ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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238『長身の筋肉マッチョがブラックレザーのロングコートを着て夜を出歩いている図』

 ボスコボルトともう一度戦えるリセットボタンを見つけた。

 なんで2回戦える仕様なのは分からないが、もう1戦できるならそれはありがたい。

 魔素反発の魔法で3体とも爆殺して、ちょっと戦い方が単調になってしまったのが心残りではあったのだ。

 しかし。

 

「……流石に時間が微妙だな」

 

 秋水はリュックサックに括り付けている腕時計で時間を確認してから、うーん、と腕を組んで悩んでしまう。

 ただいま20時。

 地下2階に上がって角ウサギをぶち殺しながら白銀のアンクレットを回収しつつ1周して、セーフエリアで装備の点検をしなくてはいけない。本日おろしたばかりのバイク装備は、仕込んであるプロテクターはともかく、外側は早速ボロボロのボロなのである。

 そして点検が終わったら、家で炊飯器の電源を入れる。発芽玄米と雑穀米はすでに水に浸けられて準備されているので、スイッチを入れるだけで良い。

 それから風呂を入れ、発芽玄米が炊きあがるまでに入浴を済ませねばならない。

 入浴が一番重要かもしれない。体をしっかり洗わねばならないのだ。

 それから夕飯を準備して、食べて、片付ける。

 食後すぐに動くのも消化に悪いので、セーフエリアで本日のダンジョンアタックを振り返りつつ、少し勉強をする。学校の勉強ではなくファンタジーの勉強だ。

 これらの工程を、2時間半くらいで終わらせる必要がある。

 23時から、用事があるのだ。

 

 そう、ジムである。

 

 先週お巡りさんに補導されたというのに、秋水はまるで懲りていなかった。

 色々な人に迷惑を掛けたので流石に反省こそしたものの、その反省の内容は、次はお巡りさんに見つからないようにしよう、という不良の反省スタイルである。

 だって、セーフエリアで睡眠時間が短縮できる秋水の生活スタイルだと、深夜にジムに行くのが一番生活リズムに合っているのだ。

 

「風呂の時間は短縮するわけにもいかないし……歯もしっかり磨いて……あー、制汗剤とか買っときゃ良かったかな……」

 

 腕を組みながら、秋水は渋い表情で呟く。

 呟いている内容だけならば、身だしなみにとても気をつけている男の子のようである。

 まあ、実際に秋水は身だしなみ、と言うよりも清潔感というものには人一倍気をつかっている方ではある。つかわざるを得ない、と言うべきかもしれないが。

 

 今日は、美寧の筋トレを見る日である。

 

 さすがに華の女子高生に、汗臭い状態で近づく勇気はない。

 風呂の時間、重要だ。

 もちろん夕食も重要だ。

 その後に腹を落ち着ける時間も重要で、その間に勉強をするのも大切なのは間違いない。

 ダンジョンアタックの装備を点検するのも忘れてはいけない。

 つまり、削れそうな時間がない。

 

「……再戦は、明日にするかぁ」

 

 秋水は実に残念そうに溜息を漏らし、リュックサックを背負って地下2階へと戻ることにした。

 地下2階を1周して角ウサギを殺し回るのを取り下げれば、ボスコボルトと再戦する時間は余裕で捻出できるんじゃないかな、というツッコミを入れるアドバイザーが必要なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『明日、持って来て下さい。鑑定します』

 

 セーフエリアに戻った秋水がスマホを確認すると、そんなメッセージが届いていた。

 質屋の店主、祈織である。

 一瞬、なんのことだろう、と秋水はきょとんとしてしまったが、そう言えば白銀のサークレットについて祈織に質問を送っていたことを思い出す。

 綺麗な頭飾り。

 それの目立つ位置に置かれた、鮮やかな緑に輝く小さな宝石。

 そもそもコイツは宝石なのかなんなのかも分からない秋水は、写真を撮って祈織に送り、なんの宝石なんだろうなぁ、という感じの質問をしたのだった。

 アンクレットやらネックレスを祈織の店に納品しているくせに、秋水は相変わらず貴金属や宝石などの装飾品に対する知識がまるでないのである。

 サークレットを見ても、西遊記の孫悟空が頭に着けた緊箍児みたいなもん、というズレた認識をし、密林を思わせる輝きを放つ宝石を見ても、薄い青汁の色だな、という最悪な感想を抱くレベルなのだ。

