ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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232『前例主義的な考え』

 遠慮なくコボルトを血祭りに上げ、角ウサギを虐殺した。

 ダンジョンの地下3階。

 奥へと進んだ先にある、岩の扉を秋水は見上げた。

 

「じゃあ、今日の夜にでも」

 

 に、と秋水は笑いながら呟いた。

 右手にはいつものメイン武器、巨大バール。

 武装強化の魔法はスムーズに発動できる。

 単純で、かつ応用が利く魔法だ。

 これで条件は揃った。

 ぐいっと秋水は大きく伸びをして、深呼吸を1つ。

 ただいま午前4時。

 ここからセーフエリアに戻り、一眠りして、風呂に入って、ごはんを食べて、学校だ。

 今日は学年末試験の答案用紙が一気に返却される日である。

 結果はどんなもんだろうなー、と軽く考えながら、秋水は振り向いて、歩いてきた道を引き返すことにした。

 学校が終われば、またダンジョンアタックをしよう。

 角ウサギをぶち殺し、コボルトを皆殺しにし、再びここまで来るとしよう。

 

 そして、この扉の先に、行くとするか。

 

 秋水は小さく笑いながら、セーフエリアへ引き返す。

 秋水の来ているライディングジャケットは、右の袖が肘から先まで丸ごと溶けており、所々に溶けたような穴が開いていた。

 ジェットヘルメットも、顔面を守るシールド部分を取り外したのか、なくなっている。

 ズボンは比較的に無事であるが、左足を守っていた安全靴も半分溶けている。

 腰ベルトに差し込んでいるバールは3本だけで、残りの1本はどこにも見当たらない。

 怪我らしい怪我こそポーションで癒しているが、久しぶりに装備がボロボロである。

 笑いが思わず漏れてしまう。

 その左手には、小さな翠玉らしい宝石がきらりと光る、白銀のサークレットが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げ」

 

 学生服に袖を通し、朝の寒空へ白い息を昇らせながら学校に向かって歩いていると、そんな単発の声が秋水の背後から聞こえた。

 人通りの全然ない道。

 空耳、にしてははっきりと聞こえた。

 ネガティブな色がはっきりしている呟きだ。

 向けられているのは、まあ、自分であろうな、と秋水は思いつつ、足を止めることなく歩く。

 ここで振り向いて確認すると、なんか文句あるんかワレェ、と言ってるかのような誤解を受けるであろう、経験的に。

 

「…………」

 

「…………」

 

 背後に1人。

 誰かは分からない。

 声からして女性であろう。

 げ、以降の発言は特になく、秋水の後ろを歩いているのが、足音でなんとなく分かった。

 足音、だけだろうか。

 なんとなくだが、後ろに誰かいるな、という表現しづらい感覚もある。

 そういえば最近、コボルトや角ウサギを複数相手取るときに、それぞれがどの位置にいるかを把握しながら戦っているが、随分と上手くなったような気がする。上手くなったと言うべきか、慣れてきたと言うべきか。

 この辺にいるな、こういう動きをしているな、というのがぼんやりと察することができる。

 気配を察する、というやつだろうか。

 マンガかよ、と秋水は内心でツッコミを入れた。

 

「……いや」

 

 背後にいる誰かには聞こえないくらい小さな声で、秋水は呟きながら足を進める。

 気配の察知とか、マンガじゃないんだから、と反射的に思ったが、よくよく考えたらダンジョンの存在がすでにマンガみたいである。

 気配、というのを捉える感覚が研ぎ澄まされてきたのだろうか。

 もしくは、これも魔法的な何かだろうか。

 気配察知の魔法。

 レーダー探知機とかソナーみたいな魔法なんてあるのだろうか。

 うーん、と秋水は考えながら歩く。

 あるいは、背後の人から意図的に意識を逸らしながら歩く。

 

「…………」

 

 背後の人は、ついてきている。

 行き先が同じ方向なんだろう。

 そして、げ、とか零した以上、秋水に対してなんらかの否定的な感情を持っているのは確かだ。

 怖いのか、嫌いなのか、そこまでは分からない。

 しかし、否定的な感情を抱いている以上、秋水の近くを歩きたくないであろうことは想像に易い。

 

「…………」

 

「…………」

 

 気不味い。

 てくてくと秋水は歩く。

 後ろから誰かがついてくる。

 もしかして、同じ中学校の生徒だろうか。

 だとしたら最悪だ。ここから最後まで一緒に歩かねばならない。

 たまたま行く方向が同じだけであってくれ、と思いつつ、秋水は道を曲がる。

 曲がりながら、ちら、と横目で秋水は背後をついてきていた人を確認する。

 

