おそらくギスギスした戦場になるであろう祈織の店から逃げ出して、律歌を駅近くまで送り届ける。
律歌は買い物の用事とのことだった。
DIYで使う部品とかの調達だろうか、と思ったが、普通に日用品と食材の買い出しとのこと。なるほど、シスコンの紗綾音が着いてこないわけだ。
というか、ここで買って、持って歩いて家に帰るのだろうか。
荷物持ちくらいはした方がいいような気がするのだが。
「大丈夫ですよ。こう見えても私、力持ちなんです」
尋ねたところ、むん、と律歌は力こぶを作るようにガッツポーズ。
オーバーサイズ気味なダッフルコートに隠れてまるで見えないが、たぶん、力こぶはできていないと思われる。
それ以前に、筋肉ムキムキ大男である秋水に対して、力持ちをアピールされても反応に困る。
うーん、と秋水は少し悩むと、律歌は苦笑いを浮かべた。
「はは……ご心配、ありがとうございます。でも、重たいものや嵩張るものは、いつも配送してもらってるので、本当に大丈夫ですよ」
とのこと。
配送。
そんなサービスがあるのか。
ならば普通にネット注文で良いのでは、と思ってしまう秋水は、味気ない野郎なのだろうか。
結局のところ、荷物持ちに関しては律歌に丁寧に断られたため、秋水と律歌はそこで別れることになった。
別れるとき、律歌がにこにこと笑顔で大きく手を振っているのを見て、祈織の店で金色の腕時計を見れたのが余程楽しかったのかなぁ、と頭の片隅で思いつつ、秋水も手を振り返した。
律歌と並んで歩いているとき、時折周りからちらちらと怪しそうな目を向けられていた状況から解放されたことに、秋水はほっと一息つくのだった。誰が誘拐犯じゃい。
さて。
ダンジョンに帰ろう。
「はぁぁ、お姉ちゃん、上手くやってるかなぁ」
「おいヤメロ。律歌先輩が棟区と上手くヤってるシーンなんて想像したくない」
「ちょっとサヨチ、今のは流石にムッツリすぎじゃないかな?」
「紗綾音は想像して平気なのか?」
「いや、いくらお姉ちゃんでも、身内でそういう想像するのはちょっとキツいんじゃないかな……」
「だろ? 想像したくない」
「そうじゃなくて、棟区くんとのデート、ドキドキワクワクキュンキュンな何事かのイベントがあったりして、2人の仲が進展とかしないかなぁ、って思わないかな?」
「思わない、思わない、思わない。棟区が律歌先輩に手を出そうもんなら、私はあの野郎をぶっ殺さなきゃいけないだろ」
「過激にファイアーが過ぎるんだよ。じゃあ逆にお姉ちゃんと棟区くんの仲が決裂しちゃった方が良い? たぶん、お姉ちゃん泣いちゃうよ?」
「律歌先輩を泣かせるなら、それはそれで棟区の野郎をぶっ殺さなきゃいけないだろ」
「理不尽過ぎて棟区くんの進退キワミアームズなんだよ」
下らないことを喋りつつ、渡巻 紗綾音と竜泉寺 沙夜が仲良く街中をプラついていた。
律歌と秋水を見送ってから、結局2人も出掛けたのである。
学年末試験も終わったことだし、気晴らしに服とか小物とか見に行こう、という建前だ。
まあ、実際は秋水と出掛けることになった姉のことが気になりすぎて、紗綾音の心がわちゃわちゃするから家でじっとしていられなくなったのが本音である。
なお、沙夜は2人の後を追いかけよう、とか言い出したので、それは流石に止めた。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄に落ちるのだ。
寒空の下を、女子中学生が2人で歩く。
平和な証だろう。
今から向かうアパレルショップは、冬になる前に行ったきりで、久しぶりだ。その時も沙夜と行ったんだった。
店長のお姉さんは元気にしているだろうか。
店長と言えば、一昨日出会った質屋のちっちゃい店長は可愛かった。フリフリの洋服を着せてみたい。
とりとめのない、変な会話をしつつ紗綾音と沙夜は歩く。
気取らず、気張らず、リラックス。
