「遅いですよ秋水くんっ! 早くモノを見せて下さいっ!!」
「えぇぇ……?」
午前10時。
秋水は目がガン極まった合法ロリ店長、もとい、栗形 祈織にキツい催促を喰らっていた。
場所は質屋 『栗形』。11時開店の質屋は、当然ながらシャッターが閉まっており、今は開店前の時間である。
美寧と別れてから、秋水はジムでみっちりと筋トレし、ついでに身体強化の魔法で筋力がどれだけ向上したかを計測してみた。
だいたい強化倍率は240%から250%、といったところだろうか。
全身強化の出力6割、部分強化の出力4割で重ね掛けをすれば、その強化倍率は440%前後である。
やはり、ボスをブチ殺がすと、強化倍率が跳ね上がるようだ。
いや、ボスを殺したからか、それともボスの魔素を吸収したからだろうか。そこについては一考の余地がある。
どちらにせよ、身体強化の強化倍率が跳ね上がったのは嬉しい。
これでボスコボルトとも戦い易くなるだろう。
リセットボタンを押し、再びボスコボルトと戦うとき、反発の魔法で爆散させる戦法に頼らずとも良いかもしれない。
再戦が楽しみだ。
そう考えながら秋水はジムを出て、家へ帰る。
なお、ジムを出た時間は午前4時。
1時間ほどジムで勉強をしてから帰るという、深夜徘徊でお巡りさんに補導されない姑息な手段をとった。根本的な解決をしていないので、正しい意味で姑息な手段である。
そして体を綺麗にして、セーフエリアで一眠りし、朝食を食べ、さて学校も休みだしダンジョンアタックの続きでも、と思ったところで祈織からメッセージが送られてきた。
『開店時間前に、その新作を持って来て下さい』
簡潔な文章。
新作ってなんのことだろう、と秋水は一瞬だけ疑問に思ったが、サークレットのことか、とすぐに思い至った。
白銀のサークレットだ。
細長く伸ばされた白銀が、複雑に絡み合いながら輪を形作るという、金属でできた花冠のようなサークレットである。
ついでに、綺麗な緑色の石がちょこんと飾られているのもポイントだ。
宝石だろうか、ガラスだろうか。秋水にはよく分からない。
よく分からないので、祈織に質問してみたのだ。
鑑定してくれるのか。
まあ、これもダンジョンでのドロップアイテムだ。
どうせマトモな品ではないだろうなぁ、と思いつつ、秋水は質屋に向かったのである。
そして、冒頭に戻る。
50㎝近く背が低い小学生に詰め寄られる大男の図だ。小学生ではなかった。
裏口から鍵を開けてお邪魔しますと入ったならば、バックヤードですでに待ち構えていた祈織に取っ捕まったのである。
目が爛々と輝いている。
と言うかガン極まっている。
身長差のせいで胸ぐらこそ掴まれていないが、がしり、とコートの腹の部分を捕まえられてしまった。
目が怖い。
いや、圧が怖い。
「さあ秋水くん! あれはサークレットですね!? 新作ですね!? 早く出して下さい!」
カツアゲだろうか。
秋水はドン引いた。
腰も引けたが祈織に捉えられて引けなかった。
「……おはようございます、栗形さん」
「おはよう!」
「元気ですね」
「徹夜明けハイってやつですよ!」
「寝て下さい」
なんで徹夜してんだこの人。
秋水はじとりとした目で祈織を見下ろす。
確かに、目の下にクマがある、ように思う。化粧をしているので分かりにくいが。
まあ、白銀のアンクレットについて、と言うよりも新発見の元素について、明後日は再び交渉会議である。鎬に任せているとは言えども、不安なのかもしれない。なにせ、祈織は自分の店の存続が掛かっているのだから。
このハイテンションは、その不安を誤魔化しているだけなのだろうか。
そう考えたら、ちょっと心配になってきた。
「あんな新作見せられたら興奮して寝られるわけないじゃないですか! あの輝きで、あの作り方で、ガラリと作風方向性を変えてきちゃってるじゃないですか! しかもエメラルドまで添えちゃって! なんですか秋水くん! 私を不眠症にしたいんですか!?」
全然違った。
興奮気味に早く早くと掴んだ秋水のコートを引っ張ってガクガクと揺らす祈織は、秋水の予想とはまるで違う理由で寝れていなかったみたいだ。
遠足前の小学生か。
そんな感想が秋水の頭を高速で通過したが、それを口に出したら祈織に怒られるであろうから飲み込むこととする。
「えっと……すみません、リュックに入れているので、この状態では取り出せないのですが……」
「はっ、そうですね! ではリュックを預かりますね!」
祈織にリュックサックを強奪された。
盗賊に身ぐるみを剥がされている気分である。
