ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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225『縛りプレイは手加減であって舐めプじゃないよ!(byチワワ)』

 着る服は年相応のものではなく、むしろ工事現場にいそうな格好であった。15歳には見えないガタイの良さと厳つい顔のせいで、どこかの組織のフロント現場の作業員にしか見えない。

 まさに、ザ・作業服。

 さらに、安全第一と書かれてそうな、ザ・ヘルメット。

 そして、なんの特徴もない安物の、ザ・軍手。

 どこからどう見ても、怪しく厳つく逞しい工事現場の作業員である。

 それが手斧を括り付けられたリュックサックを背負い、剣鉈とバールが装備された腰ベルトを巻き、小学生児童並みの長さである巨大なバールを持っている。

 街中で見かけたら、確実に通報されるような格好だ。

 だがしかし、ここはダンジョン。

 ダンジョンの地下3階。

 恐らく地球上の空間ではない。

 よってセーフ。

 怪しい格好をしていても、なんなら全裸で徘徊したとしても、セーフなのである。

 

「いや、アウトだろ」

 

 コボルトが待ち構える最初の部屋の前に立ち、秋水は冷静に自分の考えにツッコミを入れた。

 全裸はない。

 壁に巨大バールを立て掛けて、ぐるりと肩を回す。

 ただの作業服。

 ライディングジャケットのように、肩やら肘やらにプロテクターが装着されているわけではない。

 以前使っていたインナーアーマーを着ているわけでも、当然、ない。

 握って、開いて、秋水は軍手の調子を確かめる。

 柔らかい。

 いつものライディンググローブのように、握り込むときに抵抗してくる硬さが存在しない。

 不思議な感じだ。

 秋水にとって、1ヶ月と少しで、ライディング装備は「いつもの」と表現するくらいに馴染んでいた。

 しかし、今はただの作業着。ただの軍手。

 角ウサギが相手とは言えど、心許なさはどうしても感じてしまう。

 

「よっしゃ」

 

 装備に対する物足りなさを気合いで覆い、秋水はリュックサックを入り口に置いて、巨大バールを手に取った。

 斧は、1体相手だし、必要ないか。

 ぶおん、と風を切るようにして巨大バールを回す。

 ライディンググローブと軍手では、握った感触がだいぶ違う。

 

「身体強化」

 

 感覚を確かめてから、体の中の魔力を意識する。

 ぐるりぐるりと体を駆け巡る、不思議な力だ。

 その魔力の流れに、色をつける。

 イメージという、色。

 水の中に、インクを落とすように。

 

「60%」

 

 落とした色が魔力に溶け、流れによって全身を巡り回る。

 す、と感覚が研ぎ澄まされる。

 視力。

 聴力。

 思考。

 筋肉。

 皮膚。

 骨。

 その力が、跳ね上がったのが感覚で分かるのだ。

 強化倍率はだいたい最大で200%くらい。

 それの6割で出力しているから、強化倍率は120%といったところか。

 ぎゅっと巨大バールを握る。

 よし。

 

「まずは魔力を流して……」

 

 握り締めた巨大バールをちらりと見て、秋水は独り言ちりながら巨大バールへと魔力を押し流す。

 押し流す、はちょっと違うか。

 循環だ。

 体の中と同じく、魔力をぐるぐると循環させていく。

 魔力を送り出し、引っ張り戻す。

 送って、戻す。

 

「……違うな」

 

 独りで始め、独りで否定する。

 

「これじゃあ、体の中の魔力とは動きが違うよな……」

 

 巨大バールに魔力を送り、引っ張り戻す。

 これは、なにか違う。

 体の中で魔力をぐるぐると循環させるのとは、なにかが違う、ような気がする。

 

「なにが違うんだ?」

 

 首を傾げる。

 傾げながら、足を踏み出した。

 

 

 

 まるで気負うことなく、コボルトが待ち構えている部屋へと足を踏み入れる。

 