「ひっ」

 

 目が合った。

 ビクッとされた。

 間違いなく秋水と同じ中学校の生徒であった。

 しかも、秋水のクラスメイトであった。

 表情が引き攣りかけたのを堪え、偶然目が合っただけですよ、むしろ目なんて合ってないですよ、とアピールするために秋水はノーリアクションを貫いて、道を曲がってそのまま歩く。

 背中には、ちょっと嫌な汗。

 クラスメイトだ。

 クラスメイトの女子だ。

 まさかの、という感じである。

 名前は、なんといったか。

 確か、ジリちゃん、とか呼ばれていた。主に紗綾音から。

 あのチワワは基本的にやかましいものだから、どうしても彼女の呼び方が耳に入るせいで、そちらで覚えがちになってしまう。

 ジリちゃん。

 昨日、紗綾音が一緒に帰ろうと誘ったときに、秋水を見てはっきりと拒絶の意思を示したクラスメイトである。

 あの後で沙夜がフォローを入れていた。

 花見が趣味の優しい奴、だそうな。

 花を見ただけで、その花の花言葉が出てくるらしい。秋水にはまず真似できない領域の話だ。そもそも秋水は花の区別が付かない無粋な男である。

 そうだ、思い出した。

 須々木 海霧(すすき かいむ)だ。

 彼女の名前である。

 なんで「ジリちゃん」なのだろうか。ジもリも名前に含まれていない。

 名前由来ではないニックネームなのだろうか。不思議である。

 秋水はようやく思い出せたクラスメイトの名前と、紗綾音が呼んでいるニックネームが結びつかないことに首を傾げた。

 その彼女は、秋水の後ろを黙って歩いている。

 

 須々木は、秋水を明確に嫌っているクラスメイトである。

 

 最近のクラスメイトたちは、段々と秋水のことを受け入れ始めるという面倒なことになってきている中、須々木は一貫して秋水を拒絶し続けている。

 正直なところ、その一貫性には好感が持てる。

 ポジティブに手の平を返す奴は、必ずネガティブにも簡単に手の平を返すだろう。

 簡単に評価をひっくり返すなら、また簡単に裏切る可能性は常にある。君子豹変とはつまり、頭の良い奴は信用するな、とも捉えることができる。

 秋水にとって急に絡むようになってきた紗綾音や、それこそ友達気取りなんぞしてくれた沙夜より、秋水を警戒し続けている須々木の方がよっぽど安心できる人物だ。

 

 だが、一緒に居たいかと問われたら、もちろんNOである。

 

 安心できる、というのは秋水からの一方的な評価に過ぎない。

 須々木からは、普通に嫌われているのだ。

 自分のことを明らかに怯えた目で見てくる人と一緒にいるとか、なんと言うか、申し訳ない。

 怖がらせてごめんな、という気分になってしまう。

 

「…………」

 

 無言で歩く。

 背後にはやはり、須々木の気配。

 どうしよう、と秋水は考える。

 コンビニとかどこかに寄って、須々木をやり過ごした方が良いだろうか。

 須々木だって嫌いな奴の後ろ姿を見ながら歩きたくなんてないだろう。

 現在地点から学校に向かうまでの道順を思い浮かべる。コンビニが近い。ラッキーだ。

 近くのコンビニがあることを思い出して、秋水はほっと一息ついた。

 別になにを買うというわけではないが、とりあえずコンビニに入り、須々木が遠のくのを確認してから改めて学校に向かうことにしよう。それが良い。

 しかし危なかった。

 次のコンビニを通り過ぎていたら、学校までの道に寄れそうな店とかはないのだ。

 思いついて良かった、と考えていたら、目標のコンビニの看板が目に入る。

 律歌の働いているコンビニとは違う店である。通学路上に存在してこそいるが、あまり利用してこなかった系列のコンビニだ。

 ざっと商品だけチェックしてみるか、と思いつつ、秋水は歩く進路を変えてコンビニに向かう。

 田舎特有の広い駐車場を横切って、コンビニの入口へ。

 

「…………」

 

「ぅわ…………」

 