 

「えー……月曜日の会議に向けて、てんてこ舞いじゃないのかな……」

 

 秋水は首を捻りつつ、承知しました、と短い文章を祈織に送信した。

 白銀のアンクレット、そこから検出されてしまった未知の元素とかいう訳の分からない代物のせいで、その取り扱いに関して地方で個人経営をしている質屋が政府機関と真っ向から対立、なんてヤバい状況だ。

 そして、その取り扱いに関する協議だか会議だか交渉だかが、明々後日の月曜日にある。

 まあ、実際に会議に出るのは秋水の叔母、鎬なのだが。

 しかも、喋るのは基本的に雇っている弁護士2人であろう。

 そう考えれば、余裕はあるということか。

 秋水はメッセージを送ってから、そんな風に軽く考えてスマホの画面を消した。

 祈織がどんな精神状態でメッセージを送ってきたかは、特に考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂に入って体を綺麗にして、夕食を食べ、腹を休めながら軽く勉強をする。

 本日の勉強は、戦い方だ。

 基本的に秋水の戦闘方法は独学である。

 空手や剣道、ボクシングや槍術といった、ちゃんとした格闘術や武器の使い方というのを学んでいたわけではない。

 故に、時間が空いたときなどには、ちまちまと戦い方に関する知識を仕入れるようにしているのだ。

 

「んー……なるほど、改めて見ると、すげぇな」

 

 スマホを見ながら秋水は軽く唸った。

 見ているのは動画。

 ボクシングの試合の動画である。

 この動画は以前、ミッチと呼ばれているクラスメイトから何故か教えてもらったものだ。たしか教室にいるクソチワワのせいで、グループで昼食を食べざるをえなかったときに、覚王山からボクササイズの動画を教えてもらったとき、ついでに送りつけられたものだ。

 教えてもらったその日にも見たが、戦い方というのをある程度学んでから改めて視聴すると、最初に見たときには気がつかなかった点が見えてくる。

 筋肉の使い方。

 体重の乗せ方。

 関節の動かし方。

 足捌きによるリズムの作り方。

 最初に見たときは、体幹がブレねぇなぁ、というド素人丸出しの感想しか出なかったが、今だと色々と学べる良い教材だ。

 これを教えてくれたミッチ、ありがとう。

 実はクラスメイトの鶴舞、その下の名前が明確には思い出せない秋水である。

 

「なんか、動画のオススメ欄、随分物騒な感じになってきたなぁ」

 

 ボクシングの試合動画を見終わった秋水は、その動画サイトのトップ画面に戻してから、そんな感想を呟いてしまう。

 もとより動画サイトで見るものといったら筋トレに関するものばかりだったが、最近は武道や武術の説明動画に、ボクシングやプロレスやムエタイといった格闘試合の動画を中心に見るようになった。

 そうしたらどうだろう、動画サイトの方が、コイツは殴り合ったりする物騒な映像が大好きなんだな、と判断したのだろうか、そういう系統のオススメ動画ばかりがずらりと並ぶようになってしまったのだ。

 いや、助かるんだけど、内心はちょっと微妙である。

 そしてふと時計を見る。

 

「いい時間だな」

 

 22時30分。

 ジムに行く時間だ。

 腹もだいぶ落ち着いた。食べた物はだいたいこなれただろうか。

 スマホの画面を消してテーブルに置き、秋水はゆっくりと立ち上がる。

 ダンジョンのセーフエリアから地下2階に降りる階段。

 その入口には、岩を切り出したかのような重厚な扉がある。

 ダンジョンらしい雰囲気漂う立派な扉なのだが、現在は開けっ放しになっているうえに、学校の制服やらコートやらハンガーに掛けて雑に並べてしまっているせいで生活感丸出しの残念仕様となっていた。

 秋水はその扉に掛けられているハンガーの1つを手に取る。

 シンプルな黒い羊革のコートだ。

 今日買ってきたばかりの新品である。

 いや、中古品なので新品ではないか。

 ともかく今日買ってきたばかりのコートである。

 秋水はそれをハンガーから外して、ばさりと羽織る。

 そして同じく本日買った黒いニット帽を被ってから、姿見の鏡の前に立つ。

 凶悪な面をしたガタイの大きな筋肉男が、黒で合わせた膝丈のコートとニット帽で決めている。

 ヤクザというより、闇に紛れる殺し屋スタイルだった。

 昼に須々木から受けた心の傷を思い返しつつ、秋水は若干遠い目をする。

 