 

 

「よう、お待たせ」

 

 踏み入れた足で、岩肌の地面を蹴る。

 巨大バールになんちゃって棒術の構え。

 魔力は送って戻すを継続させる。

 投擲はしない。

 ヒット&アウェイの戦法、ではない。

 

「久しぶりに真っ向勝負と行こうじゃねぇかっ!」

 

 泣く子もビビって失神しそうな獰猛な笑みを思わず零しながら、秋水はコボルト目掛けて突っ込んだ。

 いや、コボルトとの進行方向には、ぽよんぽよんと柔らかそうなデカい水饅頭、スライムがいる。

 スライムへの対処の仕方は、今のところない。

 邪魔なスライムを避けるように、大きく弧を描くようにしてコボルトに向かう。

 コボルトも秋水が部屋に入ってきたと同時に、棍棒を構えて腰を落とした。

 待ちの姿勢か。

 いや。

 秋水がスライムを避けて進路を変更したのを見てから、コボルトも地面を蹴った。

 コボルトもまた、スライムを避けるように斜め前方へと駆け出す。

 反対方向。

 

「つれねぇな!」

 

 スライムを中心にして、反対方向に回り込もうと互いが駆ける。

 距離を測っているのか、それとも攻撃のタイミングを計っているのか、いや、図っているのか。

 左前方に走っていた秋水は、左足が着地すると、今度は右前方へと蹴り出す。

 即座に回り込みを反対方向へと切り替えた。

 スライムからはあまり離れられないが、これで正面からぶつかれる。

 しかし、秋水の進路変更を確認したコボルトが、同じく描く弧を反対方向へと切り替えやがった。

 洒落臭い。

 だが面白い。

 

「ははっ、角ウサギと違って、やっぱお前らとは駆け引きが楽しめるなっ!」

 

 部屋に踏み込んだらご挨拶のように角突きタックルで突っ込んでくるしか能がなかった角ウサギと違い、コボルトの戦法は実に多彩だ。

 待ち構える。

 突っ込んでくる。

 回り込んでくる。

 棍棒は上から殴るし下から殴るし投げてもくるし、トラップであるスライムを今のように盾にしながら動くことだってあるのだ。

 実際に殴り合いが始まるまでにも戦術の読み合いがあって、殴り合いが始まっても攻撃と防御の駆け引きがある。

 角ウサギと戦うような、突っ込んできた、カウンターで殴り殺す、という一瞬の攻防とはまた違う緊張感。

 すでに楽しい。

 秋水は満面の笑みを浮かべつつ、今度は左へ進むように進路を切り替え、左足で踏み込むと同時にやはり右前方へと切り返す。

 左に行くと見せかけてから、やはり右。雑なフェイントだ。

 だが、コボルトの動きが詰まった。

 やはり秋水とは反対側に回ろうとしていたコボルトは、一瞬だけその雑なフェイントに引っ掛かり、ステップをミスって足を止めてしまう。

 ラッキーだ。

 

「ブースト!」

 

 6割を全身の身体強化に使用して、残った4割の魔力を脚に集める。

 集めたと同時に、色をつける。

 全身の身体強化に、脚の部分強化を上乗せ。

 岩肌を蹴り、足の止まったコボルトへと一気に詰め寄る。

 

『ガウッ!』

 

「おらよ!」

 

 攻撃が来ると思ったのか、コボルトは体の前で棍棒を横に構えて防御の姿勢。

 ナイス判断。だが攻撃ではない。

 秋水はなんちゃって棒術の構えのまま、巨大バールを前に突き出して突っ込む。

 巨大バールの中央が、棍棒に激突した。

 

「デートのお誘いだゴラァっ!!」

 