「いや重っ!?」
「あ、すみません。ポー……水とか色々と入れてまして。あとネックレスも入っています」
「さすがは秋水くん! 素敵に無敵にムキムキエロい筋肉してるだけあって力持ちですね!」
「なんて?」
寝不足のせいか化けの皮が剥がれかけ、ボロボロと零した祈織の本音に、思わず秋水は素で聞き返してしまった。
しかし、祈織は全く気にした様子はなく、秋水から奪い取ったリュックサックを持って、わーい、と元気よく作業テーブルの方へと走っていく。雪ではしゃぐ子どもみたいである。
秋水は眉間を揉む。
なんか今、エロい筋肉とか言われた気がしたが、聞き間違いだったのだろうか。
それともやはり、祈織はそういう性癖なのだろうか。
さすがの秋水も、自分の身体を性的に見られるというのには思うところがある。
祈織の前では素肌を晒さないよう、それとなく気をつけた方が良いのかもしれない。
「うわっ、神!!」
秋水が悩んでいる間に、作業テーブルにリュックサックを置き、中から白銀のサークレットを取りだした祈織が、感想の1発目を叫んでいた。
テンションが高い。
ビニール袋で適当に包装したのだが、そのビニール袋は早々に投げ捨てられてしまった。
雑だ。
「継ぎ目……継ぎ目どこ? 本当にこれ、金属編み込んで作ったの? て言うか、相変わらず意味分かんない金属加工。編み込んで作ってるんなら少なからず曲げが入ってるはずなのに……まさか削り出し? 嘘でしょ? そんな跡どこにもないけど……」
靴を脱いでバックヤードに上がった秋水は、投げ捨てられたビニール袋を拾い上げる。
祈織はすでに、白銀のサークレットに夢中であった。
綺麗な宝物でも見るように、白い手袋をつけた手で白銀のサークレットを触りつつ、様々な角度から観察している。
あれ、その手袋、いつつけたんだろう。コート掴んで恫喝していたときは素手だったはずなのに。
祈織の早業に目を丸くしつつ、秋水は祈織に近づいた。
「あの、アンクレットの方も持ってきたのですが、こちらはどうしましょう」
「あ、ソファーにでも置いておいて下さい」
雑だ。
本気で白銀のサークレットを寝不足になるくらい楽しみに待っていたんだな、と思いつつ、秋水は自転車の荷台に括り付けている箱を持ってくるため、今一度バックヤードを出ることにした。
まあ、査定が楽しみだ。
シンプルなデザインは、加工技術の精度がモロに出る。
それ故に、秋水が持ち込んでくるアンクレットやネックレスを作っている職人が、どれだけ尋常ではない技術の持ち主であるのか、祈織は良く理解しているつもりであった。
削り跡は一切ない。
曲げた痕跡も残さない。
ただ純粋に、その形でこの世に生み出されたかのような、まさに究極の加工。
その狂ってる加工精度そのままで、この白銀のサークレットは製作されている。
触る前から分かる。この軽さと冷たさの出方は、間違いなくいつもの職人さんが作り出した金属だ。
やはり神だ。
神の腕だ。
びっしりと編み込まれたワイヤーワークのサークレット。
実物を一目見ただけで、いや秋水から送られてきた写真を見た段階で、とんでもない一級品であることが直感で理解できた。
ヤバいのに上品。
この白銀のサークレットを一言で評価するなら、そんな語彙力が死んだような評価になってしまう。
細工が細かいとか、もはやそういう次元ではない。編み込みそのものが、装飾と構造を兼ねているのだ。
しかも、しかもだ。
均一性が、エグい。
細長い金属を編んでいるのに、1本たりとも死んでいる線がないのである。
普通ならここまで細かくすると、必ずどこかで歪みが出る。微妙なヨレや、無意識の誤魔化しが出るはずなのだ。むしろ、出なければおかしい。
でも、ない。
無駄がない。
このサークレットは、全体が均等に生きている。
編み込みなのに、装飾のための線がないのだ。全部が必要だからそこにある、という感じだ。
この密度で編んでいるのに、どこにも圧迫感が見当たらない。
普通ならばどこかで詰まる。額に当たる部分とかが絶対に重くなる。
だが、後付けで丸めていない。
形を整えていない。
最初から完成形を想定して編み込まれたかのようなワイヤーワークだ。
作り直し不可で一発勝負の設計とか、正気の沙汰ではない。
途中で一回でもズレたら全部が駄目になるのだ。修正が利かないのだ。無理に決まっている。
だが、それが目の前に存在している。
そして、当然のように、加工痕が一切ない。
叩いた跡も、諦めた跡も、力を入れた形跡すらない。
金属が言うことを全部聞いてくれました、みたいな顔をしている。