「……いや、目的は闇に紛れること。これで良し!」

 

 なお、未成年者が夜間に独りで夜間外出を企てている時点で、どう転んでも良くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてトレーニングウエアの上から黒い羊革コートを羽織り、黒いニット帽を被り、さらには黒いマフラーを巻いて秋水は家を出た。

 どこからどう見ても不審者だった。

 これでサングラスでも掛けて昼間に出掛けたら、子どもが泣くかもしれないレベルの雰囲気である。

 ただ、秋水の狙い通り、コートの色合いは夜の闇に非常に良く溶け込んでマッチしていた。

 いい買い物をしたじゃないか、と思いつつ秋水はジムに向かって歩いていく。

 学校では足音を殺して目立たぬように歩いているが、ジムに向かうときは意識して大股で、そして若干早足で歩く。

 肘をしっかり後ろへ引くのを意識しながら、腕を振りつつタイミング良く上半身を捻る。

 ジムへの往き道で歩くのはウォーミングアップの代わりになる。帰り道で歩くのはクールダウンの代わりになる。

 全身を大きく動かすちゃんとした歩き方を体得できていれば、ウォーキングは立派な運動だ。

 リズムよく呼吸を繰り返しつつ、秋水は風を切って歩いていく。

 夜の風は冷たいが、コートがその冷気を防いでくれている。暖かい、と言うよりは、冷たくない、と感じる防寒着だ。革のコートというのは、だいたいこんな感じなのだろうか。

 革のコート、良いじゃないか。今まで手入れが面倒そうだと敬遠しててゴメン。

 

「革の手入れクリームくらい買ってもいいかもな」

 

 革製品に沼るチャートの典型例みたいなことを考えつつ、早足で歩く。

 見慣れたピンクのクマがデザインされた看板が見えてきた。

 秋水が利用するジムのマスコットキャラである。何故クマなのかは知らない。

 さて、今日はなにをしようかな、と見えてきた看板へ視線を向けながら秋水は考える。

 昨日は肩を中心にした筋トレを行った。

 順番で言えば、今日は大胸筋の日である。

 ベンチプレスはスクワット・デッドリフト・懸垂・ディップスに並んで秋水の中では基本5種目なので当然行うとして、他の胸トレはなにをしようか悩んでしまう。

 一口に胸の筋トレと言っても、種類はたくさんあるのだ。

 そもそも大胸筋というのは、鎖骨部の上部、胸骨部の中部、腹部の下部の3つに分けて考えられる。

 そして、上部・中部・下部、それぞれを狙い撃ちにした筋トレというのがあるのだ。

 ベンチプレスだってバーベルでやるのかダンベルでやるのかで違いがあるし、手幅をどうするか、握りを順手にするのか逆手にするのか、肘の位置をどうするのか、フラットにするのかインクラインにするのかデクラインにするのか、その選択によって大胸筋のどの部位に一番負荷を掛けられるのかが選べるのである。

 筋トレの可能性は無限大。

 ケーブルマシンもいいなぁ、と考えつつ、秋水は頭の中で自分の筋トレメニューを組み立てていく。

 秋水は基本的に、自身の筋トレのメニューをガチガチに固めていかない派である。

 筋肉の調子や疲労具合と相談しつつ、その場で柔軟に種目を決めた方が最終的な筋トレの満足度は高いし、そもそもジムだと使いたかった器具やマシンを他の筋トレ民が使っている、なんてパターンがあるからだ。

 この、他の筋トレ民が使っている、というのが深夜のジムだと発生しないのが、秋水が深夜ジムを辞めようとしない理由の1つでもある。

 

 ちなみに、美寧の筋トレメニューは、すでに決まっていた。

 

 秋水は正式なトレーナーではないものの、曲がりなりにも自分の生徒である。

 美寧が先生と呼んでくれる限り、秋水は美寧の筋トレコーチである。

 適当には、扱いたくない。

 ちゃんとメニューは考えてある。

 そして、美寧はわりとプライドが高い面があるので、そこも事前にしっかり考慮しなくてはいけない。

 前回は様子見のために負荷を軽く設定しすぎてたせいか、それにブチキレた美寧は提案したメニューの5割増しで筋トレを行うという暴挙に出た。あれはなかなか鬼気迫る様子であった。

