り時間は地味に短い。
というか、明後日は志望校への出願だ。
高校、ね。
行く必要、あるのだろうか。
そんな考えが、頭を過ぎる。
秋水にとって高校進学は、周りが行くから自分も行く、という程度でしかない。
明確な目的など、ない。
雫金高校というのを志望する理由だって、家から近く、そして両親と鎬の出身校であったからだ。
秋水の学力ならば、もっと上の、それこそ県外の有名校も余裕で射程圏内だと説明されても、そうですか、以上の感想は出なかった。
正直なところ、将来困るから高校には行っておくか、という程度である。
しかし、今はダンジョンからのドロップアイテムがある。
それがどういう扱いになるかは、今のところ政府関係者と交渉に当たっている鎬に掛かっているし、将来的に継続して売れるかどうかは不透明ではあるが、上手くいけばこの先は金には困らなくなる。
売りに出しているのは白銀のアンクレットだけという現状でも、結構なお金にはなっている。
少なくとも金が稼げるのであれば、高校に行く必要は、あるのだろうか。
そんなことを、考えてしまう。
「まあ、でも私には、学年首席様が2人も味方にいるから、安心だもんね!」
変な考えが頭を通過したところで、自信満々な紗綾音の声がする。
学年首席。
自分のことか。
秋水は顔を上げ、そして首を傾げる。
学年首席が2人。
流れるようにして律歌の方へと顔を向けた。
ばっちりと目が合った。
「そういや、棟区も雫金だっけ? 対策とかしてるのか?」
「え、ああ、いえ。特にはなにも」
「すご」
律歌と目が合ったところで沙夜から尋ねられた。
高校受験の対策などなにもしていない。
一応は面接に関してはマナーがどうたらというのは頭に入れておいたが、どうせ第一印象は悪いのだ。対策のしようがない。
学力の試験の方は、まあ、なんとかなるであろう。
いや、ではなく。
棟区、も。
も、ということは、沙夜も雫金高校志望なのか。
そう言えば紗綾音も雫金高校志望だったな。
ついでに、筋トレ女子である錦地 美寧も雫金高校に通っている。
世間が狭い。
高校、行く必要ないかもなぁ。
秋水は先程とは似た内容ながらも、違う配色で彩られた考えを思い浮かべつつ、遠い目になった。
「じゃあ、棟区くんもお姉ちゃんに教えてもらおうよ。現役生の経験談はタメになるんだよー」
「え」
続いて掛けられた紗綾音の言葉に、秋水は思わず再び律歌を見下ろす。
律歌の目が、驚きでまんまるになっていた。
「……秋水さん、雫金を志望してらっしゃるんですか?」
「はい。現役生ということは、律歌さんは雫金高校に通われていらっしゃるのですか?」
「はい」
互いに驚きの表情で見つめ合う。
世間が本当に狭い。
いや、思い返してみたらそうか、先程まで律歌の着ていた制服は、雫金高校の制服であった。女子の制服などまるで興味がなかったものだから、ぱっと思い出せなかった。
「あの、もしかして秋水さん、今回の試験、沙夜ちゃんに勉強教えてたりしました?」
「あ、はい。とは言っても、少しだけなのですが」
目を丸くしながらも、律歌が首を傾げて聞いてきた質問に答えると、何か考えるように律歌が眉間に指を当てる。
「じゃあ、2人が言ってる学年首席って……」
「棟区くんのことなんだよ!」
そして漏らした律歌の呟きに、胸を張って答えたのは何故か紗綾音であった。
「棟区くんは頭が良いし、勉強できるし、教え方も上手だし、味方にいてくれて頼もしい限りなんだよ!」
別にチワワの味方をするつもりは欠片ほどにもないのだが。
腕組みしながら、うんうん、と肯いている紗綾音をじとりと見てから、秋水は律歌に向き直る。
律歌は何故か、沙夜の方を振り返って見ていた。
「……かなりの天然で結構なボケ――」
「む、む、棟区! ちなみに雫金の1年生で、学年首席は律歌先輩なんだからな!」
なにかを言いかけた律歌の言葉に被せるようにして、沙夜が慌てて秋水にそんな紹介をしてきた。
うん、まあ、なんとなく流れで分かっていた。
紗綾音は学年首席が2人と言った。
1人は自分のことだとしたら、紗綾音と沙夜が除外される以上、残るは律歌しかいない。
「そうなのですね」
沙夜に肯いて相槌を入れながら、さて、なんて返すべきか、と秋水は考える。
秋水の中で学年首席というのは、大層な言葉ではない。
試験の合計点数が1位だった。それ以上の意味はないのである。
そもそも授業で行った範囲を理解していれば、普通に正解を導き出せる程度の試験だ。それで満点を取ったところで、なにも誇るところはないし、別に凄いとも思えない。
それに、順位などというのは相対的な評価でしかない。
内容が良かろうが悪かろうが、100人いれば必ず誰かは1位になって、必ず誰かは最下位になるものだ。