凄い。
凄い綺麗だ。
本当にもう、神業。
「あ、そうだ、宝石」
そう言えば、今回のサークレットには、宝石が埋められているのだ。
秋水はそれがなんの宝石なのか、そもそも宝石なのかどうかも分からない、ということで最初に連絡をくれたのだった。
うっとりとサークレットを眺めていた祈織は、はっと思い出して改めて宝石部分を前に持ってくる。
石が逃げてない。
セッティングが強過ぎない。優しい。
金属が石を押さえているのではなく、包んで守っている。
宝石のあしらい方も完璧だ。
しかも緑。
エメラルドだ。
白銀にエメラルドなんて、分かってるじゃないか。王道だ。
これは宝石で間違いないだろう。
少なくとも、ガラスじゃない。
祈織は一目でそう判断して。
「……は?」
思わず、声が漏れ出した。
王道のくせに、なんか、刺さる。
刺さり方が、なんか違う。目に当たる光が、痛いくらいに濃い。
透明感、色の芯、光の返し方、奥行き、表面の艶。
ぱっと見はエメラルドだ。
だが、エメラルドというのは、もう少し、奥が濁る。
濁るというか、落ち着く。
透明なままの緑というのは、逆に軽く見えてしまうことが多いのだ。
なのに、この宝石は、透明なのに軽くない。
ちゃんと、重い。
祈織はルーペを取り出して、内包物をチェックする。
エメラルドなら、庭みたいなヒビや筋がある。あるから良いのだ。天然の証拠だし、それがエメラルドの表情になる。
なのに、ない。
ヒビがない。
筋がない。
細かい雲みたいな影も、ない。
ないのに、ガラスみたいにペラくない。合成っぽい均一さもない。
透明さが綺麗すぎるのに、作り物の匂いがしない。
ちゃんと奥がある。層がある。
天然なのに傷がないとか、そんな都合のいい話なんてあるだろうか。ズルではないだろうか。
次に、光。
横から光を当てる。
緑なのに、虹が走った。
祈織の背筋に、ぞっとした感覚も走った。
待ってくれ。緑は基本的に上品枠だ。勝手に派手枠に割り込んでくるんじゃない。
いいや、これは派手と言うより、鋭い。
光が細い。
刃物みたいにキラッて刺さる。
ダイヤの火とも違うし、ジルコンのギラつきとも違う。
そもそも、緑でこんな火、出ない、普通は。
なんだこれ。
角度を変えてる。
ほんの一瞬だけ、色が青に寄った。
「………………」
祈織はその色をルーペ越しに感じ取った瞬間に、固まった。
気のせいか。
気のせいだろうか。
気のせいであって欲しい。
背中に嫌な汗を感じつつ、のろり、ともう一度角度を変える。
青に寄った。
だが、カラーチェンジの変わり方じゃない。
断じてない。
温度でも光源でもなく、角度で表情が変わるのに、色が崩れないし、濁らない。
どこまでも綺麗なまま、色だけが変わった。
祈織は、今、全く未知の輝きを見ていた。
祈織の知識には全く存在しない結晶構造。
屈折率や分散などの光学特性が意味不明。
しかし、綺麗だ。
凄い。
「栗形さん、いかがされました?」
上から声が降り注ぐ。
この白銀のサークレットを持ち込んだ、棟区 秋水である。
アンクレットの納品分が入っているコンテナ箱をソファーに置いてから、宝石を調べ始めて固まった祈織を心配して近寄ってきたみたいだ。
ゆっくりとルーペから顔を引き、祈織は静かに秋水を見上げる。
ゴツい筋肉。
大きい背丈。
怖い顔。
神業の職人さんとコンタクトを取れる、唯一の子。
神とコンタクトでき、しかもその業物まで届けてくれるなど、時代が時代なら、きっと神子として祭り上げられていたかもしれない。
いや。
もう。
とんでもねぇモンを持ってきてくれましたね、この子。
テンションが上がりきっていたはずの祈織の頭は、すっかり冷静になっていた。
「ちょっと、秋水くん」
「はい?」
秋水を見上げながら、祈織は手にしたサークレットを見せるように差し出した。
エメラルドの顔をした、明らかにエメラルドじゃない宝石が、よく見えるように。
「これ、なんですか?」
「え? さあ……?」
純粋なる祈織の疑問に、秋水は困ったように首を傾げるだけだった。
それはそうだろう。
この宝石がなにか分からないから、秋水はこのサークレットの写真を送ってきてくれたのだから。
祈織はゆっくりと、サークレットを落とさないように慎重に降ろす。
もう一度、まじりとサークレットに埋め込まれた緑色の輝きに目を落とす。
宝石、のはずである。
いや、科学的には宝石というカテゴライズがないのは知っている。
しかし、宝石というカテゴリーは確実に存在している。
美しく、稀少であり、装飾に耐えうる。
それが宝石だ。