 そして筋肉痛に苦しんでいたのである。

 女性だからと手加減してはいけない。

 秋水は学んだ。

 なお、美寧がメニュー5割増しで筋トレに励んだのは、秋水のセミヌードという煩悩を追い払うためだという事実を、秋水は知らなかった。

 

「あれ?」

 

 まずは美寧の筋トレを見てからだなぁ、と考えながら歩いていると、前を歩く人影を発見した。

 一瞬、またお巡りさんか、と秋水は警戒してしまったものの、すぐにその人影がお巡りさんでないことが分かった。

 見覚えのある後ろ姿である。

 赤いコートに赤い帽子。

 真っ直ぐな姿勢で大きな歩幅。

 腰を回転させ、骨盤から足を動かしていく。

 後ろ足は膝を伸ばしてハムストリングスへ負荷を掛ける。

 前に蹴り出した足は踵から着地させ、つま先へしっかりと体重をスライドさせていく。

 胸を張り、顎を引く。

 腕は肘を意識して大きく振る。

 肘が前に出すときは胸の筋肉を使って出す。

 肘が後ろに行くときは背中の筋肉を使い、しっかりと後方へ引く。

 そして腹圧を入れ、体が左右にブレないように体幹を安定させる。

 

 それはいつぞや、秋水が教えた歩行というトレーニングの歩き方だ。

 

 秋水もジムの行き帰りで行っているのと、同じ歩行方法。

 誰も見ていないというのに、律儀に守ってくれているのか。

 ふ、と秋水は口の端に笑みを零してしまう。

 生徒が立派であるならば、先生もそれに見合うくらいにならないとな。

 零した笑みを苦笑に変えつつ、秋水はその見覚えのある人影にゆっくりと近づいて行った。

 その人も早足ではあるものの、秋水の方は歩幅は広く、そしてこの歩き方に慣れている分だけさらに早足なのだ。

 そして、追いつく。

 追いつくものの、さすがに女子高生を相手に、深夜で背後からいきなり声を掛けるのは躊躇われる。

 どうしたものか、と思ったところで、後ろから誰かが近づいてきたのを察したのか、赤い格好のその人がくるりと振り向いた。

 目が合う。

 

「こんばんは、美寧さん」

 

 不審者じゃないですよ、とアピールするように秋水は両手を挙げながら挨拶をした。

 歩いていたのは、錦地 美寧。

 秋水が筋トレをみている女子高生だ。

 美寧は振り向いてからワンテンポ遅れ、す、と秋水の顔を見上げる。

 そして、びたっ、と美寧の足が止まった。

 

「…………ふぁっ!?」

 

 なんか、素っ頓狂な声が美寧の口からこんばんは。

 まあ、美寧の伝統芸みたいなものだ。

 相変わらず元気そうだ、と思いつつ、秋水も同じく足を止めた。

 美寧はあんぐりと口を開けながら、ゆっくりと視線を下ろして秋水の足下までマジマジ見てから、再び秋水の顔まで視線を上げていく。

 視線を上げたとき、美寧の顔は何故か真っ赤になっていた。

 

「なにコレちょっとこんばんはブラックレザーでびしっと決めるとかダディズムヤバすぎタイミング似合いすぎて大人の色気マシマシ特盛りばっちり大問題でこんなの幼気な女の子の性癖がねじ曲がっちゃうよの奇遇じゃんね格好良すぎて目が潰れちゃいそうだけどそうしたら見れなくなるから根性で再生するしかないじゃんね先生」

 

「え?」

 

 なにか高速で呪文のような言葉があんぐりと開けた美寧の口から流れ出てきたが、身構えていないところに早口すぎて、こんばんは、くらいしか聞き取れなかった。

 

 

 





「こんばんは、タイミングばっちりの奇遇じゃんね先生」

 美寧ちゃんが口から出したかった台詞はこちらです。
 他の余計な言葉?
 ……美寧ちゃんの内心がちょっぴり滲み出ちゃっただけですね(;´д`)

 ちなみに次話は、ちょっと文章量が多くなります。
 ……美寧ちゃんの内心のせいでね( ̄□ ̄;)!!
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