ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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228『天才という言葉で片付けやがったクソ野郎』

 筋肉痛が治った。

 3日間という長々と続いた痛みから解放された少女、錦地 美寧は、それに安堵と寂しさを同時に覚えて複雑な心境であった。

 木曜日。

 美寧の筋トレ先生、秋水の考えた筋トレメニューを一身上の都合により5割増しで行うという馬鹿な真似をした美寧は、当然のように揺り返しの筋肉痛に悶絶する羽目になったのだが、今朝になってからだいぶ痛みはマシになった。

 そして、学校の授業が終わった頃には、ちょっと筋肉がピリピリするかな、という多少の違和感程度にまで筋肉痛は改善されたのだった。

 良かった。

 同時に、少し寂しい。

 あの筋肉痛は、秋水の考えてくれた筋トレで引き起こされた痛みだった。

 つまり、痛みを感じている間は、常に秋水の愛を感じていたのである。

 少しどころか、大分寂しい気がしてきた。

 乙女心とは複雑であるが、その理論はおかしいだろ、と誰かツッコミを入れた方が良いのかもしれない。

 

「テストどうだったー?」

 

「平均点大分上がってない?」

 

「ウチの学年、優等生組多いからなー」

 

 授業が終わり、放課後。

 ホームルームも終わってガヤガヤとしている教室で、美寧は澄まし顔で黙々と帰る準備をしていた。

 学年末試験が終わり、通常の授業が再開された初日である。

 どの授業においても行われたのが、楽しい楽しい答案用紙のご返却祭りであった。

 採点された答案用紙を確認して、喜びの声と嘆きの声でワイワイしている中、全てにおいて美寧はすました顔で答案用紙を受け取って、喜びも悲しみも表に出すことなく淡々としていた。

 少なくとも、表面上は。

 美寧の所属しているクラスにおいて、成績トップは美寧である。

 提出物は完璧。授業態度良し。そして試験は学年で見ても確定で上位。

 その美寧は今回の試験でどれだけの点数を収めたのだろうかと、クラスメイトは興味津々に美寧の様子を観察していたものの、これというリアクションを示さない美寧の表情からは、今回の試験成績が良かったのか悪かったのかは全く想像できない。

 錦地 美寧はクールである。

 試験の点数如きで動じはしない、冷静沈着な女子高生。

 美寧に対するクラスメイトの総評は、だいたいそんな感じだ。

 化けの皮が分厚いと言うべきか、クラスメイトの目がだいたい節穴と言うべきか。

 鞄を手に取り、さて帰るかと席を立とうとした美寧は、ふと何かを思い出したかのように再び鞄を開ける。

 

「えっと……」

 

 ぽつりと独り言を漏らしつつ、美寧は鞄からクリアファイルを取り出して、ついでにスマホも開いてなにかを確認する。

 スマホを開いて起動したアプリは、カレンダー。

 中学生や高校生などを対象にした、授業の時間割が表示できる優れものである。

 美寧は明日の時間割を確認してから、クリアファイルの中に仕舞われているプリントをぺらぺらとチェックする。

 学年末試験の答案用紙だ。

 今日返却された科目の授業は、明日はない。

 そして、返却されていない分の授業が、ぴったり明日ある。

 つまり、明日で全ての答案用紙が返却されるのだ。

 なるほど、明日には結果が出揃うのか。

 ふーん、と美寧はわずかに鼻を鳴らす。

 美寧はもう一度、今日返却された答案用紙を確認する。

 

 97点。

 94点。

 96点。

 96点。

 95点。

 100点。

 

 ふ、と美寧は小さく笑った。

 素晴らしい点数である。

 この調子であれば、学年2位だって夢じゃない。

 美寧の学年には全国統一テストで上位の成績を収めるとかいう明らかにレベルのおかしな化け物がおり、学年首席はその化け物が常に独占しているということを考えれば、常識の範疇内では美寧も首席クラスと考えても良いかもしれない。

 試験結果は上々どころか最上。

 クールな少女でも、この結果を見て笑みを零すのは仕方のないことだろう。

 澄まし顔の美寧でも、内心は喜んでいるのである。

 

 

 

 この点数なら先生の好きな “頭の良い子” のジャンルに、私ってば滑り込めてちゃってるじゃんねっ!! ジャストフィットしてるじゃんね!! 今回のテストって筋肉痛で集中力半減してたくせに結果は絶好調とか、もはやこれってあの化け物天才女にだって実質勝ってる感じじゃんね!! てことは実質私がトップ・オブ・トップじゃんね!! つまりつまり「頭の良い子が好きです」って言ってた先生の好み直球ど真ん中が私・オブ・私ってことじゃんね!! ひああああああああああああああああああああ!!!! あの筋肉ゴリゴリ極悪フェイスの先生が超絶イケボで「美寧さんは勉強も運動もできて素晴らしいですね」とか言ってくれる未来が見えるじゃんね!! いや言わないだろうけど、でも言うかのせいもあるじゃん!! ゼロじゃないじゃん!! ゼロじゃなければ実質100%じゃんね!! 