宝石は科学用語ではなく、人間が価値を与えた役割の名前なのである。
その視点で言えば、この緑の石は間違いなく宝石だ。
色が安定している。
光学特性が美しい。
カットに耐えている。
金属に留められても壊れない。
装飾品として成立している。
宝石として振る舞えるならば、エメラルドというベリルの鉱物じゃなかろうが、祈織自身が見たことなかろうが、鑑別データに載ってなかろうが、これは宝石である、と断言しなくてはいけない。
祈織はプロである。
「……これ、私の知らない宝石です」
ぽつり、と祈織が言葉を漏らした。
それを口にした瞬間、ぞっとする。
怖いような、嬉しいような、悔しいような、悲しいような。
この感情を、なんと言えばいいのだろう。
未知の宝石。
知らない輝き。
知らない美しさ。
宝石鑑定は祈織の得意ジャンルのつもりであった。
だから、宝石についての知識は網羅しているつもりであった。
でも、知らない。
知らない宝石だ。
こんなものが、この世界には、まだあったのか。
「なるほど、そうで――」
「私の知らない宝石ですっ!! ヤバイですねこれっ!! ちょっと今から知り合いの鑑定所に行ってきていいですかっ!?」
「――え?」
秋水が頷きながらなにかを言いかけたのを遮って、祈織は作業テーブルを思いきり叩いて跳ねるように立ち上がる。
こうしてはいられない。
知らないことを知る大チャンスだ。
白銀のサークレットを今から駅前の鑑定所に持って行き、是非とも調べてもらわねば。
そしてなんの宝石かを教えてもらわねば。
「ちょ、ちょっと待って下さい栗形さん、お店の開店時間が――」
「あ、そうでした! あそこの鑑定所も11時だ……出待ちしてきますっ!!」
「いや自分のお店を忘れてませんか!?」
サークレットを手に取って駆け出そうとした祈織だったが、ぐ、と秋水に肩を掴まれて押し止められてしまった。
ああ、そうだった、駅前の宝石鑑定してくれる大手のお店、開店時間が11時だった。
いや、今から向かったら、到着した頃には丁度11時くらいじゃなかろうか。
だったら早く行かなくては。
目を見開いて店を飛び出そうとする祈織を、秋水が珍しく大きな声でツッコミを入れながら取り押さえていた。
「大丈夫ですよ、鎬さんがいます!」
「鎬姉さんなら問題なさそうですけど、たぶんそれ大丈夫じゃないです」
「バイト代弾むんで、秋水くんも店番してもらっていいですか!?」
「落ち着いて下さい。私はあと1ヶ月半は中学生なんですよ」
「見えません!」
「よく言われます」
「逆のパターンなら私もよく言われます!」
「心中お察し申し上げます。ですから落ち着いて下さい」
「こんな不思議な宝石見せられて素敵な筋肉で押し止められて落ち着いていられるわけがないじゃないですか!?」
「えぇー……」
秋水、ドン引き。
しかし祈織はそれを気にしている場合ではなかった。
今はとにかく、この宝石がなんなのか、答えを出さねば気が済まない。
離して下さいー、と祈織は秋水の拘束を振り払おうとぱたぱた藻掻くが、その体格差からビクともしない。なんて筋肉。こちらもまごうことなき芸術品。
なお、傍から見たらヤクザに誘拐されかけている子どもが暴れている図である。外でやったら一発アウトであろう。
そんなタイミングで、裏口のドアが開いた。
開いてバックヤードに顔を出したのは、秋水の叔母、棟区 鎬である。
出勤時間だ。
いつものようにビシッとスーツを身に纏った鎬は、ドアを開けて最初に見えた光景に、一瞬だけ目を丸くした。
「……なんのトンチキ騒ぎなのかしら?」
「あ、鎬さんいいところにっ!!」
「トンチキ騒ぎじゃねぇよ、乱痴気騒ぎだよ。とりあえず栗形さんを止めてくれぇ……」
すぐに氷の無表情に戻りつつ、鎬は裏口のドアを閉めてバックヤードへ上がってきた。
相も変わらずクールな美女だ。
しかし、その冷静さ、この宝石を見ても保っていられるかな。
秋水に捕まりながらも、祈織は鎬に向けて白銀のサークレットを翳して見せた。
「宝石っ!」
そして声高らかに口にする。
アンクレットでもない、ネックレスでもない、新作のサークレットを見た鎬は、す、と目を細くした。
「秋水くん、未知の天然鉱石持ってきたよっ!!」
「店長、秋水をそのまま捕まえて。秋水、この土壇場でとんでもない爆弾を用意してくれてお姉ちゃん泣きそうなほど嬉しいわ。とりあえず今から尋問の時間ね。キリキリ吐いてもらうわよ」
「なんでだよ!?」
祈織、宝石ガチ勢。
なお、作者は宝石に関しての知識はペラッペラです(^_^;)