友達は沢山いるという自覚はあるが、その中でも沙夜との関係は別格、だと紗綾音は思う。
いや、友達に順位をつける気はないので、この考えは取り下げよう。
「あー、そういや、明後日は高校の出願だなー」
「やめてサヨチ。テスト終わったばっかりなのに現実に引き戻すとか、鬼畜生の所業なんだよ」
「……ホワイトデー前の10日間で、高校入試と卒業式と合格発表が襲い掛かってくるよなぁぁ」
「サヨチは鬼なのかな!? 現実を突き付けてくるスタイルとか人の心はないのかな!?」
明日は試験明けで学校が休みである。
そして、明後日は進学希望の高校に出願の日である。
都会ならばもっと早い日付に出願書類の提出が求められると聞いたことがあるが、紗綾音の住むこの地域は、だいたい2月の上旬となっている。この辺が、微妙に田舎、と言われる所以なのかもしれない。
まあ、出願の届け自体は、すでに全員が書き終わっているし、特に問題なければ全員提出済みのはずだ。
高校に出願書類の提出をするのは、学校側の仕事だ。紗綾音たち生徒諸君が行うことはなにもない。
しかし、紗綾音の通う中学校は、何故か出願書類を提出する日を正式に発表しているし、生徒全員にもはっきり公言している。
それはたぶん、高校受験の本番、というのを意識させる目的があるのかもしれない。
そうかもしれないが、紗綾音としては単純にプレッシャーを感じるだけなので、あんまり大きな声で言ってほしくない内容である。
高校受験かぁ、と紗綾音が遠い目をした隣で、くくく、と沙夜が意地悪そうに笑っている。
この優等生ちゃんめ、と紗綾音がむくれるが、ペーパーテスト自体の成績は紗綾音の方が上であることを忘れてはいけない。
店の並ぶ通りを抜けて、信号のある交差点が見えてきた。
「……およ?」
ふと、紗綾音が足を止めた。
交差点である。
ただの交差点だ。
少し大通りの、信号のある普通の交差点。
紗綾音が足を止め、それにつられて沙夜も足を止める。
「ん? どうした?」
「ううん、なんかちょっと……」
紗綾音は不思議そうにガードレールを見た。
極々普通の、白いガードレールである。
他のガードレールよりも、いやに白く、真新しい感じがするだけの、ガードレールである。
「この辺だけ、なんか新しいよね」
紗綾音はその新しくなっているガードレールを指で指し示しながら、雑談の1つという感じで軽く沙夜に言う。
この道を歩くのは久しぶりだ。
なにか工事でもしたのだろうか。
ガードレール以外は特に変わっていないと思うのだが。
「ちょっと錆び錆びしちゃってるんだから、全部まとめて取り替えちゃったら良いのにねー」
古びたガードレールの中で、一部分だけ真新しいものだから目立つのだ。
軽口を零しながら、紗綾音は沙夜の方へと振り向いた。
沙夜の表情が、何故か強張っていた。
紗綾音が指さしたガードレールを見て、目を見開いている。
顔色も、少し悪いような気がする。
呼吸を忘れたかのように、息を飲んだままだ。
え、と紗綾音が声を上げた。
遅れて、は、と沙夜が気がつく。
「そ…………そう、だな……取り替えて、ほしいよな……」
「……サヨチ?」
少し青い顔をしたまま沙夜が今更相槌を打ってくるものの、その言葉は明らかに鈍い。
つい先程までは普通だったはずだ。
どうしたの、と紗綾音が首を傾げる。
言葉にはしないものの、なんでもない、とでも言うかのように、沙夜は静かに首を横に振った。
振ってから、くしゃりと沙夜は額を押さえるように、自分の帽子に手を当てる。
「……もしかして、ここか? いや、でも確か……あー、ダメだ、事故のニュースなんて流し見してたから、場所が全然思い出せない……」
独り言。
なんだろう。
「どうしたのサヨチ? 顔が悪いよ?」
「雑に喧嘩を売りやがってこのやろう」
よかった、ツッコミはちゃんとしてくれる。
条件反射的に言い返してから、ちらりと沙夜は真新しいガードレールを見た。
紗綾音もつられて見る。