 

 

 

 訂正しよう、内心は狂喜乱舞でアホ程に浮かれていた。

 頭の中ではミニミニ美寧ちゃんがMPか気力を吸い取りそうな踊り披露するパーティーが開催されているが、そんな内心を1㎜も表に出さない面の皮。クールな少女詐欺だ。

 明日は楽しい華の金曜日。

 なんてったって、明日の夜はジムの日だ。

 ジムで筋トレの日だ。

 筋トレをしてボディメイクを頑張っちゃう日である。

 

 そして秋水と嬉し恥ずかし二人きりの密室デーだ。いやん。

 

 いやん、ではない。

 しかし、明日秋水に合う前に、試験結果が出揃うのは好都合だ。

 答案用紙をそれとなく持って行き、それとなく秋水に見せてみようか。いや、わざとらしすぎる。

 しれっと、平均96点くらいだったよ、と結果報告してみるか。疑われないだろうか。いや秋水ならきっと疑わない。断言。

 ああ、いっそ明日中に学年順位が発表されないだろうか。無理か。来週だもんな。ちくしょう。

 いや逆転の発想。明日は秋水にテスト頑張って点数めっちゃ高かったよアピールをして、来週は学年順位を報告できるという隙を生じぬ二段構えで “頭の良い子” アピールができるじゃないか。神日程じゃないか。この時間割を考えた奴は天才か。

 

 あぁぁぁもぉぉぉぉ無理! 明日先生に会ったら、ぜったいに先生に褒めてほしぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! でも褒められたら死ぬ!! 死ぬから褒めないで!! でも褒めて!! 死ぬけど褒めて!! 死ぬけど生き返るから褒めて!! なんだったら頭もなでなでとかしちゃってくれたら嬉しいというかいやいやよくよく考えたら私って先生に何度か頭撫でられたことあるじゃんねって滅茶苦茶贅沢な体験しちゃっていやちょっと待ってあのときもあのときも私の髪の毛ってどんな感じだったっけ思い出せないんだけどツヤツヤさらさらヘアーじゃ少なくともなかったというか筋トレしちゃってた後だから絶対汗っぽかっただろうなってそれはつまり先生に汗濡れクソダサ臭い頭触らせてたってことだから最悪じゃんね過去の私でもやっぱり先生の大きな手でなでなでして欲しいし褒めて褒めて褒めて!!! うぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 早く明日になって、とっとと日が沈んで夜にならないかなあああっ!!!

 

 分厚い化けの皮の内側で、そんな独り漫才を繰り広げつつ、美寧はクリアファイルを机に置いてスマホを仕舞う。

 ぴり、と胸の筋肉が突っ張るような感じ。

 痛いわけではない。

 違和感、というか、筋肉の動きがぎこちない感じである。

 明日には治っているであろう。早ければ今夜には消滅してそうなくらいに些細な違和感だ。

 だがしかし。

 

 

 

「うわっ、錦地、歴史100点なのっ!?」

 

 

 

 悩もうとした瞬間、後ろからそんな無遠慮な声が上がった。

 無視しても良いのだが、自分の名字を呼ばれた以上、無視したら印象が悪かろう。

 誰だよクソが先生のこと考えてたのによぉ。

 心の中で毒づきながら、美寧は振り返る。

 美寧は根本的な部分で、性格が歪んだままなのである。

 

「え?」

 

「いや、錦地なら絶対高得点だろうって思ってたけど、満点かよ!? 俺なんて歴史50点台だぜ!?」

 

 振り向いた先には男子生徒。クラスメイトだ。

 いやいや、近い近い近い。なんなのコイツ。そもそも誰だっけコイツ。

 わりと至近距離に立たれていたことに美寧はぎょっとするが、その男子生徒は美寧の様子に気がつくことなく、美寧の席に片手をついてずいっと置かれたクリアファイルに顔を寄せていた。

 誰だっけコイツ。

 1年近く過ごしているにも拘わらず名前の分からぬ男子生徒を思わず真顔で見つめてから、にへら、と美寧は作り笑いを浮かべる。

 

「声の大きさは満点だね」

 

「そりゃゴメン!」

 

 軽い嫌味に男子生徒はぱっと顔を上げ、にかりと笑って謝る。

 だから近いって。

 席の前で椅子に座っている美寧に、後ろから席に手をついている男子生徒。距離が近い。殴ったろうか。

 距離感バグっている男子生徒にほんのり殺意を覚えるが、美寧自身も話しかけるときは距離感が近いというのを、美寧本人は自覚していない。

 

「なあなあ、他も100点だったりするのか!?」

 

「いやさすがに……平均で96点ちょいって感じかな。明日の結果は分かんないけど」

 

「すげぇなあ、やっぱ天才は違うな!」

 

 は?