 何故か、背後に、須々木の気配。

 なんでやねん、と秋水は心の中でツッコんでしまった。無意味に関西弁である。

 秋水がコンビニに入ろうとした最大の理由は、後ろを歩いていた須々木をやり過ごすためだ。

 その須々木が、背後にいる。

 抜かった。

 須々木がこのコンビニに用事がある、という可能性を考慮していなかった。

 コンビニをスルーして歩いていた方が、むしろ須々木と離れられたであろう、という事実に秋水は自身の失策を悟る。

 痛恨のミス。

 秋水は須々木に悟られないくらいに小さく溜息を吐き、コンビニのドアを開く。律歌の働いているコンビニとは違い、こちらは自動ドアではない。

 押して開いてから、そのままコンビニの店内へ1歩足を踏み入れる。

 そして、ドアに手を添えたまま、ゆっくりと振り向く。

 

「っ!?」

 

 須々木の顔が、分かり易く強張った。

 黒いステンカラーコートに、同じく黒いイヤーマフ。

 沙夜が防寒最優先の格好ならば、須々木はお洒落を優先した格好だろうか。

 コートの前を開いて寒くねぇのかな、と思いつつ、秋水は開けたドアを押さえたまま邪魔にならないように身を下げながら、空いた手で須々木を促す。

 

「どうぞ」

 

「……どうも」

 

 短い声かけに、短い返事。

 体を捻り、そして秋水から顔を背けるようにして、須々木が秋水を追い越して入店した。

 彼女が秋水に否定的な態度を取るときは、だいたい教室の中である。

 周りにクラスメイトの誰かしらがいる状況だ。

 このタイプの人と秋水が1対1で相対すると、そのリアクションは2通りになる。

 1つは、大人しくなるパターン。

 周りに味方がいない、助けてくれそうな人がいない。そうなると、秋水相手に萎縮する人だ。

 相手を刺激しないように、という防衛反応なのだろう。

 それが悪い、とは全く思わず、むしろ萎縮させて申し訳ない、と秋水は思ってしまう。

 そして、もう1つのパターンは。

 

「…………いい人ぶって」

 

 1人だろうと変わらず、秋水に否定的な態度を示すパターン。

 須々木の一貫性は、安心できる。

 すれ違いざまに悪態をついた須々木の言葉を聞き、秋水は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ生徒諸君、楽しいテスト返却の時間だぞー」

 

 教室はブーイングに包まれた。

 本日の授業1時間目は、試験の答案用紙返却である。

 授業と呼んで良いのかどうか迷うところであるが、とにかく1時間目だ。

 この1時間で、全ての答案用紙が模範解答と共に生徒に返される。

 試験後すぐに結果がフルオープンになるという方針は、モヤモヤする時間が短いだけに秋水は良いことだと思っているのだが、大半の生徒からは不評だった。不思議なものだ。

 

「今更かもしれないが、テストの採点で分からないことがあったら各自で担当の先生へ質問すること。分かってるかー」

 

 ブーイングをものともせず、担任の教師は若干気の抜けた声でお決まりの注意事項を告げる。教員は大変だ。

 1人ずつ名前を呼ばれ、教壇へ取りに向かう。

 秋水の名字は棟区。そこそこに後半である。

 学年末試験9科目、その答案用紙を受け取って悲喜交々な様子を見せるクラスメイトをぼんやり眺めつつ、名前が呼ばれるのを待つ。

 結果が良かった、もしくは悪かった、と答案用紙を受け取ったクラスメイトが自身の席ではなく友達のところへと駆け寄っていく。

 担任の教師はそれを把握しているが、黙認。

 この1時間は答案用紙の全返却であり、見直しの時間である。

 見直しの方法は個々に任されているので、友達と見せ合いながら確認するというのはOKとされているのだ。ただし、他の生徒の迷惑にならない範囲で、という制限はある。

 

「次、棟区ー」

 

「はい」

 

 名前を呼ばれ、返事をする。

 以前ならばこのタイミング、教室が静まりかえるタイミングであった。

 今は、教室は賑やかなままである。

 不快ではない。

 だが、愉快でもない。

 心の底から、どうでもいいことである。

 席を立って教壇へ向かう。

 

「おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 担任教師が差し出した用紙を、秋水は頭を下げてから受け取った。卒業証書を貰うかのようである。

 それから自身の席に戻り、ぺらり、と受け取った答案用紙を確認する。

 

「む」

 

 秋水はわずかばかり眉間にシワを寄せた。

 国語、98点。

 1問落としたか。

 ざっとその答案用紙に目を通せば、ずらりと並んだ丸の中に、1つだけ三角マークがある。

 なるほど、半落とし。

 ぽり、と秋水は頭を掻いた。

 

「解釈違い……そうか、ミスったな……」

 