 鍔迫り合いの如く互いの武器を押しつけて、秋水は力尽くで無理矢理コボルトの体を押し込む。

 脚への部分強化重ね掛けは継続中だ。

 フィジカル的にはそもそも秋水の方に分がある。コボルトと比べたら、体格的にも秋水の方が大きく、純粋な力比べでも秋水の方へ軍配が上がるだろう。

 防御で構えた棍棒ごと、コボルトの体を後ろへと引き釣り、弾き飛ばす。

 スライムの近くでドツキ合いをしたら、いつぞやのようにスライムに捕まる可能性がある。

 

『ヴッ!?』

 

「とりあえずスライム……おっと」

 

 コボルトを弾いて転ばせた秋水は、すぐに巨大バールを構えなおして追撃を掛けようとした。

 ようと、した。

 つまり、しなかった。

 脚の部分強化を解除して、踏み込もうとした足を思わず止める。

 

 

 

 巨大バールに流していた魔力が、ストップしている。

 

 

 

 コボルトとの駆け引きをするのに意識が向いてしまって、巨大バールに魔力を循環させるのを忘れてしまったか。

 いや、身体強化の重ね掛けは未だに意識を集中させる必要がある。そのタイミングで途切れたのかもしれない。

 なるほど。

 武器に魔力を循環させるのを意識しながら戦うのならば、なんとかなる。

 しかし、意識を外して戦おうとすると、武器への魔力循環を忘れてしまう。

 難しいじゃないか。

 

「すっ」

 

 軽く息を吸い、再び手から巨大バールに向けて魔力を流す。

 少し遅れてから、軍手を通過して、秋水の中にある魔力が巨大バールへと送り出される。

 

「ふっ」

 

 そして息を軽く吸い、巨大バールに流した魔力を回収していく。

 魔力を流し込む。

 魔力を引き戻す。

 これで擬似的に魔力の循環を巨大バールの中で成立させる。

 

「やっぱ違うな……って、はいおはようさんっ!」

 

 やはり違和感がある。

 言葉には上手くできない、引っ掛かりのようなものを感じる。

 それが一瞬気になったものの、コボルトが跳ね起きた。足と腹筋の力を使って、文字通り跳ね起きた。素晴らしい身体能力じゃないか。もう一回寝てろコラ。

 跳び上がるように跳ね起きたコボルトの頭を、秋水は遠慮なく巨大バールでぶん殴る。

 ゴ、と鈍い音が響く。

 

『ガアアアアアッ!!』

 

「いっ!?」

 

 コボルトの頭を咄嗟に横へ殴った。

 そして、殴られた反動でコボルトの体が反対方向にバランスを崩す、その勢いを乗せ、コボルトが低空の床スレスレのコースで棍棒を横一線に薙ぎ払う。

 ゴ、と同じく鈍い音が響いた。

 棍棒が秋水の左脚に直撃した。

 向こう臑よりさらに下、しかし踝よりも上くらい。

 痛い。

 より、熱い。

 

「ってぇなワレェッ!!」

 

 横殴りに払った巨大バールを引き戻し、右手側のL字の先端で、横突きするようにコボルトの頭を殴る。

 殴って、振り抜く。

 右足を前に出す。

 軸にした左足、棍棒で殴られたところから痛みの信号。

 痛い。

 流石はただの作業服、防御力などなにもない。

 右足で踏み込みながら、振り抜いた巨大バールの遠心力を無理矢理殺して止め、今度は反対へと体を捻る。

 唸れ腹斜筋。

 左手側、平形の先端。

 引き戻した巨大バールの先を突き刺すように、追加で鋭い一撃をコボルトの側頭部にお見舞いする。

 

『ガフッ』

 

「ぐっ……このまま押し切るっ!」

 

 ずきりと鈍い痛みが左足に走るものの、ここで守りに入っては意味がない。

 なんちゃって棒術の構えから、バットの如く平側の先端を両手で握り直す。

 3連撃を頭に喰らい、コボルトが膝をつく。

 倒れない。タフじゃないか。

 しかも、左脚を殴ってくれた棍棒は、攻撃を受けながらもすでに後方へと引き絞られている。

 体勢を崩していても、殴りかかってくる。

 防御。

 秋水の頭に、一瞬だけその2文字が浮かんだ。

 