 思わず素で声が出そうになったのを押し殺す。

 声を押し殺すんじゃなくて、コイツをぶっ殺してやろうか。

 にへら、という笑みを浮かべたまま美寧は男子生徒の言葉に無言を貫く。

 男子生徒は、良い笑顔だ。

 たぶん、悪気はないんだろう。

 そしておそらく、褒め言葉なんだろう。

 でも、ぶっ殺してぇ。

 天才という言葉で片付けやがったクソ野郎に覚えた殺意が、明確に色濃くなった気がする。

 こっちは努力してんだよ、毎日。

 毎日毎日、報われるかどうかも分からない努力を、コツコツコツコツ、地味に積み重ねてるだけなんだよ。

 誰が天才だ。

 テメェが努力もサボった馬鹿なだけだろうがクソが。

 天才なんてのは、馬鹿が考えた――

 

 

 

 ――――いや、馬鹿は自分か。

 

 

 

「天才、ね」

 

 急に怒りが鎮火する。

 天才という言葉で片付けるクソ野郎だなんて、身に覚えがありすぎる。

 

 姉は本当に、天才だったのだろうか。

 

 そういう風にしか、姉を見てこなかったのは自分じゃないか。

 馬鹿みたいなことをふと思いついてしまい、美寧の浮かべた笑みが少しだけ暗くなる。

 死人の内情など、もう知る術はないというのに。

 美寧は作り笑いを維持したまま、答案用紙を入れたクリアファイルで、こつん、とうるさい男子生徒の頭を小突いた。

 

「努力を努力と呼ばなくなるまで努力するじゃんね、馬鹿者くん」

 

 小突いてから、にっ、と美寧は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校を出たら、めちゃくちゃ寒い。

 そう言えば、今日は今年一番の寒さだとかなんとかニュースになっていたような気がする。

 早く春になってよぉ、と内心で思いつつ、美寧は身を縮ませながら小走りで目的地に向かう。

 なお、美寧の去った教室では、高嶺の花である美寧に果敢に話しかけ、そして軽くあしらわれて撃沈した少年が英雄と持て囃されていた。平和である。

 そんな教室の現状など知るよしもなく、あの馬鹿は結局名前なんだったっけ、と小走りしながら美寧は首を捻る。報われない少年であった。

 まあ、クラスメイトの名前などどうでも良い。

 早く行かなくては。こんな寒空の下でのんびりしてられるものか。凍えてしまう。

 美寧は学校用の鞄と、小ぶりなボストンバッグを持っている。

 ボストンバッグの中は、タオルに水筒に、そして勝負のスポーツウエアが入っている。

 ジムのセットだ。

 今日はジムに行こう、と美寧は昨日から決めていた。

 明日の夜にはまたジムに行くのだが、それはそれとしてジムに行く。

 目的は当然、筋トレだ。

 かなり軽い筋トレだ。

 がっつりハードな筋トレは、たぶん明日、秋水とたっぷりやるに違いない。彼の組んだメニューは、なんだかんだと鬼畜仕様なのである。好き。

 昨日までは学年末試験だった。

 そして筋肉痛だった。

 筋肉痛はほとんど治まったが、ほんの少しだけ違和感が残っている。

 たぶん、明日には消えるであろう。

 しかし、学年末試験と筋肉痛のダブルパンチで、体がすっかり鈍ってしまっている。

 いや、数日程度で体が、と言うか筋肉が小さくなって鈍るなんてことは生物学上あり得ないというのは知っているが、それでも明日の本番に向け、今日の内にしっかりと体を解して勘を取り戻したいのだ。

 秋水から「あー、体が硬くなってますねー」なんて言われてみろ、死ぬ自信がある。

 よって、今日は軽い筋トレ。

 またの名を、ストレッチ祭り。

 関節という関節の筋肉をガッツリ伸ばし、ゆるんゆるんのぐねんぐねんにしてやろうじゃないか。

 秋水からは一昨日、丁度良くおすすめの静的ストレッチを教えてもらったばかりである。

 

「10倍くらいやってやろうじゃんね……!」

 

 秋水の組んだ筋トレメニューを5割増しで行って筋肉痛に苦しんでいたことからなにも学んでいない美寧であった。もしくは、喉元過ぎれば熱さを忘れる、というのを地で証明しているだけかもしれない。