一部分だけ取り替えられた、ガードレール。
工事があったか、もしくは――
――壊れたのか。
何故だろう。
少しだけ、嫌な感覚が紗綾音の後ろを、すぅ、と煙のように通り過ぎた。
「紗綾音はさ」
顔を上げて沙夜が名前を呼んできた。
反射的に沙夜の方へと視線を向ける。
表情は、どこかまだ強張っていて、ぎこちない。
「棟区の……えーと……」
「棟区くん?」
急に話が飛んだ。
もしくは、話が巻き戻された。
棟区。
棟区 秋水。
紗綾音のクラスメイトで、友達。
大きくて、分厚くて、ムキムキで、丸刈りで、顔は怖いけど怖いと言われると傷つく繊細くんな、姉が惚れている男の子。
なお、姉は断固として惚れているとは認めていないが、あれだけ秋水に対して、女、という感じな表情を向けときながら、なに寝言をほざいているのだろう、と紗綾音は思っている。ああ、もう、我が姉ながらじれったい。
その秋水は、そんな姉と、今頃デートの真っ最中のはずである。
互いにデートとは思っていないだろうが、実質デートだ。思う存分イチャコラして関係を進めてくれ。
で、秋水が、なんだろう。
名前だけ口にしてから言い淀んでしまった沙夜の言葉を待つように、紗綾音は首を傾げる。
「……あー、紗綾音って、棟区の家のこと、どんくらい知ってるんだ?」
だいぶ言葉に迷ってから、沙夜は首に手を当てながら、変な質問をしてきた。
秋水の家のことと言われても、彼と一緒に帰ったことは沙夜もあるはずなので、だいたいの家の方角は沙夜だって知っているであろう。
もしくは、家族のことだろうか。
秋水はあまり家族の話を学校ではしたくないタイプである。
家族のことが好きではない、というようには感じられないが、そういう話題を恥ずかしがるクラスメイトは一定数いる。秋水もその1人なのだろう。
うーん、と紗綾音は少しだけ返答に迷ってから口を開いた。
「家って、妹ちゃんのこととか?」
「え、あいつ妹いたの?」
「3つ下なんだって」
「……うへぇ」
沙夜は堪らず視線を逸らす。
めちゃくちゃ脂っこい物でも食べたかのような、そんな表情。
なんだと言うのか。沙夜だって可愛い弟がいるじゃないか。
いや、秋水に似た女の子を想像したのかもしれない。だとしたら、いくらなんでもそれは失礼な反応じゃなかろうか。
む、と紗綾音は唇を尖らせた。
「サヨチ、棟区くんのおうちの人の話で、うへぇ、は酷いんじゃないかな?」
「え、あ……いや、ごめん。そうじゃないんだ」
軽く注意したら、沙夜は慌てて弁明する。
弁明というか、誤解を解こうとする。
そうじゃないなら、なんだと言うのか。
ガードレールから秋水の話に移り、沙夜は挙動不審な感じだ。
「そうじゃないんだけど……うん」
「ん?」
「…………すまん、ちょっと待って」
言い訳の前にタイムを掛けられた。
うん、と紗綾音が肯くと、沙夜は何故か頭を抱える。
「どうしよ、教えるか? でもこれ、ちゃんと確かめたわけじゃないし、間違ってたらシャレになんないよな……てか、誤解だったら、また紗綾音にアホみたいな心配掛けちゃうし……でも、あいつの反応見た感じ、マジっぽいんだよなぁ……」
ぶつぶつとなにか呟いて呻いている。ちょっと怖い。
立ち止まってると寒いなー、と真っ先に足を止めた張本人である紗綾音はぼんやりと考えながら、頭を抱えてしまった沙夜を見る。
独り言は小声で、あまり良く聞こえない。
聞こえないが、なんとなく話の流れから、秋水に関することなのだということは分かる。
秋水の家族のこと。
聞いてきたわりには、彼に妹がいること自体を沙夜の方が知らない様子。
そして、妹の話で嫌そうな顔。
けれど、それは誤解だとか何とか。
ふーん。
紗綾音は軽く鼻を鳴らす。
「棟区くんの噂話みたいな感じ?」
「うえっ!?」
面白いくらいに沙夜がびくりと反応した。
カマを掛けるときは、相手がいくらでも解釈できるよう、広い範囲で。