『グルワッ!!』

 

 膝をつきながらも、コボルトが棍棒を振るう方が早かった。

 狙いは秋水の脇腹。

 斜め下から振り上げるように一閃。

 秋水は巨大バールを上段の構え、頭上高く掲げるように巨大バールを振り上げている。

 つまり、脇腹はガラ空きだ。

 イヤらしくも的確な狙い。

 

 とん、と秋水は踏み込んでいた右足で地面を蹴る。

 

 後ろに跳ぶ。

 

 脇腹を狙ってきたコボルトの棍棒が、秋水の胸の前スレスレを通過した。

 スレスレすぎて、作業服が多少引っ掛かった気がしたくらいだ。

 ナイス。

 

「一気呵成っ!」

 

 左足で着地する。

 棍棒で殴られた箇所から悲鳴が上がるが許容範囲。

 後ろに跳んで、慣性の法則で後方に引っ張られそうな体を無理矢理前に出し、右足で再び踏み込む。

 踏み込むタイミングに合わせ、頭上に振り上げていた巨大バールを、一気に振り下ろした。

 直撃の手応え。

 巨大バールが、コボルトの脳天をカチ割った。

 

『ギャッ』

 

 殴り割ったコボルトの脳天から、キラリ、と魔素の光がわずかに舞った。

 噴き出していない。

 死亡演出には届いていない。

 部分強化を重ね掛ければ良かったかもしれない、と思うのは後の祭りというものか。

 しかし、頭の天辺に重たい一撃をお見舞いされてしまったコボルトは、その体勢を大きく揺らし、後ろへと転がりそうになっている。

 今日はヒット&アウェイの戦法ではない。

 真っ正面からの殴り合い。

 秋水は振り下ろしきった巨大バールから即座に手を離す。

 腰ベルトにはバールが4本。

 それと剣鉈。

 バールは上方向に引き抜くという工程がある。

 剣鉈は居合抜きのように抜けるが、留め具を外す必要がある。

 どっちが速いか。

 迷っている暇はない。

 

 というか、メンドクセェ。

 

 巨大バールから離した左手を即座に前に出し、さらに痛む左足も前に出して踏み込む。

 一気に近づいて、後方へと転がりそうになっていたコボルトの頭を、転ぶ前に鷲掴んだ。

 右腕はすでに、引き絞った弓矢の如く、後ろへ。

 右手を握る。

 軍手が絞まる。

 右腕に、残った魔力を集中。

 流れる水にインクを落とすように、色付け。

 魔法となれ。

 身体部分強化の魔法。

 

「ブーストッ!」

 

 後方へ倒れないように、コボルトの頭を左手で固定。

 そして右腕に部分強化を重ね掛け。

 右手は軍手ごと拳を固く握り締めている。

 その顔面を、叩き割る。

 

「インパクトォォォッ!!」

 

 左手で固定したコボルトの顔面を、右の拳で殴る。

 いや、殴り込む。

 殴り、顔面に、込む。

 秋水の拳が、コボルトの顔面を砕き、その拳の半ばまで、めり込んだ。

 目を見開いて、獰猛な、いや狂気に満ちた笑みが、秋水の顔を彩った。

 死んだか。

 もう一撃必要か。

 哺乳類ならば顔面の骨が確実に陥没したレベルでめり込ませた拳を、捻るようにしてさらにエグる。

 そして背中の筋力で、手首近くまで埋め込んだ拳を引き抜く。

 ぐちゃ、と生々しい音。

 そして軍手越しに肉のような感触。

 まるで本物の生物を殴り殺したかのようなリアルさ。

 

「ふ」

 