 問題を確認してから、秋水は軽く呟きつつ模範解答をチェックする。

 部分的な正解を貰ったのは、短文における登場人物の心情を記述する問題。いわゆる、『作者の気持ちを答えなさい』 的な問題である。

 人の気持ちなんぞ分かるかよ、というツッコミがお決まりの心情推測の問題だが、この系統の問題は突き詰めていくと 『法律の趣旨や解釈』 という問題に行き着くジャンルだ。

 この系統の問題は、別に作者や今回のように登場人物の気持ちを完璧に汲み取る能力は求められていない。

 試験である以上、求められているのはあくまで、出題者が求めている答えを導き出せるかどうか、である。

 汲み取るべきは、出題者の意図。

 問題事例をどの法律に当てはめて解釈していくか、という文系の最高峰である法学の話をガキ相手に簡略化して落とし込んだのが、『作者の気持ちを答えなさい』 なのだ。

 そこが、部分的な正解となってしまった。

 

「なるほど……」

 

 模範解答をチェックした秋水は、自分の解答と見比べ、足りなかった部分を理解した。

 理解してから問題用紙を引っ張り出し、問題文を確認する。

 記述し足りなかった要素は分かった。

 では、問題の方からこの足りなかった要素は推測できたかどうかを逆算する。

 出題ミスがあったかどうかということではなく、解答を導くための道順の、どこを見落としていたかの確認だ。

 じっくり問題を読んでから、秋水は独りで首を傾げた。

 なるほど。

 分かった。

 途中までの推測は正しかったが、そこからさらに踏み込んで意見を出しても良かったらしい。

 故に三角マーク、部分的な正解なのだろう。

 いや、出題者の意図を汲み取れきれなかった時点で、普通に不正解だと思うのだが。

 これは後で国語担当の教師に伝えるべきだろうか。

 しかし、秋水のクラスで国語を担当している教師は、気が弱い小動物系教師である。

 そう、秋水のことを苦手としている1人だ。

 職員室に秋水が顔を出したら、乗り込んできた、と怯えられる可能性がある。

 うーん、と秋水は若干困ってしまった。

 

「うっそっ!? これ本当っ!?」

 

 そこで、聞き覚えのある声が教室に響いた。

 教壇には女子生徒。

 クラスのアイドル、という名を借りたペット枠、渡巻 紗綾音である。

 50音順では最後尾の紗綾音が答案用紙を受け取っているということは、返却作業は終了したという感じのようだ。

 

「本当だから席に戻れー」

 

「いや見てよタケちゃんセンセ! 紗綾音ちゃん史上最高得点だよ!」

 

「いや見てるから俺。生徒全員分のテストはチェックしてっから」

 

「冷たい! 可愛い生徒の喜びに寄り添い添いしちゃうべきだと思うな!」

 

「はいはい凄い凄い。ほらハウスにお戻り」

 

「本当に家に帰っちゃったらタケちゃんセンセのせいなんだからね!」

 

 紗綾音はやかましく担任教師とじゃれあってから、ひゃっほぅ、と答案用紙を掲げながら沙夜の方へと駆け寄っていった。

 当然の如く、紗綾音の席はそちらではない。

 

「見て見てサヨチ! 90点台が4つ!」

 

「うわ、平均点押し上げんなよ……」

 

「第一声がそれ!?」

 

 大きな声で結果報告をする紗綾音は、地味にペーパーテストは得意というチワワである。

 まあ、友達を巻き込んで勉強会を開くなど、なんだかんだ言いながら頑張ってはいるということを考えれば、得意なのは分からないでもない。もしくは、姉の律歌が頑張ったか。

 沙夜以外の席にも次々に結果を見せびらかしに行く紗綾音だったが、その大半のクラスメイトからは冷たい、というよりも淡泊な反応ばかりを返されていた。

 ウザがられているのだろうか。

 分かる。

 そう他人事のように思いつつ、秋水は答案用紙をクリアファイルにそっと入れる。

 自分が考えるべきは、部分正解を貰った問題を、不正解じゃないのかと国語の担当教師に言いに行くか否か、ということである。

 

「違う、違うでしょ紗綾音……最初に報告すべきは私らじゃないでしょ……っ!」

 

「あんた、あんだけ巻き込んだんだから、最初にお礼言うべき相手がいるでしょ……っ!」

 

「はいはい、高得点凄いねー。誰のおかげで点数良くなったか考えてから出直してきてねこの馬鹿犬が」

 

「あなたのおかげで点数伸びましたってアピールするチャンスでしょうがコラ!」

 