初歩的な引っ掛け話術に、ダメ事例のお手本のようなリアクションをする沙夜に、紗綾音はちょっと心配になった。
「い、いやっ! 噂って言うか、そういう、そのっ!?」
沙夜は慌ててなにかを言おうとして、わたわたと無意味に手を振っていたが、それもすぐにぴたりと止まる。
視線が落ちる。
「…………そうだよな、これ結局、噂の1つっちゃ1つなんだよな」
小さく苦笑した沙夜の額に、紗綾音は指を当て、ぐいー、と押し込んだ。
落ちた視線を強引に上げさせる。
今は楽しいお散歩中だ。
暗い顔をしちゃダメだ。
病は気からと言うけれど、逆に姿勢や表情というのも、メンタルへとダイレクトに影響を与えてしまう。
暗い表情は、暗い気持ちになっちゃうよ。
「ダメだよサヨチ。棟区くんはいっぱい噂されちゃうタイプだけど、ちゃんと棟区くんのこと見なきゃ。棟区くんは良い奴なんだから」
「いや、別にあいつのこと悪く言うような話じゃないんだけどな」
「あと、あんまり人の個人情報喋ると、ミカちゃんみたいに怒られちゃうんだぞ」
「うっ」
茶化すようにして、に、と紗綾音が笑いながら注意をすれば、思い当たる節でもあるのか沙夜が言葉に詰まってしまう。
秋水がお巡りさんに補導されたというのは事実だったが、夜間にふらついていただけという理由を省いて、補導された、という部分だけを切り取ってクラス中に広めてしまった蜜柑は、案の定、教師にめちゃくちゃ怒られた。
見せしめとか生け贄とか言われるが、1人を犠牲にしてその他大勢が学ぶことという事例は、たくさんある。
今回、蜜柑が吊し上げられてクラス一同で学んだことは、個人情報を勝手に拡散するとドチャクソ怒られるんだなぁ、という教訓であった。
「……あー、確かに。クラス全体か紗綾音1人かって違いなだけで、やろうとしてたのは蜜柑と同じか、これ」
「てことは、やっぱり棟区くんの噂話なんだー」
「おいコラ、誘導尋問やめろ」
軽いため息と共に、どこか腑に落ちない様子ながらも、なにかに納得した沙夜が大きく肯いた。
行こうか、と紗綾音が歩き出したら、そうだな、と沙夜も歩き出す。
それ以降、今日は秋水の話題は出なかった。
ガードレールの話も、出なかった。
その交差点では、去年のクリスマス、とある交通事故があった。
バレンタインデーのその日まで、紗綾音は真実を知る機会を、完全に失ったのだった。
ダンジョン、地下1階、セーフエリア。
紗綾音から借りたファンタジーの事典を全て読破した後、秋水はしばらく考えた。
「イメージ……イメージねぇ……」
魔法とは、イメージが重要。
考えながら服を脱ぎ、用意していた装備を着込んでいく。
魔法を使うには、イメージが重要だとかなんとか。
まあ、それは分からんでもない。
実際に現在使うことができる身体強化の魔法や、もしくは魔素回収の魔法は、イメージすることにより成立している。
ふーん、と秋水は鼻を鳴らす。
なるほど。
ならば。
「よし、荷物OK。バールOK。装備良し」
腰ベルトを巻く。
そこには通常のバールが4本差し込まれている。
さらに剣鉈が鞘ごと固定されている。
それに巨大バールを手に取って、背負ったリュックサックには手斧が括り付けられている。
すっかり馴染んだ、武器のセット。
いつもの武装。
いつもの用意。
秋水はヘルメットを被った。
ただのヘルメットである。
「久しぶりだな、これ」
秋水の防具は、いつものものではなかった。
大型バイクに乗るような、ライディング装備ではなかった。
作業着。
軍手。
ヘルメット。
安全靴。
それは1月1日、はじめてダンジョンを発見して、2回目に潜ったときの格好であった。
Q:なんでミカちゃんさんは、秋水くんの個人情報をばら蒔いてクソ怒られるなんて可哀想な役回りなの?
A:悪い教訓となり、サヨチの口を封じるためです。
ボディーブローのようにじわじわとミカちゃんさんのヤラかしが効力を発揮しています(邪悪な笑み)
次回は久しぶりにダンジョンアタック!