 思わず口から笑いが零れた。

 ついでに、潰すように陥没させたコボルトの顔面から、魔素が一気に噴き出した。

 死亡演出だ。

 零れた笑いを、深呼吸のように細長い息の吐き出しに切り替える。

 

「回収」

 

 そして、右腕に重ね掛けていた身体強化を切り、それ用に集めていた魔力をぐるりと渦を作るように回しながら、魔素回収の魔法を立て続けで発動させる。

 煌めく光の粒子である魔素を、右手で吸い取る。

 面倒なので、魔素を噴き出している殴り割ったコボルトの顔面を、右手でガシリと握り締めて左手を離す。

 

「……ふぃぃー」

 

 そこで、秋水はようやく一息ついた。

 魔素を吸収するのは、体の中の魔力が拡張されるような、もしくはマッサージされるような、何とも言えぬ心地良さがある。

 現状、左脚がズキズキ痛いが。

 

「思ってた以上に、バイク用の衣類って丈夫なんだな」

 

 魔素を吐き出し絶賛絶命中のコボルトの顔面を握り掴んで魔素を吸い取りながら、ちらりと秋水は自分の左脚を確認する。

 骨は折れている感じはしない。

 出血もなさそうだ。

 痛いのは間違いないが、立てないようなレベルでダメージを負ったわけでもない。

 殴られて痛いが、怪我を負ったかは微妙、という絶妙なラインである。

 せいぜい、痣ができるくらいであろう。

 しかし、作業服のズボン、ちょっと破れている。

 たった1撃でお釈迦様となられてしまった。まあ、これで外を出歩くわけではないから良いけれど。

 やはり、ライディング装備ではない普通の作業服で攻撃を受けるのは、なかなかにリスキーだ。

 痛い。

 その痛みを改めて感じ、秋水の口角がわずかに上がる。

 

「いいね、ヒリつく」

 

 楽しい。

 楽しいじゃないか。

 痛いのは、生きている証拠だ。

 死んだら、痛くも苦しくもなくなるのだ、きっと。

 だから、この痛みは、良いことだ。

 楽しいことだ。

 ライディング装備で全身を固めると、ダメージは確かに抑えられる。

 

 しかしそれは、かつて角ウサギと戦い始めた頃のような、一撃で死ぬかもしれない致命傷と隣り合わせのようなスリルからは、遠ざかるという意味である。

 

 別に秋水は、安全にダンジョンアタックをしたいわけではない。

 殺し合いをしたいのだ。

 一方的な虐殺をしたいわけではない。

 かと言って、自殺をしたいわけでもない、と思う。

 おそらく。

 ない、よな?

 死にたくてダンジョンに潜ってるわけじゃない、はずだ、たぶん。

 

「この格好でのコボルト戦は、なかなかに緊張感があるじゃないの」

 

 少しだけ自分の中に湧き上がった疑問は、ふぅ、と溜息のように息を吐き出して消えていく。

 魔素を吸い取る感覚が気持ち良い。

 殴り殺せて気持ち良い。

 殴られて、殴り返して、最高じゃないか。

 最後は直接拳で殴った。

 生々しい肉の感触。

 骨を砕くような手応え。

 

 父と、母と、妹が、最後に味わわされた感覚の、加害者側。

 

 秋水の顔に浮かんでいた笑みが、す、と消える。

 いけないな。

 テンションが下がるようなことを、考えてしまった。

 馬鹿馬鹿しい。

 悍ましい。

 

「……ま、でもやっぱ、脚にダメージ負うのはマズいな。機動力が落とされたら、ヒット&アウェイどころじゃなくなるだろうし」

 