 そんなことを考えていると、目的地のジムが見えてきた。

 可愛らしくデフォルメされたピンクのクマが、バーベルを持ち上げているとかいうファンシーかつシュールな看板。

 最初に見たときは、なんだこれ、と思った看板であるが、改めてじっくり見ると、なんだこれ、となってしまう看板である。個性的と考えておこう。

 駐車場には車がある。

 7台、いや奥にもあるから9台か。

 駐輪スペースにも自転車やらバイクやらがある。

 やはり、深夜とは違って人がいる。

 他人がいる。

 

「…………」

 

 一瞬だけ、美寧の足が止まった。

 ふと思い出すのは、2週間ほど前のこと。

 思いつきでふらりと立ち寄った放課後のジムで、初めて秋水以外の人が筋トレに励んでいる姿を見た。見てしまった。

 誰も彼もが頑張っていた。

 重い重量を扱っていた。

 あの小学生くらいの女の子は、今日もいるのだろうか。

 ベンチプレスで35㎏に設定されたバーベルを持ち上げていた、あの小学生くらいの子。

 ああ、そう言えば、秋水と知り合いらしい少年はいた。

 確か、レッグプレスが100㎏。

 他にもいたな。ラットプルダウンが70㎏に、ローローが60㎏くらいで、アブダクターで80㎏に、チェストプレスが50㎏。それからダンベルコンセントレーションカールを24㎏、だったか。

 事細かによく覚えている。

 ピークエンドの法則で考えたら、それだけ自分はショックを受けたんだな、と美寧は比較的冷静に自己分析ができた。

 

 そして、一瞬だけ、自分が尻込みしたことも、分かった。

 

 周りが凄い。

 全員本気だ。

 その中に、自分が入り込んでいいのだろうか。

 ショボい筋トレしかできないひ弱な初心者が、あの世界に入り込んでいいのだろうか。

 

 また、恥ずかしいと、思ってしまわないだろうか。

 

 笑われないかと、疑心暗鬼になってしまわないだろうか。

 

 先々週に受けたショックが、その時の感情が、何故だか急に蘇ってくる。

 怖いのか。

 自分は、怖がっているのだろうか。

 ジムの駐車場を前にして、美寧はごくりとつばを飲む。

 人がいる。

 他人がいる。

 いやがうえにも他者がいる。

 周りに人がいて、自分と見比べてしまえる環境だ。

 深夜とは違う。

 秋水と2人きりの環境とは、大きく違い

 

 

 

『隣の誰かと比べたところで、美寧さんが競う相手は、常に自分自身なんですよ』

 

 

 

 ふと、低い声が胸の奥から聞こえた気がした。

 そうだ。

 そうだったよね。

 ぐ、と奥歯を噛んでから、美寧は顔を上げた。

 彼の言葉が、背中を押した。

 背中を押されて、前へ前へと足が出る。

 好きだなぁ。

 シンプルな感情が、ふわりと胸を撫でてきて、美寧は小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、100㎏のバーベルを頭上に持ち上げる、ヤバい筋トレしている人がいた。

 秋水だった。

 

「……先生ってもしかして、片腕で私のこと持ち上げられたりする?」

 

「え? ああ、まあ、重心さえ合うのなら、反動なくても持ち上げられるとは思いますが」

 

 その全身筋肉鎧を纏ったマッチョメンは、美寧を片手で抱き締めた挙げ句に持ち上げられるらしいのだ。

 なにそれ。そのシチュはエロ過ぎて逮捕なんだが。性癖ぶっ壊されちゃうんだが。あ、もう性癖ぶっ壊されてたんだが。手遅れなんだが。責任とって結婚して欲しいんだが。

 

「こんにちは先生。ヤバい重量じゃんね、これ。100㎏だぁ」

 

「はい、こんにちは美寧さん。まだフォームの確認なので、ここにあと40足しますよ」

 

 なるほど、他人と比べても仕方がないな。

 秋水のトレーニングを目の当たりにしてしまっては、他人と自分の筋トレを見比べるのが如何に馬鹿馬鹿しいかがよく分かる。

 どう考えたって自分には到達し得ない境地を見せつけられて、ヤバい重量じゃんね、と美寧はわりと素の声で呟いた。

 

 

 





 天才と評価されてキれかけ美寧ちゃんですが、ちらちら言及されている学年首席の化け物ちゃんや、それこそ亡き姉に対して、美寧ちゃんも「天才」という評価をしています。
 特大ブーメランですね(・ω・`)
 まあ、それに気がつけただけ良かった(*'ω'*)

 なお、秋水くん以外への内心コメントが辛辣なのは変わってない(;´д`)
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