「なんでここでアタックしない!? なんでここでアピールしない!?」

 

「ついでにちょっと棟区さんの点数見てきてよ。本当に首席かどうか確かめようよ」

 

「行けチワワ! とっしん!」

 

「お疲れさま会とか言ってデートに誘え!」

 

 喜んで答案用紙を見せに行くも、次々に冷たくあしらわれた紗綾音はしょんぼりとしながら、ついに秋水のところへ来てしまった。

 やっぱり後で職員室に向かうか、と考えていた秋水は、紗綾音が近づいてきた気配を察して顔を上げる。

 ナチュラルに気配を察してしまった。

 やはり、なにかおかしいぞ。

 顔を上げてから、秋水は自分の感覚に疑問を感じる。

 

「うえーん、棟区くーん、みんなが冷や奴なんだよー。悲しみよこんにちはだよー」

 

 秋水に泣きついてくる紗綾音。

 ごめん、秋水も冷たくあしらいたい1人である。

 あと、冷や奴は豆腐だ。冷たい奴、と書いて、ひややっこ、である。ダジャレのつもりか。

 

「まあまあ、皆さん結果が分かってそれどころではなかったんですよ」

 

「ちなみに私は過去最高の結果なんだよ!」

 

「そうなのですね」

 

「棟区くんまで聞き流したー!」

 

 泣きついてくるも即座に態度を変え、うきうきモードで答案用紙を見せてくる紗綾音を軽く流す。

 90点台が4科目とかなんとか。

 凄い凄い。

 だから早く席にお戻り。

 そんな思いを察したのか、紗綾音が秋水の肩を掴んで揺さぶってきた。急に噛みついてくるじゃないかこの狂犬。

 ゆさゆさと紗綾音が揺さぶってくるも、その体格差と筋力差から秋水の体は然程大きくは揺れず、しばらく後に紗綾音がぜぇはぁと息を切らすだけとなる。なにがしたかったんだこの駄犬。

 

「わ、98点……」

 

 息を整えていると、秋水の机の上にあったクリアファイルに目を留めた紗綾音が、驚いたように目を見開いた。

 しまった、出したままだった。

 秋水はすぐにクリアファイルを手に取るが、紗綾音の視線はばっちりと秋水の答案用紙にロックオンされている。

 

「ああ、こちらは採点ミスのようです。あとで職員室に報告が必要ですね」

 

「え、ていうことは、100点ってこと!?」

 

「いえ、間違えて部分正解をもらってしまったみたいなので、正しくは96点かと」

 

「棟区くん自分から点数下げに行くの!?」

 

 何故か驚かれた。

 いや、そんな貰えるものは貰っておこう精神を試験に持ち込むんじゃないよ。気持ちは分からないでもないけれど。

 

「ちなみになんだけど、国語以外ってどんな感じだったのかな?」

 

「これ以外ですか?」

 

 流れるように話題を変えてきた紗綾音の言葉に、秋水は手にしたクリアファイルをちらりと見る。

 国語は実質96点。

 他は特筆することのない点数でしかない。

 特に気にすることなく、秋水はクリアファイルの中身をぺらりとめくりながら紗綾音に見せた。

 

「普通ですね」

 

「全部満点じゃん!?」

 

 見せた途端、紗綾音のデカい声が教室に響く。

 しぃん、と教室が静まりかえってしまった。

 おっと、懐かしい空気だ。

 急にクラスメイトが押し黙ってしまい、しかも全員揃ってこちらの方を見てしまっているという状況に、秋水は少しだけ声を潜める。

 

「はい、普通です」

 

 悪目立ちしてしまった、と思いつつ秋水は軽く肯いた。

 いや、悪目立ちしたのは紗綾音だ。秋水ではない。

 おい原因、早く席に帰れ。

 試しにそんな念を紗綾音に送ってみるが、当然のように受信されず、紗綾音は思いきり苦笑いを浮かべていた。

 

「……たぶん、普通じゃないんじゃないかな?」

 

 そんなことはないんじゃないかな?

 

 

 





【通常】「ずっと嫌ってくる = 敵」「ずっと警戒してくる = 不快」
【秋水くん】「ずっと嫌ってくる = 一貫してる」「ずっと警戒してくる = 軸がブレてない」

 手の平を返す奴は、必ず逆側にも手の平を返す、という考えが秋水くんの根底にある。そこらへん分かってるか、チワワよ( ´-ω-)
 たぶん本来の意味でのツンデレと秋水くんは、めちゃくちゃ相性悪そう。
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