 思考を切り替える。

 反省会だ。

 今回はライディング装備ではなく、普通の作業服でダンジョンアタックに挑んだ。

 防御力が格段に下がっている、となると、緊張感は段違いであった。

 めちゃくちゃ楽しい。

 左脚を殴られたが、あれがもう少し上、いわゆる弁慶の泣き所を殴られていたら、流石の秋水でも悶絶していただろう。

 そして、悶絶なんて悠長なことをしていたら、コボルトから一方的に殴られていたに違いない。

 しかも今は、頭を護っているのはバイクのヘルメットではなく、工事現場で見かけるような帽子型のヘルメットである。棍棒で殴られたら割れそうだ。

 危なかった。

 ギリギリだった。

 

「ギリギリっつったら、最後の一撃はよく避けられたな、俺」

 

 そして思い出すのが、膝をつきながらもコボルトが繰り出した棍棒の一撃を、後ろに跳んで避けたこと。

 いや、まあ、偶然なのだが。

 避けようと思って後ろに跳んだわけでは、ないのだが。

 本当に偶然なのである。

 巨大バールは棍棒よりもリーチが長い。なんと言っても150㎝という長さである。

 紗綾音から借りたファンタジー武器の辞典では、バスタードソード、とかいう片手半剣のロングソードがあったが、あれとて110㎝から長くて140㎝程度に収まるらしい。

 秋水の使っている巨大バールは、バットのように構えたら、もはやツーハンデッドソード、両手剣と同等の長さがあるのだ。

 その長さ故に、最大効率でダメージを与えられる射程距離が、コボルトの棍棒とはそもそも違う。

 あのとき秋水は、なんちゃって棒術からバット持ちに切り替えた直後だった。

 そして、先端のL字部分でぶん殴ろうとするにはコボルトとの距離が近かったので、自然とバックステップをしたのである。

 後ろに跳んだ直後、脇腹を狙って振られた棍棒が、作業服の前を掠めたのだ。

 つまり、偶然。

 たまたま回避できた、だけである。

 

「危なかったなぁ」

 

 棍棒がカスった作業服の前部分を確認したら、がっつりと擦れた跡が残っている。破れてないだけマシだろうか。

 やはりライディング装備じゃないと、防御力には不安が残る。

 その不安がまた、堪らない。

 作業服もちょっと買い込んでおいて、これから不定期で作業服ダンジョンアタックをしても良いかもしれない。

 これは良い収穫ができた。

 今日のダンジョンアタックは幸先が良いぞ、と秋水は笑みを零した。

 

 

 

「…………いや、違うだろ俺ぇぇぇっ!!」

 

 

 

 そして、秋水は絶叫した。

 ダンジョンの外では出すことのない、迫真の大音量だった。

 

「防御力落としたのは戦いに集中するためだけれども、目的が違うだろ馬鹿がよぉぉ」

 

 がくり、と秋水は膝を落とす。

 コボルトの顔面をベアクローの如く掴んだままであり、なんならばコボルトの後頭部を岩肌に叩きつけるように崩れ落ちたので、傍から見たら死体に追撃を掛けている外道のようであった。

 ちら、と秋水は近くに転がっている巨大バールを見た。

 脳天に一撃をお見舞いし、追撃を掛けるために取り回しの悪い巨大バールから手を離し、咄嗟に徒手空拳、と言えば聞こえの良いただの筋肉パンチに切り替えた。

 それによってコボルトにとどめを刺せたのだ。

 

 だが違う。

 

 巨大バールから手を離してどうすんねん。

 

 違う。

 違うのだ。

 わざわざライディング装備から作業服に切り替えて、防御力が下がった緊張感で、コボルトとの殺し合いにはいつも以上に集中できた。

 それは確かだ。

 楽しかったさ。

 でもそうじゃない。

 

 

 

 今日のダンジョンアタックは、巨大バールや剣鉈などの武器に、無意識下でも魔力を循環させ続けられるようになる訓練なのだ。

 

 

 

 身体強化の魔法は、一度発動させたら秋水が意図的に解除するまで持続する。

 部分強化の魔法も同じだ。

 そして、魔法以前の問題として、体内で魔力を循環させることもそうである。

 最初に魔力を動かす、そのスタートの部分では意識が必要だが、止まっていた動いてしまえば、あとは無意識下でも魔力の循環は行えるのだ。

 コボルト3体相手に、部屋中を走り回って汗だくになろうとも、魔力は無意識で循環させ続けられる。

 ボスウサギに左腕を吹き飛ばされようと、身体強化の魔法は無意識下で維持させられ続ける。

 秋水の魔法は、使い始めこそ意識する必要があるが、発動してしまえば以降は意識せずとも効果を発揮し続けるのである。

 

 だが、巨大バールに魔力を循環させるのは、そうではない。

 

 魔力を送り込む。

 

 送り込んだ魔力を回収する。

 

 それにずっと意識を割いている、という感覚がずっとある。

 自然な流れではない。

 無理に魔力を流して循環させている、そんな感じだ。

 魔力の循環自体が、無意識下で行えない。

 

 そうであるならば、その魔力にイメージで色付けをするようにして魔法にする、という点に到達はしないだろう。

 

 魔法にするの前に、魔力の循環を自然に行えるようにならなくてはならない。

 だから、今日は武器に対し、無意識でも魔力を循環させ続けられるための訓練が目的なのだ。

 目的だったのだ。

 

「なのに武器を投げ出すなよな俺ぇ……」

 

 秋水は盛大に溜息を吐き出す。

 魔力を武器に循環させるのに意識を割かないため、わざわざ作業服でダンジョンアタックをしてきたのだ。

 目の前の殴り合いに集中しないと、コボルトに殺される。

 その緊張感で、確かに集中できたさ。

 楽しく集中した結果、普通に本来の目的を忘れちゃってたのさ。

 ははは、馬鹿じゃないだろうか。

 がくりと秋水が肩を落としたタイミングで、コボルトの頭を掴んでいた右手が、すか、と空を切った。

 

「おろ?」

 

 体勢を崩しかけ、秋水は反射的に床に手をつく。

 魔素を吐き出しきったコボルトが透明になり、かなりうっすらとなっている。

 これくらい透明になったら触れなくなるのか。

 そういえば、どこまで透明になったら触れなくなるのか、というのは実験していなかったなと秋水は頭の片隅で考えてから、もう一度溜息を漏らしつつ立ち上がる。

 

「いや、切り替えろ切り替えろ。次は武器から手を離さないように……」

 

 ぱんぱん、と手を払ってから、秋水はふと自分の右手を見た。

 軍手である。

 ライディンググローブではない。

 

「あれ、そういや、別に軍手外さなくても、魔素は回収できるのか……」

 

 今までいちいちライディンググローブを脱いで、手の肌を露出させてから魔素を吸引するように回収していた。

 しかし、今回は顔面を殴り潰した右手で、そのまま魔素の回収を始めたので、軍手を脱いでいない。

 

「ふーん、グローブの方でも外さずに魔素の回収ができるんなら、ちょっと便利になるな」

 

 ライディンググローブを脱ぐ、という僅かな手間だが、それが短縮できるなら、それに越したことはない。

 これは地味に良い発見だな、と秋水は再び両手を、ぱんぱん、と叩いて払う。

 

「………………」

 

 払って、秋水は再び右手を見た。

 軍手である。

 何の変哲もない、ただの軍手である。

 

 棍棒で殴られた左脚のズボンは、ちょっと破れた。

 

 棍棒がカスった部分には、はっきりと擦れた跡が残った。

 

 そして、手首近くまで抉り込ませる勢いで顔面を陥没させるパンチを繰り出した、右の拳、その軍手。

 

 

 

「…………なんでお前、ホツレてすらいねぇの?」

 

 

 





 ダンジョンで縛りプレイを始める秋水くん(;´д`)

 次回はお馴染み考察回。
 考察回ってストーリー進展なくても面白く感じるのは私だけだろうか(。´・ω・)?
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