成績において重要なのは、相対的な評価ではなく、絶対的な評価である。
筋トレと同じだ。
ジムの中で他人と比べて重量を競う筋トレに意味などない。
大事なのは、過去の自分を打ち破れたかどうか、その1点である。
というのは、かつて美寧に言った台詞だろうか。
「えっと」
沙夜へ振り返っていた律歌が、改めて秋水に向き直って見上げてきた。
苦笑いである。
「紗綾音もお世話になったみたいで……」
「いえ、本当に少しだけですので」
「ええと、お勉強ができ……じゃなくて、得意だったんですね。凄いですね」
褒め方が、異様にぎこちない。
褒められるのがイヤというわけではないのだが、律歌にしてはなんとも心の籠もっていない台詞であった。
それに、学年首席が凄いというのなら、同じ立場である律歌にとって、それは自画自賛でしかないはずである。
ふむ、と秋水は少しだけ鼻を鳴らして考えた。
「いえ、学校の試験において、順位そのものは重要ではないです。学年首席と言われても、大して凄くはないです」
考えてから、秋水は首を振り、あえて律歌の言葉を否定する。
律歌の背後にいる沙夜の目が、きっ、と吊り上がった。
「お前、そういう言い方―――」
「―――ですよね!」
そして沙夜が言いかけた言葉を打ち消すように、急に目を輝かせながら律歌が激しく同意してきた。
え、と紗綾音と沙夜が驚いたように律歌を見た。
やはり、か。
うん、と秋水は肯く。
うんうん、と律歌も大きく肯いた。
「100点満点中、ほとんどの人が10点で、1人だけ11点とっても、首席にはなれますからね」
「分かります! 相対評価で褒められても微妙な気持ちになりますよね!」
「はい、同意します。自分の授業理解度を確かめるツールで、その合計点数の順位を褒められても、という気分になりますね」
「分かります分かります! 勉強しなさい、がいつの間にか、試験でいっぱい点数を取りなさい、なのとイコールにされるの、イヤですよね!」
「賛同します。別に試験で点を取るために、授業を受けてませんよね」
「ですよね! そうですよね! 学校で授業を受けるのはクイズプレイヤーになるためじゃないですもんね! 学んで血肉にすることですもんね!」
「そうですね。試験とは文字通り、授業で理解したことを試して実験する機会ですからね」
「そうですよ! 勉強は理解です! なのに紗綾音ってばひたすら覚えるのヤダとかい言うんですよ! どう思いますか!?」
「それは頂けませんね。ダメですよ紗綾音さん、丸暗記は勉強の本質から大きく外れてしまっています」
「うわぁぁん! なんか分かんないけどこっちに飛び火してきちゃったんだよ!?」
目をキラキラさせながら力強く秋水と同じ考えを律歌が主張し始める。
分かる。
とてもよく分かる。
紗綾音や他のクラスメイトから、学年首席が凄いとか、テストで満点を取れるのが凄いとか、そう言われたとき、秋水の正直な感想としては 「はぁ?」 という感じであった。
学力試験の点数を褒められて、嬉しいことなどなにもない。
褒められたいのだとしたら。
「しかし、律歌さんは学年首席ということは、授業を深く理解されたということなのですね。知識の飲み込みが上手いのは、今までの努力の証だと思います。素晴らしいですね」
褒められて嬉しいのは、結果ではない、過程だ。
秋水はそう思っている。
そして恐らく、いや、きっと、律歌の感性ならば。
「あ、あ、ありがとうございます! そう言ってもらえると、嬉しいです!」
律歌は顔を綻ばせた。
たぶん、勉強という過程の部分を、あまり褒められたことがないのかもしれない。
「父以外にそういう風に言われたことって、全然なかったんですけど……あ、でも、秋水さんも同じじゃないですか。勉強頑張ってるの、偉いです!」
両手をぎゅっと握りながら、律歌が興奮気味に秋水のことを褒めてきた。
秋水も思わず口の端を上げるように、に、と笑う。
「ありがとうございます。嬉しいです」
そう返したら、何故か律歌は嬉しそうに、花の咲いたような笑顔を浮かべてくれた。
なお、目の前にいる紗綾音は、にやぁぁ、とムカつく笑みを浮かべていた。
そして沙夜が、恐ろしい目つきで秋水を睨んでいた。
何故だ。
なお、律歌さんがしれっと秋水くん達の中に混じっているのには誰もツッコミを入れない。
そして、秋水くんと律歌さんは、基本的に感性丸被りなんです。テストの点数という結果を褒められてもねぇ、という捻くれた感性も丸被りを起こしております。シスコン気味なのも、もしかしたら丸被り。家族が大好きなのも、もしかしたら丸被り。
そう言えば、主要な登場人物で、家族が全員生存しているのは渡巻家だけですね(*'